UNSUNG EVOLUTIONS   作:B.O.A.

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Break-03

・見滝原市、マミ宅。

 

 

 

 モールから歩いて5分程の位置にある、それなりに立地の良いマンションの8階。

 その一番奥の景観の良い一室が、巴マミの居宅だった。

 

「さあ、一人暮らしだから遠慮しないで」

 

 広めのワンルームには明るめの色の家具が備えられ、薄型のテレビやダイニングも存在している。

 寝室は豪華にも別にあるらしく、リビングには大きなソファーやローテーブルが設置されていた。

 そのどれもこれもが、日頃から手入れの行き届いているのが一目で分かる。

 その上、ソファーに乗っかるクッションやカーペットのデザインには、年頃の少女らしい可愛らしい意匠が篭っている。

 そうした室内の全てが、家の主であるこの先輩の人柄の良さを多分に表現していた。

 正直、自分の住んでいるアパートよりも何倍も魅力的で、さやかは口をポカンと開けて目を丸めていた。

 こんな家に住めたらなぁ、と純粋に憧れる。

 それはきっと、隣でさやかと同じ表情をしたまどかも一緒なのだろう。

 

「ふぅむ……」

 

 一方、彼女等の中で一番年配だろうミラは、彼方此方へ興味深そうに視線を向け、家具の縁に指を伝わせている。

 さやかにはピンと来なかったが、その動作の「意味」を悟ったらしいマミが笑顔のまま僅かに身を強張らせていると。

 

「素晴らしいです。その歳で、此処まで整えるとは」

 

 彼女が満足そうに目を細めた様に、ホッとマミは息を吐いた。

 靴を脱いでダイニングに3人が向かうと、お茶を用意するつもりなのか、マミがキッチンの方へと歩いて行く。

 さやかはまどかと共にローテーブルを囲む様に着席していくが、そこでミラが一人、リビングに入った辺りで立ち止まっているのに気付く。

 振り向くと、彼女はロッカーの方をじっと見つめていた。

 その視線が真剣なものに見えて、声をかけようとしたその時、マミがキッチンの方から戻ってきた。

 すると彼女は、何事もないようにローテーブルに近付き、さやかの隣、テーブルの端の方に着席した。

 その手の盆には、人数分の紅茶セットとシフォンケーキが乗っている。

 

「有り合わせで申し訳ないけど、どうぞ」

 

 3人の前に丁寧に並べた後、マミは自分の前に置いたティーカップ紅茶を軽く呷る。

 遠慮無く言葉に甘えたさやかは、一先ずケーキを一口頂く事にした。

 口に入れると、適度に冷えたクリームの甘さと、ケーキのスポンジの柔らかい舌触りが一気に口の中に広がる。

 

「うん、めっちゃウマっすよ。ホント」

 

 お世辞の一切無い、正直な感想が飛び出す。

 自らの手では無い限り、恐らくそれなりにしっかりした洋菓子店の品である筈だ。

 隣の女性もまた、紅茶に軽く口を付け、その風味を楽しむように軽く目を瞑っている。

 一方で逆側の親友は、先の体験の衝撃が抜け切ってないのか、キョロキョロと宛もなく視線を部屋中にさ迷わせている。

 ......正直な所、さやかも負けず劣らずに動揺しているのだが、目の前のケーキに意識を向ける事で考えない様にしているだけだったりしていた。

 そんな三人の様子を穏やかに見ていたマミは、頃合いと見たのか、カップを一旦置いてから言う。

 

「さて、ミラさんは兎も角、貴方達には事情を説明しないとね。キュゥべぇに選ばれた以上、無関係ではないのだし」

「うむ、何でも訊いてくれたまえ~」

「さやかちゃん、それ逆......」

「では、最近こっそりシャンプーをミント系の薫りに変えた事で微妙にキャライメージ固定を図っている事についてコメントを一つ」

「アンタには言ってない、というかめざといな! アンタあたしのファンか!?」

 

 ふふふ、と面白そうに微笑むマミは、テーブルの上に手のひらサイズの物体を取り出した。

 淡い光を放つそれは、宝石のような透明さとプラスチックに近い光沢を持った卵形の物体だった。

 

「これが、ソウルジェム」

 

 綺麗、とまどかが呟く。

 さやか自身も口には出さないが、何時間も見入ってしまいそうであった。

 

「キュゥべぇに選ばれた女の子が、契約によって生み出す「魔法少女の証」。魔力の源であり、象徴でもある宝石よ」

「魔法使いの杖、みたいな風ですか」

「勝手は違いますが、まぁ近いですね」

 

 宝石その物に関心を向けるミラが黄金色の物体を覗き込む傍ら、さやかは別の方面に興味を持っていた。

 

「契約って?」

「それはキュゥべぇに聞いた方が早いかも」

 

 すると、マミの横にちょこんと座っていたキュゥべぇが喋り始めた。

 

『僕達は、君達の願い事を()()()()()叶えてあげる』

「......何でも?」

『何でも。君達の望む物ならね』

 

 キッパリと言い切るキュゥべぇ、嘘を言っている様子はない。

 

「ホント? ......金銀財宝とか、不老不死に世界征服、満漢全席も!?」

()()()()()()()()()()()が入ってませんよ?」

 

 脇腹に鋭い肘鉄が食い込み、激痛に俯いて震えだすミラに対し、ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向くさやか、そのさやかを宥めようにも対応に困るまどかと、暖かく微笑ましい光景がマミの前に広がる。

 実際はまどかとミラはほぼ接点がなく、これが初対面と言ってもおかしくないが、三者の間には親しい者同士が放つ穏やかな空気が満たされていた。

 心からの微笑みを浮かべる表情の裏に微かな寂しさを感じながら、マミは口を開いた。

 

「落ち着いて。世の中、そんなに美味しい話はないのよ」

「......()()と言うからには()()もある、と?」

『その通り。僕達が願い事を叶える代わりに、ある事をして欲しいんだ』

「ある事?」

 

 首を傾げたさやかだが、まどかは何かを悟った様子になって言った。

 

「ひょっとして、ミラさんが言った()()って......?」

『うん、代わりに君達には、魔法少女として「魔女」を倒す使命を背負って貰うんだ』

 

 「魔女」とは、あの奇怪な怪物の事なのだろうか。

 まどかがそれを問おうとする前に、ミラが軽く襟元を正してから真面目な口調で語り始めた。

 

「あれは「使い魔」。魔女の子分で、子供のような物です。実際の魔女はもっと強大で、恐ろしい」

「......其処まで知っているのですね」

「私は()()()()()()()()ですが。流石に「これ一つ」では無理がありますから」

 

 横目で右側の壁に立て掛けられている「刀袋」を見ながらミラは答える。

 一方で、少し雰囲気から取り残されつつあるさやかが、今一ピンとこない様子で尋ねる。

 

「で、その「魔女」ってのは何? 魔法少女とは違うの?」

『魔法少女が願い事を叶えて生まれるなら、魔女は呪いを纏って生まれる存在だ。魔女は存在するだけで世界に呪いを振り撒き、(わざわい)を巻き起こす。しかも普通の人間には見えないから、誰も魔女の仕業だとは気付けない』

「理由のはっきりしない自殺や殺人事件、特に衝動的な大量殺人や経緯不明の集団自殺には高確率で魔女が絡んでいるの。魔女の呪いは人の心を悪意で内側から蝕んで、より広くそれをばら蒔こうとするのよ」

「不信感や敵愾心、被害者意識や自己嫌悪を煽り、その悪意を取り込んで更に別の人間へと振り撒く。要は「心の病」を好き好んで伝染させる「ウィルス」のような物。特に死の直前の激しい「恐怖」をエネルギーに好む、非常に質の悪い連中なのです」

 

 夕日に照らされるマミとミラの顔立ちは、其々異なる方向に綺麗だったが、そこに浮かぶ真剣な表情は同じ位に二人は感じた。

 

「そんなにヤバい奴なのに、何で誰も気付けないの?」

『魔女の姿は普通の人間には見えないし、しかも常に結界の奥に潜んで魔法少女の前にすら姿を見せないんだ。さっき、君達の迷い込んだあの迷路のような場所がそうだよ』

 

 あの、魔界じみた恐ろしい場所が、魔女の結界。

 流石のさやかにも事態の重さが理解でき、背中に冷水を浴びせられた気分になる。

 無意識にまどかの手を握り、またまどかも同じ恐怖を感じたのか強く握り返していた。

 

「実はかなり危ない状態だったのよ? 結界に取り込まれた一般人は、普通は生きて出られないから」

「魔女の中には狡猾な事に、自ら出向いて人を襲う事をせず、結界の中に「獲物」を閉じ込めて逃げ場を無くしてから襲う物がいるのです」

 

 末恐ろしい話だった。

 つまりあの時、さやかとまどかは完全に獲物として殺される寸前だったのだ。

 絶句したさやかの代わりに、恐怖を隠しきれないまどかが聞く。

 

「......そんな恐いものと、マミさんは戦っているのですか?」

「ええ。だからしっかり考えなさい。どんな願いを叶えてもらえる代わりに、命懸けで戦わなければならないのよ」

 

 二人が息を飲む。

 隣のまどかは、半ば心折れた様子で下を向く。

 一方で、さやかはぼんやりと脳裏にある光景を浮かべていた。

 

 

 「あの夢」の光景を。

 未だ、()()()()()()()()()()()()()()、ただおぞましいだけの「悪夢」を。

 

 

「......まどかを馬鹿に出来ないなぁ、あたし」

 

 さやかが誰にも聞こえないように呟く。

 その傍らで、マミはミラの方へと改めて視線を向けた。

 

「......で、私からの説明は以上なのですが、次に移って貰っても良いでしょうか?」

「ええ、()()()()()()()でお答えします」

 

 若干棘の残る言い方をしたミラだが、マミは特にそれには触れなかった。

 

「まず、貴方は何処まで知っていますか? 私達について」

「おおよそ、貴方の説明と私の発言した分だけです」

「誰から其れを?」

「私の友人で、「あの刀」を私に与えた方です」

「その人は私と同じ魔法少女?」

「恐らくは違う。最も、その人の情報源が魔法少女である可能性は否定しない」

「この子達との関係は?」

「仕事に関わるのではっきりとは言えない。疚しい付き合いではない事は断言できる」

「これまでに魔女や魔法少女と出会った経験は?」

「この目で見たのは魔女も使い魔も一回のみ、魔法少女はこれが初めて」

「その時に()()()()()()()()()()? なのに魔女と会って平気だったのですか?」

「私も薄々疑問は感じましたが、はぐらかされてしまいました」

「はぐらかしたと言うのは、その?」

「ええ、立ち会い人となった私の友人です。その時は二人だけでしたので」

 

 互いに真剣な態度で、尋問のように言葉が交わされる。

 先程の魔法少女の使命の話よりもっと空気が張りつめ、さやかは縮んでしまいそうな思いだった。

 彼女よりも奥手なまどかの様子は、最早視線を向けるまでもない。

 

「......その人と話がしてみたいのだけど」

「忙しい方なので、生憎私の一存では。話は通してみますが、期待はしないで下さい」

 

 柔らかい口調で答えるミラだが、マミには暗にその人とは会えないと言っている様に聞こえた。

 後輩にあたる二人の手前、余り乱暴な事は出来ないと悟ったマミは、渋々だか大人しく引き下がる事にした。

 

「......所で、キュゥべぇは見えていますか?」

 

 何気無く話題を変えてみる。

 すると、僅かな間だけ口ごもって視線を空に泳がせたミラは、躊躇うように答えた。

 

()()()()()()()

「え、じゃあミラさんも魔法少女になれるの?」

「多分。と言っても、なる気は無いですが」

 

 明らかに何か「裏」がある、というのは口を挟んださやかでさえ分かる。

 マミもさやかの表情の変化に気付いたか、追及を始めた。

 

「見えている、という事は資格がある。キュゥべぇ、貴方はこの人もあの時呼んだの?」

「......、」

『いや、彼女は違うよ。もっと言うと、そもそも彼女には()()()()()()()()()()()()()

「......どういう事?」

 

 マミは不信感を強める。

 本の数日前に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()を知っているからこそ、出会った当初から感じていた、彼女は「其れ」とは違うという予感が強まってくる。

 キュゥべぇは、自分の存在で人を混乱させないように、「資格のある少女」、つまり魔法少女とその素質のある人間以外には姿を見せない。

 現に、男性であった「彼」にはキュゥべぇが見えている素振りがなかった。

 だが、資格がないのに見えている、という彼女は一体どういう事なのか。

 

『......ミラと言ったね』

「はい」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが君の代わりに、僕達や魔女を見せているんだ』

「......はい?」

 

 訳が分からなくなったマミが問いかける。

 それに対して、意外にも最初に答えに至ったのはさやかだった。

 

「そう言えば、確か恭介に話してたっけ」

「さやかちゃん?」

「......私は身体の殆どの臓器を「移植」された。それを言っているのですか」

「移植!?」

 

 マミが驚いた声を上げる。

 脳裏に閃く途方もない彼女の考えを、キュゥべぇが代弁する。

 

『一つや二つなら先ずあり得ない、が、君の場合は大部分が別人のそれだ。ひょっとしたら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のかもしれない。本来の臓器の持ち主だった人間の資格を、君が利用しているんだ』

「......昔、ミラさんが恭介――私の友人で、事故で右手が動かなくなった同級生――に、海外の移植手術を勧めてた事があったんです。その時に、幼い頃に「大手術」を受けていたって話してて」

「厳密には、貴方が受けるとすれば、自身の身体から作った万能細胞で培養した神経節を移植する物で、他者のそれを入れ換えた私のそれより大人しい方だよ、と軽く話した感じですけどね。ただ結局、費用に対する成功率の低さや、間違いなく()()()()()()()()()()()()()()事に本人の意思も考慮し、ギリギリまで自然経過を見守ろう、とご家族で決めていたようですが」

 

 さやかがミラの身体の秘密を知っていた理由が説明される。

 まどかもマミも、現実味が沸かない話に呆然とするが、それが彼女等の嘘だとは思っていない。

 臓器を移植された患者が、その「持ち主」に引っ張られる。

 確かに、現実としてそんな事があるのはマミ自身も耳にした事がある。

 嗜好や体質は愚か、性格や記憶まで移ってしまう、そんな不思議な事が有ると。

 

『ただ、君の身体は飽くまで「君」の物だ。だから魔法少女になる事は出来ない。それが事のカラクリなんだろう』

 

 ふとマミは先日の「彼」もひょっとして、と思うが、翌々考えればそうならそうでその時に指摘している筈である。

 つまり、彼はそのレベルを越えた「例外」だと言うことになる。

 

「ふむ、筋は通っていますね。それで、「彼女」は私に......」

 

 納得したような相槌をうって、彼女は呟く。

 「彼女」と言うのは、恐らく彼女に刀を寄越した「あの人」の事であろう。

 

「さて、他に何か?」

「......一先ず、私は十分です」

「そうですか」

「ふぅ」

 

 張り積めた空気が和らぎ、まどかが一息吐く。

 やっと重苦しさから解放されて、さやかも腕を挙げて背中を伸ばす。

 

「それにしても、魔法少女かぁ」

「うん......私は、ちょっと」

 

 さやかとまどかは互いの視線を合わせて話す。

 正直、命懸けの戦いと言われても、実際に目の当たりにしたのはミラのそれ、しかも一瞬の事だ。

 まどかはかなり気圧されてしまっている様子だが、さやかはまだ悩む所があった。

 無知で甘い判断であると言えばそうかもしれないが、この年の少女としてはまだ全うな思考である。

 

 先程は茶化された事に過剰反応したが、実際、さやかには「大切な人」がいる。

 

()()()、ねぇ」

 

 まどかには悪いと思うが、きっとその言葉の重さは自分の方が知っている。

 だから、どうしても諦め切れないのだ。

 

「此処で決めろ、とは言わないわ。自分の大切な人生だもの」

 

 マミはそう言って、チラリとミラを一瞥する。

 彼女はその視線に気付くも、反応を示さずに黙って紅茶を飲み始めた。

 再び視線を二人に戻し、だから、とマミは口を開く。

 

「二人とも、暫く私の魔女退治に付き合ってみない?」

「......えっ」

「えぇ!?」

 

 それはとんでもない提案だった。

 何せ、ついさっきまで、如何に力の無い者が魔女に関わる事が恐ろしいか、それを語ったばかりである。

 目の前のマミがどれ程強いのかは分からないが、あの場所に戻り、しかも最奥に控える主との戦いを見学していけ、と言われて二つ返事が出来る訳がない。

 と言うか、そんな事を大の大人であり、しかも「刑事」であるミラの前で言うとは。

 飼育員が付いてるからと言って、誰だって無防備に猛獣の檻に入りたいとは思わないし、そもそも許されないだろう。

 

 と、思ったのだが。

 

「......此処で止めることを言っても、どうせ貴方達は勝手に動くでしょう?」

 

 まさかのお許しが出た。

 そもそも此処で止めた所で、寧ろ魔女が蔓延って事件が増えるし関わるだけ面倒臭い、と若干刑事にあるまじき発言をするミラは、飲み終えたカップをテーブルに戻して、マミと向かい合う。

 

「ただし、流石に知り合いの命を見ず知らずの相手に委ねられる程薄情にはなれない。だから、初回の一回だけは私も同行する。異論はないですね?」

「分かりました。私も、誰かの不安を煽る真似はしたくないですし」

 

 マミが改めて、同行に参加するか否かを二人に聞く。

 不安は残るものの、一先ず見学する事で魔女との戦いを知ることが出来る機会である、さやかには断る理由が無い。

 また、戸惑っていたものの、意外にもまどかも参加の意を示した。

 それでも待ち合わせのギリギリまで考えさせて欲しい、と言うまどかの意見に、マミも寛容に接している。

 普段から無欲で大人しい彼女だが、似た雰囲気を持つマミと接して、やっぱり何か思う所が有るのかもしれない、とこの時さやかは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・翌日、美樹さやか宅。

 

 

 

「......うぅう」

 

 昔から寝坊が多いさやかだが、今日に限っては日の光も昇らないかなり早くから起きていた。

 それは単に、昨日の出来事で寝付けなかった、と言う訳ではない。

 と言うか寧ろ、どんなコンディションだろうが一先ず寝れる、というのは自身の密かな特技であると自負している。

 

 では何故か、と言うと。

 

()()()()()()()()()

 

 それはあの、「曲がり角の夢」だった。

 見知らぬ町の、でも何故か知っている気がする「曲がり角」。

 それを異様に恐がって、必死に逃げ出す自分。

 何処まで逃げても、目の前に現れる「曲がり角」。

 そして、最後は呼び声に振り向いてしまう。

 其処で何時も起きるのだ。

 

「何なんだろ」

 

 思い出そうにも、そもそも何時の事なのか。

 ここ最近だとは思うが、そんな「悪夢」になるような怖い思いをした事など、正直つい昨日の事にぐらいである。

 ......気のせい、で済ませて良いのかな。

 カーテンの隙間に射し込む光を背中に受け、それに押されるようにさやかは動き出した。

 

 

 

 

 

 

 そのカーテンの向こう、同じような高さのアパートの上に、小さな人影があった。

 濃い青色の瞳で昇り始めた朝日を睨み、透き通る様な白い髪を二束束ねて後ろに靡かせる。

 誰も、その姿を見るものは、知るものはいない。

 孤独に、底知れぬ憎しみをただ朝日に向けた「彼女」は、やがて日の光が白く輝き出すと共に、初めから居なかったかの様にその姿を消していた。

 

 

 まるで、光を嫌う影のように。

 

 

 

 

 

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