UNSUNG EVOLUTIONS   作:B.O.A.

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Break-04

・数時間前、風見野市。

 

 

 

 さやかが眠りに着いている頃の、遠く離れた深夜の街中。

 深夜を回って光が少なくなった繁華街の通りを、一人の赤毛の少女が歩いている。

 見た目からも明らかに警察に補導されかねない年齢だが、生憎の所、彼女程の危険人物はこの街にはそう居ないと思われる。

 彼女の名前は「佐倉杏子」。

 かれこれ二年、街の影でひっそりと気ままに暮らしている「魔法少女」だ。

 見滝原市の隣町である風見野を拠点にし、周囲の街にも出没しては「縄張り争い」を起こす、この付近で活動する魔法少女の誰もが危険視する問題児。

 しかも、そんな事をし続けて居られるだけあって、実力や対人戦に長けたベテランでもある。

 幸い、仮に他所の縄張りを奪ったとしても執着が薄く、数日で離れていくので深刻な問題になってないのは救いか、はたまた彼女の計算か。

 意外にも、魔法少女同士のいざこざで相手を殺めた事はまだ無い彼女の逆鱗に触れることが有るとすれば、恐らくは本拠地の侵攻か、または。

 

「......腹へった」

 

 異様に執着している「食」への冒涜だろう。

 

「チクショウ、やっぱり深追いするんじゃなかった。グリーフシードを確保出来ても、腹は満たせねぇんだよ......」

 

 どうやら、目を付けた魔女を追っていたら夕飯を食いそびれたらしい。

 彼女の食事と言えば大体が「万引き」なのだが、こんな時間ではコンビニぐらいしかまともに開いてない。

 今の「拠点」にはストックがあるので其処まで行けば良いのだが、その距離が絶妙だった。

 コンビニで万引きするにも魔力が減るし、何より其所まで遠くないのが微妙に引っ掛かっていた。

 後果物類は早く消費したい、食い掛けの林檎を3日放置したら腹痛で危うく魔力切れになりかけたなんてもう勘弁だ。

 

「後少し、後少しだ......。折角飯を我慢して確保したグリーフシードを、こんな所で使ったら元も子もないぞ」

 

 己の葛藤と戦う杏子だが、食への誘惑はやはり耐え難いものらしい。

 端から見れば近寄りがたい形相になっている彼女にとって、周囲に人影のない深夜である事は一種の救いになっていた。

 この期に及んで更に周囲の視線が刺さっていれば、確実に万引きに手を染めていたに違いない。

 

 そんな綱引きをしていると、漸く目的の建物が見えてきた。

 それは比較的大きなビジネスホテルであり、未だ幾つかの階は明かりが点いている。

 ......当然ながら、杏子がまともに部屋を取っている訳もなく、空き部屋を魔法で誤魔化して占拠しているだけだ。

 と言っても、こんな時間に子供一人で堂々とエントランスに入る様なバカな真似はしない。

 幾つかのホテルを転々として「間借りしている」杏子は、生活柄、比較的に目に付かずに建物に侵入するルートも幾つか持っている。

 このホテルの場合は、近くの裏路地から接近した方が安全だ。

 現に、杏子の足も其処に向かって歩いて行く。

 仮に柄の悪い連中がたむろしてようが、因縁を付けたが最後、杏子にとっては全て「財布」にしかならない。

 よってその足取りに躊躇はなく、絶対の自信が込められていた。

 

 

 

 結果から言えば、それは慢心だったのだろう。

 とは言っても、この日の「連中」は余りにも癖がありすぎたのだが。

 

 

 

「......あ?」

 

 杏子も思わずそんな声を上げた。

 何せ、たむろしていた「連中」は、既に()()(?)を囲っていたからだ。

 

「なぁお嬢ちゃん、俺達に頼み事があるってのは本当かい?」

「いやさ、流石に俺は幼女に手を掛ける節操無しじゃねぇっての。本当にこの子から来たんだって」

「本気で警察に連れてった方が良いんじゃないか? 道案内して誘拐に勘違いとかされたくないし」

 

 ......訂正、拾った「幼女」の処遇で審議中だったようだ。

 明かりの差し込まない路地はかなり暗く、真上に昇った月の明かりだけが便りになる。

 そんな状況もあって、入口付近に立つ杏子からでは、辛うじて数人の大人と、自分より小柄な子供の影が見える程度であった。

 

「あの~、あのー......」

 

 話題の中心なのに、何故か放置されている少女のものらしき声が聞こえる。

 声の調子からして、自分よりも幼い印象がありありと伝わる。

 杏子程度の年の女なら見境ない彼等でも、これでは躊躇するのも仕方ない。

 現実問題、小学生の低学年レベルの幼女を本気で襲おうとする人間は、この界隈でもかなり少ないのだ。

 

 特に、殺人癖を拗らせている訳でもない街中の不良の場合は。

 

「わたしの話をきいてぇーっ!」

「あ、あぁワリィ、無視するつもりは無かったんだ」

「......ておぃおぃ、泣かしちゃってるじゃないか。全く」

「他人事みたいに言ってるが、お前もその一人だぞ」

 

 涙声になってる少女に、やっとこさ気付いた彼等が少し屈む様に視線を向ける。

 その様子に、ゲスな考えが有るような雰囲気は微塵もない。

 ......あれなら、大事には至らないだろうか。

 

「......って、何考えてるんだアタシは」

 

 いつの間にか少女の身を案じて立ち止まっていた事を自覚し、杏子は邪念を振り払う様に首を振る。

 そういった事は自分の役割でもキャラでもない、あの子がどうなろうと関係ない事だ。

 さっさと立ち去ろう、そう思った彼女は、彼等の脇をすり抜ける様に歩き去ろうとする。

 男達の目は眼前の娘に行っているし、仮に通る際に気付かれても絡まれる事もないだろう。

 出来る限り、彼等から目線を外しながら近付く。

 

「あのね、おててを見せて?」

「手を?」

「何がしたいんだ?」

「まぁ、別に良いがな。ほら」

 

 視界の端で、男達が手を伸ばすのが見える。

 その様子と、杏子自身も少女の言葉に疑問を持って、釣られるように視線が横を向く。

 暗い夜道ではあるが、月明かりに目も慣れてきたのか、人影はある程度はっきりと見え始めた。

 

 

「......なっ」

 

 

 思わず、声を上げていた。

 視線の先には、自分より背丈の小さな少女の姿がある。

 

 

 

 

 

「うん、()()()()()()()っと」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()が、一人の男の手を右手で手に取っていたのだ。

 

 

 

 

 

 最初に響いたのは、声ではなかった。

 ミギリッ、と乾いた音が響く。

 例えるなら、セミの抜け殻を踏み潰した様な音だろうか。

 

 その音源は、とても近くにあった。

 

「な、あ?」

 

 杏子ははっきりと目視した。

 それは声を上げた男も、その周囲の仲間も同じだっただろう。

 誰もが現実を認識できずに、呆然としてしまっていた。

 

 

 それでも、最初に「直視」したのは、やはり先に声を上げた男だった。

 ポカンとした表情が歪み、一気に青ざめていく様が容易に想像できる変貌を見せた。

 

 

 

 

 

「お、()()()()()()()()ぅぅぅぅ!!?」

 

 少女の右手が男の手の中に食い込み、変形しながら「侵食」していたのだ。

 

 

 

 

 

「ッチ!?」

 

 反射的に動いていた。

 杏子の右手が一瞬赤く煌めいた瞬間、その光が少女の右手を一閃する。

 次の瞬間には右手の肘から先が切り裂かれ、男の腕が少女から解放されていた。

 

「あら」

 

 バランスを崩して目の前で尻餅をつく男を見て、さして驚いた様子もなく「少女」は呟く。

 此処で漸く、僅かながら後退りしていただけの周囲の大人が事態に追い付いた。

 倒れた仲間を拾い上げる事もなく、この世の物とは思えない絶叫を上げて、我先にとホテル側の暗がりへと逃げ出していく。

 薄情にも置いていかれた男だったが、立ち上がる事もなく何故か地面をのたうっている。

 その身体から、未だに「異音」が鳴り響く。

 

「まさかっ......!?」

 

 杏子が男の腕を掴んで見ると、其処には()()()()()()()()()()()()()()()()()

 まるで独立した生命を宿した寄生虫の様な、不定形の肉の塊が腕の肉を貪り、上半身へと登ろうとしている。

 まともな人間なら吐いてしまう程のグロテスクな光景、まさかこんな風に夕飯を食べそびれた事に感謝するとは杏子も思わなかっただろう。

 吐き気を抑え込んで、男の腕ごと切り裂いて分離させようと思った瞬間、「背後からの殺気」に杏子の背筋が凍る。

 それは、今まで彼女が倒してきた「魔女」達の怨嗟が子供の様に思える程、鋭く重い重圧だった。

 

「これで「代わり」は確保出来た。さて、貴方には数日後に「ある事」をして貰いたいの」

 

 先の「少女」らしさは何処へやら、切り離された右手からドバドバと赤い液体を流しながら、無表情に「それ」は告げる。

 その瞳は最早仔猫の様に震える男だけを捉え、杏子の事など全く気にしていなかった。

 

「と言っても、難しい事ではない。「彼」から手荷物を貰って、指定された場所で「ある人物」を探して欲しい。たった、それだけよ」

 

 そう言われて、杏子はいつの間にか路地の入口に立つ「別の男」の存在に気付く。

 片手に()()()()()()()()をぶら下げた男は、おぼつかない足取りで「それ」の背後に歩み寄ってくる。

 

「何故自分なのか、って聞きたそうだね。うん、答えてあげる。それはね、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ボトリ、と「それ」の足元にポシェットが落ちる。

 それを左手で拾い上げると、それが合図だった様に、激しく「背後の男」の身体が震え始める。

 

 

 

「そして、私が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが理由。それだけなのよ」

 

 声を上げる暇もなかった。

 まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それに終わらず、ジクジクと()()()()()音を響かせながら、あっという間に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「......うっ!」

 

 遂に、杏子が左手で口元を抑える。

 凄惨な、惨い死体には魔女の犠牲者達で見飽きた節はあったが、目の前で()()()()()()()()()()()()()様には堪える物があったらしい。

 俯いて堪えようとしていたが、直後に右手で抑えていた男の身体が激しく痙攣を始める。

 目を向けると、等々「右手」が男の顔に到達して、絶望に引き吊る表情ごと飲み込もうとしていた。

 ()()()()()()()、直感で感じた杏子は、右手を男から離すと。

 

「アンタ、何者だ」

 

 真っ直ぐ「それ」を睨む、その姿が一瞬眩い光に包まれた。

 「それ」の瞳が()()()()()()前で、杏子の姿は宛らバレエの衣装の様な、赤を基調にした飾り気は少ないが愛らしい「魔法少女」の姿へと変身していた。

 右手に瞬時に現れた赤い槍を、「それ」の喉元に突き付けて問い質すと、「それ」は呆れたように笑みを作った。

 

「やれやれ、そんな子供を殺された親犬みたいな顔しなくても、ちゃんと「順番通り」に接してあげるよ。だから、()()()()()()

 

 最後を一際強調する様にゆっくりと言ったその時、杏子の背後から突如として悲鳴が聴こえた。

 男の、しかも複数人の物だった。

 このタイミング、先程の彼等の物である事に疑いは無いだろう。

 そして、遂に隣の男の動きすら、事切れた様に止まる。

 だが杏子には、目の前の得体の知れない相手から目を離す事は出来なかった。

 一帯に静寂が訪れる、それを待ってたかのように「それ」が口を開いた。

 

()()()よ」

「......何?」

「要は、雇われて此処にいるの。と言ってもね、こんな「人っころ」のウジャウジャいる所に長居しなきゃ行けないなんて、正直()()の頼みでもないとやらないけどね」

 

 突き付けられた槍の先を無表情で眺めた後、チラリと杏子の顔を見る。

 己と同じ赤い瞳の筈なのに、考えの一切読めない底知れなさが、杏子の心を縛り付けようとする。

 

「此処に来たのは一ヶ月前、それ以前はインドの田舎で綿花を育てる生活していた。農作業故に休日は不定期だが、必ず日が落ちる頃には一通りの仕事は終わらせられる様にし、10時には床に着く。酒も煙草もこのなりではやれないし、車もタクシーの常連客。朝4時半には起きて、飼っている雑種犬の散歩をしながら目を覚ますのが毎日の日課さ」

 

 杏子は訳が分からないと言うように眉を潜める。

 「何者か」と聞いたのは自分だが、いきなり何を語っているのか。

 

「テメェ、何が言いたい?」

「こんなコンクリートやアスファルトで噎せそうな場所じゃなくて、自然や土の臭いを感じ取れる場所が私の居場所だって事を言いたいんだよ。騒々しいが穏やかで、様々な命が隣り合いながらも互いを尊重し波風を立てない、そんな生活が私の幸福なんだ」

 

 「杏子の顔」をした「それ」が、薄く笑い始める。

 その背から真っ黒な気が、悪意が漏れ出すように杏子は錯覚した。

 今まで感じたことのない薄気味悪さに、槍を握る手からは汗を垂らしていた。

 

「つまり、()()()()()()()()()()()()()()()で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。そして最早言うまでもないとは思うが、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 つり上がった頬から、不快な音が響く。

 目の前で「自分の顔」が、悪趣味な絵画の如くぐにゃりと歪む。

 最早、嫌悪感は限界を超えていた。

 杏子は反射的に槍を突き出し、その首を跳ね跳ばそうとする。

 だがそれを知っていたように、「それ」は僅かに身体を傾けるだけで一撃をかわす。

 歪んだ「自分の顔」が、嘲け笑う様に口を開いた。

 

「やあぁぁッ!!」

 

 突き出したまま、横凪ぎに振り払う。

 彼女の槍は穂先が大きく、宛ら斧の様に振り回す事も出来る。

 その刃が、「それ」の身体をまともに捉えた。

 横の建物の壁に叩きつけるだけでなく、それを突き破って力任せに奥へと押し込む。

 後の始末を考えてない、本気の一撃。

 人間どころか、其処らの魔女ですら致命傷になる恐るべき威力。

 

 

 なのに、まるで虫の知らせの様に、胸のざわめきが止まらない。

 

 

 

 

 

「......『()()()()()』、と私は名乗っている」

 

 

 

 

 

 壁の向こう、舞い上がった煙からゆっくりと姿を見せた「それ」は、さっきとはまるで別人だった。

 中性的なショートの白髪は乱雑に跳ね、頭頂部の生え際からは一本だけ短い金毛がちょこりと飛び出している。

 服装も、特徴のないシャツとズボンから一転、フリルのついたミニスカエプロンドレス、俗に「メイド服」と言うのに変化している。

 右手からの出血も止まり、先の槍の攻撃すらもまるで無かったかの様にその身体には傷一つない。

 そして、深い青色の瞳を杏子に向け、いつの間にか掛けられた緑色の縁の細い眼鏡を左手で軽く押し上げると、淡々と宣告した。

 

 

 

「愛すべき平穏に戻るため、君には利用されて貰うよ。今すぐにでも、ね」

 

 

 

()()()()、だと?」

 

 目の前の、奇妙な「存在」に杏子は問う。

 無傷で現れた事からも人間ではない、だが彼女が「魔法少女」だと何故か確信が出来ない。

 杏子にとって、こんな事を起こせるとすればそれしかない筈なのに、この時に限ってはそう感じていた。

 

「その通り、君にもまた「頼み事」が有るんだ。君が二つ返事で応じてくれさえすれば、それで済む話さ」

 

 その「存在」、「スカヴェラ」は穏やかに告げる。

 その態度や物言いには、己への圧倒的な自信が込められている。

 そして其れこそが、一時期飲まれかけていた杏子の気力が再点火する切っ掛けだった。

 

 

 つまり「スカヴェラ」は、この「佐倉杏子」を完全に舐めきっている、と思ったのだ。

 

 

「そうかい......」

「快い返事を期待して良いかい?」

 

 顔を伏せ、長い前髪で表情を隠す。

 「スカヴェラ」が無作法に声を掛ける、その態度にフツフツと怒りを蓄える。

 そして、歯軋りと共に遂に臨界を超えた。

 

「お断りだよっ! このマヌケ!!」

 

 叫んで、再び横凪ぎに槍を振り回す。

 それを姿勢を低くして難なくかわすと、「スカヴェラ」は一気に杏子へと突進した。

 左手を真っ直ぐ突き出し、掌を此方に向けて突っ込む。

 人間場馴れした速度だが、反応出来ない訳ではない。

 身体を傾けてかわそうとすると、掌を後を追うように向け直してくる。

 その手を止めようと、片手を槍から離して受け止める構えになる。

 

「......ッ!!?」

 

 悪寒が走ったのはその時だ。

 咄嗟に両手を槍から離し、左手を横から抱き抱える様に抑え込む。

 

「この左手っ!?」

「っち! 猿みたいにしがみつくんじゃあない!」

 

 左手を大きく振り回し、杏子の両手を振りほどこうとする。

 だが、二年もの対人戦を経た経験は伊達じゃない。

 直ぐに杏子は「スカヴェラ」の()()を看破する。

 

「......アタシの腕に「掌」を押し付けようとしても無駄だよ」

「......クッ!」

 

 ()()()力任せに振りほどいた左腕を庇う様に、路地を大きく後ずさって距離をとる。

 足元に落ちた槍を拾って、杏子はやっとの思いで強気な笑みを作った。

 

「随分と「左手」を大事にするんだな。()()()()()()()()()()()()?」

「まぁ、流石にばれるか」

 

 「スカヴェラ」の視線の先には、杏子の背後の()()()()()()()()()()()()()()()がある。

 「左手」に意識を向けさせる間に「右手」を男から回収する、その()()に気付いた杏子が思いっきり蹴飛ばしたのだ。

 死んではいないと思うが、そもそも始めから生きてるのか分からない状態だったし、問題ないだろう。

 

「私にとって「掌」は重要な部位なんだ。大人しく返して欲しいものだが」

「敵に味方するバカが何処にいるってんだ」

 

 言葉を返しながら、同時に考えを巡らせる。

 これだけ強調するのだから、間違いなくあの「左手」は危険だ。

 さっきの突撃も、タックルをするというよりは寧ろ、()()()()()()()()()()感じの攻撃だった。

 しかも、杏子の怪力を振りほどく力を持つのに、それを生かす素振りがない。

 それだけ「左手」には、「掌」には絶対的な自信があるのだ。

 

 なら、話は早い。

 

「っく、ククク」

「面白い事でもあったのか?」

「これが笑わずには居られるか。バカ野郎が」

「一応、これでも君より歳上なんだが。敬意の一つも見せたらどうだ」

「なら「センパイ」らしいとこ見せろよトーシロッ!!」

 

 三度、杏子は槍を振りかざす。

 その光景に、「スカヴェラ」は溜め息を吐いて呟く。

 

「......接近させずに倒せれば良い、とか思ってるんだろうが、槍一つまともに振れない低脳に出来るとでも?」

 

 三度の横凪ぎ。

 周囲の壁を抉りながらの一撃は、その抵抗もあって見切るのは容易い。

 穂先の通過を計算し、「スカヴェラ」は両足をバネのようにして跳び上がる。

 いい加減解らせてやろうと、穂先を蹴って背後に回るつもりだった。

 

 が、

 

「ん?」

 

 前を見て気付く。

 杏子の手の中の柄は既に「スカヴェラ」を向きつつ有るのに、()()()()()()()()()がしない。

 その理由は、直後に身体で思い知る。

 

 

 

 柄の一部が鎖に変化し、鞭のようにしなった穂先が空中の「スカヴェラ」をまともに捉えたのだ。

 

 

 

「......で、何だって? ()()()()()()()()()()()()()? だったらワリィな、()()()()()()()、さ」

 

 槍にして、槍に有らず。

 ある意味、魔法少女に常識は通用しない。

 杏子の得物の槍は、そのリーチと遠心力を乗せた威力は凄まじいが、対して「槍」という武器の構造上、懐に潜り込まれると一気に不利になる。

 その弱点を補う為の、蛇の様に自在に動く「多節棍」の形態だった。

 

「――ってェ」

 

 最初の横凪ぎよりも鋭い一撃で、横殴りに地面に叩きつけられた「スカヴェラ」だが、此方も此方で殆んど堪えてないような素振りで立ち上がる。

 メイド服はボロボロ、左手からも大量の流血を滴らせているものの、まだ活動出来るだけ異常な打たれ強さだった。

 

「......病院暮らしさせるつもりでかましたんだけどなぁ」

 

 本当は墓送りのつもりだったが、そこは強がりだった。

 立ち上がった「スカヴェラ」は、あれだけの一撃でヒビ一つない眼鏡越しに杏子を見据える。

 その瞳は、未だに何の感情も見せず、ただただ不気味な光を放っていた。

 

「成る程、武器に変形機構を仕組んでいたか。見事に釣られたよ」

「っ、」

「然し、分からないな。単に身体強化だけ、としても不思議だ。人伝に()()()()()()()()()()()()()()と聞くが、君からはその「意志」を感じにくい」

「なっ!?」

 

 その事実は、杏子も聞いたことがあった。

 魔法少女の力の性質は、その当人の叶えた「願い(奇跡)」に左右されると。

 だが、それを()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それだけじゃない、今になってだが、そもそもこれは。

 

「テメェ、()()()()()()()()()()()()!?」

「雇われた、と言っただろう? なら仕事の情報は其処から来るに決まってる」

 

 はぁ、と吐息を吐く「スカヴェラ」に、改めて杏子は槍を向ける。

 ぶっちゃけ、最初は単にムカつく野郎ってだけの理由だったが、今は事情が変わってきている。

 

「ソイツは何処に居る。連れてけ」

「悪いが断らせて貰うよ。クライアントの情報は「信用」だ、幾ら乗り気でない仕事でも「信用」を失う訳にはいかない」

「テメェの事情は関係ねぇ」

「それに、もう()()()()()()()()

 

 そう言って、血塗れの左手をゆっくりと持ち上げようとする。

 が、次の瞬間には、「多節棍」に変化した槍の柄が身体に巻き付き、蛇が鎌首をもたげる様に穂先が喉元に突き付けられていた。

 

「変な気は起こすなよ、案内してくれれば命は助けてやる」

「ヤレヤレ、この期に及んで命は助ける、か。じゃあ、その前に一つだけ」

 

 青色の瞳が、杏子をじっと見据える。

 青いのに、何処までもドス黒く見えるのは彼女の気のせいだろうか。

 胸騒ぎが、ずっと止まらない。

 

「私の「掌」の力を教えて上げよう、君も気になるだろうし」

「まだ何とかなるとでも思ってるのか? そんな動かすのもやっとな腕で」

()()()()()()()()()()()()?」

 

 胸騒ぎが強まる。

 緊張感のせいか、身体が強張り始める。

 何処か息苦しさまでも感じる。

 

「私の「力」、それは「()()()()()()()()()()()()()」能力だ」

「......体、液?」

「そう、体液さ。汗も、血も、粘膜も、()()()()()()生み出す事が出来る」

 

 嫌な汗が吹き出る。

 背筋に寒気が生じる。

 手足の感覚が鈍い。

 

 

 

「......「()()()()()()」、そう。例えそれが()()()()()()()()()()()()()()()()()()......」

 

 

 

 やっと、気付く。

 これは、()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()......()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ......さて、どうした物か。

 目の前で崩れ落ちた少女を見据えながら、力なく落ちた槍の残骸を蹴飛ばして歩く。

 先ずは、男からの「右手」の回収か。

 

「霧吹き、って知ってるだろう? あれは非常に細かい水滴を飛ばすものだ。子供の頃に遊んだ事はないか? あれの中に石鹸水や油を入れて吹いてみたり」

 

 回収の間、まだ意識は消えてないだろう少女に向けて「スカヴェラ」は語り掛ける。

 

「石鹸水を誤って人に向けてしまった時は大変だよねぇ。石鹸の成分が目の中に入ったら大騒ぎ。......()()()()()()()()()()()()()()

 

 ゴミ捨て場に突っ込んでいる男の足のズボンを軽く捲ると、其所に右腕の切断面を付ける。

 程無くして、肉を抉るような音を響かせて()()()()()()()()()()()

 

「何の考えもなく、明らさまに手だけ向けていたと思ってたのか? もうその時には、君の身体の芯を折るのに充分な「(体液)」を吹き付けていたんだよ。君の身体中にね。ただ、どうも()()()()()()()()()()()()()()()で、効果が生まれるまでちょっと遅れたみたいだけど」

 

 振り向くと、意外な事に、呻きを上げながらもまだ杏子は立ち上がろうとしていた。

 やはり、神経系に作用する毒の影響が薄いみたいだ、今後は仮に戦うなら出血毒ガン積みで行くか。

 

「さてと、紆余曲折あったが、仕事をこなさなくては」

 

 杏子の元に背後から悠々と歩み寄る。

 内からボロボロになった身体を動かすのに必死な彼女は此方にまるで気付いてない。

 ふと、出来心で悪戯をしたくなった。

 

「しかし、まだ動くのか? ちゃんと止めを差しておかないと」

「ッ――――――!!?」

 

 四つん這いの体勢になっていたその背後からしゃがみながら手を回し、右手で杏子の頭を抱える様に掴む。

 その「掌」で彼女の口と鼻を覆うような格好になった「スカヴェラ」は、涙目になっている彼女の耳元で囁く。

 

「ねぇ、人間にとって、一番辛い「毒」って、何だと思う?」

「――――――!!」

「何々? 「()()()()()()()()()()()()()?」 よーし、なら優しい私が教えようではないか!」

「―――――――――――ッ!!!?」

「あはは、そんな()()()()()()()()()~」

 

 ボゴッ、と「スカヴェラ」の右手から粘性の強い「液体」が溢れ出す。

 まともに力の入らない手や足を振り回して抵抗するが、そもそも全力の杏子と張り合う彼女の力には到底及ばない。

 そして、完全に口と鼻を右手で覆う状態では、まともに呼吸も出来なくなる。

 

 最早、拷問その物だった。

 

「――――ッ!? ―――!! ―――、」

「まぁ、今のは単に硫酸バリウム(造影剤)なんだけど」

 

 ガックリと力を失う杏子から手を離し、呼吸しようと必死に喘ぐ彼女の上半身を抱き起こして、二人はまるでぬいぐるみを抱くような格好になる。

 

「大分回ってきて、意識も途切れかけだろうから、本題を伝えるね」

「......ぁ」

「「見滝原」は分かるよね、貴方にも縁はある土地らしいから」

 

 途絶える寸前の意識で、一人の「少女」を思い出す。

 彼女にとって、色んな意味で「重要」な人。

 

「私も、実は()()()()()()()()()()()()。だけど確実に、()()()()()()()()()()()()()事件が起こる。と言うか、「起こす」」

 

 ......()()()()()()()()

 それを、()()()

 

「今を唯、良しと思うなら、別に無視してもいい。だけど、君が仮に「まだ進む事を望むなら」――」

 

 

 

 

 

 

 

「――――来るが良い、()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・翌日。

 

 

 

「......ん、っ」

 

 気が付いた杏子が目を開けると、見慣れた天井が広がっている。

 まだ鈍い感覚のまま上半身を起こして、周囲を見渡す。

 

「ホテル? アタシの、使ってた?」

 

 ベッドの周囲に散らばる食べ物の山からして、その場所で間違いない。

 ぼんやりと見ていると、急にお腹が空いてきたので、近場のお菓子の袋を手に取る。

 

「――ッ!!」

 

 それで思い出す、何故今()()()()()()()()()()()()

 遭遇、戦い、屈辱的な敗北、そして。

 

 

 

 

 

 最期に見た、光景。

 闇の中に浮かぶ、()()()()()()()()()()姿()()()()()()

 そして、最期に耳に響く、あの言葉。

 

 

 

 

 

「......「見滝原」、か」

 

 知らぬ間に、手に取った袋を握り潰していた。

 其処だけは、彼女にとっても()()()()()()

 

 

 

 

 

「――クソッ、アイツめ、よりによって「此処」に逃げ込みやがったかッッ!!」

 

 屈辱と復讐と、本の僅かな懺悔を胸に。

 こうして、孤独な少女は、騒乱に挑む事を決意した。

 

 

 

 

 







・30分後。



「よし、これで腹も満たしたし、早速......?」



「何だ? ビンに、紙が?」




《因みに、硫酸バリウムは短期間は無害だけども、速やかに腹から出さないと便秘や下痢に苦しむかもしれないから、お大事にね♪ P.S.:ビンの中には私特製の下剤が入ってるから、泣き叫ぶレベルに苦しくなったら飲むが良い。敢えて激辛にしてるけどな! 嫌がらせに!! 効果は絶大を保証するけど!! 超激辛!!!》





「..................、」



「......絶対、ぶっ殺してやるッッッ!!」



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