UNSUNG EVOLUTIONS   作:B.O.A.

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Ch-2-Act-02

・五郷市郊外、借用大型倉庫地区。

 

 都市計画によって急速な発展をした見滝原市。

 その影響は勿論周囲の市町村にも大きく伝播する事となった。

 新規に街で働こうとする人々は風見野市や五郷市をベッドタウンとして、日々車や電車での通勤をこなしている。

 また、最近では同様の都市計画を進める近県の“あすなろ市”との直通鉄道が開通した事で様々な物資の行き来が行われる様になり、必然的にその周囲に貯蓄用大型倉庫のニーズが生まれる結果となった。

 五郷市の一角に作られた借用倉庫群の出現は、そのニーズに応えるべくした必然であったのだ。

 

 『だが単に企業の所有物ってのなら良かったのが、其処に民間での借用ビジネスが生まれたのは少々マズかったな。一見すれば一般のコンテナ倉庫レンタルの大掛かりな物のイメージだが、中には複雑で曖昧な管理体制にして裏で暴力団と繋がる奴もいる。警察も動いているが、見分けを付ける策の発展や法の整備が追いついていないのが実態。国の一括管理にしようとすると、企業の反発があって停滞。実質、グレーゾーンという名目の無法地帯に近いって事だ』

「連中は其処を利用したという事か」

『勿論、直接的な繋がりは限りなく消されているだろうが、其処を借り受けていた連中は大型トラックを利用し頻繁に首都の貿易企業と取引していた記録はある。疑って損はない』

「だろうな……さて」

 

 彼が今居るのは、一連の倉庫群を監視する為に作られた監視塔の最上階だ。

 各ブロックにそれぞれ一つ建っているそれ等は、均等な高さに作られたこの広大な倉庫群を一望する事が出来る唯一の場所だ。

 ここではサーチライトを照らして監視するだけでなく、ブロック内の監視カメラの全てを統括して監視する事が出来る。

 流石にこの広大な敷地を警察が監視するのは骨が折れるらしく、現在は複数の民間警備会社がブロック毎に分かれてローテーションを組んで監視しているらしい。

 一様な倉庫群では殆ど設備も変わらず、交代の際最も手間が掛かるのは「お上」のお顔立てをする事だけなのだと。

 今回はその警備会社の一つと影で提携して、この場所の立ち入りを許可されていた。

 サーチライトの設備の付いた展望デッキ上の最上階で双眼鏡を片手に、倉庫の壁に付けられたライトに縁取られる広大な倉庫群を眺める彼は、傍にいた警備員に声を掛ける。

 

「「E-17」って倉庫は此処の隣の地区にあるんだよな? そこは今何処が管理している?」

「確か“タイガー・セイバー”社だった筈です。傍では警備会社を謳っているようで……まあ、実態は裏稼業にも手を出す「傭兵会社」だという事でこの「世界」では有名な会社ですよ。支社ばかりが立ち並んでて本社が何処にもないって時点で胡散臭い」

「グラン・フォート系列では“エクセル・ヴァンガード”社があった筈だが、そこは今何処に?」

「今はK地区の担当の筈です」

 

 彼はそんな風に横の警備員に聞きながら、双眼鏡を使って隣の地区を徘徊する警備員の姿を覗き込む。

 此処から見ても分かる限りでも、“タイガー・セイバー”社の警備員の装備はかなり潤沢だ。

 軍のお下がりのスタンロッドに数メートルの射程のあるロングレンジスタンガンを腰に下げ、来ている防弾チョッキは軍が使う様な高級品だ。

 人数も多い、此処の人数よりも倍はいる。

 巡回していたらしい普通車も止まり方が妙に重たい、これも特殊装甲車だと考えて良いかも知れない。

 

「過剰防衛にも程があるな。たかが民間の倉庫群の警備に、これだけの人員と装備を注ぎ込んでは普通は大赤字だ」

「それだけ意味があるって事でしょうけど……、バックにトンでもない大物がいる以上は今時の血の気の滾るジャーナリストでも喰わない毒餌ですよ」

 

 彼等の様な明らかな無法者がこれだけの装備を持って我が物顔を出来るという事は、それだけ彼等を重宝し利用する人間がいるという事でもある。

 お得意先には国際レベルの大物達が裏表問わずに居るのだろうが、彼としては知った事ではない。そこのお膳立ては別の人間のお仕事だ。

 これから此処に入り込むのにどれだけ面倒か、彼が気にするのはそれだけである。

 

「……まるで要塞だな。何処もかしこも人の目だらけだ」

「本当に忍び込むのですか? 正直、正気の沙汰とは思えませんが」

「正気でこんな仕事は出来ん。ま、何とかするさ」

「そうですか」

 

 それを最後に、警備員が彼の傍を離れて下の階へと降りてゆく。

 後ろ目でその後ろ姿を眺めていた彼だが、見えなくなると直ぐに視線を戻す。

 これから、あの警備員がこの一帯のカメラとライトを停電騒動で停止させる予定だ。

 その騒動の隙に彼は目的の倉庫に潜り込み、捜査し、離脱するという行程を全て完遂せねばならない。そういう作戦だった。

 電気系統は地区毎に独立している為、向こうの警備は過剰に万全だ。

 停電騒動は全て「米国」の手引きを隠蔽する偽装であり、彼の為の物では全くない。

 確かに正気の沙汰ではないな、あの警備員(CIAエージェント)もやりたがらない訳だ、そう彼は思う。

 装備は動きやすさを重視して結界時の装備に、警備員から貰ったベレッタ用サイレンサーを加えただけである。

 裏稼業(殺し)も平然とやってきた人食い虎の剣牙(タイガー・セイバー)があの程度の鈍らとは思えない以上、当然無用な戦闘は避けなければならない。

 完全な単独隠密作戦、見つかれば一巻の終わり。

 ダンボールマニアのバンダナオジさん並の無茶振りを彼は求められていた。

 暫くそのまま待機していると、彼の目の前の区画の倉庫の明かりが音もなく急に消える。

 其処からまるで水が流れ落ちる様な滑らかさで、闇は彼の前から横へ抜けて後ろへと流れる。

 直ぐに、巡回していたらしい車のヘッドライトが監視塔へと戻ってきて、懐中電灯を持った警備員が慌てた様子で社内から出てくる。

 予定通り、作戦決行の時間だ。

 下から響く話し声を無視して彼は正面の手すりの辺りを探り、其処に予め設置していた小さな機材を探り当ててそのボタンを押す。

 直後に、小さな物音と共に圧縮空気に押されて飛び出した小さなワイヤーアンカーが、予め調節していたようにその先の倉庫の空いた二階の窓枠の上に刺さって固定される。

 多少は音がした筈だが、警備員は皆此方に集まっていて誰も気付いていないようだった。

 ケーブルを軽く引っ張って固定を確認し、彼は腰から伸ばしたコード先の金具をケーブルに引っ掛けると躊躇なく手すりを乗り越えた。

 下にいた警備員達は皆突然切れた電源に頭を捻るだけで、闇に紛れて頭上を舞う人影など

見向きもしない。

 ケーブルを高速で伝った彼の体が倉庫の窓枠が近付くと、彼はコードの根元を操作し先の金具だけを切り離す。

 建物の二階位の高さであるなら、ルーキーの彼でも十分な消音性を保って着地が出来る。

 四つん這いになる様にアスファルトに面した着地の後、彼はPDAを取り出して信号を飛ばす。

 信号に反応して、双方の端からケーブル中に通された管に揮発性の高い酸が速やかに流れ込んで、空中でケーブルを内から溶かしてしまう。

 僅か5秒程でケーブルが消滅すると同時、頭上からワイヤアンカーと腐食したコード先の金具が落下してきて、彼の手の中に音を立てずに収まる。

 残りの端は警備員(CIA)が回収している事だろう。

 それをバックパックに収めながら、彼は速やかにその倉庫の裏へと回り込む。

 裏手に積まれた木箱の裏に身を潜めながら、目と鼻の先にある「E地区」の警備を観察する。

 彼等も隣の地区の異常に警戒しているようだが、救援を呼ぶ訳でもなくこちら側へとライトを向けているだけである。

 その顔に浮かんでいるのは、手間暇が増えた事による煩わしそうな感情だけ。

 同業者として助け合う、等といった精神は全く見られない。

 そのまま彼らの過ぎるのを待って、警備の隙間を掻い潜る様に隣の倉庫へと急ぐ。

 彼らの目が電気の明るさに慣れきっていた事も彼に味方した。

 「E地区」側の壁のライトの光で彼の姿が晒されて、彼がその近くのドラム缶の裏に入り込むまでの僅かな間を、警備員達は完全に逃してしまっていた。

 彼はドラム缶に張り付いたまま前を見る。

 目的の「E―17」はこの倉庫の正面の向かいなのだが、その為にはこの細道を通って更に奥の通りを横切る必要がある。

 だが普通にこの道を行けば、確実に中央に設置された監視カメラに引っかかる。

 飽くまで「普通に」行けばだが。

 

「……やるか」

 

 そう呟いた竜二は、上を見上げて倉庫の壁面を確認する。

 予想通り、壁面の最上部に雨水の排水用のパイプが渡されていた。

 一見ひ弱そうな其処は、実は大人一人の体重ならギリギリ支えられる強度がある事を彼は事前に知っていた。

 だが、その高さは凡そ8m程。地面に降りている方は向こう側だし、足場になる物はない。

 時間的にも、復旧まではCIAでも精々稼げて15分程と余りにも猶予がない。

 選択肢はない。

 彼はその場で軽く膝を曲げると、一気に8mの高さまで“跳んだ”。

 両手を伸ばしてパイプを掴み、殆ど物音を立てずに其処にぶら下がると彼はそのまま横へと移動する。

 そのまま監視カメラの上を移動して反対側へと到達すると、縦に降りたパイプを足場に静かに地上に降り立つ。

 50m以上もパイプにぶら下がって移動したというのに、彼の表情は涼しい物だった。

 木箱の裏に張り付いた彼は向こう側の通りに誰もいないのを確認し、思い切って通りを横切る。

 先程のパイプでの移動距離よりも短かったのだが、本当に気の遠くなる様な気分になって彼は其処を走り切り、其処のドラム缶の影に瞬時に潜り込む。

 そのまま周囲を確認すると、丁度一つ向こうの通りから特殊装甲車が走ってくる所だった。

 ルート的に、あのまま留まっていたら完全に丸見えになっていた事に冷や汗をかいたまま、車が通り過ぎるのを待った彼は倉庫の側面に回ってそこにある扉の前に立つ。

 電子ロック式なのを確認した彼は、小型ナイフを取り出して電子錠の傍の配線を引き抜きPDAから伸ばしたコードに無理矢理接続する。

 

「エディ、「E―17」に到着。電子錠の解除を願う」

『了解。10秒待て』

 

 宣言通りの10秒で解除音が響くと、彼は飛び込む様に中へと入って扉を閉める。

 漸く第一関門突破だ。

 大きく息を吐いて、思わず緊張が解れてしゃがみこみそうになるのを堪えながら彼はPDAに向かって話す。

 

「倉庫内に到着。……だが広いぞ。とてもじゃないが5分や10分で回り切れそうもない」

『他の倉庫では、奥の方の個室に照明やシャッター等の設備のある管理室がある。リフォームでもしてない限りは其処に手掛かりがあるかもしれん』

 

 言われた通り、倉庫の端にある管理室へと急ぐ竜二。

 幸い、警備員達は外の警備のみを担当しているらしく倉庫の中には誰もいなかった。

 それどころか、今時の借用倉庫なのに内部に監視カメラ一つすら設置されていない。

 

「――いや、カメラを固定する支柱の跡はある。後から外されたのか?」

 

 同じ跡が倉庫の柱に幾つか点々と付いていた。

 修理中だとしても、一斉に外して代用器も無しで放置などするだろうか。

 それよりは余程、“記録に万一でも残したくない物”を倉庫に運んだからとした方が信憑性が高い。

 やはり、この倉庫には何かある。それは間違いない。

 倉庫の中には大きなコンテナや木箱が幾つも積まれて小さな迷路のようになっている。

 これ等の中に今この瞬間にもB.O.W.が積まれていようがいまいが、流石に手っ取り早く此処で中を改めるという訳にはいかない。

 それでも通り過ぎる序でにその中の一つのコンテナを軽く注視してみるが、流石に専門家でも無いのでコンテナの種別が一目で分かる訳もなく、偽装もあってか警告マークも全く貼られていない。

 これ以上の時間を掛けて検証する間もないので、彼は物品の精査は其処で諦めた。

 迷路を何とかぐぐり抜けて、彼は隅の方で倉庫内に丸ごと突き出す形で設置された管理室のドアの前に立ち、其処でその鍵が純粋なアナログキーなのを確認する。

 

「……気付くかな」

 

 体当たりとかヤクザキックでぶち開けようかとも考えたが、音が外に漏れれば忽ちにして「DEAD END」だ。

 そこで彼は再び先のナイフを取り出してドアの隙間に差し込み、鍵の構造その物を無理矢理破壊してしまう。

 開場したドアを速やかに開いて部屋に入り、そこにあったパソコンの一つの本体にPDAを接続して起動させる。

 

「そっちは頼むぞ」

 

 パソコンのハッキングはジョージに任せて、彼は戸棚に置かれた書類を引っ張り出す。

 荷物の出納記録を悠長に全部検証している暇はない。

 代わりに、彼が取り出したのは倉庫の作業員の勤務表だった。

 

「こー言うのは大抵、何も知らずに真面な仕事している奴とシフト組んで情報攪乱しながらやるのが定石だ。だが逆に言えば、情報さえ揃えば実際の実行犯の特定は不可能って訳でもない。で、件のトラックが入った大体の日付は分かっているのか?」

『流石に何から何までハッキリとは分かっていないが、幾つか絞り込む事までは出来ているぞ』

「後で“セントラル”にでも押し付けるか。よし、コレをはいしゃ――――」

 

 

 

 何処かから、布の擦れる小さな音がした。

 

 

 

 思わず息すら止めて、彼はその方向にゆっくりと目を向ける。

 その視線の先には仮眠用の簡易なベッドが壁に沿うように設置されていた。

 その上で仮眠を取って残業する真面目な作業員は居らず、代わりに乗っている筈の小さな毛布はその下の床に落ちていた。

 どうやらこれが物音の原因らしい。

 何時でも背中の拳銃を抜けるように身構えながら、彼はそのベッドの方へと歩み寄る。

 傍に立って周囲を警戒するが、室内に動く者の気配は無い。

 その筈、彼が入って来た時点でベッドには誰も居なかったのを彼は確認していた。

 試しにベッドの上を撫でてみるが、安物のベッドの固く冷たい感触が伝わるだけである。

 単に上の毛布がズレて落ちただけか。

 そう納得した彼が、足元の布団に手を伸ばそうとした時だった。

 

 

 

 

 

――シャァァッ!!――

「っだあぁ!!?」

 

 出し抜けに毛布が弾けて、下に潜んでいた「何か」が彼に高速で飛びかかった。

 

 

 

 

 

 慌てて手を引いたのと、「何か」がそこまで大きくなかったのが幸いしたらしい。

 ギリギリで伸ばした竜二の手に飛び付けずに床に降りた「何か」は、今度は彼の腰に飛び付こうとするが直後に後ろに飛んで距離を離されて再び失敗する。

 距離を取ってから漸く背中から拳銃を抜いた彼は、そこで始めて床で威嚇の声を上げる「何か」の姿を目視する。

 

「……蛇!?」

 

 蒸気のような声を響かせて威嚇するそれは、体長20cm程の小さな黄色い蛇だった。

 だがその体長に合わず、鎌首を擡げて身構えるその青い眼には凶暴な憎悪が宿っていた。

 

 

 

 そこで彼は嫌な予感をハッキリと覚えた。

 考えてみれば、確かに不思議な話だった。

 彼等は余計な記録を残さない為に自ら監視カメラを外していた。

 だとするなら、彼等の「商品」を管理出来るのは彼等自身しかいない。

 当然何かしらの手は打っている筈だろうが、まさかそれが表の警備の強化だけだとは考え難い。

 内部にもそれなりに警備を配置するのが道理だ。

 

 

 カタリと、机のペン立てが倒れる音がした。

 

 

 なのに、彼は一人にも出会わなかった。

 誰にも出会う事なく、彼は此処に辿りついた。

 

 

 パタン、と床に何かが落ちる音がした。

 誰も居ない筈なのに、開いたドアが本の少しだけ動いた。

 

 

 

 

 ならば、その警備は今。

 どんな考えの奴であっても、確かに生きた人間でもある彼等は。

 

 

 

 

 

 

 

 今 、 何 処 に 居 る ?

 

 

 

 

 

 

「嘘、だろう……?」

 

 パタン、パタン、という音を背中に聞きながら、彼はゆっくりと後ろを振り向く。

 幾つもの机や戸棚のある管理室、その床、机の上、戸棚、壁、そして天井まで、至る所から小さな青い瞳が彼に向けて狂気を放っていた。

 

 

 

 結論はこうだ。

 どうやら、此処は彼等に“汚染”されたらしい。

 

 

 

「っ畜生!!」

 

 彼が思わず叫んで動こうとすると同時、バタバタバタバタッ!!! という音と共に大量の蛇が雨のように頭上から降ってくる。

 肩や頭に乗っかってくるソレを両手で払い除けながら、テーブル上のPDAを掴んで部屋から一直線に脱出する。

 

『何があった!?』

「蛇だ。奴等倉庫を丸ごと蛇の生け簀にしてやがった! 外があんだけ厳重だったのはコレが理由だったんだ!!」

『イカレてやがる……ッ! アイツ等本気で管理する気があるのか!?』

「……ッあああ!? 部屋を出ても其処ら中からウヨウヨ出てきやがる! 一体今まで何処に隠れてやがったんだ!!?」

 

 積まれたコンテナや木箱の隙間からウジャウジャと黄色い蛇が湧いて出て来て、壁や天井を這い回り、彼を包囲してから一斉に飛び掛ってくる。

 牙が小さい為か皮膚の露出した手先や首から上を狙ってくるそれ等を彼は必死に払い除け、足に群がって這い登ろうとするのを踏み付けて殺していくが、努力も虚しく後から後から湧いてくるそれ等にはまるで際限が無い。

 これでは拳銃は愚か、手榴弾を持って行っても焼け石に水かも知れない。

 応戦は諦めて銃をホルダーに戻し、見付かるリスクを投げ打ってでも此処を脱出すべく倉庫の出口を目指す。

 恐らく、と言うかほぼ間違いなく扉の外は囲まれているだろうが、この際はいっそ顔さえ見られなければ後で言い訳は幾らでも吐く。

 向こうも向こうで表沙汰にはしたくないだろうし、此処は多少は無理をしてでも「逃げるが勝ち」であった。

 最早魔窟と化したコンテナ迷路を全力疾走で引き返し、行きに入って来たドアが彼の目の前に迫る。

 せめて少しでも混乱を招こうと、彼は疾走のスピードを緩めずにドアに体当たりする様に押し開く。

 そのまま外に飛び出した彼は、アスファルトの上で一回前転をして跳ね起き、同時に背中から抜き打った拳銃を再び正面に構えて周囲を睨む。

 

 

 

「……、」

 

 思わず我が目を疑った。

 あれだけの騒動があったにも関わらず、倉庫の周囲には誰もいなかったのだ。

 それどころか、周囲一帯から車や人の気配が消えて静まり返っている。

 あれだけ居た警備が、まるでこの数分間で撤収したかのような有様だった。

 

 

 

 どうなっている、と呟こうとして、後ろから聞こえる雑音に気付いて慌ててドアを閉め直す。

 直ぐにドアの向こうから蛇がぶつかる音や威嚇する声が響いたが、暫くすると合図したかの様にパタリと止んだ。

 蛇の癖に、不自然に統率された行動だった。

 改めて周囲を見渡し誰も来る気配がないのを確認して、色々と腑に落ちないまま取り敢えず一難去った事を報告すべく彼はPDAを取り出す。

 

 

 

 

 

 直後に、轟音と共に地震の様な振動が一帯を襲った。

 倒れる程の物ではなかったが、予想だにしない状況に彼は少しふらつきかけた。

 

 

 

 

 

「お次は何だ!!?」

 

 咄嗟にドラム缶の影に避難して様子を伺うも、ここからでは整然と並ぶ倉庫群しか見えない。

 だが、耳をよく澄ませると、遠くの方からエンジン音や破壊音の様な鈍い音が聞こえてくる。

 事態が全く把握出来ずに困惑する中、手にとったPDAから呼び出しに設定した振動が伝わる。

 

『畜生! 奴等め、謀りやがった!』

「何の話だ!? そっちで何を掴んでいる!!?」

『「タイガー・サーベル」から“タロン”に出動要請が入ったんだ。今傍受した無線を繋ぐ!』

 

 空電が暫く鳴って、続いて雑音混じりの怒声がPDAから響いてきた。

 

《メーデーメーデー!! 此方タイガー・サーベル社五郷市倉庫群警備隊! 倉庫D地区に生物兵器と思われる物体が出現!! 至急、救援を要請する!!》

《此方BSAA極東支部。要請を承諾した! 数分で先発隊が到着する筈だ。ソイツ等に任せてお宅等は安心して撤退しろ。夜分の警備ご苦労だった!》

 

 何でも良いから早く何とかしろッ!! という悲鳴に近い捨て台詞を残して、奥から悲鳴や破壊音を伴わせる通信が一旦切れる。

 異常事態なのは伝わったが、彼としては更に聞き流せない情報もあった。

 

「馬鹿な!? D地区って俺達が提携していた警備会社の所だぞ!?」

『停電状態の時に「何か」が不意にD地区内の倉庫から出現して暴れだして、その混乱を察知した「虎の連中」がソイツ等を救援しながら通報したらしい。取り敢えず“タロン”が現場に急行しているが、お前の方は今から行けるか!?』

 

 背後の不気味な程静まり返った倉庫を振り返り、苦々しく彼は答える。

 

「背後の倉庫の蛇共を引き継がないと動くに動けんよ。横須賀からの救援は!?」

『まだ暫くは掛かるぞ。クリス達だけで何とかして貰うしかない』

「畜生……! 何で事前に察知出来なかったんだッ!」

『俺達もE地区に「何か」を運び込んでいるとしか聞いていなかった。少なくともその事実は正しかったが……、正直、俺も耳を疑った。読まれていたとしか思えない』

 

 画面越しでも、その表情からは腰が抜ける程の驚愕が伝わって来る。

 思わず頭を抱えた彼は、遠くから聞こえる壮絶な戦闘音に耳を向けながら、手の銃を仕舞ってから祈る様に呟いた。

 

「任せたぞ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、倉庫地区の直ぐ近くの地下駐車場に待機していた“タロン”ことBSAAの先発鎮圧部隊を率いる隊長、クリス・レッドフィールドは要請を受けて15人の部下と共に都市部用の「ガンビット(高機動作戦車両)」に乗り込み出動、現場の地区の直ぐ目前にまで迫っていた。

 自ら車両を運転しながら、彼は助手席で無線機に耳を当てる部下に声を掛ける。

 

「状況は?」

「一帯が停電状態の時の奇襲だったので場がかなり混乱している様で、「タイガー・サーベル」主導の撤退はまだ完了してないそうです。……後、報告からは「物体」の攻撃を受けた人間が“ゾンビ”になっているとか、周辺に何処からともなく小さな蛇が現れて集団で襲ってくるとか、見上げる程の巨体だとか、様々な情報が飛び交ってます」

「かなり危険な状況だな……。然も、今“ゾンビ”が出たとか言ったか」

「ええ。嘘か本当か確信はありませんが、仮に本当なら今回の相手は相当危険なB.O.W.ですね」

「……、」

「……やはり、思い出しますか。「あの時の事」を」

 

 二人は揃って数ヶ月前の東南アジアのある学園の「悲劇」を思い出す。

 あの時、犯人はたった“二体”のB.O.W.だけで学園中の生徒を皆殺しにし、結局鎮圧する頃には生存者は偶々外来していた一名だけという悲惨な事件となっていた。

 当然の如くこの件の詳しい内容は機密であり、今でも原因不明の「デザイア(災難)」のまま世間では扱われている。

 だが二人は誰よりもその事を知っていた。何故なら、本当に成り行きでテロの最中にある学園に舞い込んだ「当事者」だったからだ。

 今でも、もし極東支部の「メラ・ビジ」の任務に縁があって同行しなければどうなっていた事か、クリスとしては想像するのも恐ろしかった。

 

「前回はある意味隔絶された土地だったから良いも、今回はそうもいかない。ここで食い止めなければ被害は無差別に拡大する。油断はするなよ」

「言われなくても、そのつもりです。隊長」

 

 倉庫群の間の道を四両の縦隊で突っ切って行くと、途中で電灯が切れて真っ暗になっている領域が前から迫ってくる。

 “ホットゾーン”が迫ってきたのを確認し、部下が無線機を仕舞って身構える。

 光と闇の境界が彼等の前から後ろへ抜けた、その時だった。

 

 いきなり、すぐ真横の倉庫の壁が丸ごと吹き飛んだ。

 

「何だ!!?」

 

 叫ぶクリスだが、幸いにも壁は隊列の上を飛んでいったので問題はなかった。

 だが、直後に後ろから鋭いブレーキ音の後に激しい衝突音が続く。

 言うまでもない。後続車が「物体」と衝突したのだ。

 舌打ちとした彼は、急ブレーキを掛けつつ巧みなハンドル捌きで重たい車両を反転停車させる。

 そして、ヘッドライトを調節しハイビームライトを前方に照射する。

 

――ジュウゥゥゥゥゥゥゥ!!!!――

 

 その光に反応したのか、「物体」が焼けた石に水を掛けたような鋭い威嚇音を発して鎌首を擡げる。

 フロントガラス越しに彼が見上げると、5m程上空から此方を睨む宝石の様に真っ青な瞳が「八つ」浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『始まったの~?』

『はい。予定通りに掛かってくれました。後は其方の戦果だけです』

『上手く稼いでくれるかな。一番厄介な性質のを配置したけど、噂のクリス等ってそ~いうのと殺りまくってるって話じゃん』

『まぁ、期待通りの働きをしてくれる事を期待しましょう。今回のは、ただ角の生えたヘビ程度の中堅ではない筈ですから』

 

 

 





 未だにパソコンがXPの状態。大学生活が本格化したドタバタで買い換える機会を完全に逃していました……。
 執筆に影響が出るかは分かりませんが、早急に買い換えたいと思います。

 では、主人公が戦力外通告喰らった所で、また次回。
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