UNSUNG EVOLUTIONS   作:B.O.A.

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Ch-2-Act-03

・五郷市、借用倉庫群D地区。

 

 最初、クリスはソレを巨大な蛇だと思った。

 細長い首は硬さと柔軟さを備えた黄色い鱗に覆われ、その先には綺麗に逆三角形の形をした頭部が擡げられている。

 その頭部には真っ青な瞳と、大口から飛び出している短くも太い牙が上顎から其々一対備わっている。

 その目の直ぐ上、人間で言う目蓋と呼ぶべき所から頭部の後ろの方へ、ウロコが変質したらしき角が大きく伸びていた。

 シュルルルル、と先が二股に別れた細長い舌を素早く出し入れして、ソレは僅かにその口を開く。

 普通の蛇と同じく、この蛇も舌の先が感覚器官と化しているのだ。

 

「前に見た映画にあんなのいませんでしたっけ、隊長」

「ああ。だが映画のアイツはアマゾンの聖域が住処だ。こんな場所に居るはずがない」

「見世物に連れてこられたとか」

「ならきっと、付き添いの美女が居なくてさぞお怒りだろう」

 

 隣の優秀な彼の部下はこのタイプを見るのは始めてだろうが、現実離れしたその巨躯に微塵も動じる様子は全くなく、寧ろ呑気に先輩の彼とジョークをかましている。

 それが現実逃避による麻痺ではない事は、その眼光が物語っていた。

 それに相手方も反応したのか、畳んでいたらしいフリルを横に広げて、フロントガラスに頭部を接近させて、その大口を開けて激しく威嚇する。

 洋館で見かけた初期のイレギュラーな実験体“ヨーン”とは異なり、此奴はフードコブラ種がベースの様だった。

 その時、正面の頭の横でユラユラと蠢いていた左右格2個の青い光が動き、左右のドア越しに彼らを挟むように接近する。

 それらも予想通り、正面のと遜色ないコブラの頭だった。

 ただし、普通のコブラと違って大の大人が頭の上で昼寝出来る程の巨大さだったが。

 

「随分と数が多いですね。この人数で一体ずつ分散して掃討するのは危険ですし、此処は応援の到着まで惹きつける事に専念すべきかと」

「……良いか悪いかは別として、分散する必要はなさそうだ」

 

 3つの頭が大きく三手に分かれた事で、クリスの正面では車両のハイビームがその付け根にある物をくっきりと照らし出していた。

 それを見て取って、クリスは若干呆れた様に呟く。

 

「三体……いや、六体で此奴は一体だ。蛇を相手にするかと思ったが、どうやら此奴の正体は“亀”だったらしい」

 

 本当に簡単に言うなら、人を丸のみ出来る程巨大なコブラを六匹引っ張ってきて、其々の胴体を縄でU字に結んで、某王国の亀大王の甲羅に詰め込んだ様なものが目の前の“ソイツ”の正体だった。

 重戦車を横2列に並べた位の直径を持つ甲羅の、四肢と頭尾が出る所からコブラの頭が伸び、その間からは尾びれの付いた尻尾が伸縮しながら蠢いている。

 亀と言うよりは、不格好なヒトデに近いかもしれない。

 倉庫の間を完全に占領するソレが、尻尾を蠢かして地面を滑る様にジリジリと此方に接近してくる。

 ふとクリスは分断された後続車の事が気になったが、例えその巨体で車体ごと吹き飛ばされていたとしても、今すぐに降りて助けに行くのは自ら命を捨てる様なものだ。

 経験の産む自信と慢心はまるで別物、慢心には本当にそれだけしかないが、自信の裏には必ず冷静な思考が存在している。

 その思考が、せめて彼等に今出来る事があるとすれば、それは此奴を此処から遠ざける事だけだと判断していた。

 彼等の車両が十分に頑丈である事を祈りながら、傍らの部下に叫ぶ。

 

「出すぞ!」

 

 同時にギアをバックにチェンジし、一気にそのアクセルを踏む。

 爆発的に加速して後退し、頭部の包囲を抜けた車両はそのまま全速力で下がり続ける。

 逃げる獲物に即座に反応して、ソレは咆哮を上げると尻尾を伸縮させながら意外に速いスピードで追い縋ってくる。

 彼の繰るのは最新鋭の車両だが、車重が重すぎるのもあって加速や最高速はお世辞にも高いとは言えない。

 バックでは確実に追いつかれる、そう彼が思った矢先、隣で自らの武器を器用に組み立てた部下がドアミラーを下げて其処から身を乗り出す。

 反応した怪蛇が車から乗り出した半身目掛けて首を伸ばす。

 

「レフト!」

 

 部下の声に素早く反応し、クリスは直ぐ様ハンドルを切り、車体をそのまま左へとズラす。

 目測を誤ったコブラ頭が、部下の目の前で一瞬止まる。

 その無防備な頭から、一際大きな銃声と共に血飛沫が飛び出す。

 怪蛇は狂った様にその首を振り回して悶え、その走行速度が急激に落ちた事で、ある程度車と距離を引き離す事に成功する。

 部下が戻って来たのを確認したクリスは、素早くハンドルとギアを切り返して車体を反転させて一旦停車する。

 

「相変わらず素晴らしい腕前だな。ピアーズ」

「あんな目の前のデッカイ的、ルーキーでも撃ち抜けますよ。直接ストックで殴った方が箔が付いたかも知れません」

「後ろに回って機銃を準備してくれ。代わりにラッシュをお見舞いしてやりな」

 

 了解、と残したピアーズは素早くドアを開いて後ろの荷台に飛び乗る。

 その直後、復帰した怪蛇が憎悪の咆哮を上げて猛然と迫って来た。

 

「あれだけの巨体じゃ、アンチマテリアルライフル(対物ライフル)でも効果は薄い様だな。弱った頭を後ろ側にして傷を癒しながら追って来るぞ」

「なら全部弱らせて動けない様にしてやりましょう」

 

 ギアをトップに入れ、車両は先程以上の速度で走り出す。

 怪蛇もより猛烈な勢いで向かってくるが、その前に荷台の支柱に機銃をセットしたピアーズが立ちはだかる。

 レバーを引いて束ねられた銃身が回転し出した直後、毎分3000発以上のライフル弾の連射が怪蛇に襲いかかる。

 怪蛇の首には強固な鱗がビッシリとあったが、弾丸はそれ等を削り取ってその肉を抉り、彼方此方で血飛沫が舞う。

 絶叫を上げた怪蛇は、だがそこで予想外の行動を取った。

 いきなり全ての首と尻尾を曲げて甲羅に巻き付け、高速でスピンしながら速度を上げて突撃してきたのだ。

 

「んなのアリか!!?」

 

 思わず叫んだピアーズは、暴走ねずみ花火の如く回転するそれに必死に弾丸を撃ち込むが、角度が浅いのか首や尻尾でも殆ど弾かれてしまい、甲羅の方には全く歯が立っていない。

 悟ったクリスが大きくアクセルを踏み込むが、其処でさらに不運が襲いかかる。

 いきなり車体下部から異音が響いて、凄まじい振動が彼等を襲ったのだ。

 

「何だ!?」

 

 叫んだ直後、ガクンといきなり車の速度が落ちる。

 前につんのめりそうになった彼は、咄嗟にメーターを見て、エンジンの回転が完全に止まっているのに気付く。

 最悪のタイミングでのエンストだ。リカバリーする時間もない。

 

「飛べ!!」

 

 後ろの相棒に聞こえる様に叫んで、ドアを蹴る様に開いて外に身を投げ出す。

 急激な減速で殆ど止まりかけていたのもあって、大した衝撃もなくアスファルトに横に倒れた彼は、直ぐ様立ち上がって倉庫の方目掛けて全力で走る。

 見た目通りの重量のある彼の体が倉庫と倉庫の間の小道に何とか飛び込んだのと、怪蛇の巨体が軽装甲車並の頑丈さのある「ガンビット」をボールの様に弾き飛ばしたのはほぼ同時だった。

 車は転がりながら何度か跳ね、約50mも転がった後に、酷い交通事故を起こした乗用車の様に真っ逆さまになってやっと止まった。

 小道にあったドラム缶の裏に隠れながらそれを見たクリスは、その想像以上の威力に目を見開いて絶句する。

 と、その彼の下に、荷台から飛んで事無きを得たピアーズが合流し、流石に表情も声色も硬くして言う。

 

「不味いですね。あれでは機銃は使い物にならない」

「手持ちでどうにかするしかないが……更に不味い事になった。見ろ」

 

 即されたピアーズが見ると、回転を止めて首を解いた怪蛇の周囲を囲む様に、小さな黄色い蛇の群れが蠢いていた。

 数は200は下らないだろうそれ等は、まるでアリの群れの様に怪蛇の前に群がって此方を睨んでくる。

 その小さくも凶暴そうな面構えの上で、怪蛇の3つの頭が鎌首を擡げる。

 

「俺はアレが全て毒蛇の方に10ドル掛ける」

「俺も同じく」

 

 BSAAの指令を経由して、彼は例の特務エージェントがこの近くの倉庫で蛇の大群に襲われた事は聞いていた。

 逃げ出した等の報告を聞いていない限り、恐らくこいつ等はそれとはまた別の場所に確保されていた親衛隊なのだろう。

 つまり、これ以降の増援がある可能性は低い。

 一箇所に固まっている今なら、二人の手持ちの手榴弾で一掃出来るだろうが、問題はその後の親玉をどうするかだ。

 見た目がアレだが、此方に寄ろうとする蛇の群れを諌めている様な行動からも、どうも蛇共を統率しているらしき様子が見えるし、少なくともただ凶暴な怪物という訳では無いようである。

 急行している増援はまだ暫く掛かるだろうし、火力不足で且つ車まで失った状態では、最悪引き継ぐ前に群れを囮に逃げられる可能性も高い。

 どうにか手榴弾で仕留められる弱点を探すしかないのだが、その為には蛇の群れの攻撃に晒される危険性がある。

 

「背に腹は代えられん。撤退しながら戦うぞ」

「実質囮ですよね。一番危険じゃないですか」

 

 だが、それ以外に被害を抑えられる確率の高い戦法はない。

 結局、対物ライフルを所持するピアーズが親玉を攻撃し、クリスが足元の蛇を抑える事で意見が一致し、彼等は迅速に行動に移す。

 ジリジリと威圧する様に迫ってくる蛇の軍勢を目掛けて、彼は手榴弾を遮蔽物越しに投げ込み、素早くアサルトライフルを構えて其処から飛び出す。

 親玉と軍団の注意が、小道の真ん中に出た彼に惹きつけられて、その毒液の滴る牙を剥き出しにする。

 その隙を突いて、ドラム缶の影から立ち上がったピアーズが素早く対物ライフルを構えて発砲。

 弾丸は見事に親玉の中央の頭部を貫き、同時に軍団の真ん中で手榴弾が起爆。

 怒りの絶叫が響き渡る中、二人は其れに背を向けて小道を突っ走る。

 

「半分には減っただろうが、脅威のレベルは全く変わらん。地獄の追いかけっこの始まりだな」

 

 小道を飛び出して、先程と同じような少し大きめの道を暫く走る二人。

 一瞬、道を曲がってしまったら相手が見失うのではと彼は心配したが、直ぐ様背後からコンクリートの壁を叩き壊す轟音が轟く。

 後ろを振り向くと、半分横の倉庫を破壊しながら、軍団を引き連れた巨体が小道から姿を見せる所だった。

 距離にして約100m程。

 ガンビットとチェイス出来る奴からすれば、蚊の鳴く程の差でしかない。

 体ごと振り向いて、後退しながらアサルトライフルを軍勢に向けて撃ちつつ、彼は横で巨体にライフルを撃つ相方に叫ぶ。

 

「次の角を曲がるぞ! 引き離さない程度に逃げて時間を稼ぐんだ!!」

 

 それを察したか否か、此方に鎌首を擡げていた三つの首が急に大きく後方に仰け反る。

 大きく息を吸う様なその様子に嫌な予感を覚えた彼等は、迎撃を止めて反転して一目散に目前の小道へ逃げ出す。

 その後ろで、二人を追っていた蛇の軍勢が急に横へ向きを変えて移動し始める。

 その様は、まるで巨体の怪蛇に慌てて前を譲る様であった。

 そして、完全に道が開けた直後、素早く突き出した三つの首の右の太い牙から、茶色っぽい色の大量の液体が噴射される。

 3本の筋を描いたそれは宙を高速で飛来し、間一髪で倉庫の影に飛び込んだ二人の足元に直撃する。

 殆どの飛沫が上方に飛び跳ね、直撃した跡が小さな凹みとなっている辺り、かなりの圧力で放たれた攻撃の様だった。

 

「頑丈な甲羅に毒液の主砲、挙句に歩兵団まで。本当に選り取りみどりな奴だな」

「……嫌な話、かなり完成された兵器みたいですね」

「だが無敵ではない。何か弱点がある筈だ」

 

 小道を走りながらそう言っていると、クリスの背負っていた無線機からコール音が響く。

 どうやら、分断されていた部下達が戦線に復帰したらしい。

 無線機を取り、走りながら彼は連絡を取る。

 

「表示は……「B―3」だ。かなり押し込まれている。車両は使えるか?」

『何とか一台は使えます』

「回してくれ。頼むぞ」

 

 背後から響く轟音を聞き、彼は後ろを振り向く。

 壁を崩して背後から迫ってくる怪蛇の表皮は、大口径でも無い限り、余程垂直に撃たないとライフル弾でも弾きそうな硬さだろうし、中央の甲羅の方は戦車砲位でしか砕けそうもない。

 基本的に生命力の高く、短時間なら宇宙空間ですら生身で耐えられると言われる蛇の、その最大の弱点は無防備な「眼球」であると言われているが、生物兵器の類に漏れない回復力と6つの頭部を持つあの怪蛇相手では、現状の兵器で目潰しを完璧に喰らわせられるとは言えない。

 嘗ての「ヨーン」の様に口に手榴弾でも放り込めば効果はあるだろうが、近づくには足元の小蛇共が邪魔である。

 確かに、ピアーズの言う通り、この蛇達は従来の生物兵器とはまるで完成度が違う。

 凶暴で危険な大多数の“怪物”ではなく、暴君(タイラント)の様な“戦術兵器”の風格を持っている。

 正直な話、彼等は歩兵団に護衛された大型戦車相手に二人だけで挑んでいると言っても過言ではなかった。

 

 

 だが、勝たなければ生き残れない。

 彼は改めて、背後から迫る“生物兵器”を睨む。

 

 そう、あれ等は所詮は兵器、人の悪意の産物でしかない。

 この世に“無敵”が存在しない様に、必ず何処かに取っ掛りがある。

 

 

 小道を走り抜けた二人は並んで先の角を曲がる。

 直後に、再び3本の噴射が一瞬前まで二人がいた空間を貫いた。

 どうも、此方を仕留めに掛かっているらしい。危険だが願ったりな展開だ。

 最初に逃げていた通りを行きとは逆に走り出す二人の後ろで、その後を追って来た怪蛇が、首を擡げて焦れったそうな雰囲気で彼等を睨む。

 変温動物が主体のこの怪物は、やはり体温調節に難があるらしい。短時間の激しい運動は体温の異常を招くのだ。

 ここで止めを刺しに来る、クリスのその予想通り、こちらに向き直した怪蛇は一息に胴体に尾と首を巻きつけ、その場で高速回転を始める。

 ハイウェイの乗用車並の速度相手では引き離すのは不可能だ、今すぐにでも脇道に逃げないと命は無い。

 ピアーズは慌てて直ぐ近くの小道に飛び込む。

 が、何故かクリスは立ち止まって体ごと振り向き、一気に此方へ発進した巨体と面と向かい合っている。

 傍から見れば、轢かれに行っているとしか思えない行動だった。

 

「隊長!!?」

 

 悲鳴に近い声を上げるピアーズ。

 その声は、高速で回転する怪蛇の、まるで砂を掻き回すような走行音に瞬く間にかき消される。

 だが、当の彼は殆ど慌てずに、ポーチから出した何かを幾つか手に取り、すぐに足元にそれ等を落として行く。

 転がった幾つかのそれ等は、彼のごく周辺でピタリと止まっていく。

 増大していく爆音の様な走行音の中に、徐々に高速回転の風切り音すら混じり始める。

 通路を完全に占拠した怪蛇の巨体が、目の前一杯に広がる。

 そこで漸くクリスが此方に向けて走り出した。

 ピアーズが必死の形相で手招きする、その脇目掛けて彼は渾身のダイブを決める。

 彼の身体が大きく宙を舞う。

 そのブーツが、ギリギリで円盤の縁から逃れる。

 そして、彼の身体が接地するのと、巨体が数秒前まで彼がいた位置に到達したのと同時に、

 

 

 

 くぐもった爆発音が、円盤の真下から重く響いた。

 

 

 

――ジャアアァァァァァ!!?――

 

 回転したまま絶叫した怪蛇は、そのまま制御を失って急激に失速し、50m程進んだ後にグッタリした様子で停止する。

 それでも苦しそうに頭部を動かして藻掻く怪物を見たピアーズが驚愕した様子で、傍らの上司に問い掛ける。

 

「どうして解ったんです? 甲羅の下が弱いだなんて……?」

「殆ど勘だったが、敢えて言うなら此処の空気だ」

 

 彼は片手を伸ばし、目の前の空気を攪拌するように動かしながら続ける。

 

「この短時間で、さっきよりも気温が下がった気がしたんだ。それに、あれだけの爆走をした割にはこの道のアスファルトに殆ど跡が残ってない。だから、ひょっとしたら揮発性の高い潤滑油か何かをばら蒔いているじゃないかと思ってな」

 

 嘗て、「ポポカリム」という名のB.O.W.がいた。

 生産元はトライセルアフリカ支社。スワヒリ語で「寛大なコウモリ」の名の通り、コウモリをベースにプラーガを掛け合わせた体長10m程度の怪物だ。

 巨体にものを言わせた標的破壊性能に、イモムシとエビを混ぜた様な尾部からは捕縛性の高い粘液を放ち、挙句に2対に増大した翼で数トンはある巨体を強引に宙に飛ばす高い飛行性能を兼ね備えるポポカリムは、だが幾つかの大きな弱点を持っていた。

 粘液を放つ尾部の裏、当の粘液を生むその場所だけが非常に脆かったのだ。

 また、地上では尾部を高く上に持ち上げ、体長の割に小さな上半身で全身を支えて素早く動ける様にバランスと取ったその姿勢が、逆に足元への攻撃でバランスを崩しやすい短所を齎してしまった。

 嘗て彼はその弱点を突き、単独でも軍の中隊と良い勝負が出来る戦闘スペックのあるポポカリムを、対人地雷と突撃銃を駆使して彼含めてたった二人だけで倒した。

 当然ながらその対策は愚か、事前情報すらあった訳でない。

 その場の透察と即興、経験則に、多大なる幸運が齎した勝利だった。

 実際、クリスは「腹の下が弱点だ」という確信をあの瞬間ですら真面に持てていた訳ではない。

 通りに出た瞬間に微かに下がった様に感じた気温に、不自然な程に滑らかなアスファルトの地面から「粘液的な何かで滑っている」様な直感を覚えたのは事実だが、それは真後ろの奴がポポカリムの様な弱い部分を持つ事の裏付けには全くならない。

 古代文明の軍隊の戦法「ファランクス」の様に、装甲の小さな間から油分を噴出している可能性も同じだけあった。

 つまりは、この賭けは彼の悪運は強さに軍配が上がったという事だった。

 

「手榴弾数個であのダウンだ。車に積んである爆薬ならきっと仕留められる。漸く目処が立ってきたな」

「言ってる傍から、お出迎えのようです」

 

 怪蛇の向こう側から、動けるだけの人間を乗せた一台のガンピットが怪蛇のすぐ脇を迂回して彼らの目の前に停車する。

 乗っているのは運転手の他に助手席、そして荷台に一人と計三人。つまり最初の奇襲で11人と二台の車両が動けなくなった計算となる。

 これ以上の痛手は何としてでも避けなくてはならない。

 ピアーズは後ろの荷台に、クリスは助手席を代わって貰って其処に乗り込む。

 助手席から後部座席に乗り込む部下を待つ傍らで、運転手が彼に話しかける。

 

「遅れてすいません隊長。血気盛んな負傷者を宥めるのに時間を食ってしまいました」

「爆薬はあるか。出来れば無線起動式の」

「勿論。後ろにC4プラスティック爆弾が5キロ程ありますよ」

「デカイのの腹の下で爆発させる。この車でヤツを惹きつけるぞ」

「了解」

 

 怪蛇も漸く体勢を整え、激怒のオーラを放ちながら此方を睨む。

 運転手も直ぐにギアを戻し、車両を発進させようとアクセルを踏む。

 

 その時の事を間近で見れたのは、荷台に乗って機銃の用意を進めていた二人だけだった。

 

 最初は、エンジンの駆動音に紛れた布を擦る様な小さな音だった。

 不審に思ったピアーズが覗き込むと、今まで何処に隠れていたのか、車体の後部には小蛇の軍団が一面に群がっていた。

 

「こいつ等……!?」

 

 AMライフル(アンチマテリアルライフル)では部が悪いと反射的に判断し、サブマシンガンを新たに抜き取るも、射撃姿勢に入る手前でその行動が止まる。

 どうも蛇共の動きが妙に気になったのだ。

 ジッと真剣に、だが実際は3秒も経たない程の間暫し蛇の群れを見詰め、直後に何かに気づいた彼の目が見開かれ顔が青く染まる。

 だがもう彼にはどうする事もできなかった。

 それと同時にアクセルが大きく踏み込まれてしまったからだ。

 そして、

 

 

 

 

 

 ボンッ!! とくぐもった破裂音と共に、エンジンが完全に停止し、ボンネットから黒煙を吹き始めた。

 

 

 

 

 

「クソッ! またか!!」

 

 再び車が潰されて思わずサイドドアを拳で殴り付けたクリスに、荷台越しにピアーズが「原因」を叫ぶ。

 

「小蛇がマフラーに入り込んだんだ! それで管が詰まってエンジンが潰された!!」

「そういう事か。蛇は温度を判別する能力があるというしな……!」

 

 音源を捉える能力がある事と熱源に向かっていく習性があるのとでは話が全く違うが、それでも今回は結び付けて考えるのが正解だろう。

 車の排気ガスの熱に引き寄せられたと考えるのが、この場合は最も現実味があるからだ。

 すると当然、エンジンが壊れたという事は、これ以降はマフラーから排熱を出さないという事である。

 つまり、目の前の目標を見失った蛇達の次の目標は、

 

「不味い……! 車両の前の方へ退け!! 奴等が乗り越えてくるぞ!!」

 

 車両の側面を這い上り、次なる獲物を定めた蛇達が二人に襲いかかる。

 初期よりも数は減ったものの、まるで勢いの衰えないそれ等への抵抗を早々に諦め、ピアーズは車両を乗り越えて逃げようと上部のデッキに這い上がろうとする。

 一方、元から上部デッキにいた別の隊員は、彼を援護すべく背後に迫る小蛇の群れにアサルトライフルの銃撃を始める。

 だからこそ、二人共気付けなかった。

 ふと、隊員がやや下を向いた体勢から上を向き、その顔が驚愕に染まる。

 いつの間にか、音もなく接近した怪蛇の顔が彼の鼻先に迫っていた。

 銃を構える事も出来ず、ただ案山子のように棒立ちになる隊員。

 蛇は素早く首を斜めに引き、瞬きする間にその胴を横から口に咥え込み、その場で高速旋回して首ごと身体の影に引きずり込んでしまう。

 隊員の絶叫が辺り一帯に響き渡るが、それは重く鈍い打撃音と同時にピタリと止まってしまった。

 理由は想像に難くないだろう。

 

「……ッ!!」

 

 残された者、特に隊長たるクリスが苦痛に耐える様な表情を作るも、誰も仲間を殺された怒りに叫ぶ事はなかった。

 感傷や後悔は後で出来るが、生き残る事は今しか出来ない。

 BSAAでの訓練やそれ以前の経歴が培った冷徹な理性が、ギリギリの所で彼等の感情を押し込めていた。

 クリスは運転手と共にライフルの銃座で目の前のフロントガラスを打ち破り、其処から這い出すように脱出する。

 一方、後部座席にいた一人はサイドドアを開いて逃げ出そうとするも、開いた直後に待ち伏せしてたかの様に小蛇が隙間から素早く飛び込み、一瞬でその体中にまとわりついた。

 流石にパニックに陥った隊員は、振り払おうと我武者羅に手足を動かして逆にバランスを崩し、ドアの直ぐ足元にバタリと倒れ込む。

 其処に、まるで飴に集る蟻のように一気に小蛇が集まっていく。

 悲鳴を聞いて、彼を助けに行こうと、クリスが慌ててボンネットから降り立って走り寄ろうとする。

 その肩を誰かが掴んだ。

 足を止めて見ると、デッキを乗り越えボンネットに降り立ったピアーズが肩を掴んだまま此方を見ており、そして静かに、だがハッキリと彼は首を横に振っていた。

 苦々しそうな顔付きになったクリスは、悔しそうに歯ぎしりしながら、だがその場を動かずに正面に目を向ける。

 理性では等に分かっていた、目の前の彼はもう手遅れであるという事自体は。

 その上で納得しきれなかった、それ故の行動だったのは目の前の相方も理解している。

 良くも悪くも、己の意志が強く、合理的な算段で全てを割り切れないのがこの男の魅力とも呼べる物でもあったが、だからこそ彼は何よりも自分を冷静に引き止める存在を必要とする。

 嘗てその役を二人の人間が努め、言うなれば今の彼は三代目のパートナーで、そして本人自らが見出した初めての「後輩」であった。

 その「後輩」はボンネットから彼の背後に降り、そのまま回り込む様に彼の横に並ぶ。

 そして銃を隊員の方へ構えながら、二人は3m程素早く後ろに下がる。

 その向こう側に先程の運転手が来て、車のすぐ背後まで接近した怪蛇目掛けてその手の突撃銃をやや上向きに構える。

 それを横目で知覚しながら、だが彼は目の前の小蛇の群れに釘付けだった。

 蛇に集られて最初は藻掻いていた隊員だったが、今は最早グッタリとした様子だった。

 まるで蛇など居ないかの様に、緩慢な動作で“起き上がっていた”。

 そして、焦点が定まっていない瞳で、ボンヤリと此方を見ていた。

 生気はあるが、正気は消え失せた二つの瞳で。

 

「……隊長」

「確かに、これが本来は“正当”ではあるがな……」

 

 何処か納得したように、だが驚愕を覚えながら彼は呟く。

 

 

 

 「ゾンビ」。

 今やホラー映画の主役とも言える「生ける死体」だが、彼等が言う場合はB.O.W.に分類される「人工の怪物」としての意味合いが殆どだ。

 だが、その本来の伝承は呪術師が死体に蛇神を吹き込んで作り出す永遠の「奴隷」であり、日本で言うなら「式神」のイメージに近い物がある。

 そして、飽くまで仮説だが、事実としての「ゾンビ」は様々な自然の毒素を駆使して脳機能を麻痺させられた人間である、とも言われている。

 目の前でゆっくりと足を踏み出す隊員“だった”者は、今まさにその仮説を真実に近づけようとしていた。

 

 

 

 正直な所、かなり不味い展開だった。

 何故ならば、ほぼ確実に目の前の隊員は“生きている”からである。

 不気味に細かく震えているが、全身に血の気が通っているのはハッキリと分かる。

 だが、歯を剥き出しにして、全身に蛇を纏って唸る隊員の様子は、今までの「ゾンビ」と何も遜色はない。

 恐らく、彼は小蛇の毒で脳の機能を潰されているのだろう。

 麻薬をキメた人間が我を失って凶暴になる、その発展型の様な状態なのだろう。

 だからこそ、彼が厳密には「生物兵器」だとはまだ断定ができない。

 助かる可能性が、本の僅かでも存在するかもしれない。

 その可能性を前にして、思わず二人は僅かに発砲を躊躇ってしまう。

 それが相手の狙いなのだと、相手の策に嵌っているのだと頭の何処かで気付いていても、引き金に掛けた指が石膏で固められた様に動かない。

 ゆっくりと此方に歩きながら、隊員が両手を此方に突き出す。

 後は倒れ込むだけで触れられる距離なのに、二人は揃って彼を撃てない。

 その向こうの運転手も、怪蛇への牽制で手一杯で、気付いていても手が出せない。

 二人が二人して、微かに冷や汗を流す。

 その時、その手の先まで這ってきた子蛇が、その手の上で鎌首を擡げた。

 それに気付いた時には、反射的に二人の指が動いていた。

 何度も感じてきた馴染みの反動と共に、滑らかに火薬の弾ける音が響き渡る。

 連続で殴られたかの様に身体をくの字に畳んで、隊員は血を吹きながら後ろに後退し、そしてそのままバタリと仰向けに倒れた。

 その骸を越えて向かってくる無数の蛇に、半ば我を忘れて二人は弾丸を叩き込む。

 それが倒れた「仲間」の身を貫いていっても、今度はその指が緩む事がなかった。

 それを気にする暇などなかった。

 

「下がれ!!」

 

 三人の誰かがそう言った直後、牽制に痺れを切らしたらしい怪蛇が強引に首を伸ばして牙を剝いて突っ込んでくる。

 銃を向けたまま、反射的に三人は間一髪で後ろに飛び退いてこれを避け切ると、一旦車を放棄してそのまま後ろへ後退する。

 一方、三人を追うべく怪蛇は目の前のガンピットを頭部と尾部を併用して器用に脇に押し除けようとするが、車重もあってか少し手間取っている様子だった。

 三人は一旦顔を見合わせて同時に頷く。

 偶然とはいえ、願ってもない好機だ。

 ハンドジェスチャーで意思疎通した三人は、先ず道の左右と中央に素早く散開し手榴弾のピンを同時に抜く。

 狙いは三人にしつこく追い縋る子蛇の群れだ。

 数秒後には一帯に複数の爆発音が響き、千切れて焼けた残骸が道路中に撒き散らされていた。

 そして、漸く障害物を排除した怪蛇が子分の有様と三人を見やり、焼けた石に水を掛けた様な強く鋭い音を六つの大口全てを開いて発する。

 それを確認したクリスが左右に合図し、すぐさま突撃銃(アサルトライフル)対物ライフル(アンチマテリアルライフル)の応射を始める。

 三つの首其々に攻撃を喰らい、苛立った様に首を振る怪蛇はゆっくりとだが距離を詰めようとしている。

 だが子分を殺され、体温も上がり、挙句三方向の首を別々に攻撃されているこの状況でなら、いくら多少の知性があっても所詮は「蛇の化物」が取る次の行動を読むのは容易い事だ。

 そして、やはり読み通り目の前で突進の構えを取ったのを確認したクリスは一旦射撃を停止、車外に飛び出す際に引っ張ってきたC4爆弾を足元に設置して、再び応射を始める。

 そして、怪蛇が此方に爆発的に加速し出したのを合図に彼から見て左側の脇へと走り出す。

 後は、真上に乗った位で左側に既に避難したピアーズが無線で起爆させるだけだった。

 

 

 

 

 

 そして予定通り、鈍い爆発と微かな地面の振動が怪蛇の真下で巻き起こり。

 突進の勢いのまま怪蛇は道を逸れて倉庫に突っ込み。

 一帯に、漸く夜の静寂が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れさん」

 

 スクランブル発進して来た本部の増援と合流し、事件の諸々の後始末の指揮に動いていたクリスにふとそんな声が掛かる。

 彼が振り向くと、何時の間にか「協力者」の青年が何の違和感もなく其処に立っていた。

 巨大な怪蛇の死体を解体して「処分」する様を眺める彼は、賞賛と呆れが入り混じった微妙な表情を作ってクリスに言う。

 

「新型相手に鎮圧まで十分程度とは……。流石、としか言い様が無いな」

「こんなのは経験の問題だよルーキー。伊達に十年も積んでないんだ。だが、お前も近い将来にはこれ位になるのかもな」

「すまんがそれはゴメンだ。俺は「指導者」ってタマじゃない」

 

 肩を竦める様な仕草を取った彼に「そうか」と返したクリスは、彼と同じように解体作業を眺める。

 

 

 

 死者16名内民間14名、負傷者35名内民間24名、建造物全壊5棟半壊4棟、車両6台内民間3台。これが今回の「事件」の被害一覧である。

 最近は割と良く併発するバイオテロ事件の中でもここまでの被害を出したケースはそこそこ珍しいが、問題はこれがたった「2タイプ」のB.O.W.による物という事である。

 いわゆる既知の「細菌兵器」のようなばら撒いて被害を拡大させるタイプなら兎も角、宛ら怪獣映画の様に「強力で小規模な単体」による被害を出すタイプの報告は、今の所「タイラント」以下極僅かな例しか耳にしていない。

 今回は子蛇の軍勢が居たものの、あれはセットで考えるべき存在である以上、結局そこから導き出せる答えは同じである。

 

 つまりは、生物兵器の完成度はここまで上がって来ている。

 数による暴力だけでなく、質でも十分な成果を出せる様になって来ている。

 今回は偶々一団だけだったが、もし仮にそれ以上、いや寧ろ「彼」側にいた多数の子蛇が合流していたなら、果たしてどれ程被害は拡大しただろうか。

 いや、それ以前に、果たして自分はその鎮圧が出来たのだろうか。

 

 

 

「……クリス?」

「――っ、どうした?」

「いや、ペンが紙面上を迷走しているから、大丈夫かと思って」

「あっ」

 

 持っていた手帳に描かれた謎の抽象画のページを丸ごと裂いて握り潰しながら、彼は横の青年に気付かれないように本当に小さく溜息を吐く。

 どうも最近、柄にも無くこういった悩みに耽る事が多い。

 それには色々な要因が絡んではいるが、その発端は間違いなく2008年の3月の「あの一件」だ。

 因縁を吹っ切った事で先を考える余裕が出来たのか、それとも若い世代の実力に自らの限界を意識し始めたのか。

 実際、密かに「引退」の目処を立ててはいるのだが、その目処が本当に正しいのかどうなのか、それが最近の悩みになっていた。

 

 だが、少なくとも「今」ではないのは確実だ。

 一旦沈んだ気分を入れ変える為に、クリスは青年に話しかける事にした。

 

「そういや、お前はこれからどうするんだ? というか今何してるんだ? 事件の暫定報告なら車に置いてあったろう?」

「あー、いや、それなんだが」

 

 周囲を見渡して何かを確認した彼は、少し顔を険しくして続ける。

 

「大事の時は現場周辺で待ち合わせ、ってカンパニー(CIA)と取り決めしてたんだが、肝心のお相手が一向に姿を見せなくてな」

「……それは相手も相手だから、そう簡単に見つからないのが当然だと思うが」

「だから相手に“だけ”わかる様に目印を残すのが常識なんだけど、それすら全くないんだよな……。まあ、仕方ないからもう一度回ってみるよ。ひょっとしたら本当に隅っこにあるかもしれないし」

「そうか」

 

 それじゃ、と告げて背を向けて立ち去る彼の後姿を暫し眺めた後、クリスは手元の手帳に

目を落とす。

 そこには暫定報告から適当にピックアップした情報がメモされているが、どれも事件の解決、つまり犯人に繋がる手掛かりになる物ではない。

 彼は事件捜査のプロではないが、見た限りでも、現場からは殆ど何も手掛かりは残っていなかった。

 それは再びこれ以上の被害が発生する可能性を示唆する反面、ここまで足跡を見事に消せる入念さの計画性を浮き彫りにしている。

 やはり、途轍もない「何か」が影で動いている。

 己のその勘に確信を持った彼は、真剣な面持ちで手帳から目を離し、自らの指揮の仕事に戻っていった。

 

 

 

 

 




 前回から早1ヶ月以上……、時間が経つのは早い物です。
 ……いや、本当にすいません。まさかここまで余裕が無くなるとは思いませんでした。
 ホント、バイトも始めてないのに、丸一ヶ月の土日が予定で詰まる状況ってどういう事なの……。



 そんな事はさておき、完全にバイオしかやっていない今話。
 執筆離れもあって、スピード感を意識した中でどっか文章がおかしい場所がないかどうか、そこだけが悩みの種です。
 次話も何とか時間の隙間を作って書いていきます。……隙間妖怪か紅魔のメイドにでも頼むかなぁ。

 では、また次回。
 幌筵(ぱらむしる)泊地よりお送りしました。
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