UNSUNG EVOLUTIONS   作:B.O.A.

15 / 55
Ch-2-Act-04

・風見野市、某所。

 

 少しだけ時間を遡って、今は日が落ちて空が暗褐色に近い色合いになった頃。

 五郷と見滝原の間に挟まる風見野の一角、人気の無い裏路地に一人の少女の姿があった。

 癖毛のある黒髪ロングに制服姿の彼女は、路地の途中で壁に寄りかかって何やら思案中のご様子である。

 

『――こんな所で、一体何をやっているんだい?』

 

 路地の向こう側から歩いてきた白い猫の様な生き物が彼女に向けて問い掛けるが、当の彼女は一瞬目を向けただけで答える素振りは無い。

 挙句その眼光からも、態度からも明らかな敵意を滲ませていた。

 それを見て取って、だが微塵も動揺していないかの様に獣――キュウベェ――は話を続ける。

 

『その様子じゃ、「彼」を追おうとして失敗してしまったのかな? いくら魔法少女であっても、本職のプロフェッショナル相手には敵わない事もあるものなんだね』

「……わかってるじゃない」

『まあね。だけど、実は僕たちははっきりと君の失敗の経緯を見ていないんだ。今後の対策の為に、せめて「彼」と当たった印象だけでも教えてくれないかな?』

「……、」

『やれやれ。僕が覚えている限りでは君とはあの日が初対面の筈なのに、どうしてここまで嫌われているのやら』

「今までの自分の行いを、胸に手を当てて振り返りなさい」

 

 可愛らしく小首を傾げたキュウベェを無視して、少女は再び思案に没頭する。

 偶然か必然か、その内容はキュウベェが聞いてきた物と全く同じだった。

 

 

 

 「不可解」。

 それがあの追走劇で彼女――暁美ほむら――が受けた「彼」への印象である。

 あの時、彼女は絶対に気付かれないように変身して建物の上を渡ってまでして、慎重に彼の後を追っていた筈だった。

 本当にその筈だった。

 

 

 何時気付かれたのか、何が起きたのか、実は当の彼女にもまるで把握出来ていない。

 ほんの少しの間だけ彼の姿が物陰に入った直後に、いきなり姿が消えた(・・・・・)のだから。

 予兆は一切無かった。

 3秒にも満たない消失劇が、そもそもどんな理屈の上で起きたのかも分からない。

 誰の目からも不自然に「消失」したにも係わらず、彼の周りにいた普通の人間たちは“一切それに反応しない”、その原理も分からない。

 彼女自身、慌てて周囲を飛び回って、完全に巻かれた事を認識するまでは何かの間違いだろうと思っていた。

 不可思議な力を扱う彼女の目から見ても、それ程現実離れした現象だったのだ。

 

 

 

『随分と不機嫌そうだね』

「あなたに付き纏われているのだから当然よ」

『僕が姿を見せる前からだよ。そんなに「一般人」に出し抜かれたのが不服かい?』

 

 拒絶の空気を彼女が放っているにも係らず、キュウベェは相変わらずのほほんとした可愛らしい声で尋ねてくる。

 向こうも向こうで手ぶらで帰るつもりは無いようだ。

 面倒くさいな、と思う反面、妙にキュウベェが「彼」に拘る様子を彼女は少し面白く思う。

 ひょっとすると、今後において何らかの「切り札」になる可能性も捨て置けない。

 元々奴等に有益な情報など渡す気はないが、「彼」については一層注意しなければな、と彼女は思う。

 

「……、」

『……本当に答える気はないみたいだね』

 

 答えないまま、静かに立ち去ろうとする彼女の様子を見て、何処か気落ちしたような雰囲気で語るキュウベェ。

 それにも無反応なのを見て取って、キュウベェが溜息を吐く様な仕草をしてほむらの後姿へ向けて呟く。

 

『数日前からの観測される不自然な霊圧(・・・・・・)といい、(魔法少女)が出し抜かれた事といい、やはり「彼」が独特な力を持っているのは確実だね……。知覚だか耐性だか干渉能力だかは分からないけど、影響が出る前に手を打つ(・・・・)事も考慮すべきかな』

「……?」

 

 キュウベェの口から聞きなれない言葉を耳にしてほむらは足を止める。

 顔だけ振り返り、キュウベェを問い糺そうとその口を開く。

 

 

 

 

 

『その必要はないよ。“アレ”は「誰かさん」とは似て非なる物だからね』

 

 その前に、誰かの声が空に響いた。

 

 

 

 

 

「――誰ッ!?」

 

 瞬時に変身したほむらが周囲を見渡すが、裏路地に彼女以外の人影はない。

 でも確かに、彼女は先程幼い少女の声を聞いていた。

 盾からべレッタM92Fを取り出すほむらの前で、キュウベェはふと既に星が見える夜空を見上げる。

 赤い宝石の様な無機質な色合いの瞳で星を見たまま、何かに気付いたように声を上げる。

 

『君は、まさか――』

 

 その続きは語られなかった。

 

 

 

 バチィッッッ!!!!! という破裂音と共に、その身体が白い閃光を発したからだ。

 

 

 

「ッあ!?」

 

 宛ら閃光手榴弾の様な強烈な光に、ほむらも怯んで咄嗟に腕で顔を守る。

 白い光は一瞬で収まった。

 そこから数秒経ってから漸く腕を下ろしたほむらは、銃を構えてゆっくりとその跡地へと近づく。

 其処には直径2m程の焦げ跡が黒く残っているだけで、キュウベェの姿は一欠片すら残っていなかった。

 焦げ跡の焼きついた様な黒色からしても、相当な高温が発されていた事が見て取れる。

 あの獣の身体なぞ、灰すら残らなかったのだろう。

 

『上がっておいで』

 

 キュウベェの死亡を確認した直後に再び響く声。

 人間らしい感情は篭っているものの、通常の物とは全く異なる独特な少女の声。

 目の前の惨状から一先ず目を上に向け、その独特な声に導かれる様にほむらは一息で跳び上がる。

 隣の4階建て程度の建物の屋上に降り立ったほむらは、直ぐに周囲を見渡して彼女を発見する。

 腰まで伸びる艶やかな白髪に、深海色(マリンブルー)の瞳。

 金髪の触覚状のアホ毛を風に揺らすワンピース姿の10歳前後の少女は、彼女の場所から路地を挟んだ反対側の屋上の上で、横に倒した大きなケースの上に腰を下ろして寛いでいた。

 ほむらがすぐさま手元の銃を彼女に向けると、少し身を引きながら彼女はこう言った。

 

『フンフン……、先ずは落ち着こうか。私は貴方の命をどうこうする気は今は(・・)無いしね』

「……誰?」

『今は名乗れないし、便宜的に「エーワックス」とでも言っておこうかな』

 

 AWACS(早期警戒管制機)

 大型レーダーを用いた索敵や味方の航空機の指揮を行う軍用機の名を語る少女は、両手を上げてほむらに交戦の意志が無い事を示す。

 最初は顔を険しくして様子を見ていたほむらだが、それが本気である事を悟ってゆっくりと銃口を下に向ける。

 だが顔つきは緊張に染めながら、まずずっと気になっていた事を彼女に尋ねる。

 

「あなた、一体どういう声帯しているの? この距離でも音源が分からないのだけど」

『イヤホンしてるみたいでしょ。よく言われるよ』

 

 クスクスと、それだけちゃんとした(・・・・・・)声で笑う彼女。ちゃんとした声帯もあるようだ。

 それだけ見れば可愛らしい少女なのだが、ほむらは素直にそれを可愛いとは思えなかった。

 まるであの「白い獣」の様な、でも全く異質なドロリとした違和感を其処に感じていたからだ。

 それに、先程彼女はキュウベェの話に割り込んで(・・・・・)きた挙句、正体不明の“閃光”を使ってそれを排除している。

 どう考えても「唯の人間」ではない。

 ほむらが警戒を強める中、彼女は再び元の独特な声に戻って話を続ける。

 

『企業秘密だから内緒。代わりに、貴方が次に聞きたいだろう事を教えてあげる』

「……何?」

『不自然な“アレ”の消失法。……アレはね、完全に消えた訳じゃないんだよ』

 

 そこでエーワックスは一拍置いて、ほむらが耳を傾けだしたのを確認してから、それに満足したかのように話す。

 

『正しくは、目に入らなくなった(・・・・・・・・・)とか消えたと思わせた(・・・・・・・・)とか言うのかな。一種の“認識の錯覚”を起こさせて、無理やり相手の知覚のピントを外したってのが正解かな』

「解るように言いなさい」

『「サブリミナル刺激」、それが手品のトリックだよ』

「サブ……?」

『“Subliminal sutimuli”、「潜在意識下への刺激」って言うのが直訳。要は、貴方が自覚している範囲の外側の知覚(・・・・・)へ働きかけて、自分の姿を認識し辛い方へ“誘導”したってのが事の顛末。質問ある?』

「まるで言ってる事が解らないのだけど。意識外に干渉って、そんな事が本当に出来るの……?」

『あれは最早神業だけど、科学的にもサブリミナルは重要な研究分野だよ』

 

 想像が出来ないのか、疑わしげに眉を顰めるほむら。

 と、ここでエーワックスは右肘を曲げ、右手の人差し指を上に立てる。

 傍から見れば“教師面をしようとして失敗したお子様”の構図を作ってから、自分ではそれに気付かないまま彼女は続ける。

 

『映像作品の技法に「フラッシュバック」ってのがあるんだけど、非常に短い時間で異なる場面を連続させる事で視聴者の注意や興味を引くっていう特殊な手法があるんだよ。有名所といえば、エヴァ……何とかのオープニングムービーとかかな。で、いわゆるサブリミナルとして認識される技法にはこれに近いものがあるの』

「……普通は認識できないような僅かな時間だけ、別の「何か」を押し込むって事?」

『おお、ご明察。そうした自覚できない刺激は果たして人の意識に一種の暗示効果を生むのか否か、ってのがサブリミナルの研究テーマなの。他にも、通常の音楽の中に低速かつ逆再生した時だけ聞こえる様なメッセージを入れるとか、イラストの背景に紛れる様に別のイコン(写像)を入れるとか色んな方法があるんだよ』

「でも、本当にそんな事で人を誘導できるなら社会問題にでもなってそうだけど」

『報道界でなら問題にもなってはいるけど、実の所、科学的に一切実証が出来てないから根拠の無い「似非科学」の一種だろう……ってのが表の評価(・・・・)だね』

 

 含みのある言い方をした彼女は、その立てた右一指し指をクイッと倒してほむらを指差す。

 反射的に身構えるほむらだが、そこで急にクスクス笑い出したエーワックスに怪訝そうな顔を作る。

 

「何が可笑しいの」

『いや、“右足から下がったな”って思って』

 

 ほむらが不快そうに睨む前で、エーワックスは自分の座るケースの裏側、丁度ほむらから見えない位置にあたる場所に手を伸ばして、ハンディタイプの小さなラジカセを手元に持ってくる。

 電源ランプが点いているのを見るに、始めから電源が入っていたようだ。

 それを彼女に見せながら、エーワックスはゆっくりとそのボリュームを上げていく。

 すると、ラジカセから何かが少しずつ彼女の耳にも聞こえて来た。

 

 

 

「……唯のクラシックじゃない」

『そこで、これを高速再生にしよう』

 

 そう言って、彼女はラジカセの早送りボタンを押す。

 唯のクラシックだった曲が早送りされ始めて、直ぐにオーケストラの荘厳な音響が甲高い音に切り替わる。

 

「……偶然でしょ」

『果たして、そうと言い切れるかなぁ』

 

 目を見開き、唖然としたほむらにエーワックスはしてやったりな表情を作る。

 その彼女の手元では、ラジカセが甲高い早送り音を流している。

 

 

 

 

 

――ミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレミギカラサガレ――

 

 

 

 

 

『……っま、実際偶然でもあるんだけどね』

 

 黙ってしまったほむらを慰めるように、やれやれといった感じでエーワックスは語る。

 

『今の技法でも成功率は大体30%程。つまりCMで流せば7割程度は影響を受けない。選挙活動に使うならまだしも、もっと重要な時に頼るには心許ない物だよ』

「……じゃあ、あの時も偶然だったと?」

『其処がネックなのよね。“アレ”の場合は、どういう訳か成功率が9割超えで且つ有り得ないような効果を選択的に(・・・・)得られるっていう変態技術の申し子って感じだからねぇ。……ホント、科学者泣かせの野郎だよアイツは』

 

 吐き捨てる様に最後を呟いたエーワックスは、ラジカセのスイッチを消してケースの上に置く。

 そしてほむらを改めて見つめて、仕切り直すように口を開いた。

 

『さて、私も暇じゃないし。余談もここまでにしようか』

「ッ……」

 

 幼い見た目からは考えもつかない様な重いプレッシャーにほむらが一瞬怯むのを余所に、彼女は先程とは打って変わって淡々と続ける。

 

『今言ったの以外でも、アレは現代技術を持ってしても解明不能な部分が多い「未知なる異形」とも言える存在。貴方みたいな未熟な素人が首突っ込んで良いような安い代物じゃないの。ぶっちゃけ、目障りになる前に引いてくれない? 何なら、対価も要求してくれて良いからさ。その手のチャカ(拳銃)よりも良い奴とかね』

「な……!」

『おや、個人的にはかなり譲歩したつもりだけど? 普通、国が隠蔽しているような技術に触れようとする奴なんて闇討ち暗殺されて当然だもの。……分かるよね』

 

 なるほど、態々長々と解説していたのはこの為の布石だったのか、とほむらは無表情ながらに感心する。

 彼女の魂胆は単に先程の会話(機密)を餌にして脅迫し、ほむらをこの場から撤退させる事だけではない。

 国家機密を知った彼女の「身柄保障」を対価に手駒化するつもりなのだ。

 ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべるエーワックスに、ほむらは少し考えてから答える。

 

「出来ればそうしたいけど、私にも私の事情がある。……あなたがどうして私達(魔法少女)を知っているのかも不思議だし」

『寧ろ、此方としては隠し通せてるとでも思ってたのがビックリだけど。まあ良いや、決裂だね』

 

 はー、と面倒臭そうに息を吐いたエーワックスは、徐にラジカセに手を伸ばす。

 その指先が取っ手に触れないか否かの所で、カシッとカメラがシャッターを切るような音が響き、その動きがピタリと止まった(・・・・・・・・・・・)

 

「溜息を吐きたいのは此方もよ、エーワックス」

 

 呼び掛けるような言い方でありながら、ほむらは彼女の返答など微塵も期待していなかった。

 それも当然、彼女の力で全ての時が止まっている以上、ほむらが発言した事すらエーワックスには分からないだろう。

 右手に拳銃をぶら下げたまま、気だるそうに彼女は屋上から屋上へ移り、エーワックスの背後に回りこむ。

 彼女としては、こんな“下らない事”で魔力を消費するのは億劫でしかない。少し考え込んだのもそれが与える今後の「影響」の思索が殆どだ。

 目の前の小さな少女が何を企んでいるのかは分からないが、いずれにせよ、邪魔になるなら「排除する」だけ。

 銃口をゆっくりと持ち上げ、彼女の無防備な後頭部に突き付ける。

 躊躇は数秒だけだった。

 引き金が引かれて、マズルフラッシュと共に鉛の弾丸が銃口から飛び出す。

 

 

 

 

 

 その瞬間に、一際強い“閃光”が目の前で弾けた。

 それは銃弾の周囲から生まれて、彼女の手を銃ごと一瞬で包み込んだ。

 

 

 

 

 

「痛ッ!!?」

 

 突然腕全体に襲い掛かった激痛と共に、まるで弾かれた様に腕が跳ね上がる。

 拳銃も手の中からすっ飛んで下の路地裏へと落ちてゆく。

 それを認識する前に反射的に飛び退こうとするも、その動作は途中で中断されてしまう。

 

『捕まえた』

 

 右手の激痛で意識から外れた左腕の円盾(バックラー)、その表面の砂時計を隠す機械的なシャッター部分をエーワックスの右手が鷲掴みにしていたからだ。

 慌てたほむらが振り払おうとするも、まるで接着剤で止められたが如くその手は離れず、まるで鎖で地面に縫い止められたが如く一ミリも動かない。

 それどころか、ビキリとシャッターが異音を発したかと思うや一気にそれを握り潰し(・・・・)、中にあった赤い砂の詰まった砂時計を盾から引き摺り出してしまう(・・・・・・・・・・)

 どんな魔女の攻撃ですら貫く事の敵わなかった円盾を、不意とはいえ片手(・・)で破壊したのである。

 人間どころか、ほんとにこの世の生き物であるかどうかも最早疑わしい。

 嘗て無い程に蒼白になったほむらに向けて、何時の間にか正面を向いていた(・・・・・・・・)エーワックスは勝ち誇った様な笑みを浮かべる。

 その小さな顔が次第に遠ざかっていく。

 盾が壊れた事で支えが無くなり、中途半端に後ろに飛び退こうとした体勢からバランスを崩し始めたのだ。

 だが、立て続けに起こった異常事態にさしものほむらの精神も殆ど詰まりかけてしまい、魔法が解除されている事にすら気付けずに、ただ後ろに足を出してただバランスを取る事しか出来ていない。

 それを前に、エーワックスは奪った砂時計を右手だけで軽く真上に放る。

 

『お返し』

 

 そして彼女がその手でヒュッとほむらを指差すや、まだ宙に浮いている筈の(・・・・・・・・・・・)砂時計が高速で射出され、無防備なほむらの額に台座部分から直撃する。

 

「ッア!?」

 

 彼女の握力にすら耐えた砂時計の激突の威力は凄まじく、バットで殴られたかの様な衝撃で頭を揺さぶられ、額の皮膚が裂けて血が溢れ出す。

 だがそこは魔法少女、意識だけは何とか留めていられそうだった。

 数歩下がりながらも両足で踏ん張り、ギリギリで倒れずに持ち堪えようとする。

 その時、チクリとした感触が首元に刺さった。

 それを認識した時には、既に体が鉛になったかの様に急激に重くなっていた。

 その正体を確認しようと思う間もなく、急激に意識が再び遠のく。

 

Rest in peace(ゆっくりお休み).暁美ほむらちゃん』

「……ぁ……」

 

 遠くの方で声が聞こえた気がするが、何を言ったのかを理解する事すらできない。

 必死で意識を繋ぎ止めようとするも、魔力を使う為の集中すら既にままならない。

 前のめりに倒れ込みながら意識を失う、その最後にほむらが見たのは軍用ライフルを此方に構えるエーワックスの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれ程の時間が過ぎただろうか。

 

「……う」

 

 ゆっくりと意識が戻り、ぼんやりと薄目を開ける。

 目の前は殆ど真っ暗で、僅かに黒いシルエットだけが見えている。

 冷たく堅い感触が頬や手から伝わる。

 どうやらうつ伏せに倒れている様だった。

 

 そこで一気に意識が覚醒する。

 自分が倒れている訳、今までの経緯を全て思い出したからだ。

 

「ッ!」

 

 すぐさま立ち上がろうとして、その序でに近くに落ちていた(・・・・・・・・)拳銃を拾い上げる。

 

 ……“拳銃”?

 

 流石に違和感に気付いて、周囲の確認を行おうと暗がりに目を凝らす。

 だがその直後にいきなり背後から物音がして、背中越しに光が差し込んだ。

 反射的に振り向き、手の中の銃を其方に向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 それが一つの大きな「分岐」となるとは露すらも知れずに。

 

 

 

 

 

 

 

「お前……?」

 

 彼女の銃口の先で“彼”は呟く。

 差し込む光の中に立って、此方に怪訝そうな表情を向けているのは「あの男」だった。

 どうやらドアを開けて来たらしい彼にほむら自身も驚くも、だがその表情は一層硬くなる。

 このタイミングでの登場となれば、彼女との繋がっている可能性も否定できない。

 

「動かないで。下手に動け――」

 

 威嚇の言葉が途中で止まる。

 思わず止めてしまう程の“不味いもの”に漸く気付いたのだ。

 

「……おい」

 

 彼がほむらに言う、その言葉に今までの微かな暖かさは一切無い。

 その黒い双眸もまるで昆虫か何かの様に全く感情が篭っていない。

 

 そして、その瞳は彼女を見てはいなかった(・・・・・・・・・・・)

 

 背筋にゾッと悪寒が走るのを感じた。

 銃を向けたまま、ほむらはゆっくりと背後に振り向こうとする。

 ゆっくりと光に照らされた彼女の後ろ側が視界に入ってくる。

 鉄錆の様な、ツンとした臭いが酷く彼女の鼻を突いた。

 

 

 

「お前、ここで何をしている(・・・・・・)?」

 

 問い糾すような重い言葉が響く。

 だが、彼女はそれに答えられなかった。

 答えられる訳が無かった。

 何故なら、彼女は何もしていない(・・・・・・・)のだから。

 何もやっていないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の後ろに(・・・・・・)明らかに銃殺された死体が(・・・・・・・・・・・・)転がっていて(・・・・・・)

 

 自分は今も銃を構えていて(・・・・・・・・・・・・)

 

 自分の衣服に(・・・・・・)見に覚えの無い返り血(・・・・・・・・・・)が付いていても(・・・・・・・)

 

 

 

 彼女が、自分がしてしまった事(・・・・・・・)を、答えられる訳が無いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 思考の空白があった。

 呆然と立ち竦む彼女は、再び鼻に突いた辺りに漂う鉄錆の様な臭いで直ぐさま我に帰る。

 だがその数秒間の間に、物音一つも無く既に彼が目の前に接近してしまっていた。

 咄嗟に距離を置こうとして、でもそれが“間違っている”事に気付いてしまって、どうしようもなくただ固まる彼女の、その手の銃のスライドを彼は片手で包むようにして掴む。

 これでもうほむらは発砲できない。

 最早後に引けなくなった彼女は、血の気の引いた顔で彼を見る。

 

「……違うの。これは、こんなのは私は――」

「今ここで聞くつもりは無い。まずは落ち着け。話は其処からだ」

 

 銃ごと手を捻る様にして拳銃を取り上げた彼は、彼女の頭をポンと軽く叩いてから死体の傍に寄ってしゃがみ込む。

 死体検分を始めた彼を横目で見て、ほむらも一先ず落ち着いてきて、漸く「エーワックス」の最後の狙いが掴めた。

 

 

 

 

 

「……下手な真似はするなよ」

 

 他ならない“彼”に目をつけさせる事で、ほむらの行動を大きく制限する。

 「不明(イレギュラー)」を、「未知(イレギュラー)」の手で縛り付ける。

 どこまでもが、彼女の思惑通りに動いていたのだ。

 

 

 

 

 

 最悪だ。

 思わず脱力して、その場に膝を着いてしまう。

 彼女の力ならこの場を逃げ出す事は可能だが、問題は彼が彼女の「交友関係」を知っている事だ。

 考えたくないが、最悪「あの子」にも危害が加えられる可能性も捨てきれない。

 それに、彼には記憶操作系の魔法が効かない(・・・・・・・・・・・・・)

 どうあがいても無理やり誤魔化す事は不可能だ。

 時間を置いてでも、誤解を解く以外の道はない。

 それが、「時間」以外でも恐ろしい程の“リスク”を孕む事を彼女は知っていた。

 そっと、彼女は左手の盾に触る。

 大きな穴が開いていた筈の其処には、しかし何時の間にか完全に修繕されて傷一つ残っていない。

 だが、あの「敗北」で失ったものは余りにも大きく、そしてこれから修繕しなくてはならないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが、彼女が「こちら側」に踏み入れた最初の瞬間。

 

 それも「被疑者」という、最悪の形でのスタートだった。

 

 

 





 二週間ぶりでしょうか、お久しぶりです。
 全く執筆が安定しない日々が続いていますが、ボチボチと続けてはいます。

 一応、今話で2章は終了。
 半ば無理やり引き摺り込まれた彼女の明日はどっちだ、と言った所でしょうか。

 では、また次回。
 怪獣王が日本上陸する前にはお会い出来るよう頑張ります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。