・見滝原郊外、工場跡地。
既に日が暮れ、寂れた工場地帯をやや場違いな一行が歩いている。
数は五人、それも実質先頭二人と後方三人の二グループに別れていた。
「――ふぅん、つまり貴方の流派は剣道だけど、実質
「そもそも、刀一筋みたいなのも「柳生」の風潮なだけで、元々はその柳生でも槍や弓を教えていましたし。まぁ、今は見せ物やスポーツですから関係ない話ですが」
先頭を行くのはスーツを纏った白人風の女性に、制服姿の黒髪の少女。
何やら少女の方が聞き込みをしている様子で、女性の話に時々少女が相づちを打っていた。
「......、」
「美樹さん、そんなに怖い顔をしても皺が増えるだけよ?」
「うぅ、でもアイツさっきからミラさんに質問攻めして、何様のつもりなのよ」
「......でも二人とも、何だか楽しそうだよ? 顔も笑ってるし」
「ミラさんのお人好しが過ぎるんだよぉ!」
その後方で話しているのは黒髪の少女と同じ制服を纏う三人の少女。
矢鱈不機嫌な青髪を宥める桃髪、そして桃髪に助け船を出しつつさりげなく前二人の様子を伺う黄髪の三人の構成だ。
青髪の叫びを聞いたのか、前二人が振り向いて声を出す。
「あら、そんなにこの人を取られたのが不満なの? 貴方、随分と気に入られた様ね」
「私、「そっちの気」は無いのですが......仕事仲間に詳しい人がいるので、今度相談してみます」
「違うわよ! ってか何でこの短時間で息が合ってるのよアンタらぁ!!」
さて、時を戻して魔女討伐直後。
丁度、マミが三人の前に手に持っていた物体を見せる辺りの事。
「これが、グリーフシード。魔女の卵よ」
「た、卵……」
「倒した魔女が稀に落とす事のあるの。やった事はないけど、放っておくと魔女になってしまうと聞いた事があるわ」
「えっ!?」
後輩二人が背筋を凍らせる傍ら、何かに合点がいったらしいミラがふむと頷いて話す。
「「
「……そうなの?」
「えっ」
弁明すると、決してマミが「Seed」という英単語を知らなかった訳ではない、彼女は成績優秀で名が通っている方である。
ただ、「グリーフシード」と「
彼女は中1の頃に今の境遇に陥っている、その頃は「Seed」も知らなかったのだから、ある意味仕方がない話だったのかもしれない。
「いえ、間違っているかもしれません。適当に予想しただけですから」
『その訳で間違いないよ』
割って入ったのはキュウべぇだ。
『魔女は何かしら、人間の強い欲求を模す事が多いんだ。「性質」という形でね。だけどそれは同時に呪いを振り撒くものでしか無い、だから負の欲求、「嘆き」なんだよ』
「……なんか難しい話だけど、結局ヤバイって事には変わりないんだよね」
頭を抱えているさやかが呟く。
英語のテストの万年赤点組はある意味伊達ではないのだ。
「そうね、でもこれが魔女退治の報酬なのよ」
『その状態なら安全なんだ。寧ろ役に立つ貴重な物だよ』
そう言われて、怖いもの見たさで恐る恐るまどかとさやかが黒い物体に触れてみるが、確かに特別危険そうな兆候は見られない。
それだけなら、物珍しい黒い石にも見える。
「私のソウルジェム、昨夜より少し濁って見えるでしょ?」
マミが手に己のソウルジェムを差し出して見せるので、3人がそれを覗き込む。
確かに、何処か煤けたような黒っぽい濁りのような物が薄っすらと付着しているように見えた。
「でもグリーフシードを使えば――」
そう言って、グリーフシードをソウルジェムへと触れ合わせるように近づけると、共鳴するような音と光を纏って、何かがグリーフシードへと移動していくのがわかった。
それが終わると、グリーフシードは何処か一層黒ずみ、ソウルジェムは元の綺麗な輝きを放っていた。
「わぁ……」
「ね?」
何処か感激したような声を上げるまどかにマミは微笑むと、手の中のソウルジェムとグリーフシードを離した。
「これで消耗した魔力も元通り、これが見返りになるのよ」
「……、」
一連の様をジッと眺めていたミラだったが、何故か眉を顰めながら口を開こうとする。
だが、実際に声が放たれるよりも前に、マミの手が動いた。
不意にグリーフシードを部屋の隅の方へと放り投げたのだ。
本来、其処には何もないはずなのだが――、
「……あっ! あいつッ!?」
さやかが声を上げる、その先にはその黒い石を受け止めた「人物」が居た。
「後一回ぐらいは使えるわ、貴方にあげるわね。暁美ほむらさん」
「……、」
そう言うマミを他所に、紫がかったセーラー服のような風貌の暁美ほむらは無言で手の中の物を眺める。
その視線は、友好的な物とは全く違っていた。
「それとも、人と分け合うのでは不服かしら? 全部自分のものにしたかった?」
何処か棘のある様に感じる言葉を放つが、まるで動じてないようにほむらは無表情を貫くと、ソウルジェムを投げ返して言う。
「貴方の獲物よ。貴方だけの物にすれば良い」
「そう、それが貴方の答えね」
マミはそう言って小さく溜め息を吐くと、僅かに両足を開いて身構える。
その体から、昨日の彼女の放った「緊迫感」が滲み始め、制服姿の二人の背筋が張り詰める。
同時に、対するほむらから凍てつくような視線が飛び、場の雰囲気が一層重くなっていく。
一触即発、それを絵に描いた様な状況。
「……何で?」
その雰囲気を見事にぶち壊す、気の抜けた声が響いた。
四人の視線が一人に向かう、その人物はまるで納得出来ないように口を開いた。
「今のやり取りの何処に、こんな決闘じみた空気を齎す要素が?」
「……、」
「……何故って、この娘は人と協力する気がないんですよ? 私の寝首を掻いて、この場所を取るかもしれない。なら――、」
「「
「わかってるなら――」
「だったら、
マミの目が見開かれる。
その目を覗き込むように、ミラの青い瞳が彼女を捉える。
「「協力」とは「力を
「それは……、」
「彼女にも聞きましょう。貴方はマミに力を貸しましたか?」
「……いいえ。見守ってはいたけど、手は出していない」
「ならば、此処に協力は成り立たない。そして、そんな中で貴方が彼女に「
きらりと、ミラの瞳が輝く。
その光に何処か射抜かれたように、身構えていたマミの身体が微かに震えた。
「それは
「っ!?」
「彼女は他所から移ってきた、つまり既にある程度魔女退治の経験がある。そんな人間が、渡ってきた先の主に突然、「それ無償あげるから協力して」なんて言われて、自分が苦労して手に入れていた「貴重な物」を渡されても、普通、受け取ろうとするなんて有り得ませんよ? 適度に恩を売って、
「わ、私はそんなつもりじゃ……」
マミの顔が歪む。
その様子は、企みがバレた、と言うよりは本気の困惑を浮かべている風に見える。
すると、何かを察したらしいミラが、彼女も何処か驚いたように恐る恐る声をかけた。
「……まさか、自覚無し?」
「私、ただ喜んでもらえれば良かっただけで、そんな恩を売るだなんて……」
先の戦闘モードから一転し、マミの身体が急激に小さくなっていく様にすら感じる。
あと何でか知らないが、向こう側に居るほむらが天を仰いでいる。
「……でも、そう言う事だったのね。口だけでは中々分かり合えなくて、だから何か距離を縮めようと色々考えて、でも全部空回りしたのは……」
「あ、あれ? あのー?」
どうやら、何かヤバいスイッチを押してしまったらしい。
座り込んで何やらブツブツ言い始めたマミの姿に、どうしようもなく困惑する三人。
すると、彼女達に先の物よりも何処か「軟化した」視線を向けたほむらが、助け舟のように口を開いた。
「まぁ、悪気は無かったのは分かったわ。でも、私も一人の魔法少女よ。素性の分からない人間の施しにはそう簡単に応じられない」
「う……、」
「……その代わり、仮に「協力する」事があれば、その時は見返りを考えるわ」
更に一転してマミの表情が明るくなる、一々忙しい子である。
ひょっとしたら、妙に棘があるように聞こえたのさえ、実は
此処まで素直な子の事だ、同業者との交流が上手く行ってない事が続けば、自信を失うのも仕方ない。
「所で」
「ん?」
「どうして貴方は介入したの? 私は特別貴方に縁がある訳ではないけど、マミよりも私を庇うように聞こえたから」
「理由は二つ。一つは職業故、目の前の「私闘」を止めるのは私の責務。二つ目は――」
ちらりと、背後でまだ緊張している様子のまどかとさやかを見て、ミラはマミを窘めるように続けた。
「無力な人間を連れていながら、個人の考えだけで私闘を勝手に始めるのは、「保護者」として無責任ですから」
「っ、」
「大人扱いをして責める訳ではありませんが、今後は注意するべきです。見学会でけが人を出したくないでしょう?」
一人で行動する分には(百歩譲って)自己責任かも知れないが、今のマミは自分は兎も角、まどかとさやかの命を背負ってる身だ。
つまり彼女達の安全を第一に優先すべきであり、個人的な敵対関係は二の次、不意に襲ってくる様子もなかったほむらに対して(やや誤解気味だったが)喧嘩を売る態度は「保護者」として不適格になる。
よって、この指摘は今後の彼女の為にもなる筈だ。
「職業?」
反省するように下を向いたマミから視線を外し、ミラは発言をしたほむらの方を向く。
そう言えば、昨日の彼女は自分の自己紹介を聞く前に退散していたのだった。
「刑事です。と言っても、私自身は海外籍なのですが。まぁ外交官の側面もある感じです」
「ふぅん。だから「私闘」を止める「責務」、か。あの
「ええ。「機動部隊」……日本なら「
あれほどの身のこなしなら誇張は無いか、と納得した雰囲気をほむらは見せる。
その後、続けてほむらは彼女が魔女を「認識」出来る理由、つまり昨日のマミ達の会話と同じ内容を問い、ミラは一連の見解を語る。
こうして、日も落ちかけているので移動しながら話し始めて、冒頭へと戻る。
「――成程、つまり此方の事情に関しては、その「ご友人」が詳しいのね」
「マミにも言いましたが、私の一存で会わせられる様な立場の人ではありません。決して悪意のある人ではないと私が保証しますので、どうかご容赦頂きたい」
「......ま、仕方ないか」
確かめたいのはやまやまだが、下手に事を大きくして収集が付かなくなるのはマズイ。
なんせ、もっと「大きな事柄」が目の前に迫っているのだ、あれこれ手を出せる余裕はないし、不用意なのは分かるがケースバイケースで対応するしかないだろう。
このミラという女性も何処まで本心かは分からないが、少なくとも直接的な害がある風には見られない。
さやかの知人であったのは意外だが、むしろ中々埋められなかった彼女の溝をどうにかする糸口になるかもしれない。
と、多少の希望的観測も含めながら、あくまで
強いて言うなら、
「……さて、と」
一通り話は済んだ所で、不意にミラが後ろを気にするような素振りをする。
その動作にほむらが眉を顰めたのを確認するや、今度は後ろの三人に気付かれないように片手を親指と他の指で「つ」の字を作るように曲げて、軽く口元に当てるような動作をする。
彼女の言いたい事の理解は、それで十分だった。
「申し訳ないのですが、実は今日は夜勤気味の用事があって、これからすぐに向かわねばなりません。此処まで来れば大通りも近いですし、私はこの辺で失礼します」
「分かりました。……今日は本当に有難うございました」
「礼を言われる程ではないですよ。では、お二人も」
ひょっとしてこの機会の為に無理に時間を作ってきたのでは、と思ったらしいマミのやや申し訳無さそうな様子に優しく笑みを返すと、彼女は残される4人に軽く手を振って離れていく。
会釈気味に一礼するマミに、小さく手を振リ返すまどか、少しそっぽを向きつつも小さく笑みを作るさやかに、此方をじっと見据えるほむら。
四者四様の態度でその背を見送ると、ほむらが場を改める様にマミを見た。
その視線に何かを感じたのか、マミの背筋が緊張で少し固くなった。
「私も此処で行くわ。まさか当の本人から聞きたい事を聞けるとは思ってなかったし」
「……まさか、今夜時間を作って欲しいって言ってたのは」
「ええ。彼女の事を聞きたかった、それだけよ」
じゃあね、と最低限の事を告げて三人に背を向ける。
辺りがそれなりに暗いのも手伝って、ほむらの姿はあっという間に見えなくなる。
「……何だか、凄く疲れたなぁ」
取り残された形になった三人の思いを代表するように、ポツリとさやかが呟いた。
「……で、何の用かしら」
ほむらが歩いて3回曲がり角を曲がった、その先にまるで先回りするように彼女は待っていた。
「態々すみません。大した事ではないのですが、一応確認を取りたくて」
「確認?」
「ええ、確認」
金髪を夜闇になびかせるミラは、その青い瞳でジッとほむらを射抜くように見つめる。
自然と身が固くなっていく感覚をほむらは覚えた。
「貴方、本当に
「そうよ、さっき話したよね」
「……それは、
「ッ!!?」
思わず息を飲んでしまう。
そう、ほむらは彼女達には
――この人、私の「時間操作」を知っている!?――
いや、有り得ないはずだ、少なくとも
そう思い至り、何とか誤魔化そうと考えを巡らせる。
しかし、ほむらの目の前に居る彼女は、まさにその「誤魔化し」を看破する職業にいる人物だ。
「図星、のようですね」
「……私は、」
「魔法少女、その程度の手段ぐらい持ってて当たり前。だからこそ、切り札を取っておけば
「な――、」
「だけど手は出さない。一度手を汚してしまえば、その手が綺麗になることはない。だけど、仮に
「勝手な事を言うなっ!」
ミラが目を丸くした。
声を荒げた当のほむらすら、自分のやったことを信じられないように驚いている。
そのまま暫く両者は固まっていたが、不意にミラが面白そうに吹き出した。
「成る程。
「……図ったのね」
「念の為、です。見知った人間が不意に行方不明、なんてなったら決まりが悪いですから。……勿論、仮にその時があれど、貴方に
小さく頭を下げて謝るミラに、ほむらの方もすっかり毒気を抜かれたらしい。
何処か呆れたような視線を彼女に向けて、ほむらはため息を吐いた。
「結界の時と言い、あの睨み合いと良い、貴方って結構命知らずよね。……私が本気であの子達に悪意を持っている存在だったらどうしてたの」
「その時はその時で考えます。……と言っても、正直今の状態では勝ち目が薄いと感じてますが」
「訂正、命知らずというか只の無謀」
「辛辣な評価ですね。これでも信じてたんですよ? 貴方はそんな存在ではないと」
「……全く」
本当に呆れた様子で頭に手を当てる。
然も今の発言からして、始めから全部「ハッタリ」であった可能性が高い。
……それが全部、単に自分の人となりを確かめる為だという辺り、末恐ろしい程の豪胆っぷりである。
「では、本当にこれで。……実は本気で夜勤残してるので」
「え、あ、はい。……お気をつけて?」
クルリと反転して立ち去るミラ、完全に信頼していると言うように背中を無防備に向けている。
その潔いとすら感じる背を、ほむらは再び呆然と見送った。
そして、路地に一人残されたほむらは、ミラの姿が見えなくなって十分経った後。
「……今朝方、さやかが妙に渋い表情になってたのも分かるかもしれない。あれと長く居たら絶対に調子が狂う」
周囲を気にせずマイペースを貫く彼女の様子に、疲れた様な声色で独りごちる。
なお、その評価はわりと当のほむらにも当てはまるのだが、本人が気付く訳もない事だった。
「……あの反応」
広めの通りを歩くミラは、先のほむらの様子を思い出していた。
「何かしら心当たりがあるのは間違いない、でも同時に、本気で
ミラ自身、魔女の結界が晴れた直後になって、やっと薄々その存在に気付き始めた経緯がある。
さやかやまどかと違い、全く動揺せずに両者の睨み合いを静観出来たのはそれが理由だ。
一方で、彼女の発言からしても、少なくとも結界に入る直前からは此方を追跡していたと思われるし、下手すれば戦闘終了を見計らって自ら出てきた可能性すらある。
つまり最悪、熟練の魔法少女らしいマミと、自画自賛的だが特殊部隊のスカウトを受けるレベルの技量のあるミラをして、完璧に隠れ通せるだけの高い「隠遁能力」が有るという事だ。
それだけでも、まともに相手取るには非常に危険な力。
しかも、マミの能力の幅広さを当てはめれば、ほむらの能力の底力はそのレベルでは有り得ない。
命を奪われた事すら気付かないレベルの、物理法則を無視した力であってもおかしくないのだ。
でもあの時の反応は、心底仰天しているというのが分かり易すぎる物だった。
何か心当たりがあるならもう少し落ち着くはずだし、余程能力に自信があるのか、或いはそもそも「使ってないか」、この二択に絞っても問題ないとミラは感じていた。
「……多分、答えは「両方」なのだろうけど。まぁ少なくとも、あの時の
ふと空を見上げると、街の明かりで曇った夜空に、上が欠けた月が浮かんでいる。
上限の月、あれが満月に至る頃には、この街も大きく「変わっている」事だろう。
それが良いのか悪いのか、今はまだ何方とも言えない。
事態はまだそれ程動いていない、方向性が決まるだけの「変化」は起きていない。
それなのに、
「だとするなら、一体
この小さな「異変」、それが何か嫌な流れを呼び込む様な不吉な予感を、ミラは感じずには居られなかった。
そして、そんな考えに没頭していたからだろう。
彼女が前を通り過ぎようとした小さな中華料理屋、丁度その時に店内から出てきた黒いコートの若者が彼女の背を目で追っていた事に最後まで気付けなかった。
『どうした、珍しい。美人の背中に見惚れるなんてらしくないな』
「……いや、多分気のせいだ。見覚えがあった気がしたんだが、勘違いだろう」
ようやく、「Chapter1」へ……。