・数日後、近未来研究都市、見滝原市。
首都から離れた郊外、群馬県の首都から東に少し行った所にその都市はある。
元々は小さな田舎町だった見滝原市は、21世紀に入ってから近未来都市計画を創立。
周りの複数の市町村と合併する形で、大規模な“都市再開発”を開始する。
奈良県や茨城県に存在する「学研都市」とは違い、都市としての「デザイン」や「機能性」を研究する、言わば巨大な「デモンストレーション会場」として確立したこの都市は、当初はさほど重視された街ではなかった。
世界的大企業である「グラン・フォート」、そして「トライセル」が挙ってスポンサーとして名乗りを挙げるまでは。
二大企業の介入の背景としては、巨大海上都市「テラグリジア」の崩壊が存在する。
高い資本を出して作った近未来型都市の「デモ会場」を呆気なく失った
前々から対立気味だった「トライセル」も力を付ける「グラン・フォート」への牽制の為か、後を追う様にして支援の声明を出した。
そして、離れているとは言え空港、高速道路、鉄道などアクセスの決して悪くはない土地環境にあり、それ故に関東内陸工業地域の一つとして半導体産業が盛んだったのが功を奏した。
金はあった、ネームバリューのバックアップは付いた、そして何より「グラン・フォート」の技術者が流入し、後を追う様に挙って人材が集まった。
今や、「世界で最も発展した都市」としてギネス認定される程の急成長を遂げたとしても、世界の建築家や都市開発者が集まり作られた“景観美”に、
「という風に聞いてたんだがなぁ。まあ、何と言うか」
『一応は“都市”だからな。周囲には一般的なアパートや住宅街、半導体工場だってあるし、途中で“凍結”された建造物や大企業に飲まれた中小企業だってある訳だ』
「世の中、綺麗事だけじゃ治まらんってか」
中東から軍用機を乗り継ぎ、在日米軍基地に降りた後に電車で移動した竜二は、現在見滝原市郊外の通りを歩いていた。
思っていたのとは違う“一般的な”風景に、若干不服そうな顔をして周囲を見渡している。
そんな彼は現在、片手に持ったPDAを音声通話モードにして耳に当てている。傍から見れば、スマートフォンで通話する若者という目立たない構図が生まれる訳だ。
「それで、来たは良いが一体何をすれば良いのやら。お馴染みの“キキコミ”とやらをする訳にもいかんし」
『普段は強襲ばかりしてるもんな、君は』
「そーそー、敵地に単独潜入して工作したり、突撃隊の遊撃支援をしたり、どこぞの要人を助けに行ったり。ハリウッドも真っ青の大活躍ですよ全く」
『それだけ上の信頼が厚いって事さ。同じ苦難に向かうなら、せめてポジティブに捉えて行こうぜ』
「……まるで笑えないんだが。笑気ガス吸わされてる様な気分だ……」
適当に呟きながら、ゆったりと歩いていく竜二。
平日の午後とあってか、通りの彼方此方に帰宅途中の学生達の姿が見える。
「何で日本の学生ってのは同じ服を着たがるんだ? あれじゃ個性が磨けんじゃないか」
『軍人が軍服着るのと同じさ。周囲と一体となって学問に励むっつう一種の思考統制だな』
「周りから強要される勉学が果たして本当に身になるのやら……。まあ、俺が考える事じゃないがな」
そんな外国人丸出しの意見を交わす彼等だが、何も観光気分でぶらついているという訳ではない。
先程も言ったとおり基本的に彼の専門は「強襲」であって、諜報に関しては一通りは出来るのだが所詮はルーキー止まりである。
なので、そちらの仕事は既に
じゃあ彼はというと、一言で言うと「地理情報の確認」をしている。
具体的には、万が一の自体に備えて土地勘を少しでも身に付けようとしているのだ。
実際、戦闘行為において歩兵の最も多い殉職地は「敵地の市街地」だったりする。
「でも合流までには暫くあるし、俺が動くのは決まって“最後”だからまぁ、さほど気負う必要はないかな」
『だが敵さんはお前を“ご指名”の様だし、割と活躍の機会は早いのかもな?』
「それを横からかっ攫う為にCIAもBSAAも動いてんだろ。案外、本気で観光客の一人になっちまうのも時間の問題だ、……」
竜二の発言が止まる。
『どうした?』
「音がする……」
『音?』
「小さな音だ。掃除機か何かで空気を吸い込むような、ゴーッってのだ」
辺りを見渡し出す竜二。
周囲に清掃車の姿はなく、また特に目立った物もない。
只の閑静な住宅が並んでいる。
『上空から見てるが、何もないぞ。エアコンの作動音を聞いたんじゃないのか?』
「あれは毛色が違った。何と言うか、細すぎるような……」
その時、其処から少し離れた住宅街の一角に車が止まり、スーツ姿の若い男性が中から出てきた。
偶々仕事が終わって早帰りが出来たのか、それとも元々そうだったのかは分からない。
家庭があるのかは分からないが、彼は大きめのバッグを持って小さな一軒家の前に歩いていく。
何気なく、彼が其方を見やった時だった。
頭に警報が鳴った気がした。
曖昧な不安感が、形を成した気がした。
「不味い……ッ」
男性が門を抜ける。
小さな庭を横切って家のドアの前に立ち、カバンに手を入れる。
直ぐに鍵を出して、鍵穴に刺そうとして、
「待て!! “開けるな”!!」
「ッ!?」
既に走り出していた竜二が出した大声に、男性がビクリと肩を竦める。
此方の方を見て固まっている隙に彼は男性の元まで走り寄ると、直ぐ様男性の腕を掴み持っていた鍵を奪い取ろうとする。
「な、何をするん――!!」
「悪い、アンタはちょっと離れてろッ!」
抵抗しようとする男性を道路の方へと突き飛ばし、ドアに向き直った時だった。
カチン、と音が響いた。
“開錠してない”筈のドアから。
警告を与える暇など無かった。
ドアが薄く開く。
其処から“空気が吸い込まれる”様な轟音が響く。
最初に彼が聞いていた、ゴーッという音をそのまま大きくした様な風だった。
何が起こるのか、彼には全て分かっていた、
手遅れだった。
咄嗟に横に、庭の方に倒れ込む様に飛ぶのが精一杯だった。
「ッ――」
男性がドアの音に驚いて何か言おうとした様だが、それが彼の耳に届く事は無かった。
直後に、ドアが“爆発”した。
蝶番が吹き飛び、ドアがたっぷり10m近くぶっ飛んで向かいの家のドアに激突する。
道路の方にいた男性には奇跡的に当たらなかったが、代わりに高熱の衝撃波によってアスファルトへと引き倒され、意識を速やかに奪われる事となった。
ドアより横へ倒れ込んで事無きを得た竜二の後ろに、たっぷり5mはあるだろう“爆炎”が凶暴な獣の様に飛び出す。
その衝撃波で隣の住宅の植木鉢が倒れ、爆音は数キロ先まで響いた。
「クソったれが……ッ!」
悪態を吐いて起き上がった竜二は、目の前の家の惨状に歯噛みする。
本の数秒前までは何の不審な物も無かったこの家は、既に彼方此方から火の手が伸び悲惨な火災現場に早変わりしていた。
“
「119番!!」
『分かってる!』
ジョージだけでなく、騒ぎを聞きつけた近隣住民にも聞こえる様に叫び、一旦彼は倒れた男性の方へ向かう。
顔などに火傷を負っている様だが、命に関わる傷では無いようだった。
「全く、とんだ災難だよ……」
小さく呟き、男性を近隣住民に託すと彼は燃えている家の方へくるりと引き返す。
これ以上は消防隊を待つべきだと思うが、その前にどうしても見過ごせない“要素”がある。
「……やはりか」
遠目からでも見えた“ソレ”を改めて間近で見て、思わず彼は苦々しそうな顔を作る。
それは、庭の方にある小さめの窓。
磨ガラスらしく、普通は外からは中の様子は殆ど見えない。
その筈なのだが、偶々背後から光が差し込む関係で、ガラスの部分を縁どる様に内側から細い何かが張り付いているのがハッキリと見えた。
粘着テープである。
「窓枠すら修理できないって訳じゃないなら、此奴は……」
今尚も激しい火と煙を挙げる玄関に目を向け、一瞬躊躇するも彼は意を決して中へ飛び込む。
制止の声は聞こえなかった。当事者だったからだろう。
立ち上る熱い黒煙に噎せ返りながら、彼はインカムをコート裏から取り出し、PDAの出力をスピーカーからインカムへと変更する。
『出来るだけ屈め、任務外で一酸化炭素中毒なんて笑い話じゃすまないぞ』
「その代わりに丸焼きになれと言うのかよ。クソッ、テロリストに包囲された時よりも動悸がヤバいんだが」
だが、内部からヤられるよりは火傷の方が幾分かマシである。
彼は口を押さえて出来る限り屈みながら、出来る限り止まらずに奥へと進む。
すると、少し火の勢いが弱い場所に出た。
出火地点だ。
「……、」
流石の彼も絶句した。
そこは寝室だったらしく、焦げたベッドの骨組みやクローゼットの残骸が煙越しでも確認できる。
そして、それらの周りに予想通りの“原因”はあった。
……光景その物は“予想外”であったが。
『報告を』
「焼身自殺なのは間違いないが……、此奴は“集団”だ」
そう、其処には折り重なる様に「炭化した人間」が転がっていたのだ。
「流石に身元が分かるような物は無いか。分かり易い“目印”も無いし、やはり此奴は」
『単なる無関係な集団自殺だな。考え過ぎだったか』
彼等は何も、ご立派な正義感で此処に突っ込んだ訳ではない。
ご丁寧に彼等を日本へ誘導してくれた相手側からの“コンタクト”の可能性を考慮した行動だった。
と言っても、渡った初日に何の関連もない民家に罠を仕掛けるなどエスパーでも無い限りは有り得ないので半ば探求欲を満たす為の行動になってはいたが、それでも一応は目の前で死にかけている民間人に手を差し出そうという程度の人情もあった。
褒めずとも責められる行動では無いだろう。
「生存者の気配も無いし、戻るか」
既に先程のショックも失せたらしく、軽く呟いて彼は引き返そうと振り向く。
後は消防と警察に任せて、さっさと「観光」に戻ろうと思っていた。
断崖絶壁があった。
「……ん?」
一瞬、地下室でもあったのかと彼は思ったが、それにしても床が崩壊する音が聞こえないのは妙である。
それに目の前の崖は底が見えない程深く、その“穴”を挟んだ奥にある“壁”は明らかに家の構造を無視して聳えている。
そして何より、振り向いた瞬間から熱気と煙がすっかりと消え去っていた。
まるで、“別世界”に迷い込んだかの様に。
「……な」
余りの事態に彼の思考が止まりかける。
が、それでも身に染み付いた情景反射で腰の辺りに手が伸びて、
其処で床が“消えた”。
「――なァあああああああああッ!!?」
重力に引かれる侭に、背後の一面に人間サイズの切手が張り付いた奇妙な“壁”に沿って落下する竜二。
だが、彼は此処で漸く我に返った。
背中から急速に落下しながら、彼は腰のベルトの辺りから細いコードを取り出し先端を開き、頭側を流れる壁に向かって放り投げる。
運良く壁に溝があったのが幸いし、フック状に開いた金具がそこに引っ掛かって止まる。
ベルトと壁を繋いだコードがピンと張り、直ぐに右手でコードを掴んで上体を支える。
少々腰と指を痛める結果になったが、それでもどうにか落下を止めて腰から宙吊りになることに成功した。
「フゥ……で、何なんだ此処は……」
どうにか一息ついて、彼は周囲を見渡す。
どうも此処は円柱状の空間の内側らしく、上下を見ても先が見えない程果てしなく続いている。
然も、所々から何故か大小様々な“ポスト”が壁から生えていた。
民家とかそれ以前に、地球上に存在するかも怪しい場所だった。
左手でポケットのPDAを取り出して見ると、画面には「圏外」表示が出ていた。
陰惨な殺戮現場というよりは、麻薬をキメた際の悪趣味な幻覚や酔い潰れた後の悪夢の様な狂気を感じさせる場所だった。
というのなら、
「……“アレ”も、幻覚だって思いたいがなぁ……」
竜二が少し見上げた先、大の大人の数倍はあろうというポストの上に“アレ”はいた。
一見すればシンドバットに出てくる怪鳥か何かに思えたが、何を思ったら鳥が帽子やらブーツやら服やらを身に付ける気になったのか真剣にインタビューしたかった。特にブーツ、逆に停まり辛くないか?
全長は尾羽含めて凡そ8~9m程、翼長はその倍程に昇るその「怪鳥」は眼下にぶら下がる竜二を物珍しそうに眺めた後、バサリと飛び立ちウサギを狙う鷹の様に急速に降下してくる。
人間一人丸呑みに出来そうな程巨大な口には、サメの様に如何にも鋭そうな歯がビッシリと生えている。
だが、彼はそれに殆ど恐怖を感じていない様子で静かに睨んでいる。
その剣幕に、寧ろ怪鳥の方がたじろいだ程だった。
降下を途中で止めて、奇妙な声で嘶きながら怪鳥は滑る様に浮上する。
竜二から最初と同じだけ距離を取った怪鳥の顔には、強い驚愕で彩られているのが見えた。
だが、勢いを付けると再び彼を上空から強襲する。
そこに迷いはない、確実に仕留めるという思いが滲んでいた。
彼と怪鳥の距離が瞬時に縮まる。
勝利を確信した様に、怪鳥の口が微かに開いた瞬間だった。
ギュンッ、と彼の真正面を複数の「黄色いリボン」が横切った。
「ッ!?」
前触れの無い、全く現実味のない事態に竜二は目を見開くが、怪鳥の方も予想外の事だったようだ。
慌てて停止しようとするも間に合わず、彼の前のリボンにぶつかって漸く巨体が止まる。
その瞬間にまるで生き物の様にリボンが動き、見る見る内に怪鳥に絡みついて自由を奪っていく。
怪鳥も必死に藻掻くが、見た目にそぐわずリボンはかなり丈夫な様で全く切れる素振りがない。
足掻くその姿が、彼には何故か逆に哀れに見えた。
「良かった……!」
奇怪な空間に不釣合いな、可憐な声が響く。
導かれるように目を向けると、中学生ぐらいの背丈の少女が直ぐ右上にせり出したポストの上に立っているのが見えた。
黄色い髪をドリルテールに纏め、全体的に華やかな衣装に身を包む彼女は、だが不思議と様になっているように見えた。
此方を見てホッとした様な素振りを見せる彼女に、彼も薄く笑みを浮かべる。
この時点で彼は完全に思考を放棄していた。
「俺に会えた事がそんなに嬉しいのか?」
「ええ。正直もう間に合わないと思ってましたし」
「そうか。で、これからお前はどうするんだ?」
「勿論、あなたを助けます」
言うや、彼女は両手を正面に掲げ、次の瞬間には自身の数倍はある巨大な大砲を出現させる。
若干、笑みが引き攣った竜二の前で彼女は砲口を怪鳥に向けると、
「ティロ・フィナーレ!」
轟音と同時に怪鳥の胴体に直径1m以上もの風穴が空く。
何処か人間の悲鳴に似た気味の悪い断末魔を上げ、だが一滴も血らしき物を流さずに怪鳥の身体が崩れ落ちる。
直後、何かが決壊したかの様に周囲の光景が崩れて歪んでいく。
パレットの上に絵の具を幾つもぶちまけて掻き回した様な、歪で現実味の失せたその空間をボンヤリと眺める竜二。
その身体が、再びガクリと落ちた。
“壁”が崩れた事でフックが外れたのだろうか。
そんな事を思った彼だったが、何故か今度は行動が繋がらない。
意識だけが取り残された様な浮遊感を感じながら、彼の意識は次第に遠のいていった。
鎮火した家の前には、消防隊や救急隊、多くの野次馬が詰め寄っている。
その中、一人の男性が救急車に乗せられ搬送されていくのを見送った女子中学生は、満足そうな笑みを浮かべて去っていく。
誰もが彼女を只の野次馬だと思い、故に誰も彼女を見送らなかった。
因みに、今回出てきたのはオリジナルじゃないです。
実はアンコたんの顔バレを起こした因縁の相手だったりします。
何か、この一週間が濃すぎて五日で一話しか出来てない状況。
時間がない訳じゃないのだが、大丈夫か俺……。
次は、少し長めです。
では。