・
見滝原から西に車で30分、山岳地帯に近付いた為か肌寒さが増した様に感じる小じんまりした田舎町。
気候のためか青野菜や果物農園が多く、寄木細工を伝統的に作っている工房が立ち並ぶ、発展した都市の見滝原とは真逆の風景を持つ地域。
その一角にある、やや敷地の広い程度の一般的な住居の玄関から、二人のよく似た顔付きの少女が出てくる。
腕を回したり首を鳴らしたりで、思い思いのやり方で体をほぐしながら歩いてくる二人を、直ぐ側の曲がり角で待っていた長身の女性が出迎えた。
「お疲れ様です、首尾は」
『まーずまず。良い方と悪い方の報告があるけど、どちらが先に聞きたい?』
「では、良い方を」
『クロよ、アイツは。此方の思う通り、「連中」の直接的な手駒だった』
「......では、悪い方と言うのは」
「
ワンピース姿の少女が先に、シャツとジーンズ姿の方が後に発言する。
三人は並んで歩き出し、ジーンズの方がより詳しく話し始めた。
「とは言え、元々使い走りだ。此処で手を打てた事で、「彼」を隠せるだけの時間は十分に取れる筈。それは君が担当する手筈になっていると聞いているが、用意は大丈夫か」
「何時でも。此のために態々
「なら良いが。勝手に脱走されて行方知らず、なんて事にならなければ」
『で、貴方はどうするの』
彼女等がもう一つ角を曲がると、ワンボックスカーが一台止まっている。
そのタイミングで、ワンピースの方が口を挟んだ。
『暇なら手伝ってくれると有り難いんだけど、
顎で示すのは、後部座席の方。
スモーク掛かってて中は良く見えないが、ボンヤリと
「悪いが、先の件を埋め合わせるつもりだ。……というか、寧ろ手伝う事がないと思うんだが」
『ええ。其のつもりで言ったから』
「……おい」
『で、「此方の方」で頼んでいたことは?』
「公安経由で伝わっている筈です。最も、それに関しては「彼女」がやった事ですけど」
「無視か……。それにしても、随分と危ない橋を渡っているようだな」
ジーンズの方が長身の女性を見上げて言う。
「私にはとても真似出来ない事だ、一時も「波風を立てずに居られない」立場というのは。……帰り道、考えているんだろうな」
「お構いなく……」
不意に言いよどんだ彼女に、少女は首を傾けた。
「ん、どうした? 二人して、野外でゴキブリでも見たような顔をしているようだが」
「いえ、その――」
『貴方って普段、そんな風に人に老婆心見せるような奴じゃなかった感じだったけど、何かあったの? 夜中に喰ったものが当たった?』
「な、流石に言い過ぎ――」
「……はて、そうだったかな」
ワンピースの少女の余りに直球な言い方に慌てる女性だったが、ジーンズの方は寧ろ深刻そうな顔つきで顎を触る。
自覚はなかったが、思い返すと確かにここ数日、他人の身の上を心配する事が多い気がする。
「八方美人」と言えば聞こえが悪いが、彼女のスタンスは詰まる所其処にある。
そうして考えると、今の発言はそのスタンスから少々外していると評価出来た。
――急な仕事で調子が狂っているのか? 次の仕事までの合間でリラクゼーションを考えるとするか――
「そうだな、一時の気の迷いかもしれない」
『ふーん? 私の知る人の中でもかなり強情な貴方が「気の迷い」、ねぇ』
「収穫間際の綿花を放置してるんだ。代役がやってくれるとは言え、気になりもする。その辺りが調子を乱してるのかもな」
『……ま、その「迷い」を仕事に持ち込まなければどうでも良いけどね』
「心配ない、その辺は己で調整する」
じゃ、とジーンズの方が車に背中を向け、軽く手を振って離れていく。
その姿が見えなくなるまで見送った後、残った二人はそれぞれ車の席に乗り込み、その場を後にする。
数日後、見滝原病院勤務の外科医の男性の「失踪届」が、勤務先より警察に届けられる。
一人暮らしの豪勢な一軒家からは、
室内は盗みは愚か荒らされた形跡もなく、衣服や家具から一切の指紋も検出されていない。
玄関先の監視カメラと電子錠は失踪時刻と思わしき時間帯に
・深夜、某所。
『
『αからA-1。予定通りの時間に襲撃を許可する。「レックス」の活動、及びその
『了解、これより「クローズ・アルファ」作戦を開始する』
・同時刻、見滝原市内ホテル。
「……ふぅ」
中央街から外れた地域の、安上がりのビジネスホテルの一室で「スカヴェラ」は首を鳴らす。
目の前には安物のラップトップPCが置いてあり、どうやら文書作成ツールを立ち上げていたようだ。
「よくよく考えたら、アイツがネットに触るような状態がある訳ないな。……もうちょっと暗号めいた怪文書にすべきだったか、でも読めなかったら元も子もないしな」
データをフラッシュメモリに移し、印刷すべくコンビニへと向かう。
既に時間は深夜を回っているが、それでも夜勤らしき車が走っていくのが分かる。
目的のコンビニはそう遠くないが、季節的に少し肌寒い気候だった。
彼女はゆったりとした歩調でコンビニに入り、印刷する序に朝食用のパンを買っておく。
店員は俗に「メイド服」姿の彼女にギョっとした感じだったが、特に何か話す事もなく事務的に会計を済ませた。
非常に懸命な判断であった。
「
出来上がった数枚の用紙を手にとって、長時間の作業で少しズレた眼鏡を元に直す。
記している内容をざっくりと言うなら、
具体的に、「
「彼女への挑発は報告外だったのが幸いしたな。
これで「残業」も完了した、後は次までに何かしらリラクゼーションを考えておくだけ。
一先ず寝るか、と足早に彼女はホテルへと戻る。
その数分後、入れ違いの格好で少女が一人コンビニにやってきた。
ジーパンにTシャツ、その上にチョッキという出で立ちで、後ろに二房結いた白い長髪を流す頭にはやや深めに帽子を被っていて、正面からは顔付きが余りわからなかった。
少女は商品には脇目も振らず、一目散に店員へと詰め寄って突然帽子を脱いだ。
『私と似た顔つきの女が来店しなかったか』
「……は?」
『
真っ直ぐと青い目を向ける少女の顔に、不意に店員は先の「メイド」の顔を思い出す。
彼女に似ていた気もするが、目の前の少女とはちょっと風格が違う気もする。
……何にせよ、確信のない事を言って問題になる訳にも行かない、と店員は思ったらしい。
少し考えるような動作で間を置いて、済まなさそうなトーンで口を開いた。
「……申し訳ありません、ちょっと覚えが無いですね」
『そうか。……この付近に来てた感じはしたが、妙に「薄かった」からな。勘違いかもしれないか……』
少しだけ残念そうに言った少女は、ふと周囲を見渡して、余り物のお握りや弁当の方を見る。
『あれらの中で、明日の朝までに破棄するのはどれだ?』
「はあ、今残ってる分で全部ですが」
『なら全部持っていく。会計を頼む』
小さな両手にそれなりの量の弁当やお握りを入れた袋を下げて、少女はコンビニを出る。
周囲に目を配る事無く黙々と道を歩き、人通りの無い小道へと慣れた様子で進んでいく。
やがて河川敷付近の堤防へと辿り着くと、堤防を川沿いに歩いて大きめの橋の方へと向かう。
橋の下に来る直前で堤防を超えて河川敷の草むらへと入ると、少し進んだ所で中で足を止める。
そこは背丈よりも高い草むらの真ん中で、丁度人一人分が入れる大きさのマンホールがあった。
マンホールの状態からして、かなり年代が経過しているものらしい。
そのマンホールを開けて梯子を下に降りていくと、人が6人くらい横に並べる程のやや広い通路が広がっていた。
明かり一つ無い湿った地下道を迷うこと無く歩き、壁に立てかけてあった「新しめの梯子」を登って、人が這って通れるくらいの溝を潜ると、5畳程度の空間が広がっている。
そこには携帯ガスコンロや電気ランタンが置かれ、一人用テントに寝袋が備わっていた。
そう、この場所が今の彼女の「仮住まい」だった。
『此処も、もう半年になるのか。早い物だな』
何処か感慨深く呟いて出しっぱなしの梯子を回収すると、持ってきた袋の中から適当な弁当を取り出して食べ始める。
溝の向こうからは湿った空気が流れてくるが、彼女の居座るこの場所のコンクリートの床は湿った様子がない。
というのもこの空間は元々、最大まで水が満ちた場合でも水没しないような位置に作られているのだ。
彼女が知る限りでは、この場所は元々は「地下壕」だったらしい。
敢えて河川敷の直ぐ近くまで拡張し、川の増水で壕を水浸しにすることで、周囲には「洪水対策の分水路」として認知されてその秘匿性を高めていたそうな。
そこまでして「何をしていた」のかは知らないが、使われなくなった今も分水路として半ば放置に近い形で利用されており、その空間を彼女が間借りしているというのが顛末である。
市の視察は愚か、時々水路の点検をしにくる作業員でもこの空間を知らないらしく、過去2度に渡ってやってきた作業員も「彼女の住処」に気付く事はなかった。
……最も彼女の方も点検のスケジュールを確認し、そのタイミングで溝に蓋をする等の対策はしていたり、少し遠回りだが溝を使わない「出入り口」もあるので、昼の間は梯子を降ろさずに出入りしていたりはするのだが。
『意外と熱も篭もらないし、住みやすい場所ではあったなぁ……夏場の「羽虫」の対策だけは難儀したけど』
かなりの量が有った筈だが1時間もかけずに全てを平らげてしまった彼女は、袋にゴミを纏めて縛ると傍から地図を引っ張ってくる。
数枚をセロテープで繋げられたそれを広げると、見滝原市を中心に周囲の市まで網羅するかなり大きめの地図が広がる。
その所々に幾つもの黒い☓や△、○の印が付けられ、更にテープでズレないように補強された付箋で注釈の入った箇所もあった。
彼女は其処に新たに印を加えて行き、最後に
「
『やっぱり、「奴ら」の出現箇所の密度が上がってる。……本格的に動き始める予兆かもしれない』
幾つもの印を指でなぞり、その表情が険しい物に変化する。
地図を仕舞い、立ち上がった彼女は、ふと自らの掌に目を落とす。
何処にでも居そうな少女の手、無力な人間の手。
どうせならもっと「化け物じみた腕」の方が良かった、とぼんやりと彼女は思った。
『やる事には変わりない、か。……向かってくる全てを「潰す」、それだけ』
呟く彼女の背後に、巨大な「何か」が空間を埋めるように二つ浮かんでいる。
プラスチックじみた光沢を放つ白色のそれは、まるで苛立った人間がそうするように、「五本の指」で壁を掴み、コンクリートのそれに大きなヒビを入れていた。
Breaker's-09 「無垢の憎悪」
・翌日、昼下がり。
何時も通りに登校し、何時も通りに授業を受ける。
そんな何の気無しな事が、何故か途方もなく「場違い」な風に感じる。
「……はぁ」
美樹さやかは憂鬱そうな溜息を吐いて空を見上げる。
屋上のベンチに力なく腰掛けて、膝に広げた弁当は殆ど手付かずで残っている。
「……やっぱ、昨日の事?」
そんな風に聞くのは、傍らに座る友人の鹿目まどか。
彼女も彼女で余り食が進んでいないらしく、弁当の減りが何時もより遅かった。
「まぁ、ね。家に帰って改めて考えたら、ちょっとね……」
「うん……色んな事、有ったもんね」
病院に居た魔女、ほむらと共に現れた素性の知れない男、何故かマミと面識があったから良かったものの、改めて考えると中々恐ろしい状態ではなかっただろうかとまどかは思う。
そして、同時期に起きていたらしい病院での騒動、大きな被害もなく主犯の死亡という形で幕切れだったらしいが、これに関しては特にさやかへのダメージは重い物だろう。
というか、この親友の事だ、ぶっちゃけ後者が最大の要因に違いない。
「そんなに気になるなら、今日会いに行ったら? 直接聞いた方が良いよ」
「それはそうなんだけど……あー、何で学校があるのかなぁ」
要は、この親友は待ち遠しすぎて仕方ないのだ。
その思いには深く同情するが、どうしようもなくて困った表情をまどかは作った。
「仕方ないよ、さやかちゃん」
「大体、銃持った変質者が野放しになってるんだよ? あたし達みたいな子供を登校させて危なくないの? やっぱ今日は休校にして自宅待機が一番だよ。というか今の御時世に病院襲われるってどうよ? どうなってんの? 何時から日本は無法国家n――」
「……………………………………さやかちゃん」
「はい」
「放課後、ね?」
「はい……」
という訳で、放課後である。
まどかや仁美と別れ、病院への道を一人歩いていると、ふと正面に見覚えのある黒い背中が見えた。
――あの人は、確か……――
昨日、魔女の結界で出会った「竜二」とかいう男の人だ、とさやかは思い出す。
彼女と同じ方角へ歩いて行くその背中は、周囲の人と変わりない平凡な印象がある。
だけど、マミと知り合いだったり、ナイフを凄い勢いでぶん投げたり、全く「平凡じゃない」実態を持っているのを彼女は知っている。
そのミスマッチな感覚を感じていると、ふと悪戯心が芽生えてきた。
――ようし、ちょっと脅かしてやれ――
さながら、怖い物見たさので地面の穴に手を突っ込む感覚だろうか。
さやかはドラマの刑事がやるように、電柱や街路樹を伝って彼の背中を目指す。
こっそり覗いても、彼はまるでさやかに気付く素振りなくマイペースに歩いている。
したり顔をした彼女は、音を立てないように彼のすぐ背後に接近し、両手を大きく上げて――。
「何してんだ? “美樹ちゃん”」
「わ――あ、……」
直前で、彼の黒い瞳と目が合った。
何が起きたか全く分からず、戸惑った様子の彼の顔を暫し眺めていた彼女だったが、やがて事態を悟った事で目一杯の驚愕を顔に浮かべた。
「な、何で分かったの!? こっちなんて一回も見てなかったのに!」
「路上駐車されていた車のサイドミラーに髪が映ってた」
「っ……く、くそぉぉ。脅かせると思ったのにな~」
「俺の背後が取りたきゃ五年後に出直しな」
「……な、何だろう。クサイ台詞の筈なのに、変な貫禄の所為で臭みが消えてる」
そんな風に会話しながら、自然と隣同士で歩き始める。
隣で歩く彼の雰囲気はその辺の若い男の人のそれと変わらないが、ついさっきの事柄はやっぱり「普通じゃない」。
此処に来て、彼女は自分の悪戯心の正体を直感的に悟った。
――この人は「魔法少女」みたいな特別じゃない、でもマミさんと知り合いなんだ。なら、この人は一体
「魔法少女」に対する憧れが薄れている訳ではない。
でもその前に、「彼」が「あの場所」に居た理由を知りたくなった。
「普通」なのに「普通じゃない」、その訳を知りたくなった。
何故だか、そうしなきゃいけない気がした。
昨日の今日で、キュウべぇに「魔法少女になる事をもう少しだけ延期させて欲しい」と自ら頼んだのも、それが理由なのかもしれないとすら思い始めた。
「んで、何してんだ? 脅かしにきた訳じゃないだろ?」
「あー、うん。……まぁ良いか」
「ん?」
眉を潜める竜二。
読心術みたいな芸当は流石にできないらしい。
ちょっとだけ「普通な」様子を見られて、少しだけ嬉しくなったさやかは、彼に自分の目的を話すことにした。
「えーと、その……実は、幼馴染がちょっと入院してて、今からそのお見舞いをしに行く所なんです」
「……ああ、それで昨日か」
「うん」
彼も思う所があったのだろう、納得したような表情になる。
プライベートに関わると思ったらしく、それ以上突っ込んでくる素振りもない。
今度は、さやかの番だった。
「竜二さんは一体何を?」
「俺か? 実は奇遇にも同じ場所で用事があるんだ」
――ッ!?――
その一瞬、彼の「普通」が
普段のさやかなら容易に見過ごす変化だったが、この時はハッキリと感じ取れた。
先の悪戯心が生まれる様な違和感どころではない。
ハッキリと、異様な気迫を彼女は受け取ったのだ。
「
「ホントですか? じゃあ、良ければ一緒に行きませんか?」
「道中ならな」
何気なく普通に会話する、さやかの心境は全く穏やかでは無かった。
正直ビビっていた、舐め腐っていたとすら自覚していた。
そして、そんな彼女の内面を見抜いたのか、一転して「普通」に戻った彼は快く彼女の同行を許していた。
――な、何だったんだろう。今の……――
道中で雑談を始めた彼女の脳裏に浮かぶのは先の様な「好奇心」ではなく、ただただ純粋な「不気味さ」だけであった。
「あの、何かあったんですか?」
「ん? いや、勝手口を開けて貰ったからそっから入るだけだよ」
「あ、そうですか……勝手口?」
「ああ、ここの裏手にある奴さ。そこには警備員もいないし、鍵さえ開いてりゃ自由に入れる」
「……、」
「あ、分かってると思うが、くれぐれも他言は厳禁な」
その「不気味さ」の正体が、行動が一切読めない彼の「奇天烈」さに有ることを彼女が理解するのは、もう少し先の話である。
「――この認識に、皆様の意思の食い違いがない事を、此処に宣言してもらいましょう」
「無論、宣言させて貰う」
「右に同じ、其処に持論を持ち込むつもりはネェ」
「同じく」
「……異論はないみたいですね。では、次のページへ」
「本題へ参りましょう。……「イザナミ計画」の実態について」