UNSUNG EVOLUTIONS   作:B.O.A.

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Break-10

・見滝原病院、個室病棟。

 

 

 

 裏口からではあったが、それなりに足繁く通っていた分もあり道には迷う事はない。

 一般の通路に入るまでに看護師や職員に会う事も不思議と無く、さやかは難なく病棟へと潜り込めた。

 目的の階の病室へと向かい、スライド式のドアの正面に立つ。

 ノックしようとした所で、ふと思いもしなかった懸念が頭に浮かぶ。

 

「……昨日の今日で、恭介のお母さんとか居るかな」

 

 厳戒令が敷かれるレベルの騒動だ、心配して会いに来ていても可笑しくはない。

 片や彼女は勝手に入っている身、鉢合わせるのは余り良い事ではないだろう。

 よって、まず彼女はドアに耳を押し当て、そっと聞き耳を立ててみる事にした。

 すると、明らかに女性らしい声が聞こえてくる。

 出直すべきか、と考えた彼女だが、暫く聞いているとある事に気付く。

 

「一方的に喋ってるだけ? ……()()()?」

 

 さやかと恭介は幼稚園時代からの古い付き合いだ。

 両親共に著名な音楽家の家庭の一人息子で、物静かで音楽の英才教育を受けていた恭介が、幼い頃から何かとラジオを好んで聞いていた事を彼女はふと思い出した。

 断然テレビ派な一般庶民のさやかにとっては不思議なもので、幼い頃はそれでよく誂っていた。

 今思い返せば、よく嫌われなかったなと少しヒヤヒヤするものだ。

 

「ラジオの方が音楽をよりしっかり聞けるから、って言ってたっけ」

 

 小学校に上がって彼の音楽指導も増えていき、そんな姿も次第に見なくなっていた。

 ラジオを学校に持ち込めないのもあるが、恐らく、その時間は彼にとって一種のリラクゼーションになっていたのだろう。

 彼女がその姿を見ていた時は決まって、家族も、さやかを含む友人も側に居ない、一人で居る時だったのだから。

 

 

 て事は、今はひょっとして()()()()()()()()()()()()()()

 そう思った彼女は、思い切って扉を軽く叩いた。

 

 

「急にごめん、今大丈夫?」

 

 扉越しに話すが、向こうからの返事がない。

 ラジオの音で掻き消されたのではと、さやかがもう一度口を開いた時、漸く向こうから小さく返事が帰ってきた。

 

「さやか、かい?」

「うん」

「……静かに入ってきてね、出来る限り」

 

 その諌める様な小声に、少しだけさやかは眉をひそめた。

 先までラジオを扉越しに聞こえるくらいの音量で聞いていた人物が、今更静かにしろとはどういう事か、と。

 ミラ相手にヤイヤイやることもあるが、基本的にはちゃんと場所を弁えて大人しく出来るのは彼も承知しているはずだし、今更注意される事でもないとも思った。

 が、それ以上は考えない事にした。

 一先ず注文通り慎重に扉を開けて中に入る、丁寧に後ろ手に閉めるのも忘れない。

 

「やぁ、驚いたよ」

 

 見慣れたベッドの上で恭介がさやかに片手を振って迎えた。

 ドア越しには落ち着いた小声に感じたその声は、今は覇気のない印象を覚える。

 というのも、彼のさやかに対する微笑みに明らかな「無理矢理」が浮かんでいたからだ。

 

「恭介……?」

「さ、そんな所に立ってないで、こっちにおいで」

 

 手招きしてベッド脇の椅子へと呼び寄せる様も、普段と違って余所余所しさが全面に出ている。

 一層疑念を感じたさやかだったが、取り敢えず椅子へと腰掛けて恭介と向き合う。

 

「それで、今日はどうしたんだい? 何だか何時もより大人しいね」

「あ、うん。……昨日の「アレ」もあって、ちょっとね」

「あー、あのロビーの奴? 驚いたよね。僕も今朝になって知ったんだ。ほら、僕ってリハビリの時以外は基本的に此処に居るから、何か騒がしいな―くらいにしか思ってなかったんだ」

「え、結構軽い?」

「物騒な事もあるんだな、とは思ったけど。何か其処まで大きな被害が無かったみたいだし、確かに怖いけど心配される程も無いかな」

 

 話し始めると、先のような弱々しさが消え、本当に落ち着いたトーンに変化する。

 直ぐ間近で死人が出るような緊迫した事件が起きたにも関わらず、極端に言えば能天気にすら思える程の緊張感の無さであった。

 不自然さはなく、本当に心から思っている事を話している。

 やっぱり、最初の対応は単に不意に来訪した事で驚いただけなんだろう、とさやかは胸の内で思った。

 

 

 

 其処からは、基本的に何時も通りの世間話だ。

 渡しそびれていたプレミア物のCDを渡したり、学校で起きたことや授業の様子を話したり。

 新たに知り合ったマミの事も、「あちら側」を伏せながら軽く伝えていた。

 

「へぇ、三年生の先輩かぁ」

「やっぱ知らないよねぇ。おんなじ校舎だからってね」

「まぁね。退院したら、何時もさやかがお世話になってますって挨拶しないと」

「だねぇ、挨拶は大事……って何ナチュラルにあたしのパパになってるのよ」

「あっはっは。まぁ実際、ミラさんとワイワイやってるのを見ると娘みたいに思う時もあるしね」

「……忘れて……」

 

 この親友、明らかにあの刑事に悪影響を受けている、とさやかは確信する。

 友人以上に親しく思われている嬉しさ半面、一人の女として見られていない悔しさ半面で微妙な表情を作ったさやかに、彼は普段通りの笑顔を向けた。

 

「でも満更でもないでしょ? あの人と話してるさやか、普段以上に伸び伸びしてるよ」

「……えぇ」

「そんなマジに引かなくても良いじゃないか……。でもホントだよ?」

「いや無いって、あり得ないって」

「さやかに年上の姉妹が居たら、こんな感じなのかなーって」

「あんなのが姉なんて勘弁してよ……」

 

 ぐったりと俯くさやかは、微かに身体を怒りに震わせる。

 それは恭介の無遠慮な発言に対して、ではなく、「あの刑事とのやりくりが姉妹っぽい」という指摘に()()()()()()()()()()()()()()()()事への苛立ちであった。

 彼女は一人っ子だ、姉妹に関係する情報は全て姉妹を持つ友人の愚痴話から仕入れている。

 其処から参照すると、どうも確かに「からかい好きな姉」な感じがするのが腹立たしいのだ。

 

「可愛がって貰えてる事は良いことじゃん。さやかも邪険にせずに少しは甘えたらどう?」

「絶対、イヤ」

「頑なだなぁ……最初からそうだったよね」

 

 不機嫌そうな目を向けられた恭介は、お手上げと言った風に肩を竦めた。

 さやかも思わず溜息を一つ漏らしていた。

 ……人の気も知らないくせに、と心で呟きながら。

 

「で、その当人は今日は来てないの? 何時も今頃まで居るじゃんか」

「お昼頃に少しだけ来てたよ。どうも昨日の現場に鉢合わせしたみたいで、捜査の立会に来てたんだと。そっちの用事もあるからって直ぐに戻ってたけど」

「ふーん、鉢合わせかぁ。ま、ホント無遠慮に通ってるからかねぇ。お手柄になったんじゃない?」

「当人は質問攻めに飽き飽きした上に、かなり寝不足そうだったけどね」

 

 自分から話題を振ったくせに、大して興味が無さそうにさやかは相槌を適当に打つ。

 恭介から見ればそれはまさに「不器用な妹」の仕草であり、彼の頬が更に緩んでいた。

 

「ま、ならいっか。恭介も元気そうだし、あたしは帰るわ」

「ふぅん? 随分と早いね。ミラさんが居ないと退屈なのかい?」

「違う。……あんまり大きな声で言えないけど、看護師さんに見つかると結構ヤバイから長居できないの」

「……あ、そう言えば何か面会に事前の予約が要るとか今朝言ってたような」

「も、戻るね! じゃぁ!!」

 

 首を捻り始めた恭介の次に来るだろう追求から逃れるべく、足早に病室の外へと飛び出すさやか。

 パタンとドアを閉め、その扉に背を付けてフゥと一息を吐く。

 ……色々と心配しては居たが、ともかくも元気そうで良かった。

 自分の思いが単に思い過ごしであったことに安堵し、彼女は来た道を戻ろうとする。

 

 

 

「……あれ、これ正面から戻って良いのかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 という訳で、潜入第二弾である。

 行きこそ人通りの無かった職員通路だが、夕刻に差し掛かって患者達への食事や医療対応もあってか、今は看護師や医者の姿がちらほら見える。

 此処を戻って裏口から出なければならないと思うと、さやかは己の浅はかさを呪わずには居られなかった。

 

「ちくしょう……最後の綱であの人探したけど何処にも居ないし、もうやるしか無いのか」

 

 因みに、「あの人」とは恭介の会話で出てきたミラではなく、彼女を半ば犯罪紛いに病院に入れた竜二のことである。

 ロビー付近に居るのではと思ってこっそりと覗いたのだが、彼が場所を移していたのか、見事に徒労に終わっていた。

 終わったことは仕方ない、と廊下の端、一般の患者達も通る通路の壁に寄りかかりながら、一先ず道行く人の視線や動作から見付からずに通れる隙を伺うさやかではあったが、5分程して遂にがっくりと肩を落とした。

 

「どうしよう、この状況を乗り越えられる気がしないよ……」

 

 全く隙がない、というか人通りが増していくばかりだ。

 下手すれば7時とか8時までこの調子なのではないか。

 そうなったら、例え上手く抜け出せたとしても、遅くまで帰らない事で両親の大目玉を食らってしまう。

 それは何としても避けねばならない、とさやかは断言する。

 四方やそれが病院に無断で入ったとバレれば、お見舞いにすら行かせて貰えなくなるかもしれない。

 だが最早、彼女に出来るのは、祈る様な気持ちで人が減るのを待つしか無い。

 

「……此処を無事に通らなきゃ……」

 

 

 

 

『それが、君の願いかい?』

「うん、それが――ってえぇ!?」

 

 

 

 自分の足元から響いた声に跳び上がったさやかが見ると、いつの間にか足元に白い生き物が座り込んでいた。

 素っ頓狂な声を上げた事で周囲の注意を引いてしまった事に気付いて慌てる彼女を余所に、その白い生き物はのんびりとした様子で話しかけた。

 

『「誰にも見付からずに病院を出る」、それが願いで良いんだよね』

「い、……良いわけ無いでしょ。ってか居るなら居るで、急に出てこないでよ」

『ヤレヤレ、僕はただ困ってた君に声を掛けただけなのに』

 

 周囲の目を気にして、屈みつつ小声で話すさやかに対し、キュウべぇは堂々と彼女に言葉を発する。

 なのに、周囲の人々は只管屈んだ少女を怪訝そうに見るだけで、全くその側の生物には目もくれない様子である。

 さやかやマミの様な一部の人間にしか見えず、声も聞こえないというのは中々奇妙なことであった。

 

「そんな事で契約する訳無いから、あんたは邪魔しないで」

『なら、どんな事なら契約してくれるんだい?』

「今それ言う必要ある?」

 

 今は如何にしてこの場を切り抜けるかが問題だ、魔法少女の契約も大事だがそれどころではない。

 何故にこの小動物が此処まで態々契約に訪れたのかは知らぬが、これ以上引き摺るなら無視して行こう、とさやかは決心した。

 

 その時に、キュウべぇが決定的な一言を呟いた

 

 

 

『そうだね……。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――なんだって?」

 

 

 

 聞き捨てならない一言だった。

 彼女が「願い」として真っ先に思い浮かべる事、だが未だに躊躇が生じている事は、彼女の中に「ただ一つ」しかない。

 それでも、昨日の夕方までの勢いなら今頃はとっくに契約を済ませている筈であったが、病院での一件がキッカケで何だかんだ有耶無耶になっていた。

 それが、「今しかない」とはどういう事か。

 そもそも、その「願い」には本質的に「期限」があるような物ではない筈なのに。

 

「ちょっと、適当な事言ってるんじゃないんでしょうね」

『そんな事をするメリットはないよ。それより君が御見舞に行っていた彼、思った以上に疲弊しているかもしれないよ』

「……どういう事よ」

 

 覚えがない訳ではない。

 訪れた最初の頃の彼の妙に余所余所良い雰囲気は、適当に納得しようとしてはいたが、結局何処かで疑問視していたらしい。

 低い声で聞き返した彼女に、だがキュウべぇは答えない。

 代わりに、その身長並に大きい尻尾を器用に動かし、立てた状態で先端だけを地面に水平に保ちつつ、軽く上下させる。

 さながら、人間が掌を下に向けて上下させる仕草を真似ているという辺りか。

 

「……?」

『静かに。あの角を見てご覧』

 

 姿勢を低くし、近くにあった担架の背に隠れた彼女が、キュウべぇが尻尾で示した方向を見る。

 そこは病室や診察室へと繋がる小さめな廊下から、担架が数台並べられるくらいのより大きな廊下へと繋がる角があり、今見ても患者や職員の行き来がちらほら見える。

 彼女の気を引いた物は、その中に混じっていた。

 

「……竜二さん?」

 

 其処には行き掛けに出会った男性が一人、周囲を見渡すように視線を配りながら立っていた。

 用事は済んだのだろうか、彼もまた裏口から出るのなら便乗したい所である。

 近づいて声を掛けようかと立ち上がろうとするさやかを、キュウべぇは慌てた様子で引き止める。

 

『待って待って、その前にちょっと顔をこっちに寄せて』

「何するつもり?」

 

 彼女が出来る限り顔を寄せると、キュウべぇは改めて彼の方に目を向ける。

 

 

 

 

――此処もアタリ無し、か――

 

 

 

 すると、不意に彼の声が聞こえ始めた。

 はっとしてさやかが竜二の様子を見ると、本当にごく僅かに口が動いているようにみえる。

 

「ひょっとして、これ」

『うん、彼の声を拾ってるんだよ』

 

 盗み聞きをせよ、というのだろうか。

 キュウべぇの言葉には一切の罪悪感が感じられない、ただ当たり前の事を答えたという感じがありありとにじみ出ていた。

 だが、そんな雰囲気をさやかは感じ取ってなど居ない。

 知り合いの話の盗み聞き、しかもまどかや恭介といった特別に親しい間柄でもない、彼女の感性では当然の様に言語道断であった。

 さやかは怒りに眉を吊り上げ、直ぐに辞めさせようとその口を開く。

 

――あぁ、特別何もない。……って事は、所詮「捨て駒」だろうな。何を狙ってたのか知らんがね――

 

 だが、実際に言葉になる事はなかった。

 彼の何気ない台詞に、言い知れない不安を感じたからだ。

 

――俺としては「不審死」の方が気になるんだが。報告書は「動機」の方が好みだよな――

 

――あぁ、それで良い。その人物が誰かは知らんが、少なくともカルテや背景を洗っても何もなかったんだろう? なら無理に誇張すべきじゃない。火のないところに煙は立たないが、出何処の分からん火種に付き合う程探偵やってる暇はない。それに、その……「彼」の余生に余計な監視の目など有ってはならんだろ――

 

 

 

――「()()()」? ()()()()()()()()()()と聞いてるが。最も、それが「只の」という保証があるなら、だがな――

「――――ッ!!?」

 

 

 

 さやかは思いっ切り口を抑えて、悲鳴を飲み込む。

 「半年前」、「トラック事故」、「彼」。

 そのキーワードが当てはまる人物を、彼女はただ一人知っている。

 ()()()()()()()()()

 

 

「ま、その辺が気になるなら洗っとくが。()()()()()()()()()()()()()なんざ俺が動く事じゃないし、勝手にそっちがやってた方が身軽だろ。……っとこれで終わり。()()()()()()()()()

 

 

 彼の最後の台詞は、さやかには伝わっていなかった。

 その時には既に彼女はその場を離れ、キュウべぇの襟首を捕まえて手近な女子トイレに駆け込んでいた。

 個室のドアを閉め、その戸に背をもたれさせた彼女は、無意識に自分の肩を抱いて荒く息を吐いていた。

 幼子の様に怯えを見せるさやかに、ただ観察するような瞳を向けるキュウべぇは蓋の閉まったトイレの便座の上に登って其処に座った。

 

『その様子なら、もうある程度予想できているだろうけど……。どうやら、君の友人に「危険」が迫っているようだ』

「……っ」

 

 ピクリ、とさやかは反応する。

 キュウべぇを見返すその瞳はただ「言うな」と訴え続けている。

 それが単なる現実逃避と自身で知っているのを察しているのか、キュウべぇの口調は残酷な程に平淡だった。

 

『敵が誰かは分からない。「彼」は恐らくその敵の「敵」、君にとっては「味方」なのかもしれない。……最も、あの雰囲気では()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……、」

『所で、君のご友人の怪我の容態はどうだったかい? 警察や彼はある程度は気を付けているだろうけど、もしも()()()()()()()()()()()()()()()()()を相手に()()()()()()()()()()()()()――――』

 

「もう、良いわ」

 

 さやかは静かに呟いた。

 キュウべぇが口を止める、その少しの間に天井を仰いで息を整えたさやかは、何かの決意をしたような瞳で改めてキュウべぇを見た。

 

 

 

 

「恭介の傷を治して。()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思い返すのは、最初の恭介の様子。

 さやかと話を始めるまでの、あの奇妙な程の仰々しさ。

 今になれば、それが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を抱えた彼の、最後の水際対策であった事は想像に難くない。

 その上で消せないストレスに苛まれて、逃げるようにラジオを聞いていたのだろう。

 それこそが()()()()()()()()()()()()()()()()事に気付かない程、彼は追い詰められていたのだ。

 

 それでも、さやかの前での彼は当たり前の様に笑っていた。

 はち切れそうな苦しみを一切感じさせないほど、完璧に笑っていた。

 さやかの訪問が、彼にとってどれ程の安らぎになったかは分からない。

 消せない事はわかっていても、せめて軽く感じる程の救いになっていたと信じたい。

 本当はその安らぎよりも、隠し通そうとする「優しさ」の方が強かったのだとしても。

 

 でもそれで満足できる程、さやかは「大人」ではなかった。

 最悪の想像に親友が圧し潰される様を、眺めていられる程彼女は出来た人間ではなかった。

 彼女は知っていた、誰にも悟られず、人知れず戦う「人」の事を。

 奇跡を振りまく、「正義の味方」の事を。

 知っていた、この身にはその「資格」があるという事を。

 どんな奇跡でも、起こす事ができる「魔法」の事を。

 

 彼女は、きっと何処にでも居る女子中学生だったのだろう。

 だからこそ、当たり前の感性で、当たり前の事を出来る。

 

 

 

 目の前で苦しむ、大切な人が居て。

 その手に、助けられる力があって。

 

 背を向けて、己の身を大事に見ない振りなど。

 そんなのは、絶対に「正しくない」。

 

 

 

 

 

「……キュウべぇ」

『どうしたんだい?』

 

 さやかは夕暮れの空を背に「飛んでいた」。

 その身体に纏うのは中学校の制服ではなく、藍色の衣装に白いマントを棚引かせる「魔法少女」の晴れ姿。

 腰に下げるのは鞘に仕舞われた曲刀(サーベル)状の剣が一つ、彼女の勇ましさを引き立てるように鍔鳴りを立てている。

 その姿を何も知らずに一目見たなら、「魔法少女」というよりは「姫剣士」という印象が強いかもしれない。

 

「やっぱり、あたしがやろうとしてる事って無茶かな」

『魔法少女としての力を魔女退治以外に用いる子達も居ない訳じゃない。マミみたいに魔女退治専門に動き回る子も多いけど、逆に魔法を「使える事」を願った子も少なくないからね』

「というと?」

『簡単な事だよ。願いがどうしても()()()()()()()()子達なんかが、一先ず一番大事な「一つ」を叶えて、その後に己の魔法で「残り」を叶える、って事をしたりするんだ。言えば、マミもある意味その系統だからね。最も、彼女には選択を躊躇する暇もなかったけど』

「じゃぁ、別に特別な事じゃないんだ」

 

 肩に載せたキュウべぇに話しかけながら舞う彼女の行き先は、街外れの工場跡地の方。

 魔法少女の契約を果たした直後、早速舞い込んだ「初仕事」という訳だった。

 

「……恭介を狙う「誰か」を捕まえる。あたしが、恭介を守るんだ」

 

 つまり、彼女の「契約」した願いは「恭介の完治」。

 そして今の彼女の願いは、「恭介を狙う「危険」の排除」という事だ。

 魔法少女の力を大切な親友の為に、その命を狙う全てを祓う為に使う。

 これが今の彼女が宿した「正義」のあり方だった。

 

 それ故に、

 

「マミさんには悪いけど、少し別行動しないと」

『正直、僕としてはそれには賛同しかねるけどね。君はまだ若い訳だし、経験も力もあるマミの手を借りた方が効率が良いと思うけど』

「マミさんには「この街を守る」っていう使命がある。唯でさえあの転校生――暁美ほむらも居るし、「あの人」だってこの先何を起こすか分からない。そんな大変な所に、「恭介」の事も持ち込めないよ。これは、あたしがやるべき事なんだ」

『意思は固いんだね』

「うん」

 

 大きく頷いた、彼女の瞳は強い決意の光を放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やー、ごめんごめん。危機一髪ってとこだったね」

「……さやか、ちゃん……」

 

 場所は、廃工場跡の一角。

 そこに巣を構え、「捕食」の為に結界の一番表層まで出てきていた「箱の魔女」を、その無防備な背後から奇襲する形で止めを刺したさやかの姿に、ただまどかは呆気に取られてた様子で呟いていた。

 ペタンと座り込んだその足元には、気を失った仁美が横たわっている。

 二人の様子に一先ず安堵したさやかは、次にその周囲に二人分の気配を察知する。

 最早予想するまでもない、崩れていく結界の向こうからマミとほむらの二人が姿を表した。

 

「美樹さん? その格好は……」

「……、」

 

 マミは驚きつつも飽くまで平静を保った声で尋ね、ほむらは無言のまま呆然とする。

 丁度いい、と思ったさやかは、軽く咳払いをしてから口を開いた。

 

「えっと、まぁこれには色々有りまして……そのですね」

 

 間を置いて、その間に息を吸った彼女は、三人が息を呑むほど真剣な表情でこう言い放った。

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、マミさん。あたし、暫く勝手に動きます」

 

 

 

 

 

























「……そんな、バカな」


「ミラさん?」


「あ――いえ、大した事ではありません。さて、貴方は此方へどうぞ。一人で動けますよね」


「はい、まだちょっと覚束ないですけど。ちゃんと動けます」




――……長期間の寝たきり生活での筋力の衰え、以外に身体麻痺等の不自由なし。今朝の今夜で、本当に何が一体……――






――でもそれ以上に()()()のは――、……計画を変更せねばなりませんね――





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