UNSUNG EVOLUTIONS   作:B.O.A.

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Ch-4-Act-02

・遠く離れた某所。

 

 

 

 彼は頭を抱えていた。

 “首都”に近い施設の地下、お世辞にも居心地の良いとは言えない場所で。

 やや広々とした薄暗い空間には様々なモニターや通信機器が所狭しと並べられ、その密集度は人はその間をすり抜ける様にしか通れない程だ。

 その一角に座るその人物は、目の前の数枚のモニターと手元に写したメモを見比べ、悩ましそうに唸り声を上げる。

 既にどれ程の時間そうしていただろうか。

 が、誰もその声に眉を顰めて声を上げる事はない。

 そもそも此処には彼一人しか居なかったからだ。

 口に咥えていたタバコを乱雑に灰皿に押し付け、正面のモニターを睨む。

 其処に映っているのは軍宛らの戦術レーダーであり、建物を示しているらしき幾つもの四角い囲いの彼方此方にビーコンが点灯している。

 その直ぐ左には暗視対応されたある都市の上空からの映像が映し出されているが、建物の位置からしてどうもレーダーと同じ位置を映しているらしかった。

 

『よぉ、何か分かったか?』

「ハッキリと分かってんのは、例の“消失”と違ってお前の位置が此方に伝わってるって事だけだ。……それ以外は此方から見る限り“何も変わった所”はない」

『それは俺が言った通りにか?』

「ああ、此処から見る限り街の通行人に変わった様子はない。お前等の辺りだけ妙に“人が寄り付かない”のが気になるがな」

『変に接触されたら不味いって事だろ。向こうは彼等が消えてる様に「演出(ミスディレクト)」したいんだから』

 

演出(ミスディレクト)」だと? ――これが奴等の「本命(カタストロフ)」じゃないとでも言うのか。

 想定した事すらなかった状況に、胃が締め付けられる様な感覚を覚える。

 テーブルの脇にあったタバコの箱から新しい一本を取り出そうとして、それが空なのに気付いて苛立ち混じりに握り潰す。

 今や部屋中にタバコのキツイ臭いが充満していた。

 普段は禁煙を心掛けている彼であったが、今だけは吸わずには居られなかった。

 腹立たしそうに息を吐く彼の前のスピーカーから、遠く離れた“相方”の声が響く。

 

『で、向こうと連絡は取れてんのか?』

「連絡はな。だが動くかどうかは分からん。お前の証言以外の確たる証拠が見付からないし、俺達側からじゃまるで状況が把握出来んのだ。あいつ等も組織だ。曖昧な状況を前に大掛かりな行動は起こせんだろう」

『チッ……、何だかんだで何時もと変わらんか』

 

 スピーカーから吐き捨てる様な声が暗い部屋に響く。

 全くだ、と彼はそれに頷いていた。

 本来“相方”の居る組織は勿論、余程特殊な状況じゃない限り諜報活動は「二人編成(ツーマンセル)」以上が世界的に定石であり、一人で行動するのはほぼありえないと言っても良い。

 が、彼はそれをあっさりと破り、専ら一人での活動を行う事が多い。

 それには幾つかの原因があるのだが、それにはこういった「表立った行動が取りにくい状況」というのも含まれる。

 違いがあるとすれば、普段は“政治的に”だが今は“物理的に”であるという事か。

 だが結局彼等のやる事は変わらない。

 顔を上げて、彼はマイクに向かって語りかけた。

 

「で、原因の所在の目星は立ってるのか?」

『飽くまで感覚だが、都内中心から少し外れた……ああ今はエリア「K-13」というべきか? 兎に角、その辺りの人の流動が妙だ。人が全く寄り付いてない』

「……ホテル街か、確かにこの時間にしては妙だな」

 

 日本での時刻は日暮れに差し掛かる頃、食事に出たり済ませて来たりする旅行者達の動きが始まって然る頃である。

 例えそうでないとしても、全く閑散とするのは変な話であった。

 

「偵察に向かえるか」

『ご命令なら。“お荷物”を抱えている状況だが、此方で対処は出来る』

「良し。実行しろ」

 

 

 

 

 

 

 

「イエッサー、っと」

 

 遠く離れた日本で男はそう答えた。

 通信端末の電源を切り、彼は背後の民家の中に待たせている人々を思って小さく溜め息を吐く。

 今すぐにでも何も言わずに立ち去りたい気分だが、それはそれで向こうが勝手に動かれても困る。

 引き返して民家に戻ると、リビングに二人の少女が同じ側の椅子に座っていた。

 俯いて覇気のない桃色の髪の少女に寄り添う様に座っていた黒髪の少女が此方を認め、軽く睨むような目付きで彼を見据えた。

 

「用事は済ませたの?」

「ああ。今から俺は中心街の方の様子を見てくる。お前達は暫く此処で待機してろ」

「……一人で行くの?」

「そのつもりだ……まさか付いて行きたいとは言わないよな?」

 

 やや強めの口調で問い質す彼に対し、ほむらはやや目を反らしながら困った様な表情をする。

 彼も彼で言わんとする事を察して、天を仰ぎたくなるのを何とか堪えていた。

 

「あのなぁ……、こっちは俺の“領分”なんだろう? 互いに干渉しないと約束したのを忘れた訳じゃないよな?」

「それは忘れてないけど…………」

 

 そう言いながら、彼女は自分のすぐ隣で無言を貫くまどかを見やる。

 俯き続ける少女を見ている内に、彼は漸く彼女の意図する事に感付いてた。

 ほむらは一度“エーワックス”に敗れている。

 「次は負けない」と強く言っていたものの、それでも少しは不安はあるのだろう。

 そして今、只でさえ街中に影響を及ぼす程に動き出した“エーワックス”を相手に、まどか(お荷物)を抱えた状態で太刀打ちできる程の自信は、恐らく彼女には無いのだ。

 だから、此処に二人で残される事に素直に賛同できないのだ。

 暫しその様に黙考していた彼だったが、やがて小さく首を横に振ってから口を開いた。

 

「……仕方ない、三人で行く」

「……ごめんなさい」

「但し、絶対に離れるなよ。何があるか分からんからな」

 

 と言う訳で、三人で中心街に向かう事に。

 適当に(自動車)を見繕ってホテル街に向かう3人だったが、電灯の明かりに照らされる道中でも全くと言って良い程人影を“視認”出来なかった。

 

――居るには居るんだろうけどなぁ……――

 

 そんな事を考えながら何時もよりも僅かに慎重な運転でホテル街へと辿りつくと、先程の街並み以上に人気のない区域が広がっていた。

 辺り一帯には放置されたのか、食いかけのチキンやらスナック、雑誌にポリ袋などが風に吹かれてアスファルトに散乱し、歩道脇の植え込みには鞄が放置されている。

 まるで一斉に人が荷物を捨てて立ち去った様な、異様な状況が其処にはあった。

 車から降り、早速連絡を取ろうと通信端末を取り出す彼だったが、そこで端末の通信状況が急激に悪化しているのに気付く。

 少しだけ弄って周波数帯域を変えてみるも、改善の余地は見られない。

 

「広域電波障害、か」

 

 これも奴の仕業なのだろう。

 上の指示が仰げないとなると、現場の判断で動くしかない。

 それを知ってか知らずか、まどかと一緒に後部座席から降りて来たほむらが徐ろに尋ねた。

 

「どうするの。この一帯全部歩き回る気?」

「原因を突き止められるなら。……が、一応手掛かりの目星はある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・市内郊外、河川敷付近。

 

 

 

 3人がホテル街で探索を始め出したのと同時刻、別行動で探索を開始していた黄色の髪の少女は、割と深刻な状況に直面していた。

 場所は人気のない河川敷、兎に角誰かに連絡を取れる様に少しでも市外に出ようとしていた時だった。

 

「……何あの人」

 

 堤防の頂点を通る車道に対して真横に伏せ、雑草に少しでも身を隠す様にしながら彼女は対岸の河原に集合している“一団”を見詰める。

 その一団は、宛らテレビで見た自衛隊の小型車両の様な車を3台程横並びに駐車させ、その前に丸く円を作る様に10人程度が固まっていた。

 夜闇の中、遠目で彼らの様子を見る限りでは、どうも何かを取り囲んで全員で注視しているようだった。

 

――自衛隊? この騒ぎに気付いたの? ……いや、待てよ――

 

 好奇心と猜疑心に駆られ、彼女は魔力で簡単な双眼鏡を作り出して覗き込む。

 光源の殆ど無い川原の為服装まではハッキリ見えなかったものの、どうも一団の中で会議でもしているらしく、手前の数人が時折横を向いて隣の人に喋りかけていた。

 目が慣れてくるにつれてその顔が少しづつ見えるようになり、そして彼女は一つの確信をする。

 

――全員日本人じゃない。 じゃぁ、あいつ等は何者?――

 

 訝しげに彼女が見ていると、一団はやがて急にバラバラに散開して車に乗り込んでいく。

 彼らは何処に行くつもりなのだろうか。

 つい、彼女は彼らの後を追う様に視線を移動させてしまう。

 

 

 そして、見たくないものを見てしまった。

 

 

――……ッ!!?――

 

 思わず、息が詰まりそうになる。

 そんな彼女の様子など余所に、一団を車は河原から走り去っていく。

 去ってから暫くして、漸く我に返った彼女は思わず震え出しそうになるのをギリギリで抑え込んだ。

 テレビなんかで見るよりも、“それ”は遥かに威圧感があった。

 座席に置いてあるだけでも、夜の暗さを通しても、見間違えようがなかった。

 

 

――ライフル銃……ッ!!――

 

 

 自分の魔法の原点、「殺す為だけの道具」を不意に目の当たりにした恐怖に身が凍り付く。

 だが同時に確信する。絶対に、“あいつ等”はこの状況に何かしら関わってる。

 静かに姿を変えた彼女は、事態の解決への微かな糸口を掴むために追跡を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・市内、ホテル街一角

 

 

 

 その頃、3人はホテル街の中心、巨大なグランドホテルに来ていた。

 普段なら観光客が絶えず行き来する筈の無人のエントランスホールに入った彼は、その内装の豪華さに感嘆の声を上げる。

 彼方此方を珍しそうに見渡す彼の様子に、どうも傍らの少女は満足しなかったようだ。

 

「……適当に選んでない?」

「流石に真面目だよ。ある“探偵の人”のアドバイスでな、数日前までとある“お偉いさん”が泊まってたそうだ」

 

 そう言うと、彼はエレベーターホールに歩いて行きエレベーターを呼び出す。

 眉間に皺を作ったままの彼女は、彼と共に乗り込みながら口を開く。

 

「どの階に行くの。此処、45階まであるけど、まさか虱潰しに調べる訳じゃないわよね?」

「只でさえルームサービスの充実したホテルだ、今更部屋に押し入ってもルーター内のデータも含めて全部消されてるだろうな」

「じゃぁ何で此処に」

「でも、そんなホテルでも“ゴミ処理”まで迅速に済ませる程充実はしてないだろ」

「……嘘でしょ」

 

 彼が行きたかったのは豪勢な客室のある階層ではない。

 一階の下、大規模空冷設備やボイラー、発電機などを備えた地下階層だった。

 正確には、その区画の外れの資材搬入口に隣接した場所だった。

 

「“お偉いさん”が己の役を忘れてないなら、此処に手掛かりはある筈だ」

 

 各階層にあるダストシュートの終着点、数日分のゴミが積み重なった大きめのコンテナを見ながら彼は呟いた。

 一方、立ち込める悪臭に更にゲンナリしていたほむらは、やや恨めしそうな感じで彼に問いかける。

 

「……私、此処で待機してて良い?」

「探し物は俺にしか分からんし、何か異常がないか周囲を見ててくれ」

 

 案外あっさりとゴミ山に突っ込む役目から逃れたほむらは、コンテナの縁に手を掛ける彼から目を離して辺りを見渡してみる。

 やや広めの空間は一時的な倉庫の役目も担っているらしく、数台止まっているトラックの向こうにある、開きっぱなしの扉の向こうに大きめの棚が列をなしているのが見える。

 遮蔽物も多く、閉鎖的な空間もあって銃や爆発物での戦闘は難しそうだ。

 隣で全く声を上げずに大人しくしているまどかの様子が気掛かりではあったが、彼女は状況が状況故に最悪の事態に備える事を優先した。

 遮蔽物として身を隠せる物、此処に繋がる扉の位置を手早く把握して行くほむら。

 

 

 

 知るべくもない事だが、彼女は把握しておくべきだっただろう。

 このホテルは、その規模故に資材搬入口が“二か所”あるという事を。

 もう一つの資材搬入口は、レストランの食材や購買の品などの此処より大型のトラックが訪れる事を。

 

 

 

 「有った有った、良し」

 

 お望みの物を見付けたらしく、半ば穴を掘る様に捜索していたゴミ山から彼が戻ってくる。

 やや湿った付着物を服から払い落としながら、細かな生ごみの放つ強い臭いを特に気にする事もなく彼は訝しげに呟く。

 

「……妙だな。邪魔が入るかと思ってたが、情報隠滅が目的じゃないのか」

「…………、」

 

 もしかしなくてもワザと罠がある事を覚悟で突っ込んだのかこのバカは、とほむらは思わず頭を抱えそうになる。

 その時だった。

 

 

 ドォンッッ!!! と、地響きと同時にホテル全体が地震の様に揺れた。

 

 

 ゴミ山にぽっかりと空いた穴の縁が内にも外にも崩れ、コンテナからゴミが零れる。

 横並びのトラックがまるで稲穂の様にガタガタと揺れる。

 地下にも伝播した衝撃で天井の蛍光灯が不気味な点滅を繰り返す。

 大きめの扉が音を立てて開閉し、その向こうの棚からシーツやらバスタオルやらが崩れ落ちた。

 

「キャッ!?」

「やはり来たか……ッ!」

 

 小さな悲鳴を上げる少女達の横で彼は小さく嗤い、三人仲良くコンクリート製の床に手を突きながら体を支える。

 揺れは数秒で収まり、そこら中から舞い上がった埃を腕で払いながら、彼は二人の前に半歩踏み出して言った。

 

「絶対に離れるなよ、動く物を見たら教えろ」

「……、」

 

 無言で拳銃(ベレッタ)を取り出して小さく頷くほむらを横目に見て、彼は慎重にホテルの奥へと歩いて行く。

 視線の先の突き当りの扉の上には、緑の蛍光灯と共に「階段」の文字が光っている。

 そこに近づき、蝶番の付いた方とは逆の壁に身を隠してゆっくりとした動作でドアノブを掴む。

 その後ろにほむらが付いて、傍らのまどかに気を配りながらも周囲に目を光らせていた。

 体格や警戒の事もあるが、竜二自身も複数人で動く事に慣れていなかったのだろう。

 一人と二人の間に、半歩程の間隔があった。

 

 それが運命を分ける事になった。

 

 彼自身も、何が起きたか全く分からなかった。

 突然背後から大量の瓦礫と衝撃が襲い掛かり、壁沿いに数メートル程吹っ飛ばされた。

 視界が暗くなると同時に埃と砂で覆われ、丸太でどつかれたような鈍い痛みに小さく呻く。

 だが立ち上がるよりも前に、甲高い悲鳴がサイレンの様に遠退くのを聞いて自らの失態を悟った。

 悔いと怒りの混じった舌打ちをしながら、バネ仕掛けのおもちゃの様に素早く立ち上がり腰の小銃を抜こうとした所で、目の前の砂埃の向こうで点滅する光に照らされた黒い影が真上に飛び上って行くのに目を丸くした。

 

――一人で動くなと言っただろうがッ!!――

 

 次第に砂埃が晴れて行き、目の前の惨状が明らかになってくる。

 先程まで彼が開けようとしていた扉のすぐ後ろ、配管がむき出しの無骨な天井が10メートル程の円形に崩れ落ちていた。

 穴の下に小さなロッカーやベンチが潰れて散乱しているのを見るに、上はスタッフの控え室だったのだろう。

 その穴に近づいた彼は、落ちてくる瓦礫に警戒しながら上を覗き見る。

 彼ですら、思わず息を呑んだ。

 ホテルの奥側からの僅かな光と切れた配線から飛び出す火花で照らされた上層は、一階どころかその上の数階分が纏めて崩れ落ちていたのだ。

 その向こうから、鋭い炸裂音と轟音が響いてくる。

 連なってるかのようなその間隔の短さからも、拳銃の発砲音じゃないのは聞いて取れた。

 戦闘は既に始まっている。

 僅かな逡巡の後、目の前の階段に飛び込んだ彼は一目散に上階を目指す。

 幸い、階段は途中で途切れている事は無かった。

 銃撃音と、重い何かがぶつかるような音と、奇怪な金切音を遠く聞きながら六階まで上がった彼は、階段を飛び出し廊下に出ようと扉を開ける。

 

 その向こうには何もなかった。

 

「ッ!?」

 

 踏み出しそうになる足をギリギリで引っ込めて、扉の縁に手を掛けて何とか踏みとどまる。

 下を見ると、一階から六階まで数十メートル規模で完璧な吹き抜けになっており、ホテルの裏口方向の壁が崩れ落ちて通りの明かりが刺し込んでいた。

 だからこそ、その吹き抜けの中央にデカデカと陣取る巨体を見逃す訳が無かった。

 

「……どうやって街中まで運んで来れたんだクソッタレ」

 

 一見すると巨大な甲殻類の様な円盤状の黒い巨体は、それだけでも軽く10メートルを優に超えている。

 その巨体を一本だけでも胴体の横幅を超える長さの四本の足で吊り下げており、足を広げた全長は50メートルを下回る事はないだろう。

 

「「U-8」……いや、脚部を見る限り「U-8'」か?」

 

 胴体下部には小さめの四本の鎌状の足が蠢いており、その内の一本が見覚えのある少女を吊り下げている。

 ここからでも、その特徴的な桃色の髪色は見分けがついた。

 

――マズいな、下手に攻撃すると巻き込みかねない――

 

 渋い顔をしながらそうこう思っている間にも何処から伴なく銃撃音が響き、カニの様な怪物の上面に火花が飛び散っていく。

 音を辿って辺りを見渡すが、銃撃の主の姿は全く見えない。

 恐らく、時間を止める事で身を隠すと同時に、捕らわれたまどかに当たらない様に正確な攻撃を加えているのだろう。

 現にこの怪物も相手を見失っているのか、3メートル近くある巨大な鋏を闇雲に振り回してホテルを破壊し続けている。

 だが、怪物が傷を負ったような様子はない。

 それどころか、火花を散らす巨体には傷一つ付いていない。

 

――全身が戦車真っ青の甲殻に覆われた化け物だ、チャチなライフルじゃ歯が立たんか……――

 

 嘗て待機時間を潰す為に漁っていた、極秘のレポート資料の内容を思い返す竜二。

 重火器であるライフルであの様子では、手持ちの火器程度では奴のマッサージにすらならないだろう。

 どうしたものか考えていたその時、不意に怪物の胴体がグンと上を向いて、正面に複数個並んだザクロの様に赤い眼が彼を捉える。

 此方に気付かれた。

 

「チッ!」

 

 慌てて階段に引き返し、上へ上へと駆け上がる。

 直後に、巨体が天井を突き破るけたたましい轟音がその後を追って登ってくる。

 例え幾ら彼の足が速くとも、数十メートルもの巨体の怪物の足に勝てる訳もなく、破壊音があっという間に彼の足を追い抜いて登っていく。

 そこで咄嗟に彼はUターンし、一番近い階層の扉を蹴り開けて転がり込むように廊下に飛び出す。

 幸いこの階の廊下は壊れてなかった様で、立ち上がった彼はそのままホテル正面方向へと廊下を全力で走り出した。

 背後の天井が崩れて巨体が廊下を埋め尽くしたのは、其処から7メートル程走った頃だった。

 

「うおおぉぉぉ!!?」

 

 ゴキゴキゴキィッッ!! と廊下の壁や床を粉砕しながら、猛スピードで巨体が突進してくる。

 追い付かれでもすれば、鋏で潰されるより前に巨体に轢かれて肉塊と化すだろう。

 全力で逃走しながらも、彼は気休め程度に片手で拳銃を乱射していく。

 と、偶然眼でも直撃したのだろうか。

 僅かに巨体の突進の速度が落ち、その隙に彼は廊下の角を曲がって突っ走り、行き着いた別の階段で更に上階に駆け上がる。

 やがて、巨体が追ってくる素振りが無いのを確認出来たのが十七階に到達した時だった。

 廊下に出て後ろ手に扉をパタンと閉め、憎々しげに彼は呟く。

 

「……死ぬかと思った」

「そう。で、アイツは如何するの?」

「のわッ!?」

 

 思わず小さく飛び退きながら横を見ると、いつの間にか至近距離でほむらが此方を見上げていた。

 と、彼の反応を見て少し申し訳なさそうな表情になって口を開く。

 

「ごめんなさい。驚かせるつもりは無かったのだけど、事態が事態で……」

「……まぁあの子の事もあるし、勝手に動いた事も見逃してやるか」

 

 小さく頭を搔きながら、彼は改めて傍らの少女を見やる。

 彼女の手には嘗て彼が見た拳銃(ベレッタ)ではなく、大型のアサルトライフルが握られていた。

 銃には其処まで詳しくない彼でも、それが米陸軍の正式装備(M16)である事は一目で分かった。

 

「で、“アレ”について何か知ってる?」

「資料で読んだ程度には。ま、携行兵器ではまず太刀打ち出来ないだろうな。戦車(エイブラムス)戦闘ヘリ(アパッチ)でも呼ばなきゃ無理だ」

「……一応聞くけど、用意できるの?」

「いいや。どっちみち通信障害で呼べそうもないがな」

「じゃぁ如何するのよ」

 

 彼女としても捕らわれたままのまどかの事で気が気でないのだろう、半ば問い詰めるような風に詰め寄る。

 それに対して、竜二は薄らと不敵な笑みを浮かべて答える。

 

「まぁ待て、別に如何にもならないとは言ってないんだ」

「だから、一体如何すると――」

「考え方を少し変えれば良いんだよ……、」

 

 

 

「俺達の手で倒せないなら、“向こうから勝手に”倒れて貰うだけだ」

「…………はい?」

 

 

 




≪簡易エネミーデータ≫

「U-8'」

・プラーガ寄生による「宿主の異種間遺伝子配合時の拒絶反応」抑制効果を利用し、故トライセル社が進めていた兵器開発プロジェクトで生み出された大型B.O.W.「U-8」の改良種。
・携行型対戦車ロケット砲にすら耐える甲殻装甲を多重化した上、従来型の弱点となっていた脚部にも装甲を配備したより強固な生物兵器。
・従来型よりやや動作は鈍いもののその攻撃性は全く衰えておらず、特に地対空ミサイルや戦車砲ですら時に弾く防御性は驚異の一言に尽きる。
・トライセル社は既に数体を裏マーケットに流しており、この個体もその中の一体だと思われる。
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