UNSUNG EVOLUTIONS   作:B.O.A.

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Ch-4-Act-03

・市内、グランドホテル

 

 

 

 正直、侮ってなかったとは言えない。

 

 確かにアイツに敗北を喫したのは事実だが、それは飽くまで不意を打たれた事が原因だ。それに間違いはない。

 街中に影響力を見せた時には流石に不安に感じたが、仮にアイツに遭遇した所で、最悪は彼を盾に二人で逃げだせば良い(・・・・・・・・・・・・・・)のだし、その方が彼にとっても楽だろうとも考えていた。

 だからこそ同行を願ったのだし、もしアイツが出ないと分かっていれば、まどかの安全を確保したら後は全て任せるつもりだった。

 それは単純に約束を守る、というだけだとは言い切れない。

 仮に別れた所で、“アイツ以外の”相手なら一人でも問題ない、という楽観的な思いもそこにはあった。

 アイツの様な“例外”は、彼の反応からも滅多に居ない事は窺い知れる。

 だからアイツ以外は怖くない。

 実際に戦かった事もない相手を、無意識的にそんな風に評価していた。

 

 

 だからこそ、彼女は己の浅薄さを呪っていた。

 突然真後ろで響いた轟音に振り返る間もなく、背中をバットで思いっきり殴られた様な衝撃にただ煽られる儘に床に叩き付けられた。

 直ぐ横で大切な人の悲鳴が遠のく間も、肺中の空気を強制的に吐き出させられた苦しみにただ喘ぐ事しかできなかった。

 

 

 そして今、その元凶たる相手に全く傷を与えられない苦い無力感が彼女を襲っていた。

 まどかを巻き込めないが故に爆発物の殆どを封じられ、高威力の銃器を持ってしても堅牢すぎる装甲には全く通用しない。

 悪戯に相手を挑発して、寧ろ余計に彼女を危険な状況に晒し続けるだけになっている。

 それでも尚、無駄と分かっていても彼女は自衛隊の駐屯地から盗んできたライフルの斉射を止める事は無い。

 諦めきれないが故の抵抗ではない。

 打開策を持っているらしい彼からの「指示」なのだ。

 

――「奴を連れて屋上に迎え」……。やろうとしてる事は何となく分かるのだけど――

 

 彼女の傍に彼は居ない。

 彼女に指示を出した後、「材料が要る」と言い残して何処かに向かっていった。

 何をする気なのかは分からないが、今はそれがまどかを救う術であると信じるしかない。

 比較的まどかへの跳弾の確率が少ない背面後部へ向けて銃弾をばら撒きながら、彼女は鉄骨さえ寸断する鋏の射程外へと逃れていく。

 だが離れすぎる事もなく姿を晒し、かつ上階へと誘導する為に、時には自ら壁や床を破壊しつつ今にも崩れそうな足場を矢次に渡っていく。

 実際にやって見た今だからこそだが、想像以上に神経を削る戦いだった。

 眼に見える特別な進展もなく、悪戯にまどかの命を削っているような錯覚すら感じ始める。

 

 だが、しびれを切らせているのは相手も同じだったらしい。

 

 不意にのけ反る様に体を持ち上げ、滝の様に体液を滴らせて大顎を開いて怪物が絶叫を上げる。

 その咆哮は凄まじく、ほんの一瞬その口の周りに空気の断層が現れ、周囲の砂埃がその衝撃を伝えるかの様に吹き飛んだ。

 反射的に盾を構えて耐える彼女の前で、怪物はまどかを捕らえたまま短い4本の脚を横に広げる。

 直後に腹部がガパリと音を立てて縦に開き、茶色っぽい粘液に覆われた内部が露出した。

 

「……?」

 

 態々弱い部分を晒す行為を怪訝に思った彼女だが、その粘液の中に“何か”が蠢くのを見て背筋が凍る。

 蜂の羽音に似た音を立てる“それ”が腹から飛び出すと、目を見張る速度で真っ直ぐ彼女に突っ込んできた。

 粘液を後に引くそれを倒れ込む様に彼女が躱すと、そのまま“それ”は彼女の背後の壁に激突、湿った破裂音と共にどす黒い染みを壁に作る。

 “それ”のものだろう破片が、彼女の方にも飛んでくる。

 恐怖とかそういう物よりも、生理的な嫌悪感で強い吐き気を感じる。

 だがそれが実際に行動に移されるよりも前に、先の羽音が一層強まったのを聞いて彼女は現実に戻った。

 倒れ込んだまま足場の縁に顔を出して下を見下ろすと、黒い巨体の周囲に今までに無かった何かが飛び回っている。

 灰色をしたそれは、体長1m近くもある巨大な羽虫だった。

 その体躯の半分近くを占める巨大な角を彼女に向けて、威嚇する蜂の様にその場に滞空している。

 先程突っ込んできたのも、恐らくこの羽虫だったのだろう。

 滞空する様子を見ても、怪物を守ろうとしているのは見て取れる。

 

――肉弾戦だけだと思ったけど、隠し玉を持ってたのか……――

 

 堅牢な守りに絶大な破壊力の鋏と爪、挙句は護衛の羽虫を体内に飼っている。

 架空の機動要塞を其の儘持ってきたかのような能力だった。

 その要塞自身は、まるでその力を誇示するかのように鋏を構えてカチカチと開閉すると、次には胴体ごとそれを前方に突き出してきた。

 四肢を全て使ってバネ仕掛けの様に彼女が跳ぶ、その真下の床が紙細工の様に粉砕される。

 それと殆ど同時に、その隙を待っていたと言わんばかりに羽虫達が宙に浮くほむらに殺到する。

 その強靭な角が、彼女の無防備な腹を貫こうと迫る。

 だが実際にその角が貫いたのは、同じ羽虫の甲殻だった。

 

――あの羽虫、哨戒機というよりは特攻機に近いのか――

 

 一塊になった羽虫が落ちて行く様を、其処より更に上階の、自ら破った天井の縁から覗き込む。

 と、せり出していた身を一旦引いて再び腹を開いて羽虫を出そうとする怪物の顔に、灰色の羽虫の破片がこびり付いているのに気付く。

 先に壁に突っ込んだものとは破片の形が微妙に異なって見える。

 

――統率性は無い、飽くまであの怪物にとって羽虫は捨て駒なのね――

 

 ならば個別に対処すれば問題ないだろう、そう判断した彼女は再び怪物の注意を引くべくライフルの銃口をその背に向ける。

 

 

 背後から羽音が聞こえたのはその時だった。

 

 

「ッ!?」

 

 

 しゃがみ込む様にして頭を下げる、正にその数センチ上を掠めた羽虫がその向こうの窓ガラスに突っ込む。

 やや厚めのそれを貫いた羽虫は、傷付いたのかそのままフラフラと外に出て墜落していく。

 それを呑気に見ている暇が無い事は、足元からの叫び声が証明していた。

 

「ああもうッ!」

 

 慌てて駆け出した彼女は、廊下に飛び出して階段を目指す。

 床を打ち壊す破壊音を背に聞きながら駆け抜けていく彼女の視線の先、此処から20m程進んだ所に、非常階段に繋がる扉が映り込む。

 

 

 その扉に羽虫が停まっているのも一緒に。

 

 

 舌打ちした彼女は、咄嗟に扉を目掛けて引き金を引く。

 すぐさまフルメタルジャケットの弾丸が扉ごと羽虫を穴だらけにして、その亡骸が扉の前にポトリと落ちる。

 チーズの様に空いた穴と言う穴から体液を吹き出し、それは悪足掻きの様にその足を痙攣させている。

 そのグロテスクな様に足どりが鈍くなるのを彼女は必死に堪えた。

 今ので間違いなく奴には此方の居場所がばれているのだ。

 力なく蠢く虫を踏まない様に注意しながら扉を開き、敵の猛進から逃れるべくただひたすら上階を目指す。

 後に続く破壊音が遠のくのを聞きつつ、適度な階で廊下に出ようとする彼女だったが、

 

「……、」

 

 その廊下に数匹の羽虫がうろついているのを見て、不快そうに鼻を鳴らした。

 アレに見つかったり排除しようものなら、直ぐ様本体が騒ぎを聞きつけて襲ってくるだろう。

 本能的なモノだろうが、羽虫が使い捨てを良い事にした中々効率的な索敵だった。

 

 とは言え、今の彼女にとっては寧ろ好都合と言っても良いかもしれない。

 

 彼女は飛び回る羽虫の内の一体に標準を合わせ、セミオートで一回引き金を引く。

 一発だけ発射された弾丸は見事に虫の頭部を射抜き、ぐしゃりと音を立てて床に落ちる。

 他の虫が直ぐにそれに気付いて忙しなく動き出すと同時に、彼女は階段に身を引っ込めて上階に駆け上がっていく。

 羽音に混じって、下の方から地鳴りのような轟音が響くのを耳にして彼女は小さく嗤う。

 索敵を羽虫の騒ぎに頼っている今なら、注意を引いて誘導する事に然程手間取らないのだ。

 

――このまま一気に屋上に誘導してやる……ッ!――

 

 その願いが通じたのか、間もなくして彼女は屋上に辿りついた。

 飛び出したくなる感情を抑えながら、屋上に通じる扉をそっと押し開けると、秋の夜の冷気が肌に伝わって来た。

 既に日が落ちているらしく辺りは夕闇に包まれ、生きている電灯だけがポツポツと屋上を照らしている。

 見回してみると、どうやら階段を出た所の直ぐ脇にフェンスがあり、そこから下の光景が覗けるようだ。

 その場から少し体を伸ばして下を覗いてみると、不思議な事に、人気が全く感じられないのに周囲の建物の電気が点いており、閉まった窓から光が漏れていた。

 それだけでなく、見ている今でもポツポツと付き始めた所もある。

 

――建物の中に人が居る? 皆そこに集められているのか……?――

 

 そう言えば、視認こそできなかったが、まどかの家族も家の一角に集められている、とか彼が言っていたような気がする。

 という事は、「この建物」の中にも見えないだけ(・・・・・・)でひょっとしたら人が居たのだろうか?

 そんな事を思った直後だった。

 

 

 突然、フェンスの向こうに鉤爪が下から伸びてきて視界を遮って来た。

 

 

 反射的に数歩下がった彼女の前で、見覚えのある巨大な足が大きく伸びて来るや、幅だけで自らの背丈を超える大きさの鉤爪を一気に振り落してきた。

 それは易々とフェンスを圧潰させ、屋上の床に数トンの体重を掛けてしっかり喰い込む。

 更に一本、また一本と爪が伸びて同じように降ろされ、等々大型自動車にも劣らぬ黒い巨体が屋上に持ち上がった。

 今までの様にぶら下がるのではなく、タカアシガニか何かの様に足を広げて体重を支える怪物は、目の前にほむらを認めて激しく唸り声を上げる。

 その声には、散々戦いを焦らされてきた怒りの様な感情が籠っているように彼女は感じた。

 

――もう上がって来た……ッ!――

 

 改めて見上げる巨体の威圧に息を呑む彼女だったが、次の瞬間にはその巨体の下部に吊り下げる様に捕えられたまどかに目を奪われた。

 さっきからまるで死んだ様に動きの無かった彼女だが、心なしか手が僅かに震えているようにも見える。

 その理由は直ぐに分かった。

 彼女の胴体辺り、鎌状の爪が彼女を引っ掛けている辺りの服の色合いが、普段よりも僅かに暗い色合いに変わっている。

 

 

 出血している。

 

 

――もう時間を掛けられない! アイツはまだなのッ!?――

 

 余裕を失った彼女が周囲を見渡すが、屋上に自分等以外の人影が無い。

 その間にも、ズンッと地響きの様な音を立てて怪物が此方に近づいてくる。

 その胸に抱えられた少女が手が届きそうな程近く感じるのに、全く手出しが出来ない。

 怪物に銃を向けながら、ほむらは焦りと悔しさを表情に滲ませながら後退していく。

 そうしていると次第に、周囲に複数の羽音が響き始めた。

 羽虫達も集合し始めたのだ。

 目の前の巨体にじりじりと追い詰められていく。

 羽虫達の包囲網が狭まっていく。

 

――そんな……、こんな事って……ッ――

 

 やがて、彼女の思考は彼への疑心暗鬼にも至る。

 ひょっとして、初めから自分等を見捨てて(・・・・)逃げているのではないか、と。

 飽くまで彼の目的は“事件の真相を掴む、解決する”事であって、自分等に手助けする事ではない。

 仮にここで自分が、まどかが、或いは両方が失われても「避けられない犠牲」と言ってしまえばそれで仕舞いだ。

 

――そうよね。これだけの相手に、こんな状況に陥って、誰一人欠ける事無く(・・・・・・・・・)3人だけで切り抜けるなんて、只の人間(・・・・)に出来る筈なんてなかったのよ――

 

 恐らく、彼はこの怪物を対処する為に救援を呼んでいるのだろう。

 その際に二人とも生き残っていたら奇跡、一人だけ残って居たら……恐らく自分になるだろうが、その時は運が良かった。そんな認識で居るのかもしれない。

 命を平然と見捨てる理不尽に怒りが湧く、という風には彼女はならなかった。

 寧ろ、湧いたのは自分に対する情けなさだ。 

 安易に信じないと決めていたのに、降って来た様な希望に縋ってしまった。

 まるで今までと違う現状の中、突然降って来た“異分子”に全ての状況判断を任せてしまった。

 ……いや、そうするべき現状であったが、もっと“注意深く”判断を仰ぐべきだった。

 

 

 そして、等々その背が何かにぶつかった。

 恐る恐る後ろを伺うと、それはどうもエアコンか何かのラジエーターの様だった。

 完全に追い詰められた。

 焦りと無力感を覚える彼女の、その頭上に砂埃が掛かる。

 ゆっくりと上を見た彼女の顔に、遂に絶望の色が見え始めた。

 

――どうやら、一番確実な方法(・・・・・)を選んだ様ね――

 

 どうやら此処までか、そう思って、彼女は左腕の盾に手を伸ばす。

 深い後悔を感じながら、誰にも聞こえない程小さく懺悔を呟く。

 真っ暗に塗りつぶされた頭上に見える少女を見詰め、僅かに涙ぐみ、縁を掴むその手に力を籠めようとした時だった。

 

 

 

 ストン、と真横から音がした。

 とても近くから響いた音だった。

 横に目を向ける、それよりも先に、何か“大きな物”が上に向けて伸びて来て……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼には、「それ」に対する知識があった。

 仮初め(・・・)の自由を勝ち取る為の、必死の努力の末に得たものだった。

 例え100年経とうが、そう簡単に忘れる訳がない。

 その知識に基づき、彼はこう判断した。

 

「アレはどう足掻こうと“現状の戦力”じゃぁ倒せない。ハッキリ言って、自衛隊辺りに十式戦車でも借りて来ないと話にならん」

 

 だが今更呼んだ所でまず間に合わないし、第一電波さえ繋がらない、何が起こっているのかも良く分からないこの状況で“不慣れな大人数”を呼び込むのは得策じゃない。

 だから方針を変えた、“戦力に頼らない”方針に。

 

 

 その為に先ず彼が向かったのは一階オフィスの奥、支配人の仕事部屋だった。

 途中の瓦礫や穴を避けながら着いてみると、此処も破壊の余波に晒されたらしく、壁や天井が崩れて廃墟の様になっていた。

 最初こそ愕然とした彼であったが、幸いにも資料を収めた戸棚は倒れただけで、納められていた書物は殆ど残っていた。

 一通り目を通した彼は、念の為に“それ”を持ち出す事にした。

 

 

 次に向かったのは資材倉庫である。これに関しては殆ど運に近い部分があった。

 だが流石はこの都市で最も大きいホテルである、しっかりとそれは置いてあった。

 

 「非常用発電機」が。

 

 「“燃料”にはこれで困らない、か。トラックから引き抜く羽目にならずに良かった」

 

 近くに置いてあったポリタンクと吸引機を使い、発電機から燃料を引き抜くとその二つを持って行く。

 

 

 最後に向かったのは、レストランの厨房であった。

 これだけ大型のホテルだ、望みの物はしっかりと奥に鎮座していた。

 

 「圧力鍋」、それも業務用の大型のものである。

 

「やはり大きいな、大人数の朝食を用意する為にはこれ位じゃないと間に合わないのだな」

 

 一抱えもある其れをよっと持ち上げて台の上に安置すると、サイドにある詳細情報をチェックする。

 更に、引っ張り出してきた資料の一つでもある「圧力鍋の取扱説明書」を開き、隈なく項目を確認する。

 ここから先は、少しでも間違えると助ける筈の少女を殺す事(・・・)に繋がりかねない、非常に慎重を有する作業となる。

 

「じゃ、始めるか」

 

 まず圧力鍋の蓋を開き、底に異物が無いのを確認する。

 次に液体燃料の入ったタンクを持ってきて、調理用の量りすらも使って慎重に底に流し込んでいく。

 その後、ある程度隙間の空いた鉄板……「U-8'」の破壊の際に生まれた残骸だった物を用意し、中央に「信管」を取り付ける。

 この「信管」だが、実は合流時にほむらから譲り受けたものだった。

 当の本人は、何故“爆弾”じゃなくて「信管」だけなのかを疑問に思っていたようだったが。

 

「威力が高過ぎちゃダメなんだ、必要なのは“爆風”じゃないからな」

 

 しっかり取り付けた後は、更に信管とほぼ同じ大きさの支えを信管を中心に大きめの正方形に並べて取り付けた。

 そして信管を下にしたままゆっくりと鉄板を底に沈め、その上に鍋の縁から少しはみ出す程度の長さの建築材の残骸を慎重に乗せ、倒れないように縁と残骸の上辺をダクトテープでぐるぐる巻きに固定した。

 

 

 これで完成、後は慎重に持ち運ぶだけである。

 丁寧に、だがなるべく素早くそれをロビーまで運び出すと、何故か彼は再び厨房に戻っていく。

 

「……まぁ、仕方ないか」

 

 何処となく罪悪感を滲ませながら呟くと、彼は厨房の換気口という換気口を耐熱性のダクトテープや建材の残骸なんかで塞ぎ始める。

 そして残った燃料を万遍なくばら撒き、ガスコンロの全ての栓を開放して素早く退出する。

 

 火を付けた小さなマッチ棒とマッチ箱を残して。

 

 最後に扉の隙間をテープで埋め、扉の前に少しだけ燃料を残したタンクを置いて信管を突っ込んだ。

 

「これで此方は全部済ませたな。さて……、そろそろ着く頃かな」

 

 

 

 

 

 

 

 ホテルで暴れている「U-8'」、そして原型の「U-8」は何方も優れた戦闘能力を備えた強敵であり、「U-8'」に至っては最早歩兵では太刀打ちが難しい存在であるとすら言える。

 だが、その何方にもある共通する「欠点」が存在した。

 その「欠点」自体は何も兵器としての精度の低さが原因なのではなく、ある種「長所」を持ったが故の「宿命」だとも言えるものだった。

 

 その「欠点」とは言わば、「大型化した事に伴う燃費の悪さ」である。

 

 現存の野生生物を見てもそうだが、水中陸上問わず、巨体を持つ種族の生物の殆どは捕食や逃走、繁殖期等と言った例外を除けば、基本的には非常にゆったりとした動きをしている。

 逆に、より小型の生物になれば、非常に素早く忙しない動きを常に行っている傾向がある。

 これは其々の「エネルギー事情」の関係に由来しており、大型の生物はゆったりとした動きでエネルギーを節約している一方、小型の生物は逆に素早く動く事で「補給する機会」に少しでも巡り合おうとしているのだ。

 

 では、“巨大な”B.O.W.の「U-8'」が、戦闘による激しい動きを続けていたら一体どうなるのか。

 最早言うまでもない事だが、答えは「ガス欠を起こす」である。

 

 更に言うなら、「U-8」シリーズの見た目的にも分かりやすいが、恐らく遺伝子配合に使っている生物の中で「甲殻類」の因子が最も色濃く出ているのだろう。

 そして甲殻類とは「変温動物」、自力で体温の調節が出来ない生物である。

 そんな動物が、増して大型故に“熱の籠り易い身体つきをした”生物が、「甲殻の多重化」故に今まで“排熱機構としての性質もあった露出部分が消失した”化け物が、激しい動きをし続けながら自らの体温をも調節する事などまず不可能なのだ。

 

 

 結論を言えば、その性質故に「短期強襲又は拠点防衛」を有効運用としている「U-8'」は、「3分間しか戦えないウルトラマン」の様な兵器なのだと言える。

 これは必然的に、その戦闘内容もウルトラマンの其れに似る事になるとも言える。

 つまりは、

 

 

「稼働限界が近づけば、必ず勝負を付ける一手(・・・・・・・・)に出る」

 

 

 そして、仮にその場所が屋上で、ちっぽけな一人の人間が敵であった場合、奴が選択する最も確実に敵を屠れる攻撃(・・・・・・・・・・・・)はほぼ一つだけに絞られる。

 

 

――巨体での「押しつぶし」、全体重を掛けた圧殺。恐らく奴はそれを狙う……ッ!――

 

 

 

 

 

 この作戦は、一つでも「もしも」が生まれたら全てが破綻する脆いものだった。

 もしも、ほむらが屋上に連れて行く前に「ガス欠」になったら、あるいはその逆も。

 もしも、探していたものが一つでも見つからなかったら。

 もしも、ホテルの「オフィス側」と「レストラン側」が対角上に並んでなかったら。

 もしも、「止めの一撃」が「押しつぶし」ではなかったら。

 もしも、その瞬間に彼が間に合わなかったら……。

 

 

 

 

 

 そして今、彼は「最後のもしも」に挑もうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その光景は、彼女の一生消えない記憶となった。

 押しつぶそうとする巨体と共に迫るまどかの、その腹の辺りを抱える鉤爪に向かって下から“何か”が迫ってくる。

 真っ直ぐな軌道ではない、円を描くような、丁度爪を動かす関節に横殴りに直撃するコースだ。

 実際は本当に一瞬の筈なのに、何故かその衝突の瞬間まで鮮明に見えていた。

 そして、振り回された“何か”の、少し出っ張った「白い蓋」に爪が当たった、その瞬間だった。

 

 まるで大砲でも撃ったかのような、信じられない程の轟音が響いた。

 その衝撃は、直ぐ下に居たほむらを容赦なく薙ぎ倒す程の力があった。

 その力は鎌の様な腕を外側に無理矢理押しやり、捕まえられていたまどかを弾き飛ばす様に引き剥がした。

 怪物も流石に怯み、巨体の降下が一時的に止まった。

 

 

 そしてこれこそが、彼の思い描いた「作戦」その物だった。

 

 

「ッシャァアアッ!!」

 

 上手く行った事への歓喜と、腕に伝わる凄まじい激痛を紛らわせるが為に奇声を発する竜二。

 振り抜きざまに残骸となった「圧力鍋」を放り棄てると、彼は背後のラジエーターを蹴り、更に怪物の背までも足場にして一気に跳び上がる。

 そして、宙に浮いていたまどかを両手で抱くと綺麗に体勢を捻って怪物の脇に着地する。

 まどかを左肩に抱える様に持ち替えると、未だに倒れている少女に右手を伸ばして叫んだ。

 

「ほむら!!」

 

 その声にほむらが顔を此方に向けるのと、怪物が激怒の咆哮を上げるのは殆ど同時だった。

 呆けた様な、見たものが信じられない様な驚愕を浮かべる彼女に素早く駆け寄るや、その手を掴んで一気にその身を引き起こした。

 

「走れ!」

 

 そう言って、次には押し倒そうとするかのような力でその背中を叩く。

 前のめりになって倒れそうになる、その手を再び掴んで今度こそ二人で走り出す。

 その後ろを、最後の力を振り絞る様に怪物が追いすがる。

 だが、吊り下がっている時よりも明らかに走行速度が低下していた。

 単純に「ガス欠」寸前なだけじゃない、根本的に今の体勢が走りにくいのかもしれない。

 引き剥がせる、そう思った彼らの前に、突然脇から二匹の羽虫が姿を見せた。

 二匹は此方を認めると、驚異的な瞬発力で突っ込んでくる。

 

 

 だが彼は愚か、既に我に返っていたほむらも全く動揺しなかった。

 

 

 ほむらが盾から拳銃(ベレッタ)を抜く一方で、竜二は素早く脇の配管を蹴って斜め前に跳ぶ。

 彼女が素早く目の前の一体に狙いを付けるのと同時に、彼は上体を少しのけ反らせて左足を高く持ち上げる。

 

 鋭い発砲音と鈍い打撃音が同時に響いた。

 

 穴だらけになって墜落する羽虫と、屋上に叩き付けられて頭部が大きく拉げた羽虫を残して、二人はただ疾走する。

 背後に恐ろしい地響きに似た振動を感じながら走っていくと、屋上の縁に当たる前方のフェンスに大きな穴が開いているのに気付く。

 それを見たほむらは、流石に恐る恐る隣の彼に尋ねた。

 

「……ねぇ、まさかとは思うのだけど」

「たかが3階分だ、受け身を取れば何とかなる」

「いや、隣のビルまでって――、」

 

 ……確か幅10m近くあった筈だけど、と言う声を出す前に二人はフェンスに辿りつき、その勢いのまま走り幅跳びの要領で宙を舞う。

 その勢いが、ほむらに比べて竜二の方が目で見て分かるほどに弱い。

 隣の建物の屋上に届くよりも前に、明らかに高度が下がり始めていた。

 思わず冷や汗を流すほむらが手を差し伸べるも、彼は全く見向きもしなかった。

 そして、

 

 

 

 ほむらは無事に屋上に、竜二は一つ下の階の窓ガラスを蹴破って無事に着地した。

 

 

 

――心臓に悪いッッッ!!!!――

 

 今までの「全部」を総括する心の叫びと共に頭を抱えそうなるほむらだったが、その動作を怪物の咆哮が中断させた。

 見ると、怪物が隣のホテルからジッと此方を睨んでいる。

 どうやら此方を追って飛んでくる様子はなさそうだ。

 だがアレを放置するのはマズいだろう、そう思って今度こそ仕留める為に盾に手を伸ばすほむら。

 

「待て待て、もう動く必要はないぞ」

 

 それを、階段を使って屋上に上がって来た竜二が制止した。

 問い質す様に見上げて来たほむらに対して、竜二は自分の携帯端末を見せる。

 画面には何かのタイムカウンターが映っていて、彼女の目の前でそれは丁度0になった。

 

 直後、自分達の居る建物そのものが震える程の轟音と震動が起こった。

 驚いて彼女が屋上から下を見ると、ホテルの一階、レストランの辺りが爆発でも有ったかのように吹き飛んでいた。

 そして、彼女がこの状況を問い質すよりも前に事態は進展した。

 

 

 

 聞いた事もない轟音と破壊音を立てながら、目の前のホテルが“丸ごと崩れていく”。

 横に倒れる訳でもなく、四隅が内側に引き込まれる様に真っ直ぐ崩れ落ちていく。

 屋上に居た怪物をも呆気なく巻き込まれて、あっという間に舞い上がった粉塵が建材の残骸ごとその巨体を覆い隠してしまう。

 とは言え、態々降りて行って結果を確認するまでもないだろう。

 

 

 

 緊張が抜けたのか、それとも目の前の惨状に脱力したのか、ポテッと女の座りで座り込んだほむらは、心有らずといった感じで最後に傍らの男にこう尋ねた。

 

「……貴方、本当に、一体何者なの……?」

「少なくとも今は、お前の味方だな」

 

 

 







Q:「倒れて貰えば良い」とはどういう事でしたか?


A:自分で壊した建物ごと自重で潰れろバカヤロー。


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