UNSUNG EVOLUTIONS   作:B.O.A.

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Act-03

・翌日。見滝原市立病院、病室。

 

「……んぁ?」

 

 個人用の病室のベッドの上で、竜二は唐突に目を覚ます。

 何故か酷く長く眠っていた気がして、彼は軽く目を擦りながら上体を起こす。

 時刻は午前5時頃、窓の外では漸く朝日が昇ろうとしていた。

 ボンヤリとした頭のまま周囲を見回し、ベッドの直ぐ脇に彼のPDAが転がっているのに気付く。

 特に深く考えずに、それを取ってスイッチを入れ……、

 

 

 

 

 

『この馬鹿野郎が!! 煙の吸い過ぎで何ダウンしてやがる!!!』

「……あ」

 

 

 

 

 

 そんな訳で、放送禁止用語やエグいスラングが雨霰の様に飛びまくる説教タイムを問答無用で喰らうエージェント(笑)。

 白いベッドに正座して必死に耐えている内に、時刻は早々と7時程を回っていた。

 

「あの、そろそろ検診その他諸々があると思うのでこの辺で……」

『ハァァァァァァァァ…………、まあ良い。此奴の続きは任務後にするとしよう、フルマラソンさせながら』

「まだ3時間以上もあるの!? ってか激務後にフルマラソンとか死んじゃいますって!!」

『そうか? なら俺の家の庭の草刈りでも良いぞ』

「断固フルマラソンで!! 裏山()一面草刈りだけは勘弁!!!」

 

 説教の所為か「ペナルティ」の所為か、竜二のキャラが殆ど崩壊しかけていた。

 彼は良く知っているのだが、ジョージは割と根に持つタイプなのだ。つまり大体は本気である。

 俯いて未来の自分に懺悔を捧げる竜二に、説教モードを解除したジョージは改めて聞く。

 

『……さて、お前の愚か過ぎる失態のインパクトの所為で昨日の火災の報告を忘れたからもう一度報告しろ。通信が途絶えた部分から』

「鬼だ……。ええと、寝室から引き返そうとして進んだ時に、“天井が崩落してそれに巻き込ま――”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・見滝原市、とあるマンション。

 

「♪~♫~~」

 

 一般的なワンルームマンションの一室、そこで一人の少女が朝食の準備をしていいる。

 肩に掛かる程度のセミロングヘアー、大人しそうな垂れ目に輝く瞳は共に黄色。

 地元の中学校の制服の上にエプロンを律儀に着用しているが、その上でもパーツ別に見れば、同世代に比べればまま“発達した”プロポーションが垣間見える。

 

『おはよう。朝からご機嫌だね、マミ』

「あらおはようキュウべぇ。ご飯はもうちょっと待っててね」

『分かった』

 

 料理の最中に響く、アニメのヒロインの様に透き通った声。

 その方向に彼女は目を向けるが、其処に人の姿はない。

 代わりに居るのは、ヌイグルミの様に愛らしい子猫にも子兎にも似た「生き物」である。

 それは床を歩いて来て、カーペットの中央に置かれたローテーブルの近くにスタンバイする。

 暫くすると、マミと呼ばれた少女が簡単な朝食とネコ用の皿を持ってきた。

 

「はいどうぞ」

『ありがとう。いただきます』

 

 マミが皿の上にキュウべぇ用の朝食を載せて床に置くと、キュウべぇは其処に頭を突っ込んで食べ始める。

 一見すれば微笑ましいペットと飼い主のワンシーンだが、だからと言って愛が深まったペットが人語を話し出したという訳ではないだろう。

 何とも奇妙な生き物である「キュウべぇ」は一通り朝食を食べ終わると、ローテーブルに座って食事を取るマミに声をかける。

 

『さて、首尾の方はどうだい? 順調かい?』

「上々……よりは少し下かな。仕方がなかったとは言え」

『確かに、昨日の魔女の被害者は君が気付いた時点で既に手遅れだったし、時間でも戻せない限りは“運が悪かった”としか言い様が無い。……おっと失礼、君はこの様な件に理解が行っても納得はしきれない人格者だったね』

「もう、分かっているなら止めてほしいわ」

『すまない、マミ』

 

 ちょっと不機嫌そうなマミに、慌てた様子で取り繕うキュウべぇ。

 勿論、“昨日の魔女”と言うのは竜二が襲われかけた鳥のような怪物、「伝書の魔女」の事である。

 昨日、実はマミが魔女の存在に気付いたのは竜二が火災の匂いに気付いたのと同じぐらいであり、後の警察の捜査でその時には既に出火から1時間が経過していた事が分かっている。

 だが、それ以前に察知できなかったのかと言うと、今回は恐らくかなり難しかっただろう。

 というのも、「伝書の魔女」は転々と結界を移動させる習性があり、実際今回の被害者も殆どが隣町の風見野で暮らす人々だった。

 風見野は主に“別の魔法少女”が占拠している“縄張り”なので、「見滝原の魔法少女」であるマミが探る訳には行かなかったのだ。

 ……ただ、そう考えると「あの子」が「伝書の魔女」を野放しにしていたと言う事になる。偶々別の縄張りに放浪していたのだろうか?

 

『……マミ? ひょっとしてまだ怒ってる?』

「へっ? あっ、いや、違うわよ? ちょっと考え事をしていただけ」

 

 覗き込む様にして訪ねてくるキュウべぇに、今度はマミが慌てた様子を見せる。

 どうやら、考え込む内に自然と表情が厳しくなっていた様だ。

 

「ほら、今回の魔女って風見野から来たみたいでしょ? 「あの子」の様子を聴いてる限り、そうそう野放しになる様な事態にはならないと思ったんだけど」

『“彼女”なら数日前に風見野で会っていたけど、この様子だとどうやらその後に移動していたみたいだね。何なら、今回の件のクレームでも伝えてみるかい?』

「……いいわ。今の「あの子」にそんな事をしても、喧嘩を売る事にしかならないだろうし」

 

 俯いて、小さく呟いたマミはどことなく覇気がない。

 キュウベぇの行動に呆れたというよりは、古傷の酷い疼きに必死に耐えている様に見えた。

 と、此処で何処からか少し流行から外れたJ-POPがリビングに響く。

 登校15分前にセットしていた携帯のアラーム音だ。

 

「あっ、大変。遅刻しちゃうわ」

『そうかい。ならここまでにしよう、ご馳走さま』

 

 そう言って、ソファーの裏に姿を消すキュウべぇ。

 因みに此処は本来ペット不可のマンションなので、ドアに犬用の入口が付いてたりする訳ではない。地味に謎に満ちた部屋からの移動である。

 だが、それもマミの方は「キュウべぇなら何だかんだして出来るのだろう」と勝手に思っていたりして、深く拘泥したりはしない。

 急いで彼女は食器を流し台に運んで軽く洗い、続いて化粧台に置いてあった髪留めを取るとセミロングの髪を指で巻き取るように回す。

 すると、その髪が専用の機材を使う事なく見事なカールを描いて髪留めに止まり、変則的なツインテールへと変化する。

 

 ここから分かる通り、彼女―巴マミという名前の中学三年生―は「魔法少女」と呼ばれる存在である。

 十代の少女の中で素質のある人間の前にのみ現れる先程の生き物、「キュウべぇ」と“一つ願いを叶える”と言う条件と引き換えに「契約」し、「魔女」と呼ばれる悪の存在と戦う役目を背負った者である。

 一般の人には普通は見えない怨霊の様な「魔女」は人間の弱い心に漬け込み、彼等の生む「死の絶望」を喰らう。

 彼女はそれを命懸けで食い止め退治し、誰にも知られずに人々を救っているのだ。

 ……とは言え、キュウべぇ曰く、彼女程“純粋な”動機を持った例は極めて珍しいらしいのだが。

 そんな彼女にも、勿論普段の私生活と言うものがある。

 表向きの彼女は「一人暮らしをする一般の女子中学生」である。

 「魔法少女」という裏の顔は、世間に無闇に知られてはならない。

 一部のSF映画やアニメ、ゲームの登場人物の様な「狂った」人生を送る事を避ける為の、今ある生活を守る為の当然の判断である。

 元々、土曜7時のアニメなんかを見て育った世代であるマミは、そこから抜け出た様な「魔法」に対し好奇心の後押しを受けた様々な「実験」をやっていた。

 その為か、はた又彼女の魔法の性質が故か、割と多方面に融通が利く力を持つに至った彼女のレパートリーには「簡単な記憶操作」も存在する。

 

 

 

 そう、既に唯一の“生存者”の記憶は改竄済みである。

 

 

 

「行ってきます、っと」

 

 歯磨きを済ませ、前日に準備した鞄を持ち、玄関でローファーを履いた彼女は軽く後ろを振り向いて呟く。

 勿論、それに答えられる者は此処にはいない。

 

 

 

 もう、いない。

 

 

 

「……、」

 

 胸の奥が小さく疼く気がしたが、これももう数年の時を経て慣れた物である。

 だが、慣れたのはそれだけではない。

 「魔法少女」として人助けをする彼女には、当然「避けて通れない物(他人の死)」もある。

 まだその苦しみには慣れたとは言えない。

 が、日々の生活に出さずに“隠す”事には慣れっこだった。

 ひょっとしたら、全く違う舞台で“才覚”となったかもしれないそれは、だが今は彼女に深い“孤独”を与えている。

 

 誰も、彼女の本当を知らない。

 

 誰も、彼女の苦しみを背負えない。

 

 誰も、彼女の心を癒せない。

 

 誰も、彼女を、理解できない。

 

 

 

 何故なら、それは彼女が――。

 

 

 

 

 

「――行こう」

 

 深みに嵌りかけていた思考を断ち切るように、“ソレ”を切り捨てるように彼女は呟く。

 不思議な気分だった。普段は此処まで考える事は滅多にないのに、何故か今日はあっさりと進んだ。

 理由を考え、やはりあの結界の事を思い出す。

 あの“生存者”の事を思い出す。

 彼女自身、初めての事だった。

 

 

 

 魔女の結界(異世界)の中で、魔女(怪物)と対峙して。

 

 あそこまで、“生きた”瞳を見せる「一般人」を見たのは。

 

 

 

 そもそも、魔女は基本的に「弱く、臆病な」生き物である。

 迷宮に誘い込ませて絶望に追い込むという残虐な狩りに惑わされがちだが、実の所、彼女等は一部の「例外」を除く殆どが結界(自分の巣)に引き籠もり、態々心に隙のある「弱者」を選んでは自らの領域に引き込もうとする生態を持っている。

 ジグモでも穴の傍の虫を自力で引き込むというのに、魔女はそれすら獲物の誘導に頼る。

 どちらかと言うと、「食虫植物」に近い生態を持っているのだ。

 だからこそ、結界に入り込むのは基本的に魔女に付け込まれた「獲物」である人間か、魔女の命を奪う「外敵」である魔法少女であって、それ以外の物が紛れる事は滅多にないのである。

 万が一その様な事態があっても、大体は魔女の結界の中で魔女や使い魔(異形の怪物)を見て、それ等に追い回される内に隙を突かれて「獲物」の仲間入りとなるだけであった。

 だからこそ、あの魔女は彼を見て怯んだのだ。

 自分の怖れが通用しない相手に、“絶望”しない「例外」に恐怖を覚えたのだ。

 

 今思えば、あの“生存者”は色々奇妙だった、そう彼女は思う。

 

 そもそも、命綱のワイヤーを断崖絶壁に引っ掛けている時点でおかしい。

 あの結界に飲み込まれた時点では落下していただろうに、例え器具があったとしてもパニックに陥らないのが不思議だ。

 自分の姿を見た時も、ヤケ糞にも見えたが怯えの様なものはなかった。

 幾ら見た目がフワフワしていても、得体の知れない物には恐怖を覚えるのが普通であるのに、彼にはそれがまるで見えなかった。

 パニックが、適切な行動の判断に阻害を与えないレベルに抑えられていたのだ。

 エレベーターに乗った彼女の頭に色々な正体の予想が上るが、だが正直な所、彼女からすれば新聞に載っていた「ナゾナゾ」レベルの享楽でしかなかった。

 何故なら、彼が何であれ、既に彼女を何一つ覚えておらず、彼女と会う事も今後恐らく二度とないからだ。

 後ろめたさがないかと言われれば嘘になる。

 だが、それでも無関係な人間を極力巻き込みたくはない、というのが彼女の思いだった。

 キュウべぇに見初められていない以上、あの男(部外者)魔法少女(当事者)と一緒にいるべきではないのだ。

 それが、「一人でも多くを助けよう」とする彼女の信念の一端でもだった。

 

 

 

 

 

 だからこそ、

 

「おーやっと出てきた。てっきり場所間違えたかと思って焦ったぞ」

「……………………え?」

 

 記憶を弄った筈の「部外者(あの男)」がマンション共用のロビーで待ち伏せしていた事には、「当事者(巴マミ)」は驚愕を超えて畏怖すら覚えた。

 

 

 

 

 

 オーケーオーケー、先ずは落ち着こう。焦っても仕方がない、落ち着いて事実を確認するんだ。

 私は、昨日結界の崩壊直後に記憶を改竄し、「天井が落ちて気絶した」という偽の記憶を打ち込んだ。うん、確かにやった。結界の中の事は全部消えた筈だ。

 

「先に断っておくが、君の個人情報は厳重に管理する。悪質な営業やヤーさん、変態(ロリコン)に情報を流す事はしないから安心しろ。……根拠は呈示出来んが」

 

 うん、何でこの人記憶あるんだろう? 全く訳が分からないよアハハハー。あと根拠無しに一体何を信じろと?

 ……いや、待てよ私。記憶を消したのは「結界の中の事」、つまり崩壊中の昏倒するまでの僅かな記憶が残ってたのかも知れない! そうだ、それだ! なぁんだあ、そんな簡単な――。

 

「それと、昨日の君と“トリ野郎”との件は公にはしていない。俺が此処にいるのは俺の個人的な動機が故で他意は無く、今後もこの件は此方で秘匿され君の不利益を被る事態にはならない事を約束する。……書類には出来んが」

 

 うっわぁーい、バッチリ残ってらっしゃるじゃないですかヤダー、てか保証も無いのに一体何を約束してくれるのよわーこれ後後色々連絡きて“ヤバイの”にとばされてまうやつじゃないうワーサヨナラワタシノガッコセイカツウゥゥゥゥ――――。

 

 

 

「――おい、聞いてるか? さっきから目が虚ろだぞ? おーい?」

 

 

 

 

 

・放課後、巴マミ宅。

 

 マミの再起動に約5分、その後彼の方から学校があるだろうからと放課後に改めて此処で会う事を提案され、放課後になった現在自身の家のリビングでテーブルに着く彼に彼女は紅茶を入れている。

 彼なりに彼女に配慮した提案だったのだろうが、ぶっちゃけショックがデカすぎて今日の授業なんぞ真面に聞けてない。

 一応はお客さんを前に必死に平静を取り繕っているらしい彼女だが、緊張の所為か所々動きが直線的になっていた。

 ……後、家族以外の異性を家に上げるのは彼女自身初めての事だったのだが、最早それどころではなかった。

 

「態々悪いな、時間を取って貰って……うん、上手い」

「い、いえ此方こそお待たせしてしまって……有難うございます」

「紅茶は知り合いが嗜むからにわか程度の知識はあるのだが、此奴は一体何処のブランドだ?」

「ええと、確か「ペック」の何かだった筈かと……」

「イタリアの名門だな。確か“ミラノの顔”なんて呼ばれてた筈だ。イタリアは他にも料理とかが有名だったが、実際の本場はイメージ程豪勢じゃなかったな……」

「行った事あるんですか?」

「ああ。有意義に観光できる程の滞在ではなかったが、斜塔ぐらいなら見に行ったよ」

 

 そこからこの男の旅行談の様な物が始まり、ヨーロッパに限らず中東、南米、アフリカ等マミが見聞きしないような場所の事を次々に話していく。

 紅茶を嗜み、欧風な家具を部屋に揃える彼女には、やはり月並みに海外への憧れの様なものもある。

 寧ろその憧れは、下手に移動ができない「今」だからこそより顕著になったと言って良い程だ。

 話を聞いて質問もしていく内に、彼女の中の緊張も次第に解れていった。

 そして、その余裕が生まれたからこそ、マミは彼が彼女を落ち着かせる為にこの話題を振ったのだと気付けた。

 現に、彼は話している間、彼女の様子を伺う様な素振りをさり気なく入れていた。

 相手のテンションに合わせて話題を振り、心を少しずつ開いていく。

 警察の事情聴取でも良く使われる手法である。

 そして、彼の方もマミがそれに気付いたのを察した様だ。

 

「……さて、すっかり此方の長話に付き合わせてしまったな。済まんな、退屈だったろう?」

「いいえ、凄く面白かったですし、本当に有意義でした」

「そう言ってくれて此方も嬉しいよ。じゃ、もう少し付き合ってくれ」

 

 表情や声はそのままに、だが彼の眼付きが一変する。

 旅行談をしていた時の気さくな様子から、刑事の様な真面目で真剣な様子へと。

 その変容に気圧されるマミだが、だが然程緊張は生まれて来ない。

 心に余裕が生まれていた。今ならしっかりと答えられる。

 誤魔化し(記憶改竄)は、彼には通用しなかった。

 

 なら、“覚悟”を決めるしかない。

 

「この際、余計な前振りは省いて聞こう……お前、俺の頭“弄った”な?」

「……そこまで気付いてましたか」

「危うく乗せられかけたがな。どんな手法だ? お前は“何を”持っている?」

「今度は、此方の長話になりますよ」

「構わない。お前が一から話してくれるなら」

「では、――」

 

 先程の彼の様に、彼女は“自分”を語る。

 言葉を選びながら、自分を分かって貰える様に。

 正直、大人の人相手に理解を貰う様話すのに相当手こずるかと思っていたが、何故か次々とその口から言葉が吐き出されていく。

 ダムが決壊していくように、せき止められていた“何か”が飛び出していく。

 目の前の男性も、そして彼女自身も驚いていた。

 

 男性は、その内容の非現実さと少女の背負った運命の過酷さに。

 

 少女は、話が進む度に少しずつ軽くなっていく自らの心に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 想定外。

 目の前の少女を表すならその言葉しかない。

 一般人には見えない、野放しにされた「魔女」。

 それと人知れず戦い、この世に紛れる「魔法少女」。

 それ等を少女の妄想と一蹴するには、昨日の事は余りにも“現実的”だった。

 彼女は知らないが、竜二はあの時アメリカとリアルタイム交信をしていた。

 通常の衛星通信と違い、特殊なスパイ衛星を介して符号化し圧縮した電波でやり取りするこの方式は、十メートル以上もの土砂の向こう側や電波遮断をする素材をふんだんに使った建築物の中でもない限り交信でき、然も傍受するのも難しい特別な物である。

 にも関わらず、あの“結界”とやらに入った途端にあっさりと途絶した。

 敵地の要塞の中でもなく、まして只の民家の中で電波が途絶える訳が無い。

 つまり、あの時彼は瞬時にその場から“消滅”、衛星が検知できない場所へと“強制転移”させられたとしか考え様がないのだ。

 例え彼女の話が嘘であっても、この「非現実的な現実」は真実である。

 そして、彼女の話はこの真実と照らしても全く不自然さがない。寧ろ筋が通っている。

 これが全て嘘であるなら、彼女達が「連中」と組んで作ったトリックだというなら、彼女は今からでも直ぐに大女優になって歴史に名を残せるだろう。

 又は、国家すら崩せる女スパイか。

 

「……じゃあ、お前はずっとアレと一人で戦ってたのか」

「キュウべぇは居ますし、ずっと一人だったのではないですが……」

 

 彼女の喋りがしどろみどろになって止まる。

 俯いた顔色から、何かしら強いトラウマを持っている様に見えた。

 此処に突っ込むのは止めた方が良い、そう判断した彼は話題を変える。

 

「その「キュウべぇ」ってのは、俺には見えないんだよな」

「はい。本人も言ってましたし、大通りを歩いても誰も見向きしませんでした」

「……それは厄介だな。お前達にしか見えないとなると、世間は早々信じないだろうし。例え信じても魔女は君達にしか倒せないとなると、此方の手の出し様がないし」

「ええ。それに、証拠となるのが“私達”しかない以上、それ以前に――」

「そこだけを見て、利用したがったり排斥したがる輩も居るかもしれないってか」

 

 一般人には誰にも言えなかった理由。

 証拠も殆どなく、仮に無闇に自らを提示しても待っているのは“利用か排他”。

 今時、ちょっとしたSF小説にも登場するテンプレ展開。

 仮に万事上手くいって、世間を味方につけても今度は“武器”の問題が起こる。

 当然、暫くは彼女等に頼るしかなく、望む望まざるに関わらずそこにヒエラルキーが生まれるのは確実。

 世間の魔法少女が巴マミの様な人格者の集団ならまだしもそうでない以上は、仮にどちらかが力を傘に着た横暴を一度でも起こせば、そこに本来の味方同士での“泥沼の戦争”が起こってしまう。

 いっそ、その「キュウべぇ」とやらが出てきて世間に訴えれば話が進むかもしれないが、彼女の話しぶりからして恐らくその様子はない。

 ……そう考えると、「キュウべぇ」は只の正義の使者とは思えなくなってくる。

 

「変だな。人類を本当に「魔女」から救いたいのなら、先ずこの星の大多数の“人間”にアピールするのが危険だが最も合理的だというのに、その「キュウべぇ」は徹底して“彼等が選んだ当事者しか関われない”仕組みを作ってる。まるで、この状況を「コントロール」したがってるかの様にな」

「……ひょっとして、疑ってるんですか」

「いや、単に自らの“保身”と当事者の“安全”を兼ねた献策の可能性もあるからな。疑うべき根拠がないよ」

 

 彼女からすれば、キュウべぇは長年一緒に居た「友達」である。

 その「友達」を疑われて、彼女が良い思いをする訳が無い。

 ちょっと不快そうな声で言って軽く睨んだマミに、特別思い入れのない竜二はあっさりと身を引いた。

 正直、キュウべぇ云々については彼自身はMIBに丸投げしてとっとと元の任務に戻りたい気分だった。勿論、組織の実在非実在に関わらず、この世界に黒スーツにサングラスの黒白エージェントコンビは存在しないが。

 

「所で、一つ聞いていいですか?」

「お構いなく」

「先程も言ったと思いますが、私はあなたの記憶を操作する魔法をかけたはずです。なのに、魔法も知らずにどうやって記憶を取り戻したんですか?」

「……、」

 

 「魔法をかけられる」なんてどんなファンタジーだよ、と彼は思ったが翌々思い出せば記憶操作の魔法なんて下手な銃器より物騒である。

 今更になって少し戦慄を覚えながら、どう答えるべきか迷いながら彼は今朝の事を思い起こす。

 

 

 

 

 

“「――いや、ちょっと待て。違う」”

“『違う? どういう事だ』”

“「……“天井に頭ぶつけて気絶し、ポケットに入れたPDAのスイッチが落下の衝撃でoffになる”。「頭の記憶」はそうだった。でも何か違和感が、そんな風に俺が「動いた」筈が――」”

 

 

 

 

 

「……“身体が覚えていた”、かな」

「――はい?」

 

 ポツリと呟いた竜二に、言葉の意図が掴めずマミが首を傾げる。

 だが、彼女がそれを問う前に彼はいつの間にか出していた黒い手帳をパチッと閉じて、カーペットから静かに立ち上がる。

 

「そろそろ日も暮れる、此処でお開きにしよう。今日は邪魔して済まなかった」

「え、あ、はい。お気になさらずに」

 

 そのまま玄関に向かう彼を、彼女も一緒に立って玄関まで見送る。

 靴を履いた彼は、見送ろうとするマミに向き合った後、そのまま彼女の姿をしげしげと眺める。

 視線に気づいたマミは、気恥ずかしさで少し目を逸らしながら言う。

 

「どうしました?」

「いや……、そのな。丁度、お前ぐらいの頃だったかなって思ってな」

「……何がです?」

 

 

「今の人生に、大体道が決まったのが」

「っ……」

 

 

 思わず、彼女は言葉に詰まった。

 そう言った彼の表情が、余りにも儚げだったからだ。

 悔いと、悲哀と、彼女への小さな嫉妬。

 それ等が混ざったその感情は、普通に生きる人々が浮かべるようなものを超えていたからだ。

 彼女は、彼の本当の身分を知らない。

 「ミステリーとミリタリーが好きな通りすがり」としか、彼は教えてくれなかったからだ。

 だけど、もし彼が彼女が想像したような身分の人間であったら、そしてそうでなくても、きっと今の彼の身分は望んで得た物なんかじゃないのだろう。

 

 多分、「それしかなかった」のだろう、彼に取れる選択肢が。

 何処かの女子中学生と同じ様に。

 

「お前の背負った戦いがどれほど厳しい物か、俺は蚊ほどにも理解出来てないだろう。だけどな、それがどれだけ重くても今“それだけ”に必死になってはいけない。“それ以外”を諦めてはいけない……、未来でやり直せるって言ってもな、重すぎて此処で捨てちまっても未来で背負い直せるって訳じゃないんだ。落としても何度も拾い直して、初めて手に出来る物なんだよ。……俺は捨てた、だから道は決まっちまった。どんなに努力しても、その先に不幸しかなくても、“俺は此処を行くしかない”」

 

 心の内を見透かされたのだろうか、それとも単に助言したかったのだろうか。

 幼くして死の危険と隣り合わせの運命を背負った、彼女の身を案じたのだろうか。

 それでも所詮は、蚊帳の外の「部外者(人間)」の哀れみにしかならないのかも知れない。

 「当事者(魔法少女)」からすれば毛ほども価値がないのかも知れない。

 

 

 

 でも、もうマミには、そうとは思えない。

 

 

 

「結果がでなくても失敗続きでも、辞めちまったらオシマイだ。……実らない努力は無駄な努力じゃない、今のお前はまだそう言える年だ。命懸けで無謀をしろって訳じゃない。ただ、本当にチャンスが来た時に、せめてその時だけでも“失敗”しない様に生きて欲しいって事だ。……悪い、見ず知らずの奴が言う事じゃないな。忘れてくれ」

 

 多分彼は別の「何か」の「当事者」で、彼女は「部外者」にすらなれてなくて。

 その「何か」は既に過去の事で、結果を取り戻す事はもう出来なくて。

 だけど、その「何か」は彼女のそれと、きっと凄く似ていたから。

 

 

 

 「同じ」になって欲しくなくて、思わず溢れた「願い」なのかもしれなかった。

 

 

 

「もう一度改めて言うが、此処での事がお前の不利益になる結果には決してさせない。少なくとも、お前の今まで通りの生活は保証する。……口約束でしかないがな」

 

 最後に小さく、そして自嘲気味に笑った彼は、「じゃあ」と残して後ろ手に扉を開ける。

 そのまま、振り向きながら外へ出ようとした彼の、空いていた右手をマミが両手で掴んだ。

 驚いて顔だけ振り返った彼と、彼女の澄んだ目が合う。

 

「名前」

「え?」

「名前、聞いてません」

「……ああ、そういやすっかり言いそびれてたな」

 

 思わず頬を指で掻いた彼は、もう一度しっかりと彼女と向き合って答える。

 

「竜二・(ケイト)・シーザー。これでも、メスティーソ(白人とインディオのハーフ)と日本人とのハーフだ。白人の要素が皆無なせいで純正日本人と頻繁に間違われるが、国籍はアメリカだ」

 

 今度は彼女が驚いた。当に彼が言った通りの間違いを犯していたからだ。

 思わずクスリと笑った彼女は、怪訝な顔をした竜二をもう一度見て、

 

「もう一つ。私は「お前」じゃなくて「巴マミ」です」

「……そうか」

 

 言いたい事が分かって、彼の表情が少し緩む。

 そして、

 

 

 

「じゃあな、巴ちゃん。必ず約束は守るよ」

「また、何時でも来てください。竜二さん」

 

 それを最後に、一人は部屋から去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、いるんでしょう? キュウべぇ」

『……なんだい?』

「人に見えないのを良い事に、盗み聞きだなんて関心しないわ」

『君には見えていたじゃないか。辞めさせたければ直接念話すれば良かったのに』

「……そうしても、結局やめないんでしょ?」

『否定はしないよ』

「全く……。で、どうだった? キュウべぇから見て」

『正直な所、まだ情報不足だね。君以外の魔力の干渉があった様な痕跡は無かったのは確認出来たけど、数ある可能性の一部分が消えただけに過ぎない。ま、これから見て(観測)いくつもりだよ』

「ふーん……」

『マミ? どうしてそんなにニヤけてるんだい?』

「別にー」

 

 キュウべぇとの話を切り上げ、マミはリビングの大きな窓から外を眺める。

 茜色に染まった夕焼け空を見上げ、彼女は小さく、噛み締めるように呟く。

 

 

 

 

 

「……“先輩”、かぁ……」

 

 それは、嘗て一度呟いた言葉。

 だけどその意味は、嘗てとは真逆。

 

 

 




 1万字を超えました。こういう場面は久々には結構書き辛かったです。
 伏線なんかも上手く敷けてるかなぁ、とちょっと不安だったり。

 次回で、長いプロローグは終了。
 でも少し短いです。場面の区切り的に仕方なく……。
 では、また次回。





 ……と言っても、一時間後なんですけど。
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