UNSUNG EVOLUTIONS   作:B.O.A.

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「さて、先ず最初の項目をご覧下さい。基本的な概要は兎も角、最も重要な「彼女」についての記述です」



「ヘイヘイっと。……と言っても、これ殆ど()()()()なんだろ? 目新しい新発見なんざ無いと思うんだが」



「そうだな……」





「「連合性真核細菌(Union Eubacteria)」、略称で「ユイ(U.E.)」と呼ばれる一連のコロニー群の()()



「一体何処で何をしでかしたのか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。正に「生ける電脳」」





「彼女の正確な分類は兎も角、生命として明らかに不釣り合いな変貌を遂げた「ユイ」は、同時にその生命活動に対し()()()()()()()()()()()()()



「だからこそ我々に接触した。彼女をそうした「連中」の息が()()()()我々に庇護を求めた。その対価こそ――」





「「プロジェクト・イザナミ」と呼ばれる計画の完成。彼女の「真価」を利用する、『超広域生物汚染(バイオハザード)計画』の完遂でした」





Breaker's-04 「見捨て、一人、それでも道を征く」


Break-11

・深夜、病院付近。

 

 

 

 既に時間は日を跨ぎかけている。

 既に殆どの病室が消灯し、夜勤の看護師の控室や救急病棟、警備担当以外は静寂に包まれている。

 

「……ふぃぃ、中々大変だったぜぃ」

 

 そんな中、スッカラカンになった自転車置き場の脇、外倉庫の影にしゃがんで息を整える人影が一つ。

 つい数時間前に先輩方2名と友人に別行動宣言を言い放った少女「美樹さやか」は、その時から変化していない剣士スタイルの魔法少女の格好を泥やら埃やらでボロボロに汚した状態で、安心したように呟いた。

 

「言い放ったまでは良かったんだけどねぇ。……そっから数時間に渡る追いかけっこに発展するとは思わなんだ」

 

 そう、彼女は今の今までずっと追手から逃走し続けていたのである。

 その追手こと「巴マミ」の追跡はそれはそれは恐ろしく、長年この街を縄張りにしていただけあって地の利も身のこなしも桁違いに上回っていた。

 挙句に彼女の戦闘スタイルは銃撃にリボンの拘束。

 ネットガンの様に変形する弾丸を立て続けに撃ってきたり、先回りしてリボンのトラップを仕掛けたりと、半ば本気で殺り(とり)に来ているとしか思えないマジな戦闘能力を彼女は発揮していた。

 それでも何とか美樹さやかが逃げ果せたのは、一重に彼女がマミの「スタイル」を一度見ていた事と、マミの方がさやかの「スタイル」を図りかねていたのが大きいだろう。

 

 因みに、暁美ほむらの方は早々に退場していた。

 初期こそはマミと息ピッタリに連携してたのに、急に時計を見るや何故か血相を変えて一目散に明後日の方角へ去っていったのには、さやかもマミも完璧に面食らってしまっていた。

 彼女も彼女でひょっとしたら何かとんでもない物を抱えているのかもしれない、と珍しくさやかが同情するレベルに、その時の彼女の慌てっぷりは哀れを誘うものだった。

 

 

「さてと、どうしようか。これから」

 

 さやかは何気なく呟いたが、これが結構死活問題である。

 なんせ、大体の目的は定まったが、その目的への筋道がまっさらである。

 一先ず、何かしら上手い具合に手掛かりか方針が欲しい所だ。

 という訳で、病院付近に居るので、一先ず恭介の様子を一目見ようと移動を開始する。

 深い理由など無い、単純に己の決意を固める一心の何気ない行動だった。

 

 その筈だったのだが、

 

「……居ない?」

 

 彼の病室が見える位置にあるビルの屋上に立って眺めているのだが、病室のベッドの上に居るはずの彼の姿がないのである。

 最初は用でも足しているのかと思って待っていたのだが、一向に現れないのには流石の彼女も不審に思い始めた。

 取り敢えず中に入って様子を確かめようと、彼女はその位置から病院の屋上へとひとっ飛び。

 階段に繋がる扉に掛かった鍵を魔法で解錠し、内部に入り込む。

 流石に寝静まっている病棟なだけあってか、廊下に人の気配は全くない。

 だがそれでも、用を足す為に出歩く患者が居ないとも限らないので、出来る限り慎重にさやかは目的地へ急ぐ。

 果たして、部屋の目の前へと至ったさやかだったが、入ろうと思ったその最中に「ある事」に気付く。

 ……それは恐らく、この「不審さ」を生み出した人間が唯一意図しなかった、最大の「不注意」であったかもしれない。

 それ程に、あからさまな「変化」だった。

 

 

「……なんで、()()()()()()()()()

 

 

 普通、病室の前の廊下には、見舞い人が迷わないように表札のごとく名前の入ったプレートが壁に付いている筈である。

 が、つい数時間前まで恭介の病室であった筈のそこに、それが掛かっていない。

 幾ら身体が完治するよう願いを叶えたとは言え、当日中に退院まで済ませる事があるだろうか?

 美樹さやかはその辺の事情には詳しくないが、直感的に有り得ないと悟っていた。

 

 ならば、彼は今何処にいるのか?

 

<……ねぇ、居るでしょ>

 

 嘗てマミがやっていたのを真似て念じると、直ぐに相手からの返答が届いた。

 姿は見えないが、案外側に居たのかもしれない。

 

<どうしたんだい? さやか>

<一応聞いておきたいんだけど、恭介が何処に行ったか知ってる?>

<流石に其処までは把握し切れていないよ。僕の目的は魔法少女の候補達とのお話や君達の補佐であって、人間観察ではないからね>

<そっか。……なら自力で探すしか無いか>

<心当たりはあるのかい?>

<無いよ>

 

 そう言うや、さやかは突然腰に手をやって一振りの剣を抜き放つ。

 曲刀のようにやや湾曲した片刃の大剣を月夜に白く輝かせた後、彼女はその横腹を無人のベッドの縁に軽く叩き付けた。

 キィン、と甲高い音が響く。

 ベッドには特に凹みも作らず、単に軽く打ち合わせる程度の衝突。

 だが大剣は、不自然な程に刃を震わせながら金属音を響かせ続ける。

 その状態を維持したまま彼女は刃を左右上下に振って、ある一方に向けながら軽く頷いた。

 

「でもまぁ、思い付きでも出来るもんなんだね。……本当に魔法少女になったんだなぁ」

 

 刃を鞘に仕舞った彼女は何処か感慨深く呟いて、無人の病室を後にした。

 

 

 

 彼女がやっているのは、端的に「ダウジング」である。

 刀身で叩いたその振動に魔力を伝わせ、一番大きく震える方向へと向かう事で恭介を探し出すつもりであった。

 少し前の休みの朝に見たテレビドラマの登場人物がやってたのをふと思い出しただけなのだが、案外すんなりと出来ている手応えをさやかは感じていた。

 

「こっちかな、っと」

 

 何度か途中で刃を抜き出して確認しつつ、さやかは建物の上を大きく跳躍していく。

 進行方向をほぼ変えないままに、次第に振動が大きくなっていくのを考えるに、恭介は一定の場所から動いていないようだ。

 だが、その方向にさやかは引っ掛かりを覚えていた。

 

「……恭介の家がある方じゃないし、どんどん街から遠ざかってるぞ?」

 

 実は既に見滝原市を超えて風見野市に入っている事を自覚しないまま、さやかは不審げに言う。

 何か変な胸騒ぎを覚えるさやかだったが、一先ずダウジングの示すままに突き進んでいく。

 見知らぬ土地ではあるが少なくとも方向は分かる故に、その足取りは一つも衰えない。

 

 

 

 それは一言で言えば、余りにも「無防備」だった。

 素人さ故の恐れの無さが、「予期せぬ事態」への反応を鈍らせてしまっていた。

 そう、例えば。

 

 

「ッ!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()への対応とか。

 

 

 

 胴体の真ん中目掛けて槍のように一直線に向かってくる標識を、反応に遅れたさやかはそれでも何とか体を捻って躱そうとする。

 が、少しタイミングが遅かった為か、肩を引っ掛ける様に標識が掠め、バランスを崩した彼女は錐揉みするように墜落する。

 

「いったぁぁ……っ」

 

 幸いだったのは、真っ直ぐ硬いアスファルトに落ちたのではなく、建物の手摺に何度か身体をぶつけていた事で勢いが減っていた事か。

 痛む身体に治癒魔法をかけて無理矢理立ち上がったそこは、集合団地の真ん中の小道であった。

 深夜に寝静まったアパート群には明かり一つ点いておらず、それなりに派手な彼女の落下を目撃した者は恐らく殆ど居ないだろう。

 

 ただ一人、正面の道に立つ、街灯に照らされた人物を除いて。

 

「……えっと、その」

 

 さやかが困惑の表情で呟くのは、その「人物」の姿が故だった。

 まず明らかに自分と同世代かそれ以下の少女、背丈もまどかよりも小さいくらいの少女に見える。

 ジーパンに無地のシャツ、さらにチョッキを一枚羽織るだけの簡素な風貌で、白い肌に青い目、腰まで伸びた白髪を後ろに2つに束ねている。

 前後に伸びた2房の金色の毛を頭頂部に靡かせた少女は、何をする訳でもなくじっとさやかを見つめている。

 だがさやかを困惑させたのは其処ではなく、少女から一切の、ある種の「気迫」を感じないから。

 つまりは、

 

――この子、魔法少女じゃない。()()()()()()()()()()()()()()?――

 

 さやかが飛んでいた地点まで標識を投げられる時点で、最早「魔法少女」の仕業としか思えない。

 マミが嘗て言っていた「縄張り争い」、その一端に依るものだと思っていたさやかにとって、目の前の「魔法少女ではない少女」の存在は疑問しか残らない物であった。

 それでも、一先ず彼女を此処から引き離そうとは判断できたのか、さやかは少女に恐る恐る声を掛けた。

 

「あのー。あ、あたしは決して変な人では……」

 

 

 

『誰かと思ったが、見かけん顔だ。まぁ良いか』

 

 

 

「っ!?」

 

 異様な声だった。

 普通、彼女が話すなら真正面から声が聞こえて然るべきなのだが、その声はまるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()直接鼓膜へと響いたのだ。

 寒気立つ様な感覚を背に感じ、思わず腰に収めていた大剣を抜き打つ。

 真上からの電灯に照らされた無骨な片刃をギラリと光らせるのを見て取ったのか、少女はニヤリと口の端を吊り上げた。

 

()()()()()()()()()()()()()()、線は薄いか。道で偶々真横をすれ違った程度か、何らかの接触をしたのか。ま、どちらとしても関係無いか』

「あんた、一体なんなのよ?」

『そうだな……、聞きたいか?』

 

 微笑を浮かべて聞き返す少女の目は、彼女への品定めするような意地の悪そうなものだ。

 その視線が何かしら、さやかの琴線に軽く触れたらしい。

 イラッとした表情を作った彼女は、遂に刃を真っ直ぐ少女へ向けて言い放った。

 

「……見て分かるよね。痛い目に会いたくなければ、とっとと――」

 

 その瞬間だった。

 

「――ッ!?」

 

 

 さやかの視線が、文字通り()()()()()()()()()

 

 

 音もなく、いきなりズンと下に落ちた視線は、丁度少女の腰のあたりの位置で止まる。

 それが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだと気付く、それと同時に、今度は「真上から」だった。

 

 

 

 ズパァンッッ!! と空気が破裂する音が彼女の頭上から降ってきたのだ。

 

 

 

「あッ――!!?」

 

 至近距離の爆音を受けて人形のようにグラリと頭を揺らしたさやかだったが、意識まで奪われなかったのは流石というべきか。

 朦朧とする状態でも、何とか首を持ち上げて状況を確認しようとする。

 が、その先の光景の理解までは不可能だったのか。

 

「……は」

 

 真上を見上げた体勢で、ぽかんと口を開いて呆然としていた。

 

 

 

 

『ん。それがお前の「力」なのか?』

 

 果たして頭上には、白色の光沢を放つ巨大な「手」が2つ、掌をピタリと合わせて浮かんでいた。

 軽自動車位なら片手で一掴み出来そうなその手がヌルリと動くや、滑らかに宙を移動して少女の背に控える。

 手の付け根と少女との間には何もなく、糸で吊っていたり、支えとなる物が地面にある訳でもない。

 言わば、()()()()()()()()()()()()()()()()、という摩訶不思議な光景が其処にはあったのだ。

 

 そんな「宙に浮かぶ両手」を背に浮かべた少女は、自身に備わった「本来の両腕」を組んで、何処か愉しそうに言葉を続ける。

 

『いや、違うな。それより()()()()がさっきから増している。……顔を見せろ、コイツを助けたいならそれ以外に手は無いぞ』

 

 途中、明らかにさやかとは違う「誰か」に向けるように声を放った少女は、余裕ぶった笑みを崩さずに小さく首を傾ける。

 と、背後の腕が再び動き出し、さやかの方へと音もなくヌルリと移動し始めた。

 まだ意識がハッキリとしてない中でも身に迫る危機には気付いたさやかが、全力で地面に埋まった身体を引き抜こうとするが、腕ごとすっぽりと隙間無く埋まっている為か僅かに上体を反らすだけでも精一杯だ。

 冷や汗を見せる彼女の視界が、プラスチックじみた白色に埋め尽くされる、その直前で「それ」は響いた。

 

「――やれやれ、言われなくてもそうするつもりだったが。これでは少し収まりが悪いな、うむ」

 

 背後から声がした、と思った刹那、さやかの後頭部にポンと誰かの手が乗っかる。

 振り向こうにも首から下が殆ど固定されている身だ、その状態で限界まで首をひねってもスカートらしき布の端しか見えない。

 だがそのスカートの方が動き出すや、彼女の視界に白っぽい足が入り込んできた。

 

「そして一つだけ、君の間違いを訂正しよう。私は彼女を助けに来た訳ではない。おまけに君を退治しに来た訳でもない」

『……何だと?』

「私は、私の「平穏への道」を妨げる全てに容赦はしないが、その為に新たな「波風」を立てるのは道理に合わない……つまりは」

 

 その足はさやかの前に立ち、再び背後へと「手」を引き戻して浮かべた少女と対峙する。

 見上げればその背中ぐらいまでは見える位置関係だが、さやかが腰から上を見上げようとする事は無かった。

 ()()()()()()()()()()()()

 

 さやかの視線は、大体スカートの腰の辺りで止まっていた。

 その人物の、ゆったりと降ろされた右腕の先で縫い付けられていた。

 ぷっつりと切れた様に、()()()()()()()に吸い込まれていた。

 

 

 

 では、此処で一つ問題。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 語気が強くなった瞬間、さやかの頭を触っていた「それ」がガッチリと後頭部を締め付けだした。

 それで「その正体」を確信したさやかが真っ青になって暴れ出そうとするも、硬い地盤は尚も身動き一つも許さない。

 ……いや、もう既にそれは単なる「地盤」ではないのかもしれない。

 さやかの、魔法少女の全力を「ヒビ一つ作ること無く」抑え続けるのは、単なるアスファルトの地面では難しい筈なのだ。

 

「其処の「彼女」と戦闘をすれば、その騒ぎを「連中」に勘付かれる。新たな「波風」さ。一方でこの場で君らに争われるのも障害になる。なら消去法で(さやか)が選ばれるのは道理だろう?」

「な――」

「さて、そして当然それだけでは終われない。……「(さやか)」を排除しても「彼女」は止まらない。その疑問の答えはこうだ」

 

 そう言って、「二本の足」はそのまま一歩ずつ少女の方へと歩き始める。

 それで、腰辺りで止まっていたさやかの視界でも、次第にその足の持ち主の背中が見え始める。

 その姿は、まるで時代錯誤のようなメイド服に身を包んだ、「手」を従える少女よりも少し高めの背丈の少女。

 そんな彼女が両手をだらりと下げた無防備な姿勢で近付く毎に、何故か少女の顔付きが俄に強張り始めた。

 

『おい、何のつもりだ』

「いや、()()()()()()()という意思表示だが。……ああ、そうか。こういう場合は裸体になって抵抗意志がない事を示すべきだったか」

『ちょ!? 待て待て!!』

 

 急に服を脱ぎ始めたメイドに、慌てて少女側が静止をかける。

 何故か羞恥で赤く染まった表情には、既に数分前の余裕の色は見えていない。

 

()()()()()、ってお前、言ってる意味がわかってるのか!?』

「ああ、抵抗しないと言う事さ。……あ、そうか。こういう時のお決まりのオチ、「実は本体は別にいるので無問題、私は捨て駒」みたいな事は無いぞ。先に言っておくが、私はオンリーワンの私だ」

『……、』

「いや、微妙に間違っているか。()()()()()()()だ。君は私を殺して満足すれば良い、私は彼女を此処で殺して、君に殺される。それが目的さ」

『……ああ、成る程』

 

 何か合点がいったような少女の言葉に、さやかもまた「メイド」の意図が理解できた。

 詰まる所この「メイド」は生贄、「囮」なのだ。

 何が理由かは分からないが、此処で大きな「騒ぎ」を起こしたくないのが「メイド側」の意思。

 その火種である「少女」を消そうとすればそれも「騒ぎ」になる。

 だから、もう一つの火種の「さやか」を消し、新たな「波風」になる()()()()()()()()()、他ならぬ「少女」の手で。

 後に残るのは、ただ一人を殺し、一人を見殺した「少女」一人だけ。

 

 「騒ぎ」は起こらない。

 「メイド」の思い通りに。

 

 

 

「……あれ?」

 

 

 

 人知れず呟かれた、それはさやかの「違和感」が吹き出たものだったか。

 単純で、常識的に考えて明らかにおかしな「話」だったが、何故か言い出すのを彼女は躊躇った。

 

「さて、どうする?」

『……、』

 

 きっと、目の前の「少女」も同じ疑問を悟ってる筈だ、とさやかはその緊張感に満ちた表情を見て確信する。

 そして同じ理由で、それが飲み込めずに居るのだと。

 その状態で五分近く、たっぷり二人は睨み合いを続けた挙句に、

 

『ちっ、良いだろう。お前の「思い通り」に引き下がってやる』

 

 遂に「少女」は言って、その「手」が次第に形を歪めて霧のように消えていく。

 それと同時に、さやかの頭の感触も空気の様に消えてしまった。

 ずるり、と後ろの方から湿った音がしたが、さやかにその正体を知ろうとする意思は残ってなかった。

 何かの峠を超えた事を察して、つい気が抜けてしまっていたのだ。

 

『だが顔は覚えた、精々支度をしておくんだな。遺産相続とかよ』

「これはこれは、随分と手厚い殺害予告だこと。まぁ考えておくよ」

 

 皮肉たっぷりの応対を最後に、少女は背後の暗闇へと引き返していく。

 それをたっぷり見送った後、初めて「メイド」はさやかの方へと向き直った。

 

「……は?」

 

 さやかは再び固まった。

 なんせ、作ったような微笑みを浮かべる「メイド」の顔は、先の「少女」と()()()()()()()()()なのだから。

 

「さて、これで君を排除する必要も無くなって()()()()訳だ。彼女の賢明さに感謝するんだな? ……私としては余計な仕事が増えてしまったが、この際必要経費だと諦めよう」

「あんた、一体……」

 

 さやかの問いに対し、「メイド」は()()()()()()()彼女の肩を握り、その体を地面から引き抜くように引っ張りながら答えた。

 

「「スカヴェラ」だ。まぁちと訳あって、君の「探し物」を預かっている。……警戒するな、事情はちゃんと話す。あの場で「始末出来れば」その必要もなかったのだが、契約の条件でね。君と「無事に」遭遇する事になれば、説明義務が生じる訳さ」

「……()()()、ですって」

「自分が殺されかけてたのに最初に反応するのがそれな辺り、まだ実感が薄いというべきか。まぁ良い。どの道、君にも理解してもらわねばならないのだから」

 

 「スカヴェラ」の助けで地面から復帰したさやかは、直ぐ様距離を置くように飛び退いて、何処から取り出したのか大きなサーベルを取り出して構えるが、「スカヴェラ」は相手をする気がないように背を向けてしまう。

 その背中を尚も睨むさやかを余所に、アスファルトの真ん中にぽっかり空いた大穴の縁に屈み込んだ「スカヴェラ」は、明らかに面倒そうに声を出した。

 

「私はこの穴を埋めるなりして処理しなければならない。そんな風に背中を熱心に見つめられたら気が散るのだが?」

「何であんたが、き……「あいつ」を、知ってるのよ」

「その件は一先ず「彼女」に聞きな。丁度迎えが来たぞ」

 

 「スカヴェラ」が顔だけ横目で振り返り、鬱陶しそうに顎で示すのは丁度さやかの背後あたり。

 その投げやりな様子にムッとするさやかだが、一応は言われた通りにチラリと目線を向ける。

 

 

 

 

 

「という訳で迎えに来ました」

「わっっ!!?」

 

 僅か5cm位先に浮かんだ誰かの「碧眼」とピッタリ視線があった。

 仰天して一度は身を引いたさやかだが、改めてまじまじと見ると、それは非常に見覚えのある人物の物だった。

 

「……ミラさん?」

「はい、私です」

「あん――あなたが、お迎え?」

「はい、急いで駆け付けたのですが、どうも一悶着有ったみたいで。申し訳ありませんね」

 

 普段の仕事着(スーツ姿)とは違う、ややラフな普段着を纏った彼女が答える。

 どうやらかなり急いでいたのは本当らしく、金髪も若干乱れていてほのかにシャンプーの匂いが漂っている。

 表情もさやかの無事に安堵している物で、裏がないように見えた。

 その無害さの塊の様な対応に毒気が抜かれたのか、さやかは自身が落ち着きを取り戻していくのを感じていた。

 

 

 

「募る話は有りますが、一先ず場所を移しましょうか」

「……何処に連れて行くつもりなの?」

「「あの子」を探しに来たのでしょう? ……なら、先ずはそれが優先ですね」

 

 

 

 

 

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