UNSUNG EVOLUTIONS   作:B.O.A.

33 / 55
Ch-5-Act-02

・見滝原市近郊、文化センター。

 

 

 

 「蝗害(こうがい)」という言葉がある。

 聞き慣れない人も居るだろうが、地震や嵐、洪水といった大災害と肩を並べる程太古の昔から恐れられていた自然現象であり、その記述は紀元前のエジプト王朝から存在している。

 その実態は単純なもので、大発生した「飛蝗(ひこう)」、いわば「バッタ」が群れで移動し進路上の作物を根こそぎ食い荒らす事による飢餓の被害だ。

 それだけ聞くと余り恐ろしさを感じにくいが、3~4cmのバッタが数十億単位の集団で飛んでくる恐怖は尋常ではなく、群れに当たった植物は例外なく喰い尽される為に作物への被害は現代でも深刻な物となる。

 有名な「ヨハネの黙示録」で「蝗害」が「奈落の王アバドン」、他の文献では「サタン」や「ルシファー」に同一視される悪魔的存在として神格化されている事も、当時の人間の恐怖を浮き彫りにしているだろう。

 

 そしてこれは余談だが、「セイクウ」は厳密には「征空(セイクウ)」と表し、文字通り「空から征する」B.O.W.として名付けられている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意図せずして開いた扉の向こうは、正に暗闇そのものだった。

 リーダーやバディがライトを当ててみるが、真っ暗その物で何も見えない。

 

 ……いや、それはおかしい、光を当てて払えない闇(・・・・・・・・・・)だと?

 

 誰もがそう思った時、一番最初に答えを知ったのは一番前方で倒れた隊員だった。

 起き上がろうとして倒れたまま頭を上げた彼のすぐ目の前に、かしゃ、と音を立ててそれは降りて来た。

 ライトに照らされるそれは全身が漆黒のバッタであり、トノサマバッタに近い見た目だが体長は10cmとその種のバッタにしては規格外に大きい。

 その足は通常のバッタと比べると図体の割に短めだが、非常にがっしりとした作りになっていて、特に前方2対は足の所々に返しの付いた棘が生えていた。

 その代わりと言うべきか、このバッタは非常に長い羽を持っており、長く飛ぶ事が出来そうな印象だった。

 やや大きめの頭部の大部分を2つの複眼が占め、その下の顎には剃刀状の器官が上下に噛み合っていた。

 

 彼は知らない。足の棘と顎以外の特徴は全て「群生相」と呼ばれる、「蝗害」を引き起こすバッタの特徴だという事を。

 

 彼が怪訝そうにそれを見ていた直後、ヴヴヴヴヴヴヴッ!!という異様な音が響き始めた。

 彼も、その後ろに倒れるマミも慌てて見渡すが、何が起きているのか全く分からない。

 

 

 

 全てを知っていたのは、扉の真正面に立って照らしていたリーダーだった。

 今まで「闇」だと思っていたそれが、さざ波の様にうねり始めたのだ。

 いや、それは最早「闇」などではなく――――、

 

 

 

「不味――」

 

 最後まで口にする事は出来なかった。

 一斉に、爆発するかのように、「セイクウ」が襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 階段を降りて来た彼等が、ライトを点けて照らした先は「地獄」その物だった。

 黒い「バッタ」の群れが、まるで煙の様に蠢いて人間に襲い掛かっていた。

 的が小さすぎる上狭い所では誤射の恐れも有ったが為に火器が使えず、隊員たちは必死にナイフで応戦しているものの、「セイクウ」はバッタ譲りの俊足で逃げ回り、僅かな隙を突いて飛び掛るや強靭な腕の棘を突き立て体を固定し、カミソリのような牙で削ぐように肉を抉っていく。

 一体一体はそれでも、数十数百単位で矢次にやられる事を考えるとその苦痛と絶望は想像を絶する。

 その猛威は彼等にも例外なく襲い掛かってくるので、二人もナイフを持ち出し応戦を始めていた。

 ところが、その後ろから遅れて降りて来ていた「エーワックス」は目の前の光景を見るなりこんな事を口にした。

 

『変だな。思ったよりも群れが小さいぞ?』

「何だって?」

『咄嗟にもう一度閉め直したのかな。でも、それにしてもなぁ……』

 

 答えはその先に存在していた。

 

「……君は、一体……?」

 

 そう発したのは、真ん中で倒れていた隊員だ。

 彼はうつぶせで倒れた姿勢のまま頭を上げ、自分の後ろを、後ろに倒れている少女を呆然と見ていた。

 

 

 

「……い、今の内ですっ。抑えているうちに早く……!!」

 

 彼女は倒れたまま右手を上に伸ばして、その先から幾つもの「黄色いリボン」を伸ばしていた。

 そのリボンは複雑に絡み合って巨大な籠になり、飛び出そうとしていた「セイクウ」の群れの殆どを抑え込んでいたのだ。

 

 

 

『成程、これは嬉しい誤算。マミちゃんがBSAAと合流していたとは』

 

 自分の周りにいつの間にか薄い青色の透明なバリアみたいな物を張って、「セイクウ」を全く寄せ付けていない「エーワックス」が感心したように発言する。

 それに対して、必死にナイフを振り回すほむらが怒鳴るように答えた。

 

「呑気に言ってる場合じゃないでしょ!! 次はどうすればいいの!!?」

『取り敢えず彼等と一緒に撤退。来た道を引き返して階段を上がった先の会議室まで走りましょうか』

「分かった……、【“イレブン”! 撤退させろ! 誘導は此方がやる!】」

「【その声は“エディ”か!?】」

「【そうだ! 急げ!】」

 

 彼の声を聞いた“イレブン”は応戦しながらも的確な指示を出して、部下の撤退を即させていく。

 

『誘導役くらいは言いだしっぺだし私がやるわ。ほらほら皆さん急いで~』

 

 あんまり焦っている様子の無い「エーワックス」の割としっかりした誘導で一人、また一人と逃げていく中で、二人は漸く発生源の機関室前まで到達する。

 既に残って居るのは、二人とマミ、“イレブン=リーダー”に“バディ”の5人だった。

 

「巴マミ、動けそう?」

「……その声は暁美さん? あなたも来てたのね……」

「【……おい、ひょっとして知り合いなのか?】」

「【色々あってね。巻き込まれた口ってのは二人とも変わってないさ】」

 

 ほむらがマミを抱き起し、その体に付いているバッタを引き剥がしていく傍らで、英語で“イレブン”と“エディ”が呟く。

 そして、その傍らにいた“バディ”が男二人に声をかけた。

 

「【彼女たちをどう動かしましょう。下手を打てばこの大群に囲まれる事になります】」

「【一先ず聞いてみるしかないな。最悪全力疾走するしかないかもしれんが】」

 

 目の前の黄色い籠の中で激しく暴れる「闇」を前にしてそう呟くBSAAの二人。

 それの発する耳障りな轟音の所為で隣の人間の声も聞き辛い有様だったので、竜二が代表してマミの元に駆け寄った。

 

「どういう状況だ?」

「思ったよりもこいつ等の力が強くて、リボンを下手に動かすと穴が出来るかもしれないみたい」

「……咄嗟に放ったから、床に括り付けたら崩れるかもしれないの」

 

 二人の返答を聞いた彼は、後方の二人を見て指でジェスチャーをする。

 その意味を理解した彼等は、二人の来た方向へ撤退していった。

 

「仕方ない、出て来るのを覚悟で全力疾走するしかないな」

「……そうね、そうするしかないか」

 

 彼の発言を受けて一瞬、時間停止の魔法を使おうかとも考えたほむらだったが、大量のバッタが飛んでいる今では傷を受ける可能性が大きいし、それ以外にもまだマミに明かすのは得策ではないと判断した。

 下手に体勢の動かせないマミは竜二に任せ、彼女はその場で立ち上がる。

 

「3カウントで解除するんだ。良いな?」

「は、はい」

 

 最後の打ち合わせをする二人を後ろに、ほむらは真っ直ぐ戻る道を見据える。

 彼女は自然と、二人のナビゲーション役を買っていた。

 唸るような轟音が心なしか大きくなっていく中、彼のカウントを聞き逃すまいと耳を澄ませていく。

 

 

「3、2、1、」

 

「解除!」

 

 

 その声でリボンの籠がぐにゃりと原型を失う。

 マミを抱き抱えた彼と共に走り出したほむらの後方から、先程の数倍にも匹敵する音を立てながら「セイクウ」が迫ってくる。

 幾ら彼等が全力で走ってもバッタの飛行速度には適わず、あっという間にその背に追い縋ってくる。

 だが、彼等は何も考えずに群れに飲み込まれようとしている訳ではない。

 ほむらは素早く盾裏に手を伸ばして、小さなスプレー缶の様なものを出してきた。

 赤色のラベルの付いていたそれを素早く後ろに向けると、躊躇なくトリガーを引いた。

 直後にノズルから飛び出したのは、赤々と光る巨大な火炎だった。

 当たらない位置に居るものの、やや屈む様に避ける姿勢を取った竜二の直ぐ後ろで火炎がバッタの群れに直撃し、怯んだ群れの先頭の速度が明らかに落ちる。

 その向こうから躊躇なく別のバッタが突っ込んで混乱が起き、群れ全体の侵攻が遅くなっていく。

 その隙に通路を走りきり、階段を上って上階の廊下に出る。

 目的の会議室は階段の直ぐ対面、直線では3m程度の距離にあった。

 扉は開かれており、両開きの扉を何時でも閉められるように待機する部下2人の間で「エーワックス」が手招きしていた。

 だが、既に群れは背後1mまで迫っている。

 背後に向けて必死に火炎放射を続けるほむらだったが、火炎と天井や床の僅かな隙間をすり抜けて生き残った群れが突っ込もうとしていた。

 もう限界が近い。

 最早走るというよりは飛び込むといった感じで二人は廊下を駆ける。

 

『閉めてっ!!』

 

 二人が辿り着くその寸前、恐らく飛び込むのと閉める動作の間隔を無くす為に「エーワックス」が叫んだ。

 直ぐに反応した隊員二人が、全力で扉を閉めに掛かる。

 その扉の先が、微かに飛び込む2人の身体を掠めていく。

 だが、閉め切るより前に彼等の身体は扉の向こうに到達していた。

 一人を抱えたまま二人が身を投げ出すように倒れるのと、閉め切った扉に群れが突っ込むのは同時だった。

 バタバダバタバタッ!!っとバッタが扉にぶつかる音が響き渡る。

 不意に開く事が無いように、隊員の一人は急かされる様に扉の取っ手にライフル銃を噛ませて閂替わりにした。

 その後も扉の向こうでは暫く羽音が鳴り続けていたが、やがて諦めたのか小さくなってほとんど聞こえなくなった。

 

「……助かったの?」

 

 最後まで竜二の腕に抱かれていたマミが、ぐったりと倒れている彼から抜け出してそう呟く。

 彼女の正面に立ってた「エーワックス」は、床に座り込む彼女に手を差し伸べながら答えた。

 

『まぁ、一先ず時間を稼げた程度かな。念のために換気口なんかは塞いじゃったから息苦しいだろうけど、どっちにせよアレをどうにかするまでは同じ事か』

「……そっか、あのバッタは倒さなきゃいけなかったんだっけ……」

 

 どうやらあの一瞬の間でほむらとの間で情報を共有していたらしい。

 マミを助け起こした「エーワックス」は、そのまま彼女を長テーブルの一つに座らせて怪我の手当てを始める。

 メディック(衛生)担当から物資の協力も得て手際よく進めていく傍らでは、同じ様に手当てを受けていた隊員が数人いた。

 「セイクウ」への足止めが効いたのと撤退が迅速だったのもあって、殆どの隊員は軽度の刺し傷や裂傷程度のものだったが、その間全くの無抵抗でいたマミなんかはその限りではなく、背中に見るだけでも痛そうな大きな傷を負っていた。

 

「(……これくらい、私自身で何とかなるんだけどなぁ)」

『(生憎聞こえてるよ。現状で賄えるものにも態々特殊な力(魔法)を使ってるといざという時にガス欠するよ? 効率良くしなきゃ)』

「(それもそうね……、っ痛ぅ)」

 

 手当の合間に、お互いにしか聞こえない程度の小声でそう会話する二人の向こうでは、リーダー格とも言える男二人が集まっていた。

 

「【で、実際の所、彼女らは一体何者なんだ?】」

「【話せば長くなるから詳しくは後だが、そこの黒髪と黄髪は「X-MEN」的な奴らだと思ってくれればいい。力そのものは「ハリポタ」に近いが】」

「【……それでも理解に苦しむ所だが仕方ない。後でしっかり聞かせて貰おう。それで、残りの白髪は彼女らとも違うのか?】」

「【ああ、彼女はこの件の黒幕だ】」

「【ふむ……、いやちょっと待て。“黒幕”だと?】」

「【黒幕は黒幕だ。アレをこの場に持ってきたのも、更に俺達にアレが暴走した事を通報したのも彼女だ】」

「【……ッ!】」

 

 一気に険しい表情を作って、「エーワックス」へと詰め寄ろうとするイレブンを竜二は片手で制した。

 抗議するような表情で彼へ振り向くイレブンに、飽くまで冷静に伝える。

 

「【直ぐにでもとっ捕まえたい気持ちは分かるが、アレへの明確な対抗手段を考えつけるのは彼女しかいない。今は猫の手でも借りるべきだ】」

「【だが……ッ!】」

「【それに、どういう訳か今彼女はこの場からでも建物のシステムへ干渉を掛けられるようだ。下手に拘束でもして、彼女が腹いせにシャッターを開いてアレをばら撒きでもしたら悲惨な事になるぞ】」

「【……畜生っ】」」

 

 苦虫を噛み潰したかの様な表情をして暫く黙っていたイレブンだったが、やがて渋々といった風に彼に頷いてから、二人の元へ歩いて行く。

 その背を見ていた彼に、傍に寄って来たほむらが話しかけた。

 

「ねぇ、あの人達も貴方の仲間なの?」

「立場は全く違うがな。「BSAA」って言って分かるか?」

「……いえ、その、ごめんなさい」

 

 只でさえ世間の認知の低い国際組織な上に、実質この世界ではまだ1週間程度しか生きていない彼女には流石に酷な話だ。

 知らない事には仕方ない、と彼は簡素な説明を始めた。

 

「そうだな……、この際だし、「B.O.W.」って用語も少しだけ触れとくか」

「そう言えば、貴方とアイツ(エーワックス)との会話に出てたわね。……まさか、それが?」

「ああ、俺が今追っているものだ。簡単に言えば、「違法な技術で製造された生体兵器」と言った所だ。厳密な区分やタイプなんかまでになると流石に一存では明かせない」

「生体、兵器……」

「さっき戦ったデカい蟹もそうだ。信じられんかもしれんが、アレが現実なんだ」

 

 彼女はホテルでの一幕を思い出し、急に気温が下がった様な錯覚を感じた。

 あんな物が何体も戦場を蹂躙する光景を想像し、「兵器」である以上現実になる可能性を否定できない事に、身を締め付けられるような感覚を覚えた。

 その中に巻き込まれて、本当にまどかを守り通せるか、今の彼女には正直自信が無かった。

 そんな風に気を落としているほむらの様子を見て取った彼だが、飽くまで口調は変えずに続けた。

 

「当然、世間としてはそんな違法兵器を許す訳にはいかないが、だからって国際レベルで鎮圧活動を取ると今度は「外交」って問題も浮上しかねない。それを解決する為には強力な後ろ盾を受けた組織が必要で、つまりそうして「BSAA」が生まれたって訳さ」

「じゃぁ、彼等は……」

「そ、彼等は“B.O.W.”鎮圧のエキスパートだ。あの蟹の古いタイプなんかはコンビで倒したって話も聞いてるぞ」

 

 あの化け物共と真っ向から立ち向かい、征する者達。

 凡そ常人のやる事とは思えないが、それを言ったらあの化け物の方が狂気じみている。

 そういう集団の一つや二つは有っても良いのかもしれない、そう考えていたほむらだが、ふと前を見るとマミと「エーワックス」、BSAAの面子が集まって長机の一角を囲んでいた。

 傍らの彼も気付いたらしく、そこに向かって歩いて行くのでその後を彼女も追った。

 

「【……で、此処の通路を何かしらで埋めてしまえば後は一本道だ。誘い込めれば挟み撃ちで打尽に出来る】」

『確かに一本道だけど、それは私達に取っては、だよ。此処、展示物のオブジェが有るんだけど、中の空洞を抜けられた場合はそのまま上階まで登れてしまう。逃げ込まれたら一部は逃げられてしまうね』

「じゃぁ、私が其処を抑えれば……」

『誘い込むだけでも大分希望的観測なのに、更に貴方を別行動にしたら更に期待値が下がるわ』

 

 英語と日本語が同時に飛び交う奇妙な集団は、中央の長机に置いた数枚の紙を眺めていた。

 見ると、どうやらこの館内の階層毎の図面のようだ。

 どう見ても線は手描きだったが、かなり精巧な作りに見える。

 その集団に寄った彼が気になったように口を開いた。

 

「いつの間にこんな物を用意したんだ。まさか主要施設全てが戦場と想定して、予め作っていた訳じゃあるまい」

『私がさっきパパッと描いたの。元々此処に一つの拠点を置いてた訳だし、見なくても建物の形はある程度は分かるのよ』

 

 そう説明する「エーワックス」のすぐ隣に居たイレブンが彼を見て、小さく目配せをする。

 不気味な位に協力的で献身的な彼女を、ここで態々敵に回すのが非効率的であると本人なりに理解した様子だった。

 

『一先ず、此処を移動しない事には始まらないね。向こうに廊下を占拠されてると圧倒的に不利だし』

「【だが、此処は扉が俺達の入って来た一つしかない。向こうが何時襲ってくるか分からん以上、下手に扉を開ける訳には……】」

『ところがどっこい、これがそういう訳じゃないのよ』

 

 バディの発言に彼女は何気なく返答する。

 その様子を見るに、奇妙な事に彼女の発言はほむらやマミには普通の日本語として聞こえているのだが、彼等には英語として聞こえているらしい。

 どちらも使える竜二にはどう聞こえているのだろう、とほむらは思ったが、此処で口にするのは止めておいた。

 首を傾げたバディに答える様に、彼女は彼等を会議室の奥の方へと導いていく。

 そのまま端の方へやってくると、しゃがみ込んで徐にカーペットを剥き始めた。

 

『間取りを見て分かるでしょうけど、この会議室には窓が無い。だから非常時には此処が抜けて下に降りられるようになっているのよ』

「下はどんな部屋になっているの?」

『確かシアタールームだったかと。裏の資材部屋から外に出られる算段みたいだね』

 

 カーペットを剥がした先にあった四角い蓋に床に伏せる様にして頭を付け、 シアタールームから不穏な音がしないか聞き耳を立てて確認を始める「エーワックス」。

 彼女の邪魔をしない様に、自然と音を立てない様に注意する一同。

 自然と場の空気が緊張していく。

 

 

 そんな時だった。

 

 

「……ねぇ、竜二。ちょっと良い?」

 

 そんな風に発言したのは、一団の一番後ろに居たほむらだった。

 この空気の中での発言は否が応でも目立つ、感情意志問わず、その場に居た誰もが彼女の方へと視線を向けた。

 呼ばれた竜二自身もやや呆れていたが、どんなに荒事慣れしてようが飽くまで子供だ、と下手に責めるのを控えた。

 彼女のすぐ前にいた彼は、流し目で後ろの彼女を見ながら応じる。

 

「何だ。手短にな」

「……何か、扉の向こうから聞こえない?」

 

 そう言って、彼女は廊下への扉を指差した。

 その表情はかなりの緊張感を帯びていて、気の迷いと断じるには難しい印象がある。

 彼は他の面子に音を立てない様にハンドサインで伝える。

 明確に理解した隊員達と「エーワックス」、何となくだが理解したマミ達は更に一層の緊張感を帯びて沈黙する。

 すると、僅かにだがその“音”は聞こえて来た。

 

「【……またあの羽音か】」

 

 恐らく、一時的に離れていた群れが戻って来ているのだろう。

 サイレンの様な轟音が近づいてくるのに緊張する一同だが、イレブンが諌めるように続けた。

 

「【今群れが廊下に居るのならば、下の階で鉢合わせする可能性は少ない。移動できるチャンスだ】」

 

 その言葉に納得した隊員達が扉から目を戻して、非常口に注意を戻す。

 一番後ろに居た二人は、各々の得物を取り出して扉の方へ注意を向ける。

 マミはBSAAの面子と同じように、背後の警戒を残りの二人に任せて正面に向き直った。

 

 だが、非常口に一番近い「エーワックス」は伏せた状態で頭を上げたまま全く動かない。

 会議室の壁の一角に頭を向けたまま固まるその姿は、羽音の方向へ耳を澄ませている様にマミには思えた。

 しばらく間をおいても微動だにしない為、多少痺れを切らせていたのかイレブンがやや強めの口調で彼女に話しかけた。

 

「【……聞こえていただろう、今降りるなら多少は此方に分がある賭けだ。背後は二人が警戒しているから、俺達は直ぐに――】」

 

 

 

 

 

 その時を、マミははっきりと見た。

 固まっていた「エーワックス」が酷く驚いたように目を見開くや、彼女の長い白髪の先が僅かに、だが明らかに不自然な程逆立ち、そこから“青い煙”の様なものが放出されたのだ。

 その煙は嘗て彼女が見た、あの“赤い少女”から放たれたオーラに似ているものだった。

 イレブンやその他の隊員も目撃するが、あまりに突然の事に面食らって動けないでいる。

 

 そして、次に起きたのは背後からの大きな物音だった。

 その音で漸く事態に気付いたほむらと竜二も含めて一斉に皆が其方に振り向く。

 

 

 

 そこに広がっていたのは、ほむらやマミですら絶句する光景だった。

 

 

 

扉から離れてッ(・・・・・・・)!!』

 

 何時になく緊迫した彼女の叫び。

 それと同時に、淡い青色の光を帯びた複数の長机(・・・・・)がポルターガイストもかくやという勢いで浮かび上がるや、一斉に会議室を横切って扉の前に乱雑に積み上がったのだ。

 そのけたたましい轟音に驚いたのか、思わずマミが小さな悲鳴を上げた。

 そして、悲鳴を聞いた事で漸く我に返ったのか、イレブンが手のライフル銃に力を込めながら彼女に問いただす。

 

「【おい、何をしている!? 何に気付いたんだ!!】」

『……今に分かるよ……ッ!!』

 

 今までの余裕ある態度から一変、焦りと緊張を露わに扉の方を激しく睨む「エーワックス」の様子に思わず息を呑むイレブン。

 誰もがその雰囲気に飲まれて何も言い出せない中、彼女は両手を突いて立ち上がると真っ直ぐ扉へと向かう。

 

 

 彼等がやっと事態に気付いたのはその時だった。

 

 

「……何の音、これ……?」

 

 無意識的に呟いていたほむらの耳に飛び込んできたのは、おぞましい羽音に混じって聞こえる、断続的で甲高い音だ。

 金属同士を削るような、とても耳障りな音だ。

 よく聞いてみると、その音と羽音は殆ど同時に音量を増していくのが分かる。

 

『……貴方たちは先に降りてて、私はそれまで此処を抑える』

「おい、お前まさか……」

『有り得ない。だけど、これは予想すべきものだった。私の失態よ』

 

 羽音が、異音が直ぐ其処まで近づいてくる。

 「エーワックス」が扉の前までやってくると、目の前に積まれた長机が再び“青い光”を帯び始める。

 そして、未だに立ち尽くす彼等に首だけ振り向くと、喝を入れるように叫んだ。

 

 

『早く行けッ!! 扉を破られる前にッ(・・・・・・・・・)!!!』

 

 

 ある意味、その叫びの所為で、彼等はある変化に気付けなかった。

 断続的に響いていた異音が、前触れもなく消えていた事に。

 そして、

 

 

 

 

 

 固く閉じられていた扉が、いきなり九の字にへし折れた。

 その前に積まれた長机が内側に弾け飛びかけて、次の瞬間には再び元の位置に集まっていく。

 それとほぼ同時に壊された扉の残骸も青く輝き、再び元にあった位置へと移動する(・・・・・・・・・・・・・・・)

 壊された事で生じる隙間を消す様に。

 「黒いバッタ」を、一匹たりとも通さない為に。

 

 

 

 

 

「……ッ!」

 

 漸く事態を飲み込んだ竜二がほむらを庇うように下がらせるその向こうで、BSAAの一団が躊躇なく非常口の蓋を開いた。

 下を覗き込んで真下に障害物が無い事を確認すると、偵察役から一人一人速やかに降りていく。

 その間にも数回、扉や長机が「何か」によって吹き飛ばされかけて、その度に彼女が再び破片を押し戻していた。

 地震の様にも思える衝撃が床を伝わり、マミ達にもその恐ろしい破壊力は容易に想像できた。

 

「二人とも、先に降りてな。俺達はその後に行く」

「【次は君たちが降りるんだ。下の安全は確保された】」

 

 下に危険が無いと分かるや、少女二人は迅速に下へと降ろされていく。

 そして残ったのは、また例によって男三人だった。

 

『……畜生、フルパワー出せない(・・・・・・・・・)のが腹立たしいわ。ホント』

 

 バディが降りていくその時に、苦しそうな弱音が聞こえて来た。

 イレブンと竜二が扉の方を見ると、先に比べて扉や長机を覆う青い発光が明らかに弱くなっていた。

 自らの限界を悟ったのか、彼女は此方を振り返らずにこう呟く。

 

『悪いけど、降りたら直ぐにその蓋を閉めなさい。私は行かない』

「【……犠牲になるって言うのか】」

『虫如きにただ潰されるのは性に合わない、最後に牙剥いてやる……。蓋を閉めてから10秒耐えてあげるから、その間に端末を何でも良いから水の中に沈めなさい。耐水性ぐらいついてるでしょ』

 

 イレブンとしては、黒幕ではあるが一応協力者だった彼女を犠牲にするのは複雑な心境だ。

 本人の意思としては何が何でも止めたいが、かといって無策であのバッタに対抗できるとはお世辞にも思えない。

 「彼女は仲間ではない」、そんな黒い言葉が自分の中で揺れ動く。

 そんな時だった。

 

『後、勘違いはして欲しくないけど、別に私は死ぬつもりは無いし、こいつ等程度で殺される事もない。命を犠牲にするのが嫌だとか、そんな“優しい信念”で残るつもりなら傍迷惑だから先に言ってね。今からその穴に叩き落としてあげる』

「【……食えない奴だ、お前は】」

『よく言われるよ。それと最後にこれだけ』

 

 彼女は少しだけ間を置いた。

 そこから続く言葉は真に本心だと暗に示す為の、やや芝居掛かった仕草だった。

 

 

 

 

 

『絶対に止めてね。この“バカ息子”を』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後ろで小さな物音が響く、彼等が蓋を閉めた音だ。

 後は10秒待って、事を起こすだけ。

 

『……あぁ、やっぱりどうしても感情的な部分が抜けない。常に結果オーライに繋がる訳じゃないってのに、どうしてハッキリ区分できないのか』

 

 一撃、扉に衝撃が伝わる。

 彼女は判断した、恐らく後二撃が実質の限界だろう。

 

『ま、だからこそ面白いんだけどね。不確定事象(カオス)を幾らでも引き起こす、“個”が“個”であると真に証明できる唯一の手段。……本当に、実に面白い物』

 

 二撃目、等々長机までもが粗方破壊されてしまった。

 空中分解しかねないそのバリケードを形だけ維持しながら、だけど彼女は笑っていた。

 

 

 

 

 

『だから期待してるよ、貴方たちには。一生懸命頑張ってね。……そうじゃないと、“私”が全部壊しちゃうから(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 三撃目、だけど彼女はそれを受け止めない。

 わざと自分でバリケードを引き裂きながら(・・・・・・・・・・・・・・・・)、彼女は自らに突っ込んでくる「それ」を真っ直ぐ見据える。

 回避する事もなく、ただ真っ直ぐ突っ立って、それでも彼女は笑っていた。

 

 そして、「それ」が彼女の胸へと真っ直ぐ突き刺さり、そして、

 

 

 

 莫大な閃光と衝撃波が、文化センターを丸ごと震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恐ろしい衝撃だった。

 竜二が自らの端末をイレブン達から譲られた飲料水に沈めた直後にそれは起きた。

 まず最初に感じたのは恐ろしい振動、大の人間が床に薙ぎ倒される程の衝撃。

 次に感じたのは“光”だった。それもただの光ではない。

 

 一切電源のない筈の「蛍光灯」が一瞬にしてフラッシュの様に発光し、破壊される光だ。

 

 近くに居た少女二人を庇う様に屈んだ竜二の背に破裂した蛍光灯の残骸が降り注ぐ。

 そして最後に、「何か」がバラバラに崩れるような音が響いてきた。

 本来はその前に爆発音が聞こえてもおかしくない、というより聞こえてた筈なのだが、意識が音を認識し始めたのはその時からだったのだ。

 

「……今のは、あの子が……?」

 

 呆然と、やっとそれだけ言えたかの様に言ったのはほむらだ。

 

「一矢報いたんだろうな。完全に終わった保証はないが」

「……そうね」

 

 あんな衝撃を経て、億劫そうな表情をほむらが作るのも仕方ないだろう。

 一方でBSAAの面子が其々装備を確認しだすが、彼方此方で悪態の声が上がっていた。

 

「【電子機器系統が軒並みノックアウトか、レーザーサイトすら破壊するなんて一体どういう事態だ】」

「【むしろ、弾薬が起爆しなかったのが奇跡に思えますね……】」

 

 その言葉を聞いて、ふと竜二は水に沈めた自らの端末を思い出す。

 ほむらから借りた容器に水を浸して入れていた端末を取り出し、徐に電源を入れてみる。

 

 

 

 何故彼女が去り際にああ言ったのかが漸く分かった。

 あの野郎、そう小さく呟いた彼は端末を握ったまま立ち上がり、彼等の元へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

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