UNSUNG EVOLUTIONS   作:B.O.A.

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Ch-5-Act-03

・文化センター外、業務員用駐車場。

 

 

 

 恐らく企画物の展示物を持ち込む搬入口を兼ねている、大型トラックが数台停まれる、だが正面の駐車場とは及びもつかない広さの裏手の駐車場。

 最低限の電灯だけが闇を照らす其処には、だがトラックは停まっておらず、数台の乗用車やスクーターがまばらに止まっていた。

 その中の一つ、文化センターの建物寄りの隅、電灯が照らすその真下に停まった乗用車の中は、逆光もあってか周囲よりも深い暗闇に覆われている。

 だが至近距離で目を凝らせば、後部座席に殆ど身動ぎせずに息を潜める人影を認めるだろう。

 

 ただ一人だけ暗い車内に残されたまどかは、物音一つない静寂の中で、だが今までよりも少しだけ気分が落ち着いていた。

 突然の街の変容、ホテルでの怪物の襲撃と絶え間ない激動を経た彼女にとって、この不気味な程の静穏は、寒気を感じるような恐ろしさ感じると共に、動揺した心をある程度鎮める効果も齎していた。

 それはつまり、彼女の経験上最も緊迫した状態であると同時に、半ばそれからの逃避の為に、今までにない程思考に没頭するコンディションを整えた事になった。

 

――“あの子”はほむらちゃん達に助けを求めた。そして、この場所に連れて来た――

 

 真っ先に思考が向いた“あの子”と言うのは勿論、突然現れた白髪の少女の事だ。

 この事態に深く関わる、ほむら達の態度を考えれば“原因”だとすら思える彼女のあの時の様子は、今思い返しても嘘をついているとは彼女は思えなかった。

 

――でも、ほむらちゃんは“あの子”を怖がってた……――

 

 それは、あの時肩を支えられていた彼女だからこそ知り得る事。

 黒く光る武器()を手にするその少し前、ほむらが少女を目にしたその瞬間、彼女を支えるその体が強く震え、激しく動揺しているのを感じ取っていた。

 巨大な“怪物”でさえも仕留める彼女が、それ程までに恐れる相手。

 

――マミさんが厳しくなったのも“あの子”が理由なら、どうしてそんな子が助けを求めたのだろう(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)……?――

 

 もし、現場に向かった二人がこの疑問を知れば、恐らく彼女の想定が甘かったからだと答えるだろう。

 民間人に被害を出したくない、何処まで本気かは分からないが、“あの子”がそう言っていたのも聞いている。

 その上で、彼女は疑問に思う。

 

――ほむらちゃんやマミさんは強い。そんな二人が怖がる相手が、何であんなに必死に(・・・・・・・・・)訴えたんだろう?――

 

 翌々考えれば、仮に“あの子”が原因だとすると、彼女はこの街の人間の行動を掌握している筈である。

 そして、民間人に被害を出したくないと願うなら、まず真っ先に「彼等を街から遠ざける」のが最善だ。

 或はもうしてあるのかも知れないが、だとするとあそこまで焦る理由が分からない。

 避難が間に合わないと慌ててるなら、態々出向いている事が理屈に合わない。

 此処まで来て、彼女はハッとする。

 

――……そうだ、“あの子”はこの街の全部を支配(・・)してる。それなのに、“あの子”が焦るような事が起きるって、それ自体が不自然(・・・・・・・・)なんだ……!――

 

 本当に焦るような“何か”が有ったのかもしれない。

 だがそれ以上に、もう一つの「嫌な予感」が彼女の頭をよぎる。

 あの白い少女は確かに、必死に協力を訴えていた。

 

 

 だが、その「必死な態度」と「助けを求める姿勢」が繋がっている証拠はないのだ。

 

 

 ――“あの子”は何が何でも私達を此処に連れて来たかった(・・・・・・・・・・・・・・)。その理由が、「助けて貰う」事じゃないとしたら……!!――

 

 思わず彼女は窓ガラスに飛びつき、外を覗こうとする。

 外に飛び出すまで我を見失ってはいなかったが、彼等に伝わる訳でもないのに目の前の建物を見ようとしていた。

 そもそも取りついた窓が建物とは反対側だったが、それに気付いたのは窓に取り付き外の光景を認識した時だった。

 

 

 

 

 そして丁度その時、文化センター内の一室で“爆発”が起きた。

 

 

 

 

 それは一瞬の事だった。

 外の暗闇が一瞬だけ強い光で照らされ、直後に全ての光が“消える”。

 そして遠くからくぐもった、だけどとても大きな――宛ら空から隕石でも落ちたような音と衝撃が伝わり、車を大きく震わせ、窓に張り付いていたまどかを強制的にシートに引き倒してしまう。

 車の内部からブチブチと嫌な音が響き、何かが落ちてきているのか、ガタガタと天井から物音も響いた。

 だが、そのけたたましい音に彼女は全く気付かなかった。

 両目を大きく見開き、亡霊でも見たかに様な驚愕と恐怖の入り混じった表情を浮かべたまま、シートに伏した姿勢のまま呆然と車のガラスを見詰めていた。

 当然、低い姿勢から見上げる都合で、彼女の瞳には星も見えない夜空だけが映っている。

 

 

 

 でも、その光景は彼女の脳裏に焼き付いていた。

 信じたくない、どれ程そう思っても、焼き付いた記憶は残酷に真実を告げていた。

 

 

 

「……いる」

 

 ぼんやりと、無意識の内に呟く。

 ただ見ている真っ暗な夜空に、だがぼんやりとした何かが見える。

 それは次第に形を鮮明にし、鮮やかに色づく。

 今度こそ、彼女ははっきりと認識した。

 

 

 

 夜空に浮かんだ、それは記憶の幻視。

 あのフラッシュの様に強まった光の先、50m以上離れた駐車場の道路側の端。

 その少し向こう、路上に放置された車の直ぐ脇で、身を屈めるように蠢く「人間」の姿。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・文化センター内、渡り廊下。

 

 

 

 3つの建物の繋がる文化センター、その内、竜二らが未だに踏み込んでいない最後の棟へと一行は急いでいた。

 地図を見れば、その棟にあるのは大きな一室と僅かな資材室――成人式などを行う式典ホールと照明や音響などの制御室――が有る筈だった。

 身を隠すものは無い、寧ろ人間の移動を制限する障害物(固定座席)しかないだだっ広い空間に態々向かうのは、“エーワックス”が残した「土産」を指針にしたからだ。

 

 ――兎に角、まず広い空間、それも完全に閉め切られた空間を用意して。別の棟にある式典ホールが最良よ――

 

 宙を自在に舞い、障害物など諸ともしない「セイクウ」相手には一見悪手の様に思えるが、その理由もしっかりと残されていた。

 

――多少の傷は覚悟して。貴方たちが今から戦う相手を、一匹残らず殲滅する(・・・・・・・・・)為には、広い空間に誘い込む必要があるから――

 

 当然、これを実行する前には議論があった。

 結局はこれ以上に有効、かつ「完璧に抹殺できる」可能性の高い案が無かったが故に実行する流れになった。

 これまた彼女が最後に開けたらしい防火扉を潜り、一団はホールへと急ぐ。

 その中に、二人の少女の姿はなかった(・・・・)

 

 

 

 

 

 その頃、シアタールームの隅に待機していた少女二人は、一時的に委ねられた竜二の端末をじっと睨んでいた。

 画面には予め起動させていたタイマーが起動している。

 別行動、且つタイミングを合わせる為に、“念話”という特例を使わずに済ませるには唯一機能している彼の端末を使う以外になかったのだ。

 態々念話を避けた理由は、協力者とは言え飽くまで此方の事情を知らないBSAAの面子の前で、無闇に(魔法)を使う事を避けたが為だった。

 既にマミは一回行使しているが、出来ればこれ以上は使うべきじゃない、事後処理を懸念した彼の意見に従った形だった。

 

――あれは、最早私の知る「セイクウ」ではない。私が迂闊だったのは、今までのデータから彼等を“烏合の衆”と侮った事だ――

 

 ほむらが思い返すのは、彼女が電子文書として残したメッセージだ。

 仮説を含んでいるものの、そこには多くの情報が残されていた。

 

――遺伝子的には、彼等は8割以上がトビバッタのものだ。必要最低限の試験工程で量産化へと進める事を想定していた、ある種ベンチャー色の強い物だったからね――

 

 最早自らが騒動の中心だという事を晒すかの如く、淡々と事実は記されている。

 何処か不気味な思惑(・・・・・・)があるようにも思えるが、今は目の前の事に対処するのが先だ。

 

――遺伝子設計のコストを抑える試みの中でも、特に一番苦労したのが幼虫の「雑食性」の発現だった。偏食性そのものはチョウ目の幼虫を参考にすればいいが、遺伝子実験時の試行回数が増えればそれだけコストが嵩張る。それを抑えるには雑食性を、出来れば同じ昆虫網で賄う必要があった――

 

 と、思考を遮るように電子音が鳴り響く。

 顔を上げ、目を合わせた二人は同時に頷き、行動を開始すべく立ち上がった。

 先ずは、見学者の使用するだろう大きな扉の脇、自らが先程入って来た天井の非常口の下に向かい、裏の資材室にあった掃除用具で扉を押し開ける。

 上階の状態を全く考えないがさつな行動だったが、扉からバッタが飛び出してくる様子はない。

 「最後の足掻き」が上手く機能しているのだろうか。

 二人は順々に、一息に上階へと飛び移る。

 念のために床の扉を閉めつつ、彼の端末のカメラ機能を起動しライト代わりに周囲を照らす。

 そして、想定していたとはいえ、会議室の惨状を目の当たりにして思わず息を呑んだ。

 

 そこには、バラバラに散らばった木材の残骸と共に、何処から持ってきたのか剥き出しになった鉄骨(・・・・・・・・・・)が無造作に転がり、その間を埋め尽くすかの如くおびただしい数の「セイクウ」の死骸が転がっていた。

 床や天井の一部が黒ずみ、一部の死骸は真っ黒になって崩れ、砂状になっていた。

 微かに生ごみの燃えたような焦げ臭さすら漂っている。

 恐らくは“リーダー”の予想通り、彼女は強烈な「電磁パルス(EMP)」で群れを一掃したのだろう。

 その威力を象徴するかのように、爆心地となった焦げ跡の中心には「エーワックス」の影も形も存在しなかった。

 彼女達は、だがその壮絶な最期に心を痛めている暇はない。

 速やかに、だがそれでも抵抗は有ったのか、焦げ跡を迂回するように会議室を出て、廊下を横切りすぐ前の階段を降りていく。

 願わくば、先行した彼等に“本隊”が惹きつけられていると良いのだが。

 

 ほむらが先行する形で階段を下り、先頭の彼女が慎重に一階の廊下を確認する。

 つい数分前まで恐ろしい羽音の響いていた職員用の廊下は、だが今は何者の気配も感じられない。

 “誘導”が効いているのだろうか。

 躊躇なく真っ直ぐ駆け抜け、「機関室」――つまり「セイクウ」の保管場所――のすぐ前までやって来るが、部屋の中から何かが飛び出す事も、周囲で羽音が聞こえる事も無い。

 此処までは上手く行っている。

 ほむらが後ろを振り返ってマミを見ると、緊張している様にやや固い頷きを返してきた。

 同意見よ、と暗に言っているのだ。

 その健気な様子にほむらの緊張も幾ばくか解れた。

 背後をマミに任せ、覚悟を決めて機関室に踏み込む。

 ライトを向けながら注意深く見渡すが、やはり視認できる辺りに虫の姿はない。

 完全にもぬけの殻だった。

 

「確認するけど、“探すもの”は分かってるよね」

「先ずは保管用の冷蔵庫の脇……ああもう、思いっきり棚が倒れて中身が崩れちゃってる」

「ラベルを見て確認するしかないか……、有った。これだわ」

「こっちも発見。手早く行きましょ」

 

 何かの薬剤の入った瓶を手にしたほむらの傍に、棚の近くに転がっていたハンディサイズの掃除機程度の大きさの機械を持ってくるマミ。

 ほむらがそれを受け取ると、代わりにマミにライトを持たせて手元を照らして貰いながら、機械の一部を分解して中から棒状の物体を取り出した。

 

「……一発だけ、か」

「“マインスロアー”だっけ。センサーに反応して爆発する弾を発射する武器?」

「今回はその弾頭を入れ替える。改良してるから手順は難しくない、らしいわ」

 

 「地雷投射機」の名前を冠する兵器の弾頭から中身を取り外し、代わりに先程の薬剤を注いでいく。

 これで、センサーが起動すれば先程の薬剤が撒かれる事になる筈だ。

 元のマインスロアー本体に弾を戻し、何時でも使えるように盾裏に仕舞い込んだ。

 これで準備は完了だ。

 周囲に警戒しつつ、二人もまた式典ホールを目指して移動を開始した。

 

 

 予定通りなら、既に戦闘は始まっている(・・・・・・・・・)のだから。

 

 

 

 

 

 少女二人が動き出す少し前、式典ホールに到着した一行は、来たる戦闘に備えて準備を進めていた。

 イレブンを筆頭にするBSAAの小隊は、ホールの中央で互いの動きを邪魔しない程度の間隔を空けて円陣を組む。

 先の電磁パルスの影響で非常灯が潰れていた為に光源の調達には苦労したが、資材室に置いてあった大型の携帯用電気カンテラを複数用意する事で、一応ホール内の視界は確保できた。

 どうやら、ある程度距離が離れていて、かつ電源が落ちているなら先の“電磁パルス(EMP)”の影響は少ないらしい。

 これなら、懸念していた「機械」も無事かもしれない。

 そう思いながら、彼は何時でも発砲可能な様にアサルトライフルの安全装置も外した。

 

「【混戦になる、誤射に気を付けろ。背中は仲間に預けるんだ】」

「【正直、友軍の誤射よりも射撃に気を取られて足元の椅子に躓く方が怖いです。素っ転んでパニックになったり、変な跳弾でも引き起こしたりしそう】」

「【今回ばかりは攻撃を避ける、って感覚を捨てた方が良いかもな。仁王立ちで全部受ける覚悟で行こう】」

 

 開けっ放しにしているホールの扉を睨みつつの会話を余所に、一人仲間外れの竜二はホールの奥の資材室に来ていた。

 入り口直ぐ脇に備わっていた、電磁パルスの影響で落ちていたブレーカーを元に戻し、様々な機械が立ち並ぶその中を歩いていると、ホールへの覗き穴の様な窓の直ぐ下に目当ての「機械」を見付ける。

 手早く機械の調子を確認するが、目立った故障は見当たらず、焦げたような臭いも無い。

 

――非常時の避難誘導に備えて放送設備の電源は別系統(・・・・・・・・・・・)という話だったが、本当にその通りだな。周りが沈黙してる中でコイツだけピンピンしてやがる……――

 

 そんな感想を持ちながら、彼は機械の電源を入れて用意していた設定を入力する。

 簡単に言うなら、式典ホールから彼等が渡って来た渡り廊下の辺りまで放送するようにして、放送内容はSDカードから読み込むようにしたのだ。

 彼は機械のスリットに彼の情報端末から抜いたSDカードを差し込む。

 其処にはご丁寧に、彼女によって一つの音声情報だけが残されていた。

 これで何時でも音声を流せる。

 そう判断した彼は、正面の窓を少しだけ開いてホール中央で円陣を組む面子に声を掛ける。

 

「【準備できたぞ。10カウントで流す】」

「【了解。此方も何時でも行ける】」

 

 竜二が淡々とカウントを進める、隊員全員に緊張が走る。

 そして0、と同時に機械の再生ボタンを押した。

 

 

 ……………………………………………………………………。

 

 

 拍子抜けするような静寂が辺りを包み込む。

 隊員が各々眉を潜め、竜二もチラリと機械を確認するが、確かに音声は再生されている筈だった。

 てっきり奇怪な音でもするのかと思っていたが、どうも違うらしい。

 しかし、速やかに効果は発揮される。

 流し始めて20秒と経たない内に、ホールの扉の奥の暗がりから唸るような音が響いてきたからだ。

 隊員らがアサルトライフルを上げ、射撃体勢に入る。

 10以上の銃口の向けられた暗がりからの音は次第に強くなり、最初は単に何かが唸るかの様な音も段々と鮮明になっていく。

 車のエンジン音にも似た、低い響き。

 本能的に忌避感を覚える、不快な轟音。

 最早その音だけで、その場の誰もがある一つの存在を連想していた。

 その存在とは――――、

 

 

 

 

 

 

――「雑食性」の再現の為、選んだのは「雀蜂(スズメバチ)」。恐らく、集団で狭い空間に閉じ込められた結果、想定以上の速度で世代交代が起き、痕跡程度の「社会性」をなぞる様に獲得してしまったのでしょうね……。“新しい世代が古い世代を支配し、それを眷属の様に操る”、「超個体(スーパーオーガニズム)」の側面を持った新しい「B.O.W.」が誕生してしまったの――

 

 

 

 

 

 

 ホール中に響き渡る羽音と共に、真っ黒な煙のような「何か」の集団がホールに躍り出る。

 それらは明らかな統率性を持って円陣を組むBSAAの前で急浮上、グルグルと円を描く様に回り始める。

 最初は並行に回っていたのが、やがて角度を変えた大小幾つもの円盤に変化し、奇妙な球体のような形を取り始めた。

 暫くそんな風に回っていたのが、突然空中で静止(・・・・・)して目の前の人間の集団に一斉に向き直る。

 この辺りで、漸く彼等はその生物の全貌が見えてきた。

 

 それは最早、「セイクウ」の面影も薄れてしまっていた。

 アシナガバチの様にダラリと長い後足を垂らしたその胴体は、蜂の様に頭、胸、腹と明確に3つのくびれで分かれている。

 だが蜂にしては腹は細長く、自由に曲げられるようには見えなかった。

 羽は蜂以上に長く、前足や中足は更にがっしりとした形状になっていた。

 此方に擡げた頭部は、「バッタの様に縦に長くなったスズメバチ」とでも言うべき形であり、顎は左右に開く大鎌と上下に開く剃刀状の2つが同時に蠢いていた。

 そしてその大きさだが、何と「セイクウ」の倍以上の巨体になっていた。

 そんな巨虫が数にして100匹以上で群れていたのだから、その威圧感は尋常ではない。

 

 

 「エーワックス」が新たに名付けた名前は「レギオン(軍団)」。

 それは福音書にて、神に仇なす恐ろしき悪霊の軍勢だった。

 

 

 キィィィィッ、と低い羽音に混じって甲高い金属音に似た音が響く。

 直後、静止していた“レギオン”の群れが大きく広がり、円陣に沿って回り込むかの様に横へ延びる。

 まるでタコが獲物へ触手を伸ばすようなその滑らかな動きを前に、直感的にイレブンが叫んだ。

 

「【屈め!】」

 

 ほぼ同時に全員がその場に屈むや、“レギオン”の群れが左右から挟み込む様に突撃する。

 真面に避ける猶予のない彼等だったが、姿勢を下げた事がプラスに転じた。

 固定された座席に身を隠す形になった彼等のすぐ上を、座席への衝突を避けたらしい“レギオン”が通り過ぎていく。

 その真正面から同じ“レギオン”が迫ってくるにも拘らず、全く減速せずに群れの間の僅かな隙間を縫って飛んでいく。

 凡そ人間でも難しい、完璧に統率の取れた団体行動だった。

 屈んだ彼等が見上げる前で、交差した“レギオン”の群れは再び上昇し、中心部で動いてなかった数体の“レギオン”の左右に整列するように並ぶ。

 よく見ると、その中の一体が他の個体よりも少し大きく、高速で羽ばたく羽が薄い虹色に煌めいていた。

 あの個体がリーダー格なのだろうか。

 撃ち落そうと屈んだままライフルを構えるイレブンだが、その前に“レギオン”に動きがあった。

 真っ直ぐ並んだ“レギオン”の群れに、等間隔に決まった大きさの隙間が生じて幾つかの小さな群れに分かれたのだ。

 そのまま全ての虫が此方に向いて、また金属音が響く。

 左右からの挟み込みは座席に邪魔された。

 ならば、次に奴等が選択する攻撃は想像に難しいものではない。

 

「【突っ込んでくるぞ!!】」

 

 イレブンが叫ぶや、全員が素早く立ち上がって後退を始める。

 同時に、一気に高度を下げた“レギオン”の群れが座席と座席の間をなぞる様に低空から突進してくる。

 威嚇と迎撃を兼ねた銃撃がはじまるものの、銃口の向きに反応しているのか、極僅かに横にスライドして悉く避けられていく。

 為す術もなく正面から突撃を受けたイレブンの身体が、数メートルも吹き飛んで地面に倒された。

 体長20cmを超える虫の重量は軽く中型犬並のものがある。

 それが20匹近くで突っ込む衝撃は伊達ではなく、呼吸が出来ずにイレブンが喘ぐ。

 その間にも他の隊員達が同様に突撃を受け、大の大人がいとも簡単にふっ飛ばされていく。

 意外にも虫達はそのまま喰らいつく事無く、倒れた彼等の頭上を通過して後ろへと抜け、再び上昇していく。

 そして合流して一つの群れになった“レギオン”は、素早く反転して彼等を見下ろす。

 痛みに耐えながら人間達が立ち上がるその時まで、強者の余裕を見せるが如く静かに見守っていた。

 

 

 その様子をさり気なく舞台の影から覗いていた竜二は、想定以上に知的な“レギオン”の行動の真意を読み取ろうとしていた。

 今この瞬間にも完全に流れを掌握し部隊を翻弄し続ける奴等は、幾ら知性的であっても、人間とは異なり「嬲る」といった感情的な行動を取るとは思えない。

 元々生物兵器だったのが暴走し変異した生物である、本能は直ぐにでも目の前の「獲物」を貪りたい筈だ。

 とすると、この「余裕」にも何かしら「目的」が存在する筈である。

 それを掴まない限り、今此処で闇雲に援護に向かっても裏目に出るかもしれない。

 

――これもそれも、全て「彼女」の想定通りというのが腑に落ちんがな……。さて、此方も動くとするか――

 

 この作戦の要は、詰まる所“あの二人”の腕に掛かっていると言って良い。

 イレブンらを後方から援護するのと同時に、その彼女らに万が一が起きぬ様にサポートするのが今の彼の役目だ。

 ……単独行動が常の自分にとっては、まだ“らしい”立ち回りな方か、そう己に納得させながら、彼は非常用の懐中電灯を片手に静かに動き出した。

 

 

 

 

 




――主が、『名は何か』とお尋ねになると、それは答えた。――



――『わが名はレギオン。我々は、大勢であるがゆえに』――



       “新約聖書 マルコによる福音書5章9節より”


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