・翌朝、某所。
『まぁ、ソコソコの成果だね』
要塞の様な建物の最奥に籠った少女は呟く。
そこはまるでプラネタリウムの様な半球状の空間であり、きらびやかに飾る星々の代わりに、張り巡らされたウィンドウに映る文字が部屋を照らしている。
彼女の視線や手の動きに同期するように様々なデータを矢継ぎ早に表示させて行くその光景は、新手の奇術か何かの様にも錯覚する。
『相手もそれなりの腕利きの様だったみたいで、実践データの取れてなかった“フランク”の穴埋めになってくれた。惜しむべきは大火力に当たらなかった事だけど、まぁ持ち込める限界ってものもあるから仕方ない』
「……、」
何処か楽しむ様に話す少女の背後に立つ女性は、だが無言のまま厳しい顔である一つのデータを見ている。
その様子に気付いたらしい少女は、少しだけトーンを抑えた声で話す。
『“同業者”を殺すのは、やっぱり気分が悪い?』
「いいえ、この程度の理不尽は自己責任です。……ですが、「連中」がよりによってこの手の人材を引き込んでいるとは思いませんでした」
『粗方、都合の良い真実だけ並べて信じ込ませたんでしょ』
微かに、少女の白磁の様な髪が逆立つ。
辺りのディスプレイにも、ノイズの様なチラつきが目立ち始める。
『誰もが騙される嘘は完璧な
トーンや口調は変わってないのに、その言葉は思わず委縮するような覇気を帯びていた。
それでも女性がそうならなかったのは、その覇気に隠れた“自責の念”を知っていたからか。
無言で少女の肩に手を置くと、彼女はそちらに頭を傾けて、頬でその手の温度を感じ取っているようだった。
だが直ぐに姿勢を戻すと、両掌を上にして一気に持ち上げた。
その動きに速やかにスクリーンが連動して、新しいタスクが表示される。
『さて、
「問題なく配置済み。……今回は「オープン」になる為、先の「クローズド」の様なアクシデントを起こさぬよう、チェックを強化しました」
『ま、流石に今回は紛れないとは思うけどね……
「ですが、それ故の弊害もあります。……特にあの「個体」は」
『“あの子”が本気で何考えてるのかは分かんないけど、束になってる所に突っ込んでくる命知らずじゃないとは思うよ。……同じ“私”が言うのだから確実』
さてー私も準備しますかねー、と気楽に言う少女を後ろから抱き留めながら、彼女はリズミカルにウィンドウが流れていくディスプレイを眺めている。
そんな時だった。
「……これは?」
視界の端、目立たない所に妙なタスクがある。
彼女が手元のリモコンを軽く動かすと、少女が『ぴゃわっ』と慌てたように変な声を上げた。
そして、拡大されて表示されたものは、
≪砲弾直撃! 効いているぞ!≫
≪味方が陣地を占領した! 我々の戦車隊が優勢だ!≫
『いや待って。最近休みなんて真面にない激務の中の激務だったし、計画の実行は滅茶苦茶緊迫してるし、少しぐらい私だって羽休めしたいと言うか、少し余裕の出来てるリソースでやってるだけだから作業に支障はないというかイダダダダダダダダダダダァァァ!!?』
頭頂部の金色の触覚の様な部分を思いっきり鷲掴みにされて悶絶する少女。
それを握っている女性の右手をパチパチと左手で叩いてギブアップを宣言するが、女性は完全に無視して少女の首を無理矢理自分の方へ向けさせる。
何と言うか、少女は修羅の顔を目の当たりにしていた。
「……仕事の合間にオンラインゲームをやるなと何度言ったか忘れましたか……?」
『ぴぃぃぃ!? 殺気とか憎悪とかそういう物がむしろ生易しい、言うなれば徹夜明けで寝不足なのに、夜中に耳の近くで蚊がブンブン飛ばれて眠るに眠れない人間の放つ不快感と言うか、人類の仇敵に向ける破壊衝動と言うかぁぁぁぁぁ!!?』
「今日と言う今日は許しません、覚悟……ッ!」
そう言って、女性はまるでカーレーサーがコーナーで必死にギアを切り替える様に、滅茶苦茶な速度で右手に掴んだ触覚をグリグリ動かす。
その度に断末魔の様な叫び声を上げて悶絶する少女、その背後でディスプレイ全体が接続不良を起こしたかのようにブツブツと映像が切れる。
そんな「お仕置き」を一通り気が済むまでやった後、女性が手を離してやった頃には少女は見るからにげっそりとしていて、そのまま力なく床にぶっ倒れた。
心なしか、ディスプレイも光量が落ちている気がする。
「まぁ激務続きだったのも事実なので、今回はこの程度で済ませてあげます」
『……鬼だ、鬼が居る……』
生まれたての小鹿の様に手足を震わせる涙目の少女を抱き起した女性は、さっきまでの怒りとは一変して、少女の額の辺りを優しく撫でながら言う。
「今日はこれで上がりにしましょう。余裕もありますし、我々も息抜きが必要です」
『……え? 良いの!?』
「今回だけです」
ピコーン、と触覚をまっすぐ上に伸ばして、さっきまでの萎れた姿から一気に復活した少女に、優しく笑いかけながら女性は答えた。
ひゃっほぉぉぉぉ!! と、光量の戻ったディスプレイに映ったタスクを吹き飛ばして、少女はオンラインゲームを高速起動させる。
『時代は速度と精度! どんだけ榴弾が強かろうが、当たらなければ如何と言う事は無いのだぁ!!』
「……だからと言って、上位ランク重戦車に突っ込むのは如何かと思いますが」
『側面や後ろからなら何とか貫通出来る、そして幾ら砲塔を回そうが車体機能低下で撃てなければ意味が無い! ねぇねぇどんな気持ち? ランク下の中戦車モドキに何も出来ずに嬲り殺しにされる気分はどぉですか
「(うわ、えっぐい。流石英国面)」
ボゴーン、と相手の主力を削り殺してテンションが最高潮に突入する少女。
そんな少女を後ろから、微笑ましそうに見守る彼女。
まるで、
・午後、見滝原市、某所。
昨日の一件を終えても、彼女の戦いが終わる訳ではない。
寧ろ本来全く無関係だからこそ、負担は倍になると言っても良い。
それでも、無闇にサボれば何が起こるか分かったものではない。
だから、昨日の疲れも癒えないままにほむらは魔女退治に勤しむ。
今朝も普段通りに登校したほむらだったが、昨日の一件もあったのかまどかは登校していなかった。
あの後、腹に残った傷の手当ての為にパトカーで病院に搬送されていたし、仕方のない事だとは納得していた。
今朝にはメールで、傷の状態は良く明日には登校出来る、「緑色のジープ」みたいな車で竜二が見舞いに来た等、元気そうな様子が伝わっていたので、無闇に早退する必要は無いだろうと判断した。
その一方で、マミとの関係はかなり改善されていた。
正直本人としては全く想定していない事ではあったが、少なくともまだ“今は”良い変化だろうと思う事にした。
とんでもない「爆弾」が未だに存在しているが、それまでの行動にはプラスになる筈だ。
ただ、誤算が多少あるとすれば、
「……暁美さん、昨日の事もあるし、やはり一人で動くのは危険だと思うの。だからこれからは二人でパトロールしましょう?」
「いや、私は――」
「それだけじゃない、私達二人とも顔を知られてしまってるみたいだし、いっそ一時的に二人で暮らすのはどう? 私達お互い一人身だし、そっちの方が何かと――」
「あの、顔が、近い……っ」
物凄くマミが懐いてきた、というか何か押しかけ妻になりつつある。
昨日の泣き顔を見られた顛末もあるのか、すっかりほむらを「後輩」扱いにしてしまっているようだ。
……とは言っても、“今まで”の彼女を見るに、恐らく本当は一人で居る事の不安や恐怖で人肌が恋しくなっているからなのだろう。
だが、只でさえ「あの男」の事もある、これ以上自分の行動を縛られたら堪ったものではない。
とは言え、マミの精神の事もあるので、正直返答に物凄く困る。
今まで他人との交流を避けてきた弊害が、この辺りで効いてくるとは思わなかった。
……いっそ「あの男」の管轄に捻じ込もうか、と当初の彼との約束をガン無視して丸ごとぶん投げる計画さえも夢想してしまう程だと言えば、彼女の困窮具合も想像出来るだろうか。
んでもって、放課後の魔女退治には、
「……良くこんな反応の薄い結界を見付けるわね。流石だわ」
当然と言った顔でマミも付いて来ていた。
……何でこうなったんだ、と天を仰ぎたくなる気分だが、結果を嘆いても仕方ない。
何だかクラスではマミの同居云々で変な噂が立ってるし、美樹さやかは相変わらず登校してないし、更に志筑仁美も家の都合で登校してなかった所為で早乙女先生からさやかについて相談を(関係者が続々と欠席し始めて、割と切羽詰った感じで)受けるし、彼女も色々一杯一杯だった。
「此処の相手は、“昔”同じ奴と戦った事が有るの。だから何となく感じ取れた」
「成程ね。さて、こんな厄介な魔女は今の内に倒さないと」
一人でも最早ルーチンワークの領域で倒せる相手だが、先のお菓子の魔女の事もある、この魔女にも何か変化があるかも知れない。
少なくとも戦力としては信頼できる相手だ、存分に頼らせて貰おう、と気分を入れ替えて結界に突入する。
「ああ、良かっ――って待ていきなり銃口を向けるな何故そんなに殺気立ってる!?」
「何で、何でこうも次々とぉぉぉぉ!!」
色々爆発した、一杯一杯だったから。
結局、特に難なく「鳥かごの魔女」を処理した後に話を聞いてみた所、昨日のBSAAの連中と情報交換した後の帰りにコーヒーを買おうと自販機に近付いたら取り込まれた、という何の意図も無い事故だったようで。
「……なぁ、何かジュースでも買ってこようか」
「………………………ブラックで」
全身に魔女真っ青なドロドロした瘴気を纏うほむらは、ロダンの「考える人」の様なポーズでベンチに腰掛け、ガックリと落ち込んでいた。
流石の二人も居た堪れない気分になるが、何故此処まで消耗しているのか見当が付かない以上はどうしようもない。
買って来たブラックコーヒーを差し出すと、ゆっくりと顔を上げてそれを受け取る。
髪が思いっきり前に枝垂れている所為か、和製ホラーの悪霊の様な見た目になっていた。
「一旦気分転換でもしたらどうだ、昨日のアレで変に気が立ってるなら尚更」
「……気持ちは受け取っておくわ」
こんなに訳の分からない事態になってるからこそ、下手に意識を抜く訳にはいかないのだ。
それでも、今の彼女が立ち直るまでに少し時間が必要だった。
――……こんな無茶苦茶が続くなら、ワルプルギスまで身が持たない……――
傍らに座ったマミに背中を擦られていると、彼も用事があったのか、新しい端末を取り出して彼女達の元を去っていく。
そうして、少しづつ落ち着きを取り戻し始めていた所で、ふと顔を上げると「嫌な物」が目に飛び込んできた。
『酷いなぁ、こう言うのは久々の再会と言うものだろう? 睨む事は無いじゃないか』
「……貴方と親しい関係になった覚えはないのだけど」
『僕としては、君達魔法少女は須らく親しい存在だと思っているのだけどね』
実際に姿を見るのは数日ぶり程度の筈だが、1か月近く見てなかった気分になるのは、やはりあの夜の密度の濃さ故か。
その「白い獣」はその貼り付けた様な無表情のまま二人の前にやって来ると、猫がそうするように後ろ足を曲げて座り込んだ。
「キュウべェ? 今まで何処に居たの?」
『
?マークが目に浮かぶ様な表情で首を傾げるマミに対して、ほむらは凍った様な無表情のまま冷たい口調で言う。
「まどかの家に居た時は念話は伝わってた筈だったけど」
『その後だよ、君がホテルに到着した辺りからかな。でも、それで少しだけトリックが読めた』
続きを促すほむらに従って、キュウべェは淡々と続ける。
『君達の念話は、君たちの魔法を介して行われるものだ。魔女や、或は同じ魔法少女の干渉でも無い限り「伝わらない」なんて事は先ず無い』
「じゃぁ、アイツはそれを……?」
『いや、彼女に魔法少女の協力者は居ないだろう。恐らく魔法も行使していない』
その上で、と少し区切ってキュウべェは言う。
『なら何故君達に伝わらないのかを考えた、そしてある仮説に至った。……“君達自身が、念話の内容を無視しているのではないか”とね』
ひんやりとした風が二人の背中を撫でていく。
「……私達、自身が?」
『この際言うけど、君達人間は途轍もない力を秘めた存在だ。僕達がこうして契約という形で、その力を引き出しているようにね』
後ろ脚を伸ばして猫の様に頭を掻いた後、それは続ける。
『……でも、それでも君達の生命活動は、云わば「物理的」だ』
自然と、二人は互いの肩を抱き合っていた。
そうしてないといけない気がした。
自然と連想されていた、あの異界に紛れ込んだかの様な、“不自然”が当たり前の様になっていた夜の街。
その奥にある、想像も出来ない様な“何か”に一度飲まれたら、二度と戻って来れない様な気がしたから。
『君達の神経活動は、ナトリウムイオンを由来にした電気的刺激で行われる。それは脳も、君達の意識も、極端に言ってその生命活動が発端になっている。……逆に言えば、その「活動」を御すれば、
「ちょ、え……そんな」
マミが遮る、その表情には絶望に近い色が見えていた。
「嘘でしょ……“意志”を、「心」を、操るなんて……っ」
『恐らく、その
ふと、ほむらは思い起こす。
彼女はあの夜、駐車場で手を差し伸べただけでバッタを呼んでいた。
でも、普通に考えたらおかしな話だ。
バッタは夜行性じゃないとか、紫外線に集まるとか、そう言う屁理屈を置いて。
『残念ながら、僕達の仮説は此処までだ。その力が、恐らく彼女の「放電能力」に由来する事は想像に難くないが、それがどう繋がっているのかが見えてこない。……僕達としても、君達との接点を失う事は避けたい』
何時に無くキュウべェが積極的なのは、どのタイミングでまた「引き離される」か分からないからか。
互いの身体を支えにする様にしている、そうしないと崩れ落ちてしまうだろう二人に、それは静かに、残酷に「宣告」した。
『だから、どうか覚悟してくれ。君達が相容れるかもしれない「彼女」は、君達から
『さて、今の内にもう一つ、伝えたい事が有るんだ』
やや放心しかけている二人に、全く変わらない調子でキュウべェは言う。
「彼女」だけでも許容を超えているのに、この期に及んで何かあるのか。
「……何?」
『
何気なく混ざっているが、よく考えると“何故居るのかが分からない”あの男。
キュウべェは、だが先程よりも何処か力を抜いた感じに話す。
『と言っても、原理は
「法則?」
『魔女の結界の入り口、餌にする人間を集める為にこの世界と繋ぐゲート。それが
つまり、今まで彼が散々結界に巻き込まれていたのは、
『意志以外の何か、つまりは“体質”の影響、そう見做さざるを得ないね』
「……、」
『不思議な話だ、特別な因果を持ってる訳でも無いのに、まるで
じゃあ、伝える事は伝えたから、と残してキュウべェは去る。
後に残ったのは、新たな謎と、理解の及ばない「彼等」への、拭う事の出来ない恐怖だった。
・夜、某所。
プラネタリウムの様な半球状のディスプレイの下に、女性は立っていた。
その傍に、朝には一緒に居た少女は居ない。
彼女は手にしていたリモコンのボタンを押す。
だが、ディスプレイは文字一つ映す事は無い。
光は、灯らない。
「……人は、何かの庇護の下でしか生きて行けない」
使い物にならないリモコンを握り潰す、砕けたプラスチックや導体がバラバラになって床に落ちる。
「でも、同時に人は、自立して生きる事を望む」
その手を腰に帯びていた刀の柄を握る、左手で鞘に添える。
「矛盾した思い、敵わない願いの果てに、人は“三者”を幻視した。……即ち、庇護する者であり、自立を促す者」
肩の力を、そして次第に全ての力を、抜いていく。
「……あの子は、その役割を享受した。例え、永遠に
思考も、理性も、感情も、全てが平坦になる。
彼女の前で、世界が等しく広がる。
だが、其れさえも単なる
私は、私達は、
黒い半球が切り裂かれ、その先から光が零れる。
その光へと歩む彼女の影は、まるで、翼を広げた「竜」の様であった。