UNSUNG EVOLUTIONS   作:B.O.A.

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Ch-6-Act-03

・今朝、郊外のアパート。

 

 

 

 時刻は午前10時、仕事や私事、家事などで古アパートの住民は殆ど出払っている。

 そんな中、壁に身をもたれさせつつ、雪崩れ込む様に部屋に入る男が一人。

 そのまま彼は、ベッドにも入る事無くぐったりとぶっ倒れた。

 

 昨日の一件の事情説明(辻褄合わせ)、防犯カメラ等の資料の確認等、やる事はとにかく多かった。

 だが、それらを全て単独でやらないといけない時もあった中東辺りの活動に比べて、警察組織の口裏やBSAAの連中もあるだけまだマシな方であった。

 では何故彼が此処まで疲弊しているかと言うと、実質“最後にやった事”が問題であった。

 

 

 

 

 

 今朝、BSAAの鑑識班に持ち込まれる資料を確認した後の帰り、竜二は彼等の車である用事の為に送ってもらっていた。

 武装は取り外され、外見その物はゴツいジープに近い見た目の車両は、何となく見慣れた正面入り口を通り過ぎて、脇の駐車場に向かう。

 病院としては割と広いサイズの駐車場だが、良く見ると所々に増設していたらしい跡が残って居る。

 ここ数年で患者数が急増した(・・・・・・・・・・・)のを受け入れる為、本来の駐車場では間に合わないのだろう。

 通りで、自転車置き場は態々駐車場からかなり離れた逆側の、あんまり目に付かない位置になっていたのは、スペース増設の為に移設したからだったのだ。

 

 此処に、この街一番の病院に、最後に“辻褄を合わせる”べき人間が居る。

 それを態々最後に持って来ていたのは、「彼女」の心的疲労を懸念していたからだったのだが。

 

 

 

「案外元気そうだな、よく眠れたのか?」

「正直、疲れで意識を失ってた、って感じでしたけどね。あんまり気分は良くないというか」

 

 

 

 真っ白な部屋の中でベッドに横たわり、手持ち無沙汰なのか売店で買って来た雑誌類を読み漁っていたのは、鹿目まどかその人だ。

 昨日の一件で軽傷を負って真っ先に病院へ搬送された彼女だったが、一夜明けた事でかなり落ち着きを取り戻していた。

 それでもその顔色が優れないのは、やはりというか、寧ろ落ち着いてきた事で昨日の一件の疲労が圧し掛かって来たからか。

 テーブルの上に散らばった多くの雑誌類も、沈んだ気分を紛らわせようとしているからかもしれない。

 

「昨日の間に親御さんには連絡は取ったのか?」

「警察の人が連絡したら、直ぐに駆け付けてくれました。……本当は、仕事休んででもずっと居るって言ってたんですが、そんなに重くないからって警察の人達と一緒に説得して返したんです」

「その様子なら、事情は全部彼等任せか」

 

 頷きで返事を返すまどか。

 普通、あんな状況下から戻って親の顔を見たら真っ先に泣きつく所だろうに、この子はかなり逞しいな、と彼は評価していた。

 それが行動力に繋がれば「前線に立てる」人間になる、そこまで考えた所で少しだけ彼は顔を顰める。

 

――畜生、この仕事をしていると、どうしても「使える、使えない」で人を見てしまう――

 

 と、その表情の変化をどう受け取ったのか、彼女は両掌を此方に向けて、困った様な表情を作った。

 

「私は大丈夫です。明日には学校にも行けますし、ほむらちゃん達だって居ますから、あんまり気に病まないで下さい」

「気に病むも何も、元々俺は保護者やってる身じゃないんだが」

「……そこは、気にしてないとか言う所じゃないんですか? そんなじゃ印象悪いですよ」

「結果論、軽傷で済んだとはいえ、俺の不始末で命が消えかけたんだ。それに、そもそも良い印象を持って貰う為に助けた訳じゃない」

「でも助けてくれたのは事実ですし、そんな頑なに――」

「そんなに評価したきゃすれば良い。だが、あの時俺が君に言った事を忘れてくれるな。恩だか何だかで疫病神に付き添うつもりなら、そんな危険因子(・・・・)は「隔離」しないといけなくなる」

 

 ジッと彼を見詰めていたまどかだったが、ふと何かに気付いたように小首を傾げながら問い掛ける。

 

「……ひょっとして、人間嫌い?」

「俺が出会って来た人間に、好く要素がある奴が居るかと言われると、多分片手で数えられる程度だ」

 

 これで終わりだ、と言うように首を鳴らした彼は、改めてまどかに聞く。

 

「昨日の一件だが、駐車場での出来事、何か思い出した事はあるか」

「昨日喋った事が全部です。結局、「あの人達」が何だったのかは分からないですし……ただ、「ステイ」とか何とか最後に言ってたのが妙に引っ掛かって」

「『其処で待ってな』って事だろうな。後で拾うつもりか庇うつもりか分からんが、先に死に急ぎやがって。お蔭で不安要素が増えるだけじゃないか」

 

 その言葉が、言外に彼等の最期を物語っていた。

 僅かに、まどかが彼から目を反らして下を向く。

 どれ程恐ろしい目に会っても、やはり「死」の事実を知るのは気分の良い物じゃない。

 

「まぁその様子なら問題ない。……ただ、俺が此処に来たの用事はもう一個あるんだ」

「……?」

 

 彼は持っていたバッグから一つのファイルを取り出し、用紙を一枚取り出す。

 それを彼女の前のテーブルに置くと、彼女はそれを手に取ってじっと見つめる。

 

「これは写しだ。本物は、通りの車道を一杯に使って……遠まわしに言えば、彼等を使って描かれていた(・・・・・・・・・・・)。心当たりはあるか」

 

 返答は、無言で首を振る事で示された。

 そうか、と言って、彼は彼女から用紙を返してもらう。

 

「今夜あたりでも、ほむらにも聞いてみるか。何か知って居るかもしれない」

「それ、文字(・・)ですよね……?」

「ああ。解析の結果、ギリシャ語である事が分かった。だが、何故このメッセージを残したのかが分からない」

 

 なんて書いてあるんです? と彼女は問い掛ける。

 彼は少し考えるそぶりを見せたが、やがて静かに答えた。

 

 

 

「『わたしが律法や預言者を廃するためにきた、と思ってはならない。廃するためではなく、成就するためにきたのである。』……マタイの福音書、5章17節、らしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 用事を済ませた彼は、徒歩で帰宅の途についていた。

 BSAAの連中は車で送っていこうと名乗り出たが、元々彼とは別行動を取っている集団である、余り厄介になるのも不味い気がした。

 と言う訳で人通りの多い通りを歩いていると、電気屋の前を通りがかった際、ふと入り口から覗ける奥のスペースに数台の大型テレビが置いてあるのが目に留まる。

 風景の映像、映画のワンシーン等が流れている中で、一つのテレビがニュースを報道していた。

 音声までは此処からじゃ分からないが、テロップや説明文を見てれば内容は大体想像が付く。

 

「『グランドホテル倒壊、老朽化によるガス爆発が原因か』……中々、無茶苦茶な誤魔化し方だな」

 

 ビルの土台がそれだけで崩れる爆発ってどんな威力だよ、と彼は思ったが、これで誤魔化しになるなら特に文句を言う必要は無い。

 報道によると、幸い死傷者は居ないらしい。

 ホテル内は兎も角、周辺の住民や通行人にすら怪我人がいない(・・・・・・・)というのも奇妙な話だが、居ないに越した事は無い。

 

――問題は、これも全部“アイツ”の意思でやってるって事だ。バッタの事は想定外だったとしても、このホテルまでは計画済み(・・・・)なのだろうし――

 

 隠すまでなら兎も角、態々犠牲を抑えるやり方、それも無犠牲を目指すその方針は従来の資料内にあった「バイオテロ」のセオリーとはまるで異なる。

 新しい「兵器」を放って伝染や破壊活動のデータを取る「実験」とも、それらをコントロールして無茶な主張を破壊活動を持って通しに掛かる「テロ行為」とも違う。

 それどころか、自らの手の内で起こった「テロ」に、手段を択ばず率先して対処する姿勢もある。

 己の兵器(B.O.W.)の鎮圧を迷わずBSAAに要請するなんて、前代未聞にも程があるのだ。

 彼女の言葉を完全に信じるのか、と言われると閉口する所だが、まどかを襲った謎の武装集団を壊滅させた“ロボット”は、先ず彼女の差し金と見て間違いない。

 更に極端に言えば、そもそも暴走した「兵器(セイクウ)」さえも、本来は「対B.O.W.」と謳っていたではないか。

 そんな物を、あのタイミングで、ホテルから車で10分も掛からない文化センター内に配備している(・・・・・・・・・・・・・・)という事も、言ってしまえば、「U-8'」を自分達が鎮圧できなかった時の「保険」だったと考えられなくはないか?

 御誂え向きに、あそこには多くの「大型トラック」が停まっていたではないか。

 

 

 そう、言うなれば、それは、

 

 

――「生物兵器」の鎮圧、武力テロ行為の無血収束(・・・・・・・・・・・)。それが目的だと言わんばかりじゃないか――

 

 思い出されるのは、彼女が残した「メッセージ」。

 「律法」、つまり「社会」の破壊を、彼女は望んでいないとでもいうのか。

 ならば、彼女の言う「社会の成就」とは何なのか。

 

 

 

 思わずため息が零れる。

 そして、彼はいきなり背後に向けて右手を突き出した(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

「むぎゅ」

「……何してんだお前は」

 

 右手で顔面を鷲掴みにされて変な声を上げたのは、市立中学の学生服を着た空色の髪の少女(・・・・・・・)だった。

 指を真っ直ぐ揃えた両手の狙いは彼の左右の脇腹、背後から突っつくつもりだったのか。

 彼は呆れた様子で右手を離してやると、少女は合点が行かない様子で呟く。

 

「あれぇ、おかしいなぁ……? 割と上手く出来てたと思ったのに」

「正面のガラスに映らんように人混みの影を伝って接近する(・・・・・・・・・・・・・)技術をどっから教わったかは知らんが、敢えて言うなら其ればっかに気を取られてた(・・・・・・・・・・・・・)のが悪いな。ハッキリ言って、それは周囲から見れば明らかに「不自然」だぞ」

「……うっそぉ、人混みの視線の動き(・・・・・)で知ったとか言うの!? 何それチートじゃん!!」

「露骨過ぎるんだよ。普通は分からんからな」

 

 そんな事を言いつつ、そもそもこの少女にそんな会話が成立する(・・・・・・・・・・)事自体の異常さを認識する。

 実は昨日の夜、彼は「ある事実」をジョージから聞いていた。

 それと照らし合わせても、どうもこの少女は「クロ」の疑いがある。

 何気ないように、だが言葉を選びながら彼は話し始めた。

 

「学校は始まってるんだろう? 何で此処に居るんだ」

「それはズバリ、青春の為ですよ! ……とまぁ、実際はちょっと別に「やるべき事」が出来て、それで学校に行く暇が無くなったというか」

「そんな調子だと、また赤点だぞ」

「ぐふぅ!? い、今一番目を背けたい現実を容赦なく……っ!?」

 

 大袈裟にリアクションを取って振る舞う彼女、その姿は何処にでもいる思春期の活発な女の子のものだ。

 だけど彼は気づいていた、そのアクションが数日前に見たものよりもキレが無い(・・・・・)事に。

 何処か、焦りや無理をしている様子があった。

 

――思いっきり「尻尾」を見せているが、敢えてここは泳がすか――

 

「彼女達も心配してると思うぞ、学校外では会えているのか」

「……、」

 

 いきなり地雷踏んだか、と思った彼だが、彼女は少しの間考える様に黙ると意を決したように彼を見た。

 

<どうせ、もうばれていると思うので、普通に言います>

「っ」

<私は今、マミさん達とは違う行動を取ってます。理由は自分からは言えません>

 

 念話、つまり彼女は「そちら側」の存在になった事の証明。

 また一つ厄介が増えたか、そう思って彼は煩わしそうに頭を掻いた。

 

<ですが、多分竜二さんが“掴んでいるもの”で合っていると思います。その為に、あたしは強くなりたかった(・・・・・・・・)

「……それで、その技術を教わったのか」

<はい。色々と、「弟子」の様に>

 

 ……そうすると、実際に手引きしているのは全部「師匠」側なのかもしれない。

 すると、この此方を見通すようなセリフもソイツの入れ知恵か。

 

「何の為に、お前を此処に寄越した」

<忠告です。と言うよりは、「予言」というべきかも>

「……仰々しいな。何の事だ」

 

 彼女がポケットに手を入れて、そこから紙切れを取り出す。

 それを差し出しながら、再び続けた。

 

<三日後に、劇場でコンサートがあります。そこで、「彼女」は再び動く>

 

 受け取って見ると、そのコンサートのチケットだった。

 それも、何かの啓示の様に“三枚分”ある。

 

<そこで盤面を崩さないと、「奴等」を焦らさないと、取り返しのつかない事になる>

「奴等?」

 

 

<『イザナミ計画』、その関係者>

 

 

 ……漸くお出まし(・・・・)か。

 ずっと進展していなかったキーワードが飛び出した事に、彼はつい不敵な笑みを浮かべる。

 同時に、この少女、さやかの奥に居る人物こそが、今自分が最優先で追うべき相手であると認識した。

 

「お前等は、その『イザナミ計画』とやらを止めたいのか」

<「あの人」はそう言ってました。その為に此処に居ると>

 

 喋りながら、さやかと自分の距離、位置関係を把握する。

 腕を伸ばせば十分届く、武器を取り出すよりも素手の方が速い。

 

「何故だ? 計画を潰すべき意味は」

<計画にあった「意義」は歪められた、と言ってました>

 

 悟られない様に、僅かに両足を開く。

 これで何時でも体重を掛けた一撃を繰り出せる。

 相手は只の「一般人」ではない、この際、何処まで出来るか(・・・・・・・・)見てやるべきか。

 

<必ず、そのコンサートに行って下さい。彼女の対応よりも早く貴方達が居れば、向こうは必ず「足を掴まれている」事を恐れる>

「……まぁ、そうしたいのは山々だがな」

 

 重心を体幹の中心に合わせながら、最早隠す事無く彼は敵意を向ける。

 恐らく向こうも織り込み済みだろう、そして、此処まで教え込んでいる人材を見殺しにするとは思えない(・・・・・・・・・・・・)

 其処まで意識しながら、彼は言葉を続ける。

 

 

 

 

 

 事が、出来なかった(・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

「止めて下さい。あたしは、もう“あなた”を知っています」

 

 驚愕に目を見開く彼の前で、彼女は何処か悲しそうに目を背ける。

 それは、まるで戦地に向かう知り合いを見送る様な、己の無力を呪う様な感情だった。

 

「だから、もう止めようなんて思わないで。あなたは、あなたの“やるべき事”が有る筈。……それだけを見て、あたしには、もう構わないで」

 

 彼は、何も言えなかった。

 さやかがゆっくり背を向けて人混みの中に消える、その時まで。

 

 

 

「……そうかい」

 

 

 

 彼女が消えてから、10分近くそのまま立っていただろうか。

 道行く人が怪訝そうな視線を向ける中で、やっと彼はそう呟く。

 彼は肩を落とし、ゆっくりと己の胸に手を伸ばす。

 そしてそこにある、胸の中心に突き刺さる片刃の短刀(・・・・・・・・・・・・・・・)を躊躇なく引き抜いて、それを握ったまま腕を下す。

 刃渡りは軽く15cm近くある、心臓には十分到達しうる長さだった。

 

 ナイフの軌跡に合わせて、道一杯に赤色(・・)がまき散らされる。

 その一部を浴びて、漸く事態に気付いた通行人が、悲鳴を上げて後退る。

 

 黒いコートや、緑色のシャツをどす黒い液体で汚しながらフラフラと歩き出す彼に合わせて、まるでモーゼの伝説の様に群衆が道を開ける。

 誰もが恐怖で動きを止める中、事態を真面に捉えていた勇敢な青年が一人、彼の元に駆け寄った。

 未だに胸から噴出する大量の血を見て、蒼白になった青年は彼の肩を掴む。

 

「アンタ、一体誰にやられた!? 誰か今すぐ救急車を――」

 

 

要らん(・・・)

 

 

 それは、凡そこの世の物とは思えない様な声だった。

 驚愕で立ち竦む青年の手を払った彼は、彼を避けて再び歩き出す。

 そのまま彼が立ち去った後、青年はガクリと膝をついた。

 付近に居た群衆の一人が、青年の傍にやって来る。

 

「大丈夫か」

「――――――。」

 

 青年は俯いたまま、何かを喋っている。

 その声に、誰とも言わず耳を傾けて行く。

 

 

 

 

 

 

「……見ていた、こっちを見てた。……赤い眼が、胸の傷の中から(・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……聞いてたか、ジョージ」

 

 

 

『ああ、全部な。だが、彼女は――』

 

 

 

「美樹ちゃんは“メッセンジャー”だ。……つまり、アレはその「奥の奴」の“言葉”だ。「俺」を知っていて、尚且つあの台詞を吐ける存在(・・・・・・・・・・)は、この世に一人しかいない」

 

 

 

『……、』

 

 

 

「……懐かしい顔に、会えるかもしれんな」

 

 

 

 

 

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