UNSUNG EVOLUTIONS   作:B.O.A.

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Ch-6-Act-04

・午後、アパート一室。

 

 

 

 日が頂点を超えて少し経った頃、古いアパートの一室に電子音が響いた。

 食事も取らずにぐったりと床に突っ伏していた彼が端末を取ると、見知った顔が映っている。

 

「クリス?」

『鑑識に証拠を洗わせていたら、気になる物が出て来た。今から来れるか』

 

 ゆっくりと気怠そうに立ち上がった彼は、再び玄関から外へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たか。迎えを寄越せずに済まんな」

 

 30分程歩いて、彼等が拠点としている一軒家に訪れた竜二は、腕を軽く振って何でもないと言うように答える。

 クリスに迎えられて中に入ると、リビングにはゴチャゴチャと大量の武器や機材が所狭しと置いてある。

 

「……ひょっとして、此処に全員で住んでいるのか?」

「まさか、俺以外は別の長屋に部屋借りているよ」

 

 他の面子は別にやる事でもあるのか、今はこの二人以外には誰も居ない様だった。

 二人は機材の間を縫う様にリビングのテーブルまで向かい、隣同士の席につく。

 そしてクリスは開いてあったノートパソコンを手元に寄せ、彼の方へ向けて来た。

 そこには、幾つかのウィンドウに画像や文章で示されたデータが映っている。

 

「会議室に残っていた「虫」の死骸を回収し、その一部を解析に回していたんだが、その表皮にある物が付着していた」

「……「アイツ」の体組織か?」

「その通り。生憎、細胞としての構造や遺伝子は殆ど壊れてしまっている。だがこれを見てほしい」

 

 クリスはそう言って、更に幾つかのデータを呼び出す。

 ご丁寧に動画形式で表示されているが、科学者と言う訳ではない彼には今一意味が掴めない。

 

「何だこれ。信号に反応しているって事は理解できるが」

「その通りだ、奴の細胞の受容体は独特の信号に反応する。……その範囲が分かったんだ」

「“範囲”?」

「家庭用Wi-Fi、無線信号、果てはレーダー波まで。ほぼ電波全域(・・・・)だ」

 

 更に別の動画が映される。

 先は単純に電波を当てていたのが、今度は複雑なパターンを与えているようだ。

 

「まぁ、予想通りと言えばそうだけどな」

「複雑なパターンにも対応。つまり奴自身が対応出来れば、奴の頭は「パソコン」代わりになる」

「対応出来てるんだろうけどな、俺の端末に接続しているって事も考えて。……確証になったって意味でも十分だが、正直、アイツはサイボーグですって言われても驚かないぞ」

「そしてもう一つ、“機械じみた”事実が此処に」

 

 そうして見せるのは、どうやら細胞の一部の組織片の様だ。

 

「完全な解析は出来てないがな、どうも炭素を中心とした有機組織らしい。が、その強度はカーボンファイバーのそれに匹敵する。更に電気刺激による、数パターンの“形状記憶”の性質がある事が明らかになった。要は、特定の周波数の電気刺激を受けると形状が変わるという訳だ」

「……自己の意志でその炭素組織を変形させ、自在に活用できると。ほぼ一日の解析としては十分すぎる内容だが、余り知りたくなかったな。今夜の夢に出そう」

 

 “変形する”と聞いて、耳を疑うかも知れないが、言ってしまえば人間の「臓器」なんかも、複数の細胞が役割に合わせて変形したものである。

 問題は、それを電気信号で随時変形させてしまう可能性があると言った辺りか。

 然もその発端となる電気信号を相互にやり取りする仕組みさえあると来た。

 本格的に、彼女が何者なのかが分からなくなってくる。

 

「今後も解析は進めていくが、状況が変わる様な情報があるかは分からん。断片レベルのサンプルしかない訳だしな、具体的な弱点とかまでは難しいだろう」

「“ポルターガイストじみた力”も結局分らずじまい、まぁ、余り頼らずに居るのが好手か」

 

 クリスはパソコンをパタリと閉じて、やや頭を抱え気味の彼の方を向く。

 彼は昨日新しく用意した端末を取り出して、それを眺める。

 セキュリティなどの方式も纏めて変更しているのでそう簡単に突破されるとは思えないが、それも「設定側」の情報が漏れていたとすれば話にならない。

 

「……これも、何時まで安全か分からんな」

「それを言ったら、そもそも俺達の間の無線すらも怪しい。こうやってお前を呼び出したのも果たして意味があるのか」

 

 そう言って、クリスはチラリと閉じたパソコンを見る。

 遠隔操作で一部機能を起動させておくなど、今時ネット上にゴロゴロ転がっているスパイウェアで可能な事だ。

 

 ふと、彼は午前中のあの「顛末」の事を思い出す。

 クリスに伝えるべきかとも考えたが、今の事もある、組織レベルの行動になると奴に感付かれる可能性は高い。

 単独や二人行動の時なら未だしも、今のクリスは隊を率いている。

 協力してもらっている身としては悪いが、此処は黙っておく事を選択した。

 

「上の指示で、今後は重要の情報に関しては安全の確保されている手法で受け取る事になる。スムーズな共有という風には行かなさそうだ」

「仕方ないか、互いに地道にやるしかない」

 

 今クリス以外が出払っているのも、その「手法」の確保の為かもしれない。

 二人は立ち上がると、何方ともなく握手を交わす。

 何ともない様な表情の彼に対し、クリスは何処か焦りの様な感情を見せていた。

 彼の場合、その要因は単純にこの状況から導かれる代物ではないかもしれない。

 

「今後も頼む。状況的に考えて、お前が必要になる時(・・・・・・・・・)があるかも知れない」

「その時はその時だ」

 

 元々俺の“件”から派生してるしな、と呟き、彼は出口へと向かう。

 その後を追って来た彼に、何となくこう言ってみる。

 

「そういや、食事は取ったのか? 俺は今からだが」

「簡単にな。ま、終わった暁にはゆっくり「ワショク」でも頂きたい所だ」

「何件かリサーチしてるが、言ってくれれば情報を回すぞ」

「……その時は、世話になろう」

 

 人間、終わった後の事を考えた方が困難へ向かうモチベーションが増す。

 これで少しでも気が紛れればいいのだが、そう思いながら、彼は拠点を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、適当に食事を取って、一服のつもりで寄った自販機に取り込まれて、如何する事も出来ずに途方に暮れていた所をやたら気が立ってるほむらに助けられて、そして時間は夜になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は、リビングの机で拳銃のクリーニングを行っていた。

 銃器は金属や樹脂のフレーム同士を細かく噛み合わせた精密機械だ、定期的な手入れが無いと不具合を起こすし、最悪銃身が破裂して命すら危うくなる。

 魔法で如何にかならない事も無いが、彼女自身の力は燃費が良い方とは言えない、節制の為にパソコン片手にやっている内にすっかり日常の様に馴染んでしまった。

 今では他の考え事を出来る程の余裕すらある。

 

 ふと、彼女は手を止めて台所の方を見る。

 心地よい物音のする台所の方からは、香ばしい香りが漂って来ている。

 今まではそれをBGMに作業をしていたのだが、やはりどうしても気になってしまった。

 

 料理の方ではない、その調理をしている「人」の方である。

 

「……ねぇ、今良い?」

「どうした?」

 

 此処からは見えない位置に居るらしい彼の返答が返ってくる。

 彼女は何処か迷う様に口を閉じたが、意を決して話し始めた。

 

「巴マミから聞いたんだけど、貴方、防火シャッターを蹴り壊した(・・・・・・・・・・・・・)って本当?」

「そうだ」

 

 大した事じゃない、と言う様な即答だった。

 頭が痛くなるような思いを受けるが、それでも一度決めた気持ちが揺らぐ事は無い。

 

「……即答してるけど、それ、どう考えても人間業じゃないよね。最初の時のまどかの家族の事も、結局はぐらかされたし」

「色々あるんだよ。こっちにもね」

 

 その適当な受け答えは、触れてくれるなと暗に言っているつもりなのか。

 だが、彼女にも確かめたい事が有る。

 

「あのね、今日知った事なんだけど。貴方が魔女の結界に巻き込まれるのって他の何かが原因なんじゃなくて、貴方自身の問題みたいなの」

「そうかい……って言ってられんな。今後も勝手に引き摺り込まれる事が有るって訳か、面倒な事だ」

 

 彼自身の意志は関係ない、とキュウべェが言っていた通り、その声色は非常に鬱陶しそうな色を見せている。

 嘘を言っている様ではないが、それで納得できる訳ではない。

 

「……私がこんな事を言うのは筋違いかもしれないけど、誰だって、「得体の知れない」物を傍に置いておきたくはないの。詳しく聞きたい訳じゃない、でも、貴方は何一つだって言ってくれない。普通の人(・・・・)じゃないならそうじゃないで、納得できる事を言ってよ」

 

 そう、彼女は余りに「彼」を知らないのだ。

 彼が言ってくれた事だけでは、もう理解できる範囲を超えているのだ。

 単に外国の工作員だとかそれだけでは、今の彼女が持っている「彼」の像だけでは、もう追い付けないのだ。

 せめて国家機密の技術だとか、その手(・・・)の「超人」だとか、それだけでも良かった。

 一言で良かった。

 何か、納得できる材料が欲しいだけだった。

 

 

 

 なのに、

 

 

 

「……何で、何も言ってくれないの」

 

 沈黙だけがあった。

 焦らされる様な感覚を覚えて、彼女は手に持っていたパーツを机に置いた。

 

「難しい事を聞いている訳じゃない。「これ以上は機密に触れるから、もう二度と聞くな」、「お前には関係ない事だ」、それだけでも良いじゃない。……何で、それも言わないの」

 

 向こうも手を止めたのだろう、調理の物音が消えていた。

 重苦しい沈黙が場を支配する。

 立ち上がって、面と向かって彼に問い詰めようと台所に向かう、その時だった。

 

「……分からんのだ」

 

 そんな、まるで亡霊の様な声が響いてきた。

 実体のない虚空から響くような音に、彼女の背筋が凍る。

 

「普通だったら、色々と言える事もあるだろう。人体実験の被検体だとか、エスパーだとか、ミュータントだとか。……だが俺にはそれが無いんだ。何一つ、自分を示す物が無い。何処の研究所のリストにも、何処の国の国籍(・・)にも、だ。この名前だって2年前に貰った“記号”でしかない。後から「見かけで」付けられた、それだけの仮名(・・)だ」

 

 ただ、一つだけ言える事が有るとすれば、と彼は続ける。

 

「これでも、嘗ては普通の人間(・・・・・)だった。何処にでも居るとまでは言わないが、まぁソコソコ裕福で、親にも愛されて、妹だっていた。そんな人間だった」

「……その時の、名前は?」

「残ってない。都合が悪かったんだ、大人の事情と言う奴で家族纏めて無かった事にされた(・・・・・・・・・・・・・・)らしい。……まぁ、そもそも覚えてないからどうでも良いが」

 

 ゾッとする様な事実を、彼は淡々と続ける。

 余りにも己を他人事の様に見ているその発言に、思わず彼女はこう聞いてしまった。

 

「恨んでないの……? だって、他人の都合で家族も、自分の名前も失ったんでしょ?」

 

 自分とスケールが違うのは理解してる。

 自分が言っている「他人」が、彼にとってはより大きな枠組み(国家)になる事も、何となく分かっている。

 それでも、大切な肉親や、自分自身さえも奪われた彼が、そんな『理不尽』に何も感じていないのか、それが聞きたかった。

 すると、彼は台所の入り口に移動し、此方に向き合った。

 そのまま此方をジッと見つめる。

 その瞳は、嘗て「冤罪」を疑われた時に彼が向けた、感情の無い冷淡な瞳だ。

 人間味の一切無い眼光に、彼女は地に縫い付けられたような錯覚を覚えた。

 

「……仮に、もし俺がそれを恨んでいたら、お前なんざ、庇う所か下手すればその場で殺していた(・・・・・・・・・)かもしれん」

 

 彼は指で銃を作ると、その銃口を彼女の頭に向ける。

 一切ブレの無いその狙いが、彼の言葉が冗談ではない事を示していた。

 

 そして、“何か”を呪う様な口調で言う。

 

 

 

 

 

「俺の家族を殺し、俺の“人生を奪った”のは、女の少年兵(・・・・・)だったからな」

 

 

 

 

 

 ふと、彼女は思い出していた。

 彼に此方の事情を伝えた時、大量の銃器に囲まれた際に見せた「余裕のない姿」。

 それはひょっとしたら、一人の「少女」が大量の「武器(銃器)」を持っているという事に、彼の記憶が刺激されていたからかも知れない。

 

 

 『思わず(ほむら)を殺してしまわない様に、必死に自制していたから』、かも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ま、自分語りはこの辺りだ。「この先は国家機密です(・・・・・・・・・・)」ってね」

 

 指を下し、お道化た様に言うその表情は、いつもの飄々とした彼の物だった。

 飯にしよう、と台所に戻っていく彼の姿が見えなくなるや、ぽすんっと彼女はリビングの椅子に腰を落とした。

 緊張が途切れて、力が抜けてしまったのだ。

 分からない事が多過ぎる、彼の事も納得はできてない。

 でも少なくとも、それが本人にすら分からない何か(・・・・・・・・・・・・)であるという事は理解できた。

 だったら、それ以上は踏み込む意味は無いのかもしれない。

 

――互いに自分の目的に目を向けていれば良い、という事か――

 

 そう考えていた時、台所から顔だけ出した彼が、此方に向かってこう言い放ってきた。

 

「早くテーブル開けてくれ、料理が置けん。1分でそれ組み立てられないなら写メとって警察に送る」

「サラッと無茶振りをするんじゃない! 私は軍人じゃないのよ!?」

 

 この男の事だ、考えるだけ無駄かも知れない、そう彼女は思い始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・深夜、某所。

 

 

 

 郊外の住宅地の中でも一際目立つ豪邸、男性はその書斎に居た。

 壁に直接埋め込まれている本棚には大量の本が詰まっている。

 「六法全書」、「日本国憲法」、他にも様々な「政治」に関した書物の他、英語、フランス語、ドイツ語、ポルトガル語等の語学の教本も入っている。

 だが、男の前の机に散らばっている無数の書類は、そのどれとも異なった内容だった。

 

「本当に、明後日なのか」

「はい。予定の変更がありました」

 

 うわ言の様に呟いた男の目線の先は、窓枠にバランス良く腰掛ける女性の姿がある。

 彫刻品にも思える整った美貌の女性だが、その足元の床には一本の太刀が無造作に転がっていた。

 

「“彼等”の指示の元の行動です。故に、こうして報告しに参りました」

「早過ぎる、こんなペースでは「設定」に誤差が出る。彼女への負担になり兼ねない」

「決定は決定です。……整理(・・)の時間は十分あります、間に合わせて下さい」

 

 端的にそう伝えると、彼女は窓の外に飛び出して姿を消す。

 ……ここは3階なのだが、それを咎める者は此処には居ない。

 去った後、男は机に肘を突き、頭を抱えていた。

 

「……誰かがやらねばならん、それは分かっている」

 

 目の前に、使い方で星をも滅ぼしかねない(・・・・・・・・・・)物が有ったとして。

 誰かがそれを使ってしまわぬように、封印する必要があったとして。

 誰かがそれをやらないといけないとして。

 その代償が己の命だったとしても。

 この男は、見てみぬふりが出来る程薄情な人間では無かった。

 

 それでも、たった一つ、その歩みを戸惑わせる物が有ったとすれば、

 

「だが、娘はどうなる。やらねば娘の命も危ういとしても、やった後に、誰が娘を守ってくれる……?」

 

 全ては、ただより良い世界の為に。

 だが、それが本当に良い世界なのか、「父」としての正義が揺らぐ。

 

 

 

 

 その言葉を、扉の向こうで立ち聞きしている者の存在などには気付かずに。

 

 

 

 

 

 そして、時は二日後の、運命の日まで刻まれる。

 

 

 

 

 

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