UNSUNG EVOLUTIONS   作:B.O.A.

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Act-04

・夜、某総合病院、ある一室。

 

 マミと竜二の邂逅から数日が経った夜。

 簡素な個人用の病室で彼女は“目覚める”。

 

「……、」

 

 何度目の“目覚め”かは、既にハッキリしない。

 何百という程ではないだろうが、一回一回の重すぎる経験に疲弊した精神にとっては、最早数える事すら億劫となっていた。

 「前回」もダメだった、その「前」も、その「前」も。

 彼女は上体を起こし、長く艶やかな黒髪に隠れた額に右手を当てる。

 嘗ては、直ぐにでも飛び起きて行動していただろう。

 だが今は最早その気力もない。

 それ程、彼女の心は失敗に埋め尽くされていた。

 端正なその顔も、自身の心を映す様に無力感と疲労だけを強く表している。

 このまま動かなければ、このままジッとして何もしなければ、この受難は終わるのでは。

 そんな考えが過ぎって、思わず強く頭を振る。

 

「……まどか」

 

 彼女は“友達”の名を呟く。

 この手で救い出すと、その為にこの命を賭けると誓った“友達”。

 まだ、自分の事を知らない“友達”。

 何度も何度も、彼女が出会い続けた“友達”。

 動かなければ、確かに受難は終わるだろう。

 その代わり、そのツケは彼女が支払うこととなる。

 史上最悪の、破滅的な「結末」と共に。

 そうはさせない、絶対に「ヤツラ」の思い通りにはさせない。

 その為に、彼女は生きてきた。“繰り返してきた”。

 彼女の華奢な体に怒りの火が灯る。

 表情が強い決意を帯びた物に、別人の様に変化する。

 「絶望」の未来を「希望」に変えるまで、決して途切れぬ(ほむら)がその身に力を宿す。

 ベッドから跳ね起き病室を出、彼女はまだ日も昇らぬ深夜の闇に向かって歩む。

 先の見えぬ「未来」へ進む。

 其処でどれだけ迷う事になっても、彼女にはたった一つだけ「道しるべ」があるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈Emergency!! “イレギュラー”の発生を確認!!〉

subject(被験者)CODE:396785 女性 十四歳〉

〈行動予測シーケンスのパターンを外れた行動を取り始めました!!!〉

〈以降、「暁美ほむら」の干渉レベルを1から3へランクアップ〉

計画(プラン)へ与える影響の算出の為、速やかに情報収集を行ってください!!!〉

 

 

 

 

『むあぁ~、こんな夜中に出てきますかコノヤロー』

 

 遠く離れた、日本有数の交易港である東京湾。

 月明かりの下、冷たく潮臭い風を浴びていた10歳ぐらいの少女が恨めしそうに声を上げる。

 喉から発されると言うよりは、空間が丸ごと震えている様に聞こえる不思議な声だった。

 腰まで伸びる髪は艶のある白色。

 肌は白味がかった肌色、白人と黄色人種の混血が故か。

 着ている薄い青のワンピースに袖はなく、その代わりに幾つも小さなポケットがくっついている。

 流石にそれだけでは寒いのか、今は上に茶のベストを羽織っていた。

 

『ミーラーァァァァ』

「ただ今、お嬢」

 

 だらしない感じに彼女が呼ぶと、船を岸に留める杭に座る彼女の傍に何処からともなく20代ぐらいの女性が現れる。

 此方は完璧な金髪碧眼、陶磁の様な白い肌と欧風な美女を体現している。

 髪は肩に掛かる程度のセミロングをサイドテールに纏め、浮世離れした美貌を誇るその顔は全くの無表情である。

 シャツの上にジャケットを羽織り、丈夫そうな長ズボンと軍から払い下げられたブーツを履く彼女は、秘書や執事というよりボディーガードに近い印象があった。

 その彼女に、少女は海の様に濃い青の瞳を向けて言う。

 

『例の件のイレギュラー、コード396785の身元を調べて報告。既に集めた簡単な物から、家族構成や友人関係まで全部。取り掛からせて』

「御意に」

 

 早速、ジャケット裏からPDAを取り出し連絡を取るミラと呼ばれた女性は、そのまま歩いて引き返そうとする。

 

『待って、“レベル3”って事を伝えなさい。本人に悟られないよう、書類やデータから“足跡”を辿る様にするの。後、貴方はまだ残りなさい』

「了解」

 

 言われた通りの事を伝え、PDAを仕舞ったミラは此処で初めて自分から口を開く。

 

「お嬢がそう言うという事は、今回のイレギュラーは……」

『お察し。「彼女達」の一員の可能性が高いわ。急にレベルが上がったのは気になるけど』

「今まで此方が気付かない様に行動していたという事でしょうか」

『いいや、それにしても完璧すぎる。まるで“人が変わった”みたいな動きだった』

 

 まるで、その瞬間を直接見たかの様に少女は言う。

 白い髪に覆われた頭頂部から真横に昆虫の触角の様に生える、其処だけ白金色の毛の束を風に揺らめかせて、正面からでも何処を見ているのか分からない全く焦点の合ってない目を細めて、更に言葉を響かせる。

 

『嫌な予感がする。計画(プラン)を弄ってでも対処しなきゃいけない気がするの』

「お嬢の予感はよく当たります。計画(プラン)を成功させる為に、多少は神経質になって安全を確認するのは悪くない感情です」

『……ありがとう。少し自信を失いかけてた』

「もしもの時は私が身を張って進言しますよ。お嬢はお嬢の思うままに動いて下さい」

 

 ミラの表情がほんの少しだけ、笑みを浮かべた様な雰囲気を作る。

 長年付き添った人間にしか分からないその変化に、少女もしっかりと気付いて笑みを作る。

 だが、直ぐにその表情を引き締めて少女は言う。

 

『後で貴方も赴く事。“万全に”準備しなさい』

「御意に」

『で、もう一つ。「搬入」について報告を』

「はい、先程提携先のタンカーが到着しました。中身は既に政府主導で検疫済み。完璧に“修繕材料”として記録されました」

『了解。これでやっとあの地区の再生が終了するわね……』

 

 やれやれ、と言った感じに少女は溜息をつく。

 そして、直後にその暗い瞳がギラッと青く光る。

 

『で、「横流し」は?』

「滞り無く。「海上石油プラントの掘削水の処理」の名義で、掘削水に沈めて積んでいた「物品」を石油会社から既に受け取っております。……本当にメンドくさいですね。他社の機密に関わると言う大義名分を使う為に、一体どれだけの金を流した事やら」

『仕方ないのよ。「ウィルファーマ」の馬鹿の所為で、近年はバイオ兵器の対策を行ってる企業に対する世間の風当たりが強いの。此方から危険や機密って言っても、例えそれが必要な事であっても、騒ぎたがりのパパラッチや汚職塗れの役人達は自分勝手な利益の為に屁理屈を幾らでも捏ねたがるから、だったら他人のプライベートを盾にするしかない訳なのよ』

「自分達を守ろうとする近衛兵にも搾取したがるなんて、本当に世も末です」

『まあ、その近衛がクーデターを仕掛けたのだから当然なんだけど』

 

 “正義”なんてロクでもないねー、なんて呟いて少女は両手を挙げて伸びをする。

 その二つの手首には黒いリストバンドの様な物が嵌められていた。

 それを少し眺めて、両手を下ろしながら杭から立ち上がり、少し光が漏れ始めた空に向かって大きく息を吸い、

 

 

 

 

 

『フェイトたんは私の嫁ェェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!』

「脈絡無視して何叫んでるんですかァァアア!!」

 

 まさかのラブコール(廃人宣言)

 

 

 

 

 

『いや~、色々黒い事言ってたからムシャクシャしちゃって~。でもこれでスッキリ! 私のバランスがしっかり整って反省も後悔もないよ!!』

「ヤジロベエの針を潰してバランスが取れたとでも言う人ですか貴方は!? 取り敢えずその曲がった人間性を反省して下さい今すぐに!!」

 

 先程のクールな印象が若干崩れているミラに、叫んだ影響でハイテンションになった少女は杭を回ってまるで親におもちゃをねだる子供の様に彼女の左手にしがみつく。

 

『そー言えば、今度の週末に新作のフィギアが発売されるんだよね。カートリッジが搭載された後の奴でー、バルディッシュが変形できてー、ソニックモードにもなれてー』

「分かった、分かりました! 買います買えば良いんですよね!? 約束しますからぶら下がらないで下さい今の貴方でもしがみつかれると私の髪がァァアアア!!?」

『しっかもお色気湯けむり仕様も搭載ッ!!』

「それ意味がない様な! 多角的に眺められるフィギアでは只のR-18にしかならない様な!?」

 

 発言だけすれば完全に只のあちら側の住民である少女を何とか宥めようとするミラだが、少女がかなり魅惑的なプロポーションを持つ彼女にセクハラし出したのを見て遂に限度を超えた。

 シッパァァァァァン!! と言う気持ちの良い音で、20歳ぐらいの女性従者が10歳ぐらいの幼女主人をアスファルトの上に投げ落とす。

 大の大人相手にも通用する程度の、割と本気の迎撃だった。

 

『ピャアウウウゥゥゥゥゥン……』

「セクハラはダメ、ゼッタイ」

『じゃあ、今度はパワハラに移行して……分かったよ反省するよ、だからCQCの基本を思い出さないで』

 

 完全に戦闘態勢に移行していたミラに、少女は両手のひらを掲げて漸く白旗をあげる。

 溜息を吐いて構えを解いたミラが髪の毛先をひと束摘んでちょっと気にしていると、少女が新体操の様に体をバネにして跳ね起きる。

 そして、先の迎撃が全く堪えていない様子で少女は言う。

 

『おふざけは此処まで。準備すべき「物資」は揃ったし、そろそろ私達も動かないとね』

「分かりました。各班に指示を出します、“決起の時は来た”。」

『長かったなぁ、此処まで』

 

 少女の後ろでゆっくりと朝日が昇り始める。

 夜闇を払うように、世界に光が満ちる。

 少女は「苦難」を思い返す。

 此処まで本当に長かった。

 何度も、此処でもう終わりかと思った。

 でも、今まで終わらずに生きて“来れた”。

 

 だけど、この“道”も此処で終わり。

 此処で全てが決まる。

 

「……、」

 

 傍らのミラが黙った主人を覗き込む。

 白い髪に隠されて、その表情は伺い知れない。

 だけど、その思いは彼女に伝わっていた。

 彼女には分かっていた。

 

 

 

 この戦いは、世界にとっては「間違った戦い」。

 勝っても負けても、少女に与えられるのは最悪の“汚名”。

 それは、傍らのミラも全く同じ。

 彼女達は自らの「命」さえ、きっと否定される。

 それでも少女は戦いに出る。ミラはそれに従う。

 幾らでも、他に生きる道はあるというのに。

 幾らでも、「正しい戦い」を生き抜く力があると言うのに。

 

 

 

 凪に入る締めとでも言うかの様に、一際強い潮風が吹いた。

 少女の長く白い髪が、それに煽られて大きくはためく。

 横目で見ていたミラは、其処で大きく目を見開いた。

 そのバラけた白い髪の間に、彼女より少し年上の女性の姿が見えたのだ。

 思わず息が止まった彼女は、主人を護るべく瞬時に身構えようとする。

 だが、次の瞬間にははためいた髪が下に降りて――その姿は忽然と消えていた。

 

「一体……ッ!?」

 

 慌てて周囲を見渡すが、其処でそもそも姿の見えた位置からあの一瞬で姿を隠せる“遮蔽物が存在しない”事に気付く。

 背筋が凍り始めた彼女の前で、急に少女はハッとして自分の肩を見る。

 

『雨……』

 

 少女とミラの肩や頭に、ポツポツと大粒の雫が落ちてくる。

 水飛沫の可能性もあったが、ミラはその水滴が完全な雫型なのを見てそれを否定する。

 また、その幾つかが垂れて少女の口に入り、彼女はそれが純粋な真水である事に気付いた。

 二人が同時に上を見上げる。

 朝焼けに色付く空は、だが雲一つない「快晴」。

 

 

 雲がないのに、雨が降っていた。

 

 

『空が――「彼女」が泣いている……?』

 

 少女が呟く。

 一緒に上を見上げてこの異様な超常現象に戦慄していたミラは、その声に顔を戻して、見上げる少女の後ろに「あの女性」が立っているのを見た。

 金髪にエメラルドの瞳を持ったその女性は、少女と彼女に向かって優しく微笑むと、幻の様に空気に消えていった。

 己の役目すら忘れて、ミラは唖然としていた。

 それは彼女が会った事のない、だが見覚えのある人物だったからだ。

 

『――そうだね、うん。これは、“貴方”の戦いでもあるからね……』

 

 少女の声に、ミラの意識が現実に引き戻される。

 横目で見ると、少女はまるで母を偲ぶ子供の様な顔付きをしていた。

 その視線の先には、今まさに朝日が昇る海が広がっている。

 

『必ず終わらせる。そしたら、また会いに行くから。だから待ってて』

 

 多分その時、少女は誰かに会っていたのだろう。

 そして、この少女の「戦い」はその「誰か」の為でもあったのだろう。

 きっとその「誰か」は、彼女にとって本当に掛け替えのない存在だったから。

 

 

 

 

 

 そう、結局は、たった一つ(唯一)の譲れない物の為に。

 “勝ち目のない”戦いに、「ユイ」という名の少女は身を躍らせる。

 覚悟の笑みさえ浮かべながら、彼女は此処に宣言する。

 

 

 

 

 

『さあ、返してもらうぞ「世界」。私から奪った物を』

 

 今、全てを飲み込んで。

 戦いが、始まる。

 

 

 





 書いて今更ですが、やってまった気がします。
 まあ、言っても一方は完全にオカルトだし、もう一方も超自然だからこれくらいいいかなぁと勝手に思った次第です。6のラストなんて完全にZEUSの裁きが主戦力ですし。
 勿論、本筋はせーぶつへーき達ですよ。ブッ飛んではいるけど。

 という訳で、前振りは此処まで。
 少しずつ瓦解していく日常が描けるよう、努力して本編を書いていきます。
 では、また。
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