・劇場、外周。
非常に困った事になっていた。
首尾良く観客達を引き渡したまでは良かったのだが。
「あの、一応俺は“この手”の関連に通じてる捜査官なんですけど」
「と言われてもね、上としっかり確認出来ない内に勝手に向かわせる訳にはいかないんだよ。此方も」
どうも、事態が大きすぎて顔パスの効かない状態になっているらしい。
かなり極秘に手を回している事が仇になって、完全に「一般人」扱いになってしまっていた。
確認を取るにも、情報が錯綜している今では期待できそうもない。
と言う訳で、
「面倒だ。忍び込むか」
「……一応聞きますが、どうやって」
「要は、見つからずに向こうまで行ければいいんだ」
そう言って、彼等は劇場に背を向けて100m程まで移動。
人気のない路地に入るや、ポケットから端末を取り出した。
「この辺りは水捌けが悪い事で有名だ。大雨で氾濫しない様に下水関連が特別大きく作ってある。前日に雨でも降ってない限りは普通に歩いて行ける」
「うぇ」
つい、マミは露骨に嫌な顔をしてしまった。
ほむらから彼の“悪行”を聞いていたので嫌な予感がしたが、まさに的中してしまった様だ。
躊躇なくマンホールに飛び込んでいく彼の後ろで、自分だけこのまま勝手にビルの屋上を渡って行こうか迷っていたが、やじ馬が大量に居る最中に堂々と現れる勇気は流石にない。
今日は3回身体洗うぞ、と心に決めて彼女も穴の中に飛び込んだ。
・劇場前。
竜二らが何とか劇場を目指すその頃、クリス等は非常に厳しい現状に置かれていた。
障害物が殆どない中、必死にライフルを撃ちながら走る彼の元に、地響きを立てながら「エフエ―」が走っていく。
羽の重量がかなりあるのか、足を振り下ろす度にアスファルトに亀裂が走っていた。
『
揃えた人差し指と中指が変形して、瞬く間に1.5m以上の長さの
それを両手にで二本作ると、一気にクリスの後方から接近して「X字」に切り払う。
それを前方に転がるように躱すと、背中の翼から「白い粒子」をジェットの如く噴出、滑るように近付いてもう一度切り払ってくる。
不安定な体勢のまま滑り込む様に躱し、何とか立ち上がろうとするクリスの背に再度攻撃を掛ける彼女だが、その頭部辺りに火花が散った。
彼女の斜め後ろに回り込んだピアーズの対物ライフルによるものだ。
「【隊長!】」
「【構うな! そっちに行くぞ!】」
クリスが叫ぶと同時、エフエ―は翼のジェットで高速反転すると、その勢いを殺さずに回転しながらピアーズに突進する。
その額から、2m超えの「青い刃」を正面に向かって伸ばしながら。
『
駒の様に回転しながら薙ぎ払われる「刃」を後方に飛び込み前転して躱すと、ピアーズは先のクリス同様に逃げながらライフルで頭部を狙って発砲する。
そして同じ様に、「エフエ―」は銃撃を意に返さずに彼を追いかけていく。
彼を助ける為、別の隊員達が彼女の背後に移動していく。
さっきから、ずっとこの調子だった。
「【埒が明かない。アイツのバリアを銃撃で破るのは不可能だ】」
「【感圧地雷なら何とかなるのでは?】」
「【「エーワックス」の様に無力化されなければ良いがな。やってみるか】」
部下に装備を持って来させるように指示する最中でも、彼は「エフエ―」の様子をジッと見つめていた。
先程から見てて気付いた事だが、この「エフエ―」、どうやら集団相手に対する攻撃手法に乏しいようである。
「グラウンド・ドライブ」による範囲攻撃を警戒して距離を離す事に専念しているが、彼女は電撃やレーザーどころか、ずっと走り寄っての近接攻撃しか出してこない。
エネルギーを使い果たした、というよりは、
対物ライフルによる射撃すら無効化するバリアを張っている事で手加減しているのだろうか。
だがそう言う油断よりは寧ろ、彼には
現に、部下が地雷を持ってきて、隊が集まったその途端、
『
全員で伏せた、その直ぐ上を青い光が突き抜けていく。
「【敵性存在の位置関係で攻撃を変えてきてるな。そして、散開している間は
「【強力な力を持ってる割に、思考は大分単調ですね。目の前しか見えてないというか】」
「【その代わり単体では非常に厄介だ。ひょっとしたら、「エーワックス」の指揮があって行動するのが本来なのかもな】」
あの指揮力と火力が合わされば恐ろしい戦力になり得るし、「エーワックス」を助ける様に現れたのもその辺りが理由なのかもしれない。
だが、先の「エーワックス」は離脱してしまい、今は
勝手に力を制限している様なら、まだつけ入る隙があるかも知れない。
例えば、誰かが囮になって地雷を踏ませるとか。
『
平坦な声でそう言う彼女だが、地雷の影響かバリアが薄れ、膝を付いていた。
チャンスか、そう思って全員で銃撃を開始する。
アサルトライフルの射撃はまだ弾かれていたが、対物ライフルは弾けずに貫通、伸びていた髪で頭部を庇ったが明らかに傷を負っていた様子だった。
だが、そんな時間も長く続く訳が無く、
『
バリアの色も、足の損傷も修復して立ち上がっていた。
今の攻撃の影響を考えれば明らかにピアーズに
だが、そこで彼女は立ち止まり、頭部の蛾の触覚の様な部分を軽く上に向ける。
何かを探る様なその動作の理由は、直ぐに彼等にもわかった。
特徴的な風切り音。
今までの流れを考えるなら、自衛隊の攻撃ヘリの羽音だと思われる轟音。
「【自衛隊とすると、コブラか……?】」
「コブラ」は世界で最も最初に生み出された「戦闘ヘリ」の系譜であり、米国主力戦闘ヘリ「アパッチ」の前身となったヘリコプターである。
多目的軍用ヘリ「ヒューイ」をベースとして戦闘ヘリとして設計した「コブラ」は、旧式とは言え決して性能に不十分な訳ではなく、ミサイルポッド、ガトリングガン、機銃等の対地攻撃には十分な火力を持っている。
自衛隊は「アパッチロングボウ」という新式の戦闘ヘリの導入もしているが、この機体は数が少なく、恐らく向かって来てるのは「コブラ」だろう。
果たして、ビルの間から小さく姿を見せたのは迷彩色を施した「コブラ」だった。
その丸い見た目は一見すれば余り攻撃的には見えないが、胴体両サイドから突き出した「スタブウィング」と呼ばれるユニットに装備されているのは、10式戦車撃破の報告を受けているなら恐らく対戦車ミサイル「TOW」、「第三世代」戦車の装甲を貫通する強力な武装の筈だ。
『――――、』
ぼそっと、「エフエ―」が小さく呟く。
その言葉は、空軍に居た事で耳が慣れているのか、将又ヘリの音に誰よりも気を散らされなかったのか、クリスだけがかろうじて聞き取れた。
――
直後、ボウッっと髪が大きく広がり、その間に激しい
そして、羽根からジェットを吹きながら真っ直ぐ上昇、宙返りする様に身体を動かしてコブラ目掛けて飛んでいく。
コブラもその反応に気付いたのだろう、ウィングに装備されたミサイルランチャーから花火の様に幾つも火花が散っているのが見える。
発射されているのは「ハイドラ70ロケット弾」、然も目測でも2km以上離れたこの距離で放ったという事は。
「【ハイドラ派生誘導ロケット弾か……!?】」
湾岸戦争を経て開発された、比較的最新の追尾式ロケット弾である。
電波による誘導方式だが、「エーワックス」と異なり電磁波による妨害を行わない「エフエ―」を捉えるなら寧ろ好都合だ。
それを示す様に、ロケット弾は回避行動を取る「エフエ―」にしっかり追従し、確実に後を追っていく。
だが、彼女も黙ってロケット弾を喰らう訳も無く。
『
背部から発生させた帯電した球体を放出、フレア代わりにする様にロケット弾に当てて炸裂させていく。
だが、回避行動で生まれた隙を「コブラ」は見逃さない。
距離を詰めて来た「コブラ」が、操縦席の真下に取り付けられたガトリング砲を起動させ、毎分700発の弾丸の行列を「エフエ―」に向けて撃ち放つ。
「20mm口径M197ガトリング砲」による射撃は的確に「エフエ―」を捉え、対物ライフルよりも激しい火花が飛び散る。
幸運とすべきは、「エフエ―」が、
激しい回避行動を取ってガトリング砲の射線を逃れるも、それでも喰らった数発の弾丸で動きが鈍り、それが仇となって追い縋って来たロケット弾が直撃したのだ。
激しい爆発と損傷で錐揉みを起こして5階建ての建物の屋上に落下した「エフエ―」に対し、無慈悲にも「コブラ」は対戦車ミサイルを撃ち放った。
直撃すれば建物ごと潰しかねない、そんな威力の物を
だが、それが着弾する事は無かった。
『
何処までも青く、強烈な「刃」が。
滞空していた「コブラ」ごと、対戦車ミサイルを撃ち貫いたからだ。
「【やはり、航空機レベルでないと空で真面に立ち向かうのは難しいか……!】」
空中で爆発し、燃え盛る破片が街中に落下していく。
どうか避難が終わっていると良いのだが、そう思う彼等の方へ、真っ直ぐ飛んでくる白い光がある。
「エフエ―」だ。
ガトリング砲やロケット弾の攻撃による影響で衣服がボロボロになり、挙句に
だが、此方に向けられる殺気は健在だった。
素早く銃を構えて彼女に応戦する態度の彼等だったが、直後にその出鼻を挫かれる事になる。
つまりは、
『
「コブラ」が援軍に加わってしまった事で、彼等の脅威度が跳ね上がってしまったらしい。
「【流石にもう手は抜いてくれないか……ッ!!】」
「青い刃」を横に広げた手の延長上に放った「エフエ―」は、その状態で彼等の周囲で旋回を開始する。
要は、物凄く長いラリアットを自分の描く円の内部の物体に向けて放っているという事だ。
ただし、当たれば痛いどころか「切り裂かれる」が。
地獄の追いかけっこの始まりだった。
反撃を受けない様、ある程度の高度から腕を斜めに向けている関係上、完全な円ではなく
だが向こうもそれを承知で、細かく軌道を変えたり「8の字」を描いたりで此方を追い込んでいく。
このままではジリ貧だ。
此方の攻撃は届かない高度を維持されている、強力な爆薬や地雷を持って来ても意味が無い。
一人一人、疲労で鈍った者から奴の餌食になる。
必死になって誰もが打開策を考える、その時だった。
『――――!』
突然、彼女の
「……流石に、このまま「彼等」を見捨てるのも気分が悪い」
ゴトン、と少女の身体に似つかわしくない
落下していく「エフエ―」の様子を見て、だが用心する様に大きく崩れた劇場の壁に身を隠す彼女は、次の
「RPG-7
本来地上の装甲車両を破壊する為の兵器で、動きの止まる事の多いヘリと違い、単純な旋回軌道ではあるが
彼女の魔法、そして「エフエ―」の思考回路上発生する、
正直、初めから乗り気であった訳ではない。
「戦闘ヘリ」のロケット弾が「エフエ―」に大きなダメージを与えた、その事実があったからこそ彼女は動いた。
実際、かなりの打撃になったようだが、念には念を入れて2発目のロケット砲を用意していた。
「確認は彼等に任せるか、態々向かう必要は無い」
時間停止を遮られる事も無かった事から、恐らく向こうの対抗策も何かしら発動条件があるに違いない。
下手に自分の存在を感付かれて準備されるのは御免だ。
このまま待機していればいい、もう直ぐマミ達もやって来るだろう。
そう思って、彼女は外の光景から目を反らす。
そして、
『……あーあ、
そんな風に呟く、白く小さな少女が、音も無く、
凍り付いてしまった彼女に、その白い少女はその瞳を向けた。
『本来だったら
そう言って、彼女は背後を振り向く。
其処には幾人もの全身白い防護服の人間達が、瓦礫の破片の採取や調査を行っていた。
一様に、その肩に付けられているロゴは「
『とは言え、これで
「……何を、言っているの」
思わず、彼女はそう聞き返す。
「これだけの事が有って、
『ああ、「ムーロー」の襲撃が予定外だったのは事実だよ。でも寧ろ、そういう時は思い切って舵切るのが意外と正解なのよ。結局、
あっけらかんと、少女は話していく。
余りにもあっさりと、この「騒動」の舞台裏事情を。
『予想される
初めから、全て
それどころか、これは全て魔法少女が介入する事を予期した上での
その為に、予め
『巴マミは一種信念的なもあるけど、佐倉杏子を餌にすれば確実に寄ってくる。美樹さやかも
単純に、全て「出会わせる」為のきっかけに過ぎなかった。
こんな地獄を見せる、死地に向かわせる、
「……いや、ちょっと待ってよ。巴マミはまだ分かる。だけどその言い分じゃ、始めから
『
そして、彼女は余りにも唐突に言う。
『この街の住人184万7492人、更に連帯している企業やスタッフ約5000万人、そして1年前から何かしらの理由で不意に訪れた経験のある人間約
……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。
「……は?」
『ああ、だけどどうも「魔法少女」に関しては根本的に体質が違うのか、「エーワックス」の「スナッチ」なんかで
ま、無い物ねだりしても仕方ない、と彼女は放り投げた。
『と言う訳だから、ま、
缶コーヒーでも奢ってあげようか、ブラックコーヒーよく飲むよね、とまるで後輩を労う先輩の様な気楽さで「少女」は言う。
その何でもない様子が、余りにも「異質」過ぎて。
可愛らしい仕草が、
『ほむ。その「
拳銃なんかじゃ生ぬるい、と言うように持っていたロケットランチャーの弾頭をその顔面に押し付けた。
「……何なの、貴方達は。其処までして
もう、我慢の限界だった。
今此処で、
散々全てを無茶苦茶にして、全部台無しにして、それで尚
必死に戦って来た、必死に対処してきた、その努力は全て自分が作った「
そんな下らない物の為に私は戦ってきた訳じゃない、それを勝手に人様に都合押し付けやがって――――。
『なら、私の「
だけど、
そして、
「【で、結局「エフエ―」は回収できたのか】」
「【まぁな。あれで
「……、」
「で、問題の、
彼等は、「それ」を見ていた。
「何をどうやったら、
何もかもが、ただ闇の中に沈んだ。
信じあえる筈の友情も、繋がれる筈の親愛も、明かす筈の秘密も。
そして、あらゆる疑念も災いもまた同じだ。
全てが振り出しにもどった。
英雄は折れかけた意志を入れ物の身体に包んで、混沌と、血溜まりの大地を臨む。
予告:UNSUNG EVOLUTIONS「裏編」 始動
少女は誰も、未来を見ない。