表面に現れた時には、もう遅い。
例え、最初は酷く小さく見えても、絶対に気を緩めてはならない。
水面に浮かぶ氷山は、実際には見た目の数倍の体積を海中に隠す。
嘗て最大を誇った「祭典の船」を海の底に容易く沈める、膨大な「力」を秘めているのだから。
Chapter9:
Ch-9-Act-01
・???
明かりなど何一つ無いのに、何故か暗さを感じない「真っ黒な世界」、ほむらはその中をぼんやりと浮かんでいた。
地面も無いのに落ちず、そもそも上下左右の感覚も薄い。
手足があるようにも、
真っ暗で何もなく、ただ延々と黒い光景が広がる。
それなのに、不思議と不安に思うことがなかった。
というより、寧ろ安心感を覚える。
――此処は……私は――
漠然と、ほむらは空間を前に進み始める。
風景なんて何一つ変わらないのに、「前に進んでいる」、という妙な確信だけは何故か抱けていた。
目的地などは無い。
ただ、
――何故だろう、
魔女とは基本、呪いの塊だ。
その結界が、単調な一色だけの空間になる筈がない。
それ以上に、この場所からは「悪意」の匂いがしない。
だが暫くすると、前方から小さな光が見え始めた。
消え入りそうな程に弱い光。
引き寄せられるように、そちらへと体が動く。
光は近付くにつれ、段々と強くなる。
やがて、光を発するものの正体も見え始める。
その寸前だった。
――ッ!?――
ゾワッと、背中に冷気が走った気がした。
「背中」などという感覚があることも驚きだが、既にほむらの心は別のものに向いていた。
今、
直ぐにでも確かめたいが、一方で、目の前にある光も気になる。
迷って、その場で止まって、そして。
思い切って、振り返る。
「……っは!?」
唐突に、視界が一気に開ける。
前に見えるのは、灰色の溝が縦に並んだ天井のようなもの。
所々に色の違う、鉄骨のような物も混じっている。
次に気が付いたのは、何か液体が流れる大きな音だった。
此処で、彼女はぼんやりと「天井」の正体を察する。
「……橋の、下?」
『
首を傾けると、1m程先でコンクリートにダンボールを敷いた上で
その向こうから、明るい光が此方へと差し込んでいる。
果たして、どれほど眠っていたのだろうか。
彼女の側の食べ終えたカップ麺の山を考えると、あまり想像したくない部分があった。
更に、周囲にはペットボトルの飲料水に
そして漸くほむらは、自分がその脇で毛布に包まれて寝かされているらしいのを自覚した。
起き上がろうとしたほむらを、「エフエー」は片手で制して言う。
『
「っ」
腹に響く鈍痛を持って、以前の事を思い出す。
何とか手を動かして確認すると、全身隈無く包帯が巻かれているのが触感で分かる。
腹に大穴が開いている様子もない。
恐らく、気を失っている間に傷口の縫合までやっていたのだろう。
「……どうして」
『御前達 存在 「主」 重要視、
彼女は、根本的に自らの存在意義を失いかねない「主」の行動に疑問を持っている。
それが「彼女達」さえ巻き込む物であるとは分かっていても、具体的にどの要因が理由なのかの判断を、個人だけではしかねたのだろう。
巻き込まれるその中でも、特に深い場所に留められたほむらだからこそ、判断出来ることがあるかもしれない。
『
「じゃあ、どうするの」
『
そう言うと、彼女は此方に数枚の紙を寄越してきた。
手にとって見ると、幾つかの場所の羅列のように見える。
『我 目的 「主」 計画 知
「……?」
『
そう言うと、彼女は幾つかの項目を指差す。
そこは軒並み印がついており、更に幾つもの文が追加で書かれている。
そこまで来て、ほむらも合点が行った気がした。
「態と適当に順位をつけて、無駄な場所へ捜査を向けさせるって事か」
『
「本当の正解は、
彼女は頷いて肯定する。
そこまで来て、ほむらも納得しかけて。
ふと、
「……あれ、その情報はどうやって「向こう」に伝えるの?」
『御前 家 紙
つまり、意識を失っている間に彼女はほむらの部屋へと向かい、そこで工作を済ませて来たという事だ。
漸く一つ安心を得て、起こそうと擡げていた頭を毛布に預けて、
何かの天啓のように、
「………………ちょっと、一つ聞いていいかな」
『何?』
「其のカップ麺の山って、まさか――」
『御前 家
「………………………………………………………………ですよね」
がっくりと、横になったまま放心するほむら。
<悲報> 以前のループから蓄えていた1ヶ月分を超える食料のストック、3/4が
そこから大体2日間を掛けて、ほむらは自らの治癒に専念した。
彼女の能力的には決して十分な時間とは言い難いが、何処からか「エフエー」が調達した「緊急スプレー」なる、今まで見た事もない野戦治療具を用いたりして、一通り動けるレベルには回復した。
その間、「エフエー」は彼女の看病ばかりという訳ではなく、
「何を作ってるの? ラジオとかリモコンとか分解して」
『
「盗聴? 「向こう」の様子でも探るの?」
『半分 正解 「
「ああ、そっちか……。でも盗聴という割にスピーカー放り出してるけど大丈夫なの?」
『
聞けば、「エフエー」含む「ユイ」は、
その電波を傍聴し、別波形に変換した状態で再度変換し直す事で此方の探りを勘付かせないようにする、その為の装置なんだとか。
電波で意思伝達という時点でスケールが大きい気がするが、彼女曰く「イルカの
正直ほむらには余りピンとは来なかったが、その辺りの情報収集は「エフエー」に一任するしか無い事は何となく悟った。
それ以外にも、序に「彼女自身」について色々聞いてみた所、
・彼女の記憶上では、音波制御よりも広範囲でより精密な電波制御を「
・現在、「Mu.Ro.」含めた下位3種、上位3種が「ユイ」の一団には存在する。
・その内、上位の「オリジン」、「アルファ」の2種が実際の指揮を取っており、それぞれ一個体のみが存在する。
・この二個体については、「エフエー」にも余り知らない。
・「Mu.Ro.」はそもそも何時生まれたのかすら分からないレベルの情報不足。
・下位は「エフエー」、「エーワックス」に、「スカヴェラ」という名前の種類がいる。
・だが、実質「スカヴェラ」については無視しても構わない、目下は「エーワックス」と「エフエー」に注意すべき。
「根拠は?」
『役割
「「役割」。そう言えば貴方は「免疫」と……何かだって「エーワックス」が言ってたっけ」
『「殺戮者」
「「エーワックス」は「諜報」、「探る」という感じ?」
『端的
そうした役割に当て嵌めた際、「スカヴェラ」は「
字面は不穏だが、「
そもそも渦中にいる自分達では遭遇すら出来ないだろう、というのが「エフエー」の見解だった。
信頼出来るだけの要素は薄いが、それでも今は彼女を信じなければ始まらない。
今更だが、竜二といた「あの頃」の気楽さが少し呪わしく思えてきていた。
そして、そうした「今の問題」以外にも、少々
『
「別に良いけど……、
『少々』
彼女が漁っていたのは、ほむらの家から持ってきたらしい「教科書」や「ノート」だった。
あれだけ頭の回る彼女に今更、という印象はあったが、本人がそうしたいという風だし、彼女ばかりに世話を任せてばかりだった負い目もあるので、ほむらも許諾していた。
……その中にサラリと
わりと強引な行動になったので疑われるかと思ったが、意外にも「彼女」は然程興味を示さなかった。
ただ、教科書やノートの文面を小説でも読む勢いでじっくりと黙読していく。
その集中力に当てられたのか、傍から見ている内にほむらは何だか気恥ずかしさを覚えてきた。
元々見せるために作っている訳ではないのだ、此処まで真剣に読み込まれるとむず痒さを感じる。
「参考書ならもっと色々あっただろうに、よりによって演習問題の私の回答なんて態々見ても……」
そう呟いたほむらに、彼女はそちらに目もくれずにノートを読み進めながら口を開いた。
『
「…………ん?」
思わず、横に寝たまま首を大きく傾けるほむら。
急な変調に、思いっきり顔に疑問の念が浮かんでしまう。
対して、全くそれに気づく素振りもなく「エフエー」は続ける。
『
「……あ、あぁ。そうなの……」
確かに、その言葉遣いには今までよりも明らかに滑らかな印象を受ける。
ぶつ切りみたいな口調では彼女自身、今後の情報共有において不便になると思ったのかもしれない。
とは言えいきなり流暢になったので、羞恥心が吹っ飛ぶくらい呆気にとられてしまったが。
そうして、橋の下に野宿し始めて3日目の朝。
ほぼ寝たきりでの2日間を経て、起き上がったほむらが手足を伸ばして調子を確かめていると、「盗聴器」の方を座ってじっと注視していた「エフエー」が突然、
『
と言って、いきなり「盗聴器」を素手で
突然の行為に驚いたほむらがバランスを崩し、すっ転びそうになるのをギリギリで耐えていると、立ち上がった「エフエー」がほむらを見て呟く。
『
「……?」
『
と言って、包帯を一巻き投げて寄越してきた。
右手に包帯を握ったまま、ほむらはふと左手で自分の顔を触る。
顔の左側は殆ど癒えているのか、柔らかい皮膚の感触が伝わってくる。
が、反対の右側、それも目の付近から額、耳元に掛けてにはまだ固くザラザラした火傷痕が残っていた。
ある程度伸びた彼女の長髪を持ってしても、流石に全ては隠し切れない。
戦場なら兎も角、移動中の市街地でこれでは目立ちすぎるだろう。
斜めに巻く形で顔の右半分に包帯を当てていると、気を利かせた「エフエー」が眼帯を持ってきて、包帯で隠れた右目の上にあてがって補強してくれた。
更に、鍔が広めの帽子も用意してくれる。
『
「ありがと……。で、此処まで用意するって事は?」
『多分、
既に2日間も着続けて着崩れた制服を一通り纏めるほむらの前で、「エフエー」は口の端を小さく持ち上げて続けた。
『
・見滝原中学校付近
一応言えば、建物そのものは残っていた。
先の爆発は飽くまで
なので、嘗て眩しいまでの光を取り込んでいた校舎のガラスは軒並み高熱で一旦融解し、溶けた状態で再凝固して奇妙な形で固まっていた。
更に白い建物の柱などはほぼ全て真っ黒に変色し、宛ら世紀末じみた様相を見せていた。
そんな中、重武装をしながらも何処か落ち着いた様子のクリスは、周囲に散開した部下を他所に割りと躊躇なく校舎へ踏み込む。
ほぼ炭化した机や椅子、落ちてきた天井なんかを乗り越えて、殆ど周囲警戒せずに突き進んでいく。
彼の「目的」は、校舎奥の体育館に居た。
「【随分と派手にやられたようだな】」
『【……不覚を取ったのは認めるよ】』
入り口に立ったクリスが中の真っ暗な空間に声をかけると、中から低めの声が帰って来る。
口から発する物にしては奇妙に拡散しているような、変な反響をしている雰囲気がある声だった。
『【俺の元から離れたアイツ等が何を仕出かすかは流石にわからんが、少なくとも、停滞した状態を動かすキッカケにはなるだろう。どう言った形であれ、より具体的な糸口になる筈だ】』
「【お前としては、彼女を此処で
『【「結果」はな、クリス。お前が何を考えてるのかは察するが、悪いがこれがずっと、この期に及んで、
「【……、】」
『【だから分かる。ここからは「アイツ等」を守ってやれるのはお前だ、クリス。邪魔にしかならない俺は、この辺りで一度退かねばならない】』
小さく、だが滲みでるような重い音が響く。
それが
内に秘めた激情を抑えて、クリスはゆっくりと口を開く。
「【……分かった。で、お前はどうする?】」
『【
「【罠と分かっていても?】」
『【逆に、
「【それでも、か】」
『【皆まで言わせてくれるな。俺も、何から何まで諦めた訳じゃないんだ】』
ゴトン、と大きな音が響く。
前方の暗闇の中から突如として強い光が顔にあたり、眩しさにクリスは片手で顔をかばう。
すると、立て続けに物音が響いて、次から次へと光が伸びてくる。
『【じゃ、俺は行くよ】』
そんな声が響いて、直後に雪崩のような轟音が響く。
返事しようと口を開いた、その瞬間に前からいきなり舞い上がった膨大な粉塵が彼を襲い、噎せ返って返事どころではなくなってしまう。
前方への視界も死に、物音も轟音以外が掻き消されてしまっている。
結局、全てが一通り落ち着くまで耐えた頃には、何もかもが変わってしまっていた。
「【……全く】」
そう呟いた彼の目の前に広がっているのは、
最早、此処に
言うだけ言って、押し付けるだけ押し付けて、「彼」は去っていった。
だがこの事件においては、明らかに自分よりも「彼」の方が中枢に絡んでいる。
「彼女達」を此処でフリーにする訳にも行かないし、結局は自分達が後を追うしか無い。
物音を聞きつけたのか、後ろから響く複数の足音を聞きながら、クリスは彼等に何と説明すれば良いのか、何と言って次の指示に繋げれば良いのか、それを只々考えていた。
・某所
時刻は、エフエーがほむらを引き連れて雲隠れした直後、その深夜。
都会の中枢から明らかに外れた、そして見滝原からは遥かに遠く離れた夜の工業地帯。
其処の一角にある一見は普通の作業場のような見た目の建物。
だが、実際は「ある兵器」の簡易整備場となっている其処に、「ソレ」は存在していた。
再起動後の各部位の自律点検、その間のメインAIのデフラグを経て、各部のシステムの再接続及びそのチェックを完了させた「ソレ」は、新たにやって来た「
内容から重要な項目を抜粋、関連付けし、其処から導き出される必要情報を収集して、事前準備の計画、例えば
現地へ必要装備の準備要請を掛け、同時に翼部のエンジンを駆動し、自動で開け放たれた天井から人知れず空に舞い上がる。
飛行経路の設定と付近空域の管制通信を傍受しつつ、傍らで自陣営の戦術ネットワークに接続、独自にリンクを組んだ「ブロック」にて同様の指令を受けた
様々な場所から飛び立っている為にレーダー上で探知は出来ず、挙句に夜に紛れる様な移動とと潜伏のタイミングも異なるが、ネットワークからの情報だと全機が同時刻に到着する予定になっていた。
目的地は、千葉県と茨城県の県境付近にある港の一角。
かつて、ユイがある「