・貨物タンカー「W.H.Merritt」。
その一撃は、冗談抜きに船体を半分ぶっ壊した。
先ずそれは、突然全体の中程の30m程の部分を跡形もなく消し飛ばされた事に始まる。
重量のバランスが失われ、片側の艦橋がある方が、ぐらりと自壊を始める。
既に座礁していたが故に、それはまるでドミノが倒れるような光景だった。
それだけでなく、艦橋自体が内向きに崩れていく。
そして、倒れていく関係で、力のかかり方の変化もあったのだろう。
遂には艦橋その物も真っ二つになり、縦に開く様に崩れた。
片方は海側に沈み、もう片方は陸側に乗り上げて横倒しになる。
そしてその真ん中で、多くの残骸に混じる様に、ほむらの身体はプカリと浮いていた。
「......、」
茫然自失、という感じに漂うほむらだが、日の昇った青空を眺めている内に、少しずつ実感を取り戻していく。
「生き、てる? 助かった、の?」
そう、生きていた。
あれ程の絶望的状況から、生還していた。
無意識に身体の調子を確かめようとして、だが此処で一つの違和感に気付く。
チラリと目を向け、その理由を目の当たりにし、だけど意外と落ち着いた様子で溜め息を吐いた。
感覚が麻痺している、とは悟っていた。
その事実が逆に生の実感をもたらした、という我ながら最悪の思考に至った事も自覚していた。
右手が、無かった。
肩から先が綺麗に、すっぱりと消え失せていた。
そもそも、どうやって助かったのかを説明せねばならないだろう。
ほぼ零距離の砲撃に、全く抵抗の余地を見出だせなかったほむらだが、実は最後の最後に、本能的な防衛行動を起こしていた。
単純で、余りに幼稚で、普通なら助かる確率を無駄にしたと思われるだろう。
実際、今の今まで、当のほむらすらそう思っていた。
つまりほむらは、右手に握った拳銃を、そのまま「エフエー」に投げ付けたのだ。
残弾があったかもしれないのに、撃つ様な思考は欠片も浮かばなかった。
「極限状態における本能的行動の優先」による「極端な知性低下」、と言うべき現象だった。
故に、本人は唯一の武器を無作為に投げた行為自体を、文字通り後から知った事だろう。
それを悔やんだり、絶望する、その暇もなく、結果は突き付けられた。
二つの「偶然」が、ほむらを救ったという形で。
一つは、そのタイミングだった。
「エフエー」が胸からの光線を浴びせる、その為に胴体を下に傾けた、その瞬間に重なったのだ。
そして、もう一つは。
『――ッ!!?』
「エフエー」にとっては、悪夢のような「偶然」だっただろう。
その投げられた拳銃は、まるで何かに導かれるように、彼女の裂けた胸の中心に飛んでいく。
正確には、その中心にある、白い光を放つ光点へと。
激突する。
「向こうも、限界だったんだ。それで、彼女自身が起爆した......」
前方に伸ばしていた右手は助からなかったが、幸い身体が消し飛ぶ事はなかった。
比較的に船底の方に居たのに、上の方の構造まで綺麗にぶっ飛んだのは、暴発したエネルギーが円形に広がったからか。
......正直、この惨状の目と鼻の先にいて、右手だけで済んだのは本当に幸運だったのではないか、と真面目に考え始めていた。
小さな飛沫が跳んだのは、その時だった。
「っ!」
最早抵抗する手段すら無いが、それでも諦めずに素早く目を向ける。
海面に浮かんでいるのもあって非常に見辛いが、辛うじてその「姿」を見付けた。
「エフエー」だった。
裂けた船の反対側、まだ無事な区画の端に、両足でしっかりと立っていた。
胸の中央にぽっかりと大きな「穴」を空けて、背中の翼が折れて水に落ちても、まだ彼女は立っていた。
『......グ、ガガ』
ここまでやって、まだ倒れないというのか。
ラジオのノイズの様な呻きを吐きながら、ゆっくりと顔を上げてほむらを見付ける。
その顔も、焦げたような火傷の跡でひどい有り様だった。
深淵を映したような青い瞳の中に、ほむらの紫の瞳が重なる。
直後、
「なッ!?」
突然、真下から「何か」に押されて、ほむらの身体は海面から離れた。
宙に浮かび、直立の姿勢にされたほむらが慌てて身体を見回すと、自身の周囲に纏わり付くように「青い光」が集まっているのが見える。
その光景に妙な概見感を感じる。
「......「エーワックス」の、「ポルターガイスト」と同じ力ね。海中に散った「身体」を利用したのか」
今なら念動力じみた力の正体も理解できるが、同時にそれだけの力が残っている事実も知ってしまった。
このまま持ち上げられて、地面にでも投げられたらマズイ。
次第に顔が青くなるほむらだが、想像に反して身体の上昇は海面から1m辺りで止まる。
周囲の青い発光も、寿命の切れかけた蛍光灯のように不安定に点滅を始める。
やはり、先の爆発でかなり弱っているのか。
そうであってくれ、と期待を持つほむらの前で、先と同じうわ言を発する「エフエー」が微かに俯き、力むように震え始めた。
ほむらの全身に鈍い痛みが走った。
身体を縦に圧縮されるような、強い圧力を感じた。
「ああッ!」
悲鳴を上げて身を捩るほむら。
だが直ぐに、ハッとした表情で固まる。
恐る恐る、顔を下げて視線が下を向く。
間違いではない。
在らぬ向きを向いた左手と両足が、正しい位置に戻って動くようになっていた。
更に左の脛には、海面に浮かんでいた細い鉄の棒が添えられ、何処からか飛んできた包帯が巻き付いてしっかりと支えを固定させていく。
応急的だが、自力で動けるような状態に「処置」されていく。
『ガッ、ガガカ......戦闘続行 不可能。 因 御前 勝利』
震えながら言葉を発する「エフエー」の身体から、粉のような物がパラパラと落ちていく。
まるで、砂の像が今にも崩れていこうとしていくみたいに。
『行。 御前 権利 得。 ......其 望』
「......貴方は?」
『小 「損失」 大局 動 値否......我 失 影響 残否、「 双方」』
ゆっくりと、空を滑るようにほむらの身体が移動していく。
その間も「エフエー」は端から崩れて行き、白い「粉」が海中に消えていく。
やがて、ほむらの足が彼女のすぐ前に、足場の端に着いた頃には、片手が根本から崩れて落ちてしまっていた。
『正直 意識 掠......眠』
「......なら、もう行くわね」
楽にしてやるべきだ。
ほむらはそう思っていた。
「エフエー」の意志とやらは別として、何となく、これ以上苦しませてはいけない気がした。
それが、ここまでほむらを支えた彼女への、微かな「恩返し」になると信じて。
立ち尽くす彼女の脇を回って、その背に見える通路へと足を進める。
『一 聞』
「......何?」
『「主」 対 倒......後?』
「私達がどんな存在か、知ってるでしょう? ......「日常」に戻るだけよ」
『何 為?』
「教えて、何になるの? 「敵」の貴方に」
ほむらが振り向く、視線の先には変わらず「エフエー」が立っている。
その背から埃のように粒子が落ち、外の光との影響で、彼女の周囲にははっきりと白い煙が渦巻いていた。
その「渦」が震えるように躍動して、「声」が響いてくる。
『先 謝。 我 彼女 要 知恵 伝 可能性 高』
「まぁ、急に「ワルプルギス」なんて言葉を出してきた辺りで、予想はしていたけど」
『......悪気 無 今 思 疑』
恐らくほむらが気を失っている間に、一度ほむらの自室に訪れたのが発端だろう。
既にその時に目を通した資料だから、その後の河川敷では見向きもしなかったのだ。
......そして、今となっては、それさえも「アルファ」の計算であったのでは、と彼女自身が疑い始めている。
それ以外に手が無かったとは言え、「主」自身が私達を引き合わせる事を指示していたのも、今思えばそれが目的だったかもしれない。
「彼」との闘いを想定していたかは別にして、ほむらや「彼」の内情を探る為に、敢えて自身の情報源を配置する。
肉を切らせて骨を断つ紛いの戦法は、件の「エフエー」も使っていた。
『御前 彼 魔女 執着......其 謀否 為遂』
もう片方の手も崩れそうになっていたが、何故か「エフエー」は語る事を辞めない。
途絶えそうな意識を、必死に手繰り寄せている様に見えた。
『然 其 「日常」 有 言。 其「魔女」 目的 無』
「......で?」
『成 過程 短縮 喜 物?』
「そうした要因が、よりによって訳も分からない「化け物集団」じゃ無ければ、そう思ったかもね」
『......、』
間があった。
何かを言い淀む様な、言ってしまうべきか迷う様子があった。
そして、彼女は続けた。
『其処 保証 欲......「鹿目まどか」、其 安否』
不意に、重い圧力がほむらの胸にのし掛かる。
その名前を、この空気で出される事それ自体、ほむらに緊張を強いるには十分な力だった。
『其 点 我等 初 御前 味方』
「何を、言って――?」
『彼女 動 我等 不味...... 理由 知否 「主」 意志』
確かに、思い返せば。
「彼女達」の行動の中で、「まどか」への待遇は奇妙に思う程悪くなかった。
「蟹の化け物」は、まどかを殺せる状態にも関わらず、意図的と思える程に何故かそうしなかった。
その後の襲撃も、「屠龍」のような兵器を用いてまどかを救い出した。
今彼女が何処に居るのかは、生憎把握している暇が無かったが、この「エフエー」の言い分では多分、無事なのであろう。
そうまでして、「まどか」を救う理由。
当初、ほむらは「自分への抑止力」と見ていたが、ここで更に別の理由が浮上してきた。
此処までの様々な情報を、漸く其処に至るまで繋げられた。
「まさか、あの子の「素質」を、知ってるの?」
『少 御前 現 前 「対処」 始』
息を飲むほむらを他所に、言い切った当人が何故か声のトーンを落とす。
『其 辺 気。 殺 利用 否、 何 「保護」 優先? ......嫌 此――』
何かを掘り起こす様に、言葉を紡ぎ掛けた時だった。
バジッ、と火花の散る様な音が響く。
途端、彼女の身体がグラリとふらつき、残りの腕がボトリと落ちてしまう。
血の一滴も垂れない、石像が崩れる様な光景を、「エフエー」は機械的に表現した。
『潮時』
「ち、ちょっと――」
『此 最期』
意味深な事を発した「エフエー」を問い詰めようとするほむらを制し、其れが引き金だったように身体が瓦解し、塵となって風に流されつつある彼女は、最期にこう残した。
『「此 我」 御前 選 事実其 「嘗 我 語 主 意 言 難」 ......其 違和感 有。 覚』
・タンカー残骸、貨物スペース。
背後からの光も殆ど届かない暗がりに、ほむらは足を向ける。
結局、また幾つかの謎を残して「エフエー」が消えた今、残された手掛かりは、此処に居ると言っていた「アルファ」だけだ。
正直、一番の元凶に近い彼女に無策で接触したくは無かったが、最早まともな戦闘も出来ない今の身体では背に腹は変えられない。
それどころか、一旦引き返すのが正しいとほむら自身も思っていたが、此処で戻っても、一体何処に向かうと言うのか。
......進退窮まる、とは今の彼女を指す言葉だろう。
真っ暗な目の前を見詰めて、そろそろ左手のソウルジェムをライト代わりにしようか、と思い始めた辺りで、前方に淡い光が見え始める。
青白い、亡霊の様なその光は、近付くにつれて蛍の様に空間を飛び回っているのが分かる。
何十、何百、何千と、時に一塊に集まり、またバラバラに別れたりしながら、自在に動く。
そしてその光の中心に、動き回るその光を矢継ぎ早に放ち続ける真っ白な髪を持った「少女」が、ほむらを待っていた。
「エフエー」の正体を見破れた、その光景とほぼ同じ。
外の強い光による逆光か、自身の光の作用か、それだけの違い。
『遅かったじゃん、待ちくたびれた』
言葉と共に、緩いカールを巻いたツインテールの髪の上で、「エーワックス」のような一対の触角が小さく動く。
すると、バラバラに動いてた光に一斉に「秩序」が宿った。
無音で一気に広がり、ほむらの脇を通り過ぎ、更に外側で半球を作り、その外周を描くように平行に回り始める。
何かの「境界」を示すような動き。
ほむらは既にその内に、「アルファ」の領域に居る。
『その様子なら、大した話では無かったみたいだね。一先ず大安かな』
彼女はほむらが少し見上げる位置に、何かの角に腰掛けるようにして暗闇に浮かんでいた。
彼女以外の光源が無く、その為に、その縁が金属で出来ている程度しか判別出来なかった。
『それに、有意義なデータも手に入った。一石二鳥、とは正にこの事象かもね』
「......データ?」
『「ソウルブラスター」さ』
スタリと、猫の様に音を立てずにほむらと同じ高度に降りてくる。
ツインテールに束ねられた髪が慣性で上向きに持ち上がり、その上で一対だった金色の触覚の先がバラけ、扇状に広がる。
まるで王冠かティアラの様に、彼女の頭の上に展開されていく。
『あれはまだ「試作段階の機能」でね、威力の保証は兎も角、実戦の使い勝手を試したかったんだ。......ま、総じた結果としては、態々それ用に戦術組む位なら、従来型の方が「コスト面」が優秀って感じかな。あの子一代限りで、データのみの保存が適者生存の結論ってところ』
「......な、」
『在庫処分、有り難うね。幾ら私でも「同じ顔」を殺すのは偲び無くてさ。劇場だけでは終らず、よもや屋内戦での戦闘データも収穫出来たとなれば、これ以上の栄誉も無いだろう。次世代の礎となる、その栄誉は万象の教典さ』
カラカラと、笑ってさえいた。
その青の瞳は、表情は、全くの詐り無い心の底からの想いを示していた。
その瞳の中に、「エフエー」の顔が重なる。
心の底に、多くの哀しみと無念を湛えた表情が。
別に、ほむらには「エフエー」の想いを継ぐつもりも、その事への負い目もない。
自分には到底想像出来ない感情に圧倒されたものの、決してそれに流されまいと、敢えて非情な無関心でいた。
だけど、流石に、
あの子の想いを、此処まで侮辱する態度を許容出来る程、彼女の心は腐ってなかった。
「......自分で殺す様な事をしておいてよく言うッ!!」
『む、何だ? 右腕ぶっ飛んだ影響で情緒不安定かな? カルシウム摂る? 羊の乳を届けさせようか』
怒鳴るほむらに、本気で心配そうに提案する「アルファ」。
態度も表情も、最早全てがほむらを逆撫でしてくる。
――情緒不安定、確かにその通りかもね――
「あの子は、あの子なりに貴方達を心配していた。与えられた役割が本気で「自分達」の為になるのか、最期まで悩んでた。それが例え間違いでも、敵に与してまでも確かめようとした程の強い想いで動いてた。それを――」
『そこは大幅減点だよね。最終的に帳消しに出来る程の成果を挙げたからこそ、本来は悪性スキルス癌並の「背信行為」を無視してあげてるんじゃん。正直、そこは寧ろ私の寛容さを褒めて欲しい所だけど。本来、抹殺しても構わない貴方に未だ譲歩しようとしてる聖母マリアのごとき態度も合わせて、さ』
何を今さら、と言いたいかの様な、指で額を触る仕草を見せる。
余りに傲慢なその言い方に、激情の余りに絶句するほむらへ、「アルファ」は穏やかに話し掛ける。
『まー、あれか。同じ日々を共にする事で湧く「愛着」って奴かね。そうなら少し悪い事をしたと言うか、よっぽど彼女は喜劇じみた「幸せ者」だよ。......ふむ、後で許可するから、一体「代わり」を寄越そうか。名付けの権限も――』
不意に、銃声が鳴り響く。
自身の指で触っていた「アルファ」の額に、大きな「風穴」が空く。
その前では、細い煙を挙げる銃口が突き付けられている。
「......避けなかった、って事は」
『まぁ、これも採用を見送った理由なんだけど』
「左手」で銃を構えるほむらの前で、「アルファ」は額の傷跡を軽く擦り始める。
まるで幼児が擦り傷を触る様な行動だったが、彼女が手を離すと傷口は跡形もなく塞がっていた。
『あの子はどうも、「衝撃」への耐性が「エーワックス」並みに下がってるみたいでね。連続で強い衝撃を受けると反応が低速化する傾向があった。「斬り込み役」の要素としては割と致命的、「砲撃ユニット」にするには特化不足。ま、「不合格」だね、近衛に与える能力には』
何事もないかのように話す「アルファ」の様に、ほむらは憎々しく歯噛みする。
本当は頭の触角を狙っていたのだが、慣れない左手なのと、右腕の喪失による不安定なバランスのお陰で狙いが大幅に狂っている。
寧ろ、当たった事が既に奇跡的かもしれない。
『そして今の攻撃、神事の棄却と見て良いね? なら此方も一切躊躇しないけど、本気で本気の「越権行為」だよ?』
......ん?
「越権?」
『は? 陰陽学だよ!?』
キョトンと、非常識な人間を見るような目付きで、小首を傾げた「アルファ」が喋る。
『偽りの新世はアンセスの背骨を捻る所か、隣人の御霊の未来に独り善がり、そのさまは宛らカブトムシの屍姦のごときコンクエスト! 乙女の為の白百合は教科書にタールを振り撒き、ラグナロクへの道は虚無のパロディを踊るがまま! 時喰らう流れ星よ、何故等価交換のプロパガンダに涙を汚さない!? 玄き鬼はゼウスのファルス、海にくべし矛先は、未だ祖国の内に舞台装置のヘソの緒を蝕むパラサイトを見届ける! ......立ち上がれ!』
大きく足踏みすると共に、大仰な身振りで叫ぶ。
直後、ガコンと大きな音がして、呆然としていたほむらの足元が突然一段下がった。
不意の衝撃と身体のバランスの悪さに、右に大きく傾いて転倒し掛ける。
「きゃっ!?」
『セカンドインパクトの惨状は、間もなく目線が予言する! 罪深き羊は無知に盃を傾け、コチョウランの愛でし蛆は強欲なるアイデンティティを核燃料の山に沈める! 神が祝福してなるものか、悪魔が冒涜してなるものか! さぁ終わりたまへ! 彼の者こそが――』
パスン、と何処か気の抜ける様な音が響いた。
直後にグリンと「アルファ」の頭部が真上を向き、そのままの姿勢で固まったかと思うや、
『――カァ、ガガルッ』
バタンと、無防備に後ろに倒れ、細かく身体が痙攣を始めた。
突然の出来事に全く理解が追い付かず、ほむらは目前の様を見てただ固まるばかり。
『限界か。良く持ったと思うよ、本当に』
いつの間にか現れた「少女」は、その背に向けて穏やかに語った。
背後に振り返ると、そこに居た「エーワックス」は、身長よりも大きな「ライフル銃」を担ぐように持って立っていた。
ほむらの目からも明らかに「古そうな」ライフル銃には、だが見た事もない機械と、バランスが悪そうな程巨大なスコープが上下にくっついていた。
『その拳銃で触角を撃っても、特に「アルファ」系列の情報系個体には大した意味は無い。彼女等、つまりこの子等はその鋭角な感応力を発揮するために、時に体表や髪からも知覚のやり取りを行うからね。......だけど、』
そう言って、彼女は銃身の下にくっついた機械を指差す。
薄暗さもあり、ほむらには何やら英語が掛かれている程度しか分からない。
『こいつから放たれる特殊なセラミックは、硬質化する際に微妙に電気を放つ。それを触角に纏わりつく様に貼り付ければ、触角は間違った刺激を受ける事になる。一種、「乗り物酔い」みたいになるんだ、あの子達には。だからご覧の様さ』
尚も、不自然に震えながら藻掻く「アルファ」を尻目に、「エーワックス」は言う。
その説明を聞きながら、何とか気が落ち着いてきたほむらは、彼女に向き直って聞く。
「貴方は、どちら側なの?」
『ふむ、微妙に答えにくい質問だ。ま、少なくとも「あの子」とは違うよ』
「エーワックス」が指差す、その先でゆっくりとした動作で「アルファ」が立ち上がろうとしている。
頭を下に向けたまま、中腰になった「アルファ」は、少しだけ小さく震えるや、
――......ッ!?――
『RAAAAAAAAAaaaaaaaーーーーーーーーッ!!!!』
ほむらが顔を強張らせたのと同時に、真上を向いて雄叫びを上げた。
すると、ほむら達の居た床が元の高さに戻り、「アルファ」の作るドームの外側で大きな炎の玉が取り囲むように生み出される。
それらの照らす光で、一気に視界が開けて見える。
『一先ず、私は貴方の「右腕」になる。だから、貴方は「左腕」で援護して』
そんな風に「エーワックス」が呟くが、ほむらには答えるだけの余裕すらなかった。
先程まで船の底の貨物スペースだと思っていた此処が、いつの間にか大きく開けた円形の空間に様変わりしていたのだ。
円の淵から先は底の見えない奈落になっていて、鉄板だった筈の足元は灰色の謎の材質になっている。
更に円の上は内と外で二段構造になっており、ほむらと「エーワックス」は外周側、「アルファ」は内周側に立っていた。
その、円周の、境目、
「......まさか、」
規則正しい凹凸が並ぶ、まるで「歯車の様な模様」。
「まさか......!」
見覚えのある、巨大な火の玉。
左手から否応なく伝わる、不吉な魔力反応。
「まさか、貴方の中に――ッ!?」
思い描く、最悪の姿。
何故、「アルファ」に呼応するように出現したのか。
『......さて、どちらに堕ちるのが先、なのかな』
嘗て、ワルプルギスの夜と呼ばれた魔女の上に立つ「エーワックス」の、「アルファ」に向けた小さな台詞は、遂にほむらに届く事はなかった。