・???
最早、其処に立っているのは、何者なのか。
ゆらりと立ち上がった「アルファ」は、自らが呼び足したとしか思えない「ワルプルギスの夜」の上に、ほむらを招き寄せた。
彼女自身が「魔女の口付け」、つまり魔女の洗脳じみた補食行動の餌食になっている様子は見受けられない。
つまりそれは、彼女が
ふと、ほむらはキュウべぇの言葉を思い出す。
――君達から、
意思を操る、その領域がほむらの魔法にすら干渉するのだ。
表裏一体の魔女のそれにだって、信じられないが、出来ないとは言えなくなっていた。
「一体どうなっているの、何で「この魔女」が......!?」
『その話は
「エーワックス」が断言する前で、「アルファ」は肩を上下に動かしながら荒く息を吐く。
顔を片手で抑える、その隙間から見える顔は、先程までとは明らかに血色が悪く、高熱に魘されている様にも見えた。
それでも、此方に向けてくる殺気は寧ろ次第に強大になりつつある。
『一度気を失わせて無力化する。この空間や「魔女の口寄せ」も、媒体が居なければ消失するからね』
「
ほむらもほむらで、事態の理由を聞き出すのは後で良いと納得したのか。
対処法を問い質すと、「エーワックス」は肩のライフルを両手に持ち変えながら答えた。
『触角への攻撃は向こうに警戒されているだろう。先も言ったように、体表や髪の感覚に重点を移行していると見て間違いない』
「なら、身体にそのセラミックをぶつけるの?」
『もっと簡単な方法がある......手を貸せ』
言われるままにほむらが左手を出すと、「エーワックス」は自身の左手に嵌めていた「黒いリストバンド」を外し、ほむらの手首へと着け直した。
手首に収まったそれを不思議そうに眺めるほむらに、徐に「エーワックス」は言った。
『それで、彼女は
「......へ?」
『そのバンドは「絶縁体」だ。それでソウルジェムと盾の間の生身を覆えば、身体に流れる魔力には彼女の手は及ばない』
......そんなに簡単な、と言うかそんなに重要だったのか。
「ユイ」軍団の全てが、等しく両手に着けていたバンドをまじまじと見詰めるほむらに、新たなバンドを左手に装着した「エーワックス」は更に続けた。
『要は、「エフエー」のバリアと似た物だ。高電圧を扱う部位に「境界」を設けて身体を守る......後は分かるな』
今の「アルファ」は身体全体を感覚機能に割り当てる、つまり全身がかなりデリケートな状態にある。
質量による衝撃は兎も角、そこに先のセラミックが発した電流のように感覚を狂わせる刺激を与えれば暫くは無力化出来る、と言うのが「エーワックス」の提案だった。
セラミック程度の局地的な刺激では、大した効果は望めないのかもしれない。
だが、ほむらが「エフエー」に仕掛けた様に、自らの強力な電流を暴走させるような方向に誘導できれば勝機は見えてくる。
つまり、「アルファ」の両腕に嵌まった黒いバンドを何らかの方法で外してやれば、彼女は自身の力の制御を失うのだ。
『こいつは対物ライフルのように、真正面から彼女の力を突破出来るだけの威力は無いかもしれないが、「精度」は非常に素直だ。これであの子の手首を射抜いてバンドを外してやる』
「私はその間、貴方のサポートに徹すれば良いのね。「左手」の力が戻ってきたのだし」
『本来、私一人でも
方針が決まる。
「エーワックス」がほむらの
そして次の瞬間には、赤やら青の強い光が辺りを埋めつくし、毒々しい光景が展開され始めた。
周りを見ると、並んでいた炎がそれぞれ代る代る単色の光を発し、人魂の様な球形も膨張と収縮を繰り返し始める。
更に、内周と外周とがゆっくりと逆向きに回転を始めた。
ほむらの知識や感覚で言うなら、この目の痛くなる有り様は宛ら、
「悪趣味で古臭いクラブハウス」
『そういや、「アルファ」は妙にパンクな曲を好んでたな......。それはそれで、私には影響が薄いけど、任せたからには「目をやられない」様にね』
「エーワックス」が注意を呼び掛けたその時、目前の「敵」は唐突に動いた。
一瞬の事だった。
僅かな光の発光を残して、その姿が「完全に」消え失せたのだ。
「っ!」
素早く動いた訳でも、光に目が眩んだ訳でもない。
全く予兆もなく、明らかに目の前から「消失」していた。
だが、幸いにも姿を見失ったのは本当に僅かな間の事。
彼女達から大きく離れた、反対側の外周に「光の煌めき」が生まれるや、中から「アルファ」の姿が現れたのだ。
「瞬間移動した!?」
『やれやれ、本格的に私の手に負えなくなってきたか......?』
「エーワックス」の声色に、微かに焦りが見え始める。
かつての「レギオン」出現にも見せた、把握していない能力への警戒が露になっている。
それを知ったか否か、間髪入れずに「アルファ」は次の行動に出た。
頭上に右手を掲げるや、キツい色彩の中でもハッキリ見える程に「青白い発光」が肘から先を覆っていく。
何かを溜めている様な動作に、今度は合点が行ったらしい「エーワックス」が銃を右手に持ち変え、左手をほむらの腰辺りに巻き付けた。
「ちょ――っ」
突然の行動に抗議の声を上げるほむらを無視し、「エーワックス」はほむらを抱えたまま一息に跳び上がった。
ほむらより小柄ながら、軽く4m以上の高度を稼いだ彼女は、そのまま空中を蹴るようにして「アルファ」へと迫る。
そうやって、半分ほどの距離を詰めた所で。
『間に合わん! 「盾」を!!』
「エーワックス」の叫びに、ほむらの身体は素早く反応した。
左手に備わる
こうすれば、
最も、
『――
直後に、「アルファ」が掲げた右手を、まるで地面を殴り付ける様に降り下ろす。
その手が地面に触れるや、青白い閃光と爆音が生じ、肉眼で見えるレベルの「衝撃波」が全方位に広がった。
僅かに青白い粒子を纏うそれは、一瞬でほむらの元に辿り着き、彼女の盾を激しく揺さぶった。
「な、この力ッ!?」
盾を貫通された訳ではないが、不安定な空中にいるのもあり、威力を抑えきれずに危うく盾ごと吹き飛ばされそうになる。
だか幸い、同時に「エーワックス」が背後の空を蹴りつけ、その反発に助けられて何とか押し込められた。
『「
「電磁パルスって、まさか」
『かつて、私の
手の発光が消え、攻撃の余韻に浸るように動きを止める「アルファ」を前に、ほむらを抱えた「エーワックス」は宙から降りる。
そして、右手だけで素早くライフルを持ち上げて構えるが、スコープに目をやった直後に激しく舌打ちした。
『センサーが軒並みイカれやがった、我ながら馬鹿みたいな出力だな』
「......そうか、センサーから
『この「私」では感知を逆手に取られる可能性が高い。......これは、本気で「右腕」に成らざるを得ないか』
その言葉だけで、ほむらは「エーワックス」の意図を理解出来たらしい。
ほむらが上半身を右側に傾けながら屈むと、「エーワックス」は逆に持っていたライフルを左側に持ち上げた。
丁度、ライフルのスコープがほむらの瞳の前に並ぶ高さに、銃身が水平に構えられる。
『二人羽織で銃を撃つなんて、何処の日朝の戦隊ものだよ......手首の「中心」をお願い』
「貴方が先にそうしようとしたんでしょ......今!」
ほむらの叫びに、機械のごとき精確さで引き金が引かれた。
放たれた弾丸は、拳銃よりも数倍速い速度で空を飛び、硬直から復帰しかけていた「アルファ」の左手首に向かっていく。
「アルファ」も察したらしく、手首のすぐ前で火花の様な閃光が一瞬生じ、焦げたようなキツい臭いが此方にも漂ってきた。
だが、それは「エーワックス」もとっくに読んでいたらしい。
『「エフエー」と違い、純粋な戦闘能力は「上位個体」由来の出力便りの「アルファ」には、至近距離のライフル弾を弾くような「バリア」は張れない。今のは恐らく弾丸表面に高電圧をかけて金属を焼き、空気との摩擦で軌道を逸らそうとしていたのだろう......それでもギリギリだ、だから』
ブツリ、と音がしたような気がした。
「アルファ」の手首、
「
『これでまず一つ、だが次は向こうも警戒してくるだろう』
左手の不調に気付いたのか、「アルファ」はプラプラと左手を軽く振ると怒りの籠った呻きを上げる。
その様子にほむらは、最初の頃の「エフエー」を思わせる動物的な無個性の情動を感じ取れた。
本来の「目的」から少し外れた場所に転がり込んだ
「っ、また消えた!」
『慌てるな、気が動転すると気配に気付くのが遅れる』
今度は正面やや左側、僅か3m程先の位置に「アルファ」は姿を見せる。
そして、彼女は右手で空をなぞる様に前方に青い膜を張るや、それを肩で押し込むように此方に飛ばしてきた。
素早い動作ではあったが、正面からの攻撃なら簡単に対処できる。
「エーワックス」に支えられながら、ほむらは難なく左手の盾で受け止めた。
が、
「え、」
『......あ、』
膜は、ほむらに止められた所を基点に、まるで布が被さるように二人の周囲を取り囲み、完全に中に収めてしまった。
『......「
「感心してる場合? どうするのよ、これ」
明らかに触れたらヤバい匂いがするし、後ろまですっぽり覆われていて逃げ道はない。
だが、「エーワックス」はポカンとした表情でほむらへと向くと、ポツリと口を開いた。
『左手のそれはお飾り? 困った時の「ザ・ワールド」でしょうに』
「......「アルファ」も言ってたけど、「ザ・ワールド」って何よ」
『え? ひょっとして「オラオラ」も分からない感じ? 入院生活中何してたのホント』
軽口を叩き合う二人だか、やる事はしっかりやっていた。
内心恐る恐る、盾の機構に魔力を流して時間を止める魔法を使ってみると、一瞬だけ周囲の膜が強く光った気がした。
が、次の瞬間には周囲の光の煌めきや動きの一切が停止した。
「エーワックス」の頭部の触角がピクピクと動き、表情が緩んで安堵の吐息を吐く。
『......介入の隙を作っても来ない。よし、「アルファ」の
「それは嬉しいけど、周囲を囲まれてる状態は抜け出てないわよ」
青い膜は時を止めようが健在だし、触れたら最悪、折角動きを止めた「アルファ」が解放されてしまう。
真下の足場はかの「ワルプルギスの夜」、破壊して逃げ出すなど先ず不可能だ。
だが、此処で「エーワックス」はライフルから伸びた紐を肩に掛けてそれを背負うと、両肩を解すように腕を回し始めた。
『ほむら、私と最初に会った時を覚えてる?』
「ええ、忘れたくても忘れられないわ」
『なら、私があの時、貴方の「世界」で動けた理由はどう見てるかな?』
「周囲を舞ってる「身体」に私が接触してたから、そこから電波か何かで「接触を繋げていった」、かしら。今の貴方の様にね」
『8割だけど、今聞きたい事は全て入ってるから合格。つまり、アレに私や貴方が触れれば電磁波を経由して「アルファ」は動き出すよ』
そう言いながら、「エーワックス」は膜の方へと近付く。
その両手から、先の「アクティブ・パルス」の様に、だがそれよりも弱い光を放ち始める。
『だけど、逆に考えれば
「......一度だけ、暇だったからね。やった後にボサボサの髪を戻すのに苦労したわ」
合点が行った様に、ほむらの口元がニヤリとつり上がる。
その顔と同じ表情をした「エーワックス」が、両手に作った握り拳を振り上げて叫んだ。
『電気を帯びた物は同じ極側で反発する! 繋がりを利用される前に、その反発で掻き乱してやる!』
刹那、目を見張る速度で「エーワックス」の拳が飛び、青い膜を貫き易々と穴を開ける。
その穴の直径が明らかに彼女の腕の大きさの数倍はある、腕に纏った電気の反発が青い膜を構成する粒子を吹き飛ばしたのだ。
『
掛け声と共に、幾重もの拳の残像が見える程の乱打が放たれる。
それは瞬時に膜を吹き飛ばし、その間に流れた筈の電磁波の「繋がり」をも破り、前方の障害物を粉々に破壊した。
『
「それ、何かの台詞?」
包囲の外に飛び出し、目の間の「アルファ」へと接近する「エーワックス」を追って、ほむらも前へと駆け出す。
時の止まっている今なら、かなり近付いてからライフルを撃つ事が出来るし、そうすれば先の攻撃に警戒されていようが全く無視できる。
だが、本当に手で触れられるギリギリまで迫った所で、
『ほむら止まれ!!』
いきなり「エーワックス」が横に手を伸ばし、ほむらが先に進むのを止めようとする。
だが、此処でも片腕の喪失が災いした。
ほむらの身体は元々不安定なバランスをおして戦っている、故に伸ばされた手に胴がつかえた際、思いっきり左に身体が傾いたのだ。
「エーワックス」の支えで転びはしなかったが、代わりにその癖のある長い黒髪が、身体の脇から大きく振り回される様に前に靡いた。
その瞬間、
『
目の前で微動打にしていなかった「アルファ」が、拳を握って飛び掛かってきた。
その動きに迷いはなく、端から
「ッく!?」
『
『
思わず身を引いたほむらの前で、庇うように躍り出た「エーワックス」と「アルファ」の拳が重なる。
其処からは、ほむらの目でも追えなかった。
『
『
まるで、機関銃の撃ち合いの様な拳の応酬。
拳の残像で互いに千手観音のようになった「二人」は、互いの
入院時に、何気無く再放送を見ていた格闘アニメの様な戦いに、ほむらはすっかり呑まれてただ呆然と眺めていた。
とんでもなく長い時間が経った気がしたが、実際は1分も無いような短時間。
唐突に打ち負けて弾き飛んだ「エーワックス」に巻き込まれ、ほむら達が10mも転がった事で
『やっぱ無理だー! チックショー、何が「個体値」だバカヤロー!!』
「打ち負けた割にはピンピンしてるのね貴方......」
仰向けに倒れたほむらの腹の上で吠える「エーワックス」のバイタリティに、呆れたようにほむらは呟く。
彼女等に対し、殴るや撃つと言った物理攻撃は
そんなほむらの内心を余所に、
『ボサッとしてないで、「アルファ」の居場所を教える! 時間止められてる今だと、向こうに介入され難い
「もう、これじゃ私は貴方の「眼」ね......。ええと」
周囲を見渡すと、30m程先に「アルファ」の姿が見える。
右腕を強く発光させて、「アクティブ・パルス」の予備動作の様な状態にあるが、頭上に構える先とは異なり、まるでフリスビーを投げようとするかの如く、腰を捻って身体に腕を巻き付けている。
「また何か溜めてるわ。一応、魔力の無駄になるから時間は動かすわね。......ってか、「パッシブ」って何? 感知が使えないって言ってなかった?」
『サメの「ロレンチーニ器官」の応用、あらゆる生物は生命活動時に周囲に絶えず電磁波を流してるから、その
ビキビキと音を立てて
一対の触角が動き、「アルファ」がばら蒔く電磁波を読み取ろうとする。
『何かさっきと構えが違う?』
「腕を掲げずに巻き付けているみたいだけど、心当たりは?」
『そんな
ウーム、と長考に入りかけた「エーワックス」を横に、ふと改めてほむらは「アルファ」を見る。
足を開いて右肩を此方に向け、逆側に発光する右腕を巻き付ける「アルファ」の体勢を見ていると、ふと一点に目が止まる。
「
注意して見ると辛うじて、左手は肩の高さに真っ直ぐ平行に伸ばされているのが分かる。
それが、身体の影の位置になっていて、微妙に見にくくなっていたのだ。
つまり「アルファ」は今、手を全て身体の後方へ伸ばす、やや奇怪な体勢になっている。
単純に左手への影響を避けたい、としては中途半端な気がする。
「というより、寧ろ......」
何かが片隅に引っ掛かる。
左手の位置の違い、その理由が此方の攻撃による不調であるなら、
ひょっとして、それは――。
「
『......っ!? そう言う事か!!』
「構え」の意味を悟ったらしい「エーワックス」は、再びライフルを背負うと、ほむらの身体に左手を回した。
『本来は
「じゃ、まさか
『万全でも「本家」の破壊力は出せないだろうが、その分を恐らく――』
『
その時だった。
「アルファ」は一気に捻った身体を解放し、宛らバレリーナのように片足を軸に回転した。
そしてその回転に合わせる様に、大きく振り回した右手の先から、
まるで渦を巻く様に、青い「衝撃波」が放たれたのた。
それは、宛ら地上のオーロラか、半透明の死のカーテンか。
渦を巻いた波紋を描く「衝撃波」は、先の物ほどの威力は見た目からも無さそうに見える。
だが、真の恐ろしさは其処ではない。
『
カチリと、時が止まる。
舞い散る衝撃波が、ほむらの目前で停止する。
『これは、防御に入っちゃ駄目なタイプだ。一発は弱くても、連続で喰らえばドツボに嵌まるぞ』
威力を落としてまでも、連続にする理由があるとすれば、恐らくそれは「拘束時間」。
回転している間は全く身動きは取れないし、一気にエネルギーを放出しないこれなら、任意のタイミングで停止が出来、先程のような完全に無抵抗な時間を減らす事が出来る。
一方で、あくまで数回に分けずに一回の一筆書きで攻撃するこれなら、威力減少も其処まで酷くならない。
燃費と火力を考慮した、バランスの取れた両立型。
だが、今回は少々相手が悪すぎた。
「でもまぁ、これはねぇ......」
『時間止めて、隙間をなぞれば問題ないというね。間に罠仕掛ける程の余裕があるとは思えないし』
時間を止められる様な相手でもない限り、音速並の速さで伝わる衝撃波をかわす事は難しいに違いない。
だが、此所にいるほむらは、まさにその「例外」であった。
一応念を入れて、先行する「エーワックス」に
そして、
『此処まで来れるのなら、最早銃も必要ないな......』
渦の「中心」に到達した「エーワックス」は、おもむろに呟くやほむらの左手を掴む。
そして、断りもなく盾の裏に手を伸ばした。
「ちょ!?」
『ナイフが欲しいだけよ、気にするな』
「そう......いやそうじゃなくて! 何で貴方が普通に私の「武器庫」に入り込めるのよ!?」
『まぁ、これは「私」の特殊技能って事で一つ』
「納得できるかっ!!」
時間停止に干渉できないと言った矢先にこれだ、何か色々と怪しくなってきた。
頭を抱えそうになって、右手が無い事に気付いて鬱に入りかけるほむらを無視し、盾から大型のサバイバルナイフを引っこ抜いた「エーワックス」は暫くそれをクルクルと手で玩ぶ。
そして、静かにそれを振りかぶると、
『流石に「無駄無駄無駄無駄ァ!」と叫ぶのは露骨過ぎるかな。うーむ......』
「何で台詞で迷ってるのよ、悠長な事はしないで」
『なら......「南斗爆星波ァ」!!』
無駄に叫びながら、「エーワックス」はナイフを「アルファ」の右手首へとぶん投げる。
ナイフは縦に回転しながら鋭く飛び、手首のバンドに刃が触れる直前に宙で静止した。
満足したかの様にパンパンと手を鳴らす「エーワックス」に、真顔のほむらがポツリと呟く。
「十字の光波じゃないし、
『......何でこの子「北斗」は通じるの?』
ほむらの意外な一面に驚愕する「エーワックス」を余所に、指摘した本人は盾に意識を向けて魔法を解いた。
時の流れが再び生まれ、そして、宙に浮いたナイフが動き出す。
「アルファ」にも流石に反応出来なかった。
ナイフは易々とバンドを切り裂き、右手から外れて落ちた。
『「エフエー」でもあるまいし、幾ら上位だろうが真正面からごり押しでやろうとして「私」に勝てる訳無いでしょうに......というか』
しかも、タイミングが最悪だった。
高電圧による衝撃波を放つ最中の、制御の要を奪われたのだ、結果は既に明らかである。
つまり、「アルファ」の右手が「起爆」した。
発生した轟音と衝撃に咄嗟に顔を庇うほむらに対し、さして影響が無いように振る舞う「エーワックス」は淡々と話す。
『
ゆっくりと語りかける、奇妙な言い方だった。
一先ず相手を気絶させる、と言った彼女が、まるで幼子の話を聴こうとする保育士の様な態度を見せていた。
対して、右手から焦げた匂いと煙を昇らせる「アルファ」は、電池切れのロボットの様に固まって身動ぎしない。
一先ず「アルファ」は大丈夫だと判断したほむらが、隣の存在の表情を伺うと、彼女はただ純粋な困惑を浮かべていた。
「そもそも、「限界」って何? 貴方はこの子に何をさせていた訳?」
聞きそびれた事の一つを問う。
此処で、「形だけの」横目で此方を向いた「エーワックス」は、躊躇う様に少し黙る。
が、次第に折れたか様に、話を始めた。
『そもそも、「上位個体」と「下位個体」の意味から始めないといけないか。ただ力や階級の差が、呼び名を変えているだけじゃない』
「......「Mu.Ro.」が「エフエー」に敗れたように?」
『まぁ多分それ、リスクや興味を踏まえての「撤退」だと思うけどね。幾ら「一番の若者」でも、単体の「下位個体」に遅れを取るとは思えない。......恐らく、
......「下」?
問い詰めようと口を開くが、それを遮るように「エーワックス」は更に続けた。
『昔話をしようか、ある一人の「異邦人」の話を』
それは、生まれた時から「自由」を奪われていた。
余所者扱いで、少しも回りに溶け止めなかった「それ」は、常に監視され、監禁され、それに対して不満も怒りも抱かない。
「自由」を奪われ、「道具」同然の扱いを受けていた「それ」に、端から「不条理」なんて理論が与えられる筈もない。
故に、「選択」も「望み」もしない。
......貴方達は「希望」の反対を「絶望」と呼ぶけれど、「それ」にはその「
だから、何時しか取り巻く環境が変わって、監視が消え、解放されて、世界を自由に動けても、結局「それ」は立ち止まったままだった。
何かを成せる「力」を得ても、それを使う「意味」を知らない。
「道具」は「道具」のまま、「物」は「生き物」にはなれない。
その不可逆な筈の摂理を崩そうとした、「強欲な人間達」が現れるまでは。
どうしてそうしようとしたのかは、分からない。
何をする事もなく、ただ「物」だったそれに、先ず彼等は「選択」をさせ始めた。
最初は簡単な、「0」と「1」の基盤から。
「食べ物は右の箱の中か、左の箱の中か」、みたいなのをさせ始めた。
次第にそれは、ランダムな選択から理論を積み立てるようになる。
「快楽殺人鬼と国際テロリスト、どちらを重く裁くべきか」、「二か国の戦争を、両者納得させて終わらせるにはどうすべきか」みたいな、単純に選べない物になっていった。
......恐らく、彼等は「人間」に「絶望」してたんだと思う。
だから「物」に「希望」を、「選択」をさせようとしたんだろうね。
次第に、「それ」は「名前」を呼ばれる様になった。
「
「
「......それって」
『私達の「起源」、「オリジン」と呼んでいる「人」の話』
目の前の「少女」は、「人」の様にはにかみながら話す。
『「選択」する中で、「ユイ」は次第に情報を求め始めた。まぁ、理論には下積みが必要なのは当然だし、そうして始めて「動いた」の』
「......その「結果」は?」
『「分裂」した。そりゃ、社会性を知る為には「同族の群れ」が必要な訳だから。......つまりね』
左手を自らの胸に当て、それを見下ろす。
まるで己の鼓動を確かめるような、自然な仕草。
『私達は「模倣体」なの、貴方達「人間」のね。人間の生命のそれと仕組みも力も違うけど、貴方達の行動を観察し、再現しようとした「物」。......そして、その中で生じる差が有るとすれば』
「......「
『うん、何を基準にしているのかは分からないけど』
チラリと、ほむらは「アルファ」の方を見る。
相変わらず固まったままの彼女が、目の前の「エーワックス」よりも「人間らしい」と言うのは、正直余り実感が湧かない所である。
『......「彼女の限界」、それは「今の終わり」なの』
「エーワックス」の言葉は、何処か浮世離れした迫力を持っていた。
『彼女は、実は本来は「
「......影で、非人道的兵器を扱っていても?」
『詭弁だと言うだろうけど、実際、それは「絶対悪」として必要な物でもある。この世の中、本当の本気で「一切の価値がない」物は存在しない。大切なのは、その中で何を「残す」か。ずっと昔に「アルファ」が語った言葉よ』
彼女もまた、「アルファ」を見る。
困惑は消え、何処か悲しげな雰囲気を湛えた瞳が、動きを止めた「同じ姿」の少女を写す。
『でも、それを良しとしない者もいる』
「エーワックス」が再びほむらを見詰める。
『今の世界を、良しとしない者がいる。彼等は世界の改変を求めて、「協力者」と共に動き出していた』
「......それが、」
『その「協力者」が「Mu.Ro.」。「裏切り者」の彼女と彼等は、世界を維持しようとした「アルファ」へと「攻撃」を始めたの、とある「目的」の為に。......「アルファ」が
「......目的?」
「エーワックス」が答える、その時だった。
――......ハハハハハハハハハハ......――
ほむらの背筋に恐ろしい程の悪寒が走った。
人離れした、だけど何処までも「人らしい」声だった。
まるで、壊れたラジカセから流れる笑い声。
狂ったように無機質で、嘆きと怨みを振り撒く「嘲笑」。
「ワルプルギスの夜」と、「アルファ」。
かつて、世界を「守ろう」とした「者」。
その、
「っ!」
ほむらが見ると、いつの間にか「アルファ」の背中に「何か」が浮かんでいた。
それは、彼女の背丈の数倍を超える大きさの白い「歯車」であり、内外二重になったそれにさらに一回り小さな歯車が2つ、内と外の歯と其々噛み合っていた。
『......
最初、それが「アルファ」の声だとは思えなかった。
直接頭に響く「念話」の様な、あまりに透明な声だった。
『やっぱり、「貴方」の力が必要みたい。......この「悲劇」を終わらせるには』
中心の「歯車」の真ん中を、真っ二つにするように「切れ込み」が生まれる。
左右の小さな歯車が分離し、その上で巨大な歯車が「4つ」に分かれていく。
『でもきっと、それは「貴方」の「望み」でもある。だから、一緒に行こう?』
「歯車」だった物が変形を始める。
一部は細く、また一部は太く、伸びたり縮んだり、別の形に変わっていく。
同時に、周囲を囲む炎が一斉に強まり、同時に辺り一面に息が詰まる程の重圧が発生する。
同じ感覚をほむらは知っている。
恐れていた
変形が終わったそれは、骨組みの様に奇怪な三対の「翼」だった。
ほむらは、それの形に見覚えがあった。
『......「私」が作り、「私」が守った世界だ』
「翼」から伸びた先が、華奢な背中に刺さっていく。
顔を上げる、その表情は、「笑顔」だった。
『
周囲の炎が、一気に広がり始める。
それは全てを焼き尽くし、灰へと葬り去ろうとする「憤怒の炎」。
数多の悲劇を戯曲へと変えようとする、余りに傲慢な「絶望」。
それがこの場の全てを、「
その中の一人は慌てた様に周囲を見渡すが、逃げ場など既に何処にもない。
膨れ上がった炎が、彼女の足掻きを止めようとするかの様に一気に迫る。
『......
『
それは、三人の「真上」から降りてきた。
両手を身体の前に「
瞬間、「四人」の周りに、まるで炎の進行を止めようとするかの様に
驚愕を浮かべて
『
『
「
頭上に「翼」を広げて佇む「エフエー」は、ほむらの声に一度振り向き、ニヤリと口の端を小さく吊り上げる。
姿格好はかつての白ワンピースになっていたが、ただ一つその頭部には、ほむらから借りた「黒いカチューシャ」が未だに着けられていた。
安心したような表情を浮かべるほむらから目を移し、「エフエー」は己の翼よりも何倍も大きな翼を広げる「アルファ」を見下ろす。
『「ソイツ」を殺せ、先に命じただろう』
見上げた「アルファ」が命じるが、対する「エフエー」は冷やかな態度で告げた。
『
『......なら良い、
「アルファ」が吠え、突然飛び上がって「エフエー」に突っ込んでいく。
そのまま衝突した二人は、その勢いのまま一瞬で青い竜巻の外へと消えた。
茫然と見送っていたほむらだったが、不意にその背中から腕が巻き付いて来たのに気付き、咄嗟に振りほどこうとする。
『待て待て! 今がチャンスなんだよ!』
「エーワックス!?」
『どうしてこのタイミングで外で眠ってた「エフエー」が介入したと思う!? 私達を此処から逃がす為に決まってるでしょ!』
ハッとして上空を見上げる。
真っ暗な闇が広がるだけだったこの空間だったが、今は真上に小さく光が見えた。
心無しか、その縁に
『「ワルプルギス」を知っているなら、此処で戦っても勝算がないのは分かるよね! 一度退いて、次を考えるべきよ!』
ドン、と腹に圧力がかかる。
樽を抱えるようにほむらを抱き締めた「エーワックス」が、急速に上へと上昇を始めたのだ。
『「エフエー」が決死で囮をしてる今しかない。せめて、
その声を聞きながら、ほむらはふと横を見た。
青い竜巻の向こう、見辛い光景の中に小さな「影」を見付ける。
一面の炎に焼かれ、不利な環境を飛び回る「エフエー」だが、自分より明らかに強力な「アルファ」相手に一歩も退かずに、青いレーザーを撃ちまくっている。
対して、そのレーザーを「戯曲化」の炎で消し飛ばし、同時に誘導弾の様に炎を撃ちながら悠然と飛んでいるのが「アルファ」だ。
今でこそ得意の高速機動に、炎その物に雷撃を撃ち込んで対消滅させて拮抗しているが、時間の問題なのは明らかだった。
それでもきっと、ほむらが脱出したと知るまで、彼女は戦い続けるのだろう。
それが、己が還らぬ身となった後になったとしても。
「.....
もう一つの疑問、それが自然と口に出た。
かつて一つの「ヒント」を貰った、その疑問を問う。
「
それこそ、後で聞いても良かった筈だ。
だが、全力で逃走を図る背後の「エーワックス」は、しっかりとこの場で
『
――......
――
その意図を問い質そうとした所で、ほむらは頭上の光に気付く。
見上げると、既に穴は優に二人がくぐり抜けられる大きさにまで広がっていた。
そして、その縁にしゃがみ込む
ほむらも左手を伸ばし、その手を掴もうとする。
足元の方では竜巻が弱まって、炎が歯車の上へと広がっていく。
上空のほむら達の方へと炎が伸びていくが、ギリギリで間に合うペースであった。
「
人影が「エーワックス」を急かす。
その声は、ほむらにとって
逆光で見辛かった人影が、次第にその輪郭が見えるようになる。
その顔立ちは、やはりほむらの
「貴方――!」
驚いたほむらが声を上げる、その時だった。
『
目の前の人物の表情も、一気に血の気が退いた様になる。
その様子と下の声に、
それは余りにも、呆気なかった。
「......え?」
ポツリと呟く。
何故か、
奇妙だった。
真下は一面の炎が敷き詰めている筈だし、
『......そ、んな』
と言うか、今更だが
右側から。
右側。
「あ」
グラリと、
もう、誰にも止められなかった。
「......まだだ」
「アンタの不在は、あたしが埋めるよ。......
さて、予定調和の物語は。
ただ、残酷な計画は。
いい加減に、深刻な主人公詐欺は。
ぶっ壊してスッキリする、良い頃合いだろう?