UNSUNG EVOLUTIONS   作:B.O.A.

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――互いを知らぬまま、伝えぬままに。都合の良い「異物」を演じる――



 Chapter1:「部外者」達の仮面舞踏





Chapter1 ~A stranger I pretend to be~
Ch-1-Act-01


・見滝原市内、ショッピングモール。

 

「収穫無し、か」

 

 市内中心部に存在する大型ショッピングモール、そこにあるカフェテリアの一角に竜二は腰掛けていた。

 来日当初は物珍しさで辺りを見渡していただろうが、既に10日以上経った今は興味もとっくに失せていた。

 注文したブレンドコーヒーを飲みながら、彼は手元のPDAを眺める。

 いつもは男性が写っている事の多い其処には、今はCIAから受け取っていたデータが幾つか映し出されている。

 どういう手段で手に入れたのか分からない様なそれ等だが、今の所、街の噂レベルの重要度の物しか存在しない。

 正直、事件を解決すべき立場としては余り良い展開ではなかった。

 

「判断材料が無い以上手の付けようが無い。下手に動けばリスクも高いし、困ったもんだ」

 

 せめて疑惑の人物の一人や二人でも出てきてくれれば追跡でも出来るのだが、それすらないとなると彼は現状待機するしかない。

 何かが動いているのか否か、どの程度まで行っているのか、それすらも分からないまま待ち続けなければならない。

 限られた時間を無意味に消費している気がして、不安や苛立ちで気が気でなかった。

 ……もういっそリスクを承知で表立って動いて相手方の反応を探ってみようか、などとかなり物騒な考えを検討し始めていた彼の前に、他に席が空いているにも関わらず誰かが相席してきた。

 一瞬チラリとPDAから其方に目を向けた彼は、その電源を切って改めてその人物を見る。

 漸く彼の「待ち人」が来たのだ。

 

「……なるほど、聞くだけの物は有る様だな。“イレブン”」

「其方は随分と線が細いが、大丈夫なのか? “エディ”」

「余分な物は省く主義なのさ」

 

 “エディ”。それは今回の作戦(オペレーション)「ステルス」において彼に与えられた暗号名(コードネーム)である。

 それを知っているという事は、「待ち人」は今作戦の関係者である事を意味する。

 竜二は店員を呼び止め、適当にコーヒーを持って来させる。

 コーヒーを受け取った「待ち人」は、それに口をつけながら彼に話す。

 

「意外と良いな。コーヒーは余り飲まない方なのだが、良い味が出てる」

「人が集まっているから、自然とこの辺りのクオリティも上がってくるんだろう。最も、所謂“本物”ってのは集まらないんだろうけど」

「それでも総じて上がっていくなら越した事はない。活気があるのは良い事さ」

「確かに良い事だな。まぁ、この街においては両手を挙げて賞賛出来る訳でもないが」

「どういう事だ?」

「アンタなら理解出来ると思うが。この街の“現状”」

「……、」

 

 竜二が「待ち人」を促す様にして二人はカフェテリアから外を見やる。

 外には、朝の出勤に出るスーツ姿の若者や、登校中の学生達の姿が見える。

 

「此処は企業の「デモ会場」だ。新しい(商品)を作って試しては、片っ端から捨てていく。勿論、その「物」には人間も含んでいる。どんな広告を作れば其処の住民は狙った動きをしてくれるのか、こんな家に住んだ人はどんな思考を持つのか、っていう具合にな。其処に個人の意思はない、下手すりゃ(企業)の評価が住民の人生すら決めかねない。だけど殆どの住民がそれを自覚していない、してたらこんなに長閑な光景は有り得ない」

「……、」

「それだけじゃない。此処もそうだし、コッチもアッチも、其処ら中で中小企業の競争が起こっている。自分達が有用な“商品”だ、ってのを少しでも大御所様にアピールする為にな。実際、此処で生き抜いて大企業のスポンサー部門の目に留まり、バックアップを受けて全国チェーンになったレストランとか言った「成功談」も少なくない。……だが、アンタには分かるだろう? その「成功談(アメリカン・ドリーム)」の裏には何があったのか」

「……クソッタレ」

 

 目の前の「待ち人」は思わず吐き捨てる。

 言ってしまえば此処は、彼等とは系統の違う「戦場」だ。

 住民や建築物を武器にした、「企業」同士の熾烈で静かな「戦争」が起こっている。

 つまりこの目の前の平和な光景の向こうで、この「経済戦場」で息絶えた数え切れない程の“死体”が転がっているのである。

 そして、今呑気に彼等が会話しているこの数分間でも、誰かが死よりも苦しい絶望を味わっているかもしれないのである。

 どんな戦争でも、基本的にモラルなど存在しない。

 彼の知る現実の戦場と此処が同じなら、その死体の数は「兵士(起業者)」よりも巻き込まれた無辜の「住民」の方がきっと何倍も多い。

 口に含んだコーヒーが急に他人の生き血の様な気がして、一気に飲む気が失せた「待ち人」はカップを皿の上に置く。

 

 だが、「待ち人」はこうも聞いていた。「二つの大企業からこの街は発展した」と。

 その一方はかの「トライセル」、“あの男”の息のかかった「傘の後継者」だ。

 だがそれはもう存在しない、存在するのは、もう一方の「グラン・フォート」だけだ。

 そして今、その「グラン・フォート」が何かを起こそうとしている。

 勿論、現在は様々な企業も参入してきているだろうし、この国の厳しい制度を前に必ずしも「グラン・フォート」が実行支配出来ている訳ではないだろう。

 

 でも、もし水面下で工作があったなら。

 何時でも、その支配を取り戻せる根回しがあったなら。

 企業の意向が、住民の人生すら狂わせかねないのなら。

 

 

 

 

 

 唯一の邪魔者(トライセル)が消えた今。

 この街は、あの「地図から消えた街」と同じなのではないか?

 

 

 

 

 

「まあ、これがこの街の裏って奴だが……、これよりももっとマズい物がある」

「なんだ」

「少なくとも、連中は俺達が動く事を想定している。俺達に直接喧嘩を売ってきたって訳だ……。アンタが嘗てこなした「仕事」の様になるのなら、恐らくこの街は――」

「“実験の総仕上げ”、か。巫山戯やがって」

 

 少なくとも、この「待ち人」にとってはこの任務はもう只の“仕事”ではない。

 規模とか、黒幕とか、そういった物を超えて“やらねばならない”理由が出来てしまった。

 長年持ち続けた、B.O.W.をこの世から消すという信念でもない。

 

 

 

 

 

 嘗て守れなかった「あの街」への、身勝手な贖罪。

 それで許される訳ではないけども、せめて同じ結末だけは繰り返してはいけない。

 

 

 

 

 

「で、そっちの展開はどうなっている?」

「俺が率いている隊は既に現地入り済み、街の隅の方のアパレルを借りて其処に待機している。残りの主力も横須賀の基地に入ったそうだ」

「横須賀の入港は此方でも確認しているよ。まぁ、これで“事後対策”は出来た訳だな……そんな目をするなよ。俺も“事前”に終わらせたい方だから」

「……どっちの理由だ? この街か、お前“自身”か」

「両方」

 

 そう言った竜二は左腕をチラリと見やり、自分の分の代金をテーブルに置く。

 そのまま席を立ちながら彼は言う。

 

「時間だ。次の機会は追って連絡するが、余り当てにはしないでくれ」

「そうか……、なぁエディ」

「何か?」

 

 改めて竜二が「待ち人」の顔を見ると、彼は難しそうな顔をしていた。

 怪訝そうな表情を作った竜二に、彼は静かに問いかける。

 

「聞くべき事じゃないのかもしれないが……、お前はこの件、どうなると思う?」

「……、」

 

 「待ち人」は聞いていた、彼は“誘導されていた”可能性があると。

 嘗て、「待ち人」の相棒も同じ目に会った事がある。他ならぬ、自分の情報を利用されて。

 最終的には丸く収まったものの、実質あの時は彼等は黒幕の思い通りだった。

 だけど、今回は必ず止めなければならない。それだけの理由が「待ち人」にはある。

 だからこそ、彼に聞いてみたかったのだ。この件をどの様に思っているのか、どれ程の意志で臨んでいるのか。

 彼は少しの間黙っていた。

 そして、少し口元に笑みを浮かべると、こう答えた。

 

 

 

 

 

「確かにすべき質問が違うな、クリス。……(エディ)が作戦の全てだ」

 

 その言葉を残して、彼はカフェテリアを去って行った。

 

 

 

 

 

・見滝原市、郊外。

 

 「待ち人」、BSAAから派兵された鎮圧部隊を率いる「クリス・レッドフィールド」との顔合わせから暫くして、竜二は見滝原市役所の3階応接間にいた。

 

 日本政府の高官とやらが、貴重な政務の時間を割いて態々やってくるそうなのだ。

 

 彼の立場上、本来は潜入先の政府高官と顔合わせなどする事など普通はないのだが、今回の作戦は一応日本国政府とも提携を取っているらしく、その都合でこの異例の事態となったらしい。

 米政府的には飽くまで公式の関与を避けたいらしく、その結果「非公式の存在」である彼が抜擢されたのだ。

 割とBSAAの派兵にすら一悶着する国である、彼的にはもう黙ってやった方が良かったのではと思っていたが、上の意向である以上は従うしかない。

 ……だが実は、向こうの連中の腹積もり的には、窓際に送りたい奴に押し付けて閑職に追い込む口実にする事らしく、彼は本格的にやる気がなかった。

 幾ら待機を命じられているからといって、他人の嫌がらせに加担する気にはならないのだ。

 大きめのボストンバッグを床に置き、黙って出された緑茶を飲みながら手記に記録を書き込む事約一時間、約束から30分程遅れて漸く窓の外がざわつき出す。

 溜息を吐いて手記を仕舞うと、彼はドアの開閉と共に立ち上がれる様に身構える。

 ドアが開いたのは、そこからたっぷり5分程経った後だった。

 

「申し訳ない、急な用事が入ってしまって貴重な時間を貰う事になってしまった」

「お気になさらずに。どうぞお掛け下さい」

 

 ……用事で遅れるなら連絡位しろよ、という言葉を飲み込んで立ち上がった彼は入って来た人物に会釈をする。

 入ってきたのは40代後半の男性で、ぴったりとした黒のスーツを着こなしていた。

 男性はテーブルを挟んで彼の対面のソファーに座り、追って席に戻った彼と向き合う。

 彼はその顔に見覚えがあった、確かテレビに出てた筈だ。

 

「時間がないので手短に行こう、日本国外務大臣、美国久臣だ」

 

 此処でまさかの現役閣僚の御登場である。

 せめて官僚の代理程度が来ると踏んでいた彼としては、水戸黄門の登場ぐらいのインパクトがあった。

 逆に色々心配となった彼は、おずおずと目の前の男性に尋ねる。

 

「……あの、申し訳ないのですが、今の私の立場の事は……」

「熟知している。本来、今の私は霞ヶ関にいる身だ。あまり猶予はないぞ」

「そうですか……、あ、竜二・K・シーザーです」

 

 ……どんな仕事でも文句一つ無く真面目にこなす優等生系バカなのか、単純にこの事に関わりたかった無鉄砲系バカなのか。

 久臣の瞳を見る限り、その両方なのだろうと竜二は勝手に予測を付ける。

 

「今回、私が此処に来たのは――」

 

 予め用意していた資料をバッグから取り出し、此処に至るまでの経緯と作戦の概要を簡単に説明する。

 彼の“追っている物”についても含めて。

 

 

 

 基本的に、生物兵器と呼ばれる物には3種類存在する。

 一つ目が、感染力の強い「病原体」を使う物。

 有名な物にはエボラ出血熱、炭疽菌、コレラ菌等が挙げられる他、SARSウィルスもそうだとする説もあり、条件さえ合えば基本的に凡ゆる感染体が用いられる。

 二つ目が、生物の生み出した強い「毒素」を使う物。

 蛇や河豚、蜘蛛などの生物毒、ボツリヌス菌の毒素による食中毒、更にカビの毒素や梅毒、トリカブトと言った植物毒が此処に入る。

 言ってしまえば、ヤドクガエルを使った毒矢も此処に分類出来るかもしれない。

 

 此処までが、表の世界にも伝わっている話。

 だが公表されず、ひた隠しにされている三つ目こそが、他の二つよりもより人類の身近に存在する脅威(Resident Evil)なのである。

 それが、ある特殊なレトロウィルスや寄生生物を利用する物。

 その代表格が「Bio Organic Weapon(有機生体兵器)」――通称“B.O.W.”――である。

 

 これを説明する為には、先ずこれを生み出す力を持った存在についてから説明せねばならない。

 嘗て製薬業界を完全に独占していた「アンブレラ社」、そのお膝元の「ラクーンシティ」で起こった近代最悪のバイオハザード事件。

 これを引き起こした元凶こそが、B.O.W.を生み出す存在である「t(タイラント)―ウィルス」と呼ばれる物である。

 その詳細や発生源については厳重な情報統制を受けているが、本来は細胞の再生を促す性質を利用しアルツハイマーや神経性麻痺などの治療に当てられるべく研究されていたらしい。

 ……この時点で嫌悪を抱かれる方も居るかもしれないが、医学的にはビフィズス菌を使って胃腸を整えたり、「バクテリオファージ」を悪性の大腸菌による腹痛の治療に当てたりする事と然程変わらなかったりする。

 だが、結果的にはこの研究は失敗に終わった。

 抗ウィルス剤による定期的な治療を受けても、結局は原型の存在が持っていた性質――対象の遺伝子を組み換える性質――が必ず発現して突然変異し、“一部の例外を除いて”人としての知能を失った「不死の怪物(ミュータント)」へと変貌してしまうのだ。

 そして、逆にこの性質を利用し、軍事目的で「怪物」を“改造”したのがB.O.W.である。

 その研究は「アンブレラ」が倒産してからも、流出した研究者や情報により世界の何処かで粛々と続けられている。

 

「一つ、良いか」

「どうぞ」

「資料を見る限り、件のB.O.W.には「兵器」として利用出来るだけの価値がない様に見えるのだが。例え高い戦闘力や耐久力を得ても主人の命令を聞かないようなら、ただ猛獣を野に解き放つ事にしかならない筈だ」

「確かに、連中も初期の頃は其処に悩んでいたそうです。これでは、ただ際限なく無差別テロを起こす事にしかならないですから。挙句、元となるウィルスも感染力が非常に高いので、下手に放てば予想だにしない所に広がって文明の崩壊すら招きかねません。連中もそこまで馬鹿ではなかった。だからこそ、「安定して制御出来る方法」を探していたのです」

「……見つかったのか」

「不運にも。……その次の資料です」

 

 知能の低い、凶暴な不死の怪物を人間が手懐ける方法。

 今まで様々な方法が思案されたが、どれもコストパフォーマンスが低い上その応用性も低い事が難点となっていた。

 より安く、そして幅広く支配出来る方法が求められていた。

 その方法として研究者達に注目されたのが、「プラーガ」と呼ばれる動物の脊椎に寄生する生物である。

 とある凶悪なカルト教団が、世界にこれをばら蒔いて支配しようとした事が切っ掛けで存在が知られる様になり、その「興味深い生態」が非常に利用価値のある事に彼等は気付いたのだ。

 この寄生生物は卵や幼体の時に宿主に入り込み、成体となるのと同時に自我を奪い宿主をコントロールしてしまう。

 この時、宿主の脳をそのまま利用する事もあって知能がある程度――人間の場合は、同志の間で会話が出来る程度――は保たれるのだ。

 また、このプラーガには「従属種」と「支配種」が存在し、支配種の宿主は従属種の宿主を意のままに操る事が出来る。

 そう、この生命体にはアリの様な社会性が存在するのだ。

 

「従属種と違い、支配種は成体となってから乗っ取られるまでにそこそこ猶予が有り、その間は寄生された宿主が従属種を操る事が出来る。そして、この従属種は現在あらゆる生物に寄生が可能とされ……つまり、殆どのB.O.W.にも同様に寄生させ、支配種によって短期間の軍事行動をさせる事が可能となるのです」

「……最悪だな」

「ええ、全く。結局は、これを使って軍事作戦を行っても両者が損害を受ける。得をするのはそれを売り捌いた“武器商人”だけ。……いえ、それでは本来の意味の彼等に失礼でしょう。人でなし、きっと彼等は悪魔の化身でしょうね」

「そんな碌でもない物が、この国の中にあると?」

「ええ。……ですが、それは元々“特例”で認可された物でした」

「何!?」

 

 当然、戦争と平和の境界を無秩序に崩壊させるこの様な兵器を国家が認めるわけがない。

 現在、B.O.W.は国際法で開発、所持、使用を固く禁じられているが、それでもその“表面上の”有用性が故世界中のブラックマーケットで密取引され、開発も進んでいるのが現状だ。

 その為に、このバイオ兵器を取り締まるべく私設のバイオテロ部隊が発展した国連の対バイオテロ専門組織「Bioterrorism Security Assessment Alliance」、通称BSAAが生まれた。

 だが、活動内容の大部分を公に伏せているBSAAでも限度という物は存在する。

 例えば、抗ウィルス剤開発や対B.O.W.特化兵器の開発など。

 かのアンブレラが存在した時代、己の利益を護るべく彼等もB.O.W.鎮圧用の技術の開発に勤しんでいた。

 無論、BSAAの技術班も決してレベルが低い訳ではないが、ただ基本的に彼等の開発は実戦で戦う兵士のサポート器具の方の割合が高い。

 アンブレラの開発した「P-εガス」「マインスロアー」「リニアランチャー」、ウィルファーマの開発した「t-ワクチン」等、バイオ兵器その物に有効な効果を与える兵器開発では現在もBSAAは後手を強いられている。

 理由は明白、BSAAではバイオ兵器を対象にした実験が出来ないからである。

 設備は勿論、立地や風評的にどうしても彼等には開発が出来ず、今も組織は退役軍人や志願兵を募った“普通の”部隊を馬車馬が如く使う事から辞められないでいる。

 ……一部、人間の手で直接殺す事に意味があるとする評論家もいるが、それでも出来る限り損害を減らす事が今の彼等には求められていた。

 

 その時、代わりにそれ等を引き受け、技術を提供する事を名乗り出たのが「グラン・フォート」だった。

 ウィルファーマの設備を踏襲して安全性を強化した上、危険な実験を肩代わりして技術開発に全面貢献する事を彼等は表明したのだ。

 勿論、かなりの条件が彼等には突き付けられた。

 ウィルファーマの前科がある以上、猜疑の目を免れる事は出来ない。

 だが彼等はその要望に全て応え、晴れて“特例”を許される事となったのだ。

 

「そんな話は聞いていないぞ」

「一介の大臣“程度”が聞ける内容ではありませんからね。貴方が今どれだけ恐ろしい世界に踏み込んでいるか、理解して頂けたでしょうか」

 

 少し押し黙った久臣だったが、その瞳にはまだ理性の色が強く残っている。

 動揺を此処まで抑えるとはこの男、割と度胸はある方らしいと竜二が思っていると、ふと何かに気付いたらしい彼が尋ねてくる。

 

「……何故、彼等はこんな表明を?」

「成長戦略でしょう。国連公認の“正義の味方”なら、当時連盟を牛耳っていた「トライセル」も手が出せない。挙句、「BSAAと提携した」という事実だけでも民意はある程度は上がります。まあ、こんな搦手は飽くまで「総合科学産業」が故の選択肢であったでしょうけど」

「と言うのは?」

「グラン・フォートの原型は小規模の製薬企業であったそうですが、今は最早その限りではありません。日本国内だけでも製薬、医療器具、商業用大型家電、農業技術、造船業。海外に出れば外洋油田開発に海運業、軍事兵器産業、挙句、民間警邏派遣までも取り扱っているマルチ“過ぎる”総合企業です。しかも「専門分野開拓部門」なる部署がある程異常にベンチャー色が強く、企業買収やスポンサーにも積極的に参入する“何でもありな熱血”企業なんですよ」

「寧ろ、積極的に動いて知名度を上げる事が一種の個性となっている稀有な例かもしれんな……だが、まさかこの国でそんな事をしていたとは」

「……余り言うと怒られますが、相手側の筋が通っている様に見えて、自分達に利益がそれなりにあれば、この国は基本黙りを決め込みますから……」

「言ってくれるな……だが、そこが怪しいなら何も此処まで大掛かりに動かなくても、直接談判すれば良いのでは無いか?」

「談判には別方面から動いているのですが、正直芳しくないでしょう。何せ、今回の件の根拠の信用性はかなり低いですからね……。それに、厳しい条件を超えただけあってそう尻尾も出さないでしょうし、世論的には向こうの味方が多いですから」

「難儀だな……」

「ですね……」

 

 彼は言わなかったが、実は今回の件は時期も悪かった。

 不定期に行われる国連の捜査官の極秘視察が済んだ直後だったので、下手すれば国連の体制にまで飛び火する恐れがあったのだ。

 それで捜査が滞る訳ではないが、やはり潜在的に“あって欲しくない”という思いがあるのでは効率が大きく下がってしまう恐れがある。

 裏付けを取る目的で動く竜二等としては、やはり当てにしておく訳にはいかないのだ。

 

「以上が、この作戦の大まかな概要になります。……さて、今度は其方の手配についてお聞き願いたいのですが」

「心配するな、公安も極秘で捜査を始めたそうだ。結果が出たら貴国を経由して情報が行く筈だ」

「左様ですか」

 

 正直、それは寧ろ警戒される材料をばら蒔いているだけではと思わなくも無かったが、少しでも人手が欲しいのもまた事実である。

 そもそも、一介のエージェント(下っ端)が政府間の取り決めに口出しは出来ない。

 彼は出来る限り愛想良く答えると、久臣は彼の背後の壁に掛かった時計を確認して言う。

 

「時間だ。そろそろ首都に戻らねば」

「分かりました。では、これで失礼させて頂きます」

「ああ、……健闘を祈る」

 

 立ち上がって久臣に一礼すると、竜二は速やかに部屋を退出する。

 後に残された久臣は、目の前に置かれた茶飲みを見てひっそりと呟く。

 

「アイツ等、とんでもない仕事を押し付けやがって……」

 

 

 

 

 

「一体何なのだ。ここまでして、アイツ等が頑なに守ろうとする“イザナミ計画”とやらは……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……聞こえたか」

『ああ、探りを入れてみよう』

 

 

 





 結構私見が多いこの回。
 飽くまで小説という設定で書いてるので滅茶苦茶言ってたりするかもしれません。
 表向きは良企業とか言っているグラン・フォートも、現実的には財閥グループの側面のある危険な独占形態だったり。この辺が近代SFの醍醐味かなー、なんて。

 では、また次回に。
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