UNSUNG EVOLUTIONS   作:B.O.A.

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Ch-1-Act-02

・見滝原市、市内大通り。

 

 面会を終えた竜二は、現在通りをノコノコと歩いていた。

 車やバイクを使っても良かったのだが、敵の出方が分からない現在は下手に使うより隠しておいた方が後々有利になるかもしれない。

 という訳で、潜伏先にしていたボロアパートへ向かう彼はまた手持ち無沙汰であった。

 

 とは言え、数刻前に比べて多少は彼の気分も良くなっていた。

 

 先程、彼が去った後に久臣がボソリと零した「イザナミ計画」。

 口振り的にはどうも日本政府内で極秘に進められている「何か」であるらしく、「グラン・フォート」の動きはそれの障害になってしまう様だ。

 態々大臣を派遣したのも、それを先導する「アイツ等」側に比較的近しい人間で、彼等の存在を揉み消せる「大きさ」のある人物だからと考えれば一応は筋が通る。

 となると、その相手は現職の大臣すら駒にするレベルの団体なのだろうか。

 

「きな臭くなってきたな。国の執政者までも操って起こす規模の「計画」か……」

 

 「グラン・フォート」との関連はまだ不明だが、この「イザナミ計画」を調べればそこから浮き彫りにする事が出来るかもしれない。

 CIAやジョージ達の報告待ちとなるのは変わりないが、少なくとも目指す目標が出来た分気分は晴れていた。

 

 

 

 

 

 そんな時、ブラブラと歩いていた彼に声をかける観光客が一人。

 

「あのーすいません、見滝原市立病院って何処か分かります?」

「……、」

 

 そして、地元民と間違えられるアメリカ国民が約一名。

 

 

 

 

 

「……何でだ」

「はい?」

「いや、此方の話だ。それよりも病院だったな」

「はい。地図を持って観光に来たまでは良かったのですが、それらしい建物が全く見当たらなくって困ってたんです」

 

 不思議に思うかもしれないが、これが見滝原市という街の「特殊性」の一つである。

 だが奇抜な外観だからそう見えないという訳ではない、内装は兎も角見た目のデザインは普通、寧ろいっそ地味な物が多い。

 そう、“見た目”は地味。

 奇抜なのは、全体の景色から見たその建物の“印象”なのである。

 都市全体の構造計画から練られたそれは、例えそれがどれだけ地味な見た目でも“何故か人の目に付く”という不思議な現象を引き起こす。

 だがそれも、全体のバランスが機能しているまでの間の事。

 一旦何処かが綻ぶと、“印象”が薄れたそれは只の「地味な建物」に変貌してしまう。

 地元民ならまだしも、外来の、特に観光客なんかは逆に見つけ辛くなってしまうという訳だ。

 だが、彼も伊達に此処数日間街中をほっつき歩いていた訳ではない。

 

「ええとだな……面倒だ。直ぐそこだし案内するよ」

「え? いや、そこまでして頂かなくても――」

「俺の帰る道沿いなんだよ。遠慮すんな」

 

 こうして、彼は見滝原市立病院の前まで観光客を案内する事に。

 二人で歩き始めて3分程、本当にあっという間に正門の前に着いた。

 

「有難う御座います!」

「いやいや。礼を言われるまでも無いよ」

 

 丁寧に深々とお辞儀までする観光客に、寧ろ彼の方が気が引けた感じで答える。

 こう言う一々馬鹿丁寧な人間の相手は、彼としては余り得意な方ではない。

 子供相手ならまだしも、大人の場合は何処まで相手すれば良いのか分からず、変に調子が狂ってしまうのだ。

 結局観光客が病院に入り切るまで見送ってしまった彼は、気恥かしさ故か少し髪を掻きながら、其処でふと思い至る。

 

「……そういや、アイツ何しに此処に来たんだ?」

 

 観光初日に病院に行く様な事態があったのだろうか?

 だが見た所健康体だったし、重度の病気を患っているなら普通は先に薬品は準備しておく筈である。

 デザインを学びに来た学生と言っても、観光客の荷物はポシェットのみで今時の大型タブレットすら入りそうもない。

 急いでいる様子もなかったし、場所を確認するだけなら当然中に入る必要はない。

 今さら思えばかなり不審な人物である。

 彼はそこから中を覗いてみようと強化ガラス製の自動ドアの向こうに目を細めるが、流石に遠すぎで反射した像が写ってしまって判別できない。

 後を追うか否か、その場で立ったまま少し考え始める竜二。

 

 

 

「……あれ? 竜二さん?」

 

 聞き覚えのある声が響いたのはその時だ。

 

 

 

 驚いて振り向いた彼の前には、数日前に会った黄色い少女。

 

「おや。また会うとはな」

「お久しぶりです」

 

 態々丁寧にお辞儀した彼女の側には、更に別の少女がいた。

 此方はピンクブロンドの髪をショートツインテールに纏め、マミと同じ制服姿である。

 小動物的な印象のあるその少女は、見知らぬ男性とマミが挨拶を交わすのを前にかなりオドオドとした様子で佇んでいる。

 だが、すぐに意を決したらしく、

 

「あの、マミさんッ!」

「あっ、その――」

「ああ良い、分かった。用事があるのだろう?」

「――すみませんッ!」

 

 少女の声にハッとした様子となった彼女に彼が声を掛けると、本当に慌てた様子で彼の背後へと駆け抜けていく。

 少女もマミの後を追って急いで病院の敷地へ消えていく。

 

「――行ったか」

 

 友人の身に大事が起こったのだろうか。

 そんな予想を立てながらさり気なく後ろを見るが、二人が何故か脇の自転車置き場に駆けていくのに眉を顰める。

 此処の急患入口はそんな方向には無い筈だ。

 

「まさか、“アレ”絡みか?」

 

 彼女が戦う“化物”の事を思い出し、少し顔が厳しくなる。

 魔女どうこうの話ではない。

 それが引き起こす物についての話だ。

 

「確か、突発的な集団自殺や殺人なんかの引き金になるとか……ッ!」

 

 思い至るのは、先程入っていった観光客の姿。

 身に付けていたのは小さなポーチ一つだが、ナイフや小型拳銃の一つ位ならギリギリで入れられる。

 そして、

 

 

 

 乾いた軽い音が、建物の方から響いた。

 

 

 

「ッち!!」

 

 慌てて振り向き、彼は病院の方へと走る。

 今のは間違いなく標準的な拳銃の発砲音だ。

 どうやって此処まで持ち込んだのかは知らないが、速やかに無力化しないと被害は急激に拡大する。

 見て見ぬふりをして立ち去る、という考えは端から存在してなかった。

 反射的に、速やかに拳銃の持ち主を無力化する事だけが頭にあった。

 

 だが、自動ドアのまん前に立った時にそれは起こった。

 唐突に、透明な筈のそれが真っ黒に染まり始めたのだ。

 その黒い染みは地面と壁を恐ろしい速さで伝い、彼の周囲を一瞬で取り囲む。

 怒り狂ったスズメバチの群れに囲まれる様な、不気味な感覚が肌を走った。

 

「馬鹿な――――!?」

 

 思わず叫んだ彼だが、それが終わらぬ内に浮遊感に襲われ目の前が暗く染まる。

 そして誰にも見られる事なく、今度こそ何の記録も残さずに彼は「消滅」した。

 

 

 

 

 

・異空間

 

 暗転は一瞬だった。

 気が付いた時には、周囲は現実味のない空間へと変化していた。

 まるでダンジョンに入る前のロード画面の様だ、とやった事もないRPGゲームの事を思った彼は、その場に立ったまま周囲を見渡す。

 前回とは毛色が違い、此方は童話の様に辺り一面がお菓子で出来た洞窟の様な構造になっている。

 だが、漂う雰囲気は瘴気とも言える程に異様に重たい。

 何か重要な要素が欠けていて、その所為でメルヘンチックな風景が全て異質な異空間と言う不気味さに逆転している、そんな印象を受ける場所だった。

 

「童話の話も、翌々考えれば“魔女の罠”だったな……」

 

 有名な兄妹の話を思い浮かべ、一層気分が悪くなる。

 周囲を見た限り、彼は前後に続く一本道の途中に現れたらしく出口があるのかどうかすら分からない。

 念の為にPDAも確認するが、予想通りの“圏外”表示だった。

 

 さて、どう動いた物か。

 此処までずっと片手に持っていたボストンバッグを下ろして、彼は少し考えに耽る。

 

 こういう異常事態には先ずその場に留まるのが一般だが、そもそもそれは助けが来る事が前提の話である。

 “あの子達”が先に向かっていったのが此処であるなら、彼女達がこの異空間の主(魔女)を倒してくれるのを此処で待つというのも一つの手だが、万が一の事態には本当に打つ手が無くなるし、そもそも此処が安全であるという保証もない。

 マミから聞いた話では、魔女には自在に操れる子分である「使い魔」という存在が一般的にはおり、基本は奥地に潜む魔女の代わりに結界内を警邏したり獲物を囲い込んだりするらしい。

 こんな一本道で、もし前後を挟まれたのなら命の保証はない。 

 一方、此処から動けば奴等に見つかる可能性も増えるが、逆に彼女達に合流出来る可能性もある。

 結局は彼女頼みなのは否めないが、それでも集団で居た方が安全はより保証されるし、何かしら力になる事だって出来るかもしれない。

 幸い、会談の後であるので彼の手元には大きめのボストンバッグが存在する。

 その中には資料の他にも、効果は期待できないが“無いよりはマシな物”も幾つか入っている。

 

「……行くか」

 

 最後は単に漠然とした勘と、何もしない位なら少しでも足掻きたいという小さな身勝手だった。

 実際は2~3分程の迷いだったが、彼にとっては10分以上も経ったような気がしていた。

 彼は屈んで足元のボストンバッグのジッパーを開き、内ポケットに隠していた“ソレ”を静かに取り出す。

 それは大人の手より一回り大きい、黒っぽい塗装のステンレスの塊。

 指を動かすだけで目の前の物を貫ける、誰かを殺す為の道具。

 「ベレッタM92F」と呼ばれる、米海兵隊及びBSAAの正式採用自動拳銃(オートマティックハンドガン)である。

 

「……、」

 

 共に幾多の戦場を渡り歩いてきたそれの重みを手に感じながら、だが彼の顔は余り浮かない。

 実は、これ一丁以外には樹脂製の小型タクティカルナイフしか手持ちが無いのである。

 正直、この先の相手が彼の良く知った物であっても火力不足が不安になる状況だが、だからと言って流石にこれ以上の大型を隠し持って歩く訳にも行かなかった。 

 まあ、そもそも殺せない事は分かっている以上、もしもの時には使い魔の足を止める程度の働きをしてくれる事を期待するしかない。

 因みにナイフはコート裏の目立たない部分に鞘ごと固定して一体化させてあり、実は表側のポケットの中からも取り出せるというフェイク的な仕様になっている。

 一応は工作員としての装飾ではあったが、職場が職場なので未だに活躍の場が無かったりする不遇な代物だ。

 ベレッタを軽く操作し、マガジンと薬室の中を確認してキッチリ弾丸が収まっているのを見て、安全装置のレバーを倒して外す。

 それをバッグから取り出した簡易なホルスターに収めて腰に巻き、続いて折り畳んだバックパックを出して展開、ボストンバッグを中の資料ごと詰め込んで背中に背負う。

 その間で不安をキッパリと割り切った彼は前後に伸びる道の片方を選びその先へと進む。

 交戦は避けて進むつもりだったが、一応は銃を意識しながら慎重に、だが出来る限り素早く移動していく。

 この洞窟にはキャンディーやらジュースの入った瓶やらが山のようにあったが、身を隠せる遮蔽物になる程大きな物は殆ど存在していない。

 下手にゆっくり動くよりは、格段に危険度は下がっている筈だった。

 

 どれ程進んだだろうか。

 何度かあった分かれ道を勘で突破し、100m程は歩いたと思った頃だった。

 急に視界が開け、割と大きな空間に到着した。

 

「主洞に出たのか?」

 

 彼が立っているのはどうやら洞窟中の大きめの空間、その壁際からかなり高い位置にある支洞の入口の様だ。

 絶壁になっているその入口の淵に出来る限り近づいて、彼はその下を慎重に覗いてみる。

 ラグビーボールを半分に切って立てた様な形の空間の底の直径は凡そ40m程で、高さはざっと30mはある。

 彼は大体その半分、15m程の高さにある横穴の淵に居るようだった。

 底の方には、此処までに彼が見てきたのと変わらない“悪趣味な”お菓子の山がゴロゴロと転がっている。

 だが唯一、彼が見た事のないオブジェが空間の中央からやや此方寄りに存在した。

 

「……人、だな」

 

 厳密に言えば、十代中頃の少女が宙吊りになっていた。

 彼の位置から5m程下、此方に背を向けた形でその少女は全身を黄色のリボンの様な物に雁字搦めにされて宙に固定されていた。

 彼はそのリボンに見覚えがあった。火災現場で魔女に遭遇した時に、彼の前を横切ったあのリボンに瓜二つだ。

 此処に、彼女と自分以外の人の気配は無い。

 若干癖のある長い黒髪を持った少女の後ろ姿を観察しながら、彼は次のアクションを考える。

 大人しくぶら下がったまま此方にも気付かずにジッとしている彼女は、状況的に考えて十中八九マミと同じ「魔法少女」だろう。

 後ろから見ても格好がどこぞの美少女戦士風だし、後ろ手に縛られた左腕には円盾(バックラー)が装備されている。

 それ以外の武器らしい物は持っていない様だが、多分それでも戦えるのだろう。「キャプテン・アメリカ」とかみたいにぶん投げたり。

 彼女を解放すれば一先ずは此処を抜け出す算段が出来るだろうが、一方マミが彼女を戒めたまま放置しているのも気になった。

 一回しか真面に会話はしていないものの、間違いなく彼女は私利私欲だけで「同志」を攻撃する様な人間ではない。

 彼女を敵対させる様な「何か」をこの少女が起こしたと考えるのが妥当であろう。

 だからこそ、例え解放してもお礼に自分という“お荷物”を少女が抱えてくれる、という楽観的な思考がどうしても取れなかった。

 考えたくはないが、下手すれば「処分」や人質の憂き目に会う可能性も無きにしろ有らずだ。

 関わらずに引き返すのも手だが、それでも少しでも危機的状況を回避したいのも本音。

 少なくとも、同じ得体の知れない存在なら会話が出来る奴の方が少しはマシである。

 

「余り、敵を作る事はしたくないのだがなぁ……」

 

 身の安全を考慮すると取れる選択肢は限られる。

 少女を縛るリボンを見つめながら、憂鬱そうに彼は呟いた。

 今から、少々「荒っぽい事」をせねばならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、宙吊りになっていた少女「暁美ほむら」は目を瞑ったまま今後の方針を考えていた。

 今まで通りに行けば、恐らく此処でマミは“敗北”する。

 彼女は自分よりも実力は有るが、此処の魔女は強力な上に相性も悪い。

 オマケに後輩二人の存在もあって変に浮かれている、足元を掬われる兆候だ。

 彼女の魔法を使えばその後でも「あの子達」を助ける事は出来るだろうが、関係は最悪になるだろう。

 その前にせめて今回だけは自分の手で狩りたかったのだが、マミの説得に失敗した代償は大きい。

 ……やはり、「彼女」に頼るしかないか。

 そう思って、マミの事を諦めようとした時だった。

 

「……?」

 

 クンッ、と体を縛るリボンの一本が少し揺れる。

 思考が追いつくよりも前に、反射的に其方に目を向ける。

 直後、急にリボンがガクンと下がり彼女の身体と一緒に大きく揺れ始める。

 その所為でリボンが締まり、彼女の息が詰まる。

 同時に、シャァァァッと布が擦れる音が聞こえる。

 その正体に彼女が気付くよりも前に、事態は急激に進行した。

 

「っと失礼。変な意味はないぞ」

「なッ――!!?」

 

 ドサッ、と彼女の背中にかなり重い重量が一気に伸し掛かり、肺に残っていた空気が残らず吐き出される。

 そして男性の声が響くと同時に、その細い首にガッチリとした右腕が一瞬で巻き付いた。

 真面に呼吸も出来ないまま、訳が分からずに咄嗟に振り返ると、20代の若い男性の顔が直ぐ間近にあった。

 色んな意味で当惑している彼女の顔を見て、彼は微笑を浮かべているがその眼光だけはかなり鋭い。

 

「お互いの為に此処で「話し合い」をしたいのだが、良いか? 「魔法少女」さん?」

「どうして……ッ!!?」

「君を“こうした子”とちょっとした知り合いでね。そう言えば、俺がこうした理由も分かってくれるかな?」

「ッ……」

 

 使い魔すら居ない静寂の所為で自分の耳が狂ったのかと思った。

 どういう訳か、結界の中から湧いて出てきたこの「イレギュラー」は、自分やマミの正体を知っている様なのだ。

 まさか彼女がこの「一般人」も連れてきていたのかと最初は思ったが、それならこのタイミングで現れるのは変だ。

 補助を付けているとしても、彼女が一般人だけで別行動を取らせる訳が無い。

 でも、それならどうやって彼は此処に入り込んだのか? 何故今になって現れたのか?

 ……何にせよ、情報が圧倒的に足りない。

 取り敢えず向こうは「話し合い」がしたいらしいので、彼女はそれに合わせる事にした。

 

「……何が目的?」

「俺は此処から無事に出たい。その為なら此処で君を解放しても良い。それ以上は求めない。質問は?」

「……本当にそれだけ?」

「それだけだ」

 

 余りに単純だったので本当に拍子抜けだった。

 思わず男性の顔を見返すほむらだが、彼が嘘を吐いている素振りは全く無い。

 どうやら本気で此処に偶然迷い込んだだけの様だ。全く不運なのか、幸運なのか。

 何にせよ、彼は身の安全の為に自分を解放したいらしい。

 願ってもないこの機会を逃す道理はない。

 

「……分かった。だけど、一つだけ条件がある」

「何だ」

「此処から直ぐには出してあげられない。奥まで着いて来てもらう事になる」

「それは、“彼女”の邪魔をするという事か?」

「違う。寧ろ、巴マミと協力したい」

「……ふぅん」

 

 懐疑的な瞳を向けられて、微かに彼女に焦りが生まれる。

 そう言えば、彼は自分とマミが敵対している事を知っている様な事を言っていた。

 自分を縛った相手を助けたいなどと、しかもその相手が「巴マミ」であるならば疑われても当然だ。

 彼女を“上っ面だけ”知っている人間なら尚更の事だろう。

 だが、此処で説得に失敗すれば今度こそマミを失う事になる。

 神の気まぐれの様なこのチャンスを、不意にしてはならない。

 

「お願い、私は本当に彼女を助けたいだけ。此処の魔女は今の彼女では勝てない。信じて」

「へー。つまり、彼女は自分を無償の善意で助けてくれる人物を雁字搦めに縛って放置したって訳か。成程そうかアイツはそんな――」

「そうじゃないッ!!」

 

 焦りの余りに思わず叫んでしまって、彼女は自分の失態に気付く。

 これでは、こうなった経緯を説明しなくては彼は納得しない。

 嘘を吐いて誤魔化すか、本当の事を言うのか。

 何方を選ぶべきか、何方の方が正しいのか彼女は本気で迷い始める。

 

 

 

 

 

 その時だった。

 

「――フッ、まあ良いか」

「……え?」

「分かった。要求を飲もう――お前の言葉を信じてやる」

 

 先程まで驚いた顔をしていた彼が、いきなり笑ってそう言ったのだ。

 

 

 

 

 

「さてと、とは言ったものの……このリボン丈夫だしなぁ。何か良い案無いか?」

 

 首に回していた腕を解き、彼は肩に右手を置いて体を支えながら左手で腰から伸びるコードを軽く引っ張る。

 すると、彼女を縛るリボンの一本が連動して揺れ出した。

 今更だが先程、彼は支洞に近いリボンの根元に腰のベルトに格納していたコードの先のフックを引っ掛けて此処まで滑り降り、下の方のリボンを足場にし彼女に背後からしがみつく形で身体を支えていた。

 逆に言えば、彼が滑り降りられる程度の強度がリボン一本一本にはあるという事である。

 幾ら最新鋭の鋭利なタクティカルナイフでも、正直な所お世辞でも切れるとは思えなかった。

 一方、呆けた様な顔をしていたほむらはたっぷり10秒程間隔を置いた後、我に返ってボソリと彼に答える。

 

「……それなら、こっちのを使って」

 

 そう言って、彼女は後ろ手に縛られた左手で彼の胴をつついて注意を促す。

 しがみついていた状態から少しのけぞってそこを見ると、ニュッと盾裏からナイフの柄が飛び出してきた。

 左手でそれを引き抜くと、刃渡り20cm程の軍用コンバットナイフが姿を見せる。

 ……明らかに盾に隠せる大きさを超えていたが、ひょっとして猫型ロボの小物入れみたいな構造なのだろうか。

 

「今時の日本の中学生はこんな物を護身用にしているのか? てっきり彫刻刀ぐらいかと思っていたのだが」

「普通の中学生は彫刻刀なんて常備しません」

 

 適当に言い合いながら、彼は手早くナイフを彼女の腕の間に差し入れて一気にリボンを引き裂く。

 バリリリッ、と意外に軽い手応えで切り裂かれていくのを見て、ふと彼が呟く。

 

 

 

 

 

「あれ? 俺はこの後どう降りればいいんだ?」

「……あ」

 

 何にも考えてなかった。

 

 

 

 

 

 因みに、幸いにも彼等の真下は人間サイズのショートケーキが転がっていた。

 そして竜二がそんな事を呟いた所為でほむらも真面に着地出来る状態ではなかった。

 その結果、二人は仲良くクリーム地獄に突入する羽目に。

 

「耳から靴まで凄まじく甘ったるいのだが。……泣いて良いか?」

「今まではこんなトラップは無かったのに……。何これ、イレギュラー多過ぎよ……」

 

 落下死の危機は免れたのだが、その代わりに白いドロドロで全身ベッタベタな状況に陥る二人。

 女子のほむらは兎も角、特に成人男性の竜二は社会的に抹殺されかねない惨状だったが、二人以外の人間が此処にいなかったのがせめてもの救いだった。

 お互いの18禁指定が解除されるまで、互いに自分の事しか見ていなかったのだ。

 

「……で、此処から何方へ向かえば良い? まさかこれから探索って事は無いよな?」

「それは問題ないのだけど……」

 

 命綱のコードを巻き取り、服にくっついたスポンジの欠片なんかを払いながら地味に暴発しなかったベレッタに感謝していた竜二だが、ほむらの中途半端に止まった発言を気にして振り向くと、彼女は彼の方をじっと見詰めていた。

 

「……どうして?」

「何が?」

「どうして私を信じたの? 私が巴マミと敵対して捕まった事は分かっているのに、そうなった経緯もまるで知らないのに、どうして私の言葉を信じる気になったの?」

「あー、まあ何と言うか」

 

 手の中に未だにある大型コンバットナイフを軽く回して弄びながら彼は続ける。

 

「彼処まで巴ちゃんを庇ったのが気になったからかな。演技って風にも見えなかったし、焦って言っちゃったって雰囲気がしたしな」

「……そんなに出てたかしら」

「自慢だが、他人の表情を読むのは得意なんだ」

 

 くるるっ、と大きく回して柄の方を彼女に向けると、彼はそのままナイフを差し出してくる。

 左掌を翳してそれを制すると彼女は言う。

 

「じゃあ、今の私のは読めるのかしら」

「生憎本音が分かる訳じゃないから、ポーカーフェイスされても困り物だぞ」

「面白くないわね」

「魔法に比べりゃ、確かに道楽的ではないな」

 

 ほむらが盾から出した鞘を彼に向かって放ると、彼は左手で受け取った後にナイフをそれに収めて降ろしたバックパックに放り込む。

 背負い直した彼が彼女に目を戻すと、彼女は右手を此方に差し出していた。

 

「手を取って。時間がないから、私の力を使う」

 

 彼がその手を掴むと、彼女の盾からゼンマイを巻く様な機械音が響き出す。

 それに彼が目を向ける暇もなく、結果は直ぐに訪れた。

 

 

 

 パチッ、と言う音と共に“音が消えた”。

 

 

 

「手を離さないで。今離されると、貴方まで“止まってしまう”」

 

 手を繋いだ少女の声がやけに鮮明に聞こえる。

 洞窟とは言え一応屋外に居るのに、防音素材で囲まれた部屋に閉じ込められた様に一切の雑音が消失していた。

 それを肌で感じながら、此処で彼は密かに恐怖を覚える。

 起こった現象は分かった、なのに理解がまるで追いつかない。

 全体像が全く把握出来ない「力」への恐怖を感じていた。

 

「……時間を止めたのか」

「分かったのなら急いで。これも無限じゃないから」

 

 彼女に急かされるようにして、手を繋いだまま二人は洞窟の奥へと走り出す。

 お互いの名前も知らないままに、何とも奇妙なペアが生まれていた。

 

 

 




 ここまで読んでもう一度プロローグを見返すと、変な印象を受ける人もいるかもしれません。
 その印象が、割と大事だったりします。

 ……などと上から目線の戯言を言った所で、また次回。
 ひょっとしたら、コーヒーをお持ちになって読まれた方が良いかもしれませんよ!
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