UNSUNG EVOLUTIONS   作:B.O.A.

8 / 55
Ch-1-Act-03

・結界最奥付近。

 

 妙な事になったものだ。

 静止した時間の中、ほむらは手を繋いで走る「同行者」を横目で見て思う。

 

 彼女は時を操る魔法の使い手だ。

 触媒としての円盾(バックラー)が必要になるが、それがあれば彼女は“一定期間”の時間の流れに自在に干渉できる。

 加速や減速だけでなく、今の様な完全な静止も、「遡行」も。

 唯一「逆行」だけは出来ないが、無いもの強請りをしてもしょうが無いしそれで困った事も余りないので然程気にしていない。

 勿論、そんな途方も無いスケールの魔法を操る為には幾らかの代償もあった。

 魔法少女は本来、B級パニック映画が現実に出てきた様な怪物(魔女)と渡り合う為に、変身した時点である程度の身体強化がなされる。

 個人差はあるだろうが、一般ではアニメの変身ヒロインなんかにも負けず劣らずの運動性を獲得するのが普通だ。

 だが、彼女の場合はその限りではない。

 言ってしまえば、RPGのキャラの育成で全ての追加パラメータを特殊スキルに振ってしまって、その他は基礎パラメータのままというかなり鋭角化したステータスを持っているのが彼女だ。

 単純な殴り合いでは、下手すれば街の不良にすら劣る可能性もある。

 真横に居る、恐らく「それなりに戦場を知っているだろう」人物とでは例え奇跡が起きてもまず勝てない。

 

 だが、何よりも大きかった代償は其処では無い。

 彼女にとっての最大の代償は、時間を「遡行」出来るが故の“孤絶”だろう。

 そう、彼女は未来から来た「時間遡行者」なのだ。

 某猫型ロボの如く、ある過去の事実を塗り替えるが為にやって来た人物なのだ。

 勿論、あの国民的漫画の様な楽観的な状況という訳ではない。

 最早彼女にとっては、そうする以外の道がない過酷な物である。

 その為には何れ程の犠牲を払っても良いと、どんな罪も背負うと彼女は覚悟して生きてきた。

 理解されなくても良い、一人になっても戦い続ける。

 若さ故の恐れを知らぬ傲慢であっても、彼女にはそれを省みる時間もない。

 

 それがどういう訳か、見ず知らずの戦力になるやも分からぬ「部外者」に力を晒す羽目になっている。

 かの「先輩」の様な事は出来ない、その様には決してなれないと思っていたのに、仕方の無い事とは言え今や彼女と同じように「無力な人間」を連れて行動している。

 助けに行かねばならぬ反面、今のこの状況を彼女達に見せるのが少し気恥ずかしくなってきていた。

 

「随分と長いな。後どれだけあるんだ?」

「あと少しの筈」

 

 適当に返したほむらは、改めてその人物の評価をする。

 只者では無いのは確実。

 だが単なる私服警官とか武闘派ヤクザとも違う。

 背中のバックパックは確か、米軍の基地で見た物と形が似ている。

 だが腰に目立たなく巻いたホルスターは明らかに米軍の物ではない。

 なぜ分かるかって? 側面にキリル文字が入っていたら誰にでもロシア製だと予想がつくだろう。

 刺さっているだろう銃自体は背中側なので見えないが、これだけでも自衛隊や米軍の所属だとは思えない。

 全くと言って良い程正体不明(アンノウン)だ。

 

「一応言っておくけど、“背中のもの”では援護射撃にもならないから。奥地に入ったら、恐らく物陰に私と同じ年ぐらいの子達が居る筈だからそっちと合流して。不安だったら、さっき渡したナイフでも抜いておくと良いわ。それなら多少は効果はあるし、ネズミぐらいなら貴方なら切り払える」

「ネズミ? ……ああ、成程。心得たよ」

 

 カマをかける様な言い方をしても、全く動じる気配がない。

 と言うよりは、既に銃がバレている事は承知済みなのだろう。

 彼女達側の存在でもなく、単にあの子達の様な「一般人」でもない。

 変に得体の知れない「部外者」に、背筋を伝う様な薄気味の悪さを彼女は感じていた。

 無理やり例えるなら、謎の物音がする天井裏をそっと覗く気分だろうか。

 彼の本心に関わらず、言葉全てに裏がある様に思えてならない。

 正直言って信用が出来ない。あの子達の傍に置いておかねばならないのが億劫になる程には。

 時間軸毎に起こる異分子(イレギュラー)は、自分の思いもよらない解決を齎らす事がある分には有益だが、同時に予想外の誤算をも生み出す劇薬でもある。

 そのタイミングを見極める事など先ず「白の魔法少女」でもない限り不可能だし、そんな不確定要素に成功の是非を試す程彼女も博打打ちではない。

 「取り敢えず全てを放っておく」、そうした事もあったが結果は言わずもがな。

 

 ……必要があるなら、先に手を打つ事も考えなくては。

 

 「見えてきた。あの扉よ」

 「了解。等々化物のお出ましか」

 

 前方にチョコレート製の大扉が見えてきて、ほむらが竜二に警告する。

 彼は手ぶらの左手を背中のバックパックに伸ばして器用にナイフを鞘ごと抜き取り、口で鞘を抜き取るとそのまま鞘を吐き捨てた。

 扉の直前まで来て、ほむらは時間の流れを戻して繋いだ右手を離す。

 そのまま右手を盾の裏に突っ込みながら、右肩から体当たりする様に扉をこじ開ける。

 扉の向こうをじっくりと見るつもりは無かった。

 ただ、こっそり確保していた「黄色いリボン」の欠片が消滅していない時点でまだ間に合う事だけは分かっていた。

 開け放つと同時に、中央に見える人影の辺りに右腕を薙ぐ様なフォームで「手の中の物」を投擲する。

 ジュース缶程度の大きさの金属の瓶が二三度跳ねながら勢い良く飛んでいき、人影の足元にギリギリで到達する。

 

 貰った、と彼女は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間の事を、中央に立っていた巴マミはどう思っただろうか。

 その傍に隠れる二人の「後輩」は、そしてその傍にいた「キュウべぇ」はどう思っただろうか。

 倒したと思った魔女が動き出し、その直後に扉が大きく開け放たれて。

 反射的に音に反応して振り向いた直後に、拘束されて動けない筈の「転校生」が何かを投げてきて。

 顔に影が掛かって、すぐ傍から強い殺気を感じて。

 投げられた物を辿った二人と一匹も「先輩」に迫る危機に気付いて。

 何も出来ずに棒立ちとなったまま。

 目の前の、蛇の様になった魔女だけ勝利を確信し。

 

 

 

 バンッ!! という火薬の破裂音と共に足元の瓶が弾けて、その中身を存分に撒き散らした。

 それは少女も魔女も、届く範囲の全てを均等に白く覆い隠した。

 

 

 

スモーク(煙幕手榴弾)か!」

 

 ナイフを右手に持ち替えた傍らの竜二が驚いた様に言う。

 一方のほむらは実際にこそしなかったが、心中では彼女にしては珍しく両手を空に思いっきり突き上げてやりたい気分だった。

 このギリギリの状況で、狙い通りの結果が出て人並みに喜んでいたのだ。

 彼女は前々から、異様にパッチリEYEなあの魔女に限っては煙幕が効くような気がしていた。

 巴マミを後から助けるという展開に中々恵まれなかったので試す機会がなかったのだが、もしその時が来れば使ってやろうと思っていたのだ。

 時間停止の魔法は有用性が高いが、魔力消費がバカにならない上に発動に数秒程時間が掛かるという欠点が存在する。

 一応即時発動も不可能ではないがその場合更に負荷が掛かるので、切り札を惜しむ訳ではないが余り使いたくないのが本音である。

 その点、スモーク一つで貴重な魔力を温存できるなら越した事はない。

 そして結果は大成功。目の前で突然白い粉末が飛び散った所為で「お菓子の魔女」は完全に面食らっている。

 マミには少々息苦しい思いをして貰っているが、命拾いする代償だと思えば安い買い物だろう。

 

「な、何!? 何が――――!?」

「えッ――――!?」

 

 物陰に隠れていた空色のショートヘアーの少女は完全に状況に置いていかれて混乱する一方、ピンクブロンドのツインテールの少女は傍らの男性を見て目を丸くする。

 それを無視して、彼女は今度は単独で時を止めて煙の中に飛び込み、棒立ちになって噎せているマミを煙幕の外に引きずり出して元の位置に下がり、そこで魔法を解除する。

 

「――あ、あれ? 暁美さん!?」

「忠告した通りだったでしょう? 分かったら大人しく下がってて」

「ッ……、あれはちょっと油断しただけで別に――」

「強がるのならせめて足の震えぐらいは抑えて頂戴。その様子じゃあの魔女と戦うのは無理ね」

「うぅ……」

 

 言いくるめられてバツが悪そうに黙ったマミを他所に、彼女はいつの間にかその場から消えていた竜二の姿を探す。

 

 

 

 

 

「あ、あんた誰よ!? ってかそのナイフ何!!? まさか「転校生」と組んであたし達を人質にとってマミさんを脅そうって言うんじゃないでしょうね!!?」

「さ、さやかちゃん。いきなりそんな言い方はあんまりだよ。それに私、この人外で見た事あるんだけど……」

「え!? アイツまさかずっとあたし達の事監視してたの!? どーりで転校生が道行く度に現れる訳だ! クッソウ、さやかちゃんは悪質なストーカーには屈しませんよ!!」

「そんな事言ってないよ!?」

「……色々変な方向に事態が進んでいるが、取り敢えず落ち着いて俺の話を聞いてくれないか……?」

 

 ……あっちは元気そうだし、彼に全部任せておこう。

 「特技」の見せ所だろうし、邪魔しちゃ悪い。

 

 

 

 

 

「……何でまたあの人が……?」

 

 声に視線を戻すと、マミが心底驚いた様子で三人の様子を見ていた。

 やはり、彼は彼女との間に何らかの関係を持っていたらしい。

 

「さあ? 貴方が私を縛って放置した後に、いきなり上から降ってきたからどうやって来たかは分からないけど」

「また、落ちてきたの……?」

「落ちてきたと言うよりは、降りてきたの方が正しいと思うわ」

 

 そう答えると、何故か今度は心の底から呆れた様に溜息を吐いて、彼女はほむらに目を向ける。

 

「……仕方がない。あの子達の誤解を解かないといけないし、今回は譲ってあげる」

「出来れば、始めからその言葉を聞きたかったわ」

「忘れないで。まだあなたに気を許した訳じゃないのよ。私の命を救ったのは何もあなただけじゃないのだから」

「なら私は分かって貰える様行動するだけ」

 

 煙幕も薄れてきて、目の前の「お菓子の魔女」も漸く事態に気付いたようだ。

 此方を向いて、自らの食事を邪魔されたのに腹を立てた様に、不快そうな顔付きをして唸り声を上げる。

 抱き枕の様に凹凸の殆どない赤い斑点模様のある黒い胴体の先にある、羽の様な耳の生えた何処か愛嬌のあるその顔は、まるで漫画やアニメのマスコットの様にその表情がハッキリと分かる。

 ただ、その三日月形に広がる口の中にはサメも真っ青な切れ味の、恐竜も素足で逃げ出す大きさの牙がズラリと並んでいる。

 全長15mにも及ぶその巨体をどういう訳か宙に浮かべながら、蛇の様に鎌首をもたげて威嚇するその魔女にほむらは向かい合い、マミは慎重に立ち上がってから一旦下がり、彼女と魔女を迂回する様に「後輩」達の元に向かう。

 その間だけ、暫しの静寂が両者にあった。

 そして、未だに説得に手間取る竜二の元にマミが辿り着き、助け舟を出し始めた頃。

 

「来なさい。相手になるわ」

 

 若干右手を盾に添えて腰を少し落としたスタンスで、ほむらが呟く。

 それが引き金となったかの様に、「お菓子の魔女」は宙を滑る様に移動しその頭に食らいつこうと襲いかかる。

 左に逸れながら接近し、直前でいきなり加速して右に大きく切り返して大口を開く。

 今までとは若干異なる、フェイントを掛ける程度の知能を垣間見せた魔女だったが、だがほむらからすればどうという事はない。

 予想の範囲内だ。

 魔女が怪訝そうに眉を顰める。

 確実に仕留めたタイミングだったのに、何故か空を噛む様に歯応えがない。

 直後、トンという足音に顔を上げると、本当に目の前の足の異様に長い円テーブルの上に彼女の姿がある。

 此方を見下ろす彼女の顔には一切の感情がなく、精巧な人形の様な何処か不気味な雰囲気を纏っている。

 だが、魔女の方はそれを全くと言って気にしていなかった。

 ただ食欲に突き動かされて、彼女の目の前まで一気に浮上して正面から食らいつく。

 しかしその歯は再び空を噛む。 

 そして再び傍の別のテーブルの上に彼女の姿がある。

 まるで、幼児の遊戯か何かの様に暫くそのやり取りがあった。

 痺れを切らしたらしい魔女が胴体ごと振り回す様に周囲を薙ぎ払おうとした時、突然殴られた様に頭が震え、その口から大きな噴煙を吹く。

 訳が分からないと言う様な驚愕に満ちた顔をした魔女だったが、その直後に立て続けに同じ事を繰り返し、苦痛に悶えて地面に落下する。

 良く注意していれば、その回数が彼女が魔女の攻撃を避けた回数と一致しているのが分かっただろう。

 

 

 

「成程。考えたなぁ」

「何がです?」

「単純に避けるだけじゃなくて、何かしら「置き土産」をしているらしい。ソイツをあの悪食に喰らわせてドカン、という所か」

「攻防一体の戦略ですね。だけど、自分を囮にする様な真似は関心出来ないです」

「そんだけ自信があるって事だろうな……。後、無理して敬語使わなくて良いぞ」

 

 マミの弁解でどうにか収まりが着いた見学組一行は、若干ショートヘアーの少女が不満そうだったが「暁美ほむら」に魔女を任せる事で意見が一致していた。

 そして今、「後輩」二人の後ろでマミと竜二も一緒に彼女の戦いぶりを眺めていた。

 

「しかし、図体の割にあの魔女は直線的な動きばっかだな。身体を丸ごとぶん回すとか色々戦法は流石に考えられるだろうに」

「ええと、それは多分あの魔女の性質が「執着」だからだと思います。お菓子を司るぐらいですし、「食べる」事だけに「執着」しているのかと」

「ほー。随分と物知りだな」

「全部キュウべぇの請負いですけどね。まぁ、あんな“隠し球”までは分かりませんでしたけど」

「隠し球?」

「ええ。最初は――ほら、彼処の椅子に乗っかってる赤い人形だけがあったんですけど、止めを刺したと思ったらあのデッカイのを吐き出して……危うく……」

 

 思い出して恐怖がぶり返したのか、思わずマミが竜二の左腕にしがみついてくる。

 うっかり心の傷に踏み込んでしまった彼は、慌ててすまなさそうに言う。

 

「スマン。嫌な事思い出させてしまったな」

「いえ……、あれは自分の油断が原因ですし。今後に向けて反省しないと……」

 

 マミの魔法は基本的に多様性に富むが、唯一の弱点として触媒の「黄色いリボン」を生む手順が必要になる。

 リボン単体でも攻撃は出来るが、より火力を求めた彼女は努力の末火砲を複数展開して射撃するという戦法を編み出した。

 元々保有できる魔力が多いのも手伝い、彼女は中距離を柔軟に動き回って高威力の砲撃を立て続けに放つ今のスタンスを手に入れたが、当然複雑な戦法を持てばその為の下準備が必要となる。

 火砲一発撃つだけでも「リボン生成→火砲生成→エイム(照準)→発砲」の四手間が必要で、どれだけ工程を急いでも数秒の予備動作が生じてしまう。

 また、リボン一本から一つ生み出すという手順上、銃そのものを多弾装にする事は元々不可能だった。

 普段はそれを意識して行動しているが、今に限って「仲間が出来た」という事実の所為で隙が生じてしまったのだ。

 もしほむらが来なければ、彼がほむらを解放しなければ、彼女は今頃この世に居らず、せっかく出来た仲間をいきなり裏切る羽目になる所だった。

 俯いて傍目で分かる程しょんぼりするマミから目を離し、竜二は今尚も戦うほむらの方を見る。

 

 

 先程、彼が彼女の戦いに対して遠まわしな言い方をしたのにも訳がある。

 結界の道中で、自分の力をマミ達に伝えないようにと本人から釘を刺されたのだ。

 同時に、彼女は直接的な武力を持っておらず、その為色々な方法で「重火器」を手に入れ対魔女用にコーティングして使用している、その事を態々言った上でそれも伝えないで欲しいとも言われた。

 彼女は暗に脅迫していた。

 そして彼はその要望を受け入れて、今の様な言い方をしたのだ。

 元々関わるつもりも無かった事である、全く反感は湧かなかった。

 

 

「……大したもんだ」

 

 様々な意味を込めて、彼は他に聞こえない位小さく呟く。

 腕から伝わる妙に暖かくて柔らかい感触から気を逸らすように、右手に握ったコンバットナイフを握り直しながら彼は「暁美ほむら」の戦いを見守る。

 彼も、一応は「青年」だった。

 

 

 

 一方、件のほむらの戦いは佳境に差し掛かっていた。

 魔女の方もジワジワとダメージが蓄積し、引くべきか勝負に出るべきか迷い始めている様だ。

 そろそろ止めを刺すか。

 そう思ったほむらは次の攻撃で仕留めると決断し、盾裏に右手を差し込む。

 この魔女には宛ら「包装紙を剥く」様にダメージを回復する能力がある。

 パージのタイミングは任意らしく、パージした時点で「外装」への攻撃は無効化されるので、マミの様に「攻撃の予兆がハッキリしている」タイプの魔法少女には天敵とも言える存在だ。

 それでもパージする前に「中身」ごと貫く威力を発揮できれば話が別だろうが、厄介な事に始めから「外装」である人形の時点では攻撃が全く通らないという性質もある。

 恐らく、油断を誘ってから人形から飛び出して隙を突き、例え反応できても動揺している間に一気に畳み込んで「外装」を脱ぎながら押し切るという戦闘を得意としているのだろう。知らなければかなり危険な特徴である。

 だが、知っていれば対策できる。

 外側からの攻撃が駄目なら、「中身」を直接砕けば良いのだ。

 そして、彼女の扱う武器には自作したパイプ爆弾や軍からくすねた手榴弾なども存在する。

 怪我の功名とも言うべき、相性の良い攻撃が彼女には出来たのだ。

 その口に爆弾を放り込もうと身構えるほむらの気配を、弱り切って「執着心」が薄れてきた事で魔女も察したらしい。

 慌てた様子で向きを変えて、元の「人形」の方へ向き直す。

 安全な「殻」に篭って体勢を立て直そうという魂胆だろうが、そうは問屋が卸さない。

 

「逃がさない」

 

 賺さず時間を止める。

 止めを刺すべく正面へと回ったほむらだったが、そこで行動が止まった。

 困った事になった。

 魔女の口が固く閉じられているのだ。

 これでは外装にしか攻撃できない、つまり後一歩で止めが刺せない。

 今まで相対したものとは違って、どうも今回は妙に勘が良い様だ。

 一回外装にダメージを与えて誘ってみようと、彼女は適当に爆弾を放って爆発させてみる。

 爆風を食らって大きく仰け反った魔女だが、次の瞬間には口を開いて「外装」を素早く脱ぎ捨てる。

 無傷の身体を取り戻した魔女のその大口は再び固く閉じられている。

 愈々面倒になって来た。

 今回の「お菓子の魔女」はどう考えても自分の弱点が分かっている。

 「執着」の余りに捕食以外に気が回っていなかった分、薄れた今になって悪知恵を働かせ出したらしい。

 そして、彼女の兵装では「外装」を貫いて止めを刺すだけの「火力」を生み出すのはかなり難しく、出来たとしても今後を考えると明らかにコストが釣り合わない。

 マミに頼めば確実な攻撃が可能だろうが、どう考えても声を掛けて彼女が準備するまでに逃げられる可能性が高い。

 時間を止めてその中で言えば間に合うだろうが、それでは何の為に彼に釘を刺したか分からなくなる。

 此方を見た「お菓子の魔女」が、口を閉じたまま両目を上向きの弓型に曲げる。

 自身の目論見を看破されて、明らかにニタニタと嘲笑しているソイツを睨む彼女の顔が、本の僅かに焦りと緊張で引き締る。

 

 

 

 

 

 その時だった。

 彼女の視界の端から突然黒い「何か」が高速回転しながら空を切り裂き、嗤う魔女の片眼にストンと深く突き刺さった。

 

 

 

 

 

 驚愕にその目を見開いたほむらの前で、予想外の激痛に魔女が思わず悲鳴を漏らす。

 それに直ぐ様反応して彼女の体が迅速に動いた。

 次の瞬間には彼女の体は魔女の真後ろにあり、一際大きい爆炎が魔女の口から吹き出る。

 断末魔すら上げられずに崩れ落ちる魔女の方に、だが一目も置かずに彼女は「何か」が飛んで来た方向を目で辿る。

 その先には、三人の少女の驚きに満ちた視線を浴びながら此方にしたり顔をする「部外者」の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・見滝原市立病院、自転車置き場脇物置付近。

 

「スッゴ……」

「び、ビックリしたぁ……」

 

 結界が崩れて元の世界に戻ってきた後に、青とピンクブロンドの髪の少女が口々に呟く。

 傍らのマミも本当に驚いた様子で、未だに自身がしがみついているままの竜二に恐る恐る聞く。

 

「ナイフ投げなんて出来たんですね……」

「投げナイフじゃないから殆ど運だったがな。だが上手く刺さったようで何よりだ」

 

 そんな中で、唯一ほむらだけ苦々しそうな顔付きをしていた。

 此処で自らの力を彼女達にアピールして今後の「交渉」を優位に進める足掛かりにする予定が、彼の「助太刀」のお陰で見事にご破産となったからだ。

 恐らく、魔女が逃げ出そうとし出したあの数秒間で彼女の焦りを見て取った彼は、現状とその前の戦闘から魔女の弱点を口内だと予想し、渡していたコンバットナイフを手斧の様にして右腕だけで投擲したのだろう。

 確かに、あの魔女でもいきなり目玉に大型の刃物が突き刺さればひとたまりもない。

 彼女も思わず戦慄する程の並外れた分析力と決断力に支えられた、あの一瞬においての当に「最適解」であった。

 だがそれにしても、彼等の位置から魔女までは少なくとも30mはあった筈である。

 刃渡り20cmの刃物をそこから20mは上空の僅か縦30cm程の標的に右腕の力だけで到達させるなんて、並大抵の力量では先ず不可能だ。

 改めて、彼女は「部外者」の常人離れした能力に驚愕と戦慄を覚えていた。

 と、そんな風に三人の受け答えをしている「部外者」の様子を眺めていると、不意を突く様に彼女の直ぐ足元から声が響く。

 

『彼に助けられたのに、君は余り嬉しそうではないね』

〈……そう言えば、貴方も居たんだったわね。さっきは珍しく黙っていたから忘れていたわ〉

『それは嬉しい知らせだ。念を入れて、僕の存在を(観察対象)に勘付かれない様に行動してたから。見た限り、人間の中でも特に「その方面」のエキスパートみたいだからね』

〈やっぱり、貴方もそう思う?〉

『僕だけじゃなくてマミも同じ予想だよ。彼は恐らく、君達が所謂「スパイ」と呼ぶ職業の人間だろう』

〈結界に入ったのも、もしかして……?〉

『考え難いだろうけど、可能性はまだ捨て切れないね』

 

 足元にいつの間にか近寄っていた忌まわしい「仇敵」と会話するほむらだが、その口元は全く動かず物理的な音は全く上げていない。

 魔法少女やキュウべぇのみが操れる思念による意思疎通だった。

 

『そもそも、彼が彼処に入り込んだ要因が全く分かってないんだ。単独なのか、大掛かりなバックアップがあるのかも不明。最悪、彼は「数日前の」も合わせて単に二度の「不幸」に会っただけの可能性もある』

〈分かっている事は何もない、と?〉

『名前と国籍は自分で言っていたから分かっているけどね。竜二・K・シーザー、アメリカ在住の日本人ハーフなんだってさ』

〈あれで、外国人だったのね……〉

 

 足元には目線を全く送らず、“仕事の関係”で借りているという下宿先にさっさと戻ろうとする彼を三人掛りで無理矢理引き止めている茶番を彼女は静かに眺める。

 傍から見れば四人の行動を対岸から呆れ顔で見ているような構図だったが、その瞳だけは妙に鋭かった。

 その構図を無機質な赤い瞳で見て取ったキュウべぇは、彼女にアナウンサーの様な声質で問い掛ける。

 

『で、君はどうするんだい? マミは様子見をしている様だけど、このまま彼を放置すれば君達の事が広まってしまうかもしれないよ』

〈貴方に言う必要があるかしら〉

 

 即行で突き放したほむらは、其処で始めて一瞬だけキュウべぇの方を見下ろす。

 今のが単純にマミとの不和を誘う為の言葉とは思えないし、彼の危険性を警告する為の言葉とも彼女には思えない。

 翌々考えれば、先程からキュウべぇは彼女に「竜二」の事を印象付けようとしている節がある。

 それに、キュウべぇは彼に自分の存在を勘付かれたくない様な事も言っていた。

 魔力も持たない「無力な人間」を相手にしている割には、彼等にしては随分と慎重な動きである。

 「恐らく、コイツ等は“何か”を掴んでいる」そう彼女は予測する。

 彼女に印象付けようとしているのは、その“何か”をハッキリと確かめる為に彼女を利用する為と考えて十中八九間違いはないだろう。

 その“何か”はきっと、彼等が慎重になる程「貴重」で「危険」なのだろうから。

 

 

 

「まーまー、此処は潔く諦めてあたし達に付き合って下さいよ。美少女に囲まれてお茶するなんて今時滅多に無い機会ですよ? 何か表にパトカーとか見えるし、此処であたし達が騒いで「あの方達」に捕まる方が厄介じゃないですか。ホラホラ、小動物系美少女代表「鹿目まどか」ちゃんからもこのダンディーに言ってやってよ」

「さり気なく変な称号付けてからかわないでよさやかちゃん……。ええと、でも私も、もうちょっとお兄さんの事知りたい、かな……?」

「その発言の方が更に恥ずかしいわよ鹿目さん。まあ一応誤解は解いたとは言え、この子達の根本的な「不信感」は残っているだろうし。美樹さんの言うとおり、私も此処で「騒がれて」警察に突き出されるよりは、この子達と「親睦を深め合う」方がマシだと思いますけど。それに、キュウべぇから聞いたけど竜二さん今から家に戻るだけなんですよね? 急ぎの残業もなく」

「帰還する為の糸口が全く見つからない、だと……!? 何か最後の退路も降って湧いた助言に潰されたというか、地味にキュウべぇストーカーしてやがったのかと言うか。もうこれは詰みでしかないと言うのか……!!」

 

 

 

 完全に三人に包囲されてマミの家に連行されかけている竜二が、最後の救いを求めるかの様にほむらに目を向ける。

 その顔には一切の脅威を感じ取れず、本当に少女達の悪質な脅迫に恐怖している哀れな青年にしか見えない。

 本当に、多くの謎を抱えたこの「イレギュラー」は何の目的で此処に居るのだろうか。

 何を起こしていくのだろうか。

 ……此処は奴等の手の内で踊ってやるか、そう決心したほむらは彼に対してこう言った。

 

 

 

 

 

「考えが甘いわよ貴方達。此処は喫茶店に行って彼に奢って貰いましょう」

「おおー! 転校生にしてはナイスアイデア!」

「……何でだ……」

 

 後にまどかはこう語る。

 「本当に泣きそうな顔の男の人を見るのは、この時が初めてだったなぁ」と。

 

 

 




 Chapter1 Complete!!

 次回はデブリ&ブリーフィング的な回の予定。
 歯車が少しづつ回り始めますよ。
 大学ももうすぐ入学ですし忙しくなりますが、何とか時間を見付けて頑張ります。
 では、また。



 女子にモミクチャにされる代償は金銭と場違い感と他人の白眼視。
 それでは皆さん、お手元のコーヒーを哀れな男に恵む……と見せかけて頭にカップごとダンクしてやりましょう。
 きっと、泣いて喜んでくれる筈です。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。