九月十五日 一〇〇〇 寮 秋雲
鎮守府。練兵場越しに海を臨むその部屋に、微かな唸り声が響いていた。
秋晴れと言えば聞こえはいいが、窓の外の大気は湿って熱く、むせ返りそうなほどだ。太陽も、夏本番の如き張り切りようで、焼けつくばかりの光線を部屋に注いでいる。もう九月も半ば、夏コミから丸ひと月。いつもだったら多少なりとも涼しくなっている頃である。
声の主は、ジャージ姿で床に置いたタブレットを眺めている駆逐艦・秋雲だ。彼女はタッチペンの尻をこめかみに当てると、もう一度唸り声を上げた。ペンを置き、両手でタブレットを掴み、顔の前で前後に動かす。しばらくその動作を繰り返すと、タブレットを置いて立ち上がった。苛立ちの見え隠れする足取りで、その身を窓際まで運ぶと、カーテンをひっ掴み、勢いよく滑らせた。窓から差し込む光がぼんやりとした影で中和される。座卓、座布団、タブレットといったものたちのくっきりとしていた陰影は、おぼろげな縁取りとなった。
秋雲は定位置に戻り、また先ほどのように胡坐をかくと、再びタブレットを持ち上げた。画面が灯り、作品が映し出される。バックライトの薄明りに照らされた彼女の口は、相変わらず不満げである。普段からは想像もつかない、気難し気な曲線だ。作品の納得いかない出来栄えは、彼女のアトリエを侵す不躾な光のせいではなかったようだ。
秋雲は焦っていた。
まだ焦るような時間ではない、といえば、確かにそれはそうだ。
しかし、まだ大丈夫と言っているうちも冬は近付いているのだ。こんな日が続くせいでなおさら気配を感じないが、それは近づいている。潜水艦の如く、音もなく、静かに。
彼女はこれまで、少なからぬ同胞がそれに沈められるのを見て来た。同胞といっても、いずれもツイッターでしか知らない相手だが。
――そして沈んだ者は決まって言うのだった。「当落が出てからでもなんとかなると思っていた」と。
しかしながら、秋雲はそういった者たちを愚かだと断ずることもできないのだ。彼女自身、何度となく己の招いた修羅場を味わっている。芋がおいしいから、寒くてやる気が出ないからと言い訳を繰り返したツケはいずれ必ず払わされた。
「夏と冬の間は短い」
それは誰によるとも知られず語り継がれる金言であると同時に、彼女自身が実践を通して見出した真理でもあった。
だからこそ、九月にはもうキャラクターとプロットくらいは固まっていなくてはいけない、という意識があった。意識は。しかし、冬の新作については、これはいける、というものを思いついても、いざ絵にすると、ことごとく何かが違う。
秋雲はタブレットを置いて腕を組むと、首を傾げつつ作品を眺めた。しばらくは左腋の下に運ばれたペンで不機嫌なリズムを刻んでいたが、ふうっ、と諦め加減に笑うと、タブレットとペンを座卓の上に戻し、畳の上に体を横たえた。
そのまま、物思いに沈んでいた秋雲だったが、何か思い立ったように立ち上がると、押し入れを見やり――
『連絡いたします。駆逐艦秋雲、提督がお呼びです、一〇三〇までに提督執務室に出頭のこと。繰り返します……』
大淀の声。館内放送である。
自分の名前を聞いた秋雲は、はっとした表情を浮かべたが、また作品を検討しているときと同じ表情になった。呼び出しの原因として思い当たる事柄が無いようだ。
秋雲は、しばらくはその顔のまま畳の上に転がっていたが、意を決したのか、起き上がると、ジャージを脱ぎ、出頭の支度を始めた。
同一〇二六 執務室 秋雲
「秋雲、出頭しましたぁ!」
秋雲は、執務室のドアを三度ノックし、名乗りを上げた。その身は先刻までのジャージ姿ではなく、いつもの夕雲型の制服を纏っている。彼女自身が「夕雲型の制服」と呼ぶのを憚らせている代物だが。とにかく、服装以外も普段通りで、声ははつらつとし、面持ちも例によって、なんとも言えぬ不敵なものである。しかしながら、彼女の心中は穏やかでなかった。
「あー、入っていいぞ」
それに応える提督の声は、若々しい張り、肩書に相応しい響きを持ちつつも、秋雲のとは対照的に、どこかくたびれた雰囲気を滲ませていた。その理由についてもやはり、秋雲には思い当たる節がなかった。
「おっはよーう。なになに、今日は任務ぅ? それとも書類に挿絵のご用命?」
彼女は威勢の良い挨拶とともにドアを押し、室内に上がり込んだ。何かしら怒られる理由があったとしても、秋雲に自覚がないとなれば提督も説教などはしないかもしれない。そういう算段ありきで、何も落ち度を見せないよう振る舞う秋雲。
一方の提督は、そんな思惑などどこ吹く風、執務机越しに彼女に相対すると、呆れ顔で彼女を見やった。
「そんな訳ないだろう、どうしてか胸に手を当ててよく……いや、まどろっこしいな、これを見ろ」
提督は机上の丸めた紙を拾い上げると、身を乗り出し、秋雲に差し伸べた。秋雲は小走り気味に机の向かいに寄っていくと、その紙を受け取り、くるくると広げた。A4の紙が連なっている。提督自らが、印刷したものを貼って繋げたものだ。
秋雲は、紙面をあらためると、引きつった笑みを浮かべた。
いや、笑みはいつしか消え、ただ引きつるだけとなった。
それは通販の購入履歴。品目は……。
ディルド、ディルド、ディルド、ディルド、ディルド、ディルド、なぜかオナホ、ディルド、ディルド、ディルド、ディルド、ディルド、ディルド、またオナホ、ディルド、ディルド、ディルド、ディルド、ディルド、ディルド、ディルド、コピック、ディルド、タッチペンの先端チップ、ディルド、ディルド、漫画、ディルド、ディルド……。紙を継ぎ足された先にも、そんな調子で品目が連なっている。
「釈明はあるか」
提督は、眉間にやや力を込めて秋雲に問うた。
「っ、もしかして、なんかやらしいこと考えてる? 資料だよ、資料! 次の本の! というかそれはプライバシーってやつっしょ!」
秋雲は、なんとか追及を逃れようとしている。自然な表情を作ろうと努めているのだろう、目元、眉あたりが緩んだり締まったり、寄ったり離れたりと忙しなく動いている。しかし、どれだけもっともらしい言葉を用意したところで、それを紡ぐ唇は凍えたようにわななき、その場しのぎであることを語ってしまう。
「そうだな。実害さえ無ければどうでもよかった。絵の資料が欲しいと言うからには、裸婦画だろうが、エ……成人向け雑誌だろうが、レディコミだろうが」
秋雲は顔を伏せた。提督の信頼につけこんだことを恥じ入って――ではなく、提督の口から「レディコミ」などという言葉が出てきたのを聞き、噴き出しそうになったのを誤魔化すためだ。
「何を買おうと許す気だったがな。ディルドだ。こんなにも! 照明の影を確かめたり、回転させて観察したりしたいんだろう。気持ちは分かるぞ。だとしても、一体何本チ……男根を描くつもりだったんだ」
秋雲は、写真で済ませない理由までその口から弁明させられると思っていたので、提督の物分かりが妙にいいことに不思議と安心しそうになってしまった。しかしながら、男根大好き絵師だと勘違いされたのは心外だった。実のところ、彼女はそんなに沢山ちんこを描いた訳ではなかった。それでもディルドたちは必要だったのだ。
「バリエーションが必要だったんじゃなくてぇ……こう、なんていうの? フィット感がさぁ」
「フィッ?」
顔色一つ変えず威厳を保っていた提督が、やおら素っ頓狂な声をあげた。
「うぇ?! 何考えてんの⁈ 描いたキャラクターの顔とか人柄とかにしっくりフィットする砲が無いってこと!」
提督が咳払いをする。
「とにかく、なかなかコレ! ってのが無くてさぁ~」
「それで一二七本も買ったのか。熱心なもんだな」
「一二七! 北上さんもびっくりだねぇ!」
「北上改二と大井改二を合わせてもちょっと余るな」
「あ゛、あ゛~。魚雷発射管にディルドを満載した、ファイナル北上さまだよ~。多対一の戦場で大活躍するはずだったんだけど、腕が二本しかなかったから一対一のプレイしかできなかったんだ~。ちぇっ。直列連装ディルドで、今度こそ括約させたいな~」
「じゃあないんだよ」
声真似をする秋雲を、提督が真顔で制した。一度は乗っておいて勝手に打ち切る提督に、抗議とも当惑ともつかない視線を寄越す秋雲。
「オナホ華道の後、あきつ丸に興味を示した連中に写真を送ったのは知ってるな。オナホ華道の」
「えっ、ちょっと意味わかんない……。どーしてそんなの送ったの?」
秋雲の至極まっとうな指摘を聞いてか聞かずか、提督は話し続ける。
「とにかくそれで目を付けられたらしい。やはり艦娘を性奴隷にしているんじゃないのかと」
秋雲は渋い顔をした。ように装った。実のところ、脳内では、「憲兵が乗り込んできて『事件が本当か確かめる! 身体の練度を見せてみろ!』とか言い出したら滅茶苦茶薄い本っぽいな……」などと、自室とは見違える程の捗りようを発揮していた。
「それで、何かしら足を掬われる要素は無いか検証したんだ。ここへのモノの出入り、金の出入り……そういったものを調べたらこれに辿り着いた訳だ」
納得して聞きつつも、秋雲の胸中に素朴な疑問が湧き上がる。
「わかったけどさぁ、なんでこれまで知らなかったの?」
「信用していたからに決まっているだろう。俺は一度もお前たちへの荷物を開けたことはない」
「じゃあなんで今さら……」
「時津風にオナホ華道の件を聞いたら、お前からオナホを貰ったってこぼしてな。最初はしらばっくれようとしてたが、伊良湖最中ひとつで口を割ったぞ」
秋雲は、口封じをおろそかにした己を呪った。同時に、オナホ華道なんてわけのわからないものの手伝いをしてしまったこと、ひいては、しっくりこなかったディルドを窓から捨てたことを悔いた。あんなことさえしなければ、それをダシに利用されはしなかっただろう。どうせ何に使うべきものかなんて分からないと甘く見て、バレたときのことなど考えずにそれを渡したり捨てたりした。しかしやはり密やかに、つつましく扱うべきだったのだ。
「……まあ、予告しないで履歴を調べたことは申し訳ない。とにかく連中は、鎮守府ではわけのわからん……いや深い訳を説明してやればわからなくはないだろうが……オナホ……遊び? とにかく、女の姿をしたものをオナホと並べて愉悦に浸る、下衆な道楽が流行っていると思っている。思い込んでいる。物の流れから店を特定して、履歴を辿るくらいのことは造作もないだろう。そうなったら俺は終わりだ」
「お、終わり?」
徐々に深刻さを増しているとは感じつつ、また杞憂だろうと済ませていた秋雲も、提督が身の破滅に言い及ぶにつけ、初めて心胆を寒からしめられた。
「鎮守府削減の恰好の口実にされる」
「……?」
短兵急に、提督が彼の抱える危機感の本質を話し出す。
「おそらく、俺たちはこの戦いが終わったら間違いなく段階的に減らされるべき存在だ。艦娘の指導・指揮、鎮守府運営。そういったもの以外に能が無い、それでいて数だけは多い司令官を、深海棲艦の脅威が消えてなお国が抱え込む理由はない」
秋雲はピンとこない様子で、視線を反らした。
「それに、俺たちは『女の子に武器を持たせた上、なんだかいかがわしい格好をさせて侍らせてるやつら』と思われても仕方ない身分だ。鎮守府の外に内情が暴露されれば、醜聞的に取り上げられるに決まっている。そうなれば、軍上層部にとって、お取り潰しの理由としてはお誂え向けだろう」
「うーん、まぁそういうこともあるかもしんない、かなぁ……」
やや上の空で返事をしながら、「なんだかいかがわしい恰好」に該当しそうな艦娘を想像する秋雲。とりあえず提督は、潜水艦の普段の格好がバレたら、実家の敷居はまたげなくなりそうだ。そんなことを考えていると、提督の実家はおろか、家族構成すら知らないことに気付いた。今尋ねるべきことでもないので、胸に留め置いたが。
「まずいだろう」
「まずいかなぁ……?」
秋雲は正直なところ、それこそ数えきれないほど増殖した鎮守府で、この鎮守府だけが槍玉に挙げられるほどのこととは思えなかった。が、提督が真剣に頭を抱える様子を見て、加えてその原因となった己の所業を省みて、その思案に水を差す気にはならなかった。
それからは、お互いに何も話さなかった。執務室が、辛気臭い沈黙で満たされる。
提督は、数分の間、これからすべき行動について思索を巡らせた。一方の秋雲は、いかなる醜聞が週刊誌やネットニュースを賑わすか考えた。そのうち、「アダルトグッズの魔窟! 鎮守府はチンシュ婦の園だった!」というお下劣極まる見出しを思いつき、本文を想像し始めた。提督には申し訳なく思いつつも、常軌を逸した捗りように我ながら恐ろしくなる。冬の新刊のネタは纏まらないのに。
「……秋雲、お前、本の筋書きも自分で考えてるんだよな」
何を思いついたか、提督は重々しく口を開いた。
「んん? まぁね、秋雲さんは絵が本業だから話はついで程度の力量かもしれないけど……」
「その想像力を買ってだな、何かこの明細を正当化する方法を考えてくれ。俺がこの大量のディルドを艦娘に使っている、という疑惑が出たらかなり不味い」
いきなりの依頼に、秋雲は部屋でしていたように、こめかみに手を当て始めた。彼女としても、想像力は買ってくれて問題ない。現に今だって、妄想に浸っていたのだから。
「うまくやったら今回のことは不問にしてやる、今日一日、なんとか方法を考えてくれ」
「今日中? 何たるクリエイター軽視!」
「自分のしたことの責任を取れと言っているだけだ」
唐突な注文に不平を漏らした秋雲だが、有無を言えた身分ではないという事実を突きつけられただけだった。提督もそれ以上は語らず、秋雲に退室を促した。
黙って提督に背を向け、部屋を後にしようとする秋雲。
「……あ、そうだ! 提督も飲んだの? ディルド茶」
だが、秋雲は執務室の敷居をまたぐ直前に振り向き、思い出したかのように提督に尋ねた。その目は提督の顔ではなく、少し向こうの壁に焦点を合わせているように見える。健康的な、白く艶めいた頰も、何故だか、なんとなく紅潮して見える。
「ん? ああ、点てる人によって千差万別だったが、まあ、普通に抹茶だったぞ? でも全体的になんかこう……なんとなく、うーん、に、香り高いというか、ほんのり塩辛いというか……まあ、抹茶の味の違いは正直よくわからないし、別にただの抹茶だったが」
「……しょっぱい?」
怪訝な顔をし、提督に再び問う秋雲。今度は提督をまっすぐ見据えている。その顔は提督を責める風ではなく、心なしか、領収書を見たとき同様引きつっているように見える。
「いや? 普通だったと思うが」
提督は、秋雲の顔を不思議そうに覗き込んだ。提督からすれば、元凶であるところの秋雲がディルド茶道に興味を持つことに合点がいかない。一方の秋雲は、その返事を聞くと、またいつものような堂々とした不敵な笑みを浮かべた。
「……だよねぇ! プラスチックが味するわけないし!」
秋雲は、それだけ言い終えると、執務室を後にした。口元には笑みを浮かべつつも、心なしか血の気が引いていた。
秋雲が去ったあと、提督は、どことなくあたふたした秋雲の様子を述懐し、酷に過ぎる指示を出したのではないかと良心の呵責に苛まれた。しかしながら、今回のことは秋雲の野放図な買いこみだけを責めても仕方ないとも感じていた。鎮守府運営にこのような歪みが生まれてしまうのは、艦娘たち各々の楽しみを守るべく、規律を少しばかり捻じ曲げてでも自由にさせようとしていた、己の甘さと独断にもよるものである。そう結論付け、情にほだされて秋雲に理解を示しかけた己を戒めた。
当の秋雲はそんなことなどつゆ知らず、提督がさらっと述べた、「塩辛かった」という感想を延々と反芻し、顔を赤らめ悶々としていた。
九月十六日 一〇〇〇 執務室 秋雲
秋雲は、果たして執務室に呼び出されていた。しかし、神妙になるどころか普段以上のしたり顔で、意気揚々と上がり込む。
「はーいお待たせ! 呼ばれて飛び出て秋雲さん!」
ノックをしたままの勢いでドアを開け、慣性に任せ、飛び込むように提督の前に直った秋雲。しかし、彼女の上機嫌ぶりに反し、提督は遠洋航海から帰ってきたかのような、げっそりとした顔つきである。
「んー提督? どったの? そんなんじゃ発表できないじゃん、秋雲先生の革命的レボリューションまたはコペルニクス的ソリューション」
「ああ……お前は天才だよ……」
提督は俯いたまま、溜息に声を乗せただけ、とでも表現できそうな、投げやりな返事をした。
「いやいやいや、それは秋雲ジョブズのプレゼンを見てからにしなよ。ほら、準備もバッチリ」
そう言いつつ、どこからともなくタブレットを取り出す秋雲。提督は死んだ目でそれを見ている。
「つまるところ提督が大量のディルドで艦娘をヒイヒイ言わせていると思われるのが問題なのであって……」
秋雲が、わけのわからない背景――稲妻なんだか、爆発なんだか、とにかく効果が重ねてある――に、縁取りも立体も影も施されたやかましい字で「提督救済プロジェクト」と書かれた画面をスワイプすると、画面がイラストに切り替わった。筋肉質で浅黒い肌をした白い制服の軍人――髪型など、どことなく対面した提督に似ていなくもない――が、邪悪な笑みを浮かべている。その手がディルドを握り、突き出されたスカートに覆われた尻の中に差し伸べている。責められている側の女は顔が入り込まないように描かれているが、誰なのかはスカートと部分的に画面に収まった後ろ髪の色で明らかだ。そんな煽情的な画面を見せられつつも、提督は死んだ目つきで、どこか遠くに焦点を合わせている。
秋雲はそんなことお構いなしにスライドをスワイプさせた。
「だから、ディルドはもっと別の要素に使われていると納得させればいいわけなのだ! で、何をするかというと……ディルド茶道! ダメダメ、そんなの頭の固い憲兵さんたちにわかるわけが……」
「それが、これってわけか?」
提督は、執務机の上にあった紙片を、秋雲の足元に投げてよこした。
昨日の明細の頭、最新のページだ。並んでいるのはディルドばかりだが、その先頭に別の商品が増えた。写真はディルドそっくりだが、根本にベルトのような、幅広のゴムのような、何か帯がついている。
「あちゃー。台無しだぁ、サプライズが」
残念そうなことを言いつつも、顔は相変わらずのしたり顔で次のスライドをめくる秋雲。先ほどの提督(のような者)が四つん這いになっている。顔を伏せているので表情は分からない。しかし、床には、口から垂れている涎と思しき液体で水たまりができ、その責めの凄絶さを見て取れる。その後ろには、責めを与える者――もったいぶる必要もあるまい。明石が膝立ちしている。その表情は、実際の明石なら決してしてしないような、下卑た快楽が滲んだものだが。
「とまあ、これで提督が鬼畜という路線での攻撃は……」
「それは、おかしいだろう」
「いやー、あんまり理解を超えた奴には関わる気も失せるかと……そのへんってデリケートな話だしね?」
目を逸らしつつ、頭をかく秋雲。彼女は、これを聞いた提督と「もう連中も寄り付かんだろう! ガハハハ」などと笑いあって一件落着、の筈だった。しかし、彼は目の前で生ける屍のように脱力し、日にちの経った生卵のように、べしゃつ、と机に突っ伏している。
「さすがに今回は無理だ……おしまいだ……」
彼はただ、ぼうっと執務机を見つめ、うわごとのように繰り返している。
「えー、あー、提督?」
秋雲は提督の顔をのぞき込もうとした。
「わかった、後の始末はつける。もう帰れ、秋雲……」
秋雲は、まだ終わると決まっていないと励まそうとも、一緒に対応を考えようと言おうともした。普段の提督なら「お前の言うことじゃないだろう」などと突っ込んでくれるところだ。しかし、そんな余裕は無いらしい。提督の纏う鬱々とした雰囲気に耐えるのが息苦しい秋雲は、何も言えずにそこで見ていた。待っていても、提督は微動だにしない。
もう何度かその顔色を窺おうとした秋雲だが、いたたまれず、静かに扉まで戻ると、音を立てないように扉を開けた。そして、後ずさりするように部屋を後にした。
扉が完全に閉まるまで、提督はやはり微動だにしなかった。
秋雲は、まだふざけて済む程度の話なのだろう、と、深刻さの見積もりを誤っていたことを悔いた。一方で、こんなことが、提督の言うような、艦娘運用機構そのものを揺るがす大問題に発展する筋書きは思いつかなかった。それにつけても、冬のネタはないものか。