バイブ書道   作:プリン

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バイブ書道 15

十月一九日 一六四九 秋雲居室

 

 焦燥感の性質が悪いのは、心中に湧き上がるそれが己の責任感を実感させるところ、それを定量的に把握することが困難であるところだ。

 

 例えば、誰か(甲としよう)がXという業務を引き受けているときに、Yという業務を依頼されたとする。このとき、Xによる多忙を理由としてYを断ったが、実際のところXに時間を割いてはおらず、進捗もない。そのくせ、Xによるストレスの解消だなどといって、Z1だのZ2だのという娯楽や些末事に時間を費やしてしまう。結果、どんどんXの締め切りが近付いてくる。こういう経験はあるのではないだろうか。

 

 このような事例で、「Xに時間が必要だ」というのを理由に「業務Yを断る」ことを正当化しているのは、Xの所要時間、所要作業量ではなく、甲がXから感じている焦燥感ひいてはXから受ける被拘束感である。甲がYを引き受けることは理論上可能(「理論上」、というと机上の空論であるが如き印象を与えるので、「実際は可能」としたいところだが、実際に作業する場合には体力や精神力、ストレスといった諸要素の影響も考慮せざるを得ないので、やむなく「理論上」とした)であっても、Xが忙しいという主観的、非論理的な要因によってYを断ることができてしまうのは、甲が焦っているのは甲の主観においては事実だからである。

 

 事務所や職場での場合など、業務内容および各業務の進捗を、依頼する側、される側の双方が完全に把握できる仕組みがあるのであれば、焦燥感を原因とする問題は発生しにくいだろう(し、そもそもここで述べる論をあてはめるのは適さないであろう)。しかし、友人同士の頼まれごと、それこそ同人活動などでは、焦燥感によるトラブルは発生しがちである。また、甲が先の例におけるZのような雑事に耽っているのを依頼者に見られて、甲が信用を失うという事態も発生し得る。

 

 長々と書き連ねたが、要はスケジュール感と信用の問題であり、最終的にⅩをやりおおせて約束を守り、Yを断るデメリットを甘受するのであれば甲には何の落ち度もない。

 

 そんなことはさしもの秋雲先生だって理解していた。しかし、彼女もまた、その大きさも強さも把握できない、もののけのような焦燥感に駆られているのであった。

 

 彼女にとって果たすべき業務であるところのXは、出撃・演習等、いわば鎮守府の仕事だ。陽炎型である彼女は、そこそこの性能を持っている自覚があったし、二、三年の出撃経験があるのも相まって、戦力として数えられていた。「別に一線で活躍し続けなくても、絵が掻ければいい」とは本人の言だが、戦わない艦娘は、造られた、あるいは拾われた理由を手放すことになりかねない。また、戦うことが艦娘の本分であるという視点は、その視点自体に異議を呈する者もある(秋雲の提督も、これに異を唱えているようであるが、その説明はさておく)とはいえ、艦娘の理解としては主流である。予備戦力として半ば悠々自適の生活を送り、錆びつき朽ちていくことを自ら受け入れる艦娘は、異常とされた。同僚の艦娘たちからは特に個性的、クセが強い、変人と評される秋雲だったが、戦意は保っており、この視点からは「正常」であった。とにかく、戦うことは必要である。

 

 同人活動もまた、Xである。艦娘・秋雲が、イラストや漫画などに関する知識を持って建造されたのは、基となった艦の逸話が、艦娘となるに際して「絵」についての要素まで拡大されたからだと推測されている。彼女は、建造以来の興味関心から、現代の作画ツールや発表方法を貪欲に吸収した。今や、デジタル作画により制作した同人イラストを、SNSやイベントを通じて発表するまでに、現代に適応している。

 

 そして、彼女は現代のアマチュアイラストレーター、いわゆる「絵師」であることを誇りとしていた。兵器ではない己の拠り所を、この行為に求めていた。

 

 彼女は「秋雲」である。それが、彼女が正真正銘、駆逐艦・秋雲の生まれ変わりだという意味なのか、深海棲艦を滅ぼすべく運用される「艦娘」として、駆逐艦・秋雲の艦歴や立ち位置を背負って建造されたという意味なのか、それとももっと別の意味なのかは、彼女自身にも定かではない。とにかく、彼女が人の体を持っている理由、海で戦うためだけに存在している訳ではない理由を、作品を制作し、発表する行為によって確かめようとしていた。彼女が二本足で歩くこと、食事を摂ること、服を着ること、笑うこと、泣くこと。それらが煩わしくも愛おしいものであり、無意味ではないと信じ続けるために、彼女は描いている。そういう意味で、戦うこと以上に必要なことである。

 

 秋雲自身にとっては。

 

 どちらも大事、という考えは、提督や同僚にも理解されており、彼女がきちんとどちらもこなすこと、彼女自身が付き合いやすい人格を持っていたことから尊重されてすらいた。その結果が、一人部屋の割り当てや、画材、機材の支給である。もっとも、一人部屋になった理由は、艦級が分類しにくく仮に住まわせているうちに、秋雲の支給品や家具が増えていき、なし崩し的に正式な割り当てになったからだとも言われているが。

 

 兵器としての存在意義の維持と、人間としての存在意義の確立。もちろんどちらも必要である。相矛盾もしない。でも、一方が一方を侵食することは大いにある。

 

 姉妹との付き合い。先に述べたように、秋雲は、陽炎型か、夕雲型かはっきりしていなかった艦の経歴に鑑み、両者を折衷した特徴を持った艦娘として建造された。そして、艦娘は、姉妹艦に実の姉妹としての情を持って建造されてくる。したがい、秋雲は二つ姉妹に属していた。どちらも姉妹にも愛着があるゆえに、どちらも断てずに居た。

 

 同じ部隊に所属していた艦にも、「特に仲のいい友達」程度には愛着がある。だから、五航戦の面々、瑞鶴、翔鶴、朧とは仲がいいし、夕雲型の中でも第十駆逐隊、特に巻雲とは付き合いが深く、イラスト関係を手伝ってもらっている。

 

 他にも、建造された時点で仕込まれている人間関係、もとい艦娘関係はいろいろあるが、秋雲はどれも無碍にしなかった。

 

 しなかったが。

 

 待ってくれない締め切りに対して、やらなければいけないことが多すぎた。そして気晴らし、章の冒頭にZと示したものである。Z1、芋。食欲の秋、焼き芋がうまい。Z2、漫画。気晴らしになって絵の勉強になるから大丈夫。Z3、Twitter。流行の把握にもなる。流行に媚びて儲けたいわけじゃないが、好みに合わせないと手に取ってもらえなくて、発表する意味がない。Z4、落書き。描くという行為を続けるためには、そのとき描きたいものを描かないと。そんなものたちの、抗い難い誘惑。その甘美な囁きは、焦燥感が強くなるに合わせて、大きく聞こえてくるのであった。

 

 まさに今、秋雲は囁きに身を任せようとしていた。

 

「布団が……布団が秋雲先生を呼んでいる~……。うん、ちゃんと寝なきゃアイデアは出ないもんね……」

 

 彼女は同人誌を描かなきゃ、描かなきゃと思っていても、「今は描けない」「今は描くべきときではない」「もうこの辺までアイデアが出てきてる」「陣痛がする」などと言い訳して、気晴らしをしてきた。そのくせ、秋雲本人が「したほうがいい」と思っている人付き合い、同人活動以外にすべきことである出撃は、同人誌を描かなきゃと思っているばかりに身が入らなかった。

 

『何言ってんの! そうやっていつも言い訳してぇ! とにかく手を動かす! 筆を取って描く!』

 

「ま、巻雲? いや、描くための体調管理……違う、巻雲が居るわけないもんな、疲れてる、疲れてるんだよマジで~。寝れば治る、いや、寝られない、ん?」

 

 秋雲が聞くのは、想像上の巻雲の声。脳内に巻雲が現れてしまう理由は、秋雲自身が己の体たらくを律しようとしているからに他ならない。そして、脳内巻雲が語る内容は、秋雲自身も理解していることだった。

 

 秋雲はイベントに参加し続け、もう、同人作家としては堂に入ってきたところだ。経験はある。時間の見込みも立つ。だからといって、躓くことなしに工程が進められるわけではなかった。

 

 ときに、指揮官として必要なのは、部下が無能であることを計算に入れて作戦を立案することである。実際に有能な部下を持つか持たないかとは関係ない。計画を立てるときは、部下の能力を悲観的に予測すること、期間の幅に遊びを設けること、出力が期待通りでないのを見越して、修正に要する期間を計算に入れることなどが必要である。しかし、秋雲は指揮官ではなかった。指揮官として評価するなら、寛容さは責任感の欠如と言い換えるべきである。また、天啓のような、彼女に言わせれば「電波を受信するような」アイデアを追いかける姿勢は、計画変更の原因にもなりがちなので、指揮官としての才能は皆無だとすら言えた。

 

 戦闘においては、提督が居るから問題ない。しかし、同人活動においては、秋雲自身が己を指揮監督しなくてはならない。秋雲はそれにも薄々気付いていた。一方で、彼女にとっては存在証明である同人活動も、同僚からすれば趣味や道楽でしかない。それも秋雲は理解していた。だからこそ、助けを求めるのは、いつも危険な状態になってからだった。

 

「まだだぁ、まだ巻雲も風雲も頼らないよ、秋雲先生は……今度こそ秋雲先生一人で完成させるんだ……」

 

 己の性への理解、同僚の心情への配慮、そしてプライドで睡魔を振り払う秋雲。しかし。

 

「芋……食わなきゃ腐るし……食おっと」

 

 一つの誘惑を逃れても、次の誘惑が待ち構えている。秋雲のために最適化されたその部屋は、秋雲の意思を萎えさせ、欲望を肥大化させる。もはや身じろぎするだけで「気晴らし」たちが囁く、悪魔の巣である。

 

「あーうめぇ……裏紙に落書きして、それで焼き芋を作る……エコロジーの極みよ……。しかも今年は陽炎型も夕雲型も焼いてたし……芋をくれる地球への恩返しは十分……はむっ……」

 

 数日経った芋を頬張る秋雲。部屋に缶詰になるためと言って持ち込んでいるが、実際のところ惰眠を貪るばかりで、食堂に行く間もないほど作業し続けている訳ではなかった。

 

「なんか、食べると眠いな……。やっぱり、寝よ」

 

『秋雲のバカぁ! どうせまた巻雲を頼ろうとしてるんでしょ! 今年は手伝ってあげないよ! ほらペンを取る!』

 

「ああ、そうだ、とりあえずペンでも握るか……」

 

 脳内巻雲の指示に素直に従う秋雲。しかし、秋雲のにわか仕込みのやる気を挫くものは、誘惑だけではない。起動した液晶タブに、秋雲よりやや大人びた駆逐艦娘が映る。

 

「あ゛‌っ、やばい、これ来週までに提出だっけ」

 

 普段からの仕事以外にも、責任ある仕事というのはある。秋雲は、提督からちょっとした依頼を受けていた。それが、今表示された改装設計図の挿絵である。大変な仕事ではないと思って引き受けたし、艦船と人物を描くのが得意な秋雲は、そう苦戦しないと考えていた。

 

「まあ、下描きくらいは仕上げたほうがいっかな……」

 

 そう思ってペンを取るも、やる気がしない。楽しそうだと思って引き受けても、動き出すと気乗りしない。そういうこともある。

 

「ああもう! 昼寝しよ」

 

 気勢を削がれ、気晴らしに囁かれた秋雲が、布団に身を任せようと倒れ込んだまさにその時、引き戸が叩かれ、軋みの混じった音が響く。一度二度三度。

 

「は~い! 誰~?」

 

「俺だ、上がってもいいか」

 

 嘘ぉ、と心中で叫びつつも、寝転んでできた制服の皺や、乱れた髪を直そうとする秋雲。

 

「えと、凄く散らかってるから、夜這だったら別の日でお願い! 寝るスペースは無いよ!」

 

「そんな訳あるか! この間依頼した件でな」

 

 この間にも、万年床を折り畳んで部屋の隅に寄せる。

 

「もうちょい、もうちょいで開けるから」

 

 時間稼ぎをしつつ、作業机の鏡で顔を見たり、制服が臭わないか確認したりする秋雲。顔は相変わらず美しすぎる同人作家、秋雲先生だ。服もちゃんと柔軟剤の香りがする。足元に、潮に揉んでもらったときのディルドが転がっているのに気付いて、畳んだ布団に挟んで隠した。布団で封印されていた臭いが目覚めたのか、かび臭いような気がするので、とりあえず制汗スプレーを空中に撒いたら、部屋がくどいくらいに女の子の匂いになった。品が無い気もするが、秋雲はこれでいいかと妥協する。

 

「はいお待たせ、上がって上がって」

 

 許すと同時に、提督は戸を開け、靴を脱いで上がり込んできた。

 

「例の件、急に頼んで悪かったな」

 

「いいよいいよ~、どうせ簡単だと思うし、これ基にしていいんでしょ」

 

 秋雲が見せるのは、先ほど画面に映った長波改二の絵だ。

 

「そこでさらに折り入って話があって」

 

「なになに~? 仕様変更は勘弁してね~」

 

「他の絵も描いて欲しくてな、改装設計図の挿絵。また、架空の改装を施した艦船の艦娘、みたいな趣になるかと思う」

 

「へぇ……どんなのが」

 

「まだ決めてないから言えないんだがな」

 

 改二は、改装される艦娘にとって大きな関心事だ。

 

 己が名に負う艦船に目立った活躍が無い艦娘は、改二も期待できず、可能性の限界を強く実感していた。この諦観による艦娘の士気の低下が問題視された。そこで導入された改装設計図に基づく改装は、「名に恵まれない」艦娘にとって、改二の可能性があるという希望となった。同じく提督にとって、そういった艦娘を手元に置く動機にもなった。艦娘は、新たな改装に一喜一憂した。

 

 ほかに、提督の艦娘の新たな装いへの(下世話な話、着せ替え人形的な)興味を、訓練・教導の動機付けにしようという上の目論見もあったのだろう。

 

「拡張海域も期間限定海域も無限じゃないし、大型艦から改装を申請していくことにはなると思う」

 

 実際、設計図の配付は強力な動機付けとなり、提督は拡張海域の攻略に邁進した。次の設計図獲得のため、高難易度海域を攻略する鍵となる大型艦が、優先的に改装されていった。

 

「あ、そうなの? 秋雲先生改二はいつなのよ」

 

「残念ながら、お前には図面すらまだ無い。改二実装を具申してみてもいいが……相当後回しだろうな、うちみたいな末端の要望なんて」

 

「え~? ケチ臭いぞ提督ぅ」

 

「具申するにしても、その中でさらに後回しだろうな」

 

 後回しということは、図面が用意されていない中に、先に改二にしたい艦娘が居るということだ。しかも、実力や史実からでない希望。それは艦娘自体への個人的な興味なのではないか。そう理解した秋雲が浮かべた微笑みに、先ほどまでの焦りは見る影もない。

 

「じゃ提督は誰の改二が欲しいのよ」

 

「……漣だな。息の長い連中を活躍させてやりたい」

 

「お、漣ちゃん好きなんだ~? 本人に言っとくね」

 

「中学生じゃあるまいに。真面目な話、あいつの諦め具合はなかなかのもんじゃないか」

 

 自分は戦力としては大したことがない。漣の、古参という立場への自覚、だからこその現状への倦み。彼女が言葉にしなくとも、提督はそれとなく感じていた。

 

「へぇ、漣ちゃんのことをそんなに気にかけてたなんて……ちょっと捗るかも。ネタに使うかもね~。でも、諦めムードは提督が他の子ばっか構うからなんじゃないの?」

 

「痛いところを突くんだな」

 

「気付くよそりゃあ、秋雲先生は同じコマに居る二人には関係性を見出す女だよ」

 

 それは観察眼とは関係ないだろう、と突っ込もうとするも、己に非があるのを認める提督は、その言葉を飲み込む。

 

「で、実際に改二を作るとして、何かあるのかな。煮ても焼いてもそうはならない、って改二は無いだろうし」

 

「漣は対地砲撃を行ったらしいから、対地攻撃に重点を置くとか」

 

 提督が話し出すと、秋雲は背を向け、机に積んであった紙を取り、ボールペンを拾い、話に頷きながらペンを走らせる。提督が「ただの願望だぞ」と気恥しそうに制しても、いいからいいから、と、さらに願望を披露するよう勧めた。

 

「いや、本人が言ってるみたいに艦歴がパッとしないし……」

 

「材木積んでたのが役に立ったらしいし、材木持たせない?」

 

「アホか。でも、千歳とかのカタパルトみたいな長物があると恰好いいよな」

 

「お、少年の心が息を吹き返したか~?」

 

「最初から死んでないが」

 

 それはそれで情けなくないか、と思いつつも、なんとなく親近感を覚えた秋雲。ペンを走らせると、しゅるしゅるとボールペンが紙を擦る、アナログ作画の音が部屋を満たす。秋雲も、ここ一カ月ほどデジタル作画にかかりきりだったので、この音、この手ごたえに不思議な満足感を覚えた。

 

「でもこっからは女の子の世界だよ、衣装!」

 

「漣はフリル好きだよな。正直、今の改造制服でいい気もするが」

 

「じゃあ潮ちゃんに寄せつつ、フリルは維持って感じで」

 

 近頃頻繁に会っていたから、潮の衣装は記憶に新しい。鉢巻を描こうとした秋雲だったが、あれは部隊の揃えだったことを思い出し、スカートに合わせてフリル付きのヘッドドレスを描こうと思った。でも、そうするとツインテールを諦めざるを得ない。初めてペンが止まった。

 

「頭どうしよ。 ヘッドドレスがいいと思ったけど、そうするとツインテが目立たないよね」

 

「今の髪留めもやめたくないだろうしな」

 

 暫く考え込む二人だったが、どちらともなく出した案で意見がまとまった。ヘッドドレスを地味目で小さ目にし、今のアクセサリはそのまま。秋雲は、フリルをあしらった細目のカチューシャのような髪飾りを描き込んだ。

 

「あと、うさぎ。あれ、遠隔攻撃に使えないか。初春だって砲飛ばしてたし、いいだろ」

 

「おぉ~夢が広がるわ、捗る捗る」

 

「砲を持って支援するだけでもいいけど、なんか細工があるといいよな」

 

 その言葉を聞くと、秋雲はまたニッと笑みを浮かべる。その熱中ぶりに、提督は期待を膨らませる。

 

「缶バッジももちろん維持して、他は特にないかな」

 

「いややっぱうさぎでしょ、朧ちゃんのカニとか、曙ちゃんの鈴とか、潮ちゃんのシールとか、ああいうのは愛着湧くって。いっそ増設しよう」

 

 もはや、提督の進言など関係なく描き続ける秋雲。

 

「完成! 名前は希望が無いなら秋雲先生が命名して進ぜよう」

 

「何だ、改二じゃないのか」

 

 期待と不安が入り混じった目で秋雲を見る提督。

 

「改二なんて直球なネーミングは、素直じゃない漣ちゃんには似合わない! ギリシャ文字のχ(カイ)から転じて(エックス)! 改二だから漣XX(ダブルエックス)!」

 

「……は?」

 

「ダメ?」

 

 振り向き、上目遣いで提督に尋ねる秋雲。提督の目は、キラキラ輝いている。

 

「かっけえ……」

 

「でしょ、ほら、刮目せよ!」

 

 秋雲が見せつけた紙には、でかでかと漣XXの題が記されている。

 

 中央には、ウインク……に見えるが、左目を閉じ、右腕の砲の狙いを定めている漣。衣装は先ほど合意した通りで、絵になるとますますアキバ的メイド感に溢れている。その両肩には長大な砲身が伸び、砲口をこちらに向けている。添えられている文字は「これで基地ごと島を消滅させる」と書いてある。前言通り、正面を横切るように砲が飛んでいる。兎が乗っているが、操縦でもしているのだろうか。驚いたことに、後ろにはその砲が隊列をなして控えているように見える。

 

「いやーやってやったわ。超かっこいい」

 

 したり顔の秋雲を、提督がじっと見る。ニヤニヤとご満悦の提督だったが、秋雲に掛けられたのは、意外な言葉だった。

 

「やりすぎだろう。というか、漣の改二を具申するとも限らないし」

 

 真顔に戻った提督は、絵を机に返した。

 

「とにかく、依頼した件は予定通り今週中に頼む。……あと、やっぱり今の絵は貸してくれ、コピーをとりたい」

 

 返した紙をまた取り上げて、提督は秋雲の部屋を後にした。

 

 想像上の艦娘を、仕様に忠実に、作画の嘘に頼らないように描くのはかなり骨が折れる。今の落書きで調子に乗った秋雲がそれに気付くのは、翌日のこととなった。

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