バイブ書道   作:プリン

18 / 30
バイブ書道 16

十月二〇日 一四二二 執務室 若葉

 

 配管の中も少し涼しくなった。そろそろ、秋と言って良さそうだ。

 

 最近は諜報も慣れてきた。そろそろ、エージェントに相応しい実力が身についたと言っていい筈だ。この間の風呂の件以来、侵入したらとりあえず中から鍵を掛けるようにしているからな。退散する前に開けるのを忘れなければ、若葉の行為が露見することはない。大丈夫だ。

 

 それに、提督執務室はへの侵入にも慣れた。管内にワイヤーを括って、フタを外し、飛び降りる。ワイヤーには十分余裕がある。以前は伸ばし忘れて宙づりになったこともあるが、もう大丈夫だ。

 

 書類の記録。「デジタルカメラ」というのは、便利なものだ。磯波に教えて貰うまでは、全て手作業で転記していた。一晩あれば済むとはいえ、非効率的だし、手が疲れる。文明の利器はいい。次の書類で終わりだ。と、物音。

 

 ノックだ。来たのは提督ではないのだろう。

 

「提督か? 今日は留守と聞いているが。いつ戻ったんだ」

 

 長門か。これまで遭遇せずに済んだのに、ついに鉢合わせてしまったか。まあ、念のため鍵を閉めておいたのが役に立ったな。

 

「おい、誰だ、悪戯をしてるのは? ここに用事があるんだ。怒らないから、鍵を開けてくれ」

 

 怒るなどの問題ではない。このままではすぐに入られる、きっと合鍵があるだろうからな。この書類は持ったまま逃げるしかないか。きっと、すぐに返せば問題ない。封筒と、添えられていた書類を懐にしまい、通気口の直下へ戻る。ここからよじ登るのがまた大変だ。

 

「おい、十数えるまでに開けてくれなければ、こちらから開けるぞ。十、九……」

 

 ワイヤーを自動で巻き取る道具があれば、いくらも早く作業が済むのだが。もっとも、ワイヤーを伝っていくのも慣れた。もう通気口に手が届く。

 

「八」

 

 こうして隙間に身体をすべり込ませるのは、まさに映画さながらだ、悪くない。

 

「八」

 

 七ではないのか。悪童に言い訳を考える暇を与えているつもりか。数えられるのもスリルがあって悪くないが、いつ進むかわからないというのもまたスリルがある。悪くない。ももうフタを締めれば終わりだ。

 

「艦! 隊!」

 

 ベキイ! と、音を上げ、ドアが破壊された。成程、戦艦級には鍵も意味をなさないのか。……防犯上、大いに問題がある気がするぞ。

 

 身は隠したものの、下には長門が居る。フタのズレに気付かれたら不味い。だが、音を立てるのも不味い。どうしたものか。

 

 とはいえ、フタを閉める緊張感も悪くないのではないか。ならば、閉めるべきだ。

 

「誰も居ないのか。誤作動なら、いずれ鍵は交換だな。丁度いい」

 

 誰に話している? 独り言ならいいのだが。とにかく、長門の警戒は緩み切っている。今やっても、聞きつけられはするまい。押すぞ。

 

 ギシ……。

 

「何だ?」

 

 ……聞こえている? 索敵の適性からなのか。とにかく、これは逃げた方が良さそうだ、しかし、逃げ出そうとすればその音で見つかるかもしれない。どうする……? 

 

「配管がネズミの廊下にでもなっているようだ。ここも、見えないところの掃除をした方がいい。電気系統をかじられると危ないと聞いている」

 

 独り事が長いな。喋るのに合わせてなら、動いてもバレることはあるまい。よし、一歩、二歩。

 

「しかし、近頃は私が整えても、書類は散らかってばかりだ。提督も、その辺りの無精は改めたほうがいい」

 

 まさか、書類を奪っていたのはバレていたのか? いや、そんな事を聞こえるようには。まさか、聞こえるように話しているのか。若葉に。

 

「お前もそう思うだろう?」

 

 血の気が引く。そんな筈はない。だが、「誰かが侵入していた」で済むくらいなら支障は無い。逃げおおせる。音などに構うものか。

 

「おい、逃げるのか」

 

 長門、完全にこちらを捉えている……? 

 

 任務最大の障壁は、この戦艦なのか。木曾は、こんな化け物とどう戦う……? 

 

 

 

同一四二五 執務室 長門

 

 

「長門、どうしたの? 騒がしかったけど」

 

 陸奥に問われ、返答に窮する。

 

「何、ドアが壊れてるじゃない。ダメよそんな荒っぽいことしたら」

 

「いや、内側から鍵がかかっていてな。誤作動だったらしく、やむなく鍵を壊した」

 

「あら、ここも何年目だったかしら。いろいろガタが来てるわよねぇ」

 

 話していたことを聞かれていたわけでは無かったらしく、安心する。しかし、一抹の寂寥を感じ、つい独り言つ。

 

「どうやら、私はネズミにも恐れられるらしい」

 

「何があったか知らないけど、気のせいよ」

 

 励ましてくれた陸奥に、フ、と笑みを返す。

 

「では、早速手伝ってくれ。書類を運ぶぞ」

 

「いいけど、これ、何に使うの?」

 

 興味ありげに問いかける陸奥は、引っ越しでもすると思っているのだろうか。だが、そんな訳はない。娯楽のような催しだ。

 

「これで芋を焼く。きっと皆喜ぶだろう。機密は混じっていないのを確認したから、心配することはない」

 

 会場とする予定の、練兵場。木枯らしに吹かれ、落ち葉が転がっていく様は、妙に物寂しくもある。

 

 提督と、巡りゆく季節を見ていられるのも、いつか終わる。だから、終わりの知れない我々のため、鎮守府のために、やらねばならないのだ。

 

 那珂は、もう縄跳びをしていない。

 

 

 

十月二〇日 〇〇一一 本館裏 木曾

 

 

「──と、いうことがあった。以上だ」

 

 驚いた。長門は、執務室近辺を探り回られていることを知ってるってことか。それにしても、おかしなことばかり起きやがる。潮が、触れた物を破壊する力を手に入れたとか、朧の蟹が巨大化したとか。どうなってんだ? 

 

「あと、これだ」

 

「何だ」

 

 若葉が懐から出したのは、本部に送られる正式な封筒。送信元は提督か。相変わらず、いい仕事するじゃねえか。若葉。

 

「やるな、若葉」

 

 封はされていない。これから送るところだったって事だろう。どれ……。

 

 中には、謎の……スケッチか? かなり適当な絵が描いてある。まあ、絵画じゃないなら細かく描き込む必要はないし、そういう性質の資料なんだろう。

 

 だが、内容がとんでもない。おかしい。

 

「いや、これは無いだろう、凄すぎる……!」

 

 肩に担いだ砲は、島を消し飛ばす威力。自律支援する飛行砲台。そして、その砲台が艦隊をなしていやがる。

 

 こんなのが敵に回ったら、俺は、勝てるのか……? 

 

 いや、こいつは漣。俺と同じ、提督の勇退が腑に落ちない艦娘だ。味方に引き入れられれば、これ以上頼もしいものはない。

 

「どうした、木曾」

 

 なんだ。笑いが零れちまったか。まあいい。漣を巡る駆け引きが、この勝負のカギか。

 

「アリだな。面白いじゃねえか、漣XX!」

 

 

 

十月二十一日 一五五四 演習海域 曙

 

 

「何をしておる! 距離を詰めぬのなら、近接戦闘の利を活かしきれぬ。恐れなどという余計な感情は捨てるのじゃ!」

 

「わかってる!」

 

 初春の檄に返事をしつつ、そちらを見据える。

 

 距離を詰めるとは、つまり、そこに構える敵に飛び込むということ。つまり──砲弾が、頬を霞めた。砲弾の相対速度、すなわち、私から見た砲弾の速度は、砲弾が私にむかってくる速度と、私が敵に向かう速度の合計。当たると痛いってだけじゃない。避ける前に許される思考時間も、当然短くなる。

 

「敵の砲口と砲身をよく見るのじゃ。射線を予測して行動、これこそ、接近戦に持ち込むための鉄則ぞ」

 

 わかってる。でも、今度は返事をする暇も無かった。でも、次弾装填までの隙は、私にとって、またとない接近の好機。砲声を聞いて、回避できるコースだったら、ここぞとばかりに突進する。飛沫が飛び散る。と、足元で爆発が起きる。しまった。損傷は軽微。まだまだよ。

 

「曙はまだ視野が狭いのう。当たるようでは話にならん。魚雷など、隙間を躱してみせい。ほれ、次発らがゆくぞ」

 

 四条の雷跡。これまでさんざん食らわされたけど。もうそれは。

 

「効かない!」

 

 脚を雷跡と並行に揃え、一気に加速。発射地点から十分離れた魚雷同士は、間隔が開く。艦は避けられなくても、艦娘なら避けられる。そして、すれ違う方が、逃げ惑うより早く脅威から逃れられる。

 

「そうじゃ! 止まらずに動き、自ら敵の選択肢を潰すのじゃ」

 

 わかってる。そして。

 

「ふっ!」

 

 主砲を一発。そして魚雷を一発。主砲は身体を、魚雷は回避する先を狙う。

 

「よいぞ。被弾するか接近を許すかと言う選択を強いる。今のはよい射撃ぞ」

 

 誉めつつも、主砲がおとりだということを見抜き、上体をかがめて躱す初春。でも、目的はもう果たした! 

 

「このっ!」

 

 もう一撃、主砲と魚雷、同時に。撃つときは距離を詰めながら。そうすれば、弾速は相対的に早まる。さっきと同じ理屈。魚雷は正面に、私の全速を乗せて走らせる。

 

「では、わらわも参るぞ」

 

 初春も、こちらに全速で向かってくる。驚くこともないわ、あっちも知ってるんだから。──と、ここで初春の艤装に動きが。砲じゃない、魚雷? 私の少し右を狙ってか、魚雷が放たれた。おとりね。

 

 正面から来ると踏んでいた私は、初春を狙って魚雷を放った。その脇を抜けてこちらへ突進する初春。飛沫がお互いを濡らす。その装いがどんなに塩水を浴びようと、その気品は損なわれなかった。こちらから離れず、瞬きもしないその目。私を捉えて離さない、連装砲の砲口。

 

「させない!」

 

 距離が最も近くなった瞬間、私を狙う初春の右手の砲を、私の右手に持った砲で叩く。ガキイン、と、重い金属音が響き、初春の身体が右に半回転する。初春は姿勢を崩している。もらった! 人差し指を曲げて、引き金を引く。でも砲は海面に飛び込んだだけ。初春は、完全に後ろを向いてから、右手首の動きだけで砲を操り、私の左の砲の砲身を弾いた。やっぱり、上手い。なんて感心してるうちに、飛沫をもろに食らった。背を向けたまま急加速して、逃げていく初春。口の中は塩味。でも、怯まない。負けじと出力を上げる。

 

「距離を詰めろ、じゃないの!?」

 

 艤装の振動が、背中を走る。が、速度が乗る前に、初春が急停止した。またしても飛沫を浴びせられたけど。目は閉じない。

 

「他には何も聞いておらぬのかえ」

 

「何を!」

 

 吠えながら、また砲を受け止めようと腕を伸ばしたその瞬間、轟音。足元に衝撃が走り、抗うべくもなく、のけぞる。魚雷? 

 

「だからそちは視野が狭いのじゃ」

 

 そうだ、魚雷。初春が突進する前に撃った魚雷。こんなに先を読んで、戦いを組み立てていたのか。理解したときには、時すでに遅し。初春の砲口が、私の顔に当たっていた。また、ダメだった。

 

「まだやれるわ、仕切り直しよ」

 

 服はボロボロ。きっと中破判定が出る。ちくしょう。まだ、まだダメなの? 

 

 と、初春がこちらに右手を差し出す。

 

「よきかな。合格じゃ。わらわの最後の雷撃。あれはガン=カタではない。すまぬ。わしもつい熱くなった。あのままあの距離で戦っては、わらわが負けておったやも知れぬ」

 

 手、手首、肩と辿り、初春の全身を見る。全身くまなくずぶ塗れで、長い髪が体に張り付いて。ともすれば妖怪のようかもしれない。それなのに、気品はそのまま。むしろ、己がどうなろうと命を懸けて戦うという、戦士の誇りを体現しているように見える。やっぱり、強い。

 

「ガン=カタの基礎を押さえるだけで攻撃効率は十二割の向上、殺傷率は六割三分の向上じゃ。曙はもう基礎は問題なかろう。次は、複数人との戦闘における位置取りじゃ。よいな。『型』は、くれぐれも今夜も忘れず行うのじゃぞ。基礎の反復が肝心要じゃ」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。