バイブ書道   作:プリン

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バイブ書道 18

十一月二日 一二一〇 秋雲居室 朧

 

 また来ちゃった。秋雲ちゃんの部屋。でもやっぱり、こんなすごいことが起きたら、七駆のみんなの次は秋雲ちゃんに見せたいし。

 

「お、おお……? いや……。うーん……」

 

 秋雲ちゃんは、ずっとこんな感じで、正座したあたしの周りをぐるぐる歩き回って、朧のカニさん──この間修理したら、なんだかすごく大きくなった──をのぞき込んでる。別に、びっくりしたならそう言ってくれて、いいのに。

 

「どうかしたの、秋雲ちゃん」

 

 この際だから、いっそとはっきり聞いてみる。

 

「いや朧、これがどうかしてないわけないでしょ!?」

 

「おかしいならおかしいって、言えばいいのに」

 

 なんで最初からそう言ってくれないんだろう。いや、あたしも最初から自慢すればよかったのかもしれないけど。

 

「あ、ツッコミ待ち? ごめん、いいツッコミを思いつかなくてさぁ……というか、ツッコミ抜きにしても、これを何と言ったらいいやら……」

 

 突っ込んでほしいわけじゃないけど……確かに。あたしだって最初はびっくりしたんだし、あたしが秋雲ちゃんだったら何にも言えない。多分。

 

「まぁ、何て言うの? いや、正直……バランス悪いんじゃない、その子頭に乗せるの」

 

 うん、そういう反応もあるとは思ったけど。まっとうというか、ありきたりというか。

 

「秋雲ちゃん、反応、意外と普通だね。このくらいでうろたえるとは思ってなかった」

 

 これが正直なところかな。本当に。普段あんなに大胆だから、「大きくなったんだー、かっこいいじゃん」くらいで流すのかなって、想像してた。

 

「いや秋雲さんを何だと思ってんのさ! 普通こんな大きいカニ見たことないし、しかもいつものカニさんがこうなったんでしょ、これ……。おかしいって絶対」

 

 なんて言ってる秋雲ちゃんの顔、驚いてるんだか怖がってるんだか。

 

 あたしの周りをぐるりと歩きつつ、カニさんを眺める秋雲ちゃん。今度はまた、絵をかいてるときと同じ、真剣な目。

 

 本当に不思議。普段あたしよりよっぽど大人びて見えるのに、こんなに表情豊かで、陽気で。やっぱり、あたしは知らない苦労とかもしてるのかな。それか、変わった生い立ちでこういう性格になったのか。もしかしたらこれは処世術で、あたしにも見せていない顔があるのかもしれない。むしろ、要らなくなったおもちゃを窓から投げ捨てたり、友達の妹にバイブを貸したりするのが本性なのかもしれないけど。とにかく、秋雲ちゃんの表情を見てると、いろいろ想像しちゃう。と、カニさんを一通り見終わった秋雲ちゃんと目が合う。

 

「んー? 感想欲しいってこと? 別に今んとこは『でかい』『細い』『うまそう』くらいしか感想ないけど」

 

「カニさんは食べないから」

 

 そう答えると、秋雲ちゃんの口角が持ち上がる。

 

「えー? 蟹見たら食べること考えない? 今のその子。脚も長いし、一杯で駆逐艦六人分くらいのかにすきは作れるんじゃない? 胴体はタラバガニに似てるし、味が近かったらめっけもんだよ~?」

 

「秋雲ちゃん、残酷」

 

「いや、腕もいだって高速修復材かければまた生えるんだろうし、これは一つの永久蟹機関!」

 

「そんな都合いい話ないよ、多分」

 

 残念そうにする秋雲ちゃん。でも、これも冗談。多分。自分でわかってないわけない。カニさんはすぐ直るにしたって、痛いの嫌だと思う。なにより、そんなことは、あたしが許さない。それに、秋雲ちゃんは本気でそんなこと言わないって、あたしが信じてるのだって知ってるからこそ、こんな物騒なことをふざけて言えるんだ。多分。

 

「うーん、永久蟹機関はまた今度考えるかぁ。とにかくその子のイラスト描かせてよ。じっとしててね……」

 

 結局こうなるんだ。あたしだってやること決めて来たわけじゃないし、こういう流れになるとは思ったけど。ううん。これがやって欲しくて来たのかもしれない。

 

 秋雲ちゃんが、とっても楽しそうに筆を走らせる。原稿が忙しいときの険しい顔とは全然違う。不健康さも陰もなく、本当に晴れやかで、ただただ描けるのが嬉しくてたまらなそうな。そんな雰囲気。カニさんの絵はちょっと期待してたけど、正直それよりも、今見せてくれている「おまけ」の方が楽しみだった。

 

 カニさんを見てはペンを滑らせて、またカニさんを見る。カニさんはいい子にしてる。恥ずかしくはないみたい。……じっとしてるのは、もう逃げも隠れもできる体じゃないからかもしれないけど。

 

 部屋から秋雲ちゃんが描く音以外が消えた。トントンというリズム。しゅるしゅるという摩擦。それだけが聞こえる。心地よいといえば心地よい空間だけれど、動いちゃいけないせいでその音で緊張しちゃう。

 

 と、ここでひとつ、気になったことを聞いてみる。

 

「潮ちゃんの持ってたあれ、やっぱり秋雲ちゃんが貸してくれたんだよね」

 

「ああ、バイブラシ? そだよ。秋雲さんが進呈したのよ」

 

「何それ。ブラシって」

 

 初めて聞くことば。直球すぎる名前で、どういうものかは何となくわかるけど。分かったところで、秋雲ちゃんが用意してる理由は分からないけど。

 

「えぇ? 妹のしてること位知らないの」

 

 ……あたしが「知らないの」なんて言われる筋合い、ないんだけど。

 

「いや、遊んでるとしか。そういう遊び、おもちゃ……で、遊んで? いるとしか、思わなかったけど……」

 

 いやいや、そんな話じゃない。秋雲ちゃんの調子に飲まれたら、またはぐらかされる。

 

「じゃなくてさ。そういうのは本人が興味を示すまでほっとくべきじゃないかな」

 

 そう。細かいことはどうでも良くて、言いたいのはこれ。

 

 でも、秋雲ちゃんは、

 

「いやそんな……そういう目覚め? とかを促そうなんて気はないんだよ、秋雲さんだって。こう、なんていうの? もしかしたら本当に震えるのを直せるんじゃないかな、と思ってさぁ、そりゃバイブラシを作ったときは冗談だったけどさ……」

 

 なんて調子で。本気なのかな……? でも、ディルドを沢山買い込んだときの釈明もどこまで本気かわかりにくい感じだったし。とりあえず問い詰めてもしょうがなさそう。だからとにかく、「そういうモノを見せるのは、本来の使い方がわかる人だけにしておいて」なんて伝えるしかないんだけど。

 

 まあいいや。潮ちゃんのことは、特に問題なさそうだし。実際、手が震えるのは制御できるようになったみたいだし。それはさておき、気になることは、もう一つ。

 

「秋雲ちゃん、原稿以外のお絵描きしてる暇があるってことは、原稿は順調なの?」

 

 カニさん描いてもらっておいてなんだけど。

 

 それを聞くや、秋雲ちゃんの楽し気な表情が消える。眉は八の字。顔はあたしを向いてるのに、まなざしはあたしを素通りしているみたいで。

 

「あぁああぁ! よくもそれ聞いてくれちゃったね! お察しの通りだよ! やばい!」

 

 ……ああ、いつものやつだ。

 

 多分だけど、秋雲ちゃんの頭は、新しい頼まれごとや仕事から処理するようになってる。いや、本人が「後入れ先出しは基本」なんて言ってたような。だから、面白いことや楽しいことが続くと、何か月か前からわかっていた原稿だって進みはしない。

 

 どうなるのかな、今回も夕雲型総出でお手伝いしてもらうのかな。あたしも助けてあげられるといいけど。

 

 なんて考えてる間も、秋雲ちゃんは頭を抱えて机に突っ伏してる。見えなくたって、あるのはきっといつもの顔だ。

 

 

 

十一月九日 〇九〇五 本館裏 木曾

 

 

 今日も今日とて、ここで駆逐艦を待っている。ただ、今回は若葉じゃなくて漣な訳だが。

 

 相手が変わってもここを選ぶのは、密談に都合がいいからだ。基本的に誰も通らないから、邪魔はされない。それに本館にいつも居る連中、つまり提督、明石、大淀なんかは、俺たちが話してたのを人に触れ回ったりするタチじゃないだろう。来るのといったらあとは秘書艦だが、近頃は大抵長門だ。アイツも噂話に花を咲かせる、って感じじゃないしな。

 

 秘書艦が変わってたとしても、話を拗らせるような奴はそうそう居ないだろう。居るには居るが。

 

 例えば卯月みたいに面白半分に首を突っ込んできそうな奴。妙高みたいに、漣が脅されているんじゃないかと心配して誰かに相談しそうな奴、蒼龍みたいにあっという間に広めそうな奴、暁みたいにコソコソ話してることを咎め立てしてきそうな奴、早霜みたいにこっそり一部始終を見てそうな奴……。

 

 待て、バレたらマズそうな奴は意外と沢山居るな。まあ、それでも可能性は低いから憂慮には値しないだろう。

 

 などと考えているところに、囁き声が聞こえてきた。

 

「木曾氏、木曾氏〜……」

 

 漣だ。いつの間にやら隣に居たらしい。

 

 ……何のつもりだ? 泥棒ですと言わんばかりの格好だ。唐草模様を染め抜いた、緑の手拭いを頭に被せ、捻った端を鼻の下で結んでいる。やっぱり、近頃はあまり出撃しないせいで、こんな格好の奴の気配にすら気付けないくらい弛んでるのかもしれない。

 

 とにかく、話をつけないとな。

 

「お前を呼んだのは、他でもない。お前の力が必要だからだ」

 

「何、木曾氏、漣をパシリに? いや、想像はついても予想外というか、木曾氏はチンピラ系というよりは孤高のスケバンって感じですから、自分より小さい艦を言いなりにするような卑怯者だとは思っても見ず……」

 

 おい、失礼じゃないのか? ビビッてんのか煽ってんのか分からないが、何が狙いなのかさっぱり分からん。

 

「とぼけてるのか? 俺が長門とコトを構えようとしてるのは言ったよな」

 

「コトですと? そいつはコトですな」

 

 ……相手にしてたらキリが無さそうだ。もっと単刀直入がいいのかもしれん。

 

「長門からも言質はとった。提督はじき辞める。そしたら長門はこの鎮守府の権限を掌握するつもりだ」

 

 漣は、まじまじとこちらを見ている。これまでずっと提督に執心していそうだったのに、あまり動揺しているとは見えない。意外だ。

 

「理由は知らねえ。でも、長門曰く確定事項らしい。いずれにせよ、アイツの決めたことなら仕方ない。だとしてもな。それを継ぐのが長門だってのは納得できるか? 提督自身が指名したわけでもないのにだ。

 

 だから、長門が提督を継ぐことを宣言したら、俺は抵抗するつもりだ。その時は、お前も俺と一緒に戦って欲しい。いいか?」

 

 そこまで話すと、しばらく考える漣。表情にこそ出さないが、漣なりになにか案ずることがあるのだろうか。あるいは、こんな話を前にしても依然として能天気なのか。

 

 と、漣が口を開く。

 

「漣に頼むのは、漣の、ご主人様との付き合いの長さをアテにして、ですかな。べつに漣、そんなに人望、艦望? があるとは思わないのですが。それとも、漣も長門氏の指図は受けたくないだろうと思って、ですかな。それとも、特に理由はなく、なんとなくか」

 

 返答に窮する。俺がこいつを味方に引き入れようとする理由は、そのどれでもない。だが、こいつ自身は自分を最古参で、この鎮守府では長門に対抗し得る存在と定義している訳だ。言われてみれば意外でもなんでもない筈だが、態度からは漣にそんな自意識があるとは思えなかった。急に漣自身を客観視され、出鼻をくじかれる形になってしまった。が、うろたえる訳にはいかない。

 

「……どれでもない、お前の力、まさに力。戦力としてお前が必要なんだ。取引とか協議のための戦力じゃない。砲火を交えるための力だ。たとえ話じゃない」

 

「いや長門氏と戦う? 無理ゲーだし、やめといた方が……。それに、漣は平々凡々な駆逐艦だし。なんで?」

 

 と、初めてちょっとばかり怪訝な表情を見せる漣。

 

「どうやら本当にサプライズでやるつもりだったらしいな、アイツは……。見ろ、お前の改装設計図だ。驚くなよ」

 

 封筒を手渡す。中には、若葉が持ってきた「漣XX」の設計図の写しが入っている。漣は、受け取ったそれを取り出すと、まじまじと見つめる。暫く、細部まで舐めまわすように眺めた漣は、視線を外さずに、一言。

 

「か、かっこいいタル~」

 

 樽? よくわからんが、言葉尻はどうでもいい。感慨深げでもない感想が、なんとなく引っかかるが。

 

「書いてあることが本当なら、圧倒的戦力だ。これなら活躍間違いなし。また第一線で引っ張りだこだろうな。長年の忍耐が報われたじゃねえか。とにかく、最新の艤装を手に入れたお前が居れば、長門だって怖くねえ。どうだ、俺と組まないか?」

 

「それは構いませんが、もっと具体的なビジョンとそれに向けたソリューションを明確にして欲しいですぞ。長門氏が代理する状況にサジェストできないのは禿同ですが、ではその対案としていかなるプランがあるのかはっきりさせて欲しいですな、そんな漠然とした話にコミットすることはいかに漣とてできませんぞ。あと……」

 

「あと……?」

 

 急に真面目そうなことを言い出したが、もっと詳細を具体的にした計画をよこせ、ということだろう。真面目なのかそうでもないのか判断しかねる話しぶりだが。

 

「漣は、べつに強くなるとか、もっとご主人様に貢献するとかのために戦っていた訳ではないのです。そこだけははっきり言っておきたかった。いじょ」

 

 言い切る頃には、漣は踵を返していた。俺はただ、その言葉を噛み締めながら、漣の桃色のおさげが揺れるのを眺めるしかなかった。

 

 漣、一体何を考えている……? 

 

 

十一月十一日 一七三〇 空母寮 翔鶴型居室 朧

 

 

「あの……私ったら凄い勘違いを。秋雲さんの作品に無理に男性を登場させる必要は無いのね」

 

「いや、私もそんな詳しいわけじゃないんだけどさぁ。その、ピュアな関係? みたいなのの極致として、その、ね。そうよね秋雲!」

 

「あ、えっとね? 今は女性同士だとしても性欲を漂白して描く必要は無くて、その、アレ、肉欲と愛情と、世間体との葛藤とか、そういう自己嫌悪めいたものとファンタジックな恋愛観のとの相克を描くのとか、あるいはそういう社会規範の束縛から放たれて開放的に描くのもあって……」

 

 ……久しぶりに五航戦飲み会をしようって話だったけど、こんな、秋雲ちゃんが困惑するような展開になるなんて思わなかったというか……。

 

「あ、そうなんだ、てっきりえっちなことするのはレズ、きれいなのは百合だと思ってたわ」

 

「それは全然違う! 秋雲さん、それは聞き捨てならないよ!」

 

 何が秋雲ちゃんの逆鱗に触れたのかはイマイチわからない。

 

「ね、ねぇ、朧? 結局何が問題なの、瑞鶴の発言の……」

 

 翔鶴さんが小声で聞いてくるけど、答えようがない。あたしにもわからないからだ。

 

「百合の何たるかはいいからさ、作品の方向性をしっかりさせなきゃ」

 

 あたしが仕切り役をやってる意味もいまいちわからないけど、とにかく話を進めるしかない。久しぶりの五航戦飲み会をしようっていうのも、何かヒントになるんじゃないかっていうあたしの発案だし……。

 

「あ、秋雲先生は、エロ漫画が描きたい……エロは五七五のように形式が決まっているから、その中で戦えるんだ……序盤にキャラと関係性の提示、中盤で濡れ場に至る流れ、そして絶頂から数コマ、長くて一ページの後日譚で関係性の変化やカップルの今後を描写する。この中で腕を見せられるのが面白いところだけどね。

 

 一方でエロ無しを書きたい気持ちもある……濡れ場ありきの場合、キャラクターが濡れ場に引っ張られてありえない積極性を見せてしまったりもする……悶々とする感情とか、いじらしさとかは濡れ場の重力に負けて潰れかねない……! ここが難しい!」

 

「えっと……。とにかくね、秋雲はどうしたいの?」

 

「逆に聞かせて欲しいんだけどさ、夕雲と巻雲のカップリングとしてさ、夕雲に告白したいけどできない巻雲と本当は巻雲が好きだけどそれは巻雲が恋に恋して勘違いしてるだけだと抑え気味の夕雲との甘酸っぱいラブストーリーとさ、巻雲のふとした仕草に欲情した夕雲が巻雲に手ほどきして一線を越える話どっちが見たいわけ?」

 

「え、どっちも見たくないけど……消去法で甘酸っぱい方かな……」

 

 すげなく答える瑞鶴さん。いや、誰でもそう言うと思う。朧も前者のほうがまだいいかな……。

 

「あの、秋雲さん。私が見たいかはさておいて、その二つを合体させてはいけないのでしょうか」

 

「うーん、できなくはないと思うけどさ、そんなに沢山ページ数描けないよ……。今のところエロ有りかエロ無しの二択で考えてる」

 

「もうさ、勢いでバーっとやっちゃダメなの? えっちな雰囲気になったらえっちなシーンを描くって感じで……」

 

 と、秋雲ちゃんは突然トートバッグからタブレットを取り出す! 

 

「じゃあ瑞鶴の言う通りバーっと描く! 今回は翔鶴と瑞鶴を出す!」

 

「ええ!? 私!?」

 

「ちょっと! 私も翔鶴姉も許可しないから! ダメだから!」

 

「いやもういいじゃん描く! もう、秋雲さんには時間が無いんだ……。大丈夫、あくまでそっくりな別人だから! 二人とも顔もスタイルもいいし、モデルには最適でしょ!」

 

「おだてても駄目だから!」

 

 そんな瑞鶴さんに構わず、線を引き始める秋雲ちゃん。

 

 ……手は動いてるし、アイデアの提供にはなったんじゃないかな。多分。

 

 

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