バイブ書道   作:プリン

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バイブ書道 19

十一月十五日 一四三〇 執務室 朧

 

 いつの間にか、執務室は冬模様。洋風のあしらいに統一された、真っ白な調達品。どことなく女の子っぽいのは、きっとあたし達を呼ぶのを見越してなんだと思う。提督にこんな女々しい趣味があるとは思えないし、思いたくない。なんだか、全然イメージ違うし。

 

「いや、相変わらずでかいカニだな」

 

「そればっかり言わないでください。挨拶じゃないんですから」

 

 提督は、最近顔を合わせるたびにカニさんの話をしてくる。まあ、気になるのはわかるけど。仕方ないけど。

 

「──それで朧、この間与えた課題だが。勉強は順調か?」

 

 提督が切り出した本題は、やっぱり、課題の件だった。

 

「やめちゃいました。勉強」

 

 叱られるんだろうな。多分。でも、理由はちゃんとあるから、臆せず続ける。

 

「……意味がわからなかったので。英語の資格なんて取って何をさせたいのか。いくらやったところで帰国子女とかには勝てないのに、予備知識の無いことをさせてどうするのか。そもそも、戦うために生まれたあたし達に、今更新しいことをさせようなんて」

 

 そこまで言うと、提督は俯き、眉間をつまんだ。そして、ふぅ、とため息を吐くと、顔を上げ、話し始めた。

 

「別に英語である必要は無かったんだ。というか、候補こそ出したが、英語を選んだのは朧じゃなかったか? とにかくだ、戦いはいつか終わる。そう遠くないうちに終わる。その時お前たちに残るものは何だ? 俺は、戦いの無くなった世界にあっても、お前たちには生きていて欲しい。だから、自ら生きる術を身に着けて欲しかったんだがな。先に言ったほうが良かったか?」

 

 予想した通りの返事で、ちょっと失望する。提督のことだから、もっといろいろ、あたしには想像もつかないような思惑があるのかな、なんて思ったけど。

 

 予想通りだから、返事だって考えてある。

 

「勝手に造り出したり拾ったりしてきておいて、用が済んだら『自力で生きてくれ』なんて、勝手すぎます。多分」

 

 随分きついことを言ってしまった気がする。でも、提督は動じない。

 

「本当に申し訳ない。でも、現実、方法があるか? まず、俺はいつまでもここに居るわけじゃない。仮に俺がここにいる間に深海棲艦殲滅の任を全うしたとする。それからは、俺が私費でお前たちを養えればそれでいいんだろう。だがな、現実問題そいつは不可能なんだ。お前たちが艦娘としての能力を発揮するのに必要な資材も供給されない。妖精たちの力を借りるための工廠もなくなる。艤装を運用しなくなったところで、生きていくための食糧だってタダじゃない。お前たちはいまのところ老いも死にもしないようだが、俺は違う。いつかは去る者だ。だから、俺を必要としないで、お前たち自身の存在を維持できるように育てるのも、おそらく俺の責任だ」

 

 ……それは、そうだけど。そうかもしれないけど。

 

「そんなこと、どこかから通達されたんですか。あたし達を独り立ちさせろなんて」

 

「いや? 別にどこからも」

 

 提督の口調に迷いはなく、悪びれる様子も全然ない。

 

「だったら、深海棲艦が居なくなったら、また海軍とか、その上とか、あるいは国際的な何かから、何か新しい任務が与えられるかもしれないじゃありませんか」

 

 またしても、特に何か考え込む様子もない提督。

 

「本当にそう思うか? 鎮守府はあまりにも増えている。艦娘はそれぞれ百人ほど、だいたいの鎮守府に二〇〇人強、多いところでは四〇〇人以上が所属している。それらすべての艦娘に任務が回ってくるだろうか? それに、こんな膨大な数の艦娘、明らかに行き過ぎた力だ。深海棲艦が居なくなったら、艦娘を運用しない国はウチのことを黙ってるはずがない。余ってる艦娘が軍役以外に従事させられるのは想像に難くない。それでも数が多いし、余ったのは処分されるかもしれないな」

 

 いつの間にか、肩が震えていたのに気付く。そんな──

 

「そんなの酷過ぎます……!」

 

「酷いのは今に始まったことじゃない。そもそもお前たちは命令一つで死地に赴くし、最悪轟沈する指示だって聞くしかないんだ。どうしてかは知らん。お前らがそういう風に出来ているからなんじゃないかとは思っているが」

 

 訳がわからなくなってくる。提督の役に立ちたいという気持ちも、あった方が都合がいいからと植え付けられたものと言いたいのかな。だったら、これまでの提督は、造られた感情に基づいてあたし達が働いていると思って、労いも、感謝も、称賛もくれていたというの? だったら、それは、とても、とても、むなしい。

 

「だからこそ、お前たちが深海棲艦も提督も無くても生きていけるようにするのが俺の責任だと思っている」

 

「わかりました、わかりましたけど、提督」

 

 どうしてか、とても目頭が熱い。

 

「じゃあ提督、朧が頑張って鍛えてるのを誉めてくれたときも、そんなこと考えてたんですか。艦娘は強くなりたがるものなんだって。あたしが艦隊で一番頑張ったって誉めてくれたときも? あたしが頑張ったのって、何でなんですか」

 

 雨の中を駆け抜けるみたいに、一気に言って顔を上げても、提督は俯いている。そして、ぼそり、と独り言ちた。

 

「朧のため、と言えるようになって欲しかったんだ……」

 

「提督、本当に勝手です。どうしようもなく勝手です。多分。ううん。絶対に!」

 

 なんだか、これ以上話したくも聞きたくもなくて、気付いたら執務室から駆け出していた。

 

 ドアの向こうで長門さんを見かけたけど、私のひどい顔に気付いたのか、特に呼び止められもしなかった。

 

 

 

同一八〇〇 執務室 長門

 

 

 

 提督は、たまに一旦外して夜に戻ってくるよう指示してくることがある。今日もそうだ。大淀に何をするのか詮索されたこともあるが、なんということはない。

 

 ドアの向こうから、「待たせた」と提督が出てくる。理由はわからないが、見られていると妖精たちが働いてくれないらしく、一旦部屋を出る必要があるとのことだ。

 

 そして、二人で再び入ると、ドアの向こうは、昼間の冬模様の執務室から一変。濃紺に統一されたバーになっていた。提督は、傍に置かれた棚の前に屈みこみ、酒を選び始めた。

 

「これでいいか。夏に皆で仕込んだ梅酒だ。うまいぞ」

 

 と、一抱えほどある瓶を運んでくる。窓に向かって据え付けられたカウンター、その天井にあつらえられた棚から、厚手のタンブラーを二つ取ると、私が座った席と、その左隣の席に置く。提督は、今度は、梅酒のあった棚からアイスペールを取ると、「少し待っててくれ」と、隣の宿直室へ向かった。

 

 窓の外では。クレーンの航空誘導灯の赤い光が、呼吸を写し取ったかのように明滅している。提督が氷を取りに行っている間に、それぞれのタンブラーに梅酒を注ぐ。提督のにはレードル二杯、私のには一杯。

 

 アイスペールに氷を入れてきた提督が、隣に掛けた。

 

「待たせた。注いでくれたのか。ありがとう」

 

 などと言いながら、それぞれのタンブラーに氷を移す提督。それから、自分のタンブラーに、梅酒をいくらか足した。ロックでやるのだろうか。

 

「今日はそんなに酔いたいのか」

 

 問いには答えず、ただ、「いつも通り綺麗だな」とこぼす提督。見えるのは、夜を染み込ませた黒い水面、冷たい大気、それから明滅する誘導灯だけだ。それから、窓に映った提督の顔。

 

「朧のことだろう」

 

 提督は、何も言わずに梅酒を飲んだ。大きな一口だった。タンブラーの六分目くらいまで注いであったのが、二分目あたりまで減った。

 

「嘘でもいいから優しく伝えたほうがよかったのかもしれん。柔軟さが足りないな。恥じるばかりだ。恥は酒で漱げないとわかっていても、ついこれをやってしまう。朧には見られたくないな。今の俺は」

 

 梅酒を飲むのと同じに、一息に話す提督。

 

「そうか」

 

 話すときは、大抵提督の中で答えが出ている。私から言うべきこともない。

 

「朧の件はそれだけだ」

 

 提督は、また窓に視線を移すと、タンブラーを傾けた。

 

「あと、蟹か。朧の蟹に、那珂ちゃんの縄跳び。いろいろおかしなことになってきたな。何でだと思う」

 

「なんだ、そんなことにも責任を感じているのか」

 

「朧の蟹は闘争本能に刺激されたのかもしれん、とは思っているが、特に責任は感じていない。那珂ちゃんのも完全に予想外、というか意味不明というか。全然関係ないだろう。潮の振動する手もだ。七駆に聞き取りをしたところバイブのせいらしいが、まあ、その出処と対策もだな」

 

 蟹の巨大化にそこまでの理由があるというのも考えすぎだろう。那珂の縄跳びについては私もわからない。

 

「バイブとは何だ。初耳だが」

 

「バイブはいい。さしたる問題じゃない。とりあえず、彼女らを一度出撃させて調子を見てみようと思う。過去の艦船と関係ない技に効果があるのか、試さないとわからないしな」

 

 語ったのはそれだけで、提督は、お互いの梅酒が乾くと、私を部屋まで送っていった。

 

 離れていく提督の背中を、陸奥が見つめていた。見えなくなったのを確認して、陸奥に問う。

 

「突然だが陸奥よ、バイブとは何か、知ってはいないか?」

 

 

 

同二〇三〇 執務室 漣

 

 

 

「これが重油でもバーボンでも、漣には大差ない……」

 

 よし、掴みはカンペキね。でもご主人様は、特に動揺していない。

 

「缶ビールは重油でもバーボンでもないぞ」

 

 三〇点くらいの突っ込みをしつつ、前に飲んでた誰かのグラスをどけてる。誰? 那智氏か千歳氏か、あるいは──。

 

 それから、よくわからない鳥のラベルの、琥珀色のお酒の瓶を持ってくる。

 

「あれ、梅酒はやめですか」

 

「長門は強い酒は飲みたがらないからな」

 

 ああ、やっぱり長門氏か。

 

「ご主人様、だったらなんで毎度毎度誘うんですかな? お酒好きじゃない艦娘を」

 

「意地が悪いな。朧のことか?」

 

 そうとも言えるし、そうじゃないとも言えないけど。まあ、聞きたいわよね。なんでか。

 

「また何か、マジレスしたと見えますが」

 

 ご主人様は、さっきまで飲んでいたと見えるタンブラーを洗いもせず、ウイスキーらしきお酒を注ぎ始める。

 

「まあ、聞かれたら答えざるを得ないだろう。言い方が悪かったのも自覚してるから、もう言ってくれなくていいぞ」

 

 ご主人様、こうやっていつも分かった気になってるけど、わかってないから同じような失態を演じるのだと思うのですが。

 

「艦隊が大きくなっても、艦娘ゴコロはわからないのですなァ」

 

「わかろうとしてるんだがな。質問に自信なさげに答えられても困るだろう。だから、いつもはっきり答えているつもりだ」

 

「取り繕ったってダメなものはダメでは? わからないことまで知ったかぶるのは親身な回答とは呼ばないと思うのですが」

 

「そりゃな。しかし聞かれるのは俺もわからないことばかりだ。だから、間違えてはいない。そう信じるしかない。迷っている俺のことを見たい艦娘なんていないだろう。そう信じてやってきた。俺は、艦娘のためを思ってやっているのだと、そう信じてやってきた。だが本当はどうだ? 俺は、善人ぶるのに皆を付き合わせているだけじゃないのか?」

 

 ご主人様、酔ってますな。聞いても無いことをペラペラ話して。

 

「言ってることが善人に相応しいかはおいといて、長門氏には話せないのに漣には話すの、不誠実なのでは? 都合よく相手を使い分けるってのは、多分いい人のすることじゃないわヨ。よってご主人様は善人ぶってるだけってこと。QED」

 

 ご主人様は、ぼーっと窓の外を見ている。考え事をしているのか、ぼーっとしているのか。でも、黙ってるってことは、効果はばつ牛ンだったんでしょう。

 

「で。艦隊運営はどうなんですか」

 

「可もなく不可もなく。艦隊自体はな。ただ、軍警察だか憲兵だかが監査をしたいとか。おかげでまた鎮守府を留守にしてばかり」

 

「大変ですのう」

 

「まあ、それもある意味身から出た錆とも言える。いい決意表明になると思ってあきつ丸の作品を送り付けた無謀とか、秋雲の行動を取り締まるだけの厳格さの欠如とか、非はたくさんあるだろう。まあ、責任取ってうまく収めるっきゃない」

 

 ぼかしてるところは、まあ聞いても教えてくれんのでしょうな。それに、漣の聞きたいことはそんなんじゃないのです。

 

「そしたら、勲章も足りていないと」

 

「いや、ある。改装設計図も用意できる」

 

 ktkr! 

 

「で、誰を改装するんです?」

 

「長門と陸奥だ。武蔵は何度も何度も後回しで悪いが、三倍の勲章をつぎ込むよりは誰かしら三隻を改装したほうが戦力の強化になるからな」

 

 え、あれ? あの設計図はフェイクってこと。そんな筈……いや、若葉氏がパクったってことは、極秘だから伏せてるのか。

 

「小型艦は?」

 

「次は不知火かな、練度的に。戦力としては対地が弱いから、大潮あたりを改装するのもアリかなと思っちゃいるが……」

 

 やっぱり空振りか、秘匿事項か、どちらかみたいね。まあ、それなら別ルートを当たるまでよ! 

 

「あそう。そうなのね」

 

 ようやく、ビール缶を傾ける。苦いし、(゚д゚)ウマー、と心の底から思ったことはあんまり無い。漣、なんで飲むようになったんだっけ。元からだったような、違うような。まあいいや。あんまり帰りが遅いと、ぼのになんか言われそう。

 

 それにしたって、ご主人様。いろいろ悩んでるみたいで、大変なのね。

 

「いやー。いろいろ大変でしょうが、ご主人様は頑張ってますよ」

 

「ありがとう。だが……白々しいな。それに、艦娘に気を遣われてるような提督は二流だろう」

 

 ご主人様……。慰めようとしたのがバレてるのか、それとも頑なになってるから求めてる言葉を信用できないのか。いずれにせよ。

 

「漣の前だけは、二流でも三流でも構わないのでは? ダメダメだった頃から知ってるんだから、見栄張ろうったってもう手遅れですしおすし」

 

「漣だけ差別する訳にはいかないだろう。それにお前、いい人のすることじゃないと言わなかったか?」

 

 いや、漣は治外法権でもいいじゃない。実際、最初の一人って特別じゃないの? なんでそう頑固なのか。まあ、それも昔からだけど。

 

「ま、ご主人様、思いつめるのも深酒するのも、お体に障りますよっと」

 

 空になった缶をカウンターに置くと、キン、と、軽い音が響く。漣、いつからご主人様を置いて先に帰るようになったんだっけ。

 

 確か、秘書艦をやらなくなってからずっと、ですな。

 

 

 

同二一〇〇 執務室 配管 若葉

 

 

 

 漣にあれだけ問い詰められても伏せるとは、やはりこの設計図、機密性の高いものだったようだな。

 

 長門が来てからこちら、提督がずっと居たせいで原本を返すことができなかった。まあいい。上に紛失を報告するわけにもいかないから、しばらく黙っているつもりなのだろう。提督、真面目なようで存外せこい男なのかもしれない。

 

 しかし今日は重い話ばかりで疲れたな。まず朧。あそこまで悩んでも仕方ないだろう。現に朧はここに居るのだし、悩んだところで何があるでもない。各々自分自身のことは選んでいくほかないし、その自由は十分確保されているように思える。まあ、悩むときもあるだろうし、悩むのが気持ちいい時だってあるだろう。悪くない。長門は……提督が正直に相談しないせいでアドバイスも慰めもできないのだろうな。漣の言う通り、見栄があるのだろうか。漣と提督も、打ち解けているようであの何とも言えないぎこちなさ。何なのだろう。まあ、任務に関する収穫はなしか。とはいえ、張り込みはいつだって地道なものだ。問題ない。

 

 




どんなにつらくても、お酒で誤魔化すよりはふて寝した方が体にいいぞ!
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