バイブ書道   作:プリン

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バイブ書道 21

同一〇五五 北方海域 キス島沖 曙

 

 

 

 敵は六。練習で想定してきた通り。いけるわ。

 

 機関の軽巡を十二時方向に捕らえ、睨む。目の見当たらない。無機質な貌。上等よ。私もこれから、感情を殺して戦うんだから。

 

 接敵に先んじて、魚雷を放つ。三条の雷跡が、敵部隊に襲いかかる。

 

 それを認めたか、敵が部隊ごと右弦にむかってよけていく。

 

 予想通り。先読みして右に舵を切った私と、敵部隊の距離がみるみる縮む。私の意図を読みあぐねたのか、敵が撃ちまくってくる。

 

 でも、組織戦にこだわっていちゃ、私の戦術には勝てない。

 

 すれ違いざまに、雷巡に主砲を打ち込む──

 

 いや、投げつける。

 

 あたしの加速をのせた主砲をぶつけられて、軽巡がよろけている。目では確認しないけど。この間に、すかさず二本目の主砲に持ち替えて、さっき軽巡がいた位置に打ち込む。そのまま、敵部隊とすれ違う。弾が雨と降り注いでも、当たりはしない。こいつらは近距離での撃ち合いなんてやったことないから。

 

 敵の間を抜けて、ようやく目視で状況を確認する。さっきかましてやった軽巡は、黒煙を上げて、極寒の海に浮かんでいる。雷巡と駆逐たちの表情はやっぱりわからないけど、焦っているに違いない。未だに撃ちまくってくる。

 

 焦らなくても、こちらから撃たれに行ってやるわよ。そのまま、再び全速で突進。ロ級が口を開けて、こちらを狙っている。その背後で、チ級の眼光がこちらを捉える。

 

 今だ。

 

 ロ級の頭に主砲の砲身を押し当て。そこを軸に身体を持ち上げる。ロ級の砲撃が、チ級に炸裂する。同時にゼロ距離の砲撃で、ロ級を葬り去る。硝煙の香り。

 

 残りは手負いのチ級とロ級二体。さっきのロ級の位置からまた距離を取り、魚雷を放つ。チ級は冷静に回避。でも、ロ級の一体は混乱のまま触雷、爆散。

 

 そのままチ級の至近距離まで接近。常にロ級とチ級の間に陣取るよ。どちらもうかつに砲撃できない位置取り。

 

 ここで、主砲をひとつ小脇に抱え、腋から砲をくぐらせる。それぞれが有利な位置を求め、ぐるぐると回る。この間にも、ロ級が真後ろに来たら砲撃。

 

 この構えは背面撃ちだけが能じゃない。砲身を後ろに、逆向きに主砲を持つ。チ級は、また曲撃ちみたいにロ級を狙ってると思うのかしらね。でも、そうじゃない。そのまま、砲身と逆、砲塔でチ級を殴り……接触の瞬間に、砲撃。反動で、砲塔をチ級の顔面に叩きこむ。そのままチ級とすれ違い、チ級の背中越しにロ級を撃つ。命中。

 

 態勢を整えたチ級が、じわりじわりとこちらに寄ってくる。

 

 少し距離が取れたからと、自慢の雷撃を放とうと、装甲に覆われた異形の右腕を振るう。でも、距離が近すぎて私を散布界に収められない。あたしも、チ級の左側を狙って魚雷を放ちつつ、右側から突っ込む。魚雷に退路を断たれているから、私と接近戦をするしかない。すぐさま、私の右手の主砲で、チ級に砲撃。命中せず。チ級が今だとばかりに、左腕をこちらに伸ばす。それをあたしの主砲ではじき──

 

 水面に浮かぶ、最初に投げた主砲を投げ上げる。

 

 チ級が呆気に取られたかは、あの無機質な貌からはわからない。でも、その主砲を左手で掴んで、引き金を引く。顔面に命中し、チ級はうつ伏せに浮かび、仲間たちと同じに波間に浮かぶ。

 

 これで、終わり。

 

 いや、終わりじゃない。朧たちは……。

 

 

 

同一一〇〇 北方海域 キス島沖 朧

 

 

 

「敵部隊は曙が引き付けてくれた。だがどうする、接敵したところで那珂を誤射する可能性は依然として高い。接近戦をやるしか……」

 

 若葉ちゃんは、なんとかここを切り抜ける算段をしてるけど、那珂さんを誤射しないためには、結局接近するしかないみたい。

 

「二手に分かれて、片方が囮になってル級の注意を引いて、もう片方が不意討ちでしとめよう。あたしと潮ちゃんが囮になる」

 

「わかった。若葉は隙を見て初霜と攻撃を行う。どちらかが那珂を回収できたらこの海域は全速離脱するぞ。別に深追いする道理はない。生き残ことを優先する」

 

「うん、着いて来て、潮ちゃん」

 

 囮になるとは言ったけど、接近戦ならやれるんじゃないかと思った。あたしと……カニさんなら。

 

 那珂さんがこれ以上撃たれる前に、やってしまわないと。全速力で、最短距離で、ル級に突っ込んでいく。

 

「おまえの相手は、あたし……あたし達だ!」

 

 気付いたのか、ル級は身体をこちらに向ける。那珂さんを掴んだまま。

 

 味方を輪切りにしていった那珂さんを連れて行こうという魂胆なのか。はやく、あいつを始末してしまわないと。

 

 こちらに向けられた主砲が、火を噴く。

 

「潮ちゃん! 取り舵で回避!」

 

 相手が一隻でよかった。数が多かったら、那珂さんに近付くのは無理だったかもしれない。ぐんぐんと距離を詰める。

 

「横を向かせるのよ、若葉ちゃんと初霜ちゃんが撃てるように」

 

「はい!」

 

 ル級をこちらに釘付けにさせたまま、左側に回り込む。ル級の身体は、若葉ちゃんに半身向けた状態になる。

 

 でも、まだ撃つことはできないみたい。ううん、完全に後ろを向かせたとして、若葉ちゃんたちは本当に撃てるの? 本当に、これで間に合う? 

 

 そうだ、カニさん。今やあたしの顔よりよほど大きくなった。

 

 カニさんの力を借りれば、行ける。

 

 鉄の棒も真っ二つにする、このカニさんならあんな奴簡単に倒せる。

 

 腕も長い。力も強い。生命力もある。

 

 ……そうだ。カニさんに任せよう。カニさんだって、戦いたがってる気がする。

 

「潮ちゃん、後ろは支えてね。カニさんとあたしで……やってみる」

 

 そうだ。新しいカニさんの力なら、いける。

 

「朧ちゃん?」

 

 ゆっくり、ル級に近付く。気付いて、砲撃。

 

 カニさんが腕を上げ、鋏で砲弾を弾く。ぱしゃん、というより、しゅぼっ、という音と共に、砲弾は水面に突き刺さる。

 

 潮ちゃんが、「強い……」とこぼした。

 

 そのまま、近づいていく。あいつをやっつけなきゃ。那珂さんを傷つけて、まだまだ痛めつけようとしてる。許せない。

 

 深海棲艦を倒すんだ。

 

 そうだ。それがあたし達の本分。あたし達の海を取り戻すのがあたしの務め。

 

 主機が、これまで見たことも無い黒煙を吐く。艤装が上げる波の音が、甲高くなっていく。

 

「はあああああっ!」

 

 体当たりと同時に、私の爪が、敵の左主砲の砲身を掴む。飴細工のように、砲塔が曲がる。憎き灰色の顔が、驚愕に歪む。

 

「倒してやる、深海棲艦!」

 

 右の爪で、ル級の右目を狙う。ル級が、爪を払おうと、開いている左手を伸ばす。

 

「那珂を離せぇ!」

 

 振り払いにかかったル級の左手を、左の爪で挟む。同時に。左脚をル級の腕に突き立てる。ル級が後退し、腕から爪が抜ける。赤黒い液がこぼれ、海に滲む。

 

「返せってば!」

 

「朧ちゃん!」

 

 潮の声に、はっと我に返る。

 

「朧ちゃん、落ち着いて! そんな深追いしたら那珂ちゃんさんと一緒だよ!」

 

 落ち着く? 

 

 その言葉て我に返ったときには既に、ル級の副砲と機銃が撃ち込まれていた。

 

 たまらず、服がはじけ飛ぶ。

 

「朧ちゃん、下がるよ! 若葉ちゃんと初霜ちゃんと合流しないと!」

 

 来ちゃダメ、なんて言う間もなく、潮はあたしの腕を掴んで引っ張っていこうとする。若葉と初霜。そうだ、囮になろうとして……那珂さんを……。

 

「潮、だめだよ、間に合わない……」

 

 その時、浮かんでいるあたしと、介抱しようとする潮を後目に、ル級が那珂さんの顔面に主砲を押し当てていた。

 

「那珂さんが!」

 

 思わず叫んだとき、既に潮はル級にとびかかっていた。

 

「仲間を傷つけるのはダメです!」

 

 顔面に、潮の右ストレート。身長差があるし、ぺちん、という音からして、正直、あまり痛そうではなかった。

 

 実際、ル級は驚いてこそいたかもしれないけど、びくともしない。でも。

 

 潮の手は、全身は、仲間を失う恐怖で、これまでにないほど震えていたんだ。多分。

 

 ぼしゅっ。

 

 ル級の頭は、いつかのスイカのように粉々に弾けた。

 

 

 

同一六二〇 七駆居室 漣

 

 

 

「じゃあこれ、ル級の体液なの?! 萎え……」

 

 いきおい、部屋にあったタオルでうしをボディを拭いてしまったけど、これはもう廃棄確定ね……。

 

「すいか……」

 

 うしをは相変わらず遠くを見て、すいか、すいかと呟いている。よほど怖かったのね……ぼのの体験談を聞いてるだけでも精神的ブラクラ感やばかったし……。

 

「朧と那珂は先に入渠してるわ。潮、これでも無傷だから処置に困って……」

 

「もまいらもちつけ。まずは風呂、風呂いこ。ケガがなくたって全身ボドボドよ」

 

「すいか……」

 

 さっきまでぼのがしてたように、血みどろ(血?)の潮の肩をかついで、廊下を歩く。すれ違う駆逐艦たちがいろいろ聞いてくるのを剥がしつつ、進んでいく。

 

「すいか……」

 

 うしを、完全にwktk、じゃなかった、PTSDジャマイカ、これは……。

 

 脱衣所でも動こうとしないので、ぬぎぬぎさせる。ファスナーって偉大。

 

 お風呂ではぼろネキは膝を抱え、カニさんは全身を沈め、那珂ちゃんは仰向けに浮かび、ぼけー、とうつろな目で天井を見つめていた。本当に激戦だったのね、

 

 シャワーを浴びさせようにも、相変わらず動かないので、ぼのと手分けして髪と身体を洗った。意外ね、うしをの髪を洗うの、ひっさしぶりかも。

 

 あんな綺

麗な黒髪なのに、今の手触りはかぴかぴだった。排水溝に流れていく水の赤黒さが、その理由を物語っている気がする。

 

 

 

 

 うしをは、翌日まで部屋の隅で「すいか……」と繰り返すばかりだった。

 

 

 

十一月二十五日 一〇一五 執務室 潮

 

 

 

 すいか。すいか。すいか。

 

 すいかが弾けるときの、手ごたえ。すいか。

 

「潮、もう大丈夫なのか」

 

「すいか」

 

「大丈夫か!?」

 

 あっ、提督ですね。

 

 そうだ。提督に呼び出されてたんでしたね。

 

「若葉から報告は受けている。すまない、普段出撃している海域で、こういうことになるとは思っていなくて……慢心していたんだな、俺も」

 

 提督が慢心だなんて。そんな。

 

「水上艦との交戦は単縦、対潜は単横、空襲海域は輪形、大破したら撤退だけの指示で足りると思っていたのが良くなかったんだろう」

 

 ……提督は、潮にこんなことを言って、どうしたいんでしょうか。

 

「すまない。本題だが、潮、もう戦いたくないか」

 

 戦いたくない? はいって言ったら、海を取り返したくも、みんなや提督のお役に立ちたくも、深海棲艦を倒したくも──ここに居たくもないっていうことに、なっちゃいますよね。でも、戦いたいって言うと、またあんな、あんな……すいか……。

 

「いや、わかりにくかったな。しばらく休まないか、という提案だ。気が向いたらまた戦ってくれればいい」

 

 休む。休んだら、変わるでしょうか。この感触も思い出さずに済むでしょうか。でも、戻ってくる? 戻ってきたらまた戦って、戦って……すいかにしないとしても、沈んだ敵は、みんなすいかになったと同じですよね。これまでじっと見てこなかったけど、痛いものは痛いですよね。戻ってきて、また倒したら、また痛い思いをさせるしかない。仕方ないんでしょうか。戦うためにここに来たのだから。

 

「すまん。これも今のお前に考えさせることじゃなかったな。休め、命令だ。一週間、どこかでゆっくりしてくれ。どこに行ってもいいし、何をしてもいい。一人になりたいなら、何かしら手配を……いや、いい。駆逐艦寮に一部屋用意するから、好きに使っていいぞ。来週また、話を聞かせてくれ。心配なこととか、相談したいこととかあるか」

 

 相談したいこと? 相談ですか。あります。

 

「潮がやっつけたル級に、謝りたい……ううん、これまでやっつけて、沈めてきたのも一緒ですもんね、みんな、みんなみんな、あんな風に、あんな」

 

「……そうか、それにしたっていきなりじゃないか? これまでずっと平気だったのに」

 

「撃つのは平気でしたが、爆発するのは、潮、あんな風に破裂したくはないって、思ってしまって、そしたら、あんなふうじゃなくても沈むのは死ぬのは怖いって、嫌、怖いです! すいかは、嫌です!」

 

 すいかは嫌、すいかじゃなくても嫌、傷つけるのは嫌です。嫌……。

 

「だが……。そうだな、今は休んでくれ。返事はできない。また今度、このことはゆっくり話そう」

 

 

 

 

 

 

 提督と来た空き部屋は、がらんとしていて、間取りはいつもの部屋と一緒なのにとても広く感じます。真新しい畳の匂い。でも、木と畳の匂いしかしない……。

 

「七駆の部屋から好きなもん持ってくればいいぞ。なんだったら、俺とか朧とかに頼んでくれれば持って来てやるが」

 

「……ありがとうございます。大丈夫です。自分でやります」

 

 提督に持って来てもらうのは恥ずかしいものだって、いろいろあるので。

 

「そうか。じゃあ、俺は行くが、何かあったらいつでも執務室に来るんだぞ」

 

 そう言うと、提督は部屋から出て行った。

 

 これからどうしよう。休むと言ってしまったけど、なにもすることがありません。シール帳でも持ってこようかな。折り紙とかも、しばらくぶりにやってみようかな。あれ、あたし、何がしたかったんだっけ。最近やってたのは……

 

「……バイブ書道」

 

 バイブ書道、そもそもバイブ書道さえしなければ、こんなむごいことには。でも、ああしていないと那珂ちゃんさんは。でも、あんな、あんな姿にしたかった訳じゃないのに。

 

 元々何がしたくてこんなことしたかったんだっけ。なんでバイブ書道なんて……。

 

 同一二四五 七駆居室 朧

 

 潮ちゃんが一週間別室で静養することになったので、七駆のみんなで用意をすることになった。布団とか、寝間着とか、替えの下着とかが無いと、別室で生活なんてできないから。あと、洗面用具なんかを段ボールに詰めていく。

 

「それにしても、あの様子で一週間じゃ足りないんじゃない? 半年ROMっても治りそうにないけど」

 

 漣ちゃんの言う通り、潮ちゃんの打ちひしがれ方は尋常じゃなかった。

 

「でも朧も大概でしょ、その、カニさんと自分の境界がわからなくなったっていうの、どう考えても危ないと思うけど」

 

「きっとあたしがカニさんを頼ろうとしたのがいけなかったから、多分。それに、カニさんが悪い人、悪いカニなわけないから、一体化しても問題ないよ。あの時は、那珂さんをひどい目に遭わせようとしてたから怒ったんじゃないかな」

 

 なんて強がってみるけど、あの時は確かに普通じゃなかった。でも、カニさんに感情移入したというか、あたしが思い込んでるだけだから。多分。

 

「……まあ、気を付けなさいよ。とにかく、あたしは皆が無事で帰れて良かったわ。潮も、沈まなきゃまた戻ってこれるわよ」

 

「ほんそれ。三人とも本当に乙、ですわ」

 

 綿棒と制汗スプレー、それから爪切り、あと色々を段ボールに入れる。タオルは沢山あった方がいいよね。

 

「あ、これ入れとこ」

 

 漣ちゃんが、例のバイブラシを滑り込ませる。

 

「潮ちゃん、あんな目に遭ってもまだバイブ書道するかな」と、つい漣ちゃんに聞くと、漣ちゃんは、「字を書くだけの道具じゃないでしょ?」と。

 

 まあ、そうかもしれないけど。

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