バイブ書道   作:プリン

26 / 30
バイブ書道 24

同一〇五〇 廊下 曙

 

 

 

 急な呼び出しで何事かと思ったけど、まさか本当にクソ提督が辞める方向で話が進んでるなんてね。長門はそのことをはっきり言わないようにしてたみたいだけど、もう公然の秘密と化してるんじゃないかしら。

 

 そんなことより決闘よ、決闘。

 

「漣! ほんとにアンタが提督代行になるつもりなの? それに決闘って、何か策があるのよね?」

 

 漣は振り返らずに前を歩いている。頭に乗ったウサギさんだけがこちらを見ている。

 

「質問は、どっちもイエスよ」

 

 いつも通り、どこまで本気かわからない、芝居がかった話し方をする。

 

「それ本当? まず提督代行ってね、私、アンタに撤退しろなんて言われても聞かないわよ。それに長門の意見に賛成しなかったのって、長門が提督っていうのが許せなかっただけなんじゃないの?」

 

 結構、動揺させそうなことを言ったつもりなのに、漣は相変わらず私の方を向かないで答える。

 

「ぼのは間違ってない意見につっかかるような子じゃないし、意地のために犬死にするような子でもないでしょ。それにね、漣は提督になりたいのですよ。提督の称号を得れば、漣は永遠にご主人様の思い出と一緒に居られるのよ」

 

 そこまで言ってから、ようやく漣は振り向き、後ろ歩きで話し出す。ウサギさんがくるりとこちらを向く。

 

「それに、提督になれば漣ハーレムを建設できますし! ついにわたくしも百合園へ!」

 

「漣、アンタだけは提督にならないで。超クソ提督まっしぐらじゃない」

 

「あら、漣にこんな口を利くなんて、面白い子……」

 

 漣、どこまで本気なの。まあ、いずれにせよ私は姉妹の中から一人選んで組むだけだし。さっき出した意見なんて、長門が提督になるのは認められなくて言っただけよ。

 

「朧は? 提督の居ない鎮守府はいらない?」

 

 隣を歩く朧に尋ねる。いや、蟹の腕がさっきから当たって。隣を歩くと結構邪魔ね……。

 

「朧は言った通り、だけど。いつまでも鎮守府の暮らしを続けることはできない。提督自身がそう言っていたし」

 

 ……多分、泣き腫らした目で帰って来たあの日ね。でも、提督がやめるってことを確認するだけで、朧が泣くかしら。滅多なことじゃ泣いたりしないはずだけど。

 

「潮ちゃんの言っていたやり方で鎮守府が回るなら、それも悪くないのかも。でも、いつか終わってしまうのだから、その準備は要るんじゃないかな。多分、あたし達は海に向かって滑走する飛行機。離陸に失敗するかもしれないし、離陸しても落ちるかもしれないけど、離陸できなかったら水没するに決まってる」

 

 朧の声、淡々としてるけど、ところどころ震えてるような。私も、今の話は怖くて受け入れたくないけど、反論できない。朧の話が怖いのは、私が飛ぶべき空が全然見えないから。朧もきっと一緒なんだ。

 

「あの、潮は別に、誰の意見でもいいかな、なんて」

 

「えぇ? あんな立派にしゃべってたのに」

 

 潮、なんか照れちゃってるけど、ほんとに潮にしてはよくしゃべったと思うわ。

 

「潮は、提督以外が提督になるのは嫌、っていうのは、漣ちゃんと一緒で、提督に頼らなくてもやれる、っていうのは朧ちゃんと一緒で、しゃべったのは皆がしゃべったからでしかなくて。それをまとめながら話したら、ああなったってだけで」

 

 はっきりしなさいよ、なんて思うけど、ハッタリもうまくなったって誉めてあげるのが先よね。

 

「てことは、漣と朧の決着は後に回して、まずは対長門で共闘できるわね。漣、ここまで考えてたの」

 

「ったりめぇよお」

 

 漣は、ちらと振り向きウインクを飛ばしてきた。

 

 

 

同一〇四五 秋雲居室 秋雲

 

 

 

『長門だ。突然だが、全艦娘、時刻ヒトマルマルマルに本館大広間に集合。緊急の連絡だ。繰り返す! 全艦娘はヒトマルマルマル、本館大広間に集合!』

 

 秋雲は、放送を聞いて少し逡巡したが、無視して原稿に取り掛かることにした。彼女にとって、冬の原稿より緊急な事柄などありはしないからだ。それに、放送が聞こえていなかったことにすれば問題ないし、聞こえなかったという言い訳が通じるならその程度の緊急性、としか思っていなかった。

 

「やばいやばい……焦らなきゃいけないのはわかるし実際焦るけど焦ったってどこに何を描けばいいのかわかんないよお! 後で誰かの部屋に行くか! 人に見られることで適度の緊張感っていうのをね」

 

 と、夕雲型の部屋に行くことが頭をよぎるが。

 

「巻雲……風雲……頼ったらまたいつもと一緒だし……。そうだ朧! 今日は朧は秋雲ちゃんのお姉ちゃんよ!」

 

 

 

 

「はーい失礼してまーす秋雲さんでーっす。ちょっと場所貸して」

 

 帰って来た朧らに威勢よく挨拶する秋雲だが、まずいつになく張り詰めた四人の雰囲気に驚く。朧の顔も、いつもの穏やかさを失っていた。

 

「ごめんね秋雲ちゃん。今日はどうしても勝たなきゃいけない演習があるから、あたし達、みんな留守にすると思う。ここに居るのは、別にいいけど」

 

 秋雲は、あえなく自室に引き返すこととなった。

 

「ああぁ助けて漫画の神様……おっぱいはどれだけでも大きく描くから……秋雲さんに力をおくれ……」

 

 

同一一三五 本館裏 漣

 

 

 木曾氏、今度はわざわざ迎えに来たと思ったら、こんな暗がりに連れ出して。まあ、どうせ作戦会議なんでしょうけど。でも、そう聞いちゃつまんないよね。

 

「これは……愛の告白? 漣には心に決めたご主人様が……」

 

 ……なんか、言えよ! 照れるぞ! なんて言えないくらい、その左目は真剣そのもの。

 

「漣、何の準備もしないうちにこんなことになったが、本当に勝つ見込みはあるのか?」

 

「あるある超あるって。アリ寄りのアリ。ありまくりよ!」

 

 そうか、と返事をすると、塀にもたれて腕を組む木曾氏。ほんと絵になるってうか、似合うと分かってやってるところあるわよね。

 

「本当に、漣XXだけで勝てると?」

 

「いや、長門氏は囲んでフルボッコにして、その後で貧弱一般駆逐艦のみなさまに退場願うだけよ。そのためのルールをでっち上げたわけだし」

 

 こういう話って、本当にやると信じ込んで自信満々に言わなきゃダメよね。相手の目をよく見て。あ、左に立たれると眼帯しか見えないわ。

 

「いや、俺にはその自信の出どころがわからない。不意討ちだとしても必ず勝てる見込みは無いじゃないか。それに、お前が平気で姉妹を陥れられるのも……わからん。提督がいなくなるのが納得行かないのは一緒だと思ってはいたが、俺はそのために姉貴たちを出し抜いたり、陥れたりは……」

 

 首を傾げて顔をのぞき込むと、いつになく険しい顔が見えます。

 

「漣を引き入れるとき、漣なら提督を止めるために本気になるだろう、なんて思ったんでしょ」

 

 目が合うまで、しっかり溜めます。

 

「ご明察です。本気なんですよ。だから漣にはできます。姉妹が気になるっていうのなら、それが木曾氏の想いの底ですよ」

 

 木曾氏の目は、変わらず漣の目を見つめています。真夜中みたいな、濃紺。もっと動揺すると思ったんだけど。動揺は全然ありません。ここに来てスルースキル発揮? 

 

「認めたかないが、そうなのかもな。俺がお前だったら、なんて、正直想像もつかん。俺の姉貴たちはセコい真似しなくても話せばなんとかなるだろうからな。それに、お前の覚悟には感服したが、感心はしないし、敬意も払えない。わかんなくなっちまったよ。俺がここまでして何をしようとしてたのか」

 

「いっ、今更ア?」

 

 つ、つい大きい声を出してしまいましたが、こうとしか言いようがないでしょう、なんでこんな遠回りな方法で提督を引き留めようとしたのか……。

 

「そうだな。提督の周りを嗅ぎまわって、密偵みたいな調査までして、したかったのは結局、提督が辞めさせられるのを防ぐ。そんな簡単なことだ。

 

……簡単だった筈なのにな。ディルドが何なのか教えてくれなかったときから、俺はアイツのことが信用できなくなった」

 

 おまえは何を言っているんだ? 

 

「これまでは腹を割って話してたつもりだったのに、はぐらかされたのがショックでな」

 

 いや、ググれよ! まあ、ウチで端末を与えられてる艦娘は限られるから仕方ないか。

 

「長門が実権を握る以前に、アイツがクビにされるのを防げばいいことだ。何。今日の演習の決着を見る前にだって、なんとかしてやるよ。若葉だっていろいろ証拠を集めてくれたんだ。言い逃れなんてさせないぜ」

 

 はて。証拠っていうのは、提督が辞めることのですか。

 

「長門を云々なんて言った時点で、俺が諦めてたんだな。確かに俺はその程度だ。だが、その程度なりにアイツを説得してやるさ。ありがとよ。おかげで目が覚めたぜ」

 

 ……すがすがしいまとめ方してますけど、要は今ある材料で提督を引き留められれば、それで作戦成功……。

 

「って、それ今回の演習と全然関係なくね? ご主人様がすぐに辞めるかはさておくとして、居なくなったあとの取り決めをしようって話だったから……ワケワカラン……。えと、長門氏はご主人様がすぐ辞めさせられるってのを伏せてるってこと?」

 

「ああ、そうだ。提督は辞める」

 

「だったら結局。漣は戦わざるを得ませんね……」

 

「そいつは俺も同意見だ。長門に命令されるのも……今のままじゃ癪だし、新しい提督ってのもすんなり受け入れられん。漣が提督代行になるってのも、決定を先送りさせるための狂言なんだろ?」

 

 まあ、木曾氏からしたらそうなって当然ですよね。木曾氏としては、あの会議は近いうちに起こるご主人様ロスに備えたもので、ご主人様がすぐに辞めないなら、どの運営方法が採用されようと関係ないもんね。だから、多分漣が勝って……漣が勝てなくてもぼのが勝てば、これまで通りの鎮守府ぐらし、それでよし。の筈。

 

「もち! サクっと勝って。この話は立ち消えになって、第三部完ッ!」

 

 その答えを聞くと、木曾氏はにやりと笑って、準備をすると立ち去りました。騙されているとも知らずに……。ま、悪いが仕事なんでね。

 

 

 

同一四二〇 出撃ドック 潮

 

 

 

 あれ、早く来すぎたでしょうか。まだ誰も来ていません。こんな大事な勝負だから、みんなもっと早く来るものかと思っていました。

 

 今でも、艤装を背負ってここに来ると緊張してしまいます。

 

 ドックといっても、海と繋がっているので、港の一部に屋根をかぶせた、というのが正しいのかもしれません。

 

 とても広いうえに半室内になっているので、波の音も足音も響きます。いつもだったら、皆が艤装を動かして調子を見たり、打合せをしたりして騒がしいのですが。

 

 今くらいの季節だと、もう日が傾き始めているので、ちょっと薄暗いです。それに、けっこう寒いです。海に出たら寒いのもこんなものじゃないので、いい加減慣れるべきなんでしょうけど、やっぱり任務中とはわけが違いますね。

 

 決闘。やっぱり、ものものしい響きです。それに、ここまでして戦う理由があたしには分かりません。まだまだ。

 

 漣ちゃんと朧ちゃん。どっちの言うこともわかります。朧ちゃんが大広間で言っていたように、あたし達は提督に頼らず、自分でやっていくべきなのかもしれません。提督がそのために普段働いていたとしたらなおさらです。漣ちゃんが提督になるのも、別にいいと思います。口ではああ言っても、漣ちゃんは仕事は真面目にやると思います。他の人をご主人様とは呼べない、って気持ちも、たぶん潮と同じです。何より、鎮守府はこのまま続きます。

 

 どうしよう。朧ちゃんが勝てば、鎮守府がいつか終わってしまいますが、提督の願いは叶います。漣ちゃんが勝てば、提督が居なくなっても、この生活を続けられます。

 

 あああぁ、どっちの味方になろう……。岸に腰掛けて考えますが、全然決められません。波はずっと、岸壁に囁いています。

 

 しばらくして、足音が聞こえてきました。こちらに来るのは、頭に大きなカニさんを乗せた、朧ちゃんでした。

 

「……いよいよか」と誰にともなく呟く声は、いつも通り落ち着いています。でも、普段よりしっかりと、まるで自分に言い聞かせているようです。カニさんが何を考えているかは、潮にはわかりません。朧ちゃんは、潮の右隣のコンクリートを払うと、潮と同じように座りました。

 

 朧ちゃんは普段は優しくて頼りになりますが、戦いとなると真剣そのもので、敵に全力でくらいついていきます。そこも含めて頼りになりますが、正直、結構怖いです。

 

「潮ちゃんは、今日どうするか決めたの? 最後にあたしに着くか、漣ちゃんに着くか」

 

「えっと、潮」まで言って、朧ちゃんに着くと言おうと思ったのですが、気付いたら、「まだ決められなくて」と答えていました。

 

「そっか。潮ちゃん、漣ちゃんを提督にしたいの?」

 

「ううん、鎮守府がなくなっちゃうのが嫌で。でも、提督がいつかはなくしたほうがいいと思ってるなら、なくしたほうがいいような気がして」

 

 朧ちゃんは、海を見つめるばかりで、潮の方は見ていません。

 

「そっか。そうだよね。朧もみんなといっしょに、ずっとここに居たい。でも、それはできないから。きっといつかその時が来るなら、ぼんやりと分からないよりは、決めてしまった方が覚悟ができると思うんだ。提督が言うから、っていうのはもちろんだけど、ちょっと、納得してもいて」

 

 朧ちゃんは、ちょっと前かがみになって頬杖をつきました。

 

「提督に、『提督のために戦い続けたい』って言ったら、それはできないって言われた。悲しかったし、とっても不安になった。でも、今思うと提督だって辛かったんじゃないかなって」

 

 朧ちゃんは、目を瞑った。暫く考えたあと、今度は波間を見つめながら話し始めた。

 

「辛いなりにそう決めたんだ。だから、あたしは受け入れる。今日の戦いに勝てば、提督がいなくなっても、提督の意思は果たされる。提督の決意を無駄にしないために、あたしは譲れないし、負けられない」

 

 しっかりと言い切ったけど、やっぱり自分に言い聞かせるみたいで。どこか、用意した文章を読み上げるようで。

 

「でも潮。無理に手伝うことないよ。最後まで勝ち残って、鎮守府を守ればいい。潮が自分で決めたことなら、提督が決めたことと同じように、大事にしてあげたい。負けたとしても、いつかあたし一人が出て行けばいいことだし、ね」

 

 そう話す朧ちゃんは、いつの間にか、いつもの優しい顔です。

 

「でも、戦うことになったら手加減しないから」

 

 ……なんて返事をすればいいのか、全然わかりません。朧ちゃん、きっとかなしいはずなのに。提督もほかのみんなも、離れ離れは嫌なはずなのに。あたしが勝てば、このかなしみはなくて済むのに。なのに、勝ってはいけない気もして。

 

「作戦会議だったら、私も混ぜなさいよ」

 

 曙ちゃんです。考え事をしていて、気づきませんでした。

 

「で、朧は潮を懐柔してたの? あたしだって長門をやっつけたら、次は漣を狙うわ。同盟成立かしら?」

 

「ううん、同盟なんて無いよ。潮ちゃん、勝って今朝言ってた案を通したいんだって」

 

 曙ちゃんは、潮の左隣に座ります。

 

「ふうん、いいけど。じゃあ私も本気で勝ちに行こうかしらね。ま、漣を提督って呼ぶのはムカつくから真っ先に倒すの確定。アンタ達はその後よ」

 

 曙ちゃん、本当はどう思ってるんだろう。本当は他のこと考えてるんじゃないのかな。いつも正直にはお話しませんし。

 

 静かになってしまいましたが、だんだんと外の騒ぎが聞こえてきます。みんな、あたし達の戦いを見に集まってきたみたいです。緊張します。みんなに見られるのなんて、夏の運動会のとき位だし……。

 

「待たせたな!」

 

 漣ちゃんの声です。振り返ると、そこには、なんと説明すればいいのでしょう、いつもよりふりふりの衣装で、肩に砲身を担いだ漣ちゃんと、後ろに操縦席のついた、砲……? 底に車輪がついているのでしょうか。その操縦席でペダルを漕ぐウサギさんでした。

 

「漣XX、発進!」

 

「アンタいつの間に改装したのよ、知らないわよそんなの!」

 

「そりゃ秘密だし」

 

 曙ちゃんが何か聞こうとしていましたが、「説明は戦いの後よ!」とはぐらかされています。でも、でも。エプロン、とってもかわいいと思います。

 

 そしてついに、長門さんと、審判をしてくれる大淀さんが来ました。長門さん、コートがとっても似合っています。でも、敵になってみると、見るからに強そうで怖いです。大淀さんは珍しく、艤装を背負っています。本当に何でもできる、すごい方です。

 

「ではお時間なので、ルールを──」

 

 大淀さん、そこまで言うと、漣ちゃんを見て絶句してしまいました。

 

「漣さん!? そんな装備も衣装も知りませんが。いつ実装されたのですか?」

 

「これ? 未来から取り寄せたのよ! 可愛いでしょ?」

 

 どういうことでしょうか。大淀さんだったら、誰かが新しく改装できるようになったら知っているはずですが。これはまさか、違法改造というものでしょうか。

 

「いいじゃないか大淀。司令部の公認がなかろうと、改装できたなら問題ないだろう。私は構わない。駆逐艦の枠を超えた力が得られるわけではない以上、それだけで後れを取ることはないよ」

 

 漣ちゃんを見ながら、長門さんは全然うろたえません。長門さんの言うとおり、駆逐艦を超えられないとはいえ、これを見て動じないのは流石です。

 

「それより漣、漣への影響が検査されていないのが心配だが……。艦娘の装備は、人間が本来持つ科学から見れば得体の知れない、未知の技術で作られている。しかも、私たちの肉体は艤装と強く連動している。夕立のように激しく見た目が変化するのは稀だが、精神も艤装に影響される。勝つためとはいえ、試験されていない艤装を使うのは危険だ」

 

「その縄じゃ漣は縛れねぇよ。不合理こそ博打……」

 

 よくわかりませんが、漣ちゃん、長門さんに啖呵を切ったんですか。やっぱり漣ちゃん、すごいです……。

 

「私は本当に心配だが……そこまでして勝ちたいというなら止めはしない。大淀は漣の様子がおかしかったらすぐに演習を中断してくれ」

 

 大淀さんの「承知しました」という返事は、どこか不安げです。

 

「それでは改めて、今回の演習」

 

決闘(デュエル)

 

「演習のルールを説明します」

 

 漣ちゃんが無視されるの、今回ばかりは仕方ないと思います。

 

「通常の演習のルールに、一部変更を加えての対戦となります。参加者五人はそれぞれ別艦隊とみなし、五角形に配置します。損害の判定は通常の演習と同様です。あの……」

 

 大淀さんの声、本当に聞き取りやすいですね。でも、読み上げるときの調子から普段の声に戻りました。

 

「漣さんのそれ。艦載機や水上機ではありませんよね」

 

 おそるおそる尋ねる大淀さんに、「主砲よ!」と断言する漣ちゃん。

 

「かしこまりました。では、一切の砲雷撃が不可能となった艦娘は戦闘不能とみなします。最後まで戦闘不能にならなかった一人が勝者です。質問はございますか」

 

「大淀さん、大事なことを忘れていますよ。最後まで生き残った艦娘が提督が不在となる場合の規則を決めるって」

 

 漣ちゃん、鋭いです。本気で勝つつもりだから集中しているのでしょうか。

 

「あら、うっかり。漣さん、ありがとうございます。皆様はそれでよろしいですか」

 

 もちろん、みんなそれで同意しました。

 

 ついに始まるのですね。鎮守府の未来を決める戦いが。

 

 

 

同一四五五 鎮守府 沿岸区域

 

 

 

 この日、この時、すべての艦娘が埠頭に集まり、戦闘の開始を今か今かと待っていた。

 

 誰もが興味を持たずにはいられないほど、この日の演習は新味に溢れたものだった。

 

 腕自慢の艦娘は、往々にして訓練にかこつけて一対一で戦うことがあった。しかし、今回行われるのは、五人で、しかも最後の一人になるまで戦うという、壮絶かつ大規模なものである。これまでにない、激しい戦闘とドラマが繰り広げられるだろう。しかも、この鎮守府の未来が、この勝負にかかっている。

 

「さーていよいよ、本鎮守府史上最大の一戦が始まります。皆さんもう賭けましたか? もちろん、長門さんが圧倒的人気です! しかし! 七駆の誰かに賭ければ、一攫千金のチャンス! これから一年、三食全部間宮も夢じゃありませんよ! うーん悩んじゃう! でも、もう試合が始まっちゃいます! 一口千円から! はーい急いで急いで!」

 

 青葉が首からホワイトボードを掛け、仮設テントの前で呼びかける。実際の所、ほとんどの艦娘にとって、鎮守府の未来など別にどうでもよかった。皆、刺激的な戦闘と賭けに興味があるだけなのだ。テントでは、衣笠、古鷹、加古が軍票を数えている。

 

「はぁ……。青葉、ほんと凝りないわよねぇ」

 

「なんでかなぁ、止めても毎回付き合わされるの……」

 

「しっかし、こんな大金見ると目が冴えてくるよな。会議のたびに一万出るなら、あたしゃ毎回起きてるぜ」

 

 ホワイトボードには表が描かれている。対戦者それぞれの名前が見出しで、張りたい欄に名前を描き込む方式である。ほとんどの艦娘は、長門に賭けていた。往時の人気を再演するかのようである。もっとも、本人はこんな所での人気など望んでいなかったろうが。そんな中で、那珂は潮に、初春型姉妹は曙に、秋雲は朧に賭けていた、漣の列には、まだ誰の名前も無い。

 

「おっ、みなさん入場しますよ!」

 

 出場者が、出撃ドックからずらずらと出てくる。観衆たちがどよめく。

 

 最初は皆、動揺していなかったが、漣を双眼鏡で見た者が、自分の名前を漣に移した。一人、二人。まだまだ続く。最終的に、十五人ほどが、長門から漣に賭けを変更した。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。