バイブ書道   作:プリン

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バイブ書道 6

同一七五五 寮(七駆居室) 曙

 

 靴が三足。

 

「ただいま」

 

 襖を開けると、やっぱり三人揃ってる。けど、何やら神妙な様子ね。揉め事? 他所でやってほしいわ。

 

「また遅いお帰りですね。クソご主人様とデート?」

 

「ありえないから」

 

 漣。しつこいのよ。クソ提督のことばかり弄ってきて。それに私、クソ提督に贔屓された覚えないわよ。

 

「ちょっと走ってきただけよ」

 

 射撃練習一時間の後、練兵場を五周。いちいち説明せずに済むから『ちょっと走ってきただけ』は便利ね。

 

「ちょっとでこんな時間? 曙ちゃん、訓練は集中してやらなきゃ」

 

「大きなお世話!」

 

 朧。まるでお見通しって感じでニヤニヤしながら言ってくるのはどうなのよ。しかも、本人は本当に日課通り早起きして腕立て腹筋スクワットしてからご飯食べてるらしいから、始末に負えない。言い返しようがないし。

 

「そうだよ。怪我しちゃうよ」

 

 潮。いいご身分、ね。

 

「私はね、今の順位を維持するにも上を目指すにも、怪我しない程度じゃ足りないのよ。……才能ないから」

 

 実は戦力と練度には序列がつけられてるんですって。ここ一番の場面、期間限定海域で出撃制限がかかるときなんて、火を見るより明らかよね、評価されてる子は後段の作戦、決戦要員にならない子は前段とか、情報収集のための反復出撃。

 

 そこまで紙一重じゃない所だと、普段の出撃に序列が出てる。なんだかんだ、駆逐艦でも見所のある子だと平時の海域で重宝がられてる。不相応に大型艦で固めると、海域深部に辿り着けないことが多い。クソ提督、艤装に施された術式が数に任せた勝利を嫌うからとも、不相応な戦力だと深海のやつらに察知されるとも言ってたけど、結局どうなのかしら。とにかく、ある程度ならまだ出撃に参加できるわけね。

 

 で、戦力として見所が無いと、遠征に回される。といっても、遠征にだって向き不向きがあるから、遠征は雑魚の仕事ってわけでもない。

 

 つまり、私はいつだって埋もれる可能性があるってわけ。遠征だって、帰ってくるまで何の指示も取らずに航行しなきゃいけないわけだし、出撃する必要が無くなったらもう、何の役にも立てない。

 

 そんなの嫌よ。だから訓練は欠かせない。

 

「……ごめんね」

 

 また落ち込んじゃった。

 

 そんなつもりじゃないのよ。潮は何にも悪くない、悪くないのに。

 

「ツンツンタイム終了した? 潮っちもぼのの言葉を字面通りに受け取っちゃダメよ。御禿もそういってるから」

 

 誰よハゲって。とりあえず、これ以上訓練の話は必要なさそうね。

 

「で、さっきは何話してたの」

 

「いや、潮ってうちらの中でも格段にブスだよねって。なよなよして気持ち悪いし」

 

 何ですって……?

 

 顔が、運動して火照っていたことを忘れるくらい急に、かっと熱くなるのがわかる。

 

 潮は何を言われたかわからない、という顔で、ポカンとしている。

 

「漣、今何言ってるかわかってる?」

 

「や、敵艦撃墜するたびにシール貼るのもさ、いかにも大人気ない感じでご主人様に媚びる気マンマンじゃん? いつも上目遣いでさ、あざといのも大概にしとけ、って」

 

 漣はニヤニヤとしつつ、こちらからも、潮からも視線を外して滔々と語る。潮の短所? 違う。潮がそんなこと考えているわけないじゃない。

 

「潮はマイペースだけど、打算ありきで行動する子じゃないわ。あざといってのは九分九厘僻みでしょ」

 

「あんな痩せろ痩せろ言ってさ、ぼのもデブは情けないって思ってんでしょ?」

 

「……羨ましかっただけよ、胸が……」

 

「てか、おっぱいお化けでキモくない?」

 

 キモい? 別に何もしてないじゃない。潮に何の非があってそんな誹りを受けなきゃいけないのよ。というか潮、唇を噛んで俯いて、畳には沢山の染みが。泣かせた! 姉妹なのに! 

 

「いい加減にして!」

 

 

 

 

 ──状況が分からない。気が付くと、漣は仰向けに倒れ、私は朧に右手を掴みあげられて。そうだ、まず襟首をつかんで……。

 

「朧。どうしてジャマすんの。朧も許せないでしょ、こんな……」

 

 その横で、尻餅をついた漣が、スカートを払いつつ立ち上がっている。

 

「と、いうわけで、ぼのも本気で潮のことをデブとかブスとか思ってる訳じゃないのです……あ、聞いてねーし」

 

「どういうことよ」

 

「皆まで言わせるの? ぼの、素直に潮ちんが可愛いって認めなそうだからね。ちょっと強引に言って貰おうって」

 

 つまり、どういうこと? 認めようとしない私が悪いとでも言いたいの……? 

 

「ちょっと漣、アンタがこうやって収集つけるつもりだったのはわかった。けど、潮が真に受けるタイプっての、よくわかってるでしょ?」

 

 なんで私の虫の居所が悪いのか、しっかり伝えたつもりなのに、漣は相変わらず。

 

「だからこそ、落差が大きくなって効果もてきめんでしょ?」

 

「わかんない。何もわかんないんだけど。というか、なんでいきなり潮を褒めようって話になったわけ?」

 

「それはまぁ……機会があったから?」

 

 どういう流れで褒めることになったか知りたいのに、それはないでしょ。身もふたもない。勘弁してよ、本当に。

 

「……とりあえず、よ、漣ちゃんは冗談でも言い方がキツかった。曙ちゃんが怒るのも無理ないと思う。曙ちゃんは手が出たのはまずかった、と思う。多分」

 

 どう返すか悩んでいたら、朧がいい感じにまとめようとする。

 

「スマソ。怒らせなきゃいけなかったから、つい……」

 

 けど、肝心なことが放って置かれてるじゃない。

 

「私は気にしてないし……。その、悪かったわね。そんなことより潮よ」

 

 と、そこまで言うと、いつの間にか潮に寄り添っていた朧が、あとを引き取る。

 

「潮ちゃん、そういうわけで、体形のことはなんとも思ってないよ、曙ちゃんも。羨ましいって言ってたし」

 

「……え、ええ、まあ。そうね。いいわよね、それ」

 

 ……褒めろって言われるとかえって難しい。羨ましいといえば、そうなんだけど。

 

「……なんで?」

 

 俯いて鼻をすすっていた潮が、突然反応する。なんで胸が大きい方がいいのか? それは……なんでかしらね。

 

「それは……」

 

「その方が大人っぽくて綺麗だからじゃないかな。多分」

 

 私が答えに窮するのを見かねてか、またしても朧が引き継いでくれた。でも、本当にそうなの? 

 

「ていうか、自分でわかってるんじゃないの。わざわざ明石さんとこまで聞きに行ったよね。何故かあたしも連れて」

 

「ちょ……ちょっと! なんでそれ言うの!」

 

 いきなりの爆弾発言に、またしても顔が熱くなる。私が顔に出るタイプなんじゃなくて、今日に限って色々起きすぎなだけよ、きっとそう。というかどうしてくれんのよ! 

 

「フフ……下手だなぁぼのは。へたっぴさ……本音の言い方が下手……」

 

「なんですって?」

 

 急に割って入った漣が、何やら私を嗤おうという構えを見せている。本音じゃない? 羨ましいとまで言わせておいて、まだ私が何か隠していると? 

 

「ぼのが本当に欲しいのは視線……! それも男の……提督……!」

 

「っの言わせておけば! 冗談じゃないわ!」

 

 色目を使われたくてそんな風になりたい訳ないじゃない。じゃあなんで潮の胸が大きいのがこんなに気がかりなのか。わかんないけど漣、漣は言いたい放題させておくわけにはいかないわ。

 

「はいそれまで。まあ、わかった? 潮ちゃん。やっぱり曙ちゃんも本気でそれがいけないなんて思ってないよ」

 

「うん、わかった。潮、もう気にしないよ」

 

 泣き腫らした目で、それでも笑顔で私達に告げる潮。

 

「……悪かったわね、ホント」

 

「ううん、大丈夫。曙ちゃんも、あたしに嫌な思いさせたいわけじゃなくて……」

 

 またもじもじし始める潮。まあ、潮の気持ちを考えないで言いたい放題してた私が悪いわね。それは素直に……認めるしかないわ。

 

「それぼのがツンデレだからよ」

 

 割って入ってまた素っ頓狂なことを言う漣。

 

「違うわ! ていうか漣、アンタも謝りなさいよ!」

 

「スマソ」

 

 済まん、じゃないわよ。こんな大騒ぎになったのだって、漣が急にこんなことするからなのに。

 

「いいよ、漣ちゃんも潮のためを思ってしてくれたってわかったし。身体のこと、気にすることないのもよく分かったよ。曙ちゃんが胸を大きくしたいのも」

 

「最後のは余計よ」

 

 ……ええ、今のも悪気ないものね。でももうちょっと言うこと考えてから話した方がいいわ。そのうち言ってあげなきゃダメね。

 

「あ……ごめんね、とにかく、心配することないって分かったから、もう、いいよ。みんな私のために、ありがとう」

 

 ……いや、さっきからなんだか照れ臭いことばかり言うわね、潮。やっぱり、眩しいくらい、素直で、優しくて……。いいところばかりじゃない。これだけ長所があるのに、自分ではわからないなんて。灯台下暗し? 違うわね。なんかしっくりくる言葉があったような……。

 

「( ;∀;)イイハナシダナー」

 

「いや、それ漣が言う?」

 

 潮は、こっちが騒いでるのを見て、静かに笑ってる。どこか困ってるような眉、でもその目はどこまでも優しくて。……そんなに人から見られること気にしなくても、その笑顔さえあれば、潮は十分いい。……十分かわいいと思うけど。私は。

 

 

同二二〇〇 寮(七駆居室) 朧

 

 一時はどうなることかと思ったけど、これにて一件落着かな。

 

 まあ、あの後も漣が「ぼのはこっち側でしょ!」みたいなことを言い出すせいで一悶着あったけど、騒がしいくらいがいつもの七駆。

 

 なんて事を考えながら、カニさんの鋏をつつく。カニさんは鋏を振り上げる。きっとびっくりしてるんだろうな。けど、こうでもしないと反応がないから。

 

「……毎日見てるけどさ。なんか変化あるの、それ」

 

 いつの間にか隣にいた曙──いまはまた着替えて、胴が白、袖とズボンがピンクの簡素なジャージを着てる──に、抗議の視線を投げると、曙がそそくさと訂正する。

 

「……その子」

 

「いつも元気。不思議なくらい」

 

「ふーん……」

 

 この子は大抵のことではびくともしない。魚雷を食らおうが、あたしが砲撃を食らって、あまつさえ、殻が黒焦げになろうが、入渠すると無傷に戻ってる。艤装に関連付けられた、工廠に居たり、艦載機に乗ってたりする、妖精さんみたいなものなんじゃないかな。……多分。だから、艤装さえ無事なら、きっと生きている。そもそも生きてるのかわかんないけど、振る舞いは生き物そのものだし、見るからに困ってそうだったり、驚いてそうだったりすることもあるから、生きてるんだと思う。

 

 なんて考えてる間も、曙はカニさんをつつきまわしてている。

 

「かわいいでしょ」

 

「かわいいかな」

 

 曙ちゃんはかわいいと認めようとしないけど、やってる事はかわいがってるようにしか見えない。こういう所が、漣ちゃんの言う「ツンデレ」なのかな。

 

「かわいいの。かわいいからってあんまりいじめないでね」

 

 そういうと、曙ちゃんは首を傾げつつも、鋏をなでている。あっ、挟まれた。

 

「痛っ! やっぱかわいくないわよ! こいつ……」

 

「ぼのがかわいくないから挟まれるのよ。おーよしよしよし」

 

 そう言って割り込んできた漣ちゃん──こっちはピンクのチェックのパジャマ、どこで用意したんだろう──が手を伸ばすと、カニさんは両の鋏を振り上げ、盛大に威嚇し始めた。

 

「あーら、漣、随分かわいいみたいね」

 

「くぅーっ……この子は我が王国に来る気は無いのね……」

 

 王国? 初耳だけど。

 

「何よそれ」

 

 あたしの代わりに曙ちゃんが尋ねる。

 

「漣をトップ、このウサギをナンバーツーとした漣王国よ! 大丈夫、漣はライオンに指を噛みちぎられるようなヘマ、しないので」

 

 またネタね、きっと。それはそうと、それはウサギなの? 実はずっと疑問。ウサギ離れした大きさだし、骨格は二足歩行しそうなものだし。こういうのもやっぱり、妖精さんじみたものだっていう推論を裏付けてる、んじゃないかな、多分。

 

 潮ちゃん──こっちは曙ちゃんの色違いのジャージを着てる──が隅の方に寝転がりながら、こっちを遠巻きに見てる。前からこの子たちの話になると、羨ましそうにしてたから、最近はたまにこの子を貸したり、交換したりしてる。流れで漣ちゃんや曙ちゃんとも貸し借りしてるけど、鎮守府の皆は結構気付いてくれるみたい。

 

 と、カニさんが布団に向かっていく。皆がカニに持ってる印象通り横ばいで進んでいくと、掛布団と敷布団の間に入った。

 

「あ、もうそんな時間?」

 

「え、何それ、アラーム機能付き? ぽまえもやれよ」

 

 漣ちゃんが肩に乗ったウサギを見ながらぼやくと、ウサギが急に起き上がり、漣ちゃんの後頭部に見事なフォームで回し蹴りを見舞った。

 

「はうっ!」

 

「え、怖……」

 

 曙ちゃんがちょっと引いてる。ずっと見てても、こういうのは慣れないよね。

 

「潮ちゃんは? どうする?」

 

 寝転がって漫画を読んでいた潮ちゃんに尋ねる。

 

「うーん、ちょっと、しようかな、……いろいろ」

 

「そっか、皆は?」

 

「漣はお勉強……しようと思ってたけど、なんか今日疲れたからいいや。明日の漣、頼んだ!」

 

 言うが早いか。漣ちゃんは布団を舞い上げると、するりとその間に入ってしまった。

 

「私も寝るわ。何が勉強だか」

 

 曙ちゃんが布団に潜り込むと、漣ちゃんの布団のふくらみから声が上がる。

 

「逃げるのかー!」

 

「うっさいわね! アンタも寝るんでしょ!」

 

 ……やっぱり仲いいよね。この二人。

 

「あたしも疲れちゃった」

 

 ホントはあたし、まだやれそうだけど、珍しく潮ちゃんがやる気だし、人前で初めたてのことをするのって恥ずかしいから、見られてない方が集中できるんじゃないかな。

 

「じゃ、お休み。電気、つけとこうか?」

 

「スタンドだけでいいよ。うん、おやすみ」

 

 電気を消すと、部屋の明かりは潮ちゃんの背から漏れる、スタンドの光だけになった。

 

 

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