逆行しても俺の未来はメルヘン冷蔵庫   作:ハマグリ一派

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6話 嘗て闇に堕ちた英雄

「どうしたの!?」

 

 今さっきまで嬉しそうに笑っていた(ゆずりは)林檎が倒れた。その顔には苦痛が浮き出ている。

 …………やはり、来やがったか。

 

「持病……?いや、『暗闇の五月計画』の後遺症か!?」

 

 誉望(よぼう)が言った後遺症は間違ってはいない。林檎には実験の後遺症で異常な眠気と、記憶の消失が時間の経過で進む症状がある。

 だが、今回の原因はそれじゃない。俺はそれを前回の記憶から知っている。

 

「垣根……お願いがあるの」

 

 息も絶え絶えの様子で俺に言葉をかけてくる。俺は膝を折り林檎の背中に腕を回して、聞き逃さないように近付く。

 彼女は手に力を入れ俺のスーツに皺を作る。まるで、俺の存在を確かめるように。

 そして、林檎は言った。

 

「私を覚えていて欲しい」

「……」

「……あの実験で死んだ私の友達を誰も覚えてなかった……。だから、私は私の存在を他でもない垣根に覚えていて欲しい…………。それだけが私の唯一の願い……だから、私を垣根の手で終わらして欲しい」

 

 つまり、林檎はこう言っているのだ。俺が殺すことで自分の存在をその胸に刻み付けて欲しい、と。

 忘れられることが本当の死だと彼女は考えている。

 元々、置き去り(チャイルドエラー)の被験者たちはその境遇から人との繋がりも薄い。そのため、彼女たちは死んでしまえばその死に嘆く人の数は、一般人と比べれば圧倒的に少なくなる。だからこそ、その価値観が身に付いたのだろう。

 死ぬことが余りにも身近過ぎたために、死んだとしても誰にも覚えていてもらえない。そして、誰かに覚えられていなければ自分が存在したことも無くなってしまう。

 

 (ゆずりは)林檎の救いとは大切な人の手で殺され、その人の記憶に残り続けることにある。

 

 彼女は俺の手を取りその細い首へと添えさせ、綺麗な笑顔を浮かべて囁くように言った。

 

 

「私を殺して(救って)……?」

 

 

 前回もそうだった。

 彼女は覚えられて死ぬことが救いだと思っている。おそらく、その考えは間違っているとは、断言できないものなのだろう。

 彼女の記憶は実験の後遺症で刻一刻と無くなっており、さらには今現在臓器の機能停止を外部から受けている。このままだと辿る未来は必死のみ。

 だからこそ、彼女は願っているのだ。

 苦痛からの解放ではなく自らの存在を(のこ)すための死。それを彼女は心から望んでいる。そんな彼女に俺は告げた。

 

「……俺はヒーローじゃねえ。俺はどちらかと言うと悪党の側だ」

 

 それを俺は自覚している。

 この世界で真っ当に生きてきただとか言うつもりはない。この世界では違うのだとしても巻き戻る前に俺は人を殺し過ぎた。俺は正真正銘の悪党だ。後ろ指指されて生きていくのが正しい人間だ。

 そして、今さっき木原相似(そうじ)を殺した。前回同様今回も、無事に学園都市にいる悪党共へ仲間入りだ。

 そんな俺がヒーロー?誰かを救う?どう考えても無理だろう。柄にもないことするなんざ面倒なことこの上ない。そんなのは御免(こうむ)る。

 俺は林檎の手を振りほどきながら言った。

 

「──だから、俺はお前を救わない」

「……………垣……ね……」

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺に誰かを救うことなんてできはしない。だが、それ以外のことなら俺にはできる。

 (かつ)ては学園都市の闇の底へと身を落とし、人間という種の枠組みからも超越して、未元物質(ダークマター)の無限の可能性にまで届いた、他でもない俺ならば。

 

「お前を取り巻くその面倒事を、俺がまとめて終わらしてやる」

 

 俺は背中に未元物質(切り札)を展開した。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 バサッ!と開かれたその翼を再び目にし、私は純粋な感情を抱いた。

 

「綺麗……」

 

 その翼はどこまでも白く綺麗だった。それこそ、目の前に迫る死の危機なんて忘れてしまうくらいに。

 『暗闇の五月計画』の実験施設で、私たちに植えつけられた一方通行(アクセラレータ)の演算パターンと比較するために、研究者から見せられて初めて見たそのとき、彼の能力に憧れた。

 綺麗な純白な翼。その翼を初めて見たときと同じように私の頭にその言葉は浮かんだ。

 

「(ああ、……やっぱり垣根の能力を植え付けられたかったなあ……)」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 いつもの飄々とした態度とはうって変わり、深刻な表情をしながら心理定規(メジャーハート)は聞いてきた。

 

「……でも、どうするつもり?彼女に一体何が起きているかもわからないのよ?」

「なら、それを調べるまでだ」

「しかし、ここにはそんな医療の機材はありません。この急変具合から見てもどのくらい持つか……ッ」

「だったら、ここで俺が見つけ出す」

 

 本来ならばそんなことは不可能だろう。実際に細菌やウイルスの類いであれば、どれだけ未元物質(ダークマター)を駆使しようが助けようがない。

 だが、俺は知っていた。(ゆずりは)の急変は持病や実験の後遺症ではないことを。

 

「(自壊プログラム。学園都市の上層部が施した(ゆずりは)林檎を殺すための細工で、その内容は特定の臓器に対しての停止命令。つまり、それが林檎の危機を脅かしている元凶。

 なら、話は簡単だ。それをどうにかすれば林檎は助かる)」

 

 元凶がはっきりしており、尚且つそれがどこで起きているかも知っている。その上、解決するための策があるならば行動しない理由は何一つ無い。

 

「林檎、俺はさっき言ったな。俺はお前を救わないってよ。ヒーローじゃない俺にはそんなことはできない、その事は他でもない俺が誰よりもわかっている」

 

 苦し気な表情の中で垣根を見詰めるその瞳には困惑があった。だが、その様子を垣根帝督は馬鹿にはできない。なぜなら、(ゆずりは)が感じていることを垣根も同様に感じていたのだから。

 

 果たして自分にそれができるのか?それをする資格はあるのだろうか?

 一方通行(アクセラレータ)(かつ)て言ったことが自分自身にへと返ってくる。悪党たる自分にはそれは許されざる行為なのだ、と。

 だが、垣根はその全てを飲み込む。

 

「(矛盾も自己嫌悪も俺自身が抱え込めばいいだけの話だ。俺の過去にこいつが巻き添えを食らう道理なんて、何一つ無いんだからな)」

 

 垣根は気付いているだろうか。その思考が逆行してからも変わらずに、一番に嫌悪感を抱く人間が常にもがき苦しんでいた苦悩と同一だということに。

 彼は(ゆずりは)に断言する。

 

「お前が今まで考えもしなかった選択肢を俺が与えてやる」

 

 今から言うことはこの上なく自分らしくないだろうということを彼は自覚する。どの口が、とも思うし、何より自分がこんなことを本気で言おうとしていることに羞恥を覚える。

 前回ならば決して言うことなどありはしなかっただろう、その言葉。

 しかし、彼には既にわかっていた。

 ──運命を変えるにはまず自分自身が先に変わるしかないことを。殺す(救い)以外の方法で彼女助けるために。

 彼は一瞬目を(つぶ)ったあとに、一息で言った。

 

 

「俺がお前を幸せにしてやる」

 

「…………幸……せ……?」

 

 

 (ゆずりは)はその聞き慣れないフレーズに戸惑っているようだ。心からこんなのは柄ではないと思いながら、彼は続けて言葉を紡ぐ。

 

「料理食って旨いだとか誰かと話して面白いだとか、そんなありきたりなモンを感じながら生きていくことだよ。

 救いだなんていうのは死んだら終わりだが、幸せなんていうのは生きてれば感じられる時も来る。なら、そっちの方がよっぽど生産的だろうが。そして、それをこの垣根帝督が手助けしてやるって言ってるんだ。それに何か不足があるか?」

 

 その綺麗な眉が下がり眉間に皺が寄ったのは、(ゆずりは)林檎から反応がないか。はたまた自身の内から沸き上がる感情からか。わかるのは垣根帝督ただ一人だ。

 (ゆずりは)はその問いに自分の現状を言う。

 

「……でも、私、多分このままだと……」

「だから、俺がそれをどうにかしてやるって言ってるだろ」

 

 垣根は(ゆずりは)を掴む手に力を入れる。

 

「お前がすることは俺を信じることだ。信じて身を任せろ。そうすりゃあ、俺がお前を治してやる」

 

 その瞳の強さを間近で見た(ゆずりは)は、このとき人生で初めての価値観と出会った。それは今までは思いもしなかった考えだ。

 だが、それをすぐさま受け入れられるかは別の話。

 

「……」

 

 何より彼女は今まで自分が信じてきた願いを否定されたことに、ショックも受けた。今まで培って自分を支えていたものの一つが否定されたのだから無理もない。

 そして、その新しい価値観を受け入れるには彼女に経験も時間もなかった。

 ──だが、彼女には彼の存在がある。

 

「(私にはそれがどういうものかよくわからないけど……垣根がそういうなら、それもいいかもしれない)」

 

 彼女はその一要素で決めた。

 死の間近で投げやりな部分もあったろうが、それでも今までの価値観を取り下げた。その事へ当然のように不安や恐怖はあったが、真剣な様子の彼がそこまで言うのだから、きっと素晴らしいものなんだろう、と。

 (ゆずりは)は彼に再び願った。

 

「うん、わかった。私を幸せにして欲しい」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 彼はこの逆行してからの記憶を思い出す。

 

「(()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あのときは、状況が切迫していたし今のように十全に能力を使える姿でもなかった。

 ──だが、今回ばかりは変えてやる。学園都市の闇だろうが運命だろうが知ったことか。学園都市第二位を舐めてんじゃねえぞ!)」

 

 彼は前回では取らなかった方法を取る。

 背中から伸ばした未元物質(ダークマター)を極小の糸に変化させた。

 

「未元物質はその形状や強度を自由に変化させることができる性質からわかる通り、この世界の法則を歪められる自由度が高い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()未元物質(ダークマター)をこの世界に適応させるわけじゃなく、この世界の法則を未元物質(ダークマター)に適応させれば、人体に全く無毒な物質へと変えることができるってわけだ」

 

 彼はそれを前回は実際に自分に適応した。一方通行(アクセラレータ)に壊された身体を未元物質(ダークマター)を使い、(いち)から作り直していた。

 そのときに残っていた脳や臓器も一時期、未元物質(ダークマター)の身体の一部としていたことから、人体と遜色無い物質に変貌していたことがわかる。

 全ては学園都市の闇の中から得た技術と知識。外道から生まれた忌まわしき力でしかない。

 

「(だが、それがどうした。手段なんてどうでもいい。今あるモンを全て出さないのはただの馬鹿だ。そんなことすら、わからなくなるほど落ちぶれたつもりはない)」

 

 彼はその極小サイズの未元物質(ダークマター)(ゆずりは)の小さな口から体内へと侵入させる。

 

 誰かを殺したり何かを壊したりせずに、直接誰かを助けるために能力を使う。垣根は未元物質(ダークマター)を逆行する前もした後も、そういった使い方はしてこなかった。

 

 能力強度の分類はその科学技術の応用性や放出される出力で決まる。能力者を無能力者(レベル0)から超能力者(レベル5)で分類していく中で、分かりやすい能力者の分け方の一つが、『一人で対抗できる戦力』だ。

 その事からもわかる通り、能力者は人の形をした兵器と言い換えることもできる。

 ならば、能力の本質は『暴力』であると認識するのは当然だった。()()()()()()()()()()()()()()()

 

「(前回は気付きもしなかったが今の俺は知っている。未元物質(ダークマター)は破壊を生み出すのが本質じゃなく、今まで存在しなかった新しい物質を生み出す、その生産性こそが本当の真価だってことをなッ!)」

 

 見えないほどに細い一本の未元物質(ダークマター)を経路にして、風船のように膨らみ止まった臓器と寸分(たが)わない、形状と材質の物を生成していく。

 常識的に考えれば押し出された未元物質(ダークマター)は、毛玉のように乱雑な塊になるはずだが、未元物質(ダークマター)は彼の超能力。

 膨らんでいく形はもちろん、進行速度や必要な未元物質(ダークマター)の適量も全て演算によって算出している。そんな彼にミスなどあり得ない。

 

 だから、彼の敵は時間だけだった。

 いくら代わりとなる臓器が作れるのだとしても、生成するのにも時間がかかる。(ゆずりは)未元物質(ダークマター)が体内に入るのを許容できなければ、実行することができなかったとはいえそれで時間が削られていたのも事実だ。

 

「(………垣根)」

 

 初めて見る額から汗を流すほどに真剣な垣根帝督がそこにはあった。

 いつもの気だるげな様子は一切無い。そんな彼の懸命な姿を見て(ゆずりは)は思った。

 

「(きっと、垣根は私のことを忘れない。私がここにいたことを覚えていてくれる気がする……。なら、もう大丈夫。何も怖くない)」

 

 彼女の心にあったのは恐怖ではなく感謝だった。自身を助けるために全身全霊をかけている垣根と、私が憧れた『天使』を自分の前に連れてきてくれた運命(神様)に。

 彼女は最後に万感の想いを込めて彼に伝えた。

 

 

 

 ──ありがとう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とあるタワーマンションの一室。そこに彼はいた。

 彼はいつも通り茶髪の髪を整え、ブランド物のスーツを袖に通しいつもの格好へと変わる。

 見た目はホストか何かに見えるが、その目は相変わらず活力がなくやる気を全く感じられない。

 それが今の学園都市第二位、垣根帝督。

 例え、何があっても逆行した彼のあり方は変わらない。逆行というイレギュラーは彼のあり方を変え、彼は善も悪とも言えない彼だけの道を行く。それが彼の今の生き方だ。

 大きなエントランスを通り抜けて、学園都市の街並みを歩く。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ねえ、今日は何を食べるの?」

「お前って本当に食いモンばっかだな」

 

 呆れながらも、彼女の歩幅に合わせる彼から嫌悪感は感じられない。端から見れば子供に振り回される青年でしかなかった。

 自分がそんな微笑ましい姿だとは知らずに、彼は気だるげに歩いているとふと道端のカフェが視界に映る。

 懐かしさを感じながら彼はそのフランス料理の名前を口にした。

 

 

「あー……、そんじゃあ今日はガレットだ」

 

 




あれ?終わった?なんか完結の雰囲気な気がする。もしかしたら、このまま終わらせるのがいいのだろうか……。
いやでも他のメンバーの過去とかやってないですし、原作との差異も特に書けていないので、続きを書こうと思います。
心理定規を書きたくて書いてるところもあるので。

それと、最後もそうですけど原作の禁書や、とある科学の未元物質を読んでない人になんて優しくない小説だろうか。まあ、構成からそうなので仕方ないんですけどね。
セリフとかはちょくちょく変えているので、原作を見ても明確なネタバレにはなっていないと思います。


それにしても、ボッチが出てこないなあ。

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