逆行しても俺の未来はメルヘン冷蔵庫 作:ハマグリ一派
「どうしたの!?」
今さっきまで嬉しそうに笑っていた
…………やはり、来やがったか。
「持病……?いや、『暗闇の五月計画』の後遺症か!?」
だが、今回の原因はそれじゃない。俺はそれを前回の記憶から知っている。
「垣根……お願いがあるの」
息も絶え絶えの様子で俺に言葉をかけてくる。俺は膝を折り林檎の背中に腕を回して、聞き逃さないように近付く。
彼女は手に力を入れ俺のスーツに皺を作る。まるで、俺の存在を確かめるように。
そして、林檎は言った。
「私を覚えていて欲しい」
「……」
「……あの実験で死んだ私の友達を誰も覚えてなかった……。だから、私は私の存在を他でもない垣根に覚えていて欲しい…………。それだけが私の唯一の願い……だから、私を垣根の手で終わらして欲しい」
つまり、林檎はこう言っているのだ。俺が殺すことで自分の存在をその胸に刻み付けて欲しい、と。
忘れられることが本当の死だと彼女は考えている。
元々、
死ぬことが余りにも身近過ぎたために、死んだとしても誰にも覚えていてもらえない。そして、誰かに覚えられていなければ自分が存在したことも無くなってしまう。
彼女は俺の手を取りその細い首へと添えさせ、綺麗な笑顔を浮かべて囁くように言った。
「私を
前回もそうだった。
彼女は覚えられて死ぬことが救いだと思っている。おそらく、その考えは間違っているとは、断言できないものなのだろう。
彼女の記憶は実験の後遺症で刻一刻と無くなっており、さらには今現在臓器の機能停止を外部から受けている。このままだと辿る未来は必死のみ。
だからこそ、彼女は願っているのだ。
苦痛からの解放ではなく自らの存在を
「……俺はヒーローじゃねえ。俺はどちらかと言うと悪党の側だ」
それを俺は自覚している。
この世界で真っ当に生きてきただとか言うつもりはない。この世界では違うのだとしても巻き戻る前に俺は人を殺し過ぎた。俺は正真正銘の悪党だ。後ろ指指されて生きていくのが正しい人間だ。
そして、今さっき木原
そんな俺がヒーロー?誰かを救う?どう考えても無理だろう。柄にもないことするなんざ面倒なことこの上ない。そんなのは御免
俺は林檎の手を振りほどきながら言った。
「──だから、俺はお前を救わない」
「……………垣……ね……」
「
俺に誰かを救うことなんてできはしない。だが、それ以外のことなら俺にはできる。
「お前を取り巻くその面倒事を、俺がまとめて終わらしてやる」
俺は背中に
◇◇◇◇
バサッ!と開かれたその翼を再び目にし、私は純粋な感情を抱いた。
「綺麗……」
その翼はどこまでも白く綺麗だった。それこそ、目の前に迫る死の危機なんて忘れてしまうくらいに。
『暗闇の五月計画』の実験施設で、私たちに植えつけられた
綺麗な純白な翼。その翼を初めて見たときと同じように私の頭にその言葉は浮かんだ。
「(ああ、……やっぱり垣根の能力を植え付けられたかったなあ……)」
◇◇◇◇
いつもの飄々とした態度とはうって変わり、深刻な表情をしながら
「……でも、どうするつもり?彼女に一体何が起きているかもわからないのよ?」
「なら、それを調べるまでだ」
「しかし、ここにはそんな医療の機材はありません。この急変具合から見てもどのくらい持つか……ッ」
「だったら、ここで俺が見つけ出す」
本来ならばそんなことは不可能だろう。実際に細菌やウイルスの類いであれば、どれだけ
だが、俺は知っていた。
「(自壊プログラム。学園都市の上層部が施した
なら、話は簡単だ。それをどうにかすれば林檎は助かる)」
元凶がはっきりしており、尚且つそれがどこで起きているかも知っている。その上、解決するための策があるならば行動しない理由は何一つ無い。
「林檎、俺はさっき言ったな。俺はお前を救わないってよ。ヒーローじゃない俺にはそんなことはできない、その事は他でもない俺が誰よりもわかっている」
苦し気な表情の中で垣根を見詰めるその瞳には困惑があった。だが、その様子を垣根帝督は馬鹿にはできない。なぜなら、
果たして自分にそれができるのか?それをする資格はあるのだろうか?
だが、垣根はその全てを飲み込む。
「(矛盾も自己嫌悪も俺自身が抱え込めばいいだけの話だ。俺の過去にこいつが巻き添えを食らう道理なんて、何一つ無いんだからな)」
垣根は気付いているだろうか。その思考が逆行してからも変わらずに、一番に嫌悪感を抱く人間が常にもがき苦しんでいた苦悩と同一だということに。
彼は
「お前が今まで考えもしなかった選択肢を俺が与えてやる」
今から言うことはこの上なく自分らしくないだろうということを彼は自覚する。どの口が、とも思うし、何より自分がこんなことを本気で言おうとしていることに羞恥を覚える。
前回ならば決して言うことなどありはしなかっただろう、その言葉。
しかし、彼には既にわかっていた。
──運命を変えるにはまず自分自身が先に変わるしかないことを。
彼は一瞬目を
「俺がお前を幸せにしてやる」
「…………幸……せ……?」
「料理食って旨いだとか誰かと話して面白いだとか、そんなありきたりなモンを感じながら生きていくことだよ。
救いだなんていうのは死んだら終わりだが、幸せなんていうのは生きてれば感じられる時も来る。なら、そっちの方がよっぽど生産的だろうが。そして、それをこの垣根帝督が手助けしてやるって言ってるんだ。それに何か不足があるか?」
その綺麗な眉が下がり眉間に皺が寄ったのは、
「……でも、私、多分このままだと……」
「だから、俺がそれをどうにかしてやるって言ってるだろ」
垣根は
「お前がすることは俺を信じることだ。信じて身を任せろ。そうすりゃあ、俺がお前を治してやる」
その瞳の強さを間近で見た
だが、それをすぐさま受け入れられるかは別の話。
「……」
何より彼女は今まで自分が信じてきた願いを否定されたことに、ショックも受けた。今まで培って自分を支えていたものの一つが否定されたのだから無理もない。
そして、その新しい価値観を受け入れるには彼女に経験も時間もなかった。
──だが、彼女には彼の存在がある。
「(私にはそれがどういうものかよくわからないけど……垣根がそういうなら、それもいいかもしれない)」
彼女はその一要素で決めた。
死の間近で投げやりな部分もあったろうが、それでも今までの価値観を取り下げた。その事へ当然のように不安や恐怖はあったが、真剣な様子の彼がそこまで言うのだから、きっと素晴らしいものなんだろう、と。
「うん、わかった。私を幸せにして欲しい」
◇◇◇◇
彼はこの逆行してからの記憶を思い出す。
「(
──だが、今回ばかりは変えてやる。学園都市の闇だろうが運命だろうが知ったことか。学園都市第二位を舐めてんじゃねえぞ!)」
彼は前回では取らなかった方法を取る。
背中から伸ばした
「未元物質はその形状や強度を自由に変化させることができる性質からわかる通り、この世界の法則を歪められる自由度が高い。
彼はそれを前回は実際に自分に適応した。
そのときに残っていた脳や臓器も一時期、
全ては学園都市の闇の中から得た技術と知識。外道から生まれた忌まわしき力でしかない。
「(だが、それがどうした。手段なんてどうでもいい。今あるモンを全て出さないのはただの馬鹿だ。そんなことすら、わからなくなるほど落ちぶれたつもりはない)」
彼はその極小サイズの未
誰かを殺したり何かを壊したりせずに、直接誰かを助けるために能力を使う。垣根は
能力強度の分類はその科学技術の応用性や放出される出力で決まる。能力者を
その事からもわかる通り、能力者は人の形をした兵器と言い換えることもできる。
ならば、能力の本質は『暴力』であると認識するのは当然だった。
「(前回は気付きもしなかったが今の俺は知っている。
見えないほどに細い一本の
常識的に考えれば押し出された
膨らんでいく形はもちろん、進行速度や必要な
だから、彼の敵は時間だけだった。
いくら代わりとなる臓器が作れるのだとしても、生成するのにも時間がかかる。
「(………垣根)」
初めて見る額から汗を流すほどに真剣な垣根帝督がそこにはあった。
いつもの気だるげな様子は一切無い。そんな彼の懸命な姿を見て
「(きっと、垣根は私のことを忘れない。私がここにいたことを覚えていてくれる気がする……。なら、もう大丈夫。何も怖くない)」
彼女の心にあったのは恐怖ではなく感謝だった。自身を助けるために全身全霊をかけている垣根と、私が憧れた『天使』を自分の前に連れてきてくれた
彼女は最後に万感の想いを込めて彼に伝えた。
──ありがとう
とあるタワーマンションの一室。そこに彼はいた。
彼はいつも通り茶髪の髪を整え、ブランド物のスーツを袖に通しいつもの格好へと変わる。
見た目はホストか何かに見えるが、その目は相変わらず活力がなくやる気を全く感じられない。
それが今の学園都市第二位、垣根帝督。
例え、何があっても逆行した彼のあり方は変わらない。逆行というイレギュラーは彼のあり方を変え、彼は善も悪とも言えない彼だけの道を行く。それが彼の今の生き方だ。
大きなエントランスを通り抜けて、学園都市の街並みを歩く。
「ねえ、今日は何を食べるの?」
「お前って本当に食いモンばっかだな」
呆れながらも、彼女の歩幅に合わせる彼から嫌悪感は感じられない。端から見れば子供に振り回される青年でしかなかった。
自分がそんな微笑ましい姿だとは知らずに、彼は気だるげに歩いているとふと道端のカフェが視界に映る。
懐かしさを感じながら彼はそのフランス料理の名前を口にした。
「あー……、そんじゃあ今日はガレットだ」
あれ?終わった?なんか完結の雰囲気な気がする。もしかしたら、このまま終わらせるのがいいのだろうか……。
いやでも他のメンバーの過去とかやってないですし、原作との差異も特に書けていないので、続きを書こうと思います。
心理定規を書きたくて書いてるところもあるので。
それと、最後もそうですけど原作の禁書や、とある科学の未元物質を読んでない人になんて優しくない小説だろうか。まあ、構成からそうなので仕方ないんですけどね。
セリフとかはちょくちょく変えているので、原作を見ても明確なネタバレにはなっていないと思います。
それにしても、ボッチが出てこないなあ。