お久しぶりとか言うけれど前回からの続きとかじゃないし、読み切りなので、ゆっくり読んでくれたら嬉しいです。
今回も結構甘めのお話かなって思います。
あ、タイトルにある『コーヒーとチョコレート』、本編にどちらも出てきますが特に深い意味はないので安心してください。伏線?知らない子ですねぇ。
PM 15:26 《Shopping》
「結華、他に買い忘れはないか?」
「うーんと……。あっ、そうだ。ちょっと待っててね! すぐ持ってくるから!」
あんなにも鬱陶しいと思っていた夏が、少し恋しくなるほど肌寒くなった今日この頃。プロデューサーとその担当アイドルの三峰結華は、事務所近くのスーパーへ買い物をしに来ていた。というのも、数日後のバラエティ番組で行われる『一人暮らし芸能人の自炊日記』というコーナーのオファーが結華に来たからだ。作っている映像をテレビ局に送って、スタジオではそのVTRを見るだけらしい。今日は事務所のキッチンでその動画を撮ることになっていた。
「ごめーんお待たせ! ありがとうね」
結華は小さな赤い箱を持ってきた。
「おう、全然大丈夫だぞ。まだ前にたくさん並んでるからな。……ん? チョコレート? 隠し味にでも使うのか?」
「ぶっぶー。Pたん選手ざんねーん。正解はー……。休憩中にPたんと食べる用、でしたー!」
いつの間にクイズ大会が──。
「いつの間にクイズ大会が始まってたんだ……とか言いたい顔してる?」
「ゔっ……」
「あははっ! Pたん分かりやすいー! そんなんじゃ詐欺にあうのも時間の問題だよ?」
結華は俺の顔を覗き込みながら笑みを浮かべる。
「そこまで騙されやすくないだろ」
「えー、そうかなー? しっかりしてよね? 三峰の……三峰たちのPたんは、Pたんだけなんだからね?」
結華が俺の肩をぽんぽんと叩く。
「まぁ実際、俺のことそこまで分かってくれてるのは結華くらいだからな」
「……! それは、だって私は──」
「これだけ一緒にいるんだからそれくらい分かるわよ……ってか? それは俺も同じだぞ」
仕返しと言わんばかりに結華の頭をぽんぽんとする。
「……!! はぁ……。ほんと、よくそんなこと恥ずかしげもなく……」
傾きだした太陽は、二人を急かすそうに夜へと向かって進み始めていた。
PM 16:18 《Distressing》
買い物を終え、二人は事務所に帰ってきていた。
「いやでも……。もう少し待ってくれ、ちゃんと場所探すから……」
「大丈夫だよPたん。三峰はいつだってPたんの味方だからね……? ……ふふっ」
うーんと唸りながら頭を抱えて座り込むプロデューサー。そしてその隣には、心からの笑顔を浮かべながら心のこもっていない言葉をささやくアイドルがいた。
「味方なら何とかしてくれないか……?」
「何とかするって言ってもねぇ……。事務所のキッチンは、チョコちゃんときりりんがスイーツ作りのために使ってるから、今日は無理なんでしょ?」
「すまない……。俺が予定してた日にちを間違えてなければ……」
「それ言うのも何回目~? ほら、じゃあ、行こ?」
結華は立ち上がりながらそう言う。
「行こ? って結華……。そんな簡単に言うけどなぁ……」
「じゃあやっぱり三峰んちでする?」
俺はまた顔を伏せ、大きく息を吸い、そのあと意を決して、ふぅっと大きく吐く。
「……分かった。ただ、なんのお構いもできないが大丈夫か?」
「そんなこと気にしないでよPたん。こっちが急におじゃまするんだから」
「じゃあ……行くか。さっき買ったものだけ持っていけば大丈夫か?」
「うん! それだけあればおっけーよ。さ、お先にどーぞ?」
結華が事務所の扉をガチャリと開ける。途端、開けた扉の隙間から外の空気が吹き込む。
「う~わ、さーっむ! 急にひえてきたね……」
「車までの辛抱だ。これで我慢してくれよな」
「え? ちょっ、Pたん!? これ、Pたんが風邪ひいちゃうよ! ねぇ、待ってってばぁ!」
駐車場へと走る二人の頬は、燃えるように赤く揺らめく空に染められていた。
PM 16:45 《Driving》
二人は車に乗り込み、目的地へと向かっていた。
「……結華」
助手席に目を配りながら呼びかける。
「ん~? なんですかな、Pたんくん」
「それ、後ろの座席に置いておいていいんだぞ?」
「え~、Pたんから渡してきたんでしょ? 着くまでは返してあげなーい」
「……まぁいいが、邪魔になったら置いておくんだぞ」
「はいはい、まったくもう……。分かってないなぁPたんは」
座席に深く座りなおしながら、結華はそう言った。
次の信号が黄色を示し、俺は車の速度を落としながら、忘れていた質問を問いかける。
「そういえば結華、結局何を作るって言ってたっけか」
「それはまだ内緒って言ったでしょ? できてからのお楽しみ!」
「できてからのって、結局俺が撮ってるんだから、途中で分かるぞ?」
「分かるもんなら当ててみなさいな?」
結華は眼鏡をくいっと上げ、こちらをじっと見つめてくる。
「……なんでそんなに自信満々なんだ」
信号が青を示す。
満面の笑みを浮かべる結華を横目に、また車を走らせる。
すると今度は結華が口を開く。
「Pたん、運転上手だよね」
「そういってもらえて光栄だが、別に普通だと思うぞ? ……何か買ってほしいものでもあるのか?」
「三峰はそんな卑しい子じゃありません~! 本当にそう思っただけだってば。さっきとか、いつブレーキかかったか分からないくらいだったよー」
「それはちょっと盛っただろ」
「ばれた? ……あでも、Pたんの車は乗り心地いいよ。これはほんと」
「おぉ、お褒めに与り光栄だな」
すると結華が急に近づき、覗き込みながら小声でささやく。
「……Pたん、照れてる?」
「……そう訊かれなきゃ照れてたかもな」
「えーっ、なにそれつまんないー!」
そういうと結華はまた座席に深く腰掛けなおす。
「結華も免許は持ってるだろ?」
「免許は持ってるけど、車はもう2、3年運転してないしなぁ。でも三峰は、いつも相棒と一緒だからね!」
「相棒って、原付のことか。実家に帰ったときとかも車は乗らないのか?」
「実家に帰るときはお盆の帰省ラッシュで通行量多かったり、年末で雪が積もってたりするからね。危なっかしくて乗る練習はできないかな」
「ああ、そうか……。タイミングがないんだな」
「けど私は助手席に乗ってるほうが好きだよ。私が運転したら危ないし。それに、いつも後部座席だから、こうやってPたんにちょっかい出せなくてつまんないし……」
「結華……」
二人の間にしばしの静寂が流れ、タイヤがアスファルトを転がる音が車内に響く。
「……いや、いつも後ろからちょっかい出してるだろ」
「あー、Pたんそこ突っ込むんだ! せーっかくいいムード作ってあげたのになー」
「いいムードって……」
「いいからほら、前見て運転する!」
燃えるような三つの赤色は、都会の喧騒から逃げるように水平線へと走り続けていた。
PM 17:11 《Resting》
「おじゃましま~す……」
「どうぞ、おじゃまされます」
寸刻前まで真っ暗闇だった玄関に薄暗い残り陽が差し込む。ガチャリと玄関が閉まるのとほぼ同時にセンサーライトがぱっと光り、廊下を照らした。
「廊下ひっろーい! しかもすごく綺麗だし! なんであんな頑なに断ってたのさ?」
「いや、それはまぁ、ここにお客さんが来るのは、結華が初めてだから……。少し緊張してな」
「……!」
結華の動きが一瞬止まる。
「……ふふっ。Pたん、そんなことで渋ってたの? ……大丈夫。私だって、男の人の家に上がるの、Pたんちが初めてだし」
「……ははっ、それならお互い様だな。じゃあ、お手柔らかにたのむ」
俺はそう言いながら部屋のドアを開け、電気をつける。
「部屋もひっろ……。すっごいすっきりしてるね……。Pたんってミニマリスト?」
「そこまで少なくないだろ。テレビもあるし、ゆったりできるソファも、本棚もある」
「Pたんの部屋がミニマリストなら、三峰の部屋はマキシマリスト?」
「なんだよマキシマリストって……。あ、買ってきたもの、すぐ使うか?」
「あー……。時間かかるし、とりあえず先にご飯だけ炊いてもいいかな? 炊き終わるころに本調理始めるからさ。チョコレートだけもらっとこうかな?」
「了解した。じゃあ、後のはとりあえず冷蔵庫に入れておくな」
「はーい、ありがとね」
「さすがに米炊くのは動画とらなくて大丈夫だよな?」
「うーん、さすがに……。……いや、せっかくだし撮ってもらおうかな。もしかしたら使うかもだし」
「OK。じゃあカメラの準備をしてくるから、キッチンで待っていてくれ」
「あ、私もエプロンつけなきゃ」
そういうと二人はそれぞれの鞄をあけ、それぞれの準備をし始めた。
街はすっかり夜に飲み込まれていた。大きな満月がその澄んだ空を明るく、優しく照らしていた。
PM 17:38 《Melting》
「それでは、ご飯は通常通り炊いていきます! 次は本調理へ、GO!」
「……OK、さすがだ結華。ばっちりだぞ」
「お褒めに与り光栄です、Pたんさん」
結華はわざと仰々しくお辞儀をして見せた。
「動画は、全部撮り終わった後にまとめて確認する感じで大丈夫か?」
「おっけおっけ。じゃあ、炊き終わるまでは休憩かな? んーっ……ふぅ」
結華は大きく伸びをする。
「何も面白いものはないが、ソファでテレビでも見ながらゆっくりしてくれ。コーヒー、ホットでいいか?」
「あっ。……ふふっ、ありがと」
そういうと結華は着ていた水玉のエプロンをとってリビングへ向かい、俺はキッチンでインスタントコーヒーを淹れる準備をしていた。
数分後、淹れたてのコーヒーを持ち、リビングへのドアを開けると、ソファに結華の姿はなく、テレビの音もしていなかった。結華はテレビラックの前にしゃがみこんでいた。
「おまたせ結華。何か気になるものでもあったか?」
「あっ、ありがとPたん。ううん、私たちが出た雑誌とか、イベントの写真とか、たくさんとってあるなーって。きちんとファイリングまでして」
「そりゃもちろん、記録として残しておきたいし、結華たちにとってそうであるように、俺にとっても大切な思い出だからな」
「そっかぁ……。ふふっ。恰好いいこと言うねぇ、Pたん」
俺は手に持ったコーヒーをそばのテーブルに置き、結華の隣にしゃがみこむ。
「仕事とか、うまくいかなかったときとか、たまにこうして見返して、元気もらってるんだ」
背表紙に【L'Antica】と書かれたファイルを手に取り、ぱらぱらとめくりながら続ける。
「ほら、前に出たクイズバラエティ番組のやつ。結華だけ間違えて泡だらけになってたんだよな。この写真の結華、いい表情しててお気に入りなんだ」
「……! ……なによそれ。普段の三峰じゃご不満ってことですかー?」
「ははっ。いやいや、そうじゃなくてな。普段見られない顔が見られてうれしいってことなんだ。今日の料理の時の顔もそうだがな」
「……またそういうこと平気で……。ほら、もうこの話はおーわりっ。コーヒーありがと。冷めないうちにもらうね」
結華はソファに腰掛け、カップを両手で持ちながらコーヒーを飲みはじめた。俺もひとしきり見終わったファイルを戻し、隣に座ってコーヒーを飲む。
「こうやって色々な表情の結華を見てると、俺も、出来ないことなんてないんじゃないかって、何にでもなれるんじゃないかって思えるんだ。……前に、ファッションのことを教えてもらおうとして、一緒に街に出たことあっただろ。その時も結華は、服やメガネをひとつ変えるだけで、全然違う雰囲気を出してて。正直、その姿にすごく憧れたんだ」
結華は口元にカップを持って行った状態のまま、小さくつぶやく。
「……結局、何が言いたいのよ」
「すまん、話しながら俺もよくわからなくなってた。けどまぁ……なんだ。結華に一番伝えたいのは、アイドルになってくれてありがとう……かな。ありふれてるけどな」
コーヒーの湯気が立ち、消え、秒針が進む数瞬の静寂の後、結華は笑い出した。
「……っふふ。あははっ、なにそれ! Pたんらしくない、しおらしいこと言っちゃって」
ひとしきり笑った後、結華は続ける。
「でも……ありがとね。三峰のこと、たくさん見ててくれて。Pたんが私をアイドルの世界に引き込んでくれてから最初は、私がアイドルなんて……ってずっと思ってたけど、いつもPたんは私のそばにいてくれて、私のために意地張ってくれて。私以上に私のことを見てくれて、考えてくれてて……。自分で言うのも変だけど、プロデューサーの自慢のアイドルになれたかなって、自信、持てるようになったんだ。だからね。ほんとに、ありがとね、プロデューサー」
「……真面目に話すとしおらしくなるのはお互い様だな」
「ほんっと、こんなセンチメンタルな三峰……、なかなか見られないよ?」
「ははっ、それはプロデューサー冥利に尽きるな」
「……よっし、そろそろ三峰も充電完了したし、またお料理動画、がんばっちゃおっかなー!」
結華がそういうと、二人は顔を見合わせ立ち上がる。手には同じ、飲みかけのコーヒーを持ちながら。二人が居なくなった部屋には、少しの肌寒さと、溶けかけのチョコレートだけが残されていた。
PM……? 《Afterwords……》
「おまたせPたん。ずっとカメラ回してくれてありがとうね?」
「いやいや、それは全く問題ないんだが……。またたくさん作ったな……。1、2、3、……5品も」
「え~? 生活感のないPたんのことを思って、腕によりをかけたんだよ? いっつもコンビニ弁当じゃ、つまんないでしょ?」
「……ははっ。担当アイドルに心配かけてちゃだめだな。今度機会があったら俺が何かごちそうするよ。俺も多少は作れるからな。味の保証はしないが」
「ほんと? じゃあ、次もこの番組に呼んでもらえるように、三峰結華、スタジオでも気合入れてがんばっちゃおっかな」
「結華ならできるさ。何より、料理もとってもおいしそうだ。……でも動画が少し長くなりすぎたかな……。最後のサラダのとことか、カットされるかもしれないけど、いいか?」
「あ、テレビに送るのは“こづゆ”作ってるとこだけでいいの。もともとその予定だったし」
「へ? じゃあなんでずっとカメラ回してって頼んだんだ」
「そうでもしないとPたん、品数多いの怪しむでしょ? ちょっとしたサプライズ! 気にせず食べてよ、三峰の花嫁修業だと思ってさ?」
「お、そうか。じゃあ遠慮なくいただこうかな。将来の三峰の旦那さんがうらやましいよ」
「……もー、Pたん。そこは『俺が幸せにするからな……』とかいうところだよ?」
「そう言ってもどのみち茶化されるからな。でも俺はいますごく幸せだぞ。ありがとうな、結華」
「……! ……ほんとPたんってそういうとこだけ素直に言うんだから……。……それじゃあそろそろ食べちゃおっか。今日だけは、新婚さんごっこでね……?」
「はいはい。じゃあ、せーの」
「「いただきます」」