マイナー機しか推せない拗れた趣味を持つめんどくさい変態お嬢様が、GBNで好き勝手するお話。

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「ゲードライが立体化されて「俺はずっと昔から好きだったよ!」と心にもないことをほざく輩は、全員まとめて重力の井戸の底に転げ落ちてしまえばいいのです」

 世の中には、二種類の人間が存在する。

 オタクである人間と、オタクではない人間だ。

 

「ふぅ……」

 

 フジサワ・アヤは、座席の横から鞄を机の上に置き、大きく背伸びをして一日の学生生活で溜まった身体の疲れを解きほぐした。手短に挨拶を済ませ、部活動や外部のスポーツクラブに向かうアクティブなクラスメイトたちを尻目に、アヤは手元のスマートフォンを起動して、いつも見ているニュースサイトを開く。

 

(……へぇ。ゲードライ、立体化するんだ)

 

 アヤはオタクである。

 それも、重度のガンダムオタクだ。

 

(ロボッツ魂はいつも変化球ギリギリのラインナップで攻めてくるけど、今回はいつにも増して異常ね。ゲードライは元々ハマーンが乗る機体としてデザインされていたらしいし、マンガでの露出を踏まえても『キュベレイの有り得たかもしれない姿』として捉えたくなる気持ちもわかるけど……価格は、2万9150円!?)

 

 ほぼ3万円の強気極まる価格設定に、アヤは内心で目を剝いた。3万円は学生にとってあまりにも大金である。それだけあれば、欲しかったSDガンダムのキットがいくつ買えるだろう……と、アヤは考えてしまう。

 

(3万円あれば円盤付属版の貂蝉キュベレイが買えるし、真聖機兵ロードガンレックスにだって手が届いちゃいそう……ううん、輝神大将軍獅龍凰も夢じゃない……)

 

 アヤは重度のガンダムオタクであると同時に、病的なSDガンダムオタクであった。

 

「……フジサワさん?」

「ひゃい!?」

 

 不意に。

 後ろから声をかけられ、オタク思考の沼から引き上げられる。ついでに、アヤは手に持っていたスマートフォンを取り落としそうになった。

 慌てて振り返ってみると、あまり喋ったことのないクラスメイトが、申し訳なさそうな表情で小さくなっている。それは意外な人物だった。

 

 

「あ……えっと、その。驚かせてしまったのでしたら、ごめんなさい。しゃ、謝罪いたします!」

「ナ、ナカミカドさん……ううん。全然大丈夫!」

 

 ナカミカド・リリナ。

 アヤと同じクラスの、優等生的な存在である。家が由緒ある大金持ち、という噂に違わず背の中ほどにまでかかる黒髪を丁寧に編み込み、制服も前を締めてきちんと着こなしている。見た目通りの物静かな性格で、誰に対しても敬語で丁寧に喋る反面、あまり口数も多くない。外見は学年の中でも一、二を争うほどに整っているので、男子のファンは多いらしいが……特別な誰かと親しく喋っているところを見ることは少なく、アヤもあまり話したことはなかった。

 なので、そんな彼女に急に話しかけられるのは、ある意味珍しいイベントと言えた。

 

「……ところで、フジサワさんは何を見ていらしたの? 何か、ロボットのようなものが写っていたみたいでしたけど」

「え!? ああ、うん、なんというか……」

 

 野球に興味がない人間に、選手の話をする。

 鉄道に興味がない人間に、電車の話をする。

 そして、オタクではない人間にモビルスーツの説明をする。これほど難しい話もない。

 しかも、ザクやグフならともかく、ゲードライなどという、一言で説明するのが難しい、マイナー路線を突っ走る機体の説明ともなれば、尚更だ。

 

「わ、私、ガンダムが結構好きで、それでいろいろニュースサイトとか見てるから……」

「……ということは、もしかしてアヤさんもGBNを?」

 

 それとなく受け流すつもりが、予想以上に食いついてきた。目を輝かせて手を合わせるリリナの反応に、アヤは思わず一歩下がった。

 ガンプラ・バトル・ネクサス・オンライン。通称、GBN。現在、日本のみならず全世界で流行しているガンプラネットゲームの略称である。もちろん、アヤも『アヤメ』というプレイヤーネームでプレイしている。プレイしているどころか、忍者をモチーフにした忍装束に身を包み、ゴリゴリに作り込んだSDガンダムの機体でバリバリにやり込んでいるベテランプレイヤーであった。

 とはいえ、あまり話したことのない人間にそれを明かすほど、現実のアヤは社交的な性格ではなかった。

 

「えーと、その……ご、ごめん。私、そろそろ行かなくちゃ! またね、ナカミカドさん!」

「あ、はい。ええ……御機嫌よう、フジサワさん」

 

 足早に教室を出て行きながら、アヤはふと思った。

 

(もしかして、ナカミカドさんもガンプラ、好きなのかな……?)

 

 

 

 

 

 

 

 世の中には、二種類の人間が存在する。

 コミュ強の陽キャと、クソザコド陰キャのボッチである。

 

「あぁああ! せっかくクラスメイトの方と、ガンダムのお話ができると思ったのにぃいい!」

 

 ゴロゴロ、ゴロゴロ。

 リリナは無駄にスペースだけは広い送迎用リムジンの座席を、行儀も遠慮もなく転げまわっていた。

 ナカミカド・リリナは、お嬢様キャラの皮を被ったボッチである。

 立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花……と言えば聞こえはいいが、外見が綺麗過ぎる花は誰もが遠慮して、触れようともしない。そして、その残念極まる中身に気がついてくれるような友人は、リリナの周りにはいなかった。

 

「お嬢様、はしたないですよ。それと、シートベルトをしてください」

「お黙りなさい! もう少しで、ガンダムのお話ができる学友ができるところだったんですよ!」

「それは爺としても喜ばしいことですが、しかし下着が丸見えでアークエンジェルのようにお体をバレルロールされるのは、些か困ります。本日はピンクですな」

「前を見て運転しなさいっ! このエロ執事!」

 

 かれこれ10年以上も自分の世話をしてくれている執事のバーガンに向かって叫び返し、リリナは座席の隅に置かれているハロのクッションに顔を埋めてふてくされた。

 

「うぅ……わたしもガンダムのお話ができる友人がほしいです……」

「そう気分を落とされないでください、お嬢様。先ほどお話されていた新商品の情報が上がっておりますよ。タブレットでご確認ください」

 

 沈んでいたリリナの表情が、パッと輝く。

 世の中には、二種類の人間が存在する。

 オタクである人間と、オタクではない人間だ。

 

「あはぁあああ! ROBOTU魂『SIDE・MS』の新作……まさかここにきて、あのコンドウ御大の『ゲードライ』を立体化してくれるなんて……」

 

 彼女……ナカミカド・リリナは、前者。重度のガンダムオタクだった。

 手元のタブレット端末でその雄々しくも優美な造形美を舐めるように眺めまわし、うっとりと息を吐く姿に、先ほどまでアヤと教室で会話していた時に漂っていた気品は、一切ない。目の中はハートマークで満たされ、口の端からは涎が垂れかけていた。とても汚い。

 

「バーガン! 今夜は祝杯よ!」

「お嬢様、興奮されるお気持ちもわかりますが、どうか落ち着いてください」

 

 リリナは口元をハンカチで拭った。それにしても、この興奮は筆舌に尽くし難い。

 まさかあの幻の機体がこんな形で立体化されるなんて……一体、誰が想像できるだろうか? 

 学校からの帰り道、送迎用の車の中でガンダムの関連のグッズや情報を隅々まで調べ尽くすこの時間が、リリナの大きな楽しみの一つだった。

 

「価格は2万9150円だそうです。いかがなさいますか」

 

 バーガンに問いかけられ、リリナは即答する。

 

「いつも通り。保存用、観賞用、ブンドド用で3セット確保してくださいな」

「かしこまりました。改造用のものは調達しなくてよろしいのですか?」

「ええ、結構です」

 

 たしかにROBOTU魂は手元に置いておく立体物としてこれ以上なく優秀だが、ガンプラではないのでGBNで使うことができない。これがガンプラであれば5セットは確保して完璧に組み上げたところだった。まあ、立体化したのが奇跡のような機体なので、文句は言えないが……

 

「それにしても、まさかゲードライが立体化されるとは、私も驚きました。マンガオリジナルの機体が商品化されるのは、なかなか珍し……」

「バーガン」

 

 執事の言葉を、リリナは途中で遮って止めた。

 

「ゲードライはたしかにコンドウ御大のマンガ作品『機動戦士ガンダム・ジオンの再興』や『新MS戦記・機動戦士ガンダム短編集』に登場する機体です。白のベースカラーに優美な曲線美が特徴的なキュベレイとは異なり、変形機構を取り入れ、ジオングリーンをベースカラーに据えたデザインは完全に別機体であると言っても良いでしょう。そもそも先ほど言ったマンガ作品に登場する『G-3』はデザインが大幅にリファインされていますし、キュベレイとは完全にベツモノとして捉える向きもあります。しかしながら、元々はキュベレイのデザイン案が遅れていたがために、コンドウ御大のゲードライは生まれたのです。なので、エルメス直系の後継機であるという点を加味しても、完全にマンガオリジナルの機体、と言い切ってしまうのは正直抵抗があります。おわかり?」

「ほっほ。御学友にもそれくらい喋れれば、すぐに仲の良い御友人が増えると思いますぞ」

「余計なお世話ですっ!」

 

 自分自身の若さ故の過ちをリリナは決して認めたくないが、好きなジャンルの話を『早口で』『一方的に』『上から目線で』まくし立ててしまうのはクソザコド陰キャボッチコミュ障の特徴である。

 ゲードライについて大まかな説明をバーガンにしている内に、送迎用のリムジンが屋敷に到着した。ロックが解かれたドアが外から開かれ。数人のメイドが頭を下げてリリナを出迎える。

 

「おかえりなさいませ」

「おかえりなさいませ、リリナお嬢様」

「ええ、ただいま」

 

 付き従うメイドに鞄などの手荷物を預け、冗談のように大きな玄関に足を踏み入れる。

 

「ご夕食は一時間半後にご用意致します。食事が済んだあとは、いかがなさいますか?」

「いつも通り、GBNに潜ります。何か、()()()()()()()()()()()を探しておいてください」

「かしこまりました。確認致します」

 

 リリナの言葉にメイドは頷き、懐から取り出した端末を慣れた様子で操作する。しばらく画面をはじいていた指がぴたりと止まり、提示された。

 

「でしたらお嬢様、こちらなどはどうでしょう?」

「……あら」

 

 制服の上着を脱いだリリナは、襟元のリボンを緩めて、ニコリと微笑んだ。

 

「フォース『AVALON』。あの『クジョウ・キョウヤ』ですか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その戦場は、混迷を極めていた。

 ガンダムSEEDシリーズに登場する廃棄コロニー『ユニウスセブン』。その周囲を飛び交う形で、数え切れないほどのMSが敵味方に分かれ、入り乱れている。いや、正確に言えばほんの数機を囲い込む形で、その他のMSが分厚い包囲網を敷いていた。

 

「くそっ……ハメられた!」

 

 フォース『AVALON』に所属するプレイヤー、カルナは厄介な戦場と自身を取り巻く状況に向けて、盛大に毒を吐いた。

 

「他のフォースが全員徒党を組むなんて……聞いてないっての!」

 

 カルナが駆るクランシェはストライダー形態から可変、急制動をかけて方向転換した。振り向き様に放ったドッズライフルが敵機を撃ち抜き、撃破する。だが、直後にその爆炎を潜り抜ける形で後続の敵機が接近。迫りくるビームと実弾の嵐に、カルナはまた舌打ちを鳴らし、機体を大きく揺らして回避運動を取らせた。

 

「うっお……! こりゃキリがねぇや!」

「カルナ、無駄口を叩くな!」

「けどエミリアさぁん! さすがに文句の一つも言いたくなるっしょ!」

 

 援護に入ってくれたチームメイトのエミリアに釘を刺されるが、ぼやきたくなるこちらの気持ちもわかってほしい、とカルナは思う。

 今回参加したミッションは、特に重要なものでも、難しいものでもない。フォースごとの参加機体数は5機。それぞれのフォースの機体が地球に向かって落下するユニウスセブンに取り付き、あらかじめ設置されている『メテオブレイカー』やそれぞれの機体の武装を用いて、粉々に破砕。地球への落下を食い止める……という『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』のシナリオを踏襲したミッションだ。最終的にユニウスセブンの落下を食い止めるのに、最も貢献したチームが、ミッションの勝者となる。

 

「コイツら、事前にオレたちをハメるために……」

「でしょうね。ミッションに参加する前に、それぞれのチームのフォースリーダーが談合して、ウチを集中攻撃するように打ち合わせた……そんなところでしょう」

 

 ユニウスセブンの破砕への貢献を競う。ミッションの性質上、他のフォースを妨害したり、攻撃して撃墜するのももちろん自由だ。ただし、どのフォースも破砕に一切の労力を割かず、一つのフォースへ集中攻撃する……そんな状況が偶然起こるわけがない。

 よくよく見てみれば、運営からマナー違反で厳重注意を受けていたプレイヤーやフォースの名前もちらほらと並んでいる。カルナ達『AVALON』がハメられたのは、明白だった。

 

「くそっ……こんなことなら、ヒロトのヤツも連れてくるんだったぜ」

 

 実力派の弟分が今回のミッションに参加していない不安を嘆きながらも、カルナは鋭いマニューバでF2型のザクに急接近。ビームサーベルで一つ目の頭を一刀両断した。同時に、この状況を打開できる可能性がある唯一の存在……AVALONを率いる旗印に向かって、叫ぶ。

 

「隊長っ!」

 

 その呼びかけに呼応するように、カルナとエミリアを取り囲もうとしていた数機が、一瞬で爆散した。

 数多の光が瞬いては消え、踊るように舞い散る。その中を引き裂くように、鮮やかなマニューバで突き進む、一機のガンダムタイプがいた。

 その名を、ガンダムAGEIIマグナム。

 チームAVALONのリーダーにして、現在のGBNのトッププレイヤー。クジョウ・キョウヤが駆る愛機である。

 

「カルナ! エミリア! 突破口を開いてユニウスセブンに取り付け! 包囲されればそれで終わりだぞっ! 岩壁を盾にするんだ!」

「エミリア機、了解!」

「カルナ了解っす!」

 

 原型機の可変機構をそのまま継承しているガンダムAGEIIマグナムの売りは、そのスピードである。敵機が敷いている陣形の急所を的確に喰い破り、戦力を削りながら、味方の脱出ルートまで形成する。が、敵もそれを黙って見ているわけがない。

 

「死ねよやァ! アヴァロンの頭ァ!」

 

 ともすれば命知らず、自爆覚悟とも取れる、突貫。

 真正面からビームを乱れ撃ちつつ突っ込んできたレコンギスタ系の機体……エルフブルックを前にしても、クジョウ・キョウヤは冷静だった。

 

「大した弾幕だが……一直線に過ぎるぞ!」

 

 ガンダムAGEIIマグナムは、真正面からその攻撃を受け止める。ばら撒かれるビームのほとんどを絶妙な機体コントロールで避け、直撃弾は左腕のシグルシールドでいなし……すれ違い様に、エルフブルックの巨体があっさりと両断される。コントロールを失ったビームの雨が、死に際に巻き散らされた。

 

「ばっ……バケモノめぇえええ!」

 

 そして、爆散。AGEIIマグナムは余裕を持って、次の敵にライフルの照準を合わせる。

 とはいえ、敵機を撃破したキョウヤの表情に、余裕はない。

 

(敵の数が多すぎる……おまけに、この戦場の条件)

 

 敵を倒すだけなら、まだ何とかなる。敵のフォースは事前に打ち合わせてAVALONの対策を行っていたとはいえ、所詮は急造された即席チームに過ぎない。地形を利用して時間を稼ぎ、各個撃破に専念すれば、あるいは勝ちの目もある。

 

(問題は、タイムリミット……!)

 

 キョウヤの懸念は、時間だ。

 このミッションは『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』のユニウスセブン落下事件を忠実に再現している。キョウヤがカルナ達に指示した通り、廃棄コロニーであるユニウスセブンに逃げ込み、地形を利用して隠れ蓑にする以外、この状況に対して打てる手はない。が、そのユニウスセブンは、ゆっくりと地球に向かって降下しているのだ。そのまま落下してしまえば、原作以上の被害は必至であり……必然、このミッションも失敗という結果に終わってしまう。

 

「お困りのようだな! クジョウ・キョウヤ!」

「っ!」

 

 それまでの敵機とは違う……AGEIIマグナムに追いつき、あまつさえ近接戦を仕掛けてきた敵機に、キョウヤは思わず息を呑んだ。咄嗟に振り上げたシグルシールドとヒートホークが激突し、眩いスパークを散らす。

 オリジナルのそれに比べると、やや淡い色合いの赤いザクII。しかも、脚部スラスターと背部のランドセルに改造が施された高機動型だ。

 

(ザクのR1……いや、R2タイプか!)

 

 明らかにそれまでの機体よりも完成度が高い。

 キョウヤはAGEIIマグナムのスラスターを全開に吹かしながら、オープンチャンネルに声をのせた。

 

「お前か! 他のフォースと協力関係を組んだのは!」

「そうだなぁ! さしずめ、今回の仕掛人ってところか!」

 

 ザクのパイロットもそれに応じ、好戦的な声がフィールドに響き渡る。

 

「どうしてこんな真似を!」

「どうしてぇ? あのアヴァロンとクジョウ・キョウヤに勝てるチャンスができるんだ! この程度の仕掛け、いくらでもするだろ!」

「こんな形で勝って満足か!?」

「もちろん満足だ! 大満足! ビッグサティスファクションってやつだよなぁ!」

 

 サイドスカートに手を伸ばしたザクが、二丁目のヒートホークを掴もうとする。瞬間、キョウヤはAGEIIマグナムのファンネルを分離し、ザクに向けた。

 

「近接しながらこの距離でファンネルかいっ!」

 

 が、ザクのパイロットもまた手練れだった。ヒートホークではなく、小型の手榴弾であるクラッカーを手に取ったザクは周囲に展開したファンネルに向けて、それを投擲した。

 

「っ……ちぃ!」

 

 分離した弾体が爆散する。しかし、衝撃は薄い。クラッカーの中には攻撃用の炸薬ではなく、レーダーを攪乱する煙幕が詰め込まれていたのだ。

 

「目くらましかっ!」

 

 拡散する煙幕に紛れ、ザクは離脱。近接を仕掛けても深追いはせず、ファンネルに攻撃される前に即座に距離を取り直す。明らかにAGEIIマグナムの対策を意識した、手練れの動きだ。

 

「やるな!」

「オレと踊ってくれるのは嬉しいが、かかりきりでお仲間は大丈夫かい?」

 

 そこまで言われて、ようやくキョウヤは気がついた。

 

「シャンブル! 動け! 囲まれているぞ!」

 

 包囲されつつある味方機に警告した瞬間、チームメイトのドートレスネオが敵機の集中砲火の餌食となり、落とされる。

 

「くそっ……」

 

 これで生き残っているのは、キョウヤのAGEIIマグナム、カルナとエミリアのクランシェのみだ。

 動きを止めたAGEIIマグナム、クランシェを完全に取り囲むように、周辺に散開していた機体が次々に集結する。

 

「隊長!」

「まずいっすよ、このままじゃ……!」

「くっ……」

 

 勝利を確信したのか。回線に次々と、相手プレイヤー達の声がさざ波の如く広がっていく。

 

「開催が目前に迫っている、第14回ガンプラフォーストーナメント! おめぇらアヴァロンが優勝候補なんて目されちゃいるがなぁ!」

「それがおもしろくねぇプレイヤーも、わんさかいるわけだ!」

「だからここで落とされてもらうぜ! なぁ! チャンピオンさんよぉ!」

 

 ゲラゲラ、と。品のない声が漆黒の空間に満ちた。

 昨年のGBN、個人勝率一位。

 獲得撃墜ポイント№1。

 ワールドチャンピオンシップトーナメント、個人戦優勝。

 クジョウ・キョウヤの経歴はあまりにも眩しく、輝かしく、圧倒的で……そしてだからこそ、羨望の的になっていた。

 あわよくば、勝てるかもしれない。どんな手を使っても、あのクジョウ・キョウヤの機体を……ガンダムAGEIIマグナムを落とせるかもしれない。この戦場には、そんな欲望に魅せられたGBNプレイヤーが、フォース単位だけでなく、一匹狼の個人勢に至るまで、集まっていた。

 

 そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 故に、イレギュラーなプレイヤーが紛れ込む隙ができた。

 

 

 

「おーほっほほほほ!」

 

 甲高い笑い声を伴って。

 包囲網の一部を形成していた一般機カラーのザクファントムが、粉々に吹き飛んだ。

 

「なっ……」

「なにぃ!?」

 

 打倒アヴァロン同盟のMS達のセンサーが、モノアイが、あるいはガンカメラが。横合いから接近してくる、異様な機影を捉える。それは、愚直なほど真っ直ぐな機動に、凄まじいスピードを伴って突っ込んできた。

 

「この速度……! 可変機? いや、モビルアー……」

 

 最後までセリフを言えず、両腕を構えたサイコミュ試験型ザクが鮮やかに爆発四散する。

 同時に、包囲網に真っ直ぐ突っ込んできたその機体は、あろうことか()()()()()()()、まるで轢き逃げのようにザク系のバリエーションモビルスーツ達を粉々のミンチに変えた。

 

「なんだ! あの機体は!?」

「意味わかんねえ! あんなMAみたことねえぞ!」

「みょうちくりんな見た目しやがって!」

 

 打倒アヴァロン同盟のダイバー達が口汚く罵る中で、しかしAGE系のMSを駆るカルナとエミリアは、その機体に見覚えがあった。

 

「あれは……!」

()()()()()……?」

「……いいや。違う」

 

 しかし、この場の誰よりも『ガンダムAGE』という作品を愛する男……クジョウ・キョウヤは、二人の発言を否定する。

 

「あれは……グルドリンであって、グルドリンではない」

 

 まるで、天上のOガンダムに向けて手を伸ばす、刹那・F・セイエイのように。

 キョウヤは、憧れと羨望に満ちた眼差しで、漆黒の闇を切り裂く黄金の流星の名を、口にする。

 

 

 

 

「あれは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ!」

 

 

 

 

 オープン回線で発せられた、キョウヤ渾身の叫び。

 それを聞いた、彼ともう一人を除く、この戦場のダイバー全員が思った。

 

 ……なんて? 

 

『流石ですわねぇ! クジョウキョウヤ! そうっ! わたくしが駆る、美しき黄金の流星……この機体こそが、ゴールデングルドリンパーフェクト!』

 

 もう一人……そのイカれた機体を操縦するイカれた女が、全身から喜びを発露させて、叫ぶ。

 

 ──ゴールデングルドリンパーフェクト。

 

 ガンダムAGEに登場する機体の中でも、かなり強い印象に残した……ある意味、屈指のネタ機体として親しまれている『グルドリン』。黄金色……といえば聞こえはいいが、その流線型のシンプルな機体構造は、一言で言ってしまえば果物のレモン。頭も脚もない奇抜な見た目と劇中の活躍で、一部の視聴者の心を鷲掴みにした。

 そのグルドリンの直系の後継機であり、AGEのMSVとして登場したのが、ゴールデングルドリンパーフェクトである。

 

「ゴールデン……グルドリン、パーフェクトだとっ!?」

「そんなバカみたいな名前の機体があってたまるか!」

 

 たしかに馬鹿みたいな名前ではあるが、紛れもなく正式名称である。

 

「おーほっほほほほほ! くっくく……あーはっははァ!」

 

 馬鹿みたいな名前の、アホみたいな見た目の機体は、しかし圧倒的な強さを発揮した。レモンの先端に螺旋状のビームを展開し、敵のMSを轢き逃げよろしく破砕し尽くし、次々とスクラップに変えていく。

 キョウヤやカルナ達を包囲していた他の機体もようやく状況に理解が追いついたのか、泡を食ったように包囲網を解いて散開する。

 

「くそっ! 何者だ! 我々の悲願を邪魔する不届き者は!」

「悲願ぅ? 複数のフォースで事前に談合! 本来はバトルロワイアル形式の戦いでチーミングをして得た勝利を悲願と呼ぶならァ!」

 

 突っ込んでくるゴールデングルドリンパーフェクトを受け止めようとしたスラッシュザクファントムの斧……『MA-MRファルクスG7 ビームアックス』が、まるで棒切れのようにあっさりと折れ、胴体に風穴が空く。

 

 

「お望み通り……地獄の()()に送って差し上げましょう?」

 

 

 グルドリンは、決してメジャーな機体ではない。

 狂信的なファンがいても、大衆に受け入れられるようなデザインではなく。印象に残る活躍はすれど、主役機のようにメインキャラが乗り込むことは有り得ない。ましてや、その派生機にスポットライトが当たる機会など、皆無と言っても過言ではない。

 それでも、だとしても。今、この瞬間。この戦場では、間違いなくゴールデングルドリンパーフェクトは戦場の主役であり、誰もが注目する美しい花だった。

 

 例え、その見た目がレモンだったとしても。

 

 止まらない。

 止められない。

 決してメジャーではない、むしろ誰も知らないと言っても過言ではない、マイナー極まる機体が、戦場を蹂躙して回る。その事実に、ゴールデングルドリンパーフェクトを駆るパイロットの少女は恍惚とした深い深い笑みを浮かべていた。

 

「なんなんだ! なんなんだよ、てめえはぁ! そんなモビルアーマーで!」

「そんな()()()()()()()?」

 

 こてん、と。

 嫌味なほど整ったアバターの外見の小首が、いっそわざとらしいほど真横に傾げられる。

 

「不勉強なあなたに、いいことを教えてあげましょう。ガンダムAGEに登場する機動兵器に、モビルアーマーという分類はありませんわ。登場する全ての機体が、種別としては《モビルスーツ》に当たります」

「それがどうしたぁあああ!」

 

 オープン回線で得意気に、長々とAGE豆知識を披露されたその間を、好機と見計らったのだろう。その驚異的な突進力から、側面が死角になると見計らったグフイグナイテッドが、シールドから引き抜いた大剣を振り下ろそうとし、

 

「いえ、べつにどうもしませんけれど?」

 

 ミサイルの雨に巻き込まれて、一瞬で爆発四散する。

 

「その空っぽの不勉強な頭にガンダムAGEの知識を叩き込んで差し上げようと思いましたが……身をもって体感した方が早かったですわね」

 

 正面にはAGE系特有の『ドッズ効果』を伴うビーム。

 側面の翼には、近接防御のミサイル。

 設定に忠実で、一部の隙もなく、濃いAGEファンでなければ名前すら知らないようなマイナー機を、ここまで完璧に作り上げて自在に操るGBNプレイヤー。

 クジョウ・キョウヤは、その事実に驚嘆する。

 

「故あって助太刀いたしますわ。クジョウ・キョウヤ」

「きみは……一体、何者だ?」

 

 繋がった通信。コンソールに、プレイヤーの顔が映る。

 ゴールデングルドリンパーフェクトと同じ、目が眩むような金髪。貴族風の衣装は、ガンダムWでリリーナ・ピースクラフトが着用していたものの色違い。白のスカーフに真紅のコートが映え、まるで返り血のように見えた。

 

 

「わたくしは()()()()()()()()()()()()

 

 

 機体を操作しながら、器用に片手を離し、優雅な一礼をその少女……リリィナはキョウヤに差し出した。

 

「わたくしの愛する機体と、踊って頂けますか? 星の王子様」

 

 不遜にも、少女は問いかける。GBNを代表する、トッププレイヤーに向けて。

 

 ──Shall we Dance? 




今回の登場モビルスーツ
『ゴールデングルドリンパーフェクト』
何かトチ狂ったヴェイガンが開発したゴールデンでパーフェクトなグルドリン。誰が呼んだか『GGP』。見た目は完全に羽が生えたレモン。詳しくは名前をググって画像を見てほしい。そのインパクトが脳裏に張り付いて離れないこと請合いである。
武装は機体の先端にあるビームスクレイパー。円錐状のパーツからグレンラガンよろしく、強力無比なドリル状のビームを発生させる。これを展開しての突貫攻撃がメインだが、ビームそのものを発射して攻撃することもできる。強い。
両側のウィングアタッチメントに内蔵された多方向ミサイル発射システムは、これにより近接戦闘でもミサイルを敵機にぶち込むことが可能で、近接防御と弾幕形成を一手に担う。超強い。


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