童顔系腐男子監督生は現実逃避中   作:深生

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※※Attention※※

●お話に関して
このシリーズは「もしも21歳腐男子が監督生としてナイトレイブンカレッジによばれたら」という作者の妄想を形にしたお話です。
ゲーム内の監督生とは言動・思考が異なることが非常に多いので注意してください。

それに伴い一部キャラクターの発言・シナリオ展開の改変・捏造がございます。
苦手な方はすぐにブラウザバックいただきますようお願いいたします。

まだ出てきていない設定に関しては自己解釈・捏造を多々入れておりますので、ご注意ください。

今回は

・2章【荒野の反逆者】

メインストーリーのシナリオに沿ったお話となっています。
まだ読まれていない方はご注意ください。
出来れば本編読了後にお読みいただければ幸いです。

●監督生に関して
監督生の名前は『ユウ』固定です。
そこそこキャラが濃い目なので、苦手な方はご注意ください。
中の人が雑食性なので、ユウくんも雑食性の腐男子です。推しCPはあります。

また、このシリーズでは今後不快な描写が出てくる可能性がございます。
別途注意喚起させていただきます。



Ep5.童顔系腐男子監督生とバイト仲間とマジフト大会【中】

 

「不審な事故、ねぇ……」

全国高校生陸上競技大会も終わり、10月に開催される寮対抗マジカルシフト大会に向けて再び学園全体が浮ついているなか。

俺の心中は浮つくどころか穏やかですらなかった。

昨夜わざわざ学園長がオンボロ寮にやってきてまで依頼(という名の生活を盾に取った強要)してきた調査内容が書かれた紙を見てため息を吐く。

最近、校内での怪我人が増えているらしい。

それぞれ階段から落ちたり実験中にミスったり……学園長の話を聞いた限りじゃ「本人の不注意」としか思えないのだが、どうにも"事故"ではなく"事件"の可能性があるという。

と言うのも、怪我した生徒達は全員マジフト大会に出場する予定だった生徒、なのだそうだ。

1人2人ならおかしくないかもしれないが、怪我した生徒全員が……となれば事件の可能性を視野に入れて調査する必要があるだろう。

そこで調査員として白羽の矢が立ったのがこの俺だ。

「けどなぁ……」

何人かの生徒にアポを取って話を聞いてみたが、どれもこれもやっぱり「本人の不注意」の範囲の事故としか思えない。

……というか、そもそも学校の規模に対して調査員が俺とグリムの2人だけって、いくら何でも手が足りなさすぎる。この学校何人生徒がいてどれくらい広いと思ってんだ。

せめてもーちょい人手があればいいんだけど。

「うーん……」

バイト代で購入したスマホの中に入っているカレンダーアプリを立ち上げる。ちょうど今日が来週以降のシフト提出日。今日と明日は休み、明後日は定休日で、それ以降がまだ決まってないから……タイミングよかったな。

調査に対する人手も時間も限られている。マジフト大会が無事に終わるまでは一時休業だ。その分のバイト代は現物支給ってことで学園長にタカろうそうしよう。その権利が俺にはある。

謝罪の言葉と来週以降しばらくシフトに入れないと書いたメッセージをアズール宛に送っておく。よし、これでバイトの方は大丈夫か。

「やっぱり、みんなおっちょこちょいなだけなんだゾ」

膝の上で丸まってるグリムが早くも飽きたような声を出す。寒い季節にもこもこのネコチャン。最高だな。

「わからんでもないけど……」

保健室の利用記録を見せてもらったけど、学園長の言っていた通りここ最近の利用者はほぼマジフトの有力選手たちばかり。

学園中が祭りの気配に浮ついてるって言うなら他の奴らももっと怪我していそうなのに、いない。これを異常じゃない、とは言えないだろ。

「う゛ぅん……」

だからと言って、事件性があるとはっきり述べるには証拠がない。偶然だと言われてしまえばそれまでだ。

この後どう調査していこうかと頭を抱えていると、来客を告げるチャイムの音が鳴った。

続いて扉を開く音と、ドカドカ廊下を歩く音。招き入れていないのに入ってくる奴なんて限られているから特に気にしないで、談話室のソファに座って到着を待つ。

「おーっす」

「よぉエース。いらっしゃい」

予想通りだ。

エースは我が物顔で談話室に入ってくると俺の近くにある一人掛けのソファに腰を下ろした。

「……なんか暗くね?」

「んー……まぁ、秘密裏に調査しろともいわれてないし、いいか」

かくかくしかじか、とエースに事情を説明する。

「ふーん……まぁたユウは面倒そうなことに首突っ込んでんな」

「突っ込んでるんじゃなくて突っ込まされてるんだよ……」

「ご愁傷様。まぁ頑張れよ~」

クソ、他人事だと思いやがって……。

エースはマジフトの代表選手に選ばれていないみたいだし、巻き込んでやろうか。

そう思い口を開いたところで、再び、今度は先ほどよりも勢いよく玄関の扉が開かれる音がした。

振動で掃除が行き届いていないところからパラパラと埃が落ちる。誰だ乱暴に開ける奴は。扉が外れたらどうしてくれる。

「エース! ユウ! 大変だ!」

談話室に転がり込んできたのは焦った顔をしたデュースだった。

デュース、お前よくエースがここにいるってわかったな。あれか、愛のなせる技とかそういうの? 俺まだ2人から付き合ってます報告もらってな

「クローバー先輩が階段から落ちて、怪我をしたって……!」

え。

トレイが?

直前まで思い浮かべていた腐った思考が吹っ飛んだ。

「待て……もしかして、トレイは、マジフトの選手か?」

顔を青くしたエースが頷く。

他人事、は俺の方だ。まさか身近な人間が被害に遭うだなんて考えてもいなかった。

横っ面をノーガードで殴られたような気分だ。頭がぐわんぐわんする。

「っ……、グリム、トレイに話を聞きに行くぞ」

「おう!」

グリムが俺の膝から飛び降りる。ゴーストのおやっさん達に留守を頼み、エースとデュースも伴って4人でオンボロ寮を飛び出した。

鏡舎までの道を駆け抜け、ハーツラビュル寮に続く石造りのアーチへと突っ込んだ。一瞬視界が揺らいだあと、目の前に薔薇の生け垣とその先に赤い壁の建物が映る。

「トレイの部屋は?」

「こっちだ!」

デュースの案内で寮の中を駆け足で進んで行く。この場にリドルがいればハートの女王の法律に違反しているとかで怒られそうだけど、おそらく、あいつは目指す先の部屋にいるんだろう。

ここだ、とデュースが示した部屋の前で一度足を止める。緊急事態とはいえ、流石に怪我人の部屋にノックなしで駆け込むわけにもいかない。

全員が息を整えたのを確認した後、小さく3回、ドアをノックする。

「どうぞー」

扉の向こう側から返ってきたのは部屋の主であるトレイの声ではなかった。

………………これケイトの声だよな?

え、ケイトがトレイの看病してるってこと? え、トレケイ……? それともケイトレ……?

親友(意味深)ってことなのか?

「ユウ? どうしたんだ?」

入らないのか、とデュースが顔を覗き込んでくる。それを見てハッと我に返った。

いやいやいや。そういう場面じゃないだろ今。うん。落ち着け自分。落ち着け俺の腐男子脳。

お邪魔します、と声をかけて扉を開く。赤い天蓋がついたベッドの上に脚を伸ばして座るトレイとベッドの横の椅子に座ってるケイトが俺たちの方に顔を向けた。

「あれ、エーデュースコンビにユウちゃんとミオちゃんまで。やほやほ」

ケイトが俺たちの方に顔を向けてひらりと手を振る。

よし、落ち着け自分。怪我した旦那と看病する嫁に見えたとかそんなこと思っちゃいけない。『エーデュース』呼びに文句を言う2人の後ろでこっそり深呼吸をして心を落ち着ける。そう、この場は一応シリアスな場面だ。腐男子脳からちゃんと切り替えないと。

「トレイ、怪我したって聞いたけど……」

「ああ。階段から足を踏み外してな。受け身を取り損ねて右足を派手にやっちまった」

しばらくは松葉杖生活だ、と言うトレイの表情は硬い。

……それもそうだろう。マジフト大会の為に、きっと、いや、絶対トレイは練習して、努力を積み重ねてきたはずだ。

トレイだけじゃない。保健室にいたハーツラビュルの奴も、教室で話を聞いたポムフィオーレの奴も、今回の件で怪我をした奴らはみんな、痛かっただろう。そしてそれ以上に、悔しかっただろう。

ぎゅう、と拳を握る。手のひらに爪が食い込む。その痛みすら、この心の底をぐつぐつと揺らす感情を冷ますことは出来ない。

もし。もしこの一連の事故が全てただの事故ではなく、悪意を持った『誰か』の仕業なのだとしたら。

他人の努力を陰から踏み躙るような奴が、いるのだとしたら。

俺は。

「なぁユウ、これって……、ユウ?」

「…………ない」

「おい、ユウ!」

突然肩を掴まれ、思考の海から現実に引き上げられる。

はっと我に返ると、エースが何故か少し焦ったような表情を浮かべて俺の肩を掴んでいた。

「……ぁ、え、エース? どうした?」

「……お前、今、やばい顔してたぞ」

「マジで?」

「なんもないんなら、いーんけど……」

エースはガリガリと頭を掻きながら心配そうに俺の顔を見てくる。そんなにやばい表情してたのか。

「まったく……大丈夫なのかい?」

「あれ、リドル? 」

先程まではいなかったはずのリドルがいつの間にか部屋の中にいた。

あっちゃあ、少し自分の思考に没頭しすぎてたみたいだな。いつの間にか来ていたリドルにも気づかないくらいに。

「考えることは悪いことではないけれど、キミは一度何かを考え始めると周囲が見えなくなる傾向がある。その癖は直した方がいい」

「はい寮長!」

「よろしい。…………キミはいつからハーツラビュル寮生になったんだい?」

「ごめんなんとなく言ってみただけ」

「まったく……」

リドルははぁ、と呆れたように溜息を吐く。

しょっちゅうエースたちの部屋に遊びに行ったり何でもない日のパーティに呼ばれたりしてるから、気持ち3割程度はハーツラビュルのつもりではあるんだよな。残り1割オクタヴィネル6割オンボロ寮って内訳だ。

「ささ、もう怪我人はゆっくり休ませてあげよ」

「それもそうだな。トレイ、ゆっくり休めよ」

「はは、ありがとな。ユウも気を付けてな」

「オレ様がやったツナ缶、感謝して食うんだゾ!」

「ああ。ありがとうなグリム」

「はい、退散退散~。じゃあトレイくん、また後でご飯持って来るね~☆」

ケイトに背を押されてトレイの部屋を出る。その一瞬、ケイトがリドルに目くばせしているのが見えた。リドルはそれを受けて頷き返す。

えっ……アイコンタクトで会話してんじゃん……もしかしてこの2人にもなにか……はいはい大人しくしていろ腐男子の俺。

「じゃあ俺用事があるから……」

「ああ、待ってユウちゃんグリちゃん。ちょーっと、こっちに来てくれる? あとエーデュースちゃんも」

トレイの見舞いも終わったことだし本腰入れて調査していくか、とオンボロ寮に戻ろうとしたところで、ケイトがちょいちょいと手招きして談話室の方を指さす。

「え? あ、あぁ……」

まだ何かあるのか? と思いながらもケイトの言葉に従い、談話室へと足を踏み入れる。

丁度他の寮生たちはおらず貸し切り状態だった。全員が部屋の中に入ったところで、リドルがマジカルペンを一振りして扉を閉めた。ガチャン、と鍵が掛かる音がやけに大きく響いた。

「で、ケイト。何かトレイの前では言いにくい話があるんだろう?」

1人掛けのソファに腰を下ろしたリドルが、別のソファに座ってスマホをいじっていたケイトの方を見る。

「さすがリドルくん。話が早いね」

ちらり、とケイトがこちらを見る。そこでやっと、なんで俺が呼び止められたのかを察した。

リドルたちはトレイを含んだハーツラビュル寮生の事故だけしか知らない。

端から見ればリドルの不注意による転落とそれを庇ったトレイにしか見えない。けれど事故に遭ったことを知って『何故か』考え込んでいる俺の様子を見て、何か他にもあると踏んだのだろう。

……そんなに顔に出やすい方じゃないと思ってたんだけどなぁ。俺もまだまだ修業が足りないってことか。

「ユウちゃんたち、トレイくんの怪我について何か知ってるんじゃない?」

「……これで知らない、なんて言ったらリドルに首をはねられるな。実は……」

学園長に依頼された内容をかいつまんで説明する。黙って聞いていたリドルが、「なるほど」と呟いた。

「実は、ボクもなにか変だと思ってすぐケイトに情報を集めてもらっていたんだ」

「そしたら怪我してるのがリドルくんやトレイくんみたいな有力選手候補ばかりってことがわかってさ」

「よくそこまで短時間で調べたな」

「まぁ色々やりようはあるからね。まだ本人たちに話は聞けてないから、全員が全員関連してるかはわからないんだけど」

「ああ、それなら俺の方で話を聞いてる。本人の不注意と言えばそうなんだが……身体が勝手に動いたような気がした、みたいなこと言ってる奴もいて……」

「ボクもだ」

リドルが僅かに身を乗り出す。

「ボクも身体が勝手に動いたような感覚があった。そうか、他の人たちも同じか……これは故意に選手候補を狙った犯行とみていいと思う」

みていい、とリドルは言ったけれど。もうこんなの、ほぼ確実だろう。

「マジカルシフト大会でライバルを減らすために強そうな選手を狙って事故らせてるってこと?」

エースの言葉にギリ、と歯を食いしばる。

この学園内にいる。他人の努力をあざ笑うかのように踏みにじったり、横からかっさらったりするような奴が、いる。

努力を台無しにされて、どれほど悔しい思いをするのかなんてわからないんだろう。わからないから、こんなことをするんだ。

そういう奴が、最近、ひどく許せない。

脳裏によぎったのは、親友だと思ってた男の姿。

「……ユウ、どうしたんだい? 随分顔色が悪いようだけれど……」

「あ、あぁ悪いリドル。……なんでもない」

「……先程も言っただろう。考えるのはいいけれど、周りを見るんだ。それに、もっと口に出した方がいい。自分だけで考えているだけじゃ解決策が浮かばないこともある」

「リドルにそれを言われる日が来るとは……」

「ボクだからこそだよ。……キミだけに任せるわけにもいかないね。犯人捜しにボクたちも協力するよ」

「えっ?」

「ほぁっ? オマエらが協力? なに企んでるんだゾ。特にケイト!」

「人聞き悪いなぁ。うちの寮生がやられたんだから当然でしょ」

思ってもみなかった協力者の登場だ。確かにリドルとケイトの力を借りれるならば、グリムと2人で調査するよりもずっと捗る。

「いいのか? お前らだってマジフト大会で忙しいんじゃ……」

「やられっぱなしではいられないからね。それに……」

じっとリドルの濃灰色の瞳が俺を覗き込む。

「……、キミとグリムだけでは手が足りないだろう?」

「それはそうだけど……」

「まぁまぁ。学園長からは2人だけでやれとは言われてないでしょ?」

「……わかった。じゃあ頼むよ、2人とも」

 ハーツラビュルの代表選手であるリドルと、同じく代表選手であろうケイトを巻き込むのは気が引けるけど、でも、2人はきっと自身の手でトレイに危害を加えた犯人を捕まえたいと思っているんだろう。

俺にとっても調査の手が増えることは悪い話じゃない。ここはありがたく頼らせてもらおう。

「そういうことならオレらも犯人捜し手伝うぜ」

「いや、お前らはハナっから巻き込む気でいたわ」

「クローバー先輩のお礼参りだな!」

「やる気ってか殺る気満々じゃん……」

「キミたち、やけに張り切ってるね」

名乗りを上げたエースとデュースの張り切り具合にリドルが首を傾げる。デュースはともかく、確かにエースは「じゃあ頑張って」とか言い出しそうなのにな。

「あー、わかった。さては空いた選手枠を狙ってるな~?」

「へへ、バレた?」

ケイトの指摘にエースがへらりと笑う。そういうことかよ……ま、エースらしいと言えばらしいな。

デュースは口では違うとは言ってたけど、動揺の仕方を見るにこいつもワンチャン狙ってたな。

我が友ながらなんというか……。でも2人らしくていいか。

「やれやれ。ま、犯人捜しでの活躍によっては考慮してもいいよ」

リドルの言葉にエースとデュースが「やった!」と喜ぶ。うーん可愛い。ほんと、こんな状況でなければ萌え転がって この尊さを噛み締めたのに。

「じゃあ4人とも、よろしくな!」

 

:  :  :

 

一夜明けて、翌日。

リドル曰く、「犯人を捕まえるためには先手を打つしかない」らしい。

じゃあどうするかというと、当面はまだ事故に遭っていない有力選手たちの中で、次に狙われそうな奴を予想して陰から護衛することになるという。

確かに闇雲に犯人を捜すよりも、勝手にではあるが囮になってもらって釣った方が早い。

マジカメに作られたグリムを除いた5人でのグループに、さっそくケイトから他の寮の有力選手たちの情報が送られてきた。

ほんと……ケイトのこの情報網ってなんなんだろうな。乙女ゲームの便利な情報屋のサブキャラ(隠しルート有り)みたいだ。

ずらりと並んだ写真を眺めていて、なんとなく違和感を感じた。それが何かはわからないけれど、なんか、引っかかる。

「んー……?」

「どうかしたんだゾ?」

「いやなんか……なんだろ……喉くらいまで出かかってるんだけど……」

送られてきた写真からは既に怪我した有力選手は弾かれていて、まだ怪我をしていない選手たちしか残っていない。それがなんだか……しいて言うなら、バランスが悪いというか……?

「ポムフィオーレ寮の次はっと……あ、いたいた、あそこの2人だよ」

あと少しで閃きかける、というところで次の囮候補……もとい有力選手を見つけたようで声を上げる。

ケイトが指さす方向へ目を向けて、出かかっていた答えが彼方にすっ飛んで行った。

……いや、いやいやいや。俺が犯人なら絶ッッッッ対あの2人は狙わない。金積まれても嫌だ。割に合わない。

というか、あいつらに危害を加えられる奴がいるなら逆に見てみたいくらいだ。

視線の先にいるのは、バイト先のモストロ・ラウンジでもおなじみのオクタヴィネル名物双子の、ジェイドとフロイドだった。

すすす、とみんなから距離をとって木の陰に隠れる。

……実は、アズールにしばらくシフト入れられないってメッセージを送ってから、鬼のように返信が来ているんだが、それを全部未読無視していた。そのことはあの双子にもきっと共有されているだろう。見つかると厄介なことになるに決まっている。

ワザとじゃない。最初はワザとじゃなかった。トレイのところに行ってる間にメッセージが来ていたのは知っていたけど、読むタイミングを逃して夜まで放っておいたらめちゃくちゃ返信が溜まっていただけなんだ……。そしてそれをまだ既読に出来ていないだけなんだ……。

すまんアズール。この埋め合わせはマジフト大会が終わったら必ずするから。

木陰からみんなの様子を伺う。俺がいなくなったことに気付かず、リドルたちは双子から距離を取った状態で話して……あ、フロイドに見つかったな。

…………え、やだ、フロリド……? フロリドなの……?

フロイドがやたら楽しそうにリドルへちょっかいをかけている。俺はこういうのを知っている。

これは、気になる子についつい意地悪してしまうとかいうアレだな……!?

そしてリドルはめっちゃ嫌そうにしてるが、俺はこういう展開Pi●ivで100万回見たことあるから詳しいんだ。 口では嫌がってるけど、いざ構われなくなると寂しくなっちゃうやつだな!?

……悲しきかな、腐男子の業。どんな状況でもエサがあれば食いついてしまう。

「ん……?」

様子を見ていると、段々雲行きが怪しくなってき……あいつら何やってんだぁッ!?

双子がリドルたちにマジカルペンを向けたのを見て、思わず木の陰から飛び出した。

「待て待て待て! お前ら何やってんだ!」

「おや、ユウさん」

「あ~、小エビちゃんだァ」

ぐいと双子とハーツラビュル組の間に身体を割り込ませる。目の前に立つそびえるように約2mの巨体×2。やっぱこいつらに危害加えようとする奴なんかいるわけねーだろ。

目の前に飛び出すことによってうまいこと双子の興味を引けたらしい。ジェイドもフロイドもマジカルペンを下ろして俺に話しかけてきた。

後ろ手でリドルに「今のうちに行け」と合図を送れば、「総員退却!」という掛け声とともに複数の足音が遠ざかっていく。

よしよし、ちゃんと逃げられたみたいだな。あとは俺もタイミング見計らって逃げねぇと……。

「どうしたんですか、こんなところで。もうすぐラウンジの開店時間ですよ」

「いや、俺、しばらく行けないってアズールに連絡して……」

「あ~、だから今日アズールの機嫌悪かったんだぁ~。ねぇジェイド、小エビちゃん連れてけば、機嫌治るかなぁ」

「そうですね、フロイド。きっとアズールも喜ぶでしょう」

「いやあの、ほんと、勘弁してくれ……他にやることあるんだよ」

「えぇ~? ラウンジ来てよ。小エビちゃんいねーとオレの仕事増えてメンドーなんだよね」

フロイドが俺にもたれ掛かるように抱きついてくる。おっまえ自分の体格わかってんのか!? 重いんだよ!!

「ぐぇえ……フロイド、首、首締まってる……! あの、本当に、全部終わったらちゃんと行くから、だから……うぉおお高ッ!? 持ち上げるなぁ~~~~ッ!!!」

「さて、行きましょうか」

うっそだろぉ……。いくら身長差があるとはいえ、こんな軽々持ち上げられたらヘコむぞ。

猫か何かのようにひょいと持ち上げられ、フロイドの肩に担がれる。

ジタバタと暴れてみるが腰に回った腕の拘束は外れるどころか強さを増して、危うく中身が出そうになる。

「ぐぇッ……」

「小エビちゃんかぁるいね~。ダイエット中?」

「ちっげぇよ食費節約してるから太れねぇだけだ……ってか、わかったから、ちゃんとついてくから普通に歩かせろ!」

「え~、やだ」

「なんでだよッ!!!」

「おやおや、楽しそうでなによりです」

「お前どこに目ぇついてんだジェイド……」

ドナドナと市場へ売られる仔牛が如く、俺は双子(主にフロイド)に運ばれていった。

どこにって? そんなの一箇所しかないだろ。

 

場所は変わって、今。

 

俺はモストロ・ラウンジのホールで、アズールを前に正座をしていた。

こだわり抜かれた革ソファに座ったアズールは優雅な仕草で足を組みながら俺を見下ろしている。

その端正な顔に浮かべている表情が笑顔なのが、物凄く怖い。

怒っているだろうな、とは思ったけれど、まさかここまでとは。

「……さて。この忙しい時期に『急用ができた。来シフト出れない。すまん』などと短いメッセージ1本で済ませた、その急用とやらをお伺いしましょうか」

「アズールめっちゃ怒ってんじゃん……」

「いえいえ、怒ってなどいませんよ。ユウさんにも予定や用事があることは理解しています」

じゃあいいじゃん……とは思ったが口には出さない。アズールに1言ったら100どころか1000返ってくることは知っている。ここは大人しくしておく場面だ。

「しかし、寮対抗マジフト大会という大きな稼ぎ時が近い今、我がラウンジの主戦力の1人とも言える貴方に抜けられるのは……いささか厳しいものがあると思いませんか?」

「オッシャルトオリデス……」

笑顔の圧がより一層強くなる。

アズールの言うこともわかる。イベント特需があるのがわかっているのに直前になってシフトに穴を開けるのは許されざる行為だ。ファミレスバイトの時に似たようなことをやられて胃の痛みと睡眠不足に苛まれながらその穴を埋めたこともある。思い出しただけで胃が痛くなってきた。

「僕の見立てによれば、この前の全国高校生陸上競技大会を大きく上回る集客が期待できます。この前以上の混乱が予想されるでしょう。したがって、今必要なのは下準備。そう思いませんか?」

「オモイマス……」

「同じ考えのようで何よりです。では、改めてお気持ちをお伺いしましょうか」

にこり、とアズールが笑顔を向けてくる。うーん怒ってても美人はやっぱり美人。

じゃなくて。

俺を高く評価してくれているからこそ、強引な手段ではあるが人材として確保しようとしてくれている、それはわかっている。

出来ることならその気持ちに応えたいとも思っている。

でも、今回は、今回だけは譲ることが出来ない。

「……悪いとは、思ってるよ。俺だってラウンジの方に出たいけど……」

「けど……なんです?」

「……今回の件に関しては、どうしても用事の方を優先しなきゃいけない理由がある」

グリムをマジフト大会に出してやりたいだとかトレイの敵討ちをしたいだとかもあるけど、それ以上に、俺は今回の事件の犯人が許せない。

これ以上、努力を台無しにされる奴を出してはいけない。

「全部終わったら、どれだけシフトを入れてくれても構わないから……頼む、アズール」

正座したまま、床に手をついて深々と頭を下げる。頭上からアズールが息を呑む音が聞こえた。

自分が出来る最大級の懇願といえば、土下座しか思いつかなかった。アズールに意味が伝わるかは別として、これ以上はどう頼んでいいかがわからない。

視線を床に向けたままの状態でいると、はぁ、と小さくため息が聞こえてきた。

「ユウさん」

名前を呼ばれ顔を上げると、しかたがない、と言わんばかりのアズールが俺を見下ろしていた。

「……わかりました。貴方がそこまで仰るのであれば、仕方がありません」

「アズール……! ありが、」

「ご自分で仰ったこと、くれぐれもお忘れにならないよう。お願いしますね?」

「ヒェッ……手加減してください……」

「おや、早速約束を反故にするおつもりで?」

「そうじゃないけど……はぁ……」

勢いに任せてとんでもないことを言ってしまった気がする……。

けどそのくらいの覚悟がないと説得できなかっただろうし……うん、頑張れ未来の俺。

「ありがとな、アズール」

「まったく……。どんな用事かは知りませんが、あまり無茶はなさらないでくださいよ」

「なに、心配してくれてんの?」

「大怪我でもしたらその分シフトに復帰するのが遅くなるでしょう?」

「アッハイ……」

心配してくれてるのかと思ってちょっと嬉しかったのにな……。

 

:  :  :

 

アズールとの話がついたところで、オクタヴィネル寮から鏡舎へと出る。

まぁ何とかなってよかったけど……これ、次のシフト、俺どうなるんだろ……過労死ギリギリを攻められるのかな。つら……。グリムに高級ツナ缶積んで猫吸いさせてもらわんと。

「……さてっと……アイツらどこに行ったんだ……?」

スマホを確認してみれば、ケイトから「サバナクロー寮に行くね~」というメッセージが入っていた。受信時間は30分ほど前。向こうで話し込んでれば、ワンチャン追いつけるか。

しっかしサバナクローか……。あんまり行きたい場所じゃねぇし、そもそも知り合いもいな……あ、いや、ラギーがいたな。

ついこの前知り合いになったばかりのハイエナ獣人を思い出す。

もしすれ違いになったとしても、ラギーに会いに来たと言えばいい。バイト仲間のところに顔出すくらいは一般的な言い訳だろ。

「行くか……」

足取りも重くサバナクロー寮へと続く鏡を通り抜けた時、ふと、有力選手たちの写真を見ていて感じた違和感の正体に気が付いた。

”サバナクローの選手は誰ひとり、怪我をしていない。”

それが何を意味するのかを理解する前に、サバナクロー寮へと降り立つ。

乾いた風に乗って砂が舞うこの寮は、ハーツラビュル寮とは正反対のワイルドな雰囲気の場所だった。

むき出しになった岩と生い茂る木々。テレビ番組の野生動物特集で映っていた景色のようだ。

目の前には岩壁をくりぬいて作られたかのような石造りの寮があr……入口に置いてあるあれ、なんだ……?

なんかの化石みたいに見えるけど……もしかしてマンモスか……?

どう考えても普通の象の骨とか化石にしてはでかいし……やっぱりマンモスなのでは……? ツイステッドワンダーランドにもマンモスっていたのか。

とりあえずスマホを取り出してぱしゃりと一枚。やべぇ迫力。これ元の世界のSNSに投稿したらめっちゃバズるんだろうなー……じゃなくて。

思わずマンモスにテンション上げたけど、本来の目的はサバナクロー寮観光じゃない。

さてどこにいるかなと思考を切り替えたところで、寮の入り口の反対側―――俺の後ろから叫び声のようなものが聞こえてきた。……この声、グリム?

俺の背後には切り立った崖が聳え立っている。上、か。

きょろりと周囲を見回してみれば、向かって右側の奥の方に岩を切り出して作ったような階段があった。

段数の多さにほんの少し躊躇ったが、明日の筋肉痛を覚悟して階段の方へと駆けだした。なんだか嫌な予感がする。

階段を上がった先に広がっていたのは客席を兼ね備えたスタジアムのように開けた場所だった。ラグビーとかアメフト場が一番近いか。けど、その2つには存在しない大きな輪のオブジェのようなものがコートの両端に建っている。

「!? お、おい! 大丈夫か!?」

そんなコートの真ん中。そこに膝をつくエースたちの姿があった。全員肩で息をしており、酷く辛そうに見える。

「あぁ? なんだお前」

4人の元へと駆け寄り、べちゃりと地面に潰れるようにへばっていたグリムを抱き起こしたところで、不機嫌そうな声が降ってきた。

全身の毛が逆立つような感覚。これは、まぎれもない原始的な”捕食者”への恐怖だ。

震えそうになる身体を押さえ、顔を上げる。

そこにいたのは褐色肌の美丈夫だった。夏の木々を思わせる緑の瞳が、俺を真っ直ぐに射貫く。

風になびく艶やかな黒い長髪は、ライオンの鬣を思わせる。事実、こいつはライオンの獣人なんだろう。頭の上に乗っかっているのは焦げ茶色の小さな獣耳だ。

ライオン獣人の男は俺の顔をじっと見た後、何かを思い出したようにぐっと眉間に皺を寄せる。

「……誰かと思えば、お前、植物園で俺の尻尾を踏んだ草食動物じゃねぇか」

「植物園……? 」

植物園でそんなイベント起こしたか……?

こんな美丈夫に出会ってたら、忘れなさそうだけど。

「え……、…………、あっ!」

彼方に飛ばしていた記憶が蘇る。あれは確か、エースがやらかしたポカをどうにかするため、マロンタルト用の栗拾いに行ってた時だったか。

尻尾を踏んで怒られた覚えがある、こいつ、あの時の奴か!

「お前は……植物園の管理人(仮)……!?」

「は?」

あー思い出した思い出した。ってか、そういえばその時ラギーっぽいのもいたな……?

「ブッハ! レオナさんが植物園の管理人って! そりゃあ~我が物顔で寛いでるッスけど!」

「……ラギー?」

「どうも、久しぶりッスねユウくん」

ニヤニヤ笑いを浮かべたラギーが美丈夫の横に立つ。絵になる……じゃなくて、ってことは、やっぱりこいつが例の『レオナさん』か。

こんな状況でなければ盛大に妄想を爆発させているところだが、今はそれどころではない。

既にグリムもエースもデュースも、ケイトでさえ満身創痍だ。

この場で、皆を庇えるのは俺しかいない。

「知ってんのかラギー」

「アズールくんのところで一緒に働いたことあるんスよ」

「なるほどな……で、草食動物がサバナクローに何をしに来たんだ?」

「みんなを迎えに。なにがどうなってこんなことになってんのかは知らないけど……この辺で帰らせてもらうぞ」

「ハッ、先に踏み込んできたのはそっちだぜ? もっと遊んで行けよ」

「何事もやり過ぎは良くないって言うだろ? 1つの寮を取りまとめる寮長サマってんなら、寛大な心で許してくれよ。それとも、そんなこともできないほどサバナクロー寮の寮長サマは狭量だってか?」

「ほぅ、言うじゃねぇか」

強者の余裕というのか、わざと煽ってみてもレオナは動じず、目の前の獲物をどういたぶろうかと考えている獣のような笑みを浮かべて俺を眺めている。

「……いいぜ、そいつらは許してやるよ。その代わり、お前が相手をしろ。それくらいは付き合ってくれたっていいだろ?」

なぁ、草食動物。と、牙を剥いて笑うその姿に、本能がすごい勢いで警鐘を鳴らす。

レオナの後ろにいるようないつもの奴らとは全く違う。ここで頷けば、本当に、どうなるか自分でもわからない。

それでも、引くわけにはいかない。

「……わか、っ、」

「何してんスか、あんたら」

俺とレオナの間に、大きな影が割って入る。

見上げれば、サバナクローの運動着を着た大きな背中と、銀色の髪。そしてふさふさの銀色の尻尾。

あ、こいつ、この前の朝散歩のときに見た奴だ。

ジャック、と呼ばれたこの青年はレオナたちサバナクロー生と何やら話していたが、やがて舌打ちと共に、複数人が去って行く足音が聞こえ始めた。

……ガタイが良すぎて、前が見えねぇんだよなぁ……。

足音が完全に聞こえなくなったところでひょこりとジャックの背中から顔を出してみれば、レオナたちはとうに去った後だった。

とりあえず……なんとかなったのか……。

「悪い、助かった。ありがとう」

「別に、お前らを助けたわけじゃない」

サバナクロー寮の建物がある方向を睨んでいたジャックの服の裾を引き礼を言えば、典型的なツンデレ台詞が返ってきた。……お前……その見た目でツンデレは周囲の奴らの性癖おかしくなるだろ……。

「それでも俺は助かったし。お前が自分のためにやったってんなら、俺も俺のために礼を言わせろよ」

「……お前、変な奴だな」

「あー……うん、ユウは変だよな」

「めちゃくちゃ変なヤツなんだゾ」

「ちょーーっと、変わってるよね」

「……ちょっと……だいぶ……?」

「待て待て待てお前ら。なんでそこで全員同意するんだよ!」

ジャックどころかパーティメンバー全員から失礼なこと言われてるんだが!?

俺そんなにおかしくないだろ!!

ジャックはなんだこいつら、とちょっと引き気味の顔をしてた。お前も俺を含めてそんな目で見るなよ! 俺ははぶけ!

誠に遺憾の意である。

「いや、ユウ、お前自覚してねーみたいだから言うけど、だいぶ変だぞ」

「どこが!? 退学RTAキメたお前らよりは常識あるけど!?」

「は~~ッ!? あれお前も一緒だったろ!」

「俺は止めてた方だろ!!」

「あ、あのダイヤモンド先輩……僕ってそんなに常識ない奴なんですか……?」

「う~ん……けーくんの口からはちょーーーっと言いにくいかなぁ……」

「いいからお前ら全員さっさと帰れ!!」

ぎゃいぎゃい口喧嘩を始めた俺とエース、ケイトに自身の確認を行うデュースをまとめてジャックが怒鳴りつける。

そんな怒んなくたっていいだろ。

「わかったよ……ジャック、怪我には気を付けてくれよ」

「……? 言われなくてもわかってる」

「ならいーんだけど」

……さっき、サバナクロー寮の鏡をくぐった直後くらいになんか閃いた気がしたんだけど……なんだったっけか……。まぁ、いいか。

ジャックに追い立てられるようにしてサバナクロー寮の出入り口へと向かう。

文句を言いながらもここまでちゃんとついてきてくれてるのって、俺らが他の寮生に絡まれないようにってことなのかな。こいついい奴だな。

「邪魔したな。送ってくれてありがとう」

「だから、そういうんじゃねぇよ。お前らがちゃんと出ていくか見張ってるだけだ」

やっぱりツンデレキャラじゃん。褐色銀髪筋肉ケモ耳ツンデレって属性のパフェかよ。

ジャックに見送られてサバナクロー寮を後にする。手を振ったら嫌そうな顔をされたけど、一瞬尻尾が揺れたのは見逃さないからな。今度何かお礼を持って行こう。

なんて考えながら鏡を抜け鏡舎の床を踏んだ、瞬間、がくりと下半身から力が抜けた。

当然いきなりのことに身体を支えられず、べしゃりとその場にしりもちをつく。

「ユウ!?」

「あ、あれ……あー……はは、今頃きたよ……」

脚がガクガクと震えている。腰も完全に抜けているようだ。さっきレオナと相対した時に我慢していた恐怖が、安全地帯に来たことで抑えられなくなったみたいだ。

百獣の王と言われるライオン、その威圧を一身に受けた恐怖を思い出す。本当に、恐ろしいと思った。

あー……なっさけねぇ。ボロボロな皆ですら、こんなことにはなってないのに。

「悪い……ちょっと、立てねぇから先に帰っててくれ」

「なんっでそんなこと言うんだよ。肩貸してやるからとっとと帰るぞ」

「エースの言うとおりだ。僕たちを助けに来てくれたユウを、見捨てて帰るわけがないだろう」

そういうや否や、エースとデュースが両脇から俺の身体を抱え上げた。

持つべきものは友達だな。友情が疲れた体に身に染みる……。

「わ、悪い……」

「いや、別にいいけど……ユウって思ったよりも軽いのな」

「本当だ。まさかグリムに食事をとられてるのか?」

「オレ様はそんなことしてないんだゾ!」

「元々痩せ型かつ筋肉付きにくい体質なんだよ。ほっとけ」

筋肉が付きにくい体質はマジで前の世界にいた時からのコンプレックスだ。バルガス先生とかの話を聞いてもどうやったらあんなに筋肉付くか理解ができん。

こっちに来てから色々あって食事量も減ってるから余計に、だろうけど。

「ユウちゃんはエーデュースコンビに任せて、オレは一足先に寮に戻ってリドルくんに報告してくるよ」

ケイトがちらりとこちらに気遣わし気な視線を向けた後、バチンとウィンクひとつ残してハーツラビュル寮の方へと向かって行く。

「お願いします、ダイヤモンド先輩」

鏡へ入って行くケイトを見送ったあと、エースとデュースに連れられオンボロ寮へと戻る。

「おい子分、大丈夫なのか?」

「こらグリム、ユウの足元でうろつくな。エース、ちょっと手を離すぞ」

デュースは一旦俺の身体をエースに預けて、足元でうろちょろしていたグリムを小脇に抱え上げ、再び俺に肩を貸してくれた。

「おい、デュース、重くないか?」

「いや。エースの言う通りユウは軽いからな。これくらいなら平気だ」

「オレ様は荷物じゃないんだゾ!」

「はいはい、大人しくしてようなグリム」

エースとデュース申し訳ないが情けないことにまだ足が震えているので2人にされるがまま、オンボロ寮へと運ばれていく。

まったく先が思いやられる……。今回の件が終わるまで、俺、五体満足でいられるのか……?

 

:  :  :

 

「うぅ~……ムニャムニャ……見たかぁ、オレ様のスーパーシュートを……」

「へぐっ……」

べちん、と頬に衝撃が来て目を覚ます。

何事かと思いきや、隣で寝ていたグリムに猫パンチを食らったらしい。

「この……」

腹いせに湿った猫鼻をぶにっと潰せば、眉間にしわを寄せて「う゛う゛う゛う゛う゛」とマナーモード中のスマホのような声を出しはじめた。

そのうちににゃごにゃご言いながら前足でぺしぺしと指を叩かれた。肉球が冷たくて気持ち良い。

「はは……はぁ」

どうにも、眼が冴えて眠れそうにない。

気晴らしに、外でも軽く散歩してくるか。多少でも身体を動かせば眠くなるかもしれない。それでもダメだったらホットミルクでも作るかな。

パジャマ代わりに着ていたスウェットの上から1枚羽織って外に出る。

ビュウと吹く風にぶるりと身を震わせる。時刻は真夜中。徐々に冬へと近づいているらしく、空気が冷たくなってきていた。

「は~……もうそんな季節か」

こちらの世界にも冬の代名詞たるクリスマスはあるんだろうか。

チリッと心が焦げ付いたように痛む。確かあの時も、こんなに寒い日だった。泡のように浮かんできた嫌な記憶を潰すように頭を振って―――。

――ガサ、パキリ。

木陰が鳴った。地面に落ちた枝を踏みしめる音も聞こえる。

思わず身構える。建物の外とはいえ、オンボロ寮の敷地内からは出ていない。いくら廃墟同然といっても生徒が住んでいる寮に、真夜中に来る奴なんて不審者しかいない。

「……ん? そこにいるのは誰だ?」

それ俺のセリフ、と言おうとして絶句した。

木々をかき分け現れたのは、今日見たジャックと同じくらいの大柄な人影。

不健康そうな肌色に烏の羽のような黒髪。そして頭に生えた2本の角。完成された芸術品のような美しさの男がそこにいた。

ひぇ……ファンタジーの住人じゃん……。あ、ここファンタジー世界だったなそういえば。

「いや、お前こそ誰だよ……」

人間、驚きすぎて逆に冷静になることはままある。目の前に現れた男に思ったままの言葉をぶつけると、男は妖しく輝くライムグリーンの目を少し丸くした。

「あぁ、これは驚いた。お前、人の子か」

「種族名で呼ばれたの初めてなんだが?」

人の子か、って。そんなののじゃロリ狐とかショタ神とか二次元作品の人外の口からしか聞いたことないんだけど。いや、でもこいつ角あるし種族は人間じゃないだろうから、まぁ、そう呼ぶのは当たり前なのか……? 俺たちも猫のことは名前を知らなかったら基本猫って呼ぶしな。

男は「独りで静かに過ごせる場所だったのに……」とかオンボロ寮の方を見ながら残念がっていた。ははぁ、俺が住み着く前までここ、こいつの所謂「秘密基地」だったのか。それは悪いことをした。まぁ出ていく気はないけれど。

「……あれっ、その制服、もしかしてリリアと同じ寮?」

見覚えのある黄緑色のベストに指をさせば、男は少し驚いたように目を見開き、そして納得したかのようにああ、と声を出した。

こいつディアソムニア寮だったのか。ってことは、何回か遊びに行ってる時にすれ違っ……てないな。こんな目立つ美形がいたら絶対覚えてる。

「もしかして、お前はユウ、か?」

「え、うん、そうだけど」

「リリアから聞いている」

「あ、なるほどね。で、あんたの名前は?」

副寮長であるリリアを気安く呼び捨てで呼んでるってことは、少なくとも3年生か。

名前をとわれた男は、しばらく悩むような素振りを見せた後、ふっと笑って首を横に振った。

「僕は……いや、やめておこう。聞かない方がお前のためだ」

「……はい?」

名前を聞かない方が俺の為ってどういうこと? お前もしかして名前を言ってはいけないあの人とかそういうポジションなの?

いやそんなわけあるかい。

「知ってしまえば、肌に霜が降りる心地がするだろう。世間知らずに免じて、好きな名前で呼ぶことを許す」

……。

…………。

………………リリアーーーーッ!? お前の寮の奴、どうなってんの!?

どういうことなの!? 厨二病極まってない!? ここにイデアがいれば「厨二病乙www」とか大草原不可避だぞ!

厨二男は何故か得意げというか、ふふんって感じで笑ってるけど、俺からしてみればお前、夜中に人の寮に不法侵入した挙句に厨二病セリフ吐いてるやべぇやつだからな!?

いずれ後悔に変わる……とかお前、お前それ、将来後悔するのはお前の方だぞ! 顔が良くなかったらただ痛いだけだからな! 美形に産んでもらったこと感謝しておけよ!

「ふぅ……それにしても……、人が住み着いてしまったということは、もうこの廃墟は廃墟ではない。残念だ」

「おうおう人が住んでるところを廃墟って言うなよ。廃墟だけど」

「ならば問題はあるまい」

「他人に言われるのはちょっと……」

「そういうものなのか?」

「そういうもんなんだよ」

「ふむ……そういうものなのか……人の子の考えることは不思議だな……」

「俺にとってはお前の存在自体が不思議だけどな」

きょとんとした顔すら様になるとか顔面偏差値の格差がひでぇ。

「しかし困った……。また次の夜の散歩用の廃墟を探さなくては」

「廃墟限定かよ……。学園内だけで探すならもう廃墟はないんじゃね?」

むしろ今まで学園内に廃墟があったこと自体おかしいと思うんだが。そのおかげで住むところを確保できてるんだけどな。

「俺、夜に騒ぐ趣味とか無いし、他に見つからないようならまたここに来れば?」

「……いいのか?」

「別に。これで建物内にも入るってんなら話は別だけど、敷地内であれば特に気にしねぇよ。だいたい夜は寝てるし」

「……そうか。わかった。では、僕はこれで」

男は少し嬉しそうな顔をしたあと、やたらファンタジックな効果音をさせながらその姿が一瞬のうちに闇夜に溶ける。

姿現しみたいな魔法もこっちにあるんだな。くっそー、魔法が使えないこの身が恨めしい。

「しっかし、この学園本当に変人だらけだな……ふぁ、」

良い感じに眠くなってきた。戻って寝るかぁ。

 

:  :  :

 

なんかめっちゃ変な夢見た気がする。主に2m越えのファンタジック厨二病野郎と話す夢。

……いや、あれは夢じゃねぇな。今度リリアに会ったら文句言ってやろ。結局名前聞けなかったけど。

「ユ~ウ~! 早く朝飯に行くんだゾ!」

「はいはいグリム、ちょっと待って。今準備するから」

半覚醒の頭でぼんやりしていると、グリムが朝食に行こうとせかしてくる。

畜生、自分1人だけぐっすり眠りやがって。こちとらお前に夜中起こされたせいでまだ眠いってのに。

適当に身支度を整えて、グリムを肩に乗せながらオンボロ寮を出る。

日中は太陽が出てるからまだ暖かいけど、これからどんどん寒くなってくるだろうな。暖房器具とか防寒着も揃えたいし、今回の件が終わったらアズールとの約束とは関係無く、相当シフト入れないと。ツイステッドワンダーランドで迎える初めての冬で凍死しました、なんて洒落にもならん。

「そういやオマエ、昨日の夜どこか出かけてたのか? トイレに起きたら居なかったんだゾ」

「え? あぁー……夜中に誰かさんに起こされたから、ちょっと外散歩してたんだよ」

「ひでぇヤツだな。ゴーストか?」

「いやお前だわ。……そうそう、それでやべぇ奴に会ったんだ」

「やべぇヤツ?」

「2m越えの美形で角生えてる厨二病男」

「チュウニビョウ……? よくわかんないけど、変なヤツってのはわかったんたゾ! 名前はなんていうんだ?」

「知らん。好きな名前で呼べって言われたけど……」

「うーん、じゃあ……『ツノ太郎』なんてどうだ?」

「ぶはッ」

ツノ太郎……あの美形が、ツノ太郎……! あっやっべツボった。

「ふっ……くく……いや、いいなそれ。じゃああいつは今後ツノ太郎で」

「ツノ太郎も学園の生徒なら、そのうちひょっこり会うかもな。そしたらオレ様にも紹介してくれよ」

「いいぜ。かなりでかいからな、ビビるなよ」

「オレ様は偉大な魔法士になるグリム様だからな! そんなヤツになんかビビらないんだぞ!」

ふんす、とグリムが自信満々に尻尾を揺らす。いやお前、昨日リーチ兄弟にすらビビってただろ。あれとはまた別ベクトルだけどそこそこ威圧感あるぞツノ太郎。

「おはおはー、ユウちゃん」

「ん、ケイト、それにリドル。おはよう」

メインストリートに差し掛かったところで、後ろからケイトとリドルに声をかけられる。

 いつもなら一緒にいるはずのトレイの姿はない。お見舞いに行った時に松葉杖が必要だって言ってたし、しばらくは療養するんだろう。

トレイの成績ならしばらく休んでも問題ないんだろうけど……いつもいる奴がいないのは、やっぱり寂しいな。

「ん、ユウ」

「なに? リド……ほぁッ!?」

「少しタイが曲がっているよ。ルールの乱れは着衣の乱れからだ」

コツコツと靴音を鳴らして近付いて来たリドルが、曲がっていたらしい俺のネクタイに手を伸ばして、丁寧に直してくれる。

……こう、女学校ものの展開である「タイが曲がっていてよ」を自分が経験する日が来るとは思わなかった。危ない。ここが女子高だったら少女小説の導入が始まっていたぞ。

「……うん、これでよし」

「ありがとな、リドル。……エースとデュースは?」

「彼らはハートの女王の法律第249条にのっとってピンクの服でフラミンゴの餌やり当番中だ」

「なんて?」

フラミンゴに餌やりするのに服の色の指定とかあるの? まじでそのハートの女王の法律って何?

……あと、ピンクの服着たエースとデュースとかめっちゃ見たいんだけど。私服なのか、それとも寮で決まった服があるのか……。

もし私服だったとして。ピンクの服を持ってないデュースがエースの服を借りることもあるんだろうか……彼シャツじゃん……。

フラミンゴの餌やり中、服からエースの匂いがして思わずきゅんとするデュースとかいるのか!? いてほしい! 俺はそれを眺めるフラミンゴになるから!

「ところで、昨晩またひとり怪我人が出たらしい」

「ふな゛っ!? 本当か?」

「まじで?」

うん、とケイトが頷く。

「目撃していた肖像画くんの情報によると、怪我をしたのはスカラビア寮の2年生。ジャミル・バイパーくん。調理室で事故に遭ったらしい」

「はぁー……肖像画が監視カメラみたいになってんのな」

ってことはつまり、廊下とか肖像画があるところは人目があるってことか。もし犯人が怪我した奴の近くにいたなら、その肖像画が目撃したはずだ。

けど、あくまで怪我人が出たということしか報告されてないってことは、ただのミスか、それとも……。

……なんて1人で考えてるうちに、件のジャミル・バイパーなる人物に話を聞きに行こうということになったらしい。

こういう時、リドルがいると仕切ってくれるから楽だなぁ。

 

:  :  :

 

大食堂は朝食を食べに来た生徒たちで賑わっていた。食べ盛りだもんな、早くに来て時間ギリギリまで食べていたい奴とかもいるんだろう。

食べる量が個人で調整できるビッフェ形式は正直ありがたいよな。

「えーっと、ジャミルくんは色黒で長い髪をした……お、いたいた!」

ケイトが示した方向には、黒髪長髪褐色の男子生徒と、銀髪短髪褐色の生徒が隣同士で座り食事をしている姿があった。NRC、変人も多いけど顔面偏差値が高い奴も多い。この2人も例に漏れず顔がいい。

…………ちょっと待ってくれ。その2人、友達にしては距離が近くないか? え? 距離感ガバガバフレンズかな? すごーい最高じゃねぇか。

「よぉ。オマエ昨日調理室で怪我したヤツだろ? ちょっと話聞かせてくれよ」

「こらグリム」

一切の遠慮も躊躇もなくスカラビアの距離感ガバな2人へ話しかけに行ったグリムの脳天に手刀を落として回収する。

お前は直接的すぎんだよ。クルーウェル先生にお願いして躾てもらうぞこのモコモコめ。

「はぁ? 急になんなんだ、あんたら」

「うちの狸のぬいぐるみが悪かったな。俺はオンボロ寮所属のユウ。突然で悪いんだが、ジャミルって奴に話を……」

「あ~~~~っ! この狸、入学式でオレの尻燃やしたヤツ!」

突然銀髪の方が、大声を上げてびしりとグリムを指さす。

おっまえ入学式でどんだけ迷惑かけてんだよ。やっぱりクルーウェル先生にお願いして躾してもらうしかないのか。いやでもクルーウェル先生は犬専門っぽいしな……じゃあトレイン先生……? いやだめだ、あの人猫に甘そう。

「グリム。キミは少し口の利き方に気を付けた方がいい」

あっ、ここに適任いるじゃん。リドルにオフヘしてもらったうえでハーツラビュル寮にしばらく預けるのもアリだな。

「マジか、それは申し訳ない。大丈夫だったか?」

「尻は燃えたけど怪我しなかったから大丈夫だ! まぁ式典服は焦げたけどな!」

「ヒィエ……まじか……嘘だろ悪いな……弁償するわ……」

俺、過労死決定じゃん……式典服とかいくらするんだよ……。俺、あの服は何故か最初から着てたから、詳しい金額わからねぇ……。

やべぇ、と顔面蒼白になっている俺を見て、銀髪の男子生徒は「いーって、気にすんな!」と笑った。は……? 神か? 崇めるわ。どこ教に入ればいいか教えてくれ。

「それにしても、ハーツラビュル寮の寮長と、入学式で暴れた狸。それにオンボロ寮の奴。あっはっは! なんか面白い取り合わせだな」

「オレ様は狸じゃねぇ! グリム様だ! んで、こいつはユウなんだぞ」

「おい、グリム……」

「へぇー、そうか! オレはスカラビア寮寮長のカリム。こっちは副寮長のジャミルだ。よろしくな」

「お、おう。なんか調子狂うヤツなんだぞ」

グリムも太陽属性には耐性がなかったらしい。邪気のない笑みで自己紹介をする銀髪の男子生徒改めカリムの勢いに呑まれている。カリム教に入信すればいいのかそうか。

…………待ってくれ。今、カリムはなんて言った? りょうちょう?

「えっ……スカラビアの、寮長?」

「おう!」

スカラビアの寮長の尻を燃やしたのか、うちのグリムは……。

入学式って言ったら、俺がまだオンボロ寮の監督生としてグリムをどうにかする役目を追う前だから俺に責任はないっちゃあないんだが……本当に申し訳ねぇ……。

「……で? 何故俺が怪我した話を聞きに?」

カリムと違い、黒髪の方……ジャミルはあまり俺たちを歓迎してる雰囲気ではなさそうだ。……もしかして、カリムと2人での朝食デートを邪魔されてるから、俺たちに早くどっかに行ってほしいとか……そういう……。

普通に仲良くなって関係性聞きだしてぇな。

「実は今、学園長に頼まれて学園内の事故の調査をしてるんだよ。それで、話を聞きたくて」

「学園長が? ふーん……まぁ、いいだろう」

ジャミル曰く。昨晩、カリムの夜食を作ってる時に手元が狂い、包丁で手を傷つけてしまったのだという。いくらマジフトの練習で疲れていたとしても、それだけで手元を狂わせることはないらしい。

……いや、マジでどういう関係? 夜中に夜食作ってあげるって、それもう付き合ってるじゃん……。

「……だけど、調理中に一瞬、意識が遠くなったような感覚があった」

「……え? めまい、とかじゃなくてか?」

「殆どの奴らはそう思うだろうが……俺にはあの感覚に少し覚えがある。おそらく、ユニーク魔法の一種だ」

「!!!」

ユニーク魔法……まさかそれで、今までの奴らは操られていた、とかそういう? だから肖像画も犯人の姿を見てなかったのか。

魔法で肖像画の視認範囲外から操れば、姿を見せることなく危害を加えられる。魔法学校ならではの犯行だ。

「そっか、ジャミルのユニーク魔法はふぁっ!」

カリムが何かを言いかけた時、焦ったような表情のジャミルがカリムの口を手で塞いだ。

「~~ぷは! なんで口塞ぐんだよ」

「今は俺の話はいいから」

ジャミルの声がワントーン高くなる。それが喋り方なのかもしれない。

……カリムにだけ見せる、素の表情があるってことか……スカラビア寮、やるじゃねぇか……。

「とにかく、犯人が使ったのは相手の行動を制御できるような魔法だと思う」

「なるほどね~。だから目撃者的には本人の不注意にしか見えなかったってことか」

「もしそれが一瞬のことなら、被害者自身も自分の不注意か操られたのか判別がつかないかもしれない。ボクも階段から落ちかけた時、無理やり操られたような感覚はなかった」

リドルが腕組みをし、その時の状況を思い出しながら言葉を紡ぐ。

「ってか、そんな魔法……犯人を捜すの無理ゲーじゃん。どうする?」

「普通の魔法だと、そういうのは出来ないのか?」

「出来なくはないと思うけど……でも、強制力を感じるとは思う」

「リドルもジャミルも強制されたようには感じなかったんだったか……。ユニーク魔法かぁ……ちなみに、心当たりは?」

グリム以外の4人へぐるりと視線を向けるが、4人とも首を横に振った。

やばいな、まさかここで手詰まりになるとは。いくら学園側でも、生徒全員のユニーク魔法を把握してるわけじゃないだろう。そもそも、ユニーク魔法を覚えてることすら誰にも教えていない奴もいるかもしれない。

「人を操る魔法……ハッ!」

「どうした、グリム」

「オレ様もそれを習得すれば、毎日人を操って学食のパンを独り占めできるんだゾ!」

「おっ、お前な~~~!!」

何かに気が付いたかと思ったが、どうやら食い意地から来る悪だくみを思いついただけだったらしい。習得したとしてもさせるかよ、そんなこと。

リドルもこれには呆れの表情を見せている。

「ちょっと期待したじゃねぇか! ったく……」

「だって、そしたらデラックスメンチカツサンドも食べ放題……ん?」

「グリム?」

はっとしたような顔で、グリムが遠くを見る。実際に目で見る、というより記憶を掘り起こしているようだ。

そして、突然叫んだ。

「あ゛~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!」

「なんだ!? 急に大声出して」

「オ、オレ様知ってるんだぞ! そのユニーク魔法使うヤツ!」

「なんだって?」

「マジかよ」

今までそんなユニーク魔法使う奴に会ったか? というか、なんでデラックスメンチカツサンドで思い出したんだ?

デラックスメンチカツサンドと言えば、ちょっと前にグリムがお昼の時にゲットしたけど他の奴に何故か譲った……って、自分で譲ったくせに落ち込んでた日の事しか思い出せない。

あの時俺は出張パン屋の方じゃなくてビッフェの方に食事を取りに行ってたから詳しく知らないんだよな。

「犯人は、ラギーなんだゾ! あの、サバニャクロー寮の、茶色い耳のヤツ!」

………………は?

「……ラギー、が? 間違いないのか?」

「オレ様が間違えるわけねぇ! 犯人はあいつだ!」

嘘だろ?

モストロ・ラウンジで一緒に働いてた時のことを思い出す。要領が良くて効率的で、全体を見て俺たちを助けてくれたラギー。

そんなことをするような奴には、見えなかった。

否定したい感情とは裏腹に、頭の冷静な部分が現実を突き付ける。

こんなにたくさん怪我人が出ているのに、誰ひとり被害を受けていないサバナクロー。そのサバナクローには、人の行動を制御するユニーク魔法を持っているとされるラギーが所属している。

「えぇっと、ラギー・ブッチくんは、2年B組だね」

「……ッ、」

ケイトの言葉を聞いた瞬間、俺はその場の全員を置いて駆け出した。

後ろから俺の名前を呼ぶ声が聞こえたけど、気にしちゃいられない。

どうして、なんで。叫び出しそうになるのを歯をくいしばって耐える。ぎぃと軋む音が聞こえる。

目指すのは、2年B組。

 

:  :  :

 

「ラギー!」

バン、と2年B組のドアを勢いよく開く。

始業時間前だからか教室にはほとんど生徒はおらず、けど、幸か不幸かそこにラギーの姿はあった。

「うぃーッス。誰ッスか朝っぱらから……って、ユウくんじゃないッスか。どうしたんスか?」

きょとんと目を丸くしながら、ラギーが俺に近づいてくる。

昨日サバナクロー寮で会ったときは少し雰囲気が違ったけど、でも、今目の前にいるのはあのクソ忙しい日に一緒に働いたラギーそのもので。

肩で息をしている俺に、「大丈夫ッスか?」と気遣いすら見せてくれる。

やっぱり違うんじゃ、グリムの勘違いなんじゃ……と思う。そう思いたかった。俺にとって都合がいいのは、そっちだ。

「朝から悪い、その……ラギーに聞きたいことがあって」

「なんスか?」

早鐘を打つ心臓を落ち着けるように、ひとつ息を吸って、吐く。答えを聞くのが怖い。

「ここ最近、マジフトの選手候補が続けて事故に遭ってて、俺は今その調査を学園長から申しつけられてるんだけど……ラギーは、なにか知らないか?」

「……なんでそれをオレに聞きに来るんスか?」

きゅっ、とラギーの目が細められる。なにがなんだかわからない、というような表情ではない。むしろ。

「……知ってることがあれば、教えてほしいだけなんだ」

「……はぁー」

恐る恐る言葉を紡ぐが、ラギーはやれやれと言ったように頭を振って溜息を吐く。

「はっきり言ったらどうなんスか? オレのこと疑ってますって」

「俺だって疑いたくて疑ってるわけじゃ……!」

「でもユウくんの中ではもう答えが出てるんでしょ?」

「っ……! ラギー、なんで……」

「っていうかさぁ!」

 ラギーの表情には、もう先程の気遣うような色はない。俺を馬鹿にするような、見下した目をしている。俺はこの目を知っている。見たことがある。軽蔑と拒絶の瞳。

「ユウくんオレになに期待してんの? 1日一緒に働いただけじゃん。しかも話したのなんかちょっとだし。それで友情感じちゃってるんスか? 能天気ッスね~」

「……信じたいって思った奴を、信じちゃ悪いのかよ……」

「知ってる? そういうの世間知らずっていうんスよ」

賢くなれてよかったッスね、と笑うラギーに、俺は何も言えなかった。

ラギーの言う通りだ。たった短い時間を共有しただけで、俺とラギーは友達ですらない。

でもあの時。俺はラギーと仲良くなれたんじゃないかって、期待していたんだ。

俺の気持ちなんて所詮独りよがりのものでしかないって、知ってたはずなのにな。

「もういいッスか? じゃあオレはこれで……」

俯いて黙り込んでしまった俺を鼻で笑って、ラギーは廊下の方へと向かう。

「行かせはしないよ」

俺の横を通り過ぎ教室を出ようとしたラギーの行く手を、追いついて来たリドルとケイトが遮った。

「ラギー・ブッチ。今学園内で起こっている選手候補連続傷害事件について聞きたいことがある」

「ちょーっと、表にでてくんない?」

リドルとケイトに連れられて、ラギーが教室を出ていく。

俺は、その場から動けなかった。

 

 

 




ユウ
学園長直属の調査員と化している。
信じたいと思うものを信じてきた。
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