童顔系腐男子監督生は現実逃避中   作:深生

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※※Attention※※

●お話に関して
このシリーズは「もしも21歳腐男子が監督生としてナイトレイブンカレッジによばれたら」という作者の妄想を形にしたお話です。
ゲーム内の監督生とは言動・思考が異なることが非常に多いので注意してください。

それに伴い一部キャラクターの発言・シナリオ展開の改変・捏造がございます。
苦手な方はすぐにブラウザバックいただきますようお願いいたします。

まだ出てきていない設定に関しては自己解釈・捏造を多々入れておりますので、ご注意ください。

今回は

・2章【荒野の反逆者】

メインストーリーのシナリオに沿ったお話となっています。
まだ読まれていない方はご注意ください。
出来れば本編読了後にお読みいただければ幸いです。

●監督生に関して
監督生の名前は『ユウ』固定です。
そこそこキャラが濃い目なので、苦手な方はご注意ください。
中の人が雑食性なので、ユウくんも雑食性の腐男子です。推しCPはあります。
今回、一部キャラクターに対し煽るような言動がありますがヘイトなどではけしてございません。


また、このシリーズでは今後不快な描写が出てくる可能性がございます。
別途注意喚起させていただきます。



Ep6.童顔系腐男子監督生とバイト仲間とマジフト大会【後】

まただ、と思った。

信じたいと思ったものに裏切られるのは。

……いや、この気持ちすら俺の押し付けだ。ラギーの言う通り、俺とあいつは1回会っただけの、ただの知人でしかない。

俺がただ勝手にラギーに期待して、勝手に傷ついてるだけだ。いつものこと。俺の悪い癖。だから、あの子は、あいつは、俺のもとを去った。

俺が勝手だったから。俺がちゃんとわかってなかったから。俺が。俺が。

「……ちゃん、ユウちゃん!」

肩を掴まれ揺さぶられ、深く沈んでいた思考が急速に引き戻される。くらりと眩暈を感じながらも振り向けば、焦った表情のケイトが俺を見つめていた。

「……ケイト?」

「よかったぁ。教室から出てこないから、ラギーくんに拘束魔法でもかけられちゃったのかと思ったよ」

「いや、大丈夫だ……ちょっと、思うところがあって。それよりもラギーは?」

ぶんぶんと頭を振って先程までの考えを散らし、ケイトに問いかければ、なんとも微妙表情を返された。

「それがねぇ……オレとリドルくんのマジカルペンスって、逃げちゃった」

「えっ」

「たまたま通りかかったエースちゃんとデュースちゃんに追ってもらってるけど……」

「まじか……どっちの方に走って行ったんだ?」

「あっちの方だけど……」

「……わかった。俺も追いかけてみるわ」

「えっ、ちょっと……!」

ケイトの制止の声を無視して走り出す。

逃げるのであれば、建物の中よりも外に出た方が逃走経路の選択肢が多くなる。もし俺がラギーと同じ立場だったなら、追いかけて来ているエースとデュースを外まで引っ張ったあとで撒く。そっちのほうが逃げ切りやすくなるからだ。

(なら……こっちだな)

ラギーが逃げていった方には1階へ降りる階段がある。そしてその近くには中庭への出入り口があったはず。ここからだと距離があるから……追いつくにはショートカットするしかないか。

一番近い階段を転がるように駆け降りて、1階にある中庭に面している教室へと飛び込んだ。

どこかのクラスだったらしく、朝のホームルーム直前に突然飛び込んできた俺を見て、中にいた生徒達がぎょっと目を剥く。

先生にチクられませんよーに、と祈りながら窓を開け、中庭へと飛び出した。

1階の教室でも、窓から地面までの高さはそこそこある。ダン、と地面に着地した瞬間の衝撃でバランスを崩しかけるが、なんとか踏みとどまる。

やっぱり体力落ちてきてるな……無理にでも食べなきゃ駄目か。

「――ユウッ!」

俺を呼ぶエースの声に振り向けば、向こう側からラギーと、それを追いかけるエースとデュース、それにグリムの姿が見えた。どうやら読みは当たっていたようだ。

「ゲッ……しつこいッスよ!」

「しつこくて悪かったな。……リドルとケイトのマジカルペン、返してもらうぞ」

「ふーん。てっきり、さっきのことで何か言われんのかなって思ったんスけど」

揶揄うようにラギーが嗤う。棘が刺さったかのように痛む心に蓋をして、俺も笑い返した。

「いや。あれはラギーが正しい。俺とお前は友達でもなんでもないのに、変な期待をかけた俺が悪い」

「やっとわかったんスか。よかったッスねぇ」

やれやれ、と言うようにラギーは肩を竦め、そしてちらりと自身の背後へと視線を向ける。

ようやくグリム達が追い付いてきたようだが、随分と走らされたらしく息も絶え絶えといった様子だ。

「つかさぁ、もしここでオレを捕まえたって、アンタらオレが犯人って言い切れなくないッスか?」

「なんだと?」

先に息が整ったらしいデュースがぎろりとラギーを睨む。鋭い視線を受けてなお、ラギーは楽しそうに嗤っていた。

「だって、オレが怪我をさせたって証拠、ないッスよね。誰かオレが魔法使ってるとこ見たんスか? そんで、それ写真に撮ったりしたんスか? してないッスよねぇ?」

「うぐっ…………そ、それは」

言葉に詰まったデュースを庇うように前に出る。やめとけデュース、お前じゃラギーには口で勝てん。

「そうだな、その通りだ。でも、じゃあ、なんでリドルたちから逃げたんだ? やってないって言うなら、弁明でもなんでもすればいいだろ」

「いやッスよそんなめんどくさいこと。ていうか、リドルくんとかほぼオレのこと犯人って決め打ってきてるじゃないッスか。そんな状態で何言ったって無駄っしょ」

「……それもそうだな」

ラギーがブレザーの内ポケットから赤い宝石が付いたマジカルペンを2本取り出して、足元に置いた。あれがリドルとケイトのマジカルペンか。

「んじゃ、今日の追いかけっこはここまで。さっき盗ったマジカルペンはここに置いとくッスよ」

ばいばーい、と軽い調子でラギーは再び走り出した。そのスピードはあまりに早く、今から追いかけてももう追いつけないだろう。

捕まえるのは 諦めて、リドルとケイトのマジカルペンを拾い上げた。背後ではグリム達が悔しそうに地団太を踏んでいる。

……ラギーは否定をしなかった。ということはやっぱり、一連の事故、いや、傷害事件の犯人はラギーで間違いないんだろう。あの様子なら、俺たちにバレたからといってやめる気もなさそうだ。それに、昨日のサバナクローの様子を見る限り、寮全体が一枚噛んでいるとみていいだろう。

そろそろ俺の手には負えなくなってきた。ここまでの調査結果を、学園長に報告した方が早いか……? けど、報告するには証拠がない。ラギーが容疑を否認すれば、冤罪をかけたとして俺の立場が危うくなる。それに……。

「テメェら、まだ懲りずに犯人捜しやってんのか」

ふいに背後からかけられた声に振り向くと、芝生を踏みしめて、銀髪の獣人……ジャックが近寄って来た。一部始終を見ていたらしい。

「ジャック……だったよな? 奇遇だな」

「……お前、相当目立ってたぞ」

「え? ……あー、もしかしてあそこの教室、お前らのクラスだった?」

ジャックがこくりと頷く。あっちゃー。目撃者多数じゃん。これは先生にバレるな……。

やばい、と頭を抱える俺の隣から、エースがズカズカとジャックの方に近寄っていく。

「んだよ。見てたんなら手伝えよな。おたくんとこの先輩、超悪いヤツなんですけど?」

エースの文句にジャックはそれに答える事はなく、いぶかしげな視線をぐるりと俺達に向ける。

「お前ら、何故そんなに他人のために必死になれる?」

「他人のため?」

「怪我したダチの仇討とうって気持ちは分からなくもねぇが……」

「は? 何言ってんの?」

「え?」

「え?」

……え? ちょっと待て、エース。どういうことだ?

エースの言葉に、俺とジャックは目を丸くする。

「だーれが他人のためなんかにやるかっつーの」

「僕達はこの事件の犯人を捕まえて手柄を立てたいだけだ」

「………………ちょっと待て、お前ら、トレイの件もあるだろォ!?」

悪びれず堂々と「自分の利益になるからやってます」発言をしたエースとデュースに、今度は別の意味で頭を抱える。

確かにあの時、リドルは手柄次第でマジフト大会の選手枠として考慮するとは言ってた。言ってたけどさぁ!

てっきり先輩であるトレイのためとか、俺のために協力してくれてると思ってんだんだけど!?

「うっそだろお前ら……」

「オレ様だって、絶対アイツを捕まえてテレビに映ってやるんだゾ!」

うん、グリムは知ってた。お前はいつでもそういう奴だからな……。いつまでも変わらずにいてくれよ。

ちょっとショックが大きくて、グリムを抱き上げてふかふかの後頭部に顔を埋める。マジで信じらんねぇ……。

「トレイ先輩には悪いけど、出番はイタダキ、みたいな?」

ニヤリと笑うエース達に、あぁ、そういえばこいつらはこういう奴らだったよと思いだす。

前に学園長が言ってた、「ナイトレイヴンカレッジの生徒達には他者と協力しようという考えを微塵も持たない個人主義かつ自己中心的な者が多い」という言葉が、今、身に染みてわかった。

「ハッ! 他人のために動くようなヤツは信用ならねぇと思っていたが……お前ら、思ってたより酷ぇ奴らだな」

俺にとってはここにいる全員一律酷い奴らだよ。俺の純情弄びやがって。

「なんだよ。オレらよりお前のほうがひでーじゃん。その様子じゃ知ってたんだろ? アイツが事件の犯人だって」

「……ってことは、これ、ラギーの単独犯行じゃなくて、サバナクロー寮生たちが関わっている、少なくとも知ってるってことだな?」

通りでサバナクローから怪我人が出ていないはずだ。目的がなんにせよ、自寮の人間に危害を加える必要はないからな。

「…………オイ、てめーら。俺と勝負しろ」

「なんて?」

今それ、関係ある?

「はぁ〜? 突然なんだよ」

「男が腹割って話すんなら、まずは拳からだろ」

一昔前の不良漫画の登場人物か……? いや、見た目的ににもぴったりだけど。

俺とエースがドン引きしている横で、デュースがやる気満々に拳を握った。さすが元ヤン。でも今は殴り合う必要なくない!?

戸惑う俺たちを置いて、早速殴り合いが始まった。

俺は巻き込まれないよう、グリムを抱えたまま少し離れたところに座り込む。流石にね、「拳で語り合おうぜ!」的なノリは成人してからはきついわけよ。

そういうのは中高生の特権だと思うので、ぜひ俺抜きで思いっきりやってほしい。

「うぉおおあ!!」

「おらあああ!!」

ジャックとデュース、双方の拳がお互いの頬に突き刺さる。うわ痛そう。

隣には俺と同じように「キャラじゃない」と早々に離脱したエースが座っており、少年漫画かと思うような音と共に殴り合いをしているデュースとジャックを見て顔をしかめていた。

……その顔をしかめている意味によっては、お前に問いたださなきゃいけないことがあるんだよな、エース。

ただ痛そう、とか、よくやるよ、みたいな感情なら俺も同じ気持ちだからよくわかる。

でもこれがもし相棒たるデュースをジャックに取られそうな予感を感じてなのであれば、俺はその気持ちを根掘り葉掘りすべてをまるっと聞き出さなければならない義務がある。

ねぇ今どんな気持ち?? どんな気持ち? デュースと気が合いそうな男が出現したけどどんな気持ち? ちょっとお兄さんに教えてみ?

ジャックに対して妬いてるんなら素直にそう言ってほしい。俺の推しCPはエスデュだ。いっぱい応援する。

「……よし。これでケジメはつけた。俺の知ってる事は話してやる」

あ、終わったみたいだな。

流石に互いの健闘を称え合っての握手はしないみたいだけど、デュースとジャックのお互いを見る目は、”強敵”と書いて”トモ”と読むような感情が乗せられている。

ジャクデュもありだな。手のひらが勢いよく回転するだろこんなの見せられたら。

「ケジメって、なんのケジメだよ」

エースが若干詰まらなさそうな声でデュースの隣に立つ。

だからそれ一体どんな感情!? お兄さんに教えて!?

「俺自身の心のケジメだ。所属寮を裏切ることになるからな」

「ってことは、やっぱ今回の件はサバナクロー全体がグルってことか」

「! ……ああ」

ジャックが話してくれたのは、ラギーのユニーク魔法のことだった。

相手に自分と同じ動きをさせることが出来る、というものらしい。ほんの一瞬手元を狂わせたり階段を踏み外すように足の位置を少し前にしたりするだけで、相手を事故に遭わせることが出来る。最小限の動きで最大限の効果を発揮できる手だ。

それと、事故を起こすときにサバナクロー寮生が壁になってラギーの姿を隠しているだろう、ということ。ラギーは他のサバナクロー寮生に比べて随分と小柄だ。筋肉の壁の内側に入れば簡単に姿を隠せてしまうだろう。

……というか、サバナクロー寮生ってゴツいのが多いじゃん……そんな中に、ラギーみたいなのが混ざってるって、これ、絶対1人くらいはラギーの事狙ってる奴いそうだよな……?

でもラギー本人はレオナの庇護下にあるから、おいそれと手を出せなくて……みたいなモブラギ本ありそう。読みたい。

「俺が特に気に入らねぇのは寮長、レオナ・キングスカラーだ! あいつはすごい実力があるはずなのにちっとも本気を出しやがらねぇ」

「あいつ、そんなにすげぇ奴なの?」

「確かに、アイツダラダラしてるのにめちゃくちゃ強かったんだゾ」

俺の言葉に、グリムが昨日のことを思い出したのがぶるりと尻尾を震わせた。

着いたのが試合が終わったあとだったから試合内容とかは知らないけど、体力バk……持久力のあるデュースとか、3年のケイトが膝をつくくらいなんだから相当なものなんだろうし、立っているだけで威圧感もあったな。

「だろ!? せっかく持っている力を何故磨かない!? 俺はそういうヤツが一番嫌いだ。3年前、レオナ先輩が大会で見せたプレイは本当に凄かった。だから、俺はこの学園に入れて……サバナクロー寮に入って、あの人と本気でマジフトの試合がやれるんだと思ってたのに……」

……あの、これは。これは……その。

突然投下された感情を言葉として表現する前に、エースが耳打ちをしてくる。

「あのさー……ユウ。こいつさっきから自分トコの寮長に文句を言ってるようでいて……」

「おう、エースも感じたか……。こいつ、多分すげーレオナに憧れてるよな……」

まさかここにきてこんな……。レオジャクか? それともジャクレオか? どっちにしろ美味しいし、展開がもはや商業BLだ。

数年前に見かけた憧れの先輩を追いかけて入学してみたら、その先輩がすべてにやる気をなくし怠惰な生活をしていて……主人公は幻滅しながらも先輩を叱咤し……みたいな商業BL俺読んだことある!! 家の本棚に5冊くらいありそう。

俺が腐界の方へ頭をトリップさせているうちに話は進む。

どうも、今までの事故は行きがけの駄賃のようなもの、本命はディアソムニア寮長であるマレウス・ドラコニアであるという。

どうにもこのマレウス・ドラコニアとか言う奴がバケモノ並みの強さで、そいつが入学してから無得点で初戦敗退、という結果になったらしい。

攻略無理ゲー状態から脱却したくて、垢BAN覚悟でチートツール使って攻略しようとしてるってことか。……違う?

「話は聞かせてもらったよ」

「ローズハート寮長、ダイヤモンド先輩」

気付かないうちに追い付いてきたらしい、リドルとケイトがそこにいた。

ケイトはいつもと同じように笑顔を浮かべているが、リドルの顔は険しい。

「伝統ある大切な行事を私怨で汚そうだなんて、許せないな」

「どうする? リドルくん」

「今までのラギーの犯行も証拠がない以上、断罪することはできない。狡賢いレオナ先輩たちのことだ。今告発してもうまくかわすだろう」

「つまり犯行現場を押さえるっきゃない、ってこと?」

エースの言葉にリドルが「考えがある」と言った直後、ジャックから待て、と制止が入った。うーん、このパターンなんとなく想像がつく。

「知ってる情報を話したが、俺はお前らとツルむつもりはねぇ」

「え~。ここにきてそれ言う~?」

予想通りの宣言だ。わかりやす過ぎて心配になる。こいつ、この学園の生徒にしては真っ直ぐ過ぎねぇ?

自分の寮がやったことは、自分で落とし前をつけると。なるほど。

この期に及んで何言ってんだ?

「けどさ、そう言っておいて今までの事件も止められてないじゃん」

「……あ?」

「お前、前からラギーたちが何かしてるの知ってたんだろ? けど、事故、いや違うな、襲撃は止んでない。ってことは、お前は今の今まで1人じゃなんとかできなかったってわけだ」

「…………」

ジャックが威嚇するかのような唸り声を漏らす。ここで反論出来ないってことは、自分から「出来ませんでした」って言ってるようなもんだぞ?

「個人の力にゃ限界がある。本当は自分だってわかってんだろ。お前に何か対抗策なりがあるなら別にいい。無いんならまぁ、話くらいは聞いてけよ」

俺だって、俺とグリムの2人だけじゃ今回の事件の解決は難しいって早々に思い知った。だから こうしてエース達の力を借りている……まぁ、こいつらに俺を助けようって気持ちは無いかもしれないけど。……自分で言っててちょっと悲しくなってきたな。

「賢い狼なら群れで狩りをする。お前はどっちだ?」

「……………………。いいだろう、話くらいは聞いてやる。だが、もし気に食わねぇ作戦だったら俺は抜けるぜ」

「別にいいぜ。やりたくないことやらせて失敗する方が怖いし」

そう言って肩を竦めれば、俺を睨んでいたジャックの顔が少し緩んだ。

「……お前、やっぱり変わってるな」

「それな」

「ユウが変なのはいつものことなんだゾ」

「だからこそユウちゃんは面白いんだけどね~」

「ユウが変わってるおかげで僕たちも色々助けられたのは事実だな……」

「お ま え ら」

だからなんで俺をそう変人扱いするんだよ!? お前らも大概だからな!?

ゴホン、とリドルがひとつ咳ばらいをする。危ない危ない、話が脱線する所だった。

「じゃあ、さっきの話の続きをするよ。まず…………」

リドルが話す作戦は、俺的には良さそうだと感じた。周囲を見てみれば、他の奴らも納得したようにうんうんと頷いている。

「で? リドルくんの作戦を聞いた結果、ジャックくんはどーすんの? 抜ける?」

皆の視線がジャックに集まる。ジャックは腕を組みしばらく考えた後、協力してやってもいい、と答えた。

やっぱツンデレだよな~こいつ。銀髪狼獣人ガチムチツンデレ。要素盛り過ぎじゃない……? と思ったけど、それ以上に要素盛ってる子が俺の隣にいるね。リドル・ローズハートくんっていうんだけどね。

「そうだ、1年生達」

「?」

「今回は情報提供に免じて、校則第6条『学園内での私闘を禁ず』の違反を見逃してあげるけれど……次に見つけたら全員首をはねてしまうよ。おわかりだね?」

「「「はい。すいません」」」

「……ッス」

うーんこの圧力。この場にいる誰よりも(グリムは除く)小柄ながらに、リドルが発する圧は強い。まぁそれくらいじゃないと、寮長なんてやってられないか。

「リドル、俺はやってないからな。無実だ」

「あっ、ユウ狡いんだゾ!」

「うるせー事実だろ! ……あ、そうだ。リドル、ケイト。はいこれ」

ふ゛な゛ぁ、とまとわりついてくるグリムをいなしながら、先ほどラギーが置いていったマジカルペンを2人に差し出す。

「大丈夫だとは思うけど、一応変なところはないか確認してくれ」

「ありがとう、ユウ」

「ユウちゃんありがと~! マジカルペン取り戻し記念に、1枚いっとく?」

「遠慮しとく。……そうだ、」

今回の作戦は、俺達だけじゃ足りない。やるなら、サバナクロー寮の標的になっている奴らも巻き込んどくべきだろ。

制服の内ポケットからスマホを取り出す。もう1限目もとっくに終わってる。このタイミングなら出るだろ。数コールのち相手に繋がる。

『もしもし?』

「あ、もしもしリリア?」

「は?」

「え?」

俺以外の全員がぎょっとしたような表情で見つめてくる。

……? なんかおかしかったか?

この作戦を成功させるには、ディアソムニア寮の連中の協力が必要だろ。守られる対象が何もわかってないんじゃあ、どうにもならないからな。

『ユウか。お主からの電話とは珍しい。どうかしたのか?』

「ちょっと話したいことがあるんだけど。今日の放課後空いてるか?」

『空いてはおるが……なんだ、この電話ではいかんのか?』

「出来れば直で会った方が話は早いと思う。用事があるのは俺以外にもいるし」

『……ふむ。さては面倒事じゃな?』

なんで面倒事だってわかったのにちょっとウキウキした声出してんだよこいつは。

「その通り。頼むよ、俺ら友達だろ?」

『くふふ、このわしをそのように呼ぶとはの。よかろう。場所はオンボロ寮でよいな?』

「ああ」

『このわしを呼びつけるのじゃから、それなりのもてなしを期待しておるぞ?』

「あんま期待すんなよ……じゃあまた放課後に」

『うむ』

一通り会話を終えて通話を切る。

じぃ、と痛いほどの視線を感じて顔を上げれば、信じられないものを見るような目で俺を見ている皆の姿。

「えーっと……ユウちゃん、リリアちゃんと友達だったんだ」

「え、うん……そうだけど」

「やっぱり……キミは変わっているね」

「待ってなんでリドルまで俺を変人扱いするんだ!?」

解せぬ。

 

:  :  :

 

放課後オンボロ寮にやって来たリドル達とリリアとの間の話はまとまった。後はマジフト大会当日を待つだけだ。

サバナクロー寮の奴らがこのあと事故を起こす可能性はあるけど、誰が狙われるか分からない以上、阻止することは難しい。決定的瞬間を捉えられなければ後手に回り続けるだけだ。

それならば焦らず、確実に動く当日を待った方が良いという結論が出た。 ……うん、出たんだけど。

「……それでも気にはなるよなぁ」

俺たちが当日を待ちながらのんびりしている間にも、ラギーが誰かを怪我させているかもしれない。名前も知らない誰かが、それまでの努力を潰されているかもしれない。

「……はぁ~~~~~~」

所詮は他人、放っておけばいい。

ナイトレイヴンカレッジの生徒達は、大半がそう思うんだろう。本当に、損な性格だよな。俺もそういう風に割り切れればよかったのに。

「……行くか」

事故に遭うのは場所と時間を問わない。授業中は難しいかもしれないけど、時間が空いた放課後なら見回りくらいはできる。

グリムは……来ないだろうな。いいか、1人で。

放課後一度オンボロ寮に戻って荷物を置くと、スマホだけポケットに入れて校舎へと引き返す。

サバナクロー寮生が壁になってるなら、ケモミミガチムチ集団を目印に探せばいい。……いや、よく今まで目立たなかったな、それ。

ひとつひとつの教室を覗き込みながら進んでいく。マジフト大会が近いからか、残っている人はほとんどいない。皆寮で練習や作戦会議をしているんだろう。

流石に寮までは狙われないだろう。そもそも、他の寮の奴がいるだけで目立つしな。だから、校舎にいるよりも自分達の寮にいる方がずっと安全だ。ぜひそのまま当日まで居残りはやめて欲しい。

……それにしても、本当に広いなこの学校。4学年×5クラス分の教室とは別に、科目ごとの特別教室が多い。そもそも1つ1つの教室がやたら広いから、必然的に建物自体も大きくなるのはわかる。わかるけど、移動する身にもなってほしい。

せめて階段じゃなくてエスカレーターにしてほしかった。普段あんま運動してないから、階段の昇り降りがそろそろキツい。

いや、降りはいいんだよ、まだ。昇りがキツい。膝に来る。こんなことならもっとちゃんとスポーツとか運動を定期的にやってればよかった。誰がこんなハリ●タばりにでかい校舎の学校に通い直すなんて予想できたよ……。

目の前の下り階段を前にため息を吐く。降りるということは、昇りもある。憂鬱だ。

そうは言ってても仕方がないのはわかってるんだけどな。

ゆっくりと階段を降りていくとちょうど下から生徒が2人、談笑しながら階段を昇ってくるのに気が付いた。

腕章の色は臙脂と黄色……スカラビア寮生か。今朝話したカリムとジャミルの寮の奴らだな。一応、注意だけはしておくか。

2人との距離が縮まってきた、その時。

 

『――――』

 

「ッ、うわ!?」

「え、」

ズルッ、と階段を昇っていたスカラビア寮生の内の1人が足を踏み外す。

話に夢中だったんだろう。手摺を掴んで踏ん張ることも、受け身を取ろうとすることも出来ていない。このままだと、頭から落ちる。

何も考えなかった。一足で飛び降りるように踏み込んで、スカラビア寮生の手首を掴む。

火事場の馬鹿力とは言ったものだ。手を思い切り引いて、スカラビア寮生を引き戻す……あ、これ、ヤバいやつだ。

引き戻した勢いで、自分の身体が前に出る。

走馬灯、ではないけれど。何かで読んだ覚えがある。階段から落ちる時、すごい量の思考が頭の中を駆け巡ったという記述。これがそうなのか。ははっ、自分の身で体験するとはな。

体勢を立て直そうとして、無理だとわかって、じゃあせめて頭だけでも守らなきゃと思考が走る。

頭を庇うように両手を顔の前でクロスさせた、直後に酷い音と衝撃。

「~~~~~ッ゛、ぁ……」

踊り場に叩きつけられるように落ちた衝撃で、肺の中空気が全て押し出される。痛い、よりも先に苦しい。

「ォ゛エッ……ッ~~~~~、ァ、……いっ、でぇ……」

少し遅れて痛みが追いついてくる。生理的な涙がジワリと滲んだ。頭は守れたけど、それ以外の全身がとにかく痛い。

「お、おい! 大丈夫か!?」

あのスカラビア寮生達であろう、バタバタと階段を降り、痛みで動けず呻くだけの俺のそばへ駆け寄ってくる。

頭上で何か話してるけど、痛みでそれどころじゃない。短い会話のあと、1人分の足音がバタバタと去って行く。

どこかに助けを呼びに行ってくれてるのか。それはありがたい。

徐々に霞んでいく意識の中、誰かの視線を感じて、のろのろと顔を上げた。くすんだ金色が階段上で揺れている。あの色は―――

考えがその正体へ至る前に、俺の意識は闇の中へと落ちていった。

 

:  :  :

 

静かな部屋。灰色の部屋。

彼女のベッドに我が物顔で座る男がいる。

「そうか……俺の思い込みだったんだな。全部」

男は何も言わず、笑みを浮かべている。人の好い笑み。何度も助けられた親友。

「俺だけだったんだな、そう、思っていたのは」

ぎしりと軋む音がする。俺は男の首に、手を、

 

「―――今更だろう?」

 

嗤う、声がした。

 

:  :  :

 

「……………………どこだ、ここ」

見慣れない、臙脂色の天蓋。目を開けば、そこは異国情緒溢れる部屋の中だった。

保健室とも、オンボロ寮とも、ハーツラビュル寮とも違う。見たことないインテリアに囲まれた部屋だ。

ふわりと香るどこかエキゾチックな香りに、マジでどこだここ、と困惑していると、突然扉が勢いよく開いた。

扉を開けた人物とたっぷり3秒見つめ合う。

「ジャミルーー! ユウ起きたぞーー!!」

歓声のような声を出しながら部屋から飛び出していったのは、スカラビア寮長のカリムだった。ってことは、ここスカラビア寮の中、か?

あの後気絶したから覚えてないんだけど……様子を見るにスカラビア寮内の中に運び込まれたってところか。放課後だったし、保健室の先生が不在だったのかもな。

「ッくし……あれ、」

なんか寒いと思ったら、ジャケットとベストを脱がされていた。2つとも近くに畳まれて置かれている。

一瞬「なんで脱がされてんの!?」とビビったけど、怪我の手当をしてくれたのか。包帯が巻いてある両腕は少しひきつるような痛みはあるが問題なく動く。骨折はしていないようでひとまず安心だな。

身体の方も節々痛むが、問題はないようだ。さすが打たれ強いな、俺。……シャツの中までは見られていないと良いんだけど。

軋む身体に鞭を打ってジャケットを手繰り寄せ、ポケットの中に入っていたスマホを確認する。

よし、画面は割れてない。せっかく学園長に頼み込んで契約してもらったスマホだ。買って数ヶ月で壊したら申し訳がなさすぎる。

「……げ」

画面ロックを解除した途端、画面に並んでいたのはおびただしい量の着信履歴とメッセージ通知。

エース、デュース、リドル、ケイトの4人からだ。

夕飯の時間になってもオンボロ寮に戻ってこない俺の事をグリムがハーツラビュル面子に相談したんだろう。

誰かのメッセージに既読付けたらこれ、鬼の様に着信入るだろうな。さてどう言い訳しようか、と悩んでいると、ふいにスマホが着信を知らせる。

「も、もしもし」

脊髄反射で取ってしまった。やべぇな、まだ言い訳全然考えてないのに。

あの4人の中で一番言いくるめやすいのはデュースだ。どうかこの着信がデュースからでありますように、と祈る。

しかし聞こえてきたのは、全く予想外の人物の声だった。

『―――ユウさん?』

「え、あ、アズール?」

『……はぁ~~~~……』

なんかクソデカため息吐かれてるんだけど、どういうこと?

「なんかあったのか?」

『まったく、貴方という人は……。先程、貴方を捜しにリドルさん達がモストロ・ラウンジにいらっしゃいましてね』

「あ~~……。なんか、すまん」

『……今はどちらに?』

「ああ、いま……」

言いかけたところで、後ろから伸びてきた褐色の手にひょいとスマホを持ち上げられる。

え、と見上げれば、いつの間にか部屋に入って来ていたジャミルが俺のスマホを持ってアズールと何やら会話をしていた。

「ユウ!」

「うわっ!? ……カリム?」

「ありがとな~~うちの寮生助けてくれて! 怪我大丈夫か?」

「あ、ああ……。こっちこそ悪いな、手当してもらったみたいで」

「手当てするのなんて当たり前だろ! お前は恩人だからな!」

うーんこの圧倒的光属性。いや、これは太陽属性だな。眩しくて目が焼かれそうだ。

これは受け攻め判定に迷うところである。子犬攻めのような気もするし、天真爛漫受けの気もする。どっちも美味しいな。

あと、クッソ失礼なこと考えるなら、懇願系モブに抱かせてくれって言われたら「いいぜ!」で承諾しそう。……いや、「悪いな!」って笑顔で懇願系モブを蒸発させるかもしれない。

「じゃあ替わるぞ……ユウ、」

「え、あ、おう」

話が終わったのか、ジャミルがスマホを差し出してくる。まだ通話は切れていない。

「もしもし、アズール?」

『ジャミルさんから話は伺いました……貴方、馬鹿ですか?』

「うっ……しょうがねーだろ、身体が先に動いたんだから……」

『勇敢と蛮勇は違いますよ』

「おっしゃる通りです……」

『まぁいいでしょう……リドルさんには僕の方から連絡しておきます。まずはゆっくり、身体を休めてください』

「アズール……」

心なしか、電話に出た直後よりもアズールの声が柔らかくなっている気がする。……心配、してくれたんだろうか。そうだとしたら……

『貸し1つ、ですよ』

うん、知ってた。アズールが何もなしに俺の体調気遣ってくれるわけないよな!

どうせリドルたちに対しても俺がどこにいるかを伝えて「貸し1つですよ」とか笑うんだろう。目に浮かぶようだわ。

すまん、リドル……死なばもろともだ、一緒にアズールに貸しを作ろう。

「リドルたちに連絡するようなら、今日はグリムをそっちに泊まらせてやってくれって伝えといてくれ」

『わかりました。伝えておきます』

「よろしくな。……じゃあ、おやすみ」

『おやすみなさい』

ぶつりと通話が切れる。少しだけ名残惜しくて通話履歴欄をぼんやり眺めていると、がばりとカリムに肩を組まれた。

「なぁユウ、今日はうちの寮に泊まって行けよ! そんで、ジャミルの飯食っていけよ!」

「や、そこまで世話には……」

「遠慮しなくていいんだぜ! ジャミルの飯はうまいんだ!」

「いや、あの……」

押しが強いなこの陽キャ! 助けを求めてジャミルの方を見ると、黙って首を横に振られた。諦めろってことですか……。

「わかった……」

「やった! じゃあジャミルよろしくな!」

「はいはい……悪いな、ユウ。カリムに付き合わせて」

「いや、いいよ。カリムも好意でやってくれるんだろうし……。そういや、ジャミルも怪我してんだろ、それは大丈夫なのか?」

「ああ……まぁ、日常生活なら問題はない。ただ、マジフトとなるとな……」

「マジか。あんまり無理するなよ」

「それはこっちの台詞だ」

「俺?」

なんのことかわからずきょとんとしていると、ジャミルが眉間に皺を寄せて俺の身体を見下ろす。

「腕の他にも怪我がないか見るために一度上を全部脱がさせてもらったが……裂傷に打撲痕、火傷まで。……何をすればそんなに傷が出来るんだ?」

「あー…………。ほら、俺色々と巻き込まれがちだから。グリムだったりエースだったりデュースだったり……」

「怪我をするなとは言わないが、せめて保健室くらいはきちんと行っておけ」

「はぁい」

ふむ、食堂で見たときはあまり話さなかったし向こうも警戒してただろうが……ジャミル、こいつさてはママ属性だな……!?

ははぁ……なるほど……つまりジャミル受けの場合はよしよしセッ……なのか? 薄い本が厚くなっちゃうな!

「ユウ、嫌いな食べ物はあるか?」

「特にないかな」

やっぱりママじゃん……。DKママって誰かの性癖にありそう。需要もありそう。

その日はそのままスカラビア寮で夕飯をごちそうになり、反対するジャミルをカリムが押し切って、談話室で3人そろって雑魚寝をすることになった。

いやまじで、なんか迷惑かけてすまんなジャミルよ……。今度、購買で何かお礼のお菓子でも買って贈るか。

翌日、スカラビア寮から鏡舎へ降り立った俺を出迎えたのは、最高に素晴らしい笑顔を顔に貼り付けながら額に青筋を浮かべるリドル・ローズハートだったことは、言わずもがなである。

 

:  :  :

 

光陰矢の如し。あっという間にマジフト大会当日が来た。

世界中から注目を集める、というのは大げさな表現ではなかったようだ。コロシアムへと続くサイドストリートには様々な出店が並んでおり、マジフト大会を観るために集まった観客たちでごった返している。

まだ、サバナクローの奴らがなにをするのかはわからない。けれど、何が起きても動き出せるよう、俺たちはリドルが立てた作戦を元に準備していた。

……とは言っても、俺は魔法が使えない。その上この前の怪我もありサイドストリート周辺の見回り担当だ。

あのあと、リドルにめちゃくちゃ怒られたんだよな……。心配かけたのは本当に申し訳なかったとは思うけど、助けたことは間違いだったとは思わないし……。

ざわつく人混みの隙間を縫いながらコロシアム方面へと進んでいく。獣人を見つけてはサバナクローの生徒じゃないかを確認しているんだが……しかし、本当に人が多いな…。

「この僕が運営委員長になったからには、売り上げをごまかそうとしても無駄ですよ。ふふふ」

…………ものすごく聞き覚えがある声がした。いま一番会いにくい奴の声だ。

慌てて店と店の隙間、路地の様になった場所へと身を滑り込ませる。先程まで俺がいた道を歩いてやってきたのは、やはりアズールだ。今日は両脇に控えるジェイドとフロイドと共に、3人とも寮服を着ている。

うーん、こうして見るとオクタヴィネルの寮服ってイタリアンマフィアっぽいよな。かっこいいけど堅苦しそう。ホール連中、よくあんな恰好で給仕出来るな。俺は無理。

「……ん?」

なにか引っかかるものを感じて、オクタヴィネル3人衆の会話に耳を傾ける。

いつもと違う入場行進。歩道にびっしりと並んだ観客たち。アズールが作った魔力の増幅薬。

どれもこれもひとつずつ取れば、他愛のない会話かもしれない。けど。

3人が去った後もその場に立ち尽くし、パズルのピースをはめるように言葉の意味を繋げていく。

今回の件はの実行犯は……ラギー。あいつのユニーク魔法は“自分と同じ動きを他人とさせること”。

普段は1人、もしくは少人数しか動かせない。けれど、魔力の増幅薬で動かす人数を増やせたら。それこそ―――歩道に並んだ観客たち、全員。

「……もしかして……?」

スマホを取り出し電話をかける。相手はもちろんリドルだ。

数コールさえ惜しい。早く出てくれよ……!

『もしもし? どうかしたのかい、ユウ』

「リドル! ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど……」

今しがたアズール達から盗み聞いた話と自分の考えを早口でリドルに説明する。

俺の考えが合っているのであれば、時間がない。

『……なるほど。確かにその可能性は非常に高い……というより、今考えられるのはそれしかないと思う。ケイトにはこちらから指示を出し直しておく。ユウは一度戻っておいで』

「わかった……ラギーを探し出して、止めなくていいのか? だって……」

もし本当に実行されてしまえば、大勢の人が危険な目に遭うかもしれない。

そうなる前に、犯行の要であるラギーを押さえてしまえば……。

『ユウ。キミは魔法を使えない。ラギーたちを見つけたとして、魔法で攻撃されたらキミに反撃の手段はない。周囲にいる人が巻き込まれる可能性も高いだろう』

「…………」

『このことは、ディアソムニア寮にも話しておく。彼なら……マレウス先輩なら観客も守ってくれるだろう。……気持ちはわかるけど、現時点でキミに出来るのはここまでだ』

「……わかった、戻るよ」

『よろしい』

通話が終わる。手に持ったスマホを地面に叩きつけたい欲求を、必死で抑える。

なんで俺は魔法が使えないんだ。なんで魔法が使えないのに、ここにいるんだ。

 俺が魔法を使えたのであれば、自分の力でラギーを止めに行けたのに。

「…………やめよ」

もしもなんて考えない方がいい。あり得ないことなんだから。じゃないと、自分がつらいだけだ。

「もどるか……」

とぼとぼと人波に逆らい、俺はサイドストリートをあとにした。

 

:  :  :

 

そして、時は来た。

 

「話は聞かせてもらったよ」

レオナを称える喝采が響くサバナクロー寮内のマジフト場へ、俺たちはリドルを先頭に踏み込んだ。

予想が当たったことを喜べばいいのか、嘆けばいいのかわからない。

魔力増幅薬を飲んだラギーのユニーク魔法により、歩道に並んでいた大勢の観客たちが入場行進中のディアソムニア寮の選手たちへと突っ込んでいく。その光景は正に悪夢だった。

今頃、コロシアムへと続く沿道は騒然としているだろう。レオナたちはその光景を見て、勝利を確信したからこそ、自分たちのテリトリーで祝杯をあげようとしていたのだろう。

……けど。

俺たちは、間に合った。リドルの策によりディアソムニア寮のメンバーは全員ケイトがユニーク魔法で出した分身達を変装させて身代わりにしていた。いくら観客が突っ込んできていても、ケイトがユニーク魔法を解除すればディアソムニア側の怪我人は出ない。

観客達も、寮長であるマレウス・ドラコニアが守っているという。

本物のディアソムニアのメンバーは、マレウス・ドラコニア以外全員、この場に無傷で揃っている。なにもかも、作戦通り。

計画の完全なる失敗を悟り動揺するサバナクローの寮生たち。だが、その中でも、1人。表情が変わらない奴がいた―――レオナ・キングスカラー。

彼は鮮やかなエメラルドの瞳をぐるりと周囲に向けたあと、目を閉じて深いため息を吐き、「もういい」と短く告げた。

「えっ?」

ラギーが信じられないものを見る目でレオナの方を向く。その視線を受けて尚、レオナはどこか投げやりになったように「やめだ。やめ」と言い捨てた。ギラギラと輝いていたはずのエメラルドの瞳は今や見る影もないほど淀んでいる。

「ちょ……レオナさん? それってどういう……」

それでもと言葉を重ねるラギーを、嘲笑うかのように、切り捨てるように。

レオナ・キングスカラーは残酷な現実を言葉で紡ぐ。

「なんで……? オレ達で、世界をひっくり返すんじゃなかったんスか!?」

「キャンキャンうるせぇな……じゃあ本当のことを教えてやるよ。お前はゴミ溜め育ちのハイエナで、俺は永遠に王に慣れない嫌われ者の第二王子! 何をしようが、それが覆ることは絶対にねぇ!」

俺は。自分のしたことを間違いだとは思っていない。けど、正しいことだとも思わない。

こいつらにだって、きちんと努力をしていた時期だって在った。けれどそれが報われなくて、どうしようもない程高い壁に阻まれて。行き詰った現在(いま)をどうにかしたくて、こんなことをしでかしたんだろう。それほどまでに追い詰められていた。

そうしてようやく手に入れかけた成功を、俺が、俺たちが台無しにした。

結局変わらない。善いとか悪いとかじゃなく、俺もアイツと同じように、誰かの大切なものを奪っている。

淀んだ瞳の色の名を、俺は知っている。諦めだ。もうダメだと自分で決めつけて、何もかも投げ出した顔。ぎしりと軋む音がする。

ふつふつと怒りが沸き上がってくる。

ああ。もう本当に我慢ならねぇ。身勝手なこの感情を、ぶつけずにはいられない。

エース達を押しのけ、前に出る。

「おい、そこのふんぞり返ってる奴。お前だよ、レオナ・キングスカラー」

「あ゛?」

「黙って聞いてりゃ自分勝手なことばっか言いやがって。拗ねて何もかも投げ出してんじゃねぇよクソガキ」

「……なんだと?」

「間違いねぇだろうが。失敗したからってあっさり諦めて全部投げ出して自分は知らん顔。拗ねてる以外になんかあんのか?」

ピリ、と肌がひりつく。欠伸が出るほど平和な国に住んでいた俺でも、これがそうだとわかるほどの、殺気。

頭の中の冷静な自分が「そりゃ怒るよな」と頷いている。レオナからして見れば、俺は部外者中の部外者。標的ですらない路傍の石。そんな無関係の奴に馬鹿にするように煽られて黙って聞いてられる男じゃないのはわかってる。

「テメェに俺の何がわかる!」

「知るかそんなもん! 他人の努力を踏み躙ってまでやったことなら最後まで責任持ってやれよ!」

「えっそっち?」

ぎょっとしたような顔でエースが俺を見てくる。

そんな手を使わなければならないほど追い詰められていたのなら、他者を犠牲にしてまで欲していたものなら、そんなにあっさり諦めるだなんて許さない。許されない。

「諦めんな馬鹿野郎! サバナクローの不屈の精神はどうした!!」

そんなに簡単に諦められたら、踏み躙られた被害者(おれ)が馬鹿みたいだろ!

俺の言葉に何人かのサバナクロー寮生が「そうだそうだ」と声を上げる。何言ってんだこいつら。

「いや。いやいやいやいや。何お前ら俺に同調してんだよ」

「「えっ……」」

「こういう時は『テメェなんぞ知らん! そこで拗ねとけ! 俺らだけでも優勝してやる!』くらい言っておけよ。烏合かよ。団結力があるのとただ群れんのは相当ちげぇぞ」

「ユ、ユウちゃ……」

オロオロとケイトが止めに入ろうとするが、回る口は止まらない。

俯いたままのレオナに向かって、更に言葉を投げつける。

「つーかさ。無関係の俺にここまで言われっぱなしで悔しいとかねぇの?」

「…………、……せぇ……」

「は? 聞こえねぇよ」

「面倒くせぇ……黙れよ雑魚が!」

ゴォッ、と空気が一気に逆巻き、地面から砂が舞う……いや、違う。レオナが立つ場所、触れるものが乾き、砂へと化していた。レオナ自身ですらも干上がってしまうんじゃないかと思うくらい、空気が乾燥していく。

「なっ……!?」

これがレオナのユニーク魔法『王者の咆哮(キングス・ロアー)』。全てを干上がらせ、砂に変える力。飢えと渇きを引き起こす、災厄とも呼べる力。

レオナの手が目の前にいた俺へと伸びる。まずい、と思った瞬間、レオナと俺の間に人影が割り込み、後ろへと突き飛ばされる。

「ぐえぇっ……!」

「ラギー!!」

俺の前に立ったのはラギーだった。レオナに掴まれている腕がパキパキと音を立ててひび割れ始める。

「レオナ……さ……っ苦し……ッ!」

「まさか人間も干上がらせるってのかよ!?」

「レオナ! それ以上はやめるんだ!『首をはねろ!(オフ・ウィズ・ユアヘッド)』!!」

間髪入れずに放たれたリドルのユニーク魔法は、しかしレオナの防衛魔法によって弾かれてしまう。

「はは! なんだラギー。草食動物なんざ庇ってらしくもねぇ」

「ぁぐ……!」

「苦しいかよ。口の中が乾いちまって、お得意のおべっかも使えねぇか?」

「この……ッ!」

「やめんか、ユウ。セベク」

「はっ!」

ラギーの腕のヒビが広がっていくのをなんとか止めようとレオナへ飛び掛かろうとしたところで、リリアの命令を受けたセベクが俺を牛rから羽交い絞めにし、その場から引きずり離す。

拘束を解こうともがいて暴れても、体格差も腕力差もセベクの方が上で、簡単に抑え込まれてしまう。

「くそッ、離せよ! リリア! 邪魔すんな!」

「落ち着け。お主が立ち向かったところで一瞬で干物になるわ」

「でも、ラギーが!」

「あやつらがどうにかする。魔法が使えない者は下がっておれ。お主の方こそ、邪魔だ」

「……ッ!」

リリアが指さす先には砂を纏うレオナへと挑むリドルたちの姿が見える。魔法の打ち合いが始まった。あの中に飛び込めば、防衛魔法すら使えない自分がどうなるかなんて目に見えている。

奥歯がギシリと軋むほど噛み締める。悔しくて悔しくて、情けない。どこに行っても俺は―――。

「……ッ、クソッ……」

 

:  :  :

 

ジャックが大きな白い狼に変身し、咆哮と共にレオナへ突進して一瞬の隙を作り、その隙を見逃さずリドルがレオナの首を刎ねた。ガシャン、と特徴的な首枷がレオナの首にはまると同時に『王者の咆哮』の効果が途切れ、砂埃は乾いた風に流されていった。

「ラギー先輩、しっかりしてください!」

戦いの途中でレオナに投げ出されたラギーは、ぐったりとはしているが生きているようだ。エースとデュースが2人がかりでフィールドの端へと運んで行っている。

「おい、もういいだろ……離せよ」

「む。……そうだな。おい人間。あまり無茶をしてリリア様を困らせるな」

「……わかってるよ……」

セベクは俺を解放した後、シルバーやその他のディアソムニア寮の生徒たちと一緒に負傷者の救助へと向かって行った。

鬱屈した感情がどろりと内側に溜まる。どうしようもなく、覆しようもない事実。

俺は魔法が使えない。わかっているのに、わかっていたのにそれが酷く悔しい。

「……?」

 なにやら向こうの方が何か騒がしい。のろりと喧噪の方へと顔を向ければ、首枷を付けたままのレオナと、リドルたちが何か言い争いをしているようだ。

「俺は絶対に王にはなれない……どれだけ努力しようがなァ……!」

レオナの怒号が周囲に響く。怒りだけじゃない、悲しみ、憎しみ、怨嗟、あらゆる負の感情が込められた叫び声。慟哭だ。

……俺はこの声を、聞いたことがある。

「……まさか」

レオナに立ち向かった時とは違う、ザワザワと肌が泡立つ感覚。この感覚を、俺は知っている。

真っ赤に染めあがった薔薇の花。紅茶の香り。並べられた色とりどりのケーキ。

そう、ハーツラビュル寮の美しい庭園で聞いた、我慢を強いられ続けた子供の声無き悲鳴。

「―――ッ、」

たまらずみんなのいる方向へと駆け出した。なんでみんな気付かないんだ、気付いてくれ。頼む、間に合え……!

リドルの魔法封じの首枷が砕け散る。肌を刺す感覚が強くなって、息をするのも苦しい。

踵を返して安全圏にいたい。それが一番正しい身の振り方だ。俺は魔法を使えない、足を止める理由としてこれ以上のものはない。誰だって「しょうがない」と言うだろう。

そんなの、誰が許そうと、俺が自分を許せない。

俺にとって、「魔法を使えないこと」は足を止める理由にならない。

戦う術も自分を守る術も持っていない俺が前線へ行くのは無謀だ。勇敢と蛮勇は違う――アズールの言葉を思い出して、乾いた笑いを浮かべる。

俺はこういう風にしか動けない人間みたいだ。

「リドルッ! ……オーバーブロットだ!」

俺が叫ぶのとほぼ同時に、レオナが咆哮を上げる。

鍛えられたしなやかな身体から、インクの染みが世界へと滲んでいくように、巨大な影が降り立った。

貌が黒く欠落した巨大な獅子は、自らを生み出したレオナに共鳴するように唸り声を上げる。止んでいた砂嵐が再び轟、と巻き起こった。

「くっ……立てる者は自力で退避! エース、デュースは怪我人を連れて外へ。リリア先輩、先生達に救援を頼みます!」

「「はい!」」

「あいわかった。しばし持ちこたえよ」

リドルが飛ばした指示を受けて、エースとデュースが走り出す。リリアもひとつ頷きその場から姿を消した。

レオナと向かい合うのは、リドルとケイト、そして俺とグリムの4人だけ。

「うぇ~。なんでこんな怖い目にばっかあうの? オレ、こういうの向いてないんだけど!」

「怖いなら逃げてもかまわないよ」

「リドルくんを置いて逃げたら、トレイくんに後でボコられちゃう。お供しますよ、寮長」

「ありがとう、ケイト。……ユウ、キミは」

「俺も残る。もとはと言えば、俺がレオナを煽り過ぎたってのもあるしな」

最悪リドル達の肉盾くらいにはなれるからな、と冗談めかして言えば、リドルは盛大に顔をしかめる。

「……本当に危なくなったら逃げるように」

今逃げるのを強要しないのは、俺が何を言ってもこの場を離れないと判断したからだろう。 悪いな、リドル。ここに立つのは俺の自己満足だ。魔法が使えなくても何かできることはあると、自分を慰めるためだ。

「おう、ユウ」

ぴょんとグリムが俺の前に立つ。

「グリム? どうした?」

「しょーがねぇからオレ様に指示出しすることを許可してやるんだゾ!」

「え?」

「その代わり、高級ツナ缶10個、買ってもらうからな!」

「……はは。わかったよ、グリム。一緒に戦おう」

グリムが俺の気持ちを悟ったのかはわからない。けれど、こうして俺もみんなと一緒に戦えるのだと、出来ることはあるのだと示してくれる。俺の相棒は最高だな。

「オ……オレも、手伝うッス……ゴホッ……」

「ラギー!?」

「あそこまで言われて寝てられるかってんだ……」

ヒビ割れた片腕を押さえながら、ラギーが近付いて来た。その足取りはまだふらついているものの、目にはしっかりと力が宿っている。

ぱちりとラギーと目が合う。が、すぐに逸らされてしまった……いや、今はこれでいい。

この局面さえ乗り切ってしまえば、この場を収めることさえできれば。

言葉を交わす時間なんていくらでもある。

「行くぞ!」

リドルの掛け声を契機に、激しい戦いが始まった。

 

:  :  :

 

どろりとした空気が霧散し、砂嵐がおさまった空から陽の光が差す。

「っはぁ゛……」

グリムへの指示出しで叫びすぎて、喉が枯れそうだ。っていうか、枯れた。

オーバーブロットしたレオナに挑んだ全員、この中で一番強い魔法を操るリドルでさえも肩で息をしている……それでも。

「勝った……」

空気に溶けるように異形の巨躯は姿を消し、残ったのは気絶したレオナだけだった。

全員が全員、火傷や切り傷など大小問わず怪我をしているが、重傷者はいない。レオナも含めて、みんな生きている。

「まったく……とんでもない目に遭ったんだゾ!」

「えっちょ、グリム……」

「オラ! 起きろ!」

止める間もなく、グリムがべちんべちんと前足で絶賛気絶中のレオナの頬を叩く。肉球があるからあまり痛くないのだろう、顔こそしかめながら魘されてはいるが、起きる気配はない。

「おいユウ、お前も手伝うんだゾ」

「俺も? ……いやぁさすがにレオナの顔は殴れねぇわ後がおっそろしい」

この恐ろしく整った顔に傷でも遺したら、申し訳なさで眠れなくなる。というかコイツ一応王子様とやらなんだろ。不敬が過ぎるわ……まぁ、散々煽ったし今更だろって気はするけど。

「じゃあオレがやるッス」

「えっ」

「レオナさーん。朝ッスよ、起きてくださーい」

スッパーンと音が響くくらいの勢いでラギーがレオナの頭を叩いた。なんかすっげえ慣れた動きしてるな。

レオナはぐるぅ、と唸り声を上げて眉間に皺を寄せたが、それでも起きなかった。

「これで起きないのかよ……」

「この人の寝起きの悪さはいつものことッスよ」

「あ……そうなの? っていうか、毎朝ラギーが起こしてる、のか?」

「いちおーオレはレオナさんのお世話係ッスからね」

「あっそうだ俺その辺詳しく聞きたいって前から思ってたんだよ。一体どういう関係?」

はぁ? とラギー変なものを見るような目で見てくる。

いやだって俺ずっと気になってたんだからな! 腐男子的にめちゃくちゃ聞きたかった!

「どういうって……ただの寮長とお世話係ッスよ。レオナさんはオレをパシって世話をさせる。オレはレオナさんにパシられながらおこぼれをもらうっつー関係」

―――夜のお世話も入るのか? と、聞かなかった自分を褒めたい。

さっきレオナを起こそうとしたラギーの仕草は堂に入っていた。つまり、おはようから一緒にいるってことだろ。ならばきっとおやすみも一緒かもしれない。

あんな戦闘のあとでも俺の腐男子脳はフルスロットルである。

「レオナさん、物の価値とか知らねーお坊ちゃまだから何か買いに行くときも多めに金渡してくるんスよね。で、お釣りは好きにしていいって言うから駄賃としてもらうっていう」

「……それ、買ったものよりお釣りの方が多くならねぇの?」

「なるッスよ? でもレオナさん気にしてないし、もらっちゃおーと思って。あの人の傍にいると色々おさがりとかももらえて金が節約できるんスよ。制服と実験着とか」

…………………………待て。待ってくれ。いまこの場で新しい燃料投下するのやめてくれない?

つまりはなんだ、ラギーの制服と実験着はレオナのおさがりってことか? は? 尊みしかないんだが?

妙にでかい制服着てるなーとか、肩の位置ずれてんなーとは思ってたさ! まさかそんな爆萌え背景が隠れてるとは思うわけないだろ!! はーーーーーーー。

「……下も?」

「うん。腰回りはベルトで締めちまえばなんとかなるし、尻尾もチャックの位置調整すれば……」

「チャック!?」

はーーーーーーーーー。まじで?

サバナクローの制服って尻尾出すために尻にチャックついてんの? マジで言ってる?

えっっっっっっっっっちすぎんじゃん……。そんなのさぁ……ダメじゃん……。いつでもヤれる準備万端ですって感じじゃん……。事実は小説よりも奇なりとはいうけど、まさかここまでとは思わないじゃん……。

「チャックないと、尻尾窮屈でしょ」

「まぁそれはそうだけど……サバナクロー、ってか獣人の生徒全員そうなのか?」

「そうッスよ」

流石に緊迫した雰囲気続いてたし、俺もちょっとキレたりしてたから頭から締め出してたんだけどさぁ……サバナクロー、やばいな……???

まずなにがあれってレオナとラギーの関係性と体格差がね、もう好き。ご飯10杯は食べれる。レオラギもラギレオもどっちでもいい、好き。

諦観した王と王に夢を見る臣下のカップリングマジで最高すぎて、今すぐリリアの部屋行ってワイン開けたい。レオナとラギーのカプ妄想でめちゃくちゃ酒が美味しくなるに違いない。

サバナクローのBL事情について悶々としていると、ラギーが気まずそうな、言いづらそうな顔をしていた。頭の上の耳がへにゃりと寝ている。

「……オレ、謝りたいことが、」

「なにを?」

「なにをって……階段から落ちたでしょ」

「ああー……やっぱあれ、ラギーだったのか。別に気にするなよ。俺があのスカラビアの奴助けたくて勝手にしたことだし」

「でも、」

「それに、俺よりももっと謝っといた方がいい奴いっぱいいるだろ」

「それは……そうッスけど」

俺はこれをラギーのせいだとはこれっぽっちも思っちゃいない。そもそも俺に魔法が使えれば、あの時なんとかなったかもしれない。魔法はイマジネーション、助けられる術は一杯あるはずだ。ハリ●タでも浮遊の術とかあったしな。

「色々あったけど、もう全部終わったことだし。それでももし気に病むってんなら―――今度はちゃんと俺と友達になってくれよ、ラギー」

「ユウくん……」

ラギーに向かって手を伸ばし、握手を求める。

自分でもラギーに「友達じゃない」って言われたこと、気にしてたんだな。

差し出された俺の手を、ラギーは見つめて。

「……………………それは嫌ッス」

ぱしんと叩き落とした。

「うっそだろお前。ここはしょーがないなって言うところじゃね!?」

「だってなんか企んでるでしょアンタ!」

「別に企んでねーよ人聞きの悪い! ただちょっと今回の件でアズールに約束とか貸しとか作っちゃったから手伝ってもらおうと思って!」

「余計に嫌ッスよ!? よりにもよってアズールくんに貸し作るとかなにやってんスか!?」

「元はと言えばお前らのせいだからな!?」

ギャアギャアと俺とラギーが取っ組み合ってると、2人揃って「うるさい」とリドルに頭をはたかれた。

重苦しい空気がなくなったことで少しは気が楽になったのか、ラギーの耳がピンと伸びている。

「はぁ~~。あんた変人スね」

「うるせー……ラギーまで俺のこと変人とか言うのかよ……」

「…………ったく。ユウくん、スマホ出して」

「……?」

言われたとおりにスマホを取り出す。先程の戦いの中でも壊れてないとは、このスマホなかなかの耐久性があるらしい。いい買い物したな。

俺が取り出したスマホをラギーはひょいと取り上げて、自分のスマホも片手に何やら操作をしている。

「……はい。オレのアドレス登録しといたんで」

「……えっ」

「これで友達になったとか甘いこと考えないで欲しいッス。せいぜいバイト仲間くらいッスよ、ユウくんなんて」

「……ま、それで今回は勘弁しておいてやるよ」

「なんでそんな偉そうなんスか」

じとりとした目のラギーに睨みつけられて、俺は笑みを返す。まったく素直じゃないな、なんて。

グリムの声が上がる。どうやらレオナの目が覚めたようだ。

「行こうぜ、ラギー。お前の王様に文句を言いにさ」

「そうッスね、あの人には言ってやりたいことがたくさんあるんスよ」

人が集まってくる。人騒がせな事件は、これでおしまいだ。

 

:  :  :

 

「……?」

意識がゆっくりと覚醒する。薄暗い天井と、薬臭いにおい。身体の上には大判のタオルケットがかぶせられている。

「あっ、ユウ! 目が覚めたんだゾ?」

「グリム……? あれ、ここは……ッ、」

もぞもぞと気怠い身体に鞭を打ちながら起き上がったところで、ズキリと後頭部が痛んだ。

エースとデュース、それにジャックが俺が今まで寝ていたベッドの周囲の椅子に座っていた。

「後半試合が始まってすぐ、グリムがぶん投げたディスクが頭に直撃したの、覚えてない?」

「超ロングシュートをキメてやろうと思ったんだけどな~」

「初心者が無茶をするからだ」

「とにかく目を覚ましてよかった」

口々に皆から語られる言葉を聞いて、曖昧だった記憶が徐々に鮮明になってくる。

そうだ、確かあのあと今回の被害者全員でマジフト大会でサバナクローに復讐してやるぜ! ってなって、通常通りサバナクローも含めたマジフト大会が開催されることになったんだ。

それで、グリムが今回の報酬であるマジフト大会出場を学園長にねだって、最終的にエキシビジョンマッチって形でサバナクローの面子と対戦することになったんだったか。

俺は魔法が使えないからって辞退しようとしたのに、怪我人の運搬から戻ってきたエースとデュースに無理やり手を引かれて参加させられて、それでグリムが投げたディスクが頭に直撃した、と。

…………すーげー悪目立ちしてんじゃん、俺。週明けから学校行くのめっちゃ嫌なんだけど……?

「この暗さなら大会も終わってるか。どこが優勝したんだ?」

「優勝はディアソムニア寮だ」

近くで聞き覚えのある声がした。その方向へ目を向ければ、俺の隣と更にその隣、それぞれのベッドでレオナとラギーが身体を起こしてこちらを見ていた。

「あーあ。結局、手も足もでなかったッスねぇ。他の寮のヤツらにもボコボコにされるし、今年の大会は散々ッス」

「いや、それは自業自得だろ……」

「そうッスけどぉ」

「レオナ先輩、ラギー先輩! 目が覚めたんスか」

ジャックの言葉を聞く限り、どうやら2人も俺と同じように保健室に担ぎ込まれた側らしい。どちらも傷だらけだ。

レオナは忌々しそうに、ラギー若干しょんぼりしたような顔をしている。

どうやら、本当に満身創痍状態のまま手加減無しで戦って来たらしい。

「噂には聞いてたけど、マジでディアソムニアの寮長ハンパなかったわ」

「ああ……凄かったな。ユウも見たら驚くはずだ」

「そんなに? ちょっと興味あるな……中継の録画とかないの?」

そーいや俺、ディアソムニアの寮長に会ったことないな。リリアが副寮長ってのは知ってるんだけど。今度リリアんとこに遊びに行ったら紹介してもらお。

「あーーっ! おじたん! やっと見つけた!」

薄暗い保健室の中を照らすが如く、底抜けに明るい声が響く。保健室の入り口を開けて、太陽の様に鮮やかな赤毛の子供がレオナに抱き着いた。

その頭には小さなライオンの耳がぴこぴこと揺れている。

「レオナおじたん!」

……What?

「あ~……クソ。うるせぇのが来た」

子供はベッドの上に這い上がると、レオナの膝の上に乗ってぎゅーっと抱き着いている。

ジャックが驚愕の表情でレオナを見やった。

「あの、レオナ先輩。この子供は……」

「この毛玉は兄貴の息子のチェカ。…………………………俺の甥だ」

「「お、甥~~~~~~~~~~~!?」」

保健室の中に多重奏が響き渡る。もちろん、俺もその一員だ。

えぇ……レオナの甥ってことは、第一王子の息子ってことで、つまりは王位継承権第一位ってことか……。

どえらいVIPじゃん……。

「おじたんの試合、カッコ良かった! 今度帰ってきたら、僕にもマジカルシフト教えて!」

「わかった。わかったから耳元で大声出すな。……お前、お付きのヤツらはどうした? 今頃泡食って探してるぞ」

「おじたんに早く会いたくてみんな置いてきちゃった。えへへ」

「え……っと。レオナ先輩の苦悩の種って、この……」

「めちゃくちゃ懐かれてるんだゾ」

「うるせぇな。……じろじろ見てんじゃねぇ!」

「ねぇねぇ、おじたん! 次いつ帰ってくるの? 来週? その次? あっ、僕のお手紙読んでくれた?」

「あー、なんども言ったろ。ホリデーには帰……痛っ、おい、腹に乗るな!」

「……」

俺は今、何を見ている?? あの強面のレオナが、無邪気な天使の甥っ子にめちゃくちゃに懐かれてるだと?

そんなの……そんなの……甥×叔父の禁断系BLが始まっちまうだろうがーーーッ!!

いやなにこれあの、あれだろ! この天使君、日に日に成長していって、最終的にレオナを超す長身な超スーパーダーリン略してスパダリになるんだろうそうだろう!?

「迎えに来たよ!」ってめっちゃ良い笑顔で言うんだろう。ッかーーーー最高か!!

ここにきて最大瞬間風速吹かすなよレオナ・キングスカラー! なんだお前! 商業BLの申し子か! ジャクレオもレオラギもチェカレオも俺全部似たシチュエーション商業BLで見たわ! なんなの! 俺を一体どうしたいの!

はーーーーもうマヂ無理尊みの鎌足。キャパオーバーするわこんなもん。気絶しよ。

「ん? ユウがなんだか静かなんだ……ユ、ユウーーーーー!?!?!?」

「えっ、なに、うわぁユウ!? お前なんでそんな安らかな顔して倒れてんだ!??!」

うるせぇ。俺はこの萌えと尊さを噛みしめて寝る。起こすな。

 

 




ユウ
レオナによる萌えの供給過多のせいで眠るように気絶する術を身につけた腐男子。
ラギーとはちょくちょく連絡を取り合う仲になった。
尻尾穴の謎が解けて大満足。
割と傷が絶えない生活を送っている。

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