15時となり戦略会議室にはブリーフィングを行うために、分校長を含めた教官陣が集まっていた。入ってすぐにミハイル主任から生徒達のフォローを労われたが、原因である誰かは上座に座ったままだ。共に来た三人揃って肩を落としてしまうが、それ以上に疲れた表情の主任を見てしまうと、声をかけずにはいられなかった。
「あの……ミハイル主任。…あの後は…?」
その瞬間、頭を抱えてしまったので察してしまう。きっとまともに相手をされなかったのだろう。
「……聞くな。」
ただの一言に込められた思いが伝わってくる。これ以上は聞いてはならない。それが全員に共通する認識だった。
「え、えっと。もう時間ですが、まだ始めないんですか?」
話を逸らすためにトワ先輩が開始時間を迎えたことを告げる。この空気でも分校長は堂々と主任に対して質問を投げてきた。
「そうだな。定刻となったがアーヴィングが説明するのではないのか?」
「……説明役の到着が遅れているようです。もう少々お待ちを。」
キレずに説明をこなす主任。その姿に涙が出そうだ。ランドルフ教官に至っては主任の肩を軽く叩いている。
その後、少しの時間をおいて現れたのはレクター少佐とミリアム。懐かしの再会となり若干時間を使ってしまったが、そこは許してもらった。
演習の説明を受けてみれば、それは俺達の想像を超える過酷な内容。はっきり言って学生に割り振られていいレベルを越えている。"捨石"の意味が重くのし掛かってくるのが自覚できる。
安全は考慮していると言っても、それで納得できるものじゃない。トワ先輩やランドルフ教官も顔をしかめており、その表情は厳しい。
――だが、何故?
意味もなくこんな演習をさせるわけがない。この分校の演習のために、かなりのミラが使われているはずだ。結社や猟兵が動いていたとしても、学生に割り振るくらいだ。サザーランドに駐在している軍の規模であれば、片手間でやっても対処は可能だろう。
だが、仮に想定よりも重い事態となれば?動きが遅れた分だけ被害は大きくなってしまう。結社という存在は軽く見ていいものではない。つまり、事態が急変しても対応可能と政府は確信している。軍が出るような事態になっても、分校にある戦力で充分と判断できるだけのモノ。
「――ああ、なるほど。何かあれば《要請》を出せばいい。そう結論付けましたか。」
ヴァリマール。《灰色の騎士》を動かすということか。
「へぇ……?」
「っ!?」
「あー、そういうことかー。オジさん達も回りくどいねー。」
俺が出した結論に、レクターさんは興味を、ミハイル主任は驚愕を、ミリアムは少しの怒りをそれぞれの表情に浮かべている。
「そんな……また、そうやってリィン君を…?」
「聞いたことだけはあるな。《灰色の騎士》を動かせる唯一の手段ってやつか。」
《要請》の内容をどこかで聞いたのか、悲しそうに俯くトワ先輩。ランドルフ教官は詳しいことは知らない様子を見せる。
「ククク、それは流石に疑いすぎってやつだぜ、シュバルツァー。」
相変わらずの肝の太さで、その内心を悟らせないレクター少佐。分校長相手でもそれは変わらない時点で、やはりこの人も化け物だ。
「最新の機甲兵に、装甲列車。内戦の旗艦で指揮を執った才女、経験豊富な戦術教官、そして《灰色の騎士》であり《剣聖》となったお前。それだけの装備、人材が揃っているんだ。多少生徒が足を引っ張った所で、問題ねぇだろうよ。」
…………嘘は言ってないようだが、彼の言葉に裏があったとしても俺では読みきれない。もう少し揺さぶれれば結果は違ったかもしれないな。レクター少佐に意識を向けていると、ミハイル主任が心苦しそうに話し始める。
「……もちろん、私としても生徒を無闇に危険に晒すつもりはない。」
分校主任である以上、当然の選択だったが――。
「しかしこれこそ分校の設立が認められた理由と言ってもいいのも事実。我々はそれに答える義務があるのだ。」
軍人でもある主任の判断は間違ってはいない。命令を拒否するなど軍に所属している人間、それも左官クラスがしていいことではないからだ。
「ま、精々気張ってくれや。」
話の締めとして軽く告げられたはずの言葉が重く会議室に響いた。
「ここまでとはね…。上の連中は何を考えてやがんだ?」
伝えられた演習の内容に静かな怒りを見せるランドルフ教官。
「結社に猟兵。どちらか一つでも厄介なのに、その対処に入学したばかりの生徒達を使うなんて……。」
「ええ、規模感などを何処まで掴んでいるのかまではわかりませんでしたが、多少の犠牲で済むなら良し。そんな考えを上層部は持っている印象を受けますね。」
結社に猟兵。障害になると判断されれば、あちらは問答無用でこちらに対して牙を向くだろう。そんな状況に入学したての生徒を"実戦"に投入した結果など考えたくもない。
「予想よりも斜め下にクソったれた内容だったな……。シュバルツァー、明日の機甲兵教練だが、最低でも模擬戦が出来るくらいには持っていかねぇと、話にならねぇぞ。」
「…はい。全員が、とはいかないでしょうが、勘のいい生徒であれば実戦レベルまで慣れるかもしれません。最終的に他の生徒はサポートに回してでも鍛える必要があるでしょうね。」
全員を平等に扱いたいが、時間が足らない。見込みのある生徒を優先して鍛えるしか、取れる手段が思い付かない。
「主計科もそれぞれの役割を決めてしまって、それを重点的に覚えてもらうしかないかなぁ…。幸いその子に向いてそうな役割は、ある程度出来てるからなんとかなると思う。」
整備、運用、索敵など、主計科に求められる役割は多い。既にトワ先輩は各々の特性を把握しているようだ。それならば期待できる。
特別演習までの日数を考えると頭が痛くなるが、やるしかない。安全を守ると彼らに約束した以上、俺達が働かなくては。
「……ごめんね、リィン。ボクもこんな内容だとは思ってもなかったよ。」
演習の計画をたてた情報局に所属する一員としてミリアムは申し訳なさそうにしている。
「ミリアムのせいじゃないさ。……時間があるなら分校や街をを案内しよう。
トワ先輩もランドルフ教官も、明日から改めてよろしくお願いします。」
沈んでいるミリアムはらしくないので、彼女が好きそうなことを提案する。とにかく、今日はやれることは少ない。それならば残った時間を彼女に使ってもいいだろう。
「了解だっ!ガキどもには悪いが、これもあいつらの為だ。精々嫌われ役として頑張ることにしようぜ。」
「うんっ!リィン君も無理しないでね?ミリアムちゃん、会えて嬉しかったよ。」
別れの挨拶をして、二人は離れていく。さて、俺らはどうしようか。案内すると言っても全部回るには時間が足らないな。
「じゃあミリアム。見たい場所とかあるか?」
「うーん…あ、どんな子達がいるかはみたいかなっ!アーちゃんもいるんでしょ!?」
そうすると寮が確実だが、まだ校舎に残っている生徒も多くはないと思うが、ゼロではないだろう。見回りもかねて順次見ていくとするか。
「はは、わかった。じゃあ校舎の中から見ていくとするか。」
「はーいっ!!」
こんな時、彼女の明るさにはこちらも元気をもらえる。本人はそんなこと思っていないだろうが、彼女の雰囲気に助けられることもあった。ユーシスもそんな所を理解しているから彼女を邪険に出来ないのだろう。
「そういえばユーシスとは会っているのか?」
「もっちろんっ!この間もね――。」
旧友の話題で盛り上がりながら歩みを進める。落ちた気分を少し回復させながら、とある人からの連絡が来るまで、穏やかな時間を過ごした。
『では始めるぞ。小要塞レベル1だ。』
――既視感を覚えるな。こんな状況にはつい数時間前に遭遇した気がする。
事の始まりは学院内からリーヴスの街へ繰り出し、カフェであるルセットで休憩していたアルティナを見つけたことだったか。そこでミリアムとアルティナが会話しているのを見守っていた時、ARCUSⅡに連絡が入ったんだったな。発信元はシュミット博士。その内容はミリアムを連れて小要塞まで来いというもの。
この時点で不穏な気配は読めていた。しかし、彼の実験に協力しないと、問答無用で分校から立ち去ることは目に見えているため、断るという選択肢は最初から存在しない。
幸いミリアムは乗り気であったし、対抗心からかアルティナも同行することとなった。二人を連れて小要塞へ来てみれば、告げられた内容はこれからテストを行うというもの。自由すぎる。こちらの予定など一切考慮していない。
前回同様に最奥を目指すのは変わらないが、そこに至るまでには様々なトラップが仕掛けられているらしい。当然魔獣も放たれている。それもより強力な個体であるとのことだ。
「……はぁ。」
「どーしたのさ、リィン。テンションあげてこー!!ガーちゃんも頑張ろーね!」
「この戦力であれば特に問題はないかと。」
一緒に攻略することになった二人からは緊張などいったものは感じられない。ミリアムはまだしも、アルティナは入学式の時を覚えているはずなのだが。姉であるミリアムを意識してることが関係してるのだろうか。
「……リィン教官が考えているようなことは有り得ません。」
「いや、なにも言ってないぞ。」
「二人ともー!早くいこうよー!!」
考えが読まれたのは何故なのだろうか。エリゼにもよく読まれるし、以前のⅦ組の仲間にも読まれていた気がする。前を行く二人を追いかけながら考えていたのはそんなことだった。
正直もう少し苦戦すると思っていたが、予想以上に二人が張り切っているためか、トラップやルートが面倒なだけで魔獣相手の戦闘は楽なものだ。
「おー!?アーちゃんもクーちゃんも強くなってるねー!これはボクたちも負けてられないなー!」
「最新個体である私が負けるはずありません。ミリアムさんは無理せずにいれば良いかと。」
最新個体……二人は隠そうともしてないが、やはりそういうことなんだろうな。
以前から話に出てきた《黒の工房》といったか。内戦の最後に結社から彼に取り込まれた謎の技術を持つ組織。戦術殻や人形兵器なども彼らによって作られたと聞く。そして、彼女達も――。
「リィン教官?」
「どーしたのー?」
「……いや、なんでもない。先に進もう。」
そうだ。彼女達の生まれがどうあれ今、俺が接しているのはミリアムとアルティナという、歴とした意思を持つ人間だ。ならそれでいいじゃないか。
「んー?ま、なんでもないならいっか!」
「状況を再開します。」
エレベータから降りた際に感じた空気の流れからしてもう少しで奥に着くだろう。博士の事だ。最後にとんでもない相手が待っていても不思議じゃない。気を引き締めて進もう。
「―トランスフォーム。スラッシュモード!!」
「ガーちゃん!!分身ーー!!」
最奥で現れたのは俗に言う悪魔と呼ばれる存在だった。それも以前俺が戦った個体よりもより強力な。
「行きますっ!――月凍陣!!」
「テラ・ブレイカーーーーー!!」
だが、それすら彼女達を止めることは出来なかった。俺はこの戦闘でもまともに参加はしていない。事前に二人から要望があったからだ。
新たな技を試したいというアルティナと、それなら自分も大技を出したいと騒ぐミリアム。何かあれば介入すると約束して任せてみたが、これならばその心配すらいらなかったな。
「アーちゃんアーちゃん!!今のなに今のなに!?なんかリィンみたいな技だったよー!!」
戦闘後の興奮そのままに、テンションが上がりきっているミリアムがアルティナに詰め寄っている。
「当然です。リィン教官に教えたもらった技ですので。」
確かに教えたが……。
「以前は違う形で使っていたはずだな?」
そう、入学式のテストではクラウ=ソラス単体でどうにか使っていた覚えがある。体力的に劣るアルティナでは、個人で技を出せるまでに至らなかったのだ。
「はい。しかし私が実際に剣を振る方が、やはり威力は出るようです。なのでクラウ=ソラスと私自身をシンクロさせてみました。想定よりも良い結果となりましたね。」
満足そうなアルティナとは対照的に、ミリアムは不機嫌になっている。
「ずーるーいー!アーちゃんだけなんて贔屓だー!リィン!ボクにも、ボクにもー!!」
「ミリアムさんはこれから任務でしょう。そんな時間はありませんね。」
『子兎どもが五月蝿いようだが、終わったのならさっさと戻るがいい。』
俺にしがみついてせがむミリアムと、それを諌めるアルティナ。さっさと帰ってこいと要求する博士。二人の戦術殻は騒ぐ持ち主の後方でふよふよと佇んでいる。困っているように見えるのは俺の欲目だろうか。
分校長との模擬戦に始まり、衝撃的な内容だった特別演習の計画案。最後には博士のテストへの協力と、やけに濃い一日となった自由行動日になってしまった。
――第Ⅱ分校、やはり大変な職場みたいだ。