――覚悟を求めた。入学して一月も経っていないというのに、こんなことをさせてしまうのは申し訳なかった。だが、分校の演習計画に上層部の思惑は感じ取れる。
あくまで俺の考えだが、明け透けに言えば被害を受けることを望んでいるのだろう。それも未来有る子供であるなら、なお良し。それを大義名分として各方面に争いの種をばら蒔く。それをメインとして、仮に演習を達成できるならそれはそれでOK。帝国にとってはどちらでもいいのだ。
だからこそ教官陣は若く実績がある者を登用し、装備も最新鋭を優先している。フォロー体制は万全だったが、敵対勢力がそれを上回った。そうなれば、数で勝る帝国軍での蹂躙が始まる。各地に戦禍は広がり、結果的に帝国民は安寧を得られるだろう。彼により流される『鉄と血』の犠牲の上で。
教官である以上、俺が考えるべきは担当する生徒の安全。今でこそ簡単に己の命を捨てることは認められないが、いざというときにそれを懸ける覚悟など、とっくの昔から出来ている。そして、その決断を迫られる事が起きやすいというのが"偽りの英雄"である俺の役割。生徒をそんなことに付き合わせるわけにはいかない。
しかし、相手はそんなこと考慮してくれる存在ではないのも確かである。分校のカリキュラムを消化している、まさしく今のような状況で強襲を受けることも有り得る。俺と行動を共にするということは、そういうことだ。
それを受け入れられるか。言葉にするのは簡単だ。しかしそれが現実となった時、動けないようでは話にならない。厳しいようだが、その程度の覚悟なら居ない方がましなのだ。そして、その方が俺としても望ましい。危ない橋を渡る必要など無いのだから。
半端な覚悟は許さない。そのため敢えて俺は生徒達に向けて殺気を飛ばす。今、彼らは死地にいるのだと理解させるために。
「……っ、それは…」
「これが……教官の…っ」
ユウナとクルトは足がすくんでしまっている。まぁ、この歳でそこまで決意が固まっている者は何処か壊れている。過去の俺が良い例だ。この中でそれに該当してしまいそうなのはアルティナだが――。
「……ふぅ。本当にどうしようもない人ですね。」
ジト目をした本人からそんなことを言われた。
「「「……は?」」」
これには俺を含めた三人が同じ反応をしてしまったが、そんなことお構いなしに話は続けられる。
「リィン教官がわざとそのような態度で、私達を危険から遠ざけようとしているのは理解しました。――あまり、舐めないで下さい。」
彼女は珍しく怒りの感情をのせた声色で俺を非難する。
「そもそもが今更な話です。分校長により実戦に巻き込まれることは示唆されてました。その後もⅦ組で話し合ったりしましたが、結論は変わりません。」
アルティナの言葉に後押しされたかの様に、ユウナとクルトも顔を見合わせ、互いに頷き合いこちらを向く。
「そうですっ!アルティナに聞きましたけど、教官は"要請"が有ったら、それを優先しなきゃいけないって。」
「その時に僕達は置いていかれる可能性があるとも。しかし、演習が最初からこのように不穏では、その度に教官だけ別行動は非効率ですよね?」
俺の事情を理解しているとはな。まぁ、要請が来た後に伝えていたら、それはそれで文句言われていたかもしれないな。
「ですので、何があっても教官に付いていくことは決定事項です。多少慣れない内は目を瞑っていただけると…。」
「あはは……。そ、そこはまだ学生だからってことでっ!」
「精進を重ねます。」
少し弱気な部分もあるが、慣れ…か。簡単じゃないが、過去の俺達もサラ教官には無理言ってきたし、ここで否定してはどの口が言う、だな。
「……わかった。ただし、俺の指示には従うこと。これが約束できないなら連れては行けない。」
流石にこれは譲れない点だが、そこは理解しているようで全員が素直に頷く。
「よし。なら、俺も約束しよう。仮に"要請"が有ったとしても、君達を無視して置いていくことはしない。必ず声はかける。」
「…………そこは必ず連れていく。というべきだと思うのですが。」
アルティナから文句が来るが、こればっかりは仕方ない。離れていた方が動きやすいケースもあるさ。きっと。
今後の小隊としての在り方を改めた確認したことで少し時間を使ってしまったが、北サザーラント街道での確認ポイントへ足を進めている。
結社の関与を匂わせたことで、少し警戒心が強くなりすぎているようだが、油断するよりもずっと良い。と放置していたが、流石にこの状態を続けていると、午後の活動に差し障りが出る。
「みんな、少し力が入りすぎだ。それだと後半キツいぞ。余計な力みは動きを鈍くする。教えたはずだな?」
忠告を受けたことで一瞬身体を強張らせたが、すぐにそれもなくなりなんとか力を抜こうとしている。その様子を見て少し笑ってしまう。
「あー!!笑いましたねっ!?」
笑われた事が不服と代表してユウナが文句を言ってくる。しかしこれは不可抗力だと主張したい。
「はは、すまない。そんなつもりじゃなかったんだが……取りあえず、だな。現時点で俺を除けば、索敵はアルティナが抜きん出ている。なら、君達がやるべきことは何だ?」
要は適材適者だ。全員が全員同じことをする必要はない。
「……索敵をするアルティナを僕が護衛して、ユウナがガンナーで開いた距離から牽制…でしょうか。」
「まぁ、そんなところだろう。少なくとも今ほど気を張る必要はないだろう。」
奇襲を防ぐ意味では俺が背後から付いているし、索敵に引っ掛かったら、既に態勢を整えている二人で迎撃すれば良い。
「うーん、それだとアルティナだけが大変じゃない?」
「……私は別に構いませんが。」
「僕ら二人の索敵は課題だな。もう少し早く敵の気配を察知できるようになれば、アルティナも負担が減るさ。」
それぞれ今後の事を話し合っている姿からは、先程の緊張は見られない。しかし少ない人数とはいえ仲良くなるのが早いな。これはユウナのムードメーカーとしての能力かな。いつかリーダーとか任せてみても良いかもしれない。
そうこうしている内に調査ポイントと思われる場所につく。
「…ここで間違いなさそうですが。」
「気配はありませんね。予想通りならそもそもそんなもの無いでしょうけど…。」
辺りを見回している彼らだが、俺の耳に複数の機械音が届く。
「――予想通りみたいだな。総員、戦闘準備!」
俺の号令に素早く全然が武装を取り出す。すると間も無く前方から三体の人形兵器が姿を見せる。
「き、聞いてはいたけど……何なのよ、あれは!?」
「自律した戦闘兵器…何て技術力だ。」
「【ファランクス】。人形兵器の中でも攻撃に優れたタイプですか。」
「ミサイルに気を付けろ!――迎撃開始!」
「「「了解っ!!」」」
――戦闘はそれほどの時間をかけずに終わった。問題はその後、飄々とした中年の男性が人形兵器が現れた方向からこちらに向かって来たからだ。
曰く、《狩人》なようなもので、魔獣は専門ではないが、報酬次第で引き受ける。今回はこの人形兵器を調べに周辺を調査していたとのこと。切り上げようと思っていた所で、俺達の戦闘音を聞き付けて近付いてきたらしい。壊れたもんに用はないとすぐに去っていった。
立ち去る姿から見ても、戦闘の達人という雰囲気ではない。だが――。
「……彼が来た方向を調べる。全員付いてきてくれ。」
「えっ?……まぁ、良いですけど。」
「何か不審な点でも?」
「体格は良かったですが、そこまでの驚異は感じませんでしたが…。」
指示に疑問を抱いている様子だ。予感が正しければ……彼は普通じゃない。
調べてみれば彼が現れた方向は崖であった。崖下には先程の【ファランクス】が襲ってきた数の倍以上。全てが煙をあげていることから、まだ壊されてから時間は経っていない。
「……う、嘘…。これって、さっきのおじさんが?」
「ああ、決して弱い兵器じゃなかったはずだが……。」
「教官はこの事を?」
「…彼から得体の知れない何かを感じた。言ってしまえば唯の勘だけどな。」
猫の捜索での時の女性と、若干だが同じような感覚を受けた。それだけだったのだが、これは。
「……セントアーク方面の調査はこれで終わりだ。パルムへ移動するためにも一度戻ろうか。」
「ええっ!?脱線事故ですか?」
セントアークへ戻ってきた俺達に待ち受けていたのは、列車の脱線事故による運休。
「そうみたいなんだよね。私も今来たところだから詳しくは聞いてないけど。」
それを教えてくれたのはヴィヴィ。復旧にかかる時間次第だが、パルムへは歩きで向かうことになるかもな。
結局の所、そうはならなかった。列車の事故を聞き及んだ侯爵閣下が俺達のために馬を用意してくれたのだ。セレスタンさんによって用意された馬達は良く調教されており、見知らぬ俺達を乗せても大人しく言うことを聞いてくれた。
手綱を握る人、後ろに乗る人で若干揉めたが、これでパルムに向かうのは問題ないだろう。
「先に演習地に寄ろう。報告したいこともあるし、列車事故の情報もあるかもしれない。」
俺と同じく馬を操作するクルトに声をかける。
「了解です。」
「いやっほぅーー!!クルト君、ゴーゴー!!」
「いやっほーう」
後ろに乗る二人のテンションがおかしいことになっている。というよりユウナだけか。アルティナは……無理にノラなくていいぞ?
「そう……人形兵器が…。」
「それもだが…そのおっさんはやべぇだろ。」
主任は列車事故の調査に足を運んだようで、演習地に俺たちが着いた時には既にその姿はなかった。トワ先輩とランドルフ教官には現時点での調査結果を伝える。
「ええ、油断はできません。……その事でランドルフ教官にお聞きしたいことがあります。」
「俺かぁ?なんだよ?」
質問がくるとは思ってみなかった様子を見せるが、答える姿勢はとってくれた。
「はい……申し訳ないですが《猟兵》の視点で答えていただけると助かります。」
「……んだと?」
だが、俺の言葉に明らかに不機嫌そうに顔を歪めた。
「ち、ちょっと!リィン教官っ!!」
「リィン君っ!失礼だよ!?」
彼の過去を知っているためか、トワ先輩とユウナから俺に対する非難が上がる。
「失礼なことは百も承知ですが、どうしても必要なことなんです。」
譲らない俺の姿勢に、ランドルフ教官は大きく息を吐き、気持ちを落ち着かせた上で答えてくれる。
「いいぜ……言ってみな。ただし、下らねぇことだったら答える気はねぇぞ。」
こちらを睨むその迫力に、知り合いであるユウナでさえ顔を青くしている。クルトやアルティナも固唾を飲んで見守るしかできない状態だ。
「ありがとうございます。お聞きしたいのは一点。《狩人》を呼称する魔獣相手の専門でない仕事。情報に精通し、報酬次第では専門外の仕事も受ける。そして、その実力は正式な武術などの戦闘技術に依存しない。これは《猟兵》の定義に当てはまりますか?」
「…………答える前に確認だ。今のお前さんの質問。それは全部報告に有ったおっさんが言ってたんだな?」
「ええ。その通りです。」
俺が彼の質問にそう返せば、ランドルフ教官は片手で顔を押さえて溜め息を吐く。
「確かにそれならそいつは《猟兵》だろうな。それも人形兵器の存在を知ることが出来て、それを片手間に屠るなんざ、高位の団の隊長クラスだ。」
ランドルフ教官の答えに全員が衝撃を受けている。しかし、あの男性が猟兵であるなら、もう一人の似た空気を持つ女性も同様の可能性が高い。
「トワ先輩。その男性と同じような空気を持つ女性もいました。その人の特徴を伝えるので、なんとかそこから調べられないか試してもらえますか。」
「う、うん。詳しく教えて。」
俺の言葉に驚いているのは、生徒達。心当たりなど猫捜索の時の女性しか考えられない。
「あ、あの人もそうだって言うんですかっ!?」
「全身黒レザーの奇抜な格好ではありましたが……。」
「タトゥーも派手でしたね。」
生徒達がその女性の姿を思い返していると、それを聞いたランドルフ教官が再び声をあげる。
「…シュバルツァー。その女、人喰い虎みてぇな奴じゃなかったか?」
虎?…確かに言われてみれば、一瞬見せたこちらを探るような眼には、隠しきれない獰猛さが浮かんでいたが。その事を伝えると、今度は両手で頭を抱えて天を仰ぐように上を向いてしまう。
「最悪だ……トワちゃん、シュバルツァー。結社の介入が確定しちまった。」