「試し、ですか。」
「はい、ユン老師が急に訪れられて、試しを行うと。急な訪問からすぐの展開だったのと、試しの期間は外部への連絡は禁止と言われたことで、連絡を行えずご迷惑をお掛けしました。」
そう言って目の前に座るクレア大尉とアルティナに頭を下げる。どうやら試しの期間中、かなりの広範囲に当たる場所を捜索したようで、その顔には隠しきれない疲労が浮かんでいた。
今俺が座っているのは鉄道憲兵隊が所有する鉄道車両の一角で、このままルーレまで運んでもらい、そこからユミルへと帰るつもりだ。
「無事に試しは終え、こうして身体も問題ありませんので、どうか安心していただけると。」
そう言って心配ないことを告げたつもりだったのだが、返ってきたのは溜め息による呆れの感情だった。
「……そう簡単なことではありません。貴方は既に『灰色の騎士』としての知名度が高く、軍部以外からも注目を集めています。」
「ええ、そんな状況でリィン君が居なくなれば他国からの干渉を疑う、といったことも考えねばなりません。」
そうか、政府からの要請で派手に動いてきたからな。納得してのことだったけど、改めて随分と重たい身分と責任を負ってしまった。
「……それは、重ね重ね申し訳ありません。しかし、どうしてルーレ近郊に?俺の場所はわからなかったんですよね?」
明らかな待ち伏せができていた以上、近いうちに俺があの場所へ現れることを知っていなければ、不可能だ。――となると、老師だろうな。
俺の疑問にアルティナが答える。
「ろくな情報がないままの状態が続いていましたが、昨日謎のメッセージが情報部へと届けられました。――リィン・シュバルツァーは明日ルーレ近郊に姿を見せると。」
あの人は……。尊敬すべき偉大な人だが、時おりふざけるのが玉に瑕だ。頭を抱えているとアルティナが続ける。
「流石に鵜呑みに出来ることではありませんでしたが、これまでに有力な情報が無かったこと。今日中とそれなりに具体的なこともあって、鉄道憲兵隊の力を借りて待機していたというわけです。」
「なるほどな。アルティナにも迷惑かけたみたいだ。すまなかった。」
お礼の意味を込めて、つい頭を撫でてしまう。本人はそれを拒むこと無く受け入れてくれた、が。
「……やはり不埒ですね。」
ジト目とセットであった。そう言っても嫌がってはいないのは分かるので、少しの間撫でさせてもらった。
そんな感じで少しのお説教はくらったものの、無事が分かったことに安堵したクレア大尉は、報告のため帝都へと戻っていったが、監視という名目でアルティナはこのまま俺とユミルへ向かうようだ。俺と同じようにユミル行きのケーブルカーを待っている。
「俺は構わないが、任務は大丈夫なのか?」
「問題ありません。現在の私の任務はリィンさんから目を放さないことになってますので。」
どうやら俺に会えたなら、そのまま共にいるように命令されたらしい。まぁ、教官として赴任するまでの間だけだろう。
「因みにですが、私も第Ⅱ分校への入学が決まっています。恐らくはリィンさんが担当するクラスの生徒となるでしょう。」
「……は?」
言っている意味は理解できたが、何故そうなったのかは理解できない。政府からの要請は続くとは思っていたが、アルティナが生徒になるとの言葉は予想外だった。
「秘密にしておこうと思っていましたが、これもいい機会ですので言っておこうと思いました。どうせバレることですし。」
こちらが驚いた反応をしたことに満足したのか、少しばかり嬉しそうだ。ここ最近で感情をよく見せるようになったと思う。ミリアムに比べればまだまだ大人しいが。
「はぁ……、まぁそれは今更変えられないだろうからいいとして、だ。武器は相変わらずクラウ=ソラスなのか?」
クラウ=ソラスとは戦術殻という自律型の兵器であり、形態変化等ができたりと謎な技術で作られている。アルティナやミリアムはその戦術殻と何らかの形で繋がっているらしく、彼女たちの意志に随えように攻撃が可能だ。機密情報扱いの物だと思うが、ミリアムは堂々と見せていたし、見られても構わないと判断されたのだろうか。
「……?はい、私の戦闘スタイルはリィンさんもご存じでしょう?」
「ああ。だが、教官として言うならアルティナ自身も鍛えるべきだな。クラウ=ソラスは確かにすごいが、アルティナ自身も鍛えることによってクラウ=ソラスの戦い方にも幅が出ると思う。」
ミリアムを見たときから思っていたが、彼女たちは単純に戦術殻の性能だけで戦っている。それだけでも充分に強いのだが、扱う本人の戦闘技術が高いとは言えず、そこを狙われて劣勢になってしまうパターンも多い。
言われた本人も思い当たることがあったのか、少し顔をしかめている。
「……実際に内戦の時はリィンさん達にやられてますから、否定はできませんが。例えばどんなことをすればよいのでしょうか?」
「そうだな。クラウ=ソラスはミリアムのアガートラムと違って打撃一辺倒じゃないだろう?まぁ、ミリアムの好みの問題で打撃しかしてないのかもしれないが。とにかく、斬撃もできたよな。それなら剣の基本を覚えてその動きを再現するとか。」
今はただ振り回しているだけで、強者相手では通用しない。学院の生徒レベルなら大きく遅れをとることはないと思うが、それでも対応できる者はいるだろう。
「打撃にしても、戦術殻のパワーなら叩きつけるだけでも大抵の相手には通用する。しかし、結社の執行者などの実力者にはそれだけでは無理だ。」
「……ふむ。」
意外と真剣に考えてくれてるな。必要ないです、と一蹴されると思っていたんだけどな。
「あとは単純に体力だな。何らかの事情でクラウ=ソラスが使えないときは、君自身で状況を打開しなくちゃならない。」
「む……。」
一番自信がない部分を指摘されたためか、より苦い表情を浮かべる。そうそう無い状況だとは思うけど、例えば戦術殻や導力系武器の動作を止めるフィールドが使われたりしたら、その瞬間にお手上げだ。そのためにも自衛できる程度の体力や戦闘力はあった方がいい。
【まもなくユミル行きのケーブルカーが到着します。ご用のお客様は搭乗口までお越し下さい。】
「おっと、これに乗らないとな。まぁ、あくまでも俺なりの考えだ。アルティナはこれまでも充分にやれてきたんだし、無理強いはしないが少し考えてみてくれ。」
アナウンスに従い、ケーブルカーの搭乗口まで移動する。着いてきたアルティナは先ほどの考えを吟味しているのか、特に喋ることなく考え込んでいる様子だ。切っ掛けになればいいと思うのは間違いないが、これで悩ませてしまうのも申し訳ないな。
「なんならまずは八葉一刀流でも学んでみるか?老師からも弟子をとることは認められたし、弟子とはいかなくても多少の基礎なら教えてやれると思うぞ。」
助けになればと軽く言ったしまったことが、後の騒動に発展するとは、このときの俺には分からなかった。
ケーブルカーはその後何事もなく出発し、それなりの時間をかけてユミルへと到着した。
「やっと着いたな。アルティナもお疲れ様だ。」
駅の外へと出たことで、やっと帰って来たのだと実感する。故郷の景色はまだ多くの白い雪に包まれており、春の訪れはまだ遠そうだ。
ケーブルカーの中でも考え込んでいたアルティナは終始無言でいたが、不思議とそんな時間も悪くはなかった。
「ん……!?おぉい、リィンじゃないか!」
駅から出たすぐ近くを掃除していたラックがこちらに気づき、声をあげながら近づいてくる。
「ラック!ただいまだ。」
「おお、お帰り!お前の活躍はユミルにも届いているぞ!……まぁ、皆お前らしくないって言ってるけどな!今日はどうしたんだ?」
笑いながら気軽に話してくれている幼馴染みに内心感謝しながら、帰って来た用件を告げる。
「来月から士官学校へ教官として赴任が決まったからな。その挨拶と準備のために戻ってきたんだ。」
「……そっか。でも元気そうでよかったよ。少しはゆっくりしていくんだろ?」
「ああ、報告したいこともあるし、時間の許す限りはこっちで過ごすよ。」
ただでさえ両親には内戦の時を含めて迷惑をかけ続けた。少しは親孝行をしないとバチが当たるものだろう。
ラックに別れを告げ、擦れ違う住人に挨拶をしながら自宅へと向かう。その際にアルティナがいることに疑問を浮かべる人も多かったが、俺が同行していることもあり、問い詰められるようなことはなかった。
「…私がしたことは決して許されることではなかった筈です。しかし、どなたからも私に対して悪く言ってくることはありませんでしたね。正直、目の前で罵倒されるくらいは覚悟していたのですが。」
無言だったのはその事を考えていたせいもあるのか。あの騒ぎは色々と衝撃的だったからな。アルティナが殿下やエリゼを拐ったこと自体認識されていないのかもしれない。
「あまり気に病まないでくれ。あれはアルティナが悪いわけじゃない。」
「とは言っても、実行したのは私です。リィンさんのご両親は流石に私を覚えているでしょうし。」
これから会うだろう両親に何を言われるのか、と少し不安げな表情を浮かべている。だが、それは甘い考えだ。俺の両親なら――。
「あら?…!リィン!!」
ちょうど家の前な出てきていた母親が、こちらに向かってくる息子の姿を認めると、早足で近づいてくる。
「母さん。ただいま戻りました。」
「ええ、ええ。よく戻ってくれました。大変なお役目を務めているとお聞きしてましたが、無事でいてくれて、それだけで私は嬉しく思います。」
ノーザンブリアでの出来事を聞いてしまったのか。母、ルシアはリィンに抱きついて声が震えている。こんなにも心配をかけていたのだと改めて実感させられて、申し訳なく思う。
「……すみません、取り乱してしまって。改めてお帰りなさい、リィン。」
「はい。ご心配お掛けしました。」
改めて帰郷の挨拶を交わしたことで、母さんは俺の傍で控えるアルティナの存在に気づく。
アルティナも母さんから視線を向けられたことで、一瞬身体が強張ったが、それでもしっかりと目を合わせて――。
「は、はじめまして。リィンさ「あらあら!リィンのお客様かしら?すみません、私ったら気づかずに。すぐに主人に伝えてきますね。」―え、あの。」
アルティナの言葉を遮って母さんは家に戻ってしまう。せっかくの決心に水を差された形のアルティナはただ呆然と家に戻るその姿を見送っていた。
その後、家に着いた俺達は出迎えてくれた父さんに挨拶をし、そこで改めてアルティナを紹介した。予想通り、父さんも母さんもアルティナを責めることはなく、むしろ俺のサポートをしていたことに礼を言っていた。
「リィンは一人で抱え込んでしまう性質だからな。君のようなサポートをしてくれる者に礼は言えど、責めることなどできんよ。」
「ええ、それにあの時のことは改めてリィンから説明を受けています。こうして主人も無事でしたし、エリゼや殿下も無事だったのですから蒸し返すような真似はしません。」
本当に器の大きい両親だと思う。こういった面で俺はまだまだこの人達に敵わないと実感させられた。
エリゼにも連絡をしたらしく、今度の休日に帰ってくるらしい。説教の一つや二つは覚悟しておけ、と父さんから告げられたときは落ち込んだものだが、自分の責任なので甘んじて受け入れよう。
責められなかったことがアルティナを動揺させたが、結局『……確かにリィンさんのご両親ですね。』と謎の納得をされ、今は母さんの夕食の準備を手伝っている。
俺はというと、父さんの執務室で今回のユン老師による試しの結果を報告していた。
「そうか。遂にお前も『剣聖』か。」
「身に余る称号ですが、授けていただいた老師に恥じぬように今後も努めていくつもりです。」
「ああ、今後は教官ともなりお前の判断が生徒にも影響を及ぼす。人の命を預かる責任ある立場だ。だが、お前にならそれができると信じている。しっかりとな。」
本当の息子でない俺をここまで育ててくれた両親から間違いのない愛情と信頼を感じる。こんなことにも以前の俺は気づけなかった。もう自分だけを犠牲にして動けばいいと思うことはない。
「はい、今更ながら自分だけが犠牲になる考えが他の誰かを不幸にする。そう思い直すことができました。……俺は傲慢だったんですね。」
「その事に気付いてくれた。それだけでお前が八葉を学んでくれて良かったと心から思う。」
本当に嬉しそうに話す父さんを見て、老師の試しが行われなかったまま時を過ごしたら、きっと俺は遠くない未来、この人達を悲しませていた。そんなことが何となく理解できる。
煌魔城での戦いから強くなっていく鬼の力。これを利用して、あの人、オズボーン宰相は何かを起こそうとしている。つまり俺は利用される側だ。そして、俺を使う最大の理由。
――灰の騎神、ヴァリマール。
緋、蒼、そして灰。他にも同等の騎神がいたとしたら?既に3騎存在している以上、他があってもおかしくはない。1騎だけでもオーバースペックなのだから。
「エマなら何か知っているかもな…。」
「エマ君がどうかしたのか?」
父さんの前で考え事が口に出てしまっていたらしい。何でもないと返事を返し、その後は今までの要請の事などを話し、夕食の用意が出来たとアルティナが呼びに来る迄の間、穏やかな時間を過ごした。