この小説擬きを読んでくださっている方々なら理解していただけると勝手に信じます。
生徒達による活躍で、相手側の臨戦態勢は崩れた。ならば、ここで呆けている場合ではない。
「──先に行く」
「ん。またとないチャンス。私も行くよ」
足がある俺とフィーが先行する。あとの三人もほどなく動き出すだろう。相手側はというと、機甲兵と相対している星座の二人は、迂闊に身動きがとれずにいるらしく、アッシュが上手く場を支配しているように見える。
鉄機隊の三人は、Ⅶ組生徒に挟み撃ちにされるように陣取られた事と、牽制が得意なエンネアの武器である弓が損傷したことで、実力差がある相手にも関わらず攻めあぐねているようだ。生徒達三人も無理に攻めようとはせずに、包囲を破られないことを念頭に動けているのが大きい。
機甲兵が相手では、星座の二人でもそう簡単には破ることは出来ないはず。ならば、先に制圧すべきは鉄機隊。そう判断し、速度を上げて距離を縮め終わろうかとなった瞬間──。
「シャーリィ・オルランド!! もういいのではないのですかっ!?」
神速が焦れたように大声をあげる。
「ん〜〜、もうちょっと殺り合いたかったんだけど……まぁ、これだけ場が暖まってるならいけるかな?」
そう言うと、戦鬼は懐からスイッチのようなものを取り出す。何かのトラップか!?
『おおっと! 妙な真似はやめてもらおうか、イカした姉さん』
それを見たアッシュが彼女に武器を突きつけ牽制する。構えからもいつでも踏み込んでいけるように集中しているのがわかる。優秀な生徒とは思っていたが……場馴れしている気がするな。
「……へぇ、生徒にしては機甲兵に乗っていても油断はしてないし、胆力もありそう。パパ辺りが気に入りそうな子だね
──でも、ちょっと引っ込んでてくれないかなぁ……」
戦鬼は武器を突きつけられている状況に怯みもせず、躊躇いなく手元のスイッチを押す。機甲兵相手でも遅れをとることはないと、自信に裏付けられた根拠が、その行動を後押ししたか。
『てめぇ……! ──ッ! 何だっ!?』
明らかに舐められていると判断したアッシュは、感情を昂らせる。今にも斬りかかりそうな雰囲気だが、それは叶うことはなかった。
何故ならその背後から、機甲兵を遥かに超えるサイズの人形兵器……いや、あれはどちらかと言えば《騎神》に近いものを感じる。とにかく、そのような存在がアッシュの乗る機甲兵を薙ぎ払ったからだった。
吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた形のアッシュと機甲兵は動く気配はない。気を失ったか、機体に異常でもでたのだろう。
たが、これは何だ? 重量級であった【ゴライアス】を遥かに超える大きさ。こんなものを結社は開発していたのか?
「……結社の《神機》。クロスベル独立国に貸与され、第五機甲師団を壊滅させたと聞きました」
「エステル達が戦ったって奴か……。だが、あれは《至宝》の力無しでは動けねぇと聞いていたが……」
あちらの戦意が解けたことで、奇襲を行った生徒達もこちらに合流し、その巨体を見上げる。想定外の物の登場に、動揺を隠せない。結社の目的はこれだったのか?
「あははっ! 見事成功だねぇ!」
「後はどこまで機能が使えるかのテストですが……っ!?」
させるわけないだろう……! クロスベル独立国で使われたというのであれば、あの空間を抉るような手段を取れるかもしれないってことだ。内戦時に見たガレリア要塞の姿。あんなことをこの地で試そうというのか。
そんな事は認められない。だが、それを阻む為にこちらのとれる手段はたった一つ。"彼"に頼るしかない。
「来い、ヴァリマール!!」
すまないが、力を貸してくれ。
──同時刻、演習地。
己の起動者に助けを請われた"騎士"は、その願いに答えるべく行動を開始する。
格納されていた列車の天井は、それをサポートするように開いていく。誰が操作するでもなく、勝手に開かれたそれは、お伽噺で出陣する"騎士"を見送るための道を作り出す民衆の姿を思い起こさせる。
「おいおい……どうなってやがる?」
勝手に動き出した兵器とも言える存在に、ランドルフ教官を始め、そこにいる者達はただ見ていることしかできなかった。それに慣れていた一人を除いて。
「ヴァリマール!! リィン君から呼ばれたの?」
『うむ、尋常ではない相手が現れたようだ。この場所からは離れてはいるが、念の為そなた達も気を付けるがよい』
トワ教官とヴァリマールの会話に、生徒達の脳裏には昨夜の光景が思い浮かぶ。また、あんな思いをする可能性があるのかと。それほどまでに昨夜の体験は、実戦経験の無い生徒達に恐怖を植え付けていた。
『それとそなたらが探していた行方不明の生徒だが、どうやら同じ場所にいるようだ』
「え?」
「……何だと?」
『これを乗り切った際には、他の者と共に戻るだろう。安心するがいい。
──では、私はリィンの元に向かう』
ヴァリマールの言ったことに問い質したい事がある様子を見せる教官陣だが、その前に彼は飛び去ってしまう。
「なんつーか、とんでもねぇな」
「あれほどの機動性を持つとは……」
《騎神》が動くのを初めて見た生徒達は、先程思い出した恐怖を忘れたように興奮している。その存在感だけで周りを鼓舞したという意味では、やはりあの存在は《英雄》に相応しいのかもしれない。
「ミハイル主任! ランディさんも! ──TMPと領邦軍に連絡をっ!!
──この場をお任せして、私達も現場に向かいましょう!」
トワがその外見にしては大きな声で提案を行う。尋常ではない敵と聞いて、結社と対峙しているであろう同僚と友人達。生徒達もいる。彼らを心配するがゆえの提案だった。
ランドルフは乗り気であったが、それに異を唱えたのは、この場の責任者であるミハイル。
「──ハーシェル。主任として、その提案は認められない」
「ッ!? そ、そんな……何でですか!?」
助けとなりたい一心で食い下がるトワ。ランドルフも呆れ顔だ。こんな状況でも動かないのかと。
だが、彼にも動けない理由がある。
「忘れているようだな……。あの場に行くということが、どういう意味であるのかを」
「……それは…………」
事情をまだ聞いていないランドルフは不思議そうな顔だが、リィン達が向かった場所の事情を一緒に聞いていたトワは俯いてしまう。
「私とて助力したくないわけではない。だが、あの場所を知ってしまえば、生徒達に不便を強いる可能性がある。それは君とて本意ではないだろう?」
「……はい……」
会話の内容から、戦いの場所はかなりヤバい事情を抱えているようだと当たりをつけたランドルフ。それも下手すると監視がつくレベルで。不便を強いるとはそういうことだ。
生徒の事を考えれば、ここであの場所に向かうことは得策ではない。だが、それではリィン達の助けになれない。二つの思いに挟まれたトワは自分の力の無さを呪いたくなってしまう。
「だが命令無視の上、単独行動を取った候補生の一人を無視することはできんな。
──オルランド。私が責任を持つ。【ヘクトル】で愚か者を連れ戻してくるがいい」
そんなトワに考慮したのか、ミハイルがそんな指示をランドルフに出す。
「…………え……」
「……了解だ。あのバカにお灸を据えてきてやるよ」
ミハイルの真意を悟ったランドルフは、嬉しそうに拳を合わせる。勝手な事をしたアッシュに思うところは山ほどあるのだ。普段から舐め腐った態度のガキに大人の怖さを教えてやると息巻いている。
「君なら一人でもシュバルツァー達に十分な援軍となるだろう。──ハーシェル、これでいいな」
「は、はいっ!! ありがとうございますっ!」
ぺこりと音が鳴りそうな程、勢いよく頭を下げるトワを見て、さっさと仕事に戻れと手で合図するミハイル。
それを遠巻きに見ていた生徒達に気付き、殊更大きな声で彼らに指示を出す。
「貴様等っ!! 何を呆けている!? さっさと持ち場に戻れっ!!」
「「「イ、イエス・サー!!」」」
この後、パワー型の機甲兵であるヘクトルに乗り込み、リィン達が向かったと思われる場所の詳細を聞いたランドルフが、勢いよく演習地を出発して行ったのだった。
──舞台は再び戦場に戻る。ヴァリマールはその機動性を存分に活かし、起動者であるリィンの所まで辿り着いていた。
「あははっ! あれが噂の《騎神》かぁ……!」
「まぁ、想定済みですわ。テストの相手としては格好の相手とも言えるでしょう」
騎神の性能を知った上で、この余裕。神機とやらに絶対の自信があるのか、それとも……。機体に乗り込んだリィンは結社の思惑を探るが、どのみちその思惑がなんであれ、この神機は倒さなくてはならないのだ。
「まずは様子を探る。──久しぶりの戦闘だ。頼むぞ、ヴァリマール」
『ふむ、確かに尋常ではない相手のようだ。だが、そなたと私であれば叶わぬ相手などそうはおるまい。──征くとしよう、我が起動者よ!』
ゼムリア製の太刀を手に、神機と呼ばれる機体との距離を詰める。あれだけの巨体だ、それほど素早くは動けないだろう。攻撃手段は拳による打撃だと思う。ならば、その間合いの内側に入ってその巨体を足枷にしてやる。
相手の戦闘力自体はそう問題ではない。確かにその質量からくる打撃は重いものがあるが、避けられない程ではないし、攻撃に転じることも容易い。
しかし、妙な力の流れがあり、それがこちらの攻撃を防いでいるように感じる。
「おかしい……。ここまで刃が通らないのは妙だ」
『うむ。何かしらの力の流れが働いているようだ。それがこちらの攻撃の殆どを防いでいる』
ヴァリマールも同じ見解らしい。さて、どうするか……ひとつ思いついたが、これはどうなんだろうか。他に思いつかないし、やってみるか。
「……ヴァリマール。ちょっと無茶な動きをする。すまないが、耐えてくれ」
『む? ……フフ、成程。そういうことか。だが、その考え嫌いではないぞ。さぁ、存分にやるがいい!』
「フン、いかに騎神といっても、さすがに力を使える神機には敵いませんか」
「無理もあるまい。"至宝"の力の一部だけとはいえ、使えるだけで反則だろう」
「そうねぇ…………あら?」
鉄機隊の面々が苦戦する騎神を見て、少々拍子抜けと言わんばかりに漏らしているが、その時に騎神の様子が変わったことにエンネアが気付く。
「お? 灰のお兄さん、何かやるみたいだね」
同じく戦いを見ていたシャーリィも動きが変わった騎神が何かを仕掛けると予測する。
一方でリィンの仲間達は、同じく苦戦する騎神の戦いを見て、疑問を感じているようだった。
「解せぬな……」
「そうだね。ゼムリアストーンの太刀があそこまで通じないのは変」
「とすると……煌魔城の時以上の相手ってことかな?」
それほどには驚異を感じないからこそ、疑問を感じざるを得ない旧Ⅶ組の面々。何しろあの武器はもう一つの騎神相手でさえ通じたのだから。
「見た感じは押しているんだがな……」
「ええ。機動性で明らかに上回っている上に、教官の巧みな操作に付いていけてないですからね」
「相手がインチキすぎるんじゃないの?」
見も蓋もないことをユウナが言うが、それぐらいしか原因が思いつかないのもあり、誰もその言葉を否定できない。何しろ相手はそういったインチキには定評があるのだ。高すぎる謎の技術力は時に魔法を凌駕する。
「……! リィン教官がなにか仕掛けますね」
アルティナがそう言ったことで、全員が改めて騎神の動きに注目する。何か対策を講じたのだと期待して。
「おぉぉぉぉぉぉっっ!! 螺旋撃っ! 龍炎撃っ! 天衝剣っ!! 閃光斬っ!!」
俺が選んだ手段。それはゴリ押しだった。力業だが、こういった謎の現象はそれ以上の力で粉砕すれば大体何とかなる。太刀が通らないわけでもないなら、意外といけるんではないか。そう考えたのだ。
「……は?」
「あはははははっ!! そ、そんな手を取る人だったんだ!」
この光景に神速は呆然とし、戦鬼は爆笑している。単純明快な手段は彼女の琴線に触れたらしい。
勿論、味方側の反応も様々だ。
「ふむ、嫌いではない。むしろ、好ましいな」
「アルゼイドの嬢さんもそう思うか。シュバルツァーもやるじゃねぇか」
「ラウラもアガットも脳筋だからね」
「まぁまぁ、効いてるみたいだしいいんじゃない?」
俺の手段に肯定的な大人組がいれば──。
「そ、そんなのあり?」
「あれほど荒々しく動いているのに、神機には攻撃する隙を与えていない……?」
「……滅茶苦茶ですが、効いてますね」
呆れている面が強い生徒組。
だが、取った手段は意外と間違いではないことは、先程よりもダメージが目に見えて増えている神機を見ればわかる。現に相手の巨体が大きく揺らいだ。
「ヴァリマール!!」
『応っ!!』
ヴァリマールで使える唯一の七の型。むしろ、自分の身で使うよりも先に使えるようになった気もするが。だが、その威力は高い。今でもヴァリマール単体で放つ最高威力を誇る。
「──夢想覇斬っ!!」
確かな手応え。この一刀は確実に神機とやらの力の流れを乗り越え、その核となる場所まで刃が通った。
その結果、神機の活動を停止させることに成功したのだった。