夕食も終わり、温泉で疲れを癒したあとの夜。まだ眠くないということもあって、部屋の中ではあるが、太刀を構える。
思い起こすのは試しでの剣技。鬼の力に頼らない中で自身が出せる最高の技。あれを意識的に放てるようにならなければならない。流石に自己強化を使わないとまだ無理だとは思う。だが、あれだけではなく、普段使っている技にも改善できるだろうという確信が生まれた。
「昨日までは思いもしなかったのにな…。」
脳内でシミュレートしていくだけでも、改良できる点がどんどん思いつき、それは基本の型から今の自分に合った内容へと昇華されていく。
「俺だけの八葉、か。」
こうして皆伝へ至った者達は、それぞれの型に最適化した八葉の技を使うのだろう。例えばカシウス師兄は《螺旋》を極め、アリオス師兄は《疾風》を極めた。俺もこの2つ、特に集団戦に強い疾風はよく使っているが、俺の疾風と師兄達の疾風は別物となっているに違いない。
そうして、イメージの中で技の構想を固めていると、不意に扉の外に気配を感じた。
これは――。
「アルティナか?入っていいぞ?」
声をかけると控えめに扉が開けられ、予想通りそこにはアルティナが所在なさげに立っている。
「すみません。集中を乱してしまったでしょうか?」
「いや、そんなことはないさ。少し今日の試しの反復をしていただけだよ。そんな所に立ってないで、入ってくるといい。」
再び声をかけると今度は部屋の中へと遠慮がちではあるが入ってくる。
「では、失礼します。」
彼女には椅子を勧め、俺自身はベッドへ腰かける。さっき定時報告をしていたらしいから、その関係だろうか。
「何か任務でも入ったのか?」
「いえ、命令に変更はありません。このままリィンさんをサポートするように伝えられました。」
違ったらしい。では何だというのだろう。心当たりは無い…よな。
「ご相談が有って来ました。」
話を切り出した彼女からは何か強い意気込みを感じる。俺も真剣に聞く必要があるだろう。
「分かった。言ってくれ。俺にできることなら協力する。」
「はい、ユミルに来る前のお話を覚えていますか?」
ユミルに来る前だと、第Ⅱ分校へ生徒として入学することの話だろう。その事で彼女自身の戦闘力に関しても懸念点を伝えたが。
「分校の生徒として入学してくることか。」
「はい、その際にですがリィンさんから私自身の戦闘力に関して指摘されました。」
「いや、指摘ってほどでもないと思うんだが……。」
個人的に気になったことを聞いただけのつもりだったんだが、本人にはそう聞こえなかったってことか。
「善意で言ってくれたことは分かっています。リィンさんはお節介なので。ただ、自分でも納得できる改善点でした。」
貶されてるのか褒められてるのか微妙な辺りだな…。
「私はクラウ=ソラスがあれば大抵のことならば対処できると思っています。……いえ、思っていました。」
「間違いじゃないだろう。あれの性能はそれなりに理解しているし、実際凄い物だと思うぞ。」
ミリアムのアガートラムもそうだが、一個人の所有物にしては高性能すぎる。あれだけの性能であれば、使用できる者が限られるとはいえ、少数でも驚異と言える。
「ですが、私はノーザンブリアでまともにお役に立てませんでした…。他でもサポートとして来ているのに、リィンさんについていくのが精一杯で、出来たことなんて多くありません。」
「そんなことはないさ。ノーザンブリアでは避難の誘導を頑張ってくれていたし、その点はサラ教官もクレア大尉も認めてくれている。他のことも同じだ。俺にできないことをやってくれていたし、感謝してるんだ。」
ノーザンブリアなんて、俺は暴走して起きたら終わっていただけだ。市民の多くが無事だったのはサラ教官やアルティナ、クレア大尉が頑張ってくれたおかげであり、俺自身は大したことは出来ていない。
「それでもです。あのとき私は力不足を実感し、クラウ=ソラスを使った戦闘方法の見直しを行いました。」
何だ、既に手をつけていたのか。ならば俺の言ったことは完全に余計なお世話だったな。
「ですが、今日リィンさんに言われて気づきました。いくらクラウ=ソラスと連携面を強めても、私自身が戦闘の素人では限界があると。」
そうか……、自分で考えた結論ならそれは喜ばしいことだ。命令には従順だが自分で考え、それを実行する。といった行動はこれまで取っていなかったと思う。切っ掛けは与えられたとはいえ、そこから自分で考え、その上で出した結論ならば、それを支持しないわけにはいかないだろう。
「なるほどな。俺は君が自分で考えて、自分で結論を出したことを嬉しく思うよ。」
近づいて頭を撫でる。何故かアルティナにはこうした方がいいと思うのだから仕方ない。
「何でリィンさんはすぐに私の頭を撫でるのですか……。やはり不埒です。」
「はは、すまない。不埒ならもうしないよ。」
そう言って手を離そうとすると、その表情は残念そうに変化したので、元の位置に戻す。
「ま、まぁ、リィンさんの不埒の被害者を増やさないためにも、私がこうして害を被ればいいわけなので、そこは我慢します。」
「そうか、すまないな。」
「ええ、自重してください。……コホン、それでですが、確かリィンさんは八葉一刀流を教えてくれると仰っていたと思いますが、相違ないですか?」
まだ未熟の身ではあるが、弟子を取ることは自由となった。実際には弟子とまではいかないと思うが、剣術の基本はどこも大筋で変わらないため、基礎くらいなら問題無いだろう。それに帝国で主流の剣術の多くは得物が大きいこともあってアルティナには向かないと思ったのもある。
「ああ。型の基礎までには時間が足らないと思うけど、剣術の基礎的な部分なら問題無いと思うぞ。」
「むっ……、まぁいいです。では明日からお願いできますか?」
やる気があるのはいいことだ。俺としても他人に教えることで、改めて見えてくることもあるだろう。断る理由はない。
「了解だ。じゃあ明日から始めよう。」
「はい、よろしくお願いします。」
ペコリと頭を下げ、部屋を出ていくアルティナを見送りながら、明日からの訓練をどうこなしていくか考えながら、ユミルでの初日は過ぎていった。
それからというもの、アルティナとの剣術の特訓をしながら、教官として赴任する第Ⅱ分校への準備を進めていった。
途中エリゼの帰郷から、これまでの心配をかけたことで説教を受け、アルティナに剣術を教えていることがバレれば、自分も教えろとせがまれ、時間の許す限り付き合ったりなど、様々な出来事はあったが、これといって問題ない日々を過ごしていた。
何故かエリゼとアルティナが『被害者防止の会』という謎の交流を持ち、出会った当初に比べて異常に仲が良くなったのは疑問だったが、悪いことじゃないと思うので、特に追及はしなかった。
剣術の特訓は元々行っていたエリゼ。戦闘経験はこなしてきたアルティナ。二人ともやる気も充実しており、教えるこちらもつい力が入ってしまった。おかげで二人にはそれぞれ一つずつ八葉の型を教えることになったのは俺にとっては誤算だったが、これも彼女達が頑張ったからだろう。
剣を教えることによって俺自身にもいい勉強になった。いくつかの技は俺自身に合わせた改良を加え、ベースは同じでも性能は全く異なるものへと変えることができたからな。
そしていよいよ3月末となり、俺は生徒達よりも先んじて第Ⅱ分校が設立されたリーヴスへ向かうことになる。それに合わせる形でエリゼとアルティナもそれぞれが所属する女学院と情報局へ戻ることを決めた。もっともアルティナは一旦戻るだけで、すぐに生徒としてリーヴスに来ることになるのだが。
父さん達に挨拶をしてユミルを出発し、今は帝都に向かう列車の中でそれぞれが寛いでいる。
「アルティナさん。くれぐれも兄様の行動には注意をお願いします。」
「了解しました、エリゼさん。これ以上の被害者は増やさないように努力します。」
仲良くなったのはいいんだが、やはり会話の内容が不穏だ。何なんだ?
「はぁ……。それはそれとして、エリゼ。」
「何でしょうか兄様?」
「一旦剣術の指導は終わりになるが、無理はするな。幸いリーヴスは帝都にも近いからな。何かあったら遠慮なく俺を呼んでくれ。」
以前よりもエリゼ自身の戦闘力は向上しているのは間違いないが、そもそも戦闘をする状況になるべきじゃない。鍛えたことによって戦うことに躊躇いがなくなってしまうことだけが不安だった。
「ご安心を。私自身決して強いとは思っておりません。剣を振るうことになるのは、あくまで自衛と姫様のためです。そのような状況にならないのが最善ですが、そういった緊急事態にならない限り、自ら剣を抜かないとお約束致します。」
本当はそういった状況でも危ない行為はしてほしくないんだが……それは干渉しすぎか。殿下に最も近い位置にいるエリゼしか対応できないこともあるだろう。ひとまずはこの約束だけで満足すべきだな。
「ああ、それでいいさ。」
帝都に到着した駅の構内。ここで列車を乗り換える俺と、駅を出るエリゼとアルティナ。女学院まではアルティナが送ってくれるらしいので安心だ。
「ではリィンさん……いえ、今後は教官ですね。リィン教官、第Ⅱ分校でお会いしましょう。」
「兄様。どうかお体に気をつけて。」
「ああ。エリゼも殿下によろしくな。」
別れの挨拶を交わし、駅を出ていく二人を見送りながら、リーヴスへ向かう列車に乗り込む。一人になったことでちらほら視線を感じるようになったが、《灰色の騎士》として顔を知られている以上仕方の無いことなのかもしれない。
「第Ⅱ分校か……。どんな教官の人達や生徒になるのかな。」
本校が軍学校へと本格的に体制が変化したことで生まれた第Ⅱ分校。本校の生徒は身分を問わない成績順となり、目的は近代における軍人養成へと変化してしまった。それ故に優秀な人材の多くは本校へと進学しただろう。
つまり第Ⅱ分校へ来る生徒は所謂"落ちこぼれ"となる。だからといって実力が劣るわけではないだろう。一点特化型や扱いにくい立場の生徒などもいるはずで、そんな生徒達が互いを生かし合えば、本校の生徒にも劣らない成果が期待できる。なんにせよ直接見ないと何とも言えないな。
【まもなくリーヴス、リーヴスへ到着致します。ご用の方はお忘れものなど無いようにお気をつけください】
まずは教官陣との顔合わせだ。リーヴスが近づくにつれて何やら嫌な予感がするのは何故か分からないが、直接害を及ぼすような人がいるとは思えないし、何とかなるさ。
何とかなる。そんなのは甘い考えだった。
トワ会長……いやもう会長じゃないか。トワ先輩、ランドルフ中尉、アーヴィング少佐。この三人はまだいい。ランドルフ中尉は政府の思惑が絡んでそうだし、アーヴィング少佐は所謂監視役の意味もあるだろう。トワ先輩はトールズ本校の体制が変わったこと辺りに思うところがありそうだ。
トワ先輩は言うまでもなく、他のお二人も少ししか話せていないが、決して悪い人達ではないし、上手くやっていけそうだと感じる。
だけど、最後に現れたこの二人は無理だ。手に負えないし、そもそも誰にも制御できないだろう。
「ここの分校長となる、オーレリア・ルグィンである。お見知りおき願おう。」
「特別顧問のG・シュミット。私は研究で忙しい。それ以外のことで手を煩わせないよう注意することだ。」
今後の教官生活に激しく不安を抱えることになった初顔合わせに、思わず深い溜め息をついてしまったのはしょうがないことだと思う。