その後リーヴスでの準備は順調に進み、本日めでたく生徒たちを迎えることとなった。因みにヴァリマールも既に格納庫に移され、何度かシュミット博士によるデータ収集に付き合わされた。既に淀み無く言葉を交わすようになった彼だが、記憶に関してはまだ完全ではないらしい。
グラウンドに集められた入学生は、整列した状態で教官達が現れるのをどこか緊張した表情で待っている。そして、その教官陣は現在会議室で最後の打ち合わせを終えようとしていた。
「――では以上の段取りで進めます。オルランドとハーシェルはその後各クラスでオリエンテーションを。シュバルツァーはⅦ組を連れてアインヘル小要塞で実技テストを受けてもらう。」
これに関しては生徒たちの実力を見るのと、俺自身の教官としての適正を見るためのテスト。両方の側面を持っている。
「了解です。――確認ですが、テスト後転科を希望した生徒が出た場合の処置も問題ないですか?」
以前のⅦ組でもオリエンテーションの後、それぞれがⅦ組に所属する意志を自ら固めた。今回もそれにならって各自に確認を取り、その意志を尊重したいと分校長や主任には申し出ている。
「出ないようにしたもらいたいのだが、そうなった場合でも、クラスの転科は認めよう。――それでいいんですね、分校長。」
「無論だ。言われたまま従うのではなく、己で判断したその思いを無下にすることはない。まぁ、それで残ったのがシュバルツァーだけとなった場合は、シュバルツァーの処遇を考えるべきだが。」
恐ろしいことをさらっと言ってくるが、もしそうなった場合は俺の責任であるし、大人しく受け入れよう。
「そうだな。仮にシュバルツァーだけとなった場合、私が空いている時間は常に稽古の相手を勤めてもらおうか。」
「待て、それならば私の研究にも時間を割いてもらおう。なに、生徒どもには適当に課題を与えればいい。サルでも解けるレベルで用意すれば文句も無かろう。」
この瞬間、アルティナだけは絶対に残ってもらうことを俺は決めた。すまん、アルティナ。俺の平穏のために犠牲になってくれ。
そんな俺の情けない決意を察したのか、他の教官陣からは同情的な視線を向けられた。
グラウンドに集められた際は緊張感を保っていたが、多少時間が過ぎたことで生徒達も各々近くの人物と会話したりして、やや緩んだ空気が広がっていた。
「教官達まだかよ?」
「流石にそろそろ来るんじゃない?」
「どんな人が担当なのかな?優しい人だといいなぁ。」
「仮にも軍学校だからそこは期待しない方がいいんじゃないか。」
まだ見ぬ教官達の人物像をそれぞれが思い思いに意見しあっている。
「――あ!?来たんじゃないか?」
一部の生徒がグラウンドにあるスロープ上の坂道に目を向けると、六人の男女がこちらへと向かってくるのが見えた。
「おい、あの女性は……。」
「まさか……『黄金の羅刹』……?」
「それにあの黒髪の男性は……。」
「……『灰色の騎士』…?」
現れた想定外の人物に生徒達も驚きを隠せない。しかし、そんなざわつきは正面に立った金髪の男性の一言で静まる。
「――静かにっ!!許可なく囀ずるなっ!!」
その命令とも言える口調に、緩んでいた空気が霧散する。そしてこの後、分校長からの挨拶によって此処は軍学校なのだと、改めて思い知らされることになるのだった。
『――意志無き者は今、この場で去れっ!!』
いきなり飛ばしすぎだろう…。入学式を兼ねた教官陣と生徒達との顔合わせ。分校長からの挨拶ではこの学院の生徒、教官は本校のために使い潰すための"捨石"だと早々に暴露した。
生徒からは困惑、自分を含む教官陣は呆れの感情がそれぞれ支配している。主任に至っては既に胃が痛そうだ。御愁傷様としか言いようがない。
さて、既にⅧ組とⅨ組に所属する生徒はそれぞれの担当教官に呼び出されまとまっている。未だ呼ばれてない三人の生徒は所在なさげに……いや、アルティナだけは普段通りだな。むしろさっさと来いと目線で訴えかけてきている。
エリゼと仲良くなってから、俺への当たりが強くなってきてないか?感情が豊かになってきているのは喜ばしいんだが、釈然としない。
この後の予定もあるし、彼らに声をかけてしまおう。
「そこの三人。クルト・ヴァンダール、ユウナ・クロフォード、アルティナ・オライオン、で間違いはないか?」
彼らに近づき確認のために名前を呼ぶ。
「……っ。…ええ、あたしがユウナ・クロフォードです。」
「…クルト・ヴァンダールです。」
「アルティナ・オライオン。」
全員が反応を返してくれたのはいいが、ユウナには完全に敵対意識を持たれてるな。クルトもこちらを測る素振りを隠そうともしない。
なかなかに骨の折れそうな生徒達のようだ。
――っ!?
突如得体の知れない悪寒のような気配を感じ、その方向へ振り向くと、担当教官によって移動している生徒達が見える。……気のせいか?
「ちょっと!一体何なんですか!?いきなり!」
「……?」
突然背後を振り向いたことに、意味がわからないと憤慨しているユウナと、同じくその行動に理解ができないクルト。
「リィン教官の察知能力は何処かおかしいので、気にしない方がいいかと。」
俺を知るが故に気にすることを諦めた様子のアルティナ。
「はは、すまない。改めてだが、ユウナ、クルト、アルティナ。以上三名はⅦ組特務科に配属となる。担当は俺、リィン・シュバルツァーが務めることになった。よろしく頼む。」
Ⅶ組となる三人に挨拶をしたあと、俺達は新入生のティータ・ラッセルにシュミット博士、そしてアーヴィング主任とアインヘル小要塞へと向かっている。…彼女は主計科の筈だが、早速別行動となってしまっていいんだろうか。ラッセルの名が俺の想像通りなら、彼女も学生レベルを超えた技術を持つのかもしれないが、初日からクラスメートと別行動はどうなのだろう。
一方のⅦ組の生徒は無言で付いてきている。向かっている場所がわからないから不安を覚えているのかもな。俺も博士によるテストは不安だ。不安しかない。
それからすぐに目的の場所には到着した。テストのための準備があると、シュミット博士はティータを連れてさっさと小要塞に入ってしまった。置いてけぼりとなった俺たちではあるが、主任からARCUSⅡ用のマスタークォーツを受け取り、事前の打合せ通り待機時間で操作方法の説明をしておくよう命令を受け、小要塞へと足を踏み入れる。
「さて、説明した通りマスタークォーツはセットできたな?」
改めて自己紹介を行い、先ほど渡されたマスタークォーツをそれぞれのARCUSⅡにセットさせる。それなりに早く準備しないと博士から強制的にテストを始められてしまいそうだからな。
「エニグマとは違う感じが…。」
「これが……なるほど。」
効果は実感できているみたいなので問題はなさそうだな。これで準備は問題ないだろう。
『準備はできたようだな。――ならば始めるぞ。』
『え?ち、ちょっと博士!そのレバーはダメですよっ!?』
『フン、ラッセルの娘が何を言っている。常識人振るでないわ。――さぁ、見せてもらうぞ、Ⅶ組の実力を。』
その瞬間、前にも経験した事がある感覚が押し寄せてくる。
「――全員っ!落下体勢っ!!」
指示を出したと同時に、今まで立っていた床が地下へと傾き、バランスを崩したユウナとクルトはそのまま滑り落ちていく。
「二人ともっ!体勢を立て直して着地するんだ!…アルティナは!?」
傾く床と逆方向に重心をずらし、滑らない状態を保ちながらもう一人の生徒を探すと――。
「クラウ=ソラス」
彼女は武器でもある戦術殻を呼び出し、体を抱えさせると、空中を漂いながらゆっくりと降下していく。
「心配は無用か。」
その性能に呆れながら、降りるために体を床に預け、速度が出すぎないように調節しながら滑らせる。結果として無事に降りた先で過去の自分が起こした状況が再現されていたが、クルトは言い訳もせずユウナからの張り手を甘んじて受け入れた。年の割りに落ち着いた少年である。
ユウナも若干だが落ち着きを見せたことで、お互いの武装を確認することにした。
「――では、自分から。」
クルトが率先して自らの武器である双剣を取り出し、軽く振るって見せる。その剣捌きは流れるように淀みがなく、その実力の高さを窺わせる。
「じゃあ、あたしも――。」
不承不承ながらユウナも武装を展開する。取り出されたのは見た感じではトンファーの形状をした警棒……だろうか。しかし、柄と本体の部分には何かしらのギミックが組み込まれているように見える。
「トンファーってだけじゃないな?これは?」
少なくとも見たことはない武器であるのには間違いがない。俺のその疑問に対し、少し得意気な笑みを浮かべてユウナは答える。
「ガンブレイカー。トンファータイプの警棒にガンユニットを組み込んだ特殊警棒です。ガンナーモードに切り替えることで中距離での攻撃を可能にします。」
近距離、中距離に対応させた万能型の武装か。武器の機械化が進んだ今の時代に沿った装備と言えるだろう。パーティーを組む際でも臨機応変に対応が可能な点は特務活動でも役立つに違いない。
だからといって剣より優れているとかの挑発はいただけないが。さっきの事もあるし、打ち解けるには、まだ時間がかかりそうだ。
「最後は私ですね。」
相変わらずの淡々としたトーンでアルティナは自分の武装を紹介しようとする。が、そこにユウナから待ったが入った。
「いや、ちょっと待って。気になってたんだけど、なんでこんな小さい子が士官学院にいるんですか!?」
あ、小さいって部分に少し反応したな。
「確かに……さっきは情報局に所属していたとも言っていたが、それでも戦闘は避けるべきでは?」
クルトも至極全うな意見を述べる。知らない彼等からすればそれは当然の意見だろう。
「俺としても戦闘には反対なんだけどな……。」
しかし、彼女はその点普通じゃない。
「その心配は無用です。――クラウ=ソラス。」
手を掲げ、その武装の名を告げると、彼女の最大の特徴でもあり、武器でもある戦術殻が突如出現する。
「な、な、な、なぁぁぁぁぁぁ!?」
「……は?」
初見でのその驚きはとても理解できるものだが、そもそもこれの存在は本来、機密情報なんだよな…多分。ミリアムといいその辺適当なのはいいのか?
「え?…て、帝国ってこんなのが普通なの?」
「そんなわけないだろう……。」
「細かい仕様は機密情報となるのでお話しできませんが、戦闘力という点ではそれなりのものだと自負しています。」
混乱している二人を余所に、マイペースに武装の紹介を済ませてしまう辺り、やはり何処かミリアムにも似た性格をしている。
「……今リィン教官から、不当な評価を受けた気がします。」
「気のせいだな。」
お馴染みとなったジト目を受けるが、悟られると暫く機嫌が悪くなるので誤魔化す。
「一応俺のは知っているかもしれないが、これだ。」
東方風の刀に分類される太刀を見せる。
「八葉一刀流の太刀……。」
「……アリオスさんと同じ…。あの時の…。」
それぞれが思うところがあるようだ。クルトは恐らく剣術家として。ユウナはクロスベルの遊撃士《風の剣聖》アリオス・マクレインを想起して。
「それなりには腕に覚えがあるし、君達の邪魔にはならない様に動くから、取りあえず君達がメインでテストを攻略していこう。」
俺のその言葉に挑発と受け取ったのかユウナとクルトから怒りの感情が放たれる。
「あたし達程度なら好きに動いても問題なく合わせられるってことですか!?甘く見ないでくださいっ!」
「その言葉、後悔させて見せますっ!!」
言葉の選択を間違ったかな……。そういった意図はなかったんだが。
「私はいつも通りにするだけです。」
ああ、今はアルティナの淡白さが有難い。