TS転生者はレセプターチルドレン 作:くらむちゃうだあ
ついに私は懐かしの日本に帰ってきた。
別世界だとわかってるけど、何かこう……来るものがあるなぁ。
「随分と楽しそうね。これからすること……わかってるの?」
「そりゃあ、わかってるさ。取材とか色々とこなした後に、美味しいラーメン屋に行こう」
「わかってないじゃない!」
「肩の力を抜きなよ。抜くときは抜いとかなきゃ、いざという時に本来の力が出ないよ。君の力は精神の状態に左右されがちなんだし」
マリアは案外浮き沈みが激しい。
いつもキリッとして毅然な感じで振る舞っているように見えるけど、本当は人一倍緊張する子だ。
美味しいモノを食べると元気になり、シンフォギアの適合係数も上がるという体質もそういうところに起因しているのだろう。
「だけど、私たちだけ旅行気分っていうのはセレナたちに悪いわ」
「じゃあ、みんなにお土産を買っとかなきゃね」
「そういう問題かしら?」
「それでいいじゃないか。何より私は嬉しいんだよ。こうしてマリアと日本でデート出来ることが」
「へ、変なこと言わないで。私もあなたと出かけるのは好きだけど……」
正直に言って半分はマリアにリラックスしてほしいと考えての発言だけど、半分は彼女と共に日本を回れることが嬉しい。
私は案外……利己主義者なんだろう。世界の危機を救うとか考えるのをなるべく忘れたいとか思っているのだから。
「ほら、見て。日本にも沢山の君のファンがいるよ。きっとライブ会場も盛り上がるだろうな。チケット、速攻で完売したし」
「彼らを見るのは辛いわ。だって私は――」
「騙すのが辛いって気持ちは分かるよ。それで、君が苦しんでいるのも。でも、だからこそ。君の歌で勇気をもらった人に応えてあげるべきなんじゃないかな?」
「シオン……。そうね、わかった。現実から目を逸らさないわ」
マリアは笑顔でファンに手を振り返す。
これがかなり好印象だったようで、日本でマリアの人気はさらに上昇したのだそうだ。
まぁ、それも一瞬で終わるかもしれないんだけど……。
私たちの活動の裏ではドクターたちが“ソロモンの杖”奪取に動いている。
コラボレーションライブに間に合わせて貰わないと困るが……まぁ、何とかしてくれるだろう。
さて、束の間の休息を楽しんだら……いよいよ本番だな。
マリア、私も君たちを守るために頑張るからね……。
◆ ◆ ◆
「ケータリング! 凄く豪華じゃない! しかもみんなの好物ばかり! どうしたの? これ」
ライブ会場の楽屋に入ったマリアは豪華なケータリングに目を輝かせる。
昼間のラーメンも何だかんだ言って完食してくれたし、実は彼女は私に負けず劣らず食べるのが大好きなのだ。
「そりゃあ、持ち帰り用にセレナたちの好物を用意させたに決まってるだろ? 君はスターなんだから、多少の無茶は聞いてくれるのさ」
「ありがとう! シオン! 愛しているわ!」
「うん。私も愛しているよ。でも、そのセリフはもっと他のことしたときに聞きたかったような……」
なんか、食べ物で釣ったみたいで不本意だ。
いつもは本当に凛々しくて大人びた感じだから、こうやって感情を素直に顕にすると、何ていうかとても可愛らしく見えてしまう。
「どうしたの? ボーッとして」
「いや、何でもないよ……。お弁当箱を沢山持ってきたんだ。あと、保冷用のバッグも。持ち帰れるように詰めておこう」
「そうね。セレナたちには栄養をとって貰わないと。特にセレナは――」
「うん。いつ再び成長が始まっても大丈夫なように、食べて貰わなきゃね」
マリアは……いや私たちはみんな……、セレナの成長が止まってしまったことを気に病んでいる。
あのとき、彼女が居なかったら私たちはみんな死んでいたかもしれない。
セレナの絶唱で救われた私たちは、その代償を今でも背負っている彼女に対して出来る限りのことをしようと心に決めているのだ。
――ケータリングを一通り弁当箱に詰めて、保冷バッグの中に入れる。
さて、これからライブまでの間にどうするかだけど――。
「風鳴翼に挨拶をするわ! 敵情視察も兼ねて……!」
「ああ、絶好調のときの顔付きになってるね。まぁ、私もあのフィーネを倒してくれたっていう英雄には興味があるかな」
彼女の好物を最高級の食材で用意させた甲斐があった。
もしかしたら、今の彼女だったらLiNKERっていう適合係数を上げる薬を使わなくてもシンフォギアが纏えるかもしれない……。
風鳴翼……話に聞けば
アーティストととして活躍しており、装者としての正体は隠している。
私たちの狙いは正にそれで、彼女が衆人を前にして躊躇いなくギアを纏えないと予測されることも計画の中に織り込まれていた。
マリアが簡単に負けるとは思わないが、勝てるとも限らない。卑怯かもしれないが、相手に十全に動きを取らせないのも立派な作戦である。
しかし、個人的には尊敬すべき
◆ ◆ ◆
「今日はよろしく。せいぜい私の足を引っ張らないように頑張ってちょうだい……!」
「「…………」」
ビシッと格好をつけながら、風鳴翼の楽屋に入るなり上から目線で宣戦布告にも取られそうなことを口走るマリア。
いや、いつも以上にテンション上がって変な態度になってるよ!
キリッとしすぎて、高飛車というかちょっと面白い感じになってるじゃないか。
時々、マリアは芝居がかった動きを天然でするから困惑する……。
ライブのときはそれがいい塩梅になって人気にもなってくれたんだけど、素でそういうところを出すと対応に困るでしょうが。
マネージャーとして、フォローすべきだろうな……。
「う、うちのマリアがとんだ失礼を。私は彼女のマネージャーの南條シオンです。今回は多忙にも関わらずオファーをお受けしてくださりありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。素晴らしい機会にお誘い頂き感謝しております」
おー、風鳴翼さん……凄く礼儀正しくて謙虚そうな子じゃん。
だけど、なんとなくマリアと似たニオイを感じる。こんな時じゃなかったら、良い友人になれそうな……。
「風鳴翼のマネージャーを務めております。緒川慎二です。先日にお電話でお話したときは長々と申し訳ありませんでした」
「緒川さん。いや、私こそスケジュールの調節でご無理を申し上げてしまって――」
何か成り行きで緒川マネージャーと名刺交換をする私。
話によれば、彼は日本政府の機関である特異災害対策機動部二課のエージェントで忍者らしい。
忍者って、イロモノに聞こえるけど……彼はかなりの達人のようだ。それは身のこなしからも何となく分かる。
「それにしても、南條さん。以前にどこかでお会いしたことありましたっけ? お電話口で声を聞いた時から思っていたのですが」
「そういえば、櫻井女史に声や顔立ちが似ているような……」
――しまった。色々とフィーネ感を消そうとしてみたけど、声までは考えてなかった。
櫻井ってのは、死んじゃったフィーネの依代にされてた櫻井了子のことだ。シンフォギアシステムの開発者にして、櫻井理論の創設者。
彼女が聖遺物関連の研究に及ぼした影響は大きいという。
そういう意味ではフィーネが死んだことは人類の損失なんだろう。
新生フィーネという存在に意味があるのは、彼女の知識に対する絶対的な信頼感があってこそだ。
しかし、まずったな。一応、黒髪のウイッグをつけたり、メガネをかけたりして変装したけど……櫻井了子もメガネをかけたりしてたから、この顔でも彼女を連想しやすかったか。
ま、いっか。他人の空似ってことにすれば。
私が彼女のクローンなんて発想はさすがに出来ないだろうし。
「そうなんですか。私は日系人ですが、来日したのは初めてです。こちらには似た方がいらっしゃるのですね」
思いっきりしらばっくれると、それ以上は何も言われなかった。
マリアは……あー、そろそろ冷静になった頃だな……。
「それでは、失礼します。マリア、行くよ……」
「えっ? え、ええ……」
いつの間にか「え」しか言えなくなってるマリアの手を引いて、私は風鳴翼の楽屋を出る。
「どうしよう、シオン。私、やっちゃった……!」
「大丈夫だよ。あれくらい……。ライブ前にやる気を出してるくらいにしか思われてないから」
「そ、そうかしら? で、でもやっぱり無理かも。今から世界を相手取るなんて大立ち回り……」
「まー、それは無茶かもしれないけど――」
「やっぱり無理なんじゃない。――っ!? シオン……?」
楽屋を出て、急に弱気な姿を見せるマリアの両手を私は握った。
いつの日か、彼女の小さな手に引かれた時の温かさを思い出す。
思えば、私は彼女が差し伸べてくれたこの手に随分と助けられたのかもしれない……。
「でも、私にはマリアがいる。根拠とかは無いんだけどね。一人じゃないって考えると不思議と何とかなるって思えたりしないか?」
「……こんなにみっともない姿を晒してるのに、私を信じてくれるの?」
「みっともなくなんてないよ。君の責任感の強さが出てるだけさ。寧ろ美点だと思ってる。大丈夫。こう見えても、ちょっとくらい頼りになるところは見せられると思うから」
「うん。知ってる。すごく時々だけど、シオンが頼りになることは」
「す、すごく時々……。当たってるから良いけど……」
マリアから「すごく時々」頼りにされてる私は今日一日、格好を付けてやろうと決意する。
やっぱり、好きな人の前だと良いところ見せてやりたいってなるじゃない。
結局、自分勝手な私を動かしているのはそこに尽きる。人はそれを――“偽善”とか“独善”と呼ぶのだろう。
でも、それでいい。私は偽善者となり世界を救うために動くのだ。
さて、これから一戦交える英雄はどうなのかな?
――もしも、知らない他人のために手を差し伸べるような根っからの善人が相手なら、私は決して勝てはしないだろう……。
◆ ◆ ◆
「ありがとう、みんな!」
風鳴翼の言葉に大歓声が返事をする。
“QUEENS of MUSIC”と銘打たれた歌姫たちの共演。
マリア・カデンツァヴナ・イヴと風鳴翼による“不死鳥のフランメ”は一気に会場のボルテージを最高潮にしてくれた。
「私はいつもみんなからたくさんの勇気を分けてもらっている。だから今日は私の歌を聴いてくれる人たちに少しでも勇気を分けてあげられたらと思っている」
「私の歌を全部世界中にくれてあげる! 振り返らない、全力疾走だ! ついてこれる奴だけついてこい!」
翼とマリアがマイクパフォーマンスを魅せると、会場が一体となってそれに応えた。
ふーむ。世界にアピールするにはまたとないチャンスだな。
「今日のライブに参加出来たことを感謝している。そしてこの大舞台に日本のトップアーティスト風鳴翼とユニットを組み、歌えたことを――」
「私も素晴らしいアーティストと巡り会えたことを光栄に思う」
マリアは翼を称える一言を口にする。
彼女のことだ。本音からそう言っているのだろう。
実際に翼の歌には力がある。私にもそれは十二分に伝わった。
「私たちは世界に伝えていかなきゃね。歌には力があるってことを……」
「それは世界を変えていける力だ」
マリアが歌の力の可能性を語り、翼はそれに同調する。
気が進まないけど、準備しなきゃな。無駄に犠牲が出ないことを祈るよ。
「そして……、もう一つ!」
マリアがスカートを翻す……。
すると、その瞬間にノイズが観客席付近に次々と召喚された。
これで、私らは犯罪者。もう後には引けない。
オーディエンスはパニック状態に陥った。
「うろたえるな!」
マリアが手筈通りに主張を全世界に向けて発信し始める。
私はこれから新生フィーネとして、世界を敵に回すような悪役となる。
こんな役目までマリアに背負わせなくて本当に良かった……。
マリアはノイズを使役出来ることを見せつけ、全世界に向けて宣戦布告とも取れる発言をすると、さすがの翼も目の色が変わる。
あれは、いつ飛びかかってもおかしくない覇気だな。
いざという時は保身とか考えないタイプだろう……。
「Granzizel bilfen gungnir zizzl……」
ギアを纏うマリア。そして、私は彼女の傍らに飛び降りた――。
あのときに会ったフィーネと瓜二つの姿で――。
「マリア。ご苦労だった。あとは私が引き受けよう」
「く、黒いガングニール……。それに櫻井女史……いや、フィーネが何故ここに……?」
仲間にガングニールの装者がいたり、フィーネと戦ったりした経験がある翼は驚愕してこちらを見ていた。
やっぱり、この姿を晒したらそういう反応になるよね。さっきは変装しててよかった。
「私はフィーネ。終わりの名を持つ者である。此度は私の名のもとに武装組織“フィーネ”を発足した。目的は……そうだな。――差し当たっては国家の割譲を求めよう!」
「――っ!?」
「24時間以内に各国政府がこちらの要求が果たされない場合は……、各国の首都機能がノイズによって風前となると忠告しよう。私は本気だ。迷ったときは月が先日にどうなったのか思い出せ……少しは諸君らの決断の助けにはなるだろうからな……!」
フィーネって存在のヤバさを存分に活かした脅し文句を私はペラペラと述べる。
実際に私たちが頑張ったところで各国の首都機能停止なんて無理なんだけど、月を消し飛ばそうとしたフィーネならやりかねないと思わせることに、この口上の意味はあった。
鋭い視線を送る風鳴翼に注意を払いつつ私は……全世界を敵に回してしまったことに猛烈にびびっていた――。
あーあ。どうしよう。後悔のないようにお昼のラーメンに煮卵をもう一つくらい付けときゃよかったなぁ。
転生モノでよくある原作知識有りってシンフォギアだと書くの難しい……。
シオンが原作知識無しなのはそのためです。