冥人、古き異国の刺客と雪原にて邂逅す   作:片栗粉

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二文字タイトルが枯渇したので三文字になりました……。


先駆者

 轟々と風と雪が渦巻く。岩壁を掴む指が白く凍り付きそうなほどであった。息を吐きながら身体を上に持ち上げ、脚を置ける足場を探す。斜め下から登っていたサイードが声を上げた。

 

「仁! この吹雪じゃ無理だ! 一旦何処かでやり過ごそう!」

 

 どんどん強くなる斬り付けるような風に、このままでは二人とも凍え死ぬだろうと必死に辺りを探す。

 視界を遮る雪や風に目を凝らして上を見上げると、洞のような影が見える。一か八か、それに賭けるしか道はないと、仁はサイードの方へ頭を向け、上を指した。

 

「あそこに洞がある! そこまで登るぞ!」

 

 二人は力の限り岩壁を登り、這う這うの体で岩壁の横穴に辿り着いた。

 最初に仁が横穴に身体をねじ込み、その後ろを登るサイードを引っ張り上げる。風と雪が当たらなくなった途端に温かさすら感じて、ほっと息を吐く。流石のサイードもこの吹雪には息を荒げていた。洞は男二人入っても余るくらいに広く、頑丈そうであった。

 

「火を焚こう。確か油を持っておったはずだ」

 

 道具袋から火打石と布の端切れや油を取り出していると、サイードが「いいものがあるぞ」と言いながら洞の隅から何かを持ってきた。風呂敷に包まれた枝や笹、そして。

 

「着物……?」

「隅に先客が居た。これはもう必要はないだろうがな」

「そうか……」

 

 せめて手だけでも合わせようと哀れな先客の元へ行く。白い骨だけになった骸に手を合わせ、我らが生きる為に借りてゆくと、心の内で語りかける。

 すると、その手に何かを掴んでいるのが見えた。

 書状のようだ。だが、かなり古いもののようで触れればぼろぼろと崩れ落ちてしまいそうだった。

 

「書状か? かなり古いようだが……」

 

 サイードが火を焚いたようで、洞の中が明るくなった。慎重にぼろぼろの書状を手に取り、焚火の側へ戻る。

 所々破れて読めぬところもあったが、辛うじて判別できる。

 

 ──■■様のお言いつけ通り、封印を終えた。

 ──あとは、私達が術を完成させるだけ。

 ──あれは悪用されることはあってはならぬ。

 ──我らが人柱となってでも、あの■■は守らねばならぬのだ。

 

 そこまで読み終えると、サイードが何かに気が付いたように首を巡らせた。

 

「仁。見ろ」

 

 焼けた木片のひとつを仁の近くへ投げた。白い煙が奥へと不自然に流れてゆく。

 

「煙が流れている……」

「この洞、どこかに続いているようだな」

「うむ。あの骸が持っていた書付にもそのような事がかかれておる」

 

 岩壁を二人で調べる。拳で壁を叩いていると、明らかに他と違う音を発する場所を見つけた。

 

「此処だけ壁が薄いぞ。薪を貸してくれ」

 

 サイードに渡された薪を思い切り壁に叩きつける。それを幾度か繰り返せば、がらがらと壁が崩れ落ちた。岩壁に良く似せた土壁のようだ。人がひとり通れそうなその穴の向こうは新月の夜よりも昏く、何も見えない。

 

「師と世界中を旅して見つけ出した【果実】は、大体こんな場所にあった。険しい山や、遺跡の奥深く。まるで世間から隠されるかのように」

 

 暗闇を松明で照らしながらサイードがぽつりと言った。彼は師であり叔父であるダリムと世界を旅していたことがあると言っていた。彼の言ならば、信用できるだろう。

 

「ゆこう」

 

 仁は迷うことなく、暗闇の中へ進んでいった。

 

 ────―

 

 洞の奥深くは、松明が無ければ進めぬほどの暗闇で、獣や虫の気配すらしない。不気味な静寂の中に、二人分の息遣いと足音が響く。前を仁、後ろをサイードが続く。

 

「かなり深いな……」

「城岳山に斯様な深き洞があるなど思いもしなかった……そこ、滑るぞ気を付けよ」

「果実はかなり強力な代物だ。歴史上の権力者の手から手に渡り歩いたものもあれば、賢き人々がその力を恐れて封印したものもある」

「そうだ、あの鉄頭の大男の野営から得た書状にも【果実】と【古きもの】という記載があった。一体それは何なのだ?」

 

 その問いに、何事かを考えるような沈黙の後、サイードが口を開いた。

 

「古きもの。我らは【かつて来たりし者】と呼ぶ。神の如き術や技を用いて、遥か古の世を支配していた人ならざる者たち。彼等が何故人に【果実】を与えたのか、その目的はわからん。だがその【果実】は悪しきものが使えば必ず世界は混沌の闇に堕ちるだろう」

「まさに、御伽草子だな……」

 

 今、サイードが持っているあらゆる知恵を授ける珠の他に、未知の鉄でできたあらゆるものを切り裂く剣、どんな病や傷さえも治すものもあるらしい。

 呆気にとられながらそれを聞いていると、くく、とサイードが喉の奥で笑う声が聞こえた。

 

「そうだろうな。俺も実物を師から見せられるまでは、信じていなかった。テンプル騎士、古くは結社と呼んでいたらしいが、奴らは歴史の影から【果実】を使い、人心を操っている。完全な世界を創る為と謳ってはいるが、そんなものはまやかしだ」

 

 吐き捨てるように放たれた言葉に、仁は首を傾げた。

 

「完全な世界か……よくわからぬが、あまり良い響きではないな」

「万物に完全なんて存在しない。人も、自然も自由であるべきだ。フビライ・ハーン率いる蒙古軍も奴らの息がかかっている。お前が手に入れた書状がその証拠だ」

 

 サジタリウスとレオ。サイードが忌々しそうに言った。仁には聞き慣れぬ言葉であったが、西欧では、星の配置で様々な事物に例えられると教わった。レオは獅子、サジタリウスは弓の事らしい。

 

「テンプル騎士共は符牒を使う。書状のやり取りも決して本名を使わない」

「用心深い奴らだ……正体を掴むのに骨が折れそうだ」

「サジタリウスはサヴァンで間違いないだろう。だが、大都にいるレオという騎士を見つけないと。この地に新たな軍勢が攻め入ることになる」

「絶対にそれは避けねばなるまい……」

 

 もう、あのような犠牲は出したくはなかった。コトゥン・ハーン侵攻の傷から対馬はまだ立ち直っていない。

 次にあれ以上の軍勢が押し寄せれば、間違いなく、この島は蹂躙し尽くされてしまうだろう。

 

(二度と、あのような事は起きてはならぬ)

 

 仁は唇を噛み締めて、太刀の鞘をきつく握りしめた。

 

 

 

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