冥人、古き異国の刺客と雪原にて邂逅す   作:片栗粉

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試練

 漆黒の闇の中を二対の松明の灯りが鬼火のように揺らめく。

 洞の中は、長く、そして勾配のきつい下り坂であった。時折足場が崩れ落ちていて、二人の武人は慎重に降ってゆく。

 

「どこまで続くのか……」

 

 仁の声が暗闇に響く。このように長く、深い洞は初めてだった。松明の温かさと明るさが、先の見えない冷たい暗闇の中で唯一の拠り所であった。

 

「かつて、秦という国があった。その皇帝は広大な平原を支配し、長大な城塞を築いた」

 

 サイードが後ろでおもむろに話し始めた。歩みながら、それを聞く。

 

「広大な国の国境を囲む程の長い城塞だ。その国が滅び、長い月日が経ってから、その下に同じ長さの坑道が掘られているのが見つかった」

「何のために?」

「初めは皇帝を逃がす為だと思っていた。だが違った。【果実】を隠す為だったのだ。地中奥深くに掘られたその坑道は、地上のあらゆる技法をもってしても成し得ない仕掛けが施され、厳重に隠されていた」

 

 まさか、と仁は思わず呟いていた。そのように強大な国の帝が、まるでその宝物(ほうもつ)を恐れているようでは無いか。そう思った。

 

「それ程【果実】の力は強大で恐ろしい。かつては【果実】の力の使い方を誤り国を滅ぼした者もいた」

「恐ろしい物だな……壊す事は出来ぬのか?」

「やってみたさ。だが出来なかった。恐ろしく硬い鋼の様な、未知のもので出来ているんだ。だから古の民は果実を封印したんだ」

 

 仁の問いにサイードは首を振った。なるほど。ならば合点がいくというものだ。壊すことが出来なければ、隠すよりほかはない。

 

「古くから、テンプル騎士団が果実を集めている事は古いアサシンたちが残した写本を解読して分かった事だ。奴らが果実を集める目的は未だ分からんがな」

 

 テンプル騎士。サイードの話を聞いた限りでは、どのような者がいて、誰が首魁なのかもわからぬ程に、あらゆる国に巣食っているという。地中深く潜む大蚯蚓のように、頭と尾が分からない不気味さがあった。

 

「む、そろそろ底に着くようだ」

 

 傾斜がなだらかになり始めていた。道も広く明らかに人の手が加えられたものになっていて、二人は、目的のものが近づいていると感じていた。

 

「気を付けろ。何があるか分からん」

「何があるのだ?」

「判らん。だが、かつて師と共に辿り着いた遺構には、近づく人間を容赦なく殺す為の罠が張られていた事もあったし、文献には、名状し難い化け物に守られた果実もあったと聞く」

「……気を付けよう」

 

 両者ともあまり相まみえたくはない代物であるが、何があってもおかしくはない。仁は、太刀の鞘を握りしめて、緩みそうだった気を張り直した。

 

 長い長い洞穴を下り終わると、かなり広い窟に二人は辿り着いた。

 大きな社ならすっぽり入ってしまいそうなその場所は、岩壁にびっしりと苔のような物が生えているらしく、それが金緑色に光っていて、地中なのにまるで星空の下にいるような妙な気分であった。

 仁は呆気にとられながら、その場所を見渡す。

 

「城岳山の奥深くに、このような所が……」

「仁、壁際に篝火台がある。微かに油の臭いがするから、火を点ければ使えそうだ」

 

 暗闇にサイードの声が響き、仁も篝火台を探して火をつけて回る。徐々に窟の中が灯りに照らされてゆく。

 

「何だ、これは……」

 

 サイードから、戸惑うような呟きが漏れ出でた。仁も同じく、驚きに眼を瞠った。

 窟の中央には、見た事の無い石で作られた真白い鳥居が三基立ち並んでいた。

 青白くぼんやりと光るそれは、まるで月光を染み渡らせたようだ。

 

「こんな鳥居は、初めて見る」

 

 恐る恐る柱に触れれば、滑らかな石の感触とひんやりとした冷たさを手に感じた。

 

「此処に石碑がある。何て書いてあるんだ?」

 

 三つ巴の鳥居の中央で、サイードが首を傾げていた。松明を掲げると、小さな石碑が佇んでいる。

 仁はそこに近寄り、刻まれた文字を呼んだ。古い大和言葉だが、辛うじて読める。

 

『我らが命を以て、この地に禍の物を封印す。禍の力を欲する者よ、己が力を示せり』

 

 そこまで読んで、仁はサイードの方を振り返った。彼は剽悍な口元に薄く笑みを浮かべ、肩を竦めながら言った。

 

「どれから行くべきかな?」

「……右から行こう」

「了解だ。兄弟」

「俺に兄弟はおらぬ」

「ははは」

 

 二人はまるで釣りにでも行くかのように、鳥居の中へ入っていった。

 

 ──────

 

 鳥居を抜けた瞬間、明らかに空気が変わったのを感じた。

 清涼な冷たい空気が、ねっとりと重いものに変わった。肺に吸い込めば絡みつきそうなほどに。

 

 ──ひょう、ひょーう。

 

 暗闇から、隙間だらけのあばら屋を通り抜ける風のような不気味な音が響き渡る。

 

「気味の悪い音だ」

 

 サイードの言葉に仁が同意する。だがこの声を仁はどこかで聞いたような事がある。それがいつ、どこでとは分からないが、似たような音を聞いた覚えがあった。

 

「何処であったか……幼き時だったような……」

 

 その時、背筋が凍る程の殺気を背後に感じ、二人は同時に飛び退いた。

 ざん、と何かが数瞬前に居た岩壁を薙ぐ音が窟の中に響き渡る。

 それと同時に、夥しい血と、饐えたような獣臭が鼻をついた。

 

 ──ひょぉおおおおう。

 

 不気味な声を皮切りに、ぼう、ぼう、と青白い光がぐるりと窟を囲む篝火台に灯った。

 

「何だあれは……!?」

 

 隣で、異国の武人が戦慄を滲ませながらそう言った。

 無理もない。目の前には、身の丈八尺を越えるであろう異形のもの。

 その顔面は猩々だが、鋭き爪を持つ虎の身体を持ち、尾は巨大な蛇(くちなわ)であった。

 光の無い虚ろな眼をこちらに向けて、かあ、と牙を剥き出した。

 

「鵺(ぬえ)だと……!」

 

 仁は震えそうになる掌を叱咤して、太刀を抜き放った。

 

 

 

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