冥人、古き異国の刺客と雪原にて邂逅す   作:片栗粉

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助っ人

 どれくらいの間、眠っていただろうか。

 燃えるように、全身が痛む。

 永遠にすら思えた拷問が終わり、土蔵のような牢へ放り込まれた。

 両手は縄で括られていたが、外せるような体力はもう残ってはいなかった。

 仁は、土の上におざなりに敷かれた茣蓙の上で、寒さに身じろぎした。

 小袖も袴も奪われ、下帯一つだ。牢の中は酷く寒い。

 傷ついた体には堪える。

 

「サイードは、無事であろうか」

 

 あの崖から飛び降りた彼の無事を祈りながら、少しでも体力を回復させなければと思い、傷だらけの身体を丸めて眠りに落ちた。

 

 

 

「ホラ、さっさと乗せなよ! !」

「だけどよぉ、敵だったらどうするんだよ……」

「あの村の子供らが仁と一緒に居るこいつを見てるんだ。だったら敵じゃないだろ?」

「でもよぉ」

「煩いね! 男が愚図愚図言ってんじゃないよ! さっさと手伝いな!」

「わかったよ……うっ、こいつ重てぇ…… 境井様よりでかいしよ」

「蒙古とは顔立ちが全然違うね。どこから来たんだろ」

「おいゆな、これ見ろよ、境井様の苦無だ」

「やっぱり、仁が囚われたのは本当だったんだ……」

 

 

 

 ぱちぱちと、薪が爆ぜる音が聞こえる。凍てついた頬が、指先がゆっくりと温められて解れていく。

 寒さと疲労で凝り固まった全身が緩み、更に休息を欲していた。

 ぱちり、ともう一度薪が爆ぜた。

 

(火……?)

 

 朧気だったサイードの思考が徐々に冴えを取り戻し始める。眼を閉じたまま、感覚を研ぎ澄ませる。

 風が無い。恐らく屋内だ。

 

(やはり、あの場所から翔んだのは無茶だったか)

 

 一か八かだった。鎧と、生い茂る杉の葉や分厚い雪のお陰で辛うじて生き延びた。

 這う這うの体で這い出たは良いが、寒さと疲労、傷の痛みで保っていた意識は限界だった。

 男と女の話声。モンゴル兵ではない。気配はこの二人だけだ。

 話し声の内容は分からない。

 ゆっくりと左手を開いて閉じるを繰り返す。

 動きに差し支えは無い。もしも敵意があるなら一瞬で屠れるだろう。

 男の気配が、近くなる。

 

「うひぇ!!」

「堅二!?」

 

 反射的に男の手を掴んでいた。驚きと恐怖に目を見開く小太りの男と、赤い服を着た小柄な女。

 

『お前達は、仁を知っているのか』

 

 サイードの放った言葉に、二人は首を傾げるだけだ。それもその筈、【知恵の果実】の影響を受けている仁以外の者が聞いても、彼の言葉は誰一人理解できない。

 サイードは小さく舌打ちすると、革袋に入れていた【果実】に触れた。

 途端に凄まじい色彩や、知識の波が頭の中に流れ込む。その間、呼吸5つにも満たない短いものだったが、酷い頭痛と眩暈に吐き気がしそうだ。

 何回か深呼吸をしてから、サイードは改めて口を開いた。

 

「これで……私が何を言っているか分かるか」

 

 警戒心を剥き出しにしていた二人は、今度こそ驚きに眼を瞠った。

 さっきまで蒙古でもない異国の言葉を発していた男が、いきなり馴染みのある言語を口にしたのだ。驚かないほうが無理に等しい。

 あんぐりと口を開けた男とは対照的に、女が鋭い視線をこちらに向けながら、距離を取った。

 

「あんた、一体何者だい? 仁と一緒に居たって聞いた。本当にそうなのか?」

 

 女の方は存外に頭の回転が速いようだ。サイードは彼女に向き直った。

 

「本当だ。とある事情で、彼は私に協力してくれていた」

「とある事情?」

「今説明をしている暇はない。彼は今、敵に捕らえられている。もしも君達が仁の仲間なら、彼を助け出すのに協力して欲しい」

 

 女は、少し黙り込んだ。男は相変わらずオロオロと狼狽えている。

 

「仁が捕らわれたって事はこいつ、堅二から聞いた。噂は本当だってのはわかった。だけど、あんたの事はまだ信用してない。もしあたし達や仁に何かあれば、殺す」

 

 鋭い目でこちらを睨み付ける。サイードは、彼女の考え方が案外【こちら側】だと言う事が気に入った。そしてその危機意識の高さも。

 

「いいだろう。私の名はサイード。私の目的や、知っている事は道々話そう。そして、私を此処まで運んでくれたのは、心から感謝する」

「殊勝な態度だね。気に入った。威張ってばかりの頼りない侍共とは大違いだ」

「なぁ……ゆな、本当に大丈夫なのかよ」

 

 不安そうにこちらを見る男に、ゆなと呼ばれた女が叱咤した。

 

「そんな弱気な事言ってんじゃないよ。あんたももしもの時は一太刀浴びせて死ぬくらいの気概を見せな!」

 

 なるほど。この国は女が強く逞しい国なのだな。とサイードは見当違いな方向で納得していた。

 

 女はゆなと言う名で、かつて仁と共にハーンの一族と戦ったと聞いた。弓の名手で、剣も遣える。大いに戦力になりそうだ。

 男は堅二。ゆなと知己であり、仁に協力していたらしい。少しだけ調子に乗るきらいはあるが、彼の情報網の広さは侮れなかった。

 

 堅二が御する荷車の後ろで酒樽に腰掛けながら、サイードは思考を巡らせていた。荷車ががたがたと新雪の上に轍を生み出してゆく。

「海の向こうには、あんたみたいのが沢山いるのかい?」

 瓢箪の酒を煽りながら、向かいに座していたゆなが興味深げにサイードを見る。蒙古以外の異人など初めて見たのだろう。

「勿論だ。蒙古以外にもさまざまな国や文化があり、人々が居る。我々もまだまだ知らない場所や未知の遺構も沢山ある」

「へぇ。一度でいいから行ってみたいね」

「お、俺はごめんだぜ!? 蒙古だけでもう散々な目にあってるってのによ!?」

「別にアンタと行くなんて言ってないけど。もしかしたら見たことないお宝があるかもしれないよ?」

「お、お宝……」

 

 明らかにお宝という言葉に動揺し始めた堅二に、サイードが苦笑する。

 

「堅二とやら、仁が何処に捕らわれているのか、知っているか?」

「ヒェッ! ……ああ、その、泉の村の外れっていう噂でして……」

「泉……だと!?」

 

 思わず漏れた言葉に、堅二がひぇっ! ともう一度びくりと身体を震わせた。

 

「何かあったのかい?」

 

 ゆなが訝し気にサイードを覗き込む。

 そう、仁が捕まる寸前、サイードに言い残した言葉。

 

 ────恐らく、【鏡】の片割れは、泉の岬にある。

 

「何と言う事だ……」

 

 恐らく、サヴァンは気づいていない筈だ。

 早急に仁を救い出し、【鏡】の片割れを探さねばならない。

 

 風が雪を巻き上げた。もうすぐ日が暮れようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

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