冥人、古き異国の刺客と雪原にて邂逅す   作:片栗粉

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救出

「で、考えはあるのかい? 異国の武人さん」

 

 ぐるりと囲むように作られた馬防柵と、赤々と燃える松明、そして厳重に守られた港の村を高台から見つめながら、ゆながサイードを見つめた。他の場所と比べて、かなり守りが固い。恐らく仁とサヴァンは此処にいるはずだ。

 

「私が守りの薄い場所から侵入し、適当な兵士の鎧を頂戴する。そうすれば、気づかれることなく彼を探せるだろう」

「成程ね。あたしらは、何か役に立てるかい?」

「君は私と共に侵入し、厩舎へ。そこで待機してくれ。合図をしたら、行動を起こすんだ」

「あっしは……ここで……」

 

 へへ、と上目遣いでこちらをみる堅二に、サイードはにこりと笑った。

 

「ああ。君には重要な役割がある。頼んだよ。これは大事な仕事だ。この島だけではない、世界を救うためだ」

 

 ぽん、と肩を叩かれた堅二が泣きそうな顔で、サイードを見つめていた。

 

 

『止まれ! 』

 

 港に通じる小道をとぼとぼと歩いていた荷車の行く手を遮るかのように、槍を持った蒙古兵が二人立ちはだかった。手綱を握る男は、小太りの身体を縮込めるように、身を震わせる。

 

「へ、へえ。申し訳ございません。あっしは、唯の酒売りにございやす」

 

 ぺこぺこと頭を下げる男を、胡乱な眼で兵士が見つめる。一人の兵士が手で犬を追い払うかのように、男を荷車からどかす。

 荷を検めるようだ。荷台に掛けられた菰を槍で乱暴に取り払う。大きな樽が5つ程出てきた。

 兵士は慎重に臭いを嗅ぐ仕草をすると、何かに気づいたかのようにもう一人に囁いた。

 

「コレハ、サケ、マチガイナイカ」

 

 大和言葉が話せるのか、兵士が片言で問いかける。男は平身低頭で頭を下げた。

 

「左様でございます。酒です。酒」

 

 男の言葉に二人の兵士がにやりと笑うと、男に何やら意味ありげな目線を投げかけた。

 その意図を素早く汲んだのか、男は樽のひとつを兵士の前に降ろして、蓋を開けた。むっとする酒精の香りが漂い、兵士たちが舌なめずりをする。

 男が差し出した柄杓を奪い取る様にして受け取り、二人の兵士はなみなみと柄杓に汲んだ酒を飲み干した。

 すると、一人の兵士が飲み干した格好のままばったりと仰向けに倒れ、遅れてもう一人も重たい音を立てて地面にぶっ倒れた。辺りには二人分の大鼾が響いている。

 

「二人とも! 出て来てくれよ! 」

 

 男がばんばんと荷車の樽を叩くと、 二つの樽の中から小柄な女と、大柄な白い装束の男が這い出て来た。

 

「ったく。ひっどい臭いだよ相変わらず」

「上手くいってよかった。私が出ると騒ぎが大きくなってしまうからな」

 

 樽の酒精の臭いに顔を顰めるゆなの隣で、サイードが言うと、堅二は額の冷や汗をしきりに袖で拭う仕草をした。

 

「もう本当に心の臓が飛び出ちまうかと思ったぜ……一体何を入れたんで?」

「ある茸や木の根を調合したもので、猛獣でも眠る代物だ。暫くは起きないだろう」

「あんた、随分と手際が良いんだね」

 

 からかうようなゆなの言葉にサイードがふ、と笑った。師や仲間のアサシン以外の人間と、こうして目的を同じくして戦うのは初めてだな、と今更ながら思う。

 

「これが私の生業だからな。さあ、始めよう」

 

 ────

 

 蒙古の鎧を纏ったサイードは、気づかれないようできるだけ他の兵士から遠ざかりながら、周囲を探した。眠らせた二人の兵士は縛り上げて酒樽の中に放り込んである。当分は起きない筈だ。

 ゆなは厩舎で待機している。

 粗方の竹や木材で作られた簡易牢は見て回ったが、仁の姿はなかった。

 あと考えられるとすれば、土蔵などの元から堅牢な場所か、地下の貯蔵庫。

 早足にならないよう、気を付けながら兜の中から眼を光らせる。二人組の兵がこちらを見つめた。

 何かを話している。鋭い視線がこちらに向くのを嫌でも感じていた。

 サイードは立ち止まり、二人に顔を向けて笑顔を作った。

 

「Энэ нь хэр амжилттай вэ? (やあ、狩りの首尾はどうだ?)」

 

 流暢なモンゴル語がサイードの口から流れ出る。モンゴル支部のクラン・ガルに言葉を習っていて助かったな、と心の中で感謝した。

 兵士達は肩を竦めて腰に提げた2羽の野ウサギを見せつけるように掲げた。あまり納得のいく成果ではなかったらしい。

 次は上手くいくさ、と心にもない慰めを言って、その場を上手く切り抜けた。

 

 炊事場のある天幕を通りかかる。竈からは煮炊きの煙が上がっていて、数人の兵士たちが丸太に座って談笑していた。隅の丸太のひとつに腰掛け、耳を澄ませる。

 

『全く、あの客将とやらに何故我らが使われなきゃならんのだ』

『知らぬのか、あの男、皇后様のお気に入りだそうだ。何が目的か知らんがな』

『皇后さまが? 何故だ』

『さあな。我ら下々が知らぬ方がいい事だ。それはそうと、東の土蔵にいる捕虜に飯を持っていけ。客将殿がけっして殺すなと仰せだ』

『俺が持っていこう』

 

 兵士が取ろうとした木椀をさりげなく取り、鍋から猪肉の入った汁を掬った。兵士は会話に割って入ったサイードに一瞬だけ驚いたが、もう盃を手に猥談に花を咲かせていた。

 東の土蔵。場所は判った。サイードはもう用はないとその場を後にした。

 

 東の土蔵は、他の場所に比べて異様に厳重だった。入り口には剛兵。その周囲を弓兵が囲んでいる。

 此処で間違いないだろう。

 サイードは手にした椀を見張りの兵に掲げると『捕虜に飯を持ってきた』と伝えた。

 兵士は気だるそうな態度で、くい、と顎だけでゆけとサイードに示した。

 椀を手に中へ入る。土蔵特有のひやりとした湿度を含んだ空気が、全身を包んだ。

 その空気の中に、濃厚な血の臭いが混ざっている。サイードはその匂いを辿る様に奥へ進んでいった。

 

 血の臭いが更に濃くなる。所々に灯されている蝋燭の灯がゆらりと揺れた。

 薄暗い土蔵の奥に似つかわしくない格子が見えた。その暗闇の中に蹲る何か。

 小さな呻き声が聞こえた。

 

「仁」

 

 声を掛けるとそれがもぞ、と動いた。近くの燭台を取り、中へ向ける。血みどろの背が灯りに照らされた。

 

「う……サイードか……?」

 

 鞭で酷く打擲された傷が、痛々しく刻まれている。サイードは眉間に皴を寄せた。

 

「遅くなってすまない。今出してやる」

 

 剣で鍵を壊し、中に入る。血まみれの背を拭い、布で身体を包む。

 仁は、度重なる拷問に衰弱しかけていた。堅二から手渡されていた薬酒を飲ませると、少しだけ眼に光が戻った。

 覚束ない足取りで歩こうとしてよろめく彼を抱きとめる。だが、仁は焦燥に駆られたように外を見つめていた。

 

「あの男……鏡の在りかに気づき始めている……行かなければ」

「大丈夫だ。今は此処を出るのが優先だ。お前の仲間も来ている。此処から出るぞ」

 

 仲間、という言葉に、驚いたように仁がサイードを見上げた。そして顔を少しだけ綻ばせて、そうか。とだけ言った。

 

 

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